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宝塚歌劇団31期生

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

宝塚歌劇団31期生(たからづかかげきだん31きせい)とは、1941年(昭和16年)に宝塚音楽舞踊学校に入学、1943年(昭和18年)もしくは1945年(昭和20年)に宝塚歌劇団に入団し、初舞台を踏んだ33人を指す[1][2]。1945年に入団した生徒の初舞台は1946年(昭和21年)である[2]

一覧

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入団時の成績順にまとめている[3]。改名後の芸名の出典はすべて『宝塚歌劇100年史(人物編)』による。

1943年初舞台

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芸名[2] 読み仮名[2] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[2] 備考
吾妻都 あづま みやこ オヒラ 1949年
静町美紗代 しずまち みさよ 4月12日 大阪府 大阪淀の水高等女学校 北村さん 1952年
高千穂肇 たかちほ はじめ 1944年
上野櫻子 うえの さくらこ 1944年
沙月しをり さつき しをり 1944年
千尋洋子 ちひろ ようこ 1944年
最上幸子 もがみ さちこ 1946年
紅貝美映 べにがい みえ 6月20日 1945年
筑紫弘子 つくし ひろこ 1944年
園めぐみ その めぐみ 1944年
浦安稜美 うらやす いつみ 1944年
浅香信子 あさか のぶこ 1946年
陽炎翔子 かげろう しょうこ 1944年
渥美洋子 あつみ ようこ 1944年

1946年初舞台

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32期生33期生と合同のため、組分け内の成績順[2]

A組
芸名[2] 読み仮名[2] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[2] 備考
三鷹恵子 みたか けいこ 8月16日 広島県広島市 広島市立高等女学校 エムコ
ケイ
バケラ
1986年
朝丘麗子 あさおか れいこ 1946年
千代薫 ちよ かおる 2月17日 東京都 たみちゃん 1953年 姉は大路三千緒
娘は葦笛るか
鳴美千賀子 なるみ ちかこ 11月17日 京都府八幡市 ショーちゃん 1961年
矢花星江 やばな ほしえ 守谷さん 1950年
千春たか子 ちはる たかこ 1950年
浦路千鶴 うらじ ちづる 1月15日 福岡県 かっちゃん 1956年
網代木渡 あじろぎ わたる コシちゃん 1950年 改名後・若草みつる(わかくさ みつる)
瀬戸明海 せと あけみ 1952年
B組
芸名[2] 読み仮名[2] 誕生日 出身地 出身校 芸名の由来 愛称 役柄 退団年[2] 備考
明石照子 あかし てるこ 2月25日 兵庫県神戸市 大阪桜蘭女学校 テーリー[4] 男役 1962年 俳優
伏見和子 ふしみ かずこ 4月14日 広島県呉市 ワコちゃん 娘役 1951年 夫は齊藤喜久蔵
菜隠美夜 はがくれ みや 1947年 改名後・京野月子(きょうの つきこ)
洋渡 ひろ わたる 1947年
新羅笙子 しんら しょうこ 11月3日 滋賀県大津市 大津市の新羅三郎が笙の笛を吹いていた事から父が名付けた 明ちゃん 1950年
長良しのぶ ながら しのぶ 6月26日 岐阜県岐阜市 長良川に因み
どんな苦しみにも
耐え忍ぶように
カスミ 1956年
春駒いさみ はるこま いさみ 1946年
浦安伸子 うらやす のぶこ 1月31日 静岡県静岡市 やっちゃん 娘役[5] 1954年
久世美子 くぜ よしこ 5月30日 秋田県秋田市 ニャンコちゃん 1951年
宮凪龍子 みやなぎ りゅうこ 1月14日 石川県金沢市 錦州 チノ 1954年 改名後・朝路さなへ(あさじ さなへ)

脚注

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  1. ^ 90年史 2004, p. 242.
  2. ^ a b c d e f g h i j k l 100年史(人物) 2014, p. 39.
  3. ^ 100年史(人物) 2014, p. 5.
  4. ^ 矢代静一「遥くららにお説教」『おお宝塚60年―「ドンブラコ」から「ベルばら」まで』朝日新聞社、1976年11月30日、189頁。 
  5. ^ 興津と戦争(戦中)「宝塚」に苦難の日々 2016年9月4日閲覧。

参考文献

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  • 執筆:國眼隆一 著、編集:森照実・春馬誉貴子・相井美由紀・山本久美子 編『すみれ花歳月を重ねて―宝塚歌劇90年史―』宝塚歌劇団、2004年4月1日。ISBN 4-484-04601-6NCID BA66869802全国書誌番号:20613764 
  • 監修・著作権者:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて(人物編)』阪急コミュニケーションズ、2014年4月1日。ISBN 978-4-484-14601-0