1931年の相撲
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1931年の相撲(1931ねんのすもう)は、1931年の相撲関係のできごとについて述べる。
できごと
[編集]本場所
[編集]誕生
[編集]- 2月2日 - 若ノ海周治(最高位:小結、所属:二所ノ関部屋→芝田山部屋→花籠部屋、+ 1999年【平成11年】)[4]
- 2月13日 - 時錦恒則(最高位:小結、所属:時津風部屋、+ 1991年【平成3年】)[5]
- 3月12日 - 前ヶ潮春夫(最高位:前頭18枚目、所属:高砂部屋、+ 1979年【昭和54年】)[6]
- 3月19日 - 佐久昇染太(最高位:十両6枚目、所属:立浪部屋、+ 没年不明)
- 3月21日 - 豊登道春(最高位:前頭15枚目、所属:立浪部屋、+ 1998年【平成10年】)[7]
- 5月5日 - 天山久晴(最高位:十両5枚目、所属:中村部屋→二所ノ関部屋)
- 5月24日 - 神生山清(最高位:前頭15枚目、所属:二所ノ関部屋、+ 1982年【昭和57年】)[8]
- 5月31日 - 常錦利豪(最高位:前頭筆頭、所属:出羽海部屋)[9]
- 7月2日 - 前ノ山政三(最高位:前頭14枚目、所属:高砂部屋、+ 1973年【昭和48年】)[5]
- 7月7日 - 芳野嶺元志(最高位:前頭8枚目、所属:高嶋部屋→友綱部屋、+ 2012年【平成24年】)[10]
- 7月18日 - 福田山幸雄(最高位:前頭4枚目、所属:出羽海部屋)[11]
- 11月27日 - 成山明(最高位:小結、所属:小野川部屋、+ 1978年【昭和53年】)[12]
死去
[編集]- 1月15日 - 鬼鹿毛清七(最高位:前頭6枚目、所属:雷部屋、年寄:中川、* 1855年【安政2年】)
- 1月27日 - 2代西ノ海嘉治郎(第25代横綱、所属:井筒部屋、年寄:井筒、* 1880年【明治13年】)[13]
- 2月2日 - 鬼ヶ谷才治(最高位:小結、所属:雷部屋、* 1855年【安政2年】)
- 6月6日 - 2代海山太郎(最高位:関脇、所属:友綱部屋、年寄:二所ノ関、* 1869年【明治2年】)
- 6月20日 - 明石竜兵太郎(最高位:前頭10枚目、所属:八角部屋→雷部屋→八角部屋、* 1881年【明治14年】)[14]
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 62頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 55頁
- ^ a b c d 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 313頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 138頁
- ^ a b 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 140頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 147頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 136頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 141頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 146頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 139頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 150頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 135頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 12頁
- ^ 京須利敏・水野尚文『令和三年版 大相撲力士名鑑』(共同通信社) 25頁