朝倉道子
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朝倉 道子(あさくら みちこ)とは元宝塚歌劇団娘役(元月組副組長)。本名:岡昭子。高知県高知市出身。芸名の由来は出生地である高知市朝倉の地に因む。宝塚歌劇団時代の愛称は昭ちゃん、岡さん。以前の芸名は朝倉 糸子(あさくら いとこ)であった。
来歴・人物
[編集]1940年に宝塚音楽舞踊学校(現在の宝塚音楽学校)に入学し、1943年に30期生として宝塚歌劇団に入団。初舞台は『太陽の子供達』。宝塚入団時の成績は14人中6位[1]。
1956年1月1日 に宝塚歌劇団を退団[1]。最終出演公演の演目は『国姓爺合戦』である[1]。
宝塚歌劇団時代の主な舞台
[編集]- 『白き花の悲歌(エレジー)』(雪組・1951年)
- 『虞美人』桃娘 役(月組・1951年)
映画出演
[編集]- 恋風街道(1954年、東宝)- 娘お袖
受賞
[編集]- 宝塚歌劇団年度賞・助演演技賞(1953年)[2]
脚注
[編集][脚注の使い方]
- ^ a b c 100年史(人物) 2014, p. 38.
- ^ 1953年演劇賞・映画賞・戯曲賞
参考文献
[編集]- 監修・著作権者:小林公一『宝塚歌劇100年史 虹の橋 渡りつづけて(人物編)』阪急コミュニケーションズ、2014年4月1日。ISBN 978-4-484-14601-0。
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歴代主演男役・主演娘役・組長・副組長の'・・'は先代次代関係なし、'-'は先代次代関係あり。◎マークは現在宝塚歌劇団に在籍している演出家。 カテゴリ |
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