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横川正市

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

横川 正市(よこかわ しょういち、1915年大正4年)1月8日[1][2] - 2014年平成26年)10月6日[2])は、昭和期の労働運動家、政治家参議院議員(3期)、日ソ貿易協会顧問[1]、キリスト者政治連盟委員長[1]

経歴

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北海道出身[1][2][3]。1929年(昭和4年)旭川師範学校附属小学校(現北海道教育大学附属旭川小学校)を卒業した[1][2][3]。1932年(昭和7年)逓信省に入省し旭川郵便局で勤務した[1][2]

戦後、全逓信従業員組合(のちの日本郵政公社労働組合)に加わり、全逓北海道地区本部副委員長、同中央本部書記長、同執行委員長、日本官公庁労働組合協議会議長、国際郵便電信電話連合会評議員などを務めた[1][2][3]

1956年(昭和31年)7月の第4回参議院議員通常選挙全国区から日本社会党公認で出馬して当選[1][2][3][4]。1962年(昭和37年)7月の第6回通常選挙、1968年(昭和43年)7月の第8回通常選挙でも再選され[5]、参議院議員に連続3期在任した[1][2][3]。その間、参議院決算委員長、同逓信委員長、同図書館運営小委員長、選挙制度審議会特別委員、社会党統制委員、全逓特別組合員、全国電気通信労働組合(現NTT労働組合)顧問などを務めた[3]。1974年(昭和49年)7月の第10回通常選挙には立候補せず[6]政界を引退した[1][2]

1985年(昭和60年)春の叙勲で勲二等旭日重光章受章[7][8]

2014年(平成26年)10月6日、老衰のため東京都の病院で死去、99歳[7]。死没日をもって正四位に叙される[9]

著作

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  • 『扉を開いてあたたかき日を : 21世紀を展望し対ソ世論に』新時代社、1984年。
  • 『生きる民の根』エルピス、1997年。

脚注

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  1. ^ a b c d e f g h i j 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』667頁。
  2. ^ a b c d e f g h i 『現代物故者事典 2012-2014』630頁。
  3. ^ a b c d e f 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』441-442頁。
  4. ^ 『国政選挙総覧 1947-2016』546頁。
  5. ^ 『国政選挙総覧 1947-2016』549、551頁。
  6. ^ 『国政選挙総覧 1947-2016』552-553頁。
  7. ^ a b “横川正市・元社会党参院議員死去”. 時事通信. (2014年10月7日). オリジナルの2014年10月12日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20141012032851/http://www.jiji.com/jc/c?g=obt_30&k=2014100700309 2023年2月21日閲覧。 
  8. ^ 『官報』号外第51号1頁 昭和60年4月30日号
  9. ^ 『官報』第6412号7-8頁 平成26年11月11日号

参考文献

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  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。
  • 『現代物故者事典 2012-2014』日外アソシエーツ、1997年。
  • 『新訂 政治家人名事典 明治~昭和』日外アソシエーツ、2003年。
  • 『国政選挙総覧 1947-2016』日外アソシエーツ、2017年。
議会
先代
鈴木壽
日本の旗 参議院決算委員長 次代
柴谷要
先代
近藤信一
日本の旗 参議院逓信委員長 次代
杉山善太郎