コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

川上嘉

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
川上 嘉
かわかみ よしみ
生年月日 1909年5月
出生地 日本の旗 日本鹿児島県龍郷町
没年月日 (1994-08-02) 1994年8月2日(85歳没)
出身校 明治大学専門部
所属政党 無所属(→左派社会党日本社会党
称号 正五位
勲二等瑞宝章
龍郷町名誉町民

選挙区 全国区
当選回数 1回
在任期間 1947年5月3日 - 1950年5月2日
テンプレートを表示

川上 嘉(かわかみ よしみ、1909年(明治42年)5月[1] - 1994年(平成6年)8月2日[2])は、日本の政治家参議院議員鹿児島県大島郡龍郷町戸口出身。龍郷町名誉町民[3]

来歴

[編集]

鹿児島県立大島中学校 (旧制)および明治大学専門部法科を卒業[4]中央大学の税務高等経理講習と東京大学の公開講座を修了[3]

大島支庁に勤務した後、1935年から東京財務局管内の各税務署に勤務。1946年結成の全国財務労働組合(全財、国公関連労働組合連合会の前身の一つ)[5]に参加し、1947年東京財務職員組合委員長に就任[6]

1947年第1回参議院議員通常選挙全国区に無所属で立候補して、初当選(任期3年[7])。1948年、税務会計事務所を開設。改選をむかえた第2回参議院議員通常選挙全国区にも無所属で再び立候補するが落選し、1950年退任。その後も全国区に第3回左派社会党から、第4回第5回日本社会党から立候補するがいずれも落選[3][8]

参議院議員退任後の1951年以降は、奄美本土復帰運動に携わる。1976年に東京奄美会第11代会長に就任し、3期6年務める。その他、奄美民主同志会長、関東鹿児島県人連合会副会長、関東安陵会(鹿児島県立大島高等学校の関東の同窓会)会長等などを歴任した。日本社会党東京連合会名誉賞受賞。1986年秋の叙勲で勲二等瑞宝章受章[9]1994年8月2日死去、85歳。死没日をもって正五位に叙される[10]2005年に出身地龍郷町の名誉町民となる[3]

出典

[編集]
  1. ^ 『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』287頁。
  2. ^ 『「現代物故者事典」総索引 : 昭和元年~平成23年 1 (政治・経済・社会篇)』日外アソシエーツ株式会社、2012年、379頁。
  3. ^ a b c d 龍郷町公式サイト-名誉町民-川上嘉 2019年5月29日閲覧
  4. ^ 『奄美人物名鑑全国版』(アドタイムス、1981年8月)p846
  5. ^ 国公労連の紹介-あの時の一枚 第24回~第28回 2019年5月29日閲覧
  6. ^ 井上一郎 笹川隆太郎「占領初期の全国財務職員組合連合会運動史 : 品川一登文書を中心として (3・完)」(尚美学園大学総合政策論集(13)、2011年12月)p87-159 -CiNii
  7. ^ 初の参議院選挙のため第3回改選となる任期6年の議員と第2回改選となる任期3年の議員が選出された。
  8. ^ 国会議員白書 川上嘉参議院議員 2019年5月29日閲覧
  9. ^ 『官報』号外特第17号1頁 昭和61年11月5日号
  10. ^ 『官報』第1478号8-9頁 平成6年9月5日号

参考文献

[編集]
  • 衆議院・参議院編『議会制度百年史 - 貴族院・参議院議員名鑑』大蔵省印刷局、1990年。