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|特記事項 = 注1:[[1970年]]3月に株式額面変更のための合併を実施。旧会社である株式会社主婦の店ダイエーの設立は[[1957年]](昭和32年)[[4月10日]](大栄薬品工業株式会社)。 |
|特記事項 = 注1:[[1970年]]3月に株式額面変更のための合併を実施。旧会社である株式会社主婦の店ダイエーの設立は[[1957年]](昭和32年)[[4月10日]](大栄薬品工業株式会社)。 |
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=== 創業から過去日本一の流通グループへ === |
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[[1957年]]([[昭和]]32年)に[[兵庫県]][[神戸市]]で創業。[[20世紀]]の[[日本]]の流通・小売業界を発展させた代表的な企業としても知られ、[[ショッピングセンター]]や[[ゼネラルマーチャンダイズストア]]を日本で初めて導入した。創業者[[中内㓛]]の生まれ育った[[阪神]]地区を中心に商圏を築き、[[1960年代]]後半から[[1970年代]]にかけて大きく発展し、全国展開を進めた。[[1980年代]]には、全国各地の地場スーパーマーケットと提携し傘下に納める形でグループを形成していった。 |
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[[小売|小売業]]に関しては、創業以来一貫して「[[価格破壊]]」を[[スローガン]]とする拡張路線を進めてきた。価格破壊とともに質への需要などニーズが多様化すると、「[[ダイエー (店舗ブランド)|ダイエー]]」のほかに「[[トポス (ディスカウントストア)|トポス]]」「[[ビッグ・エー]]」「[[Dマート]]」「[[グルメシティ]]」「Kou's」「[[プランタン (ダイエーの店舗ブランド)|プランタン]]」など業態ブランドを拡大化し多様化する消費者ニーズに応えながらも流通革命により価格破壊を志向する「'''よい品をどんどん安く''' (GOOD QUALITY BEST PRICE)」「'''お客様のために''' (For the Customers)」の方針で事業が進められてきた(一時はグループ企業が300社あり、[[大阪国際女子マラソン]]などでグループ各社の一覧が流れる企業CMも存在した)。 |
[[小売|小売業]]に関しては、創業以来一貫して「[[価格破壊]]」を[[スローガン]]とする拡張路線を進めてきた。価格破壊とともに質への需要などニーズが多様化すると、「[[ダイエー (店舗ブランド)|ダイエー]]」のほかに「[[トポス (ディスカウントストア)|トポス]]」「[[ビッグ・エー]]」「[[Dマート]]」「[[グルメシティ]]」「Kou's」「[[プランタン (ダイエーの店舗ブランド)|プランタン]]」など業態ブランドを拡大化し多様化する消費者ニーズに応えながらも流通革命により価格破壊を志向する「'''よい品をどんどん安く''' (GOOD QUALITY BEST PRICE)」「'''お客様のために''' (For the Customers)」の方針で事業が進められてきた(一時はグループ企業が300社あり、[[大阪国際女子マラソン]]などでグループ各社の一覧が流れる企業CMも存在した)。 |
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**4月10日 - 創業者・[[中内㓛]]が資本金400万円で「'''大栄薬品工業株式会社'''」を[[神戸市]][[長田区]]片山町5-5に設立。 |
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**9月23日 - '''1号店「主婦の店・大栄(ダイエー)薬局店」が[[千林駅]]前の[[千林商店街]]([[大阪市]][[旭区 (大阪市)|旭区]]千林町)に開店'''<ref group="注">今日の[[ドラッグストア]]に相当する店で、後年「千林駅前店」に改称し[[1974年]]閉店。なお、[[2005年]][[10月31日]]に閉店した[[トポス (ディスカウントストア)|トポス]]千林店は[[1961年]]7月開店の別店舗。</ref>。 |
**9月23日 - '''1号店「主婦の店・大栄(ダイエー)薬局店」が[[千林駅]]前の[[千林商店街]]([[大阪市]][[旭区 (大阪市)|旭区]]千林町)に開店'''<ref group="注">今日の[[ドラッグストア]]に相当する店で、後年「千林駅前店」に改称し[[1974年]]閉店。なお、[[2005年]][[10月31日]]に閉店した[[トポス (ディスカウントストア)|トポス]]千林店は[[1961年]]7月開店の別店舗。</ref>。 |
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**10月 - '''神戸市の[[三宮]]および[[神戸ハーバーランド|ハーバーランド]]でのSCJによる[[ICカード]]および[[電子マネー]]の実験に参画([[オーエムシーカード|OMCカード]]が、流通系の一般向け[[クレジットカード]]ではいち早く[[ICチップ]]付きの[[クレジットカード]]になったのは、この実験のため)。''' |
**10月 - '''神戸市の[[三宮]]および[[神戸ハーバーランド|ハーバーランド]]でのSCJによる[[ICカード]]および[[電子マネー]]の実験に参画([[オーエムシーカード|OMCカード]]が、流通系の一般向け[[クレジットカード]]ではいち早く[[ICチップ]]付きの[[クレジットカード]]になったのは、この実験のため)。''' |
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**12月 - [[持株会社]]([[中間持株会社]])「株式会社ダイエーホールディングコーポレーション (DHC)」<ref group="注">新神戸オリエンタルシティC3を保有していた「株式会社神戸セントラル開発」が商号変更した会社。同年に純粋持株会社が解禁されてからは初の持株会社でもあった。神戸セントラル開発は、新神戸オリエンタルシティC3を実質的に運営する子会社「株式会社新神戸開発」を株式会社福岡ドーム(当時。現在の同名の会社とは別の会社)に売却して以後、休眠会社になっていた。</ref>に子会社などを移管。[[ |
**12月 - [[持株会社]]([[中間持株会社]])「株式会社ダイエーホールディングコーポレーション (DHC)」<ref group="注">新神戸オリエンタルシティC3を保有していた「株式会社神戸セントラル開発」が商号変更した会社。同年に純粋持株会社が解禁されてからは初の持株会社でもあった。神戸セントラル開発は、新神戸オリエンタルシティC3を実質的に運営する子会社「株式会社新神戸開発」を株式会社福岡ドーム(当時。現在の同名の会社とは別の会社)に売却して以後、休眠会社になっていた。</ref>に子会社などを移管。[[中内㓛]]がグループ[[最高経営責任者|CEO]]、長男の[[中内潤]]が[[最高執行責任者|COO]]に就任。 |
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**全店で[[聴導犬]]受け入れ開始。 |
**全店で[[聴導犬]]受け入れ開始。 |
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**[[12月31日]] - 「カテプリなんば」閉店。 |
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**[[1月30日]] - '''[[中内㓛]]がグループの職を全て辞任し、ダイエーから[[リクルートホールディングス|リクルート]]に移籍していた高木邦夫新社長の下で新体制が発足。''' |
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** [[2月28日]] - サカエ(現在の[[グルメシティ近畿]]の前身となる、別の法人)の株式76%を、マルナカ興産(中内一族の資産保有会社)より取得。 |
** [[2月28日]] - サカエ(現在の[[グルメシティ近畿]]の前身となる、別の法人)の株式76%を、マルナカ興産(中内一族の資産保有会社)より取得。 |
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**3月29日 - 1000名の希望退職者を募る。 |
**3月29日 - 1000名の希望退職者を募る。 |
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!歴代!!名前!!任期!!経歴 |
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|第2代||鳥羽董||1999年 - 2000年||[[味の素]]元社長 |
|第2代||鳥羽董||1999年 - 2000年||[[味の素]]元社長 |
2020年7月11日 (土) 10:10時点における版
お願い:ノートで議論せずにテキストを除去する行為および経営破綻を強調する行為(ダイエーは法的整理には至ってないため左記の表現は不適当)は行わないでください。 |
ダイエーの看板(摂津富田店にて) | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
市場情報 | 非上場 |
略称 | ダイエー |
本社所在地 |
日本 〒135-0016 東京都江東区東陽二丁目2番20号 東陽駅前ビル |
本店所在地 |
〒650-0046 兵庫県神戸市中央区港島中町四丁目1番1号 |
設立 | 1949年2月7日(和泉商工株式会社)(注1) |
業種 | 小売業 |
法人番号 | 4140001005666 |
事業内容 | 商品の小売・卸売業ほか |
代表者 | 代表取締役社長 近澤 靖英 |
資本金 |
1億円 (2020年2月末日) |
売上高 |
2,851億円 (2020年2月期) |
営業利益 |
△10億円 (2020年2月期) |
純利益 |
△113億円 (2020年2月期) |
純資産 |
344億円 (2020年2月末日) |
総資産 |
1,387億円 (2020年2月末日) |
従業員数 | 1,953人(2019年2月末時点) |
決算期 | 毎年2月末日 |
主要株主 |
イオン株式会社:100% (2020年5月現在) |
主要子会社 | 関連会社・団体の項目を参照 |
関係する人物 |
中内㓛(創業者) 佐々木博茂(元社長代行) 高木邦夫(元社長) 蓮見敏男(元社長) 樋口泰行(元社長) 桑原道夫(元社長) 雨貝二郎(元会長) 林文子(元会長兼CEO) 河島博(元副会長) |
外部リンク | http://www.daiei.co.jp/ |
特記事項:注1:1970年3月に株式額面変更のための合併を実施。旧会社である株式会社主婦の店ダイエーの設立は1957年(昭和32年)4月10日(大栄薬品工業株式会社)。 |
株式会社ダイエー(英: The Daiei, Inc.)は、東京都江東区に本社、兵庫県神戸市中央区に登記上の本店がある、関東地区と近畿地区で総合スーパー(GMS)およびスーパーマーケット(SM)の「ダイエー」などを運営する日本の企業である。
元は全国チェーンの一大企業であったが、バブル崩壊後の1990年代より経営不振になり、イオンによる株式公開買付けを経て[1][2]、2015年(平成27年)1月1日より、イオングループの一員(完全子会社)となった。
概要
店舗展開
登記上の本店は神戸のポートアイランド(神戸市中央区港島中町四丁目1番1)に、本社は東京・東陽町の東陽町駅前ビル(東京都江東区東陽二丁目2番20号)に置かれている。
かつてはダイエーグループ本社ビル(大阪府吹田市豊津町9番1号の旧江坂東洋不動産ビル)が存在した他、東京事務所が東京・浜松町の芝パークビル(東京都港区芝公園2丁目4−1)に置かれていた。大阪・江坂の事務所は江坂オフィスセンター(EOC)、東京・浜松町は浜松町オフィスセンター(HOC)という名称であった。 後に、江坂はローソン本社や一部の事業を除き本社機能を浜松町と神戸へ集約。また、浜松町も家賃抑制の関係でダイエー成増店へ本社機能を一時移転した。 EOC、HOC共に入居しているビルや周辺には自社・系列の店舗を入居させていた。
創業満30周年を迎えた1987年に滋賀県近江八幡市のダイエー近江八幡店へ進出したことでスーパー業界初のほぼ全国制覇(島根県を除く)を実現したが、2016年3月時点では北海道、東北地方、中部地方、中国地方、四国地方、九州地方(沖縄県を含む)からは撤退している。
かつては創業地の千林に近い大阪市都島区の京橋店、西宮市の甲子園店、横浜市の東戸塚店、浦安市の新浦安店、目黒区の碑文谷店、福岡市のショッパーズ福岡店を旗艦店としていたが、ショッパーズ福岡店は2015年9月1日にイオン九州へ、その他の5店も2016年3月1日にイオンリテールへ承継された。
現在はイオングループのスーパーマーケット事業の中核企業として首都圏及び京阪神に店舗を展開している。
歴史
創業から過去日本一の流通グループへ
1957年(昭和32年)に兵庫県神戸市で創業。20世紀の日本の流通・小売業界を発展させた代表的な企業としても知られ、ショッピングセンターやゼネラルマーチャンダイズストアを日本で初めて導入した。創業者中内㓛の生まれ育った阪神地区を中心に商圏を築き、1960年代後半から1970年代にかけて大きく発展し、全国展開を進めた。1980年代には、全国各地の地場スーパーマーケットと提携し傘下に納める形でグループを形成していった。
小売業に関しては、創業以来一貫して「価格破壊」をスローガンとする拡張路線を進めてきた。価格破壊とともに質への需要などニーズが多様化すると、「ダイエー」のほかに「トポス」「ビッグ・エー」「Dマート」「グルメシティ」「Kou's」「プランタン」など業態ブランドを拡大化し多様化する消費者ニーズに応えながらも流通革命により価格破壊を志向する「よい品をどんどん安く (GOOD QUALITY BEST PRICE)」「お客様のために (For the Customers)」の方針で事業が進められてきた(一時はグループ企業が300社あり、大阪国際女子マラソンなどでグループ各社の一覧が流れる企業CMも存在した)。
小売業以外にもホテル、大学、プロ野球、出版、金融など事業分野の多角化に乗り出し、特に、創業者の故郷である神戸市内と所属球団福岡ダイエーホークスの本拠地に定めた福岡市内で、グループ子会社とともに事業を数多く手がけた。
没落〜イオングループ傘下へ
だが、失われた20年が始まる1990年代後半から業績悪化が表面化。しかし基本的にダイエーは不採算店舗を閉店させない方針をとっており[3]、1995年の阪神淡路大震災による創業以来初の赤字決算の際に緊急措置として店舗の閉店をとったことはあったが、それ以外では原則は店舗を閉店させることはなかった。しかし1997年2月にも再度の赤字決算となり収益改善が急務となる。[4]その結果これまでの方針を転換し、1998年より同社初の店舗の大量閉鎖に踏み切る。また収益向上のために100店舗では改装費用では最高額となる400億円を投じて改装を行った。[5]その後も様々な改革を行うも赤字決算となる。大規模な出店攻勢をした後の不採算店の閉鎖を行ったこともあり、テナントとして入っていたビルが空き店舗になったままで、同じくテナントとして入っている別の店舗の売り上げが急激に落ちたり、商店街の集客力がなくなったりと、いわば閉鎖の余波とも捉えられる問題が少なからず起きる。経済産業省出身の雨貝二郎会長から引き続いて、高木邦夫社長時代の2004年から産業再生法の適用及び産業再生機構からの支援を経て、丸紅およびイオンとの連携のもと、非主力事業の譲渡やコア事業である小売部門の縮小などの再建策が行われる。この再建策により経営破綻=倒産は回避された。
2013年には、イオンが当社株の公開買付け (TOB) を行い、ダイエーを完全子会社化することを発表。事実上の筆頭株主であった丸紅は、この買付けに対し、約24%のダイエー株を応募することでイオンと合意。ダイエーも子会社化に同意し、イオンと丸紅の間で資本提携契約を解消、2015年に完全子会社化が成立した。
経営不振後は「バブルの負の遺産の象徴」として語られることもあるが、高度経済成長下の時代においては、新しい業態を開発し、流通業界を牽引する役割を果たしていた。また、1975年6月に出版された城山三郎の小説「価格破壊」(角川文庫)のモデルとされている。
イオングループとなって以降
親会社となったイオンは、重複する事業の再編を継続して進める。こうした中、2014年5月28日に行われた同社株主総会の席上で、イオン社長の岡田元也は、「ダイエーの事業を関東と関西のグルメシティに特化し、それ以外の地域についてはイオングループとの統合再編を進める」との方針を示した。既に伊豆地区のダイエー系店舗の一部がイオン系のマックスバリュ東海(旧ヤオハン)へ事業譲渡され、マックスバリュへ転換(一部店舗はマックスバリュを経てディスカウントストアのザ・ビッグへ再転換の後イオンビッグに再移管)されている。
ダイエーはイオングループ入りに際し、北海道・東海、九州の店舗を、イオンの地域子会社へ移管の上で店舗網を抜本的に見直している[6]。
しかし、イオンの連結子会社となって以後のダイエーの経営環境の改善が一向に進まず、原因は、古から在籍する社員の人件費が高いなどか原因のひとつ。 2014年2月期決算でも税引き後の赤字決算[7]であることから、さらなる抜本的な経営改革をする必要があるとして、イオンは現在株式の44%を保有するダイエーを2015年1月1日付をもって、株式交換方式(ダイエーの1株に対し、イオン株0.115株を交換に充てる)[8]により完全子会社化[9]することを発表。
またこれに伴い、東京証券取引所第1部に上場していたダイエーの株式を2014年12月26日付けをもって上場廃止にするほか、岡田は、「ダイエーの法人格はそのまま残すが、2018年(平成30年)をめどにダイエーの屋号(店舗ブランド)をなくす」とする方針を示し、その準備段階として、北海道、東海、九州のダイエーの店舗をイオンなどの同グループ内の店舗ブランドに転換し、ダイエーのブランドは発祥地である近畿地方と首都圏(関東南部)に事業を集約し、かつ食品スーパー (SSP) 事業に特化。また京阪神のダイエーグループの他ブランド名のスーパーなどやイオン系の食品スーパー担当子会社[10]も順次ダイエーに統合。2014年時点ではこれらの地域でも2018年度までにイオンフードスタイル(仮称)などのイオングループの別のブランドへの転換を進めるとしていた[11][12][13]。その後、2017年に方針転換を発表、関西、関東地区でのダイエーの知名度を勘案し2019年度までに「グルメシティ」ブランドを廃止して「ダイエー」に集約、「マックスバリュ」等イオン系SMとの店舗・ブランドの再構築を図る予定となった[14]。そして、2018年(平成30年)10月10日にイオンが各地域でのスーパーマーケット事業の経営統合に関する基本合意書が締結されたことが発表され、その中でダイエーは2019年(平成31年)3月1日付で山陽マルナカから大阪府・兵庫県・奈良県内の14店舗の運営を承継した後、2020年3月1日付で光洋を吸収合併する方法によって近畿エリアのスーパーマーケット事業における経営統合を進める予定である事が示された[15]。その後、2019年(平成31年)3月1日付で山陽マルナカから大阪府・兵庫県・奈良県内の「マルナカ」14店舗の運営を継承し、「マルナカ」ブランドも展開するようになった。2020年(令和2年)1月29日には当初吸収合併する予定であった光洋を株式交換による完全子会社化へ方針転換することが発表され、同年3月1日付で光洋を完全子会社化した。
2016年からは、イオンフードスタイルとして展開する食品スーパーに「ÆON FOOD STYLE」又は「ÆON FOOD STYLE by daiei」のロゴを掲出している。詳細はイオン (店舗ブランド)#新店舗分類を参照。
社章(シンボルマーク)
- 初代シンボルマーク(1962年 - 1975年)
- 1962年に制定された初代シンボルマークは、公募によって選ばれた大阪市在住の主婦によるもので、流線型のDの中心にS(Store・Shop・Shufuの頭文字とされる)を入れたデザインであった。これは丸善石油(現:コスモ石油)の燕が横に飛ぶマークにヒントを得て「あくまで上を目指す」ダイエーの発展を願いDの字を若鷲に見立ててデザインしたものだった。このマークは同年3月16日の新聞広告から使用を開始した[16]。
- キャッチコピーは「よい品をどんどん安く」。
-
初代ロゴ
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初代ロゴ(2016年当時、イオンに転換された京橋店で見られた)
- 二代目シンボルマーク(1975年 - 2005年)
- コクヨなどのマークを手がけた、デザイナーのレイ・吉村によって製作され、CI戦略コンサルタントの中西元男(PAOS代表)が提案した[17]。
- CIの導入にあたっては1973年の基本方針発表会でまず導入について中内から社内へ伝えられ、1974年には営業会議で販促部が正式に導入を提案。設置されたプロジェクトチームと中西により調査が行われ、その結果初代マークのイメージは「ハードな感じで(中略)美的水準は店に行くと驚くべき惨状にあった」(中西)とされた[18]。これを踏まえ1975年4月に6人のデザイナーによるコンペが行われ、最終的に吉村が手がけた2案が残った[19]。
- 全26案の絞込みの最終選考で青を基調としたA案と、使用されるに至ったB案に分けられ、総合的評価ではA案が高かったが、中西を初めとしたCIコンサルタントは、B案がふさわしいのではという考えであった。
- 社長の中内はA案とB案を持ち帰り、一週間ほど悩んだ挙句、オレンジのカラーを気に入り、B案を採用することを決めた。
- 1975年10月21日に公式発表され、同年10月24日開店の一宮店から使用を開始[20]。2005年11月30日までの約30年の長期に渡り、ダイエーグループのスーパーマーケットで使用された。「D」を意匠化したシンボルマークは、買い物袋や包装紙にも使用[21]。「上弦の月」をイメージさせるとともに、真円の一部が欠けたデザインとすることで、不完全な円=「永遠の未完成」(=成長し続ける)を意図している。
- キャッチコピーは引き続き「よい品をどんどん安く」を使用、グループミッションは「よい品をどんどん安くより豊かな社会を」であった。
- 2005年12月以降は公式上では使用を終了しているものの、平塚店(店番号:0559)のみロゴマークを更新せず塔屋や看板に使用されていた。2012年9月30日の同店閉鎖に伴い完全に消滅し、その後は一部什器や輸送用台車などに痕跡が残っている程度である。
-
2代目ロゴ
-
2代目ロゴ「ダイエー」バージョン
-
二代目シンボルマーク(左側と中央のマークが実際使用されたもの。右側の青いマークは使用に至らなかった)
-
最後まで2代目ロゴを掲げ続けた平塚店(2012年9月16日 撮影)
- 三代目シンボルマーク(2005年 - 現在)
- 製作者は不明[誰?]。創業者の中内の理念や思想、そして過去からの決別の意を込めて、ロゴ(社章)・シンボルマークが一新された。
- 2005年10月14日に公式発表され、同年12月1日に改装オープンした北野田店(店番号:0387)から使用を開始。従来と同様に塔屋・買い物袋・包装紙に使用されている。
- ロゴの「Daıeı」(iの上のドット符号がなかった)は「daiei」になり、その書体も、Helvetica(ゴシック体)から、丸みを感じさせる書体に変更された。シンボルマークは、「Dマーク」に代わり、発見や歓びを表す「!(感嘆符)」とdaieiの「d」とを組み合わせた(ハート型を連想する)イメージに変更されたが、コーポレートカラーとなったオレンジは従来よりも明るみを増した。
- さらに、創業当初から親しまれたキャッチコピーやグループミッションもすでに形骸化していたとし、「生活者共感視点」を図るべくロゴ変更と共に更新され「ごはんがおいしくなるスーパー」「いつも発見があるうれしい売り場を。いつも笑顔がある活気にあふれた店を。私たちはお客様とともに毎日のお買い物の楽しさを大切にします」
プライベートブランド
ダイエーは多くのプライベートブランドを有するが、一部のみを挙げる。
現存するブランド
- トップバリュ
- イオンとの業務・資本提携により、「セービング」・「おいしくたべたい!」に代わり導入されているイオンのプライベートブランド。
- 2007年11月に24色カラーランドセル、2008年1月に「セービング」では導入されていなかったチューハイの数量限定発売(※)を経て、2008年3月20日より本格的な取り扱いを開始した。
- ※反対に、イオングループでは当社のオリジナル商品「バーゲンブロー ノイヴェルト」を同じ時期に限定発売している。
- なお、かつてダイエーグループの傘下で現在は資本関係は残るもグループから脱退しているセイブ(茨城県、同じ茨城県にあるカスミ(イオンの持分法適用関連会社でありトップバリュ商品を取り扱っている)と提携し、相互の店舗でそれぞれの商品券を使用できることから元ダイエーグループであることと直接関係あるかは不明である)、東武(北海道)[注 1]など、ごく一部に過去にセービング商品を扱っていたことなどの理由で現在もトップバリュの商品を提供する店舗がある。
かつて使われていたブランド
- ダイエーみかん
- ダイエーのPB第1号商品として、1960年に発売[22]。
- ダイエーインスタントコーヒー
- 1961年9月に発売。ラベルは当時の包装紙に用いられていた「赤いバラのマーク」を貼っていた。当時のインスタントコーヒーは湿気やすい蝋引きのパックであったのに対し、アルミパックで販売したため、常にサラサラの状態が保たれ、飛ぶように売れた。
- キャプテンクック (Captain Cook)
- かつては食料品の主力ブランドで、大手メーカーとの提携商品もあったが、ほとんどの商品が後述の「セービング」ブランドに移行した。同時に、ダイエーの社内食堂を運営する給食業者でもあった。
- ダイエー自社開発製品 → セービング
- かつて主力となっていたブランド。品目は食料品・衣料品(主に下着)・日用雑貨。元々上述のPB第1号商品である「ダイエーみかん」(1960年発売)や「ダイエーインスタントコーヒー」(1961年発売)など[23]から発売を開始。その後、1970年代の「ノーブランドシリーズ」や「キャプテンクックシリーズ」(前述)を経て「セービングシリーズ」に発展し、ダイエーの旗艦ブランドとなる[24]。
- 最後のロゴは3代目で、2006年6月8日に食料品と日用雑貨を皮切りに、このロゴでの販売が開始された。iを逆さにして!のようにし、パッケージによってロゴの地の色を変えている。
- なお、「セービング」の商品は「トップバリュ」の本格導入によって2009年2月に販売終了となったが、その後も袋入り砂糖類6品目が依然として「セービング」ロゴつきで販売されている(2012年10月時点)[25]。なお、「トップバリュ」に代替品が存在しない一部商品については、ブランド名が付かない単なる「ダイエー開発商品」として販売が継続されている商品も存在する。
- 旧ロゴデザインのうち、1991年から採用された2代目は、黒地に大文字の白抜きで、Iの部分のオレンジが縦に波のようになっており、採用当初は、食品がオレンジ、日用品が緑、衣料品が青と色分けされていた。また初代のデザインは、Century(セリフ)書体で「SAVINGS」の文字が縦横に繰り返し書かれたものが背景となるデザインであった。
- 1993年の日経ヒット商品番付に選ばれている。
- おいしくたべたい!
- イオンと提携した時期に、セービングに代わる食品専門のプライベートブランドとして登場したが、トップバリュの導入で消滅した。
- ブブ (BUBU)
- 1970年、13型カラーテレビを当時としては破格の5万円台で発売し、大変な話題となったが、その際に使われたブランドである。テレビ以外にも様々な家電製品がこのブランドで発売されたが、後に「サリブ」ブランドが家電PBのメインとなる。
- AMPM
- 紳士服などに使われていたが、現在使用されているかどうかは不明。1998年、ダイエーがエーエム・ピーエム・ジャパン(コンビニエンスストア運営、法人自体は2010年にファミリーマートに吸収合併され解散)などに対し、「自社の商標に似た商標を使用している」として、商標の使用差し止めと損害賠償を求め提訴したことがある。
- ラエル・ブルック
- 1970年代に紳士服に使用。当時モータースポーツで国内最高峰だった、全日本F2選手権でのチームスポンサーを冠したことがあった。
- プライスセーバー
- セービングと同様の品揃えだったが、ディスカウントストア業態向けだったために、セービングよりもわずかに価格を低く設定していた。プライベートブランドとしての役割を終えた後は、書体とマークをそのままに「お酒のディスカウントストア プライスセーバー」として店舗名・コーナー名に流用された。
- 暮らしの88
- 100円ショップと同等の商品を、より安価に提供する事を目指した商品。
- コルティナ (COLTINA)
- 家電製品、生活雑貨等に使用。1990年代、大手メーカー[26]がOEM製造したブラウン管テレビの本体に、コルティナのブランドと日本語の説明書を付けて販売していた。
- マイパック
- 1973年12月7日、LPレコードを、当時としては低価格の1枚890円で発売した際に使われたブランド[27]。
店舗
かつては現行業態である「ダイエー」、「グルメシティ」のほか「トポス」、「D-MART」、「kou’s」などを展開していたがバブル崩壊後の経営再建の過程で業務転換もしくは閉鎖され消滅した。その後2005年に都市型食品スーパーの「フーディアム」が、イオンによる完全子会社化後の2015年にはフードスタイルストアの「イオンフードスタイル」がそれぞれ誕生し、2019年には新たに近畿地区の「マルナカ」の運営も開始した。なお、SM業態のグルメシティはかつてはダイエーのほかグルメシティ関東(旧セイフー)やグルメシティ近畿(旧サカエ)、グルメシティ北海道(旧北海道スーパーマーケットダイエー)、グルメシティ九州(旧九州スーパーマーケットダイエー)の4社が展開していたが2015年までにダイエーに一本化されている。
現在の店舗
2019年6月末時点で187店舗を展開している。
過去に存在した店舗
店舗ブランド
・ダイエー ・グルメシティ ・ダイエーグルメシティ ・フーディアム ・イオンフードスタイル ・イオンフードスタイルbyダイエー ・マルナカ
運営していたショッピングセンター
- ショッパーズモールなかま(福岡県中間市)
- ショッパーズモールマリナタウン(福岡市西区)
どちらも、2015年9月1日のダイエーの店舗網再編時にイオンストア九州に移管された。
沿革
1950年代
- 1957年
- 1958年
- 1月25日 - 本店を大阪市旭区千林町三丁目236番地に移転。
- 12月 - 三宮店(神戸市、約70m2)を開店。チェーン店展開の開始。この年、創業の理念を制定。
- 1959年
- 3月25日 - 大栄薬品工業株式会社が「株式会社主婦の店」に商号変更(店名は「主婦の店ダイエー」)。
- 4月 - 当社初めての衣料品・日用品の取り扱いを三宮新店(1階・396m2)で開始
- 4月 - 三宮店移設拡張反対大会が生田で行われる。
- 6月 - 三宮店の拡張に伴い、肉の取り扱い開始。
1960年代
- 1960年
- 1961年
- 1962年
- 1963年
- 1月 - 『ダイエーの誓い』を発表。パンチカードシステム導入。
- 1月26日 - チェーン本部第1号として西宮市に西宮本部社屋が完成。流通センターや食肉加工センターを併設。
- 2月 - 「株式会社フクオカダイエー」を設立。九州へ進出
- 3月10日 - 九州進出1号店の天神店が開業。初日で2万人が訪れる。
- 4月18日 - 第1回「お客様重役会」募集(5月16日、13名が決定)。
- 5月 - 山陽・四国地方への出店を計画した『ネックレスチェーン構想』が発表される。
- 5月 - 専門店複合型のショッピングセンターを目指した三宮第二店を開店。
- 7月 - 専門店複合型のショッピングセンター(当時は「SSDDS」と呼ばれていた。意味はこちらを参照 )の、後の三宮第一店を開店。
- 8月 - 東京・渋谷への出店を計画するも全日本商店街などの反対により中止となる。
- 1964年
- 1月15日 - 「株式会社一徳」(後に「株式会社トウキョウダイエー」に社名変更)を買収し首都圏へ初進出。
- 3月10日 - 「一徳」(上記)より譲り受けの浦和、小岩、吾嬬、中目黒の4店を開店。東京に進出。
- 4月5日 - 庄内ショッパーズプラザ(庄内店)オープン。(現在のダイエーグルメシティ庄内店/閉鎖後再出店予定)日本初の大型ショッピングセンター方式の実験、銀行と専門店が別棟式。
- 2月27日 - 株式会社四国ダイエー設立
- 4月18日 - 大街道店(愛媛県松山市)のち「ダック松山店」を開店。四国へ進出。
- 9月 - プライベートブランド「グンゼブルーマウンテン」肌着発売開始。
- この年、家電製品の価格設定をめぐる対立から、松下電器産業(現・パナソニック)に出荷を拒否され、ダイエー・松下戦争と呼ばれる対立へとつながった[28]。
- 1965年
- 2月 - 社歌I制定。
- 5月 - 労働組合が結成される。
- 従業員のアメリカ研修制度スタート。
- 1967年
- 1968年
- 3月 - 九州本部を小倉に移す。本格的ディスカウント・デパートを目指した小倉店を開店。
- 8月 - 首都圏本格進出の基本戦略として、「レインボー作戦」を発表。
- 11月30日 - 香里ショッパーズプラザ(香里店)を開店。日本初の本格的な郊外型ショッピングセンター。安売りイメージから脱却。
- 1969年
- 5月28日 - 「株式会社ゼノン」設立(時計・眼鏡の専門店)。
- 6月 - 「株式会社キャプテンクック」(現・オレンジフードコート)設立(ファーストフード専門店)。
- 6月20日 - レインボー作戦(首都圏本格進出の基本戦略)の拠点となる原町田ショッパーズプラザ(原町田店)を開店。
- 8月1日 - 「株式会社コルドバ」設立(靴の専門店)。「株式会社ロベルト」設立(紳士服専門店)。
- 8月 - 「株式会社フクオカダイエー」、「株式会社トウキョウダイエー」および「四国ダイエー株式会社」を合併し、全国店舗を親会社へ集約(直営化)。
- 9月 - 「株式会社ダイエーサカエミート」(現・アルタックフーズ)設立(食肉の加工・製造・販売)。
- 11月 - 「和泉商工株式会社」を買収し「株式会社ダイエー」に商号変更。同月、本部を兵庫県西宮市から大阪市大淀区(現:北区)中津に移転。
- 11月25日 - 「阪神運輸倉庫株式会社」設立。
1970年代
- 1970年
- 2月27日 - 「株式会社サンコー」と業務提携。
- 3月18日 - 「株式会社ダイエー」が存続会社となり「株式会社主婦の店ダイエー」を合併(株式の額面変更のため)。
- 3月 - 業界初のFCとして高知スーパーマーケットと契約締結(同年4月18日にショッパーズプラザ大橋通店オープン)。
- 5月12日 - 日本初のハンバーガーショップとしてドムドム原町田店をオープン。
- 7月1日 - 「株式会社フォルクス」設立(ステーキレストランに進出)。
- 7月22日 - 「株式会社ダイエーセントラル牧場」(現:鹿児島サンライズファーム)設立。
- 8月28日 - 「株式会社消費経済研究所」設立。
- 9月6日 - 神戸流通センター竣工(現存せず)。
- 10月 - 福岡ショッパーズプラザのデベロッパー会社として伊藤忠商事と共に「株式会社天神中央開発」を設立。
- 11月16日 - ダイエー品質管理センター開設。
- 11月25日 - 松下電器への対抗として5万円台の格安13型カラーテレビ、プライベートブランド「ブブ」を発売。翌年製造元の株式会社クラウンと資本提携。
- 売上高1000億円突破。
- 1971年
- 1月26日 - 「株式会社ダイエーレジャーランド」(後の株式会社ファンフィールド)設立。
- 3月1日 - 大証(現在の東証)二部に株式上場。
- 6月15日 - 福岡ショッパーズプラザ(ダイエー福岡店)を開店(開業当初、国内最大)。
- 9月1日 - スーパー大学校設立。第1回新店幹部養成講座開校。
- 9月1日 - 本店を大阪市大淀区(現・北区)中津本通1-2に移転。
- 9月1日 - クレーム110番制度発足。
- 1972年
- 1月4日 - 大証(現在の東証)一部に指定替え。
- 3月1日 - 東証一部に株式上場。
- 3月24日 - 物価値上がり阻止運動を宣言。
- 3月25日 - 戸塚ショッパーズプラザ(戸塚店)を開店。開業当初、東日本地区最大の本格的郊外型ショッピングセンター。
- 6月15日 - 山形ショッパーズプラザ(山形店)を開店。(東北へ進出)
- 7月1日 - 「株式会社ボンテ」設立(パン製造・販売)。
- 8月 - ハワイに「ダイエーUSA」設立(11月19日、1号店ダイエーパールリッジ店オープン)。
- 8月 - 三越を抜き、小売業売上高日本一を達成。
- 11月29日 - 「株式会社大中」設立(中国雑貨の専門店)。
- 12月9日 - 「ジョセフ・マグニン・ジャパン株式会社」設立(婦人ドレス専門店)。
- 12月20日 - ディッパーダン・アイスクリーム1号店を東京・八重洲地下街開店。
- 1973年
- 1974年
- 9月29日 - 創業第1号店千林駅前店閉店。
- 1975年
- 4月1日 - 目黒区碑文谷に、関東の旗艦店となるショッパーズプラザ碑文谷(のちのダイエー碑文谷店を経て現・イオンスタイル碑文谷)開業
- 4月15日 - 「ダイエーローソン株式会社」(ローソンの前身の一つ)を設立し、コンビニエンスストア業界へ進出。
- 5月1日 - 本店を大阪府吹田市豊津町9番1号に移転。
- 5月4日 - 那覇ショッパーズプラザ(のちのダイナハ → ダイエー那覇店・現D-naha)を開店[注 3]。
- 6月 - コンビニエンスストア「ローソン」1号店、桜塚店(豊中市)を開店。
- 10月15日 - ドムドム・フォルクスと共同で「株式会社ドーナツアーツ」設立。ドーナツ部門に進出。
- 10月21日 - Daieiの頭文字"D"と「上弦の月」をイメージしたシンボルマークとロゴを制定、24日開店の一宮店より使用開始。
- 10月28日 - ドーナツ専門の「ドーナツアーツ」1号店を古川橋店の店頭に開店。
- 10月 - クレジットカードの取り扱い開始。
- 1976年
- 1月 - 大阪を中心にスーパーを展開する株式会社 丸栄商事の株式10%を取得し、商品供給主体の業務提携を開始。
- 1月24日 「株式会社ダック松山」設立 「グルメスーパーの1号店」国内海外の高級商品を販売。
- 8月25日 - 「北海道ダイエー株式会社」設立。
- 12月23日 - 「ダイエー水産株式会社」(現:セリティフーズ)設立(水産物の加工・製造・販売)。
- 1977年
- 1月18日 - 客の目につくよう、店長がオレンジ色のジャケットを羽織り、意見を聞く「オレンジエスコート作戦」開始。
- 4月25日 - 「株式会社マルシェ」設立(雑貨小売業)。
- 1978年
- 1979年
1980年代
- 1980年(昭和55年)
- 2月16日 - 売上高が業界初の1兆円を突破。
- 3月 - 首都圏を中心に食品スーパーを展開していた青楓チェーンと業務提携開始。
- 3月1日 - 柳川店(岡山県岡山市)を業態転換し、トポス1号店としてオープン。
- 3月 - フランスの大手百貨店「プランタン」と提携調印。
- 4月 - 「株式会社オ・プランタン・ジャポン」を設立。
- 4月1日 - 社員共済会「若葉会」スタート。
- 8月8日 - アメリカのディスカウントチェーンを展開するKマート(現・シアーズ・ホールディングス)と業務提携調印。
- 9月1日 - 「株式会社ジョイント」設立(ジーンズカジュアル専門店)。
- 11月 - 茨城県でスーパーを展開するセイブと業務提携。
- 11月18日 - 「株式会社九州ダイエー」設立。
- 12月 - プライベートブランド「セービング」を発売。衣料品・日用品等41品目。
- 1981年(昭和56年)
- 2月 - 髙島屋と業務提携開始。
- 3月6日 - フランスのプランタンとの合弁会社「オ・プランタン・ジャポン」を設立し、神戸市中央区にPrintemps(プランタン三宮・後のプランタン神戸)を、国鉄三ノ宮駅駅の三宮ターミナルビルにオープン(日本におけるプランタン1号店)。
- 3月20日 - 神戸ポートアイランド博覧会にダイエーパビリオン出展。
- 4月 - 既存店であった草加ショッパーズプラザ(草加店)を業態転換し、Dダイエー(後のDマート)1号店としてオープン。
- 5月 - プライベートブランド「サリブ」(家電トータルシリーズ)発売。
- 5月20日 - 函館の老舗百貨店の棒二森屋と業務提携調印。同社の系列会社とする。
- 7月31日 - 株式会社サンコー(ダイエーグループ企業)を株式会社マルエツが吸収合併し、ダイエーグループとなった「株式会社マルエツ」が発足。
- 9月 - 婦人服・雑貨を取り扱う子会社として「株式会社プチ・プランタン」を設立。
- 9月1日 - 株式会社九州ダイエー(1980年11月設立、1981年5月九州地区のダイエーの営業を継承)を株式会社ユニードが吸収合併し、ダイエーグループとなった「株式会社ユニード」が発足(株式会社ユニードは1991年9月1日に株式会社ユニードダイエーに商号変更)。
- 9月1日 - 「株式会社天津大栄」(現:テンダイ)設立(衣料品・食品・雑貨等の輸入販売)。
- この年、 POSシステム(日本IBM製)導入開始。
- 1982年(昭和57年)
- 1月24日 - 第1回大阪女子マラソン協賛参加(第20回大会まで協賛)。
- 1月 - 本社機能を東京(芝パークビル・港区芝公園2丁目、通称「軍艦ビル」)に移転。
- 1月 - 「オレンジ合衆国」発足。ユニード・マルエツ・CGCなどが参入し、ダイエーグループの象徴となる[注 4]。
- 3月 - 「株式会社十字屋」と業務提携。
- 5月1日 - ハワイ・アラモアナショッピングセンターを取得。
- 11月16日 - プライベートブランド「カット&プラス」(健康志向食品)発売。
- 11月18日 - 女子バレーボール部「ダイエーオレンジアタッカーズ」設立。
- 1983年(昭和58年)
- 2月16日 - 「株式会社丸興」と業務提携。
- 3月25日 - 陸上競技部「ダイエーオレンジランナーズ」設立。
- 8月1日 - 「株式会社流通システムサービス」(現・富士ソフトディーアイエス)設立(情報処理等)。
- 9月10日 - プライベートブランド「すこやかベジタ」(自然順応栽培野菜)発売。
- 10月27日 - プライベートブランド「リブニー」(キッチンコーディネイト商品)発売。
- 1984年(昭和59年)
- 4月27日 - プランタン銀座を開店(ダイエーグループが読売グループと共同で開店)。
- 7月 - 株式会社丸興と朝日クレジット株式会社が合併(1987年9月「株式会社ダイエーファイナンス」へ)。
- 9月1日 - 本店を神戸市中央区港島中町四丁目1番1号に移転。
- 9月1日 - プライベートブランド「ニューセービング」発売(「ノーブランド」と「セービング」を統合)。
- 9月22日 - プライベートブランド愛着仕様「デイリーユース」発売。
- 1985年(昭和60年)
- 1986年(昭和61年)
- 5月29日 - プライベートブランド「ディナーマーム」(調理済オーブンレンジ商品)発売。
- 1987年(昭和62年)
- 1988年(昭和63年)
- 4月1日 - 流通科学大学開校。
- 9月 - 新神戸オリエンタルシティC3オープン。OPAのルーツとなる新神戸オリエンタルパークアベニューが誕生[注 5]。
- 9月 - 南海電気鉄道からプロ野球「南海ホークス」の経営権を20億3000万円で譲り受けることを決定。
- 10月1日 - ダイエーグループ福祉会発足。
- 11月1日 - 福岡ダイエーホークス (FDH) が発足。当初の本拠地は1978年までライオンズの本拠地だった平和台球場。
- 1989年(平成元年)
- 7月3日 - 福岡オフィスセンター設置。
- 11月23日 - ハイパーマート1号店「釧路店」を開店
1990年代
- 1990年
- 6月28日 - 「ショッパーズプラザ新浦安」(新浦安店)開業。
- 9月26日 - 消費者志向優良企業として通産大臣表彰を受ける。
- 11月 - 1991年4月からの牛肉輸入自由化に対応し、輸入牛肉を大規模に取り扱う専門店「ミートパビリオン」(翌年「カンザスシティ」に改称)を三宮第一店に設置。
- 1991年
- 1月2日 - OMCエコロジーカード発行。
- 1月11日 - 同業他社の先陣となる、東北・関東・近畿の8店舗で「お買物袋スタンプカード」を試験導入。
- 3月1日 - 「北海道ダイエー株式会社」を吸収合併。
- 3月28日 - セービング商品の見直しとパッケージデザインを変更。
- 4月25日 - 「ショッパーズプラザ横須賀」(横須賀店)開業。
- 7月25日 - 空き缶プレスカー「ぷれすくん」導入。
- 8月 - 商品受発注をグループ各社でJANコードに統一。
- 9月27日 - 「金沢八景プランタン」開業。
- 10月 - 子会社の「株式会社関西ユニード」・「株式会社酒田ダイエー」・「株式会社名東ショッピング」の店舗(富雄店・酒田店・メイトピア店)を譲受し、これら3社を清算。
- 1992年
- 1993年
- 1994年
- 2月 - 丸紅と包括提携。
- 3月1日 - 「株式会社ダイエー」が、「株式会社忠実屋」(首都圏)・「株式会社ユニードダイエー」(九州)・「株式会社ダイナハ」(沖縄県)を吸収合併し、SMでの日本初のナショナルチェーンを完成させる。
- 3月1日 - 大中とマルシェが合併し、新「株式会社マルシェ」誕生。
- 4月12日 - 地球環境大賞の環境庁長官賞を受賞。
- 9月1日 - 「株式会社ダイエーファイナンス」・「株式会社朝日トラベルエージェンシー」・「リッカー株式会社」の3社が合併し、「株式会社ダイエーオーエムシー」(のちのオーエムシーカード、現:セディナ)発足。
- 10月 - 「金沢八景プランタン」を運営子会社の整理により「ダイエー金沢八景店」に名称変更。
- 1995年
- 1月1日 - ハーバーランドシティが、流通大手初の元旦営業開始。
- 1月17日 - 阪神・淡路大震災発生。「がんばろや We Love KOBE キャンペーン」展開。三宮などの神戸市内の店舗が被災。特に、三宮の「ダイエー村」は、この震災で事実上消滅した。震災翌日には、建物が新しく被害の小さかった灘店が被災地のキー店舗の機能を果たすようになっていた。また、グループの建物で被害が小さく済んだ建物に、被災者の求める商品を扱う小売店舗を出店した[注 7]。※震災被災による閉店の詳細は、過去に存在したダイエーの店舗#兵庫県を参照
- 1月17日 - 阪神・淡路大震災発生。「がんばろや We Love KOBE キャンペーン」展開。三宮などの神戸市内の店舗が被災。特に、三宮の「ダイエー村」は、この震災で事実上消滅した。震災翌日には、建物が新しく被害の小さかった灘店が被災地のキー店舗の機能を果たすようになっていた。また、グループの建物で被害が小さく済んだ建物に、被災者の求める商品を扱う小売店舗を出店した[注 7]。
- 3月30日 - プライベートブランド「AMPM」メンズビジネススーツ発売。
- 4月 - ホークスタウンを開業(当初は福岡ドームとシーホーク・ホテル&リゾート(現ヒルトン福岡シーホーク)のみだったが、2000年に商業施設が「ホークスタウンモール」としてオープンした)。
- 4月23日 - 被災していた「プランタン神戸本館」が、「三宮駅前店」に改装されリニューアルオープン。
- 8月24日 - Kou'sポートアイランド店24時間営業開始。
- 9月1日 - 「プランタン甲子園」を経営の効率化のため、「ダイエー甲子園店」に名称変更。
- 10月1日 - 中国初出店の大栄天津商場店オープン。
- POSシステム(第2期)を導入。
- 1996年
- 1月1日 - ダイエー339店舗で元旦も営業。
- 1月24日 - ダイエーのプライベートブランドが製造業者協会から優秀杯賞を受賞。
- 2月1日 - 業態別に準分社化したカンパニー制度を導入。食品SM業態の店舗を順次「グルメシティ」に改称。
- 3月1日 - 「株式会社ロベリア」と「ジョセフ・マグニン・ジャパン株式会社」が合併。新「株式会社ロベリア」誕生。
- 1997年
- 1998年
- 1月 - 陸上部、女子バレーボール部休部発表。
- 3月 - 陸上部「オレンジランナーズ」休部。
- 3月8日 -女子バレーボール部 オレンジアタッカーズ2度目の日本一 Vリーグ優勝
- 4月3日 - ホームページ「d'club」開設。
- 5月5日 - 女子バレーボール部オレンジアタッカーズ皇后杯黒鷲旗全日本選手権優勝
- 5月31日 - 女子バレーボール部オレンジアタッカーズ休部
- 6月1日 - 日本バレー界初のプロチーム・オレンジアタッカーズ誕生(DCCのオレンジアタッカーズ事業部)
- 9月23日 - ダイエーグループ各店で5%割引の「ダイエーOMCカードご優待デー」を開始(毎月23日に実施)。
- 12月10日 - 若葉会解散。
- 1999年
- 1月20日 - 前年の経常赤字への転落を受けて、味の素社長を務めた鳥羽董(ただす)が副社長から社長に、中内㓛は会長に就任。
- 3月25日 - ダイエーグループ再生3ヵ年計画発表。
- 7月 - ハワイのアラモアナ・ショッピングセンターを米投資企業に売却。
- 7月19日 - 希望退職受付(希望者802名)。
- 8月1日 - ハイパーマート26店舗を、直営から株式会社ダイエー・ハイパーマートに譲渡。残るハイパーマート12店舗はGMSに転換すべく直営を維持したが、2000年9月1日に両社のハイパーマート36店舗中29店舗を株式会社ディー・ハイパーマート(旧商号:株式会社さかえビルディング)に譲渡、残る7店舗は閉鎖。
- 全店で介助犬の受け入れ開始。
・9月25日 - 福岡ダイエーホークスが リーグ初優勝達成
2000年代
- 2000年
- 3月 - 「プランタン新さっぽろ」「プランタンなんば」を「カテプリ新さっぽろ」「カテプリなんば」に転換。
- 3月2日 - ショッパーズモールマリナタウン(マリナタウン店)開業。日本初のサーキットモール型のショッピングセンター。
- 4月 - 成増店(東京都板橋区)に本社機能の一部を移転。
- 5月 - 久光製薬がオレンジアタッカーズとスポンサード契約。チーム経営はDCC(ダイエーコミュニケーションズ)から久光製薬に。DCCは清算。
- 9月 - ジョイント事業をロベルトに営業譲渡。
- 9月7日 - ダイエー開発商品『暮らしの88』(88円均一)を発売開始。
10月7日 福岡ダイエーホークスがリーグV2。
9月30日 福岡ダイエーホークスが3年ぶり 3回目のリーグ優勝。 10月27日 福岡ダイエーホークスが4年ぶり 2回目の日本一。
- 12月 - 福岡ドームとシーホークホテル&リゾートをアメリカの投資持株会社コロニー・キャピタル社に譲渡することを発表。
- 2004年
- 2月 - 新神戸オリエンタルシティC3を営業譲渡。
- 3月 - 「株式会社福岡ドーム」、「株式会社福岡ダイエーリアルエステート」、「株式会社ホークスタウン」の事業を譲渡。
- ダイエー開発商品『暮らしの88』を発売終了。
- ダイエー開発商品『バリュー』(100円均一)を発売開始。
10月11日 福岡ダイエーホークスがパ・リーグ プレーオフ第2ステージで敗退。
- 10月12日 - 今後の経営方針について高木新社長が産業再生機構の支援を得ずに、自主再建で臨む方針を発表。
- 10月13日 - 主力の取引銀行3社(UFJ・三井住友・みずほ)が、産業再生機構を利用しない場合は追加支援を行わない方針を強く示したため、同機構での再建に取り組むと苦渋の決断。産業再生機構への支援申し込みの事前申請。
- 11月30日 - ダイエーの持つFDH株式98%を50億円でソフトバンクに譲渡することを決定(残り2%は元オーナー中内正が保有)。ダイエーは3年間、同球団を利用した特別セールを無料で行うことができるとした。
- 12月24日 - プロ野球オーナー会議にてFDHのソフトバンクへの譲渡が承認。
- 12月28日 - 産業再生機構はダイエーと傘下の11社(十字屋、キャナルシティ・オーパ、中合、サカエ、九州スーパーマーケットダイエー、日本流通リース、浦安中央開発、オレンジエステート、セリティーフーズ、デイリートップ、西神オリエンタル開発)の支援を正式決定。
- 2005年
- ダイエー開発商品『バリュー』を発売終了。
- 1月28日 - ソフトバンクにFDH株式を正式に譲渡。ダイエー厚生年金基金解散。
- 2月1日 - 閉鎖・撤退の店舗のリストを公表、計53店舗が閉店対象になる。
- 2月25日 - 「株式会社フォルクス」株式売却。
- 3月7日 - 支援スポンサーが「丸紅株式会社」、「株式会社アドバンテッジ・パートナーズ」に決定。
- 3月30日 - 前ビー・エム・ダブリュー東京社長の林文子が、代表取締役会長兼CEOに就任。
- 4月11日 - 傘下の55ステーションが、会社更生法の適用を東京地方裁判所に申請。
- 5月26日 - 林文子会長・樋口泰行社長体制発足。
- 8月31日 - 香里店が閉店(日本初の本格的郊外型ショッピングセンターとして開店)。
- 9月1日 - 野菜「新鮮宣言」。
- 9月19日 - 創業者の中内㓛が死去。
- 10月14日 - 「新生ダイエーグループミッション」、「新ロゴデザイン」、「スローガン」誕生。
- 11月1日 - 衣料品売場の活性化を図るため、丸井グループから人材の派遣を受ける。
- 11月20日 - 沖縄県の那覇店、浦添店が閉店、同時に沖縄県から完全撤退。
- 11月30日 - この日までに北陸地方、四国地方から撤退。また、東北地方は仙台店、中国地方は、下関店のみとなる。
- 12月1日 - 社章・新ロゴマーク、新スローガンなどを制定、CIを変更。
- 12月8日 - ハワイ・オアフ島にある4店舗、および現地子会社をドン・キホーテに売却する事で合意。
- 12月10日 - 東京都世田谷区に新規業態の食品SM、「フーディアム三軒茶屋」を開店グルメシティ関東が運営。
- 2006年
- 1月12日 - 「おいしいデリカ宣言」。
- 1月26日 - ファーストリテイリング(ユニクロ)と業務提携。
- 2月24日 - ハワイ現地法人および店舗のドン・キホーテへの売却手続終了。同日をもって全ての海外事業から撤退。ダイエーUSA売却。
- 3月1日 - 「北海道スーパーマーケットダイエー株式会社」を「株式会社グルメシティ北海道」に、「株式会社セイフー」を「株式会社グルメシティ関東」に、「株式会社サカエ」を「株式会社グルメシティ近畿」に、「九州スーパーマーケットダイエー株式会社」を「株式会社グルメシティ九州」にそれぞれ商号変更。
- 3月1日 - 十字屋を会社分割し、「株式会社OPA」設立。
- 3月9日 - 食品におけるダイエー開発商品の新ブランド「おいしくたべたい!」の発売開始。
- 3月30日 - 「株式会社ダイエースペースクリエイト」発足[注 9]。
- 4月 - POSシステム(第3期)を導入(2007年8月までに店舗ごとに順次更新)。
- 6月5日 - 本社機能を東京都江東区東陽2丁目2番20号に移転。
- ダイエーグループ各社の本社も、関東を商圏としないなどの一部の法人を除きここに集結した。
- 6月8日 - ダイエー開発商品「セービング」を15年ぶりにリニューアルして発売開始。
- 7月1日 - 株式会社オレンジエステート・株式会社渋谷ツエンティワン・株式会社浦安中央開発・株式会社三宮中央開発・サン総合開発株式会社・新松戸中央開発株式会社・、株式会社セントラルコールドチェーン・千舟興産株式会社・株式会社富雄中央開発・ドリーム興産株式会社・株式会社ダイエーリーシングカンパニーを吸収合併[29][注 10]。
- 7月28日 - 丸紅が産業再生機構の保有する発行済み株式33.6%を全株取得する事で合意(同年8月4日付で異動)。
- 7月31日 - 新デザインのポイントカード「ハートポイントカード」を発行し、新ポイントプログラム制に移行。
- 8月4日 - 筆頭株主が産業再生機構から丸紅へ移動。
- 10月6日 - CEO・COO制を廃止。同年に丸紅から転籍した西見徹が代表取締役社長に就任、林文子はCEO権限のない代表取締役会長に異動。
- 10月26日 - プライベートブランド「サリブ」リニューアル。
- 10月13日 - ファーストリテイリングのブランド「ジーユー」1号店が、南行徳店に開店。
- 10月13日 - 丸紅と共同で、イオン株式会社に対して2007年3月末までの独占交渉権を与え、ダイエーとイオンの資本・業務提携に関する検討を開始することで合意。
- 2007年
- 創業50周年に際し、「おかげさまで50年。これからもお客様とともに」というスローガンを前面に押し出した宣伝を展開。
- 1月16日 - かつて百貨店やOPA(OPAは2006年に会社分割)を展開していた株式会社十字屋を吸収合併。
- 3月8日 - 最後まで残っていたDマート草加店がダイエーに業態転換。これによりDマート消滅。
- 3月9日 - 丸紅、イオン及びダイエーの3社間での資本・業務提携合意を発表提携時点の単純合算で、国内最大の流通連合となった。イオンの2008年2月期決算より当社が持分法適用関連会社となる。
- 5月17日 - ダイエーグループ新中期経営計画策定。
- 10月 - イオンとの提携により、「トップバリュ24色カラーランドセル」並びに「選べるイオンの学習机」を80店舗のダイエーにて展開。なお、ランドセルはダイエーで『トップバリュ』を扱う第1号の商品となる。
- 12月4日 - 当社とその子会社グルメシティ各社において、2006年10月〜2007年11月までの期間、一部の商品の税区分ミスにより、代金を過剰受領していたことが発覚。オーエムシーカード決済による購入や、「ハートポイントカード」の利用により判明している分については過剰受領分を返金し、不明分については社会貢献活動の一環として、社内寄付金と共に全国盲導犬施設連合会へ寄付。
- 2008年
- 1月 - 当社オリジナル商品「バーゲンブロー ノイヴェルト」をイオングループの店舗で、イオンのプライベートブランド「トップバリュ」のチューハイを当社グループの店舗でそれぞれ数量限定で販売。
- 2月8日 - 子会社のオーエムシーカードの株式を三井住友銀行へ売却。同社は持分法適用関連会社に移行する。
- 3月20日 - 『トップバリュ』の本格導入を開始。同時に、「おいしくたべたい!」のリニューアル(サブブランドを追加し「セービング」以外の食に関する既存ブランドの一本化)、「サリブ」の開発領域拡大、「愛着仕様」の方針転換(衣料品全般に変更)を実施。
- 4月25日 - 「フーディアム」では初の当社直営店舗である「フーディアム多摩センター」を開店。
- 8月2日 - 大阪証券取引所、名古屋証券取引所、福岡証券取引所、札幌証券取引所上場廃止。
- 9月2日 - 初の「ネットスーパー東大島店」をオープン。
- 12月1日 - 旧・都城店を建て替えにより開業したイオンモールMiELL都城駅前(現・イオンモール都城駅前)の核店舗として、都城駅前店をオープン。業務提携後初めてイオングループのショッピングセンターに入居。
- 12月22日 - 当社と子会社グルメシティ各社において、2006年3月1日〜2008年12月14日の間、医薬品販売の許可がない一部店舗で医薬品を販売していたことを公表。
- 12月24日 - 米国NASDAQ市場の預託証券上場廃止。
- 2009年
- 1月16日 - 全国盲導犬基金への店頭募金活動で募金総額2億円突破。
- 3月18日 - 北海道で13年ぶりとなる新店舗の札幌円山店を開店。
- 3月24日 - 不動産賃貸事業の子会社ディーホールドを吸収合併。
- 4月8日 - 2008年に無料レジ袋を中止したダイエーグループ36店舗における、有料レジ袋の収益金を店舗の所在する自治体の環境基金へ寄付。
- 4月15日 - ナショナルブランド及びプライベートブランド1,000品目を常時値下げ開始。
- 9月1日 - 子会社のグルメシティ北海道及びグルメシティ九州の店舗を吸収分割にて承継、直営店舗化した。アルタックフーズがセリティフーズを合併しアルティフーズに商号変更。
2010年代
- 2010年
- 2011年
- 2月11日 - レディスインナーのプライベートブランドを2010年2月から展開していた「Lollipop(ロリポップ)」に統合。
- 2月19日 - 「愛着仕様」のうち、メンズインナーとチャイルドインナーを独立し、新ブランドとしてメンズインナーの「GENT'S(ジェンツ)」とチャイルドインナーの「White Mate(ホワイトメイト)」の展開を開始。これにより、前述の「Lollipop」と合わせてインナー部門におけるプライベートブランドの細分化による再構築を完了。
- 3月11日 - 東日本大震災発生。東北地方唯一の店舗である仙台店と、関東地方でも特に店舗の損壊が著しかった横浜西口店が、一時営業を休止。
- 7月31日 - 旗艦店の一つ、ショッパーズ福岡専門店街が建物の老朽化等を理由に閉店。別棟のショッパーズ福岡店は営業を継続。
- 10月8日 - 2010年8月に建て替えのため一旦閉店した藤沢店を食料品と消費頻度の高い生活必需品で売場を構成するSSM業態のモデル店舗として再オープン。
- 2012年
- 3月1日 -
- 3月22日 - 60歳以上対象のポイントカード「ハートポイントカードPLUS+(プラス)」発行開始。
- 3月28日 - 食料品・日用消耗品を中心に購入頻度の高い商品を記載した専用カタログから電話で注文し、自宅まで配送してくれる新サービス「でんわスーパーお届け便」をグルメシティ品川八潮店で開始。
- 9月15日 - 50〜60歳代の女性をターゲットしたインナー部門のプライベートブランド「クリスティ」の展開を開始。
- 2013年
- 3月27日 - イオンがダイエーに対する株式公開買い付けを実施することを発表[1]し、ダイエーは本公開買い付けに賛同の意見を表明[31]。併せて、本公開買い付けの成立を条件に、イオン・丸紅と締結していた資本・業務提携を解消することも発表された[32]。なお、本公開買い付けは独占禁止法に基づいて行われる公正取引委員会の企業結合審査の手続きを経てから実施される。
- 4月15日 - イオンリテール株式会社 代表取締役会長の村井正平が顧問に就任。同年5月22日に行われた定時株主総会当日をもって兼任で当社の代表取締役社長に就任[33]。
- 4月23日 - 丸紅リテールインベストメント株式会社が保有していたダイエー株式の全てが同社親会社の丸紅株式会社へ譲渡されたことに伴い、同社が当社主要株主でなくなるとともに、筆頭株主がイオンから丸紅に変更される[34]。
- 5月15日 - 1991年(平成3年)3月から継続実施している「盲導犬募金」の募金総額が、スーパー業界初の3億円に到達[35]。
- 7月24日 - 5日前の19日にイオンが公正取引委員会から、前述の企業結合審査の結果「排除措置命令を行わない旨の通知書」を受領した[36]ことを受け、本公開買い付けの実施開始日を発表[37]。翌25日より本公開買い付けが開始。
- 8月22日 -
- 9月5日 - この日オープンした相武台店(神奈川県座間市)にイオングループのオリジン東秀が運営する弁当惣菜店「オリジン弁当」を初導入[39]。
- 10月12日 -
- 11月30日 - この日改装オープンした名谷店(兵庫県神戸市須磨区)に、イオングループの文具ディスカウント専門店「ぶんぐのまち」を初導入[42]。
- 2014年
- 2月3日 - 「ダイエー」・「グルメシティ(グループ会社のグルメシティ関東・グルメシティ近畿運営店舗を含む)」において、イオンの電子マネー『WAON』の導入を開始(当社では、「WAONカード(「daiei」ロゴ入り仕様)」、「G.G. WAON」、「ゆうゆうワオン」の3種類を発行する。同年3月末までに閉店が予定されている店舗を除く全店舗に導入を完了)[43]。
- 4月20日 - この日開催の「お客様感謝デー」から、イオングループの店舗(イオン・マックスバリュなど)で開催されている「お客様感謝デー」を「ダイエー」・「グルメシティ」・「フーディアム」でも実施[注 11]。
- 7月2日 - WAONボーナスポイント開始。
- 8月24日 - OMCカードご優待デーを毎週日曜日と20日・30日に変更。なお変更の発表に先んじて8月17日には特別OMCカードご優待デーが実施された。
- 9月18日 - 1993年4月から継続開催されている『補助犬ふれあい教室』の累計開催回数が、同年9月14日のグルメシティ芦屋浜店開催分をもって、主催企業として日本国内で初めて1,000回に到達したことを発表[44]。
- 9月20日 - イオングループで発行している「ご当地WAON」の取り扱い種類を拡大し、新たに、当社が発行する「ご当地WAON」20種類とイオングループが発行する「ご当地WAON」42種類の計62種類の販売を開始(カテプリ新さっぽろとグルメシティヒカリ屋京都店を除くグループ全店舗が対象、店舗により販売する「ご当地WAON」は異なる)[45]。
- 9月24日 - 親会社のイオンが、ダイエーの株主総会[46]の承認を条件に株式交換(簡易株式交換)方式でダイエーを完全子会社化することを正式に発表、合わせて、店舗の再編を行い当社は関東・関西地区に経営資源を集中[注 12]、北海道・九州地区はイオン系の小売子会社[注 13]との統合を検討するとしている[9][47][48][49][50]。
- 11月26日 - この日の臨時株主総会において、イオンの完全子会社となることを承認[51]。
- 12月26日 - 0時をもって上場廃止[9][52]。
- 2015年
- 1月1日 - イオンの完全子会社となる[9]。
- 3月1日
- 3月21日 - グルメシティ西八王子店(東京都八王子市)を全面改装に伴い「ダイエー」に屋号変更[55]。
- 4月9日 - GMS事業並びにSM事業の一部店舗の運営をイオングループのGMS・SM運営会社へ継承することで継承する運営会社と基本合意したことを正式に発表[56][57]。当社が引き続き運営するGMS・SM店舗を193店舗に集約するとともに、
- 2015年9月1日付で、札幌円山店を除く北海道内の「ダイエー」8店舗とカテプリ新さっぽろの計9店舗をイオン北海道株式会社へ、北海道内の「グルメシティ」6店舗とダイエー札幌円山店の計7店舗をマックスバリュ北海道株式会社へ、名古屋市内の「ダイエー」5店舗をイオンリテール株式会社へ、吉塚店を除く九州地区の「ダイエー」24店舗をイオンストア九州株式会社へ、九州地区の「グルメシティ」13店舗とダイエー吉塚店の計14店舗をマックスバリュ九州株式会社へそれぞれ承継。当初はイオン九州株式会社が直接的に九州地区のダイエー24店舗を承継する予定だったが、イオン完全子会社のイオンストア九州が承継し、イオン九州はイオンストア九州から運営委託を受ける形でダイエー店舗を運営する形に変更された[58]。
- 2016年3月1日付で、宮城県・山梨県及び関東・関西地方の「ダイエー」29店舗をイオンリテール株式会社へ継承。
- 6月1日 - 子会社の株式会社ファンフィールドがイオン子会社の株式会社イオンファンタジーへ吸収合併される。(ダイエーとイオンの子会社同士で統合が行われたのは初)
- 6月20日 - 2012年3月に建て替え再オープンした赤羽店を新業態の「フードスタイルストア」1号店としてリニューアルオープン。その証として、店舗外観に「ÆON FOOD STYLE」ロゴが新たに掲げられた[59]。
- 9月1日
- 2016年
- 2017年
- 3月2日 - 前述の「盲導犬募金」が同年1月末時点でスーパーマーケット業界初の4億円到達を発表[65]。
- 7月1日 - 子会社のオレンジフードコートが行っていたドムドムハンバーガー事業を、レンブラントホールディングスのグループ企業であるドムドムフードサービスへ譲渡[66]。
- 8月11日 - 滋賀県大津市の旧「グルメシティヒカリ屋瀬田店」跡地に、同県へは約22年ぶりの新規出店となる「ダイエー瀬田店」をオープン[67]。
- 9月5日 - イオンリテール株式会社から「イオンモリシア津田沼店」と「イオン南砂町スナモ店」の運営を引き継ぎ、フードスタイルストアとして「ダイエーモリシア津田沼店」、「ダイエー南砂町スナモ店」としてリニューアルオープン[68]。なお、「ダイエーモリシア津田沼店」に関しては、以前同じ場所に「ダイエー津田沼店」として出店し、2005年11月に一度撤退していた経緯があり、「ダイエー」として約12年ぶりの再出店となった。「イオン」から転換した初の店舗となる[69]。
- 9月30日 - 「ダイエー東部市場前店」をオープン。同店舗はグループ会社のビッグ・エーが営業していた店舗を譲受、小型スーパーマーケットに業態転換して新規出店するものである。10月6日には同じく旧「ビッグ・エー」から業態転換した「ダイエー住ノ江駅前店」がオープンした[70]。
- 2018年
- 4月21日 - 京都府向日市に同府へは約5年半ぶりの新規出店となる東向日店をオープン[71]。なお、同店舗は「向日町サティ」を前身とする「イオン向日町店」跡地[72]に出店するもので、店舗ブランドは従来からの「ダイエー」ではなく、「イオンフードスタイル」となる。
- 6月18日 - 同日に発生した大阪府北部地震の影響を受け、大阪府内の5店舗(千里中央店、住道店、曽根店、神崎川店、南方店)が各店長の判断で当面の間は休業[73]。
- 9月28日 - 神奈川県横浜市港南区の「ダイエー港南台店」をフードスタイル業態の「イオンフードスタイル」へ転換し、リニューアルオープン[74]。
- 10月10日 - イオングループ内での近畿エリアにおけるスーパーマーケット事業の一部運営の継承並びに経営統合に関する基本合意書が締結され、2019年3月1日付でグループ会社の山陽マルナカから大阪府・兵庫県・奈良県の14店舗[注 16]の運営を継承、2020年3月1日付で同じくグループ会社の光洋を吸収合併する予定であることが発表された[75]。
- 2019年
- 3月1日 - 前述のとおり、山陽マルナカから大阪府・兵庫県・奈良県の「マルナカ」14店舗の運営を継承(店舗ブランド・店舗名もそのまま継承)。また、3月2日からの「誕生祭」に合わせ、当社オリジナル商品の一部が「マルナカ」でも取り扱われるようになる[76]。
- 11月13日 - 神奈川県横浜市の港南区及び栄区にて、当社初の移動販売を開始(区・社会福祉協議会・地域ケアプラザ協力のもと実施)。前述したイオンフードスタイル港南台店を拠点として、約300品目を軽トラックベースのパネルバンに積載し販売。車両にない商品でも店舗での取扱がある場合には注文を受け、次回販売時に持参して販売する対応がとられる[77]。
2020年代
歴代社長
歴代 | 名前 | 任期 | 経歴 |
---|---|---|---|
初代 | 中内㓛 | 1957年 - 1999年 | ダイエー創業者 |
第2代 | 鳥羽董 | 1999年 - 2000年 | 味の素元社長 |
第3代 | 高木邦夫 | 2001年 - 2005年 | リクルート元専務取締役 |
第4代 | 高橋義昭 | 2005年 | ダイエー元取締役 |
第5代 | 樋口泰行 | 2005年 - 2006年 | 日本ヒューレット・パッカード元代表取締役社長 |
第6代 | 西見徹 | 2006年 - 2010年 | 丸紅米国会社元副社長 ダイエー元副社長執行役員 |
第7代 | 桑原道夫 | 2010年 - 2013年 | 丸紅元取締役副社長 |
第8代 | 村井正平 | 2013年 - 2015年 | イオンリテール会長 |
第9代 | 近澤靖英 | 2015年 - | イオンリテール元取締役副社長 |
事業譲渡・グループ再建状況
1995年
1997年
- きのはな → 宮栄(後にヤマノ傘下)
1998年
- ディックファイナンス → アソシエイツ(後にシティグループ傘下、現・CFJ。2008年事実上事業停止)
1999年
2000年
- ローソン、及びローソン物流部門の譲渡決定 → 三菱商事
- リクルート → 自社グループ会社を通じて買い戻したためグループ離脱
- オレンジアタッカーズ → 久光製薬
- ディー・エム・インターナショナル → 清算
2001年
- オレンジページ → 東日本旅客鉄道(JR東日本)
- ダイエー情報システム → 富士ソフト[80]。富士ソフト売却後、富士ソフトDISを経て、ヴィクサスに商号変更の後、ヴィンキュラムジャパン(元マイカルシステムズ。マイカル→富士ソフト)を存続会社として合併し、現在はヴィンクスとなっている[81][82]。
- ダイエー・ハイパーマート → 清算
- ドリームツエンティワン → 清算
- ジョイント → 清算
- ホテルセントラーザ成田 → 閉鎖 → 徳洲会
2002年
- 横浜ドリームランド → 閉鎖 → USS → 横浜市・ 都築第一学園
- プランタン銀座 → 店舗の所有者である読売新聞社及び三越
- ダイエー銀座ビル → シャネル
- マルコー(現:インボイスRM) → 弐番(シュローダー・ベンチャーズ傘下のSPC)
- ラスコーポレーション → パシフィック・エス・エヌ・ティ(ビジョン・キャピタル系列のSPC)
- サンテレビジョン(兵庫県のUHFテレビ) → 神戸新聞社
- イチケン → 東洋テクノ(後に、2004年6月「株式会社ダイエー」及び「東洋テクノ株式会社」と株式売買契約を締結し「株式会社マルハン」に売却)
- ハブ → 加ト吉(村さ来、現・テーブルマーク) → ロイヤルホールディングス
- キャプテンクック → ソデッソジャパン(現・レオックジャパン、三菱商事系)
- ダイエーオリンピックスポーツクラブ → コナミスポーツクラブ
- ウェンディーズ(ウェンコ・ジャパン)・ビッグボーイ → ゼンショー(ウェンディーズは、2009年12月31日で契約打ち切り)
- エー・エス・エス(警備、現・アサヒセキュリティ) → カーライル・グループ(その後、2005年に豊田自動織機の子会社となる)
- ダイエー・ロジスティクス・システムズのローソン向け物流部門 → エフエスエヌ(三菱商事グループ。2003年4月にフードサービスネットワークへ商号変更)へ営業譲渡
- ダイエーホールディングコーポレーション → 清算
- サカエ → 清算(清算前の2001年11月に、会社分割にて新設の株式会社サカエ(現・グルメシティ近畿)に事業を承継)
- 丸栄商事 → サカエ(現・グルメシティ近畿)に合併(3月1日)
- ミドリ → サカエ(現・グルメシティ近畿)に合併(3月1日)
- リッカー会館[注 17] → ダヴィンチ・アドバイザーズ
- 東鷲宮中央開発 → 清算
- 和名興産(旧商号・ワーナー・ブラザース・スタジオ・ストア・ジャパン) → 清算
- ダイエーエレクトロコーポレーション → 清算
- ココマート → 清算
- 東北スーパーマーケットダイエー → 清算
- ダイエー・リアル・エステート → 清算
- 北広島エステート → 清算
- 東多聞エステート → 清算
- シルク不動産 → 清算
- エスディー開発 → 清算
- 倉吉サンピア → 清算
- プラザヒカミ → 清算
- ディー・ハイパーマート → 清算
2003年
- 高知スーパーマーケット → グループ離脱、2006年に自主解散
- エックスワン → ヤマノホールディングコーポレーション[注 18]
- 丸専 → イヌイ運送
- ディー・エム・ガスステーション → 合弁相手の丸紅 → 昭和シェル石油・三菱商事→ダイヤ昭石
- 新浦安オリエンタルホテル(現・オリエンタルホテル東京ベイ、浦安市) → ゴールドマン・サックス証券(アメリカ)
- 神戸メリケンパークオリエンタルホテル(神戸市) → ゴールドマン・サックス証券(アメリカ)
- なんばオリエンタルホテル(大阪市) → ゴールドマン・サックス証券(アメリカ)
- ホテルセントラーザ博多(福岡市) → ゴールドマン・サックス証券(アメリカ)
- ダイエー・ホールセールクラブ・コーポレーション → 清算
- 会員制ディスカウントストアのKou'S(コウズ)を運営。
- 当時の中内社長の名前に因み、功(いさお) → コウ → コウズ → Kou'S
- 天津大栄房地産発展有限公司 → 清算
- 神戸ホテルシステムズ → 清算
- 朝日ファイナンスサービス → 清算
- エマック → 清算
2004年
- 新神戸オリエンタルホテル(神戸市) → モルガン・スタンレー証券(アメリカ)
- 福岡ダイエーホークス → ソフトバンク
- 暮らしのデザイン → エディオン→ニッセンホールディングス→プラス
- パレックス(家電販売) → 清算
- ユニードダイエー友の会 → 清算
- 福岡ダイエーリアルエステート(福岡ドーム・シーホークホテルを含むホークスタウンの運営・管理) → コロニー・キャピタル(アメリカ)
- RFC → ヤマノ
2005年
- フォルクス → どん → 吉野家ホールディングス
- リクルート → 保有株式10%のうち農林中央金庫4%とあおぞら銀行4%とアドバンテッジ パートナーズ1%を売却
- 十字屋 → 完全子会社化(2006年にOPAを分割したのち、2007年1月16日にダイエーへ合併)
- 中合 + アドバンスド・デパートメントストアーズオブジャパン(棒二森屋、三春屋) → 合併 → 中合
- スポーツワールド → ヤマノホールディングコーポレーションの子会社に店舗を譲渡した上で清算
- 神戸らんぷ亭 → ミツイワ→マックグループ
- ドリーム開発 → 清算。現存する同名の企業とは無関係
- ドリームパーク → テンラッシュ
- 新歌舞伎座(大阪、旧・日本ドリーム観光系列) → 新宿オーフォー(リサ・パートナーズ)
- 55ステーション → 会社更生手続申立、プラザクリエイト(パレットプラザ)傘下で再建(プラザクリエイトイメージング)
- 新神戸開発 → 清算
- 株式会社福岡ドーム(福岡ドームの営業業務) → 清算・福岡ソフトバンクホークスマーケティングに譲渡
- 株式会社ホークスタウン → 清算
- 株式会社シーホーク → 清算
- ショッパーズ弘前 → 清算 → ジョッパル
- セントラル医療システム → 清算
- オートワールド → 清算
- ショッパーズモール泉佐野 → ザイマックスに譲渡
2006年
- 那覇ミート → 沖縄ホーメル
- 天津大栄国際貿易(中国に食品店12店舗構えていた) → 北京物美商業集団股フェン有限公司
- THE DAI’EI(USA),INC.(ハワイにスーパーマーケットを4店舗構えていた) → ドン・キホーテ
- Oriental Seafoods,Inc.(ハワイ) → ドン・キホーテ
- 西神オリエンタルホテル(西神オリエンタル開発) → ジェイ・ピー・ティー(SPC。運営はホスピタリティパートナーズ)
- 大栄商事(保険代理業) → オーエムシーカード(現・セディナ)へ合併
- 朝日ビルマネジメントサービス(現・ザイマックスビルマネジメント) → 「ザイマックス」へ全持株売却
- パンドラ(元シヅオカヤ → 忠実屋系、パチンコ事業) → アメニティーズ(9月29日)
- 富士デリフーズ → ミツハシ
- 六甲牛乳 → メロディアン
- 朝日青果 → ベジテック
- デイリートップ → 清算
- ロイヤルクック → 清算
- D INTERNATIONAL,INC.(ワシントン州) → 清算
- CAPTAIN COOK (ROYAL HAWAIIAN) CO.,LTD. → 清算
- ディー・ジー・ビー → 清算
- オレンジエステート、浦安中央開発、三宮中央開発、サン総合開発、新松戸中央開発、セントラルコールドチェーン、千舟興産、富雄中央開発、ドリーム興産、ダイエーリーシングカンパニー → 全て本社へ合併(7月1日)
- 渋谷ツエンティワン → 本社へ合併(7月1日)※この合併で、本社がオーエムシーカードの筆頭株主となった。
2007年
- ジャパンプリントシステムズ → ユメックス
- デイリートップ東日本 → 協同乳業
- ヒカリ屋 → グルメシティ近畿へ合併(3月1日)
- 朝日アカウンティングサービス → 清算
- 石狩エステート → 清算
- 十字エス・シー開発[注 19] → 清算
- りんくうパーク → 清算
- オーエムシーカード → 三井住友銀行(2009年4月に同じ三井住友FG傘下のセントラルファイナンス・クオークを吸収合併し、セディナに商号変更)
- マルエツ → イオン・丸紅の両社へ保有株の大半を売却(2015年3月にカスミ・マックスバリュ関東と経営統合し、ユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスの傘下となる)
- 双葉会 → 解散・清算
2008年
- オーパ(OPAの子会社) → 清算
- 十字屋友の会 → 清算
2009年
- グルメシティ九州(福岡市中央区、旧:九州スーパーマーケットダイエー株式会社) → ダイエーへ吸収合併[83]
- グルメシティ北海道(函館市、旧:北海道スーパーマーケットダイエー株式会社) → ダイエーへ吸収合併[83]
2010年
2012年
2013年
2014年
- マルシェ(江東区)服飾雑貨専門店の100%子会社。→ 2014年8月に事業終了し、11月30日に解散[87]。
2015年
- グルメシティ関東(板橋区、旧:株式会社セイフー)食料品スーパー運営 → ダイエーへ吸収合併[54]
- グルメシティ近畿(吹田市、旧:株式会社サカエ)食料品スーパー運営 → ダイエーへ吸収合併[54]
- ファンフィールド(千代田区、旧:ダイエーレジャーランド)売り場に隣接した子供向け遊技施設の運営・管理 → 同じイオングループのイオンファンタジーへ吸収合併。
- アシーネ(江東区)書店チェーン → 同じイオングループの未来屋書店へ吸収合併(ブランドとしては存続)
- 消費経済研究所(新宿区)商品の品質検査、市場調査など → 同じイオングループの生活品質科学研究所へ吸収合併
- 北海道地区総合スーパー事業及びカテプリ(専門店街)事業 → イオン北海道へ譲渡(9店舗)
- 北海道地区スーパーマーケット事業 → マックスバリュ北海道へ譲渡(7店舗)
- 九州地区総合スーパー事業 → イオンストア九州へ譲渡(24店舗)
- 九州地区スーパーマーケット事業 → マックスバリュ九州へ譲渡(14店舗)
- 日本流通リース(葛飾区)グループのリース事業及びシェアードサービス事業 → シェアードサービスのうち不動産事業をダイエー本体へ、リース事業をイオンクレジットの子会社ASCリースへそれぞれ譲渡
2016年
- OPA(江東区)専門店 → イオン株式会社へ譲渡後、簡易株式交換により、同じイオングループのイオンモールの子会社となる。
- ロジワン(八千代市)物流 → イオングループの物流会社であるイオングローバルSCMへ合併。
2017年
- ドムドムハンバーガー(オレンジフードコートが運営)事業→ドムドムフードサービスへ譲渡
2018年
- ロベリア(江東区)婦人期成服の小売等→ビジョン有限責任事業組合に売却
2019年
- ビッグ・エー(板橋区)ディスカウントスストア→株式譲渡により親会社が株式会社ダイエーからイオン株式会社へ変更。
4桁の店番号
店番号 | 付与会社(旧会社も含む) | 備考 |
---|---|---|
0011 - 0410 | ダイエー | |
0411 - 0424 | 旧:北海道ダイエー | |
0461 - 0526 | 旧:ユニード(ダイエー) | ダイエーが開店し1981年に九州ダイエーへ譲渡した店舗も含む |
0527 - 0599 | 旧:忠実屋 | ただし、一部店舗はダイエーで使用していた店番号を使用している。 |
0600 - 0602 | 旧:ダイナハ | |
0700 - 0710 | 旧:ディー・ハイパーマート | |
0711-[要検証 ] | ダイエー | |
4000 - ?[要検証 ] | 旧:グルメシティ関東・グルメシティ近畿 | 旧セイフー・旧サカエとして開業した店舗を中心に付与されている。 |
7000 - ?[要検証 ] | 旧:シズオカヤ・ディー・ハイパーマートなど | |
8001 - ?[要検証 ] | FC加盟店 | |
9001 - ?[要検証 ] | マルエツ |
- 株式会社ダイエーの各店舗・事業所には、店舗や事業所固有の4桁の番号がある。これは、1号店(主婦の店ダイエー薬局、のち千林駅前店)を0011とし、おおむね出店順に番号が大きくなっている。この番号を見れば、ダイエーの出店軌跡が分かるだけでなく、業態転換などの扱いがどのようになっているかも分かるようになっている。2015年3月の時点で、ダイエー創成期から現存する店舗で、最古(=店舗番号が若い)は「ダイエーグルメシティ西明石店」(店舗番号0113)である。
- 1960〜70年代には、当時存在した百貨店法による規制を回避するため、ひとつの店舗でも売り場面積によって、各階ごとに別会社にし(ブルーマウンテン、イエローストーン、レッドウッズ、グリーンヒル、名店デパート、ディーマート、ローズバレー、シルバースター、エメラルドスカイ、ホワイトビーチ、パールレイン、ゴールデンロック、アイボリーレイク、ペイルムーン、オレンジポートなど)、社名、包装紙、制服などを変えていた。したがって、当時は各階ごとに店番号を振っていたため、現在欠番が多く存在する一つの理由となっている。
- たとえば、ダイエーからトポスやグルメシティ、あるいはトポスからダイエーに転換された際に、店番号が変更していれば業態転換ではなく閉店した旧店舗と同じ場所に新規出店しているが、変更していなければ店自体はそのままで業態転換した扱いとなっている。
- 時折「店舗番号の連続性」が絶たれたり、「開店時期と店舗番号の順序が異なる」事例がある。
- ダイエー六甲アイランド店(現・グルメシティ六甲アイランド店)やイタリアーノ六甲道駅前店(閉鎖)は震災前の店舗と震災後の店舗で店番号が異なる。業態はそのままでありながら店番号が変化しているのは、震災での建物被災で閉店し、建物復旧工事の後、震災前と同じ場所に新規出店したためである。なお、ハーバーランド店(閉鎖)として知られる店舗は、正確には震災後の出店であり、同じ場所で震災前に営業していた店舗はハーバーランド店ではなく「ハーバーランドシティ」で、これの継承店舗は神戸三宮店(旧称・三宮駅前店)である(ただし、地下1階と1階にあったKou'Sホールセールメンバーシップクラブは除く)。
- 合併や営業譲渡により株式会社ダイエーの店舗となったものについては、その時点で、対象企業が出店してきた店舗の出店順に番号が付与されている。このため、0411番から0424番までは旧北海道ダイエー、0461番から0526番までは旧ユニード(ダイエーが開店し1981年に九州ダイエーへ譲渡した店舗も含む)、0527番から0599番までは旧忠実屋、0600・0601・0602番は旧ダイナハ、0700番から0710番までは旧ディー・ハイパーマート[注 20]の店舗が集中している。2009年から始まった、食品スーパー子会社の合併に際しても同等の措置が取られている。
- 原則、新規出店する際には、建て替えなどのため閉店した店舗の店番号を継承するか最新の店番号が付与されており、法則が掴み辛い状態となっている[注 21]。
- ただし、旧ユニードの西新店は、ユニードがダイエーに合併されるよりも先にトポス西新店になり、このときユニードからダイエーに店舗が譲渡されているため、この時点でダイエー直営店としての店番号が付与されている。
- 本社の各部署や配送センターには2000番台の番号が振られている。
- ダイエーが設立したグループ子会社の店舗については、4600番台(旧・北海道ダイエー)/6000番台(旧・ユニードダイエーなど)/7000番台(旧・忠実屋や、かつて存在したディー・ハイパーマートなど)が付与されたものもある。
- ダイエーと業務提携した地場スーパーマーケットの店舗については、8000番台が付与されていたが、ダイエーが経営再建の過程で、これらの地場スーパーマーケットと提携を解消したため、現在この番号を使用している店舗はない。
- 現有店舗の店番号は、ダイエーのインターネットサイトにある、各店舗のページのURLにも使われており、URLの末尾4桁の数字が該当する。2015年3月1日のグルメシティ関東・グルメシティ近畿の合併に伴い、ダイエーHP上の店舗情報に掲載されているすべての店舗が3桁店番号になった。
- ほか、(建物における)店舗設置者の変更など特殊用件を経る場合には、営業は継続されていても番号が変更されることがある。大宮店は、もともと0355番であったが、2006年に株式会社OPAの店舗内に出店するダイエー店舗に変更した際、0719番となった。
POSシステム
2018年4月1日からはイオングループ共通のPOSシステムを使用している。2018年3月31日まで使用されたダイエー独自としては最後のPOSシステムは、2006年4月から2007年3月までに導入された(引き続き、グルメシティ地域子会社に同じシステムの導入が進められていた)。Linuxをベースに独自のシステムを東芝テックが開発。POSレジ端末は従来同様に東芝テック製の、最新機種2機種が採用された(食品レジはM-7000、他の売場はST-700。なお、旧レジ端末はどの売場もM-6220で、UNIXベースのシステムであった)。売上管理の全店リアルタイムオンライン化、ジャーナルの電子化、端末操作の改善ならびに処理の高速化、見切り値引商品の管理改善(無線携帯端末を導入し、個別のPOSコードを付与した値引きラベルを売場にて発行する手法)などが実現していた。
買物袋持参運動
- 2008年8月18日までは買物袋の持参でスタンプカードにスタンプを1個押印し、スタンプが20個になると100円の金券として使用することができた(スタンプカードの金券としての使用期限は2008年11月30日まで)。
- 2008年8月19日からはハートポイントカードまたはOMCカードにハートポイントを2ポイント付与する方式に変更された。
- 2013年11月1日からはイオン(ただしこの時点では食品レジのみで他のレジは2020年4月1日より有料化)同様にレジ袋の無料配布を廃止して有料販売へ移行した。
合わせて買物袋持参時のハートポイント付与を廃止したが、2014年1月18日からは有料を廃止し、買物袋持参者へのハートポイント付与を復活した(有料の自治体は除く。)。その後ハートポイントカード廃止に伴い2016年6月1日(一部店舗は同年5月11日)より後継となるWAONPOINTカード、イオンカード提示での2WAONPOINT付与に変更された。(いずれのカードもエコポイントのみ支払い方法に関係なく加算された。またWAON(電子マネー)への加算は出来なかった。)最終的には2020年2月1日より再び有料化されており前日の同年1月31日をもってエコポイント付与も廃止されている。
マスコット・キャラクター
- モッくんファミリー - 木をモチーフにした男の子の「モッくん」をメインとした家族。元は2016年頃まで展開していた木曜の市に登場していたもの。テーマ曲に「ダイエー・モッくんの歌」がある。木曜の市終了後もダイエー公式サイトやLINEスタンプに登場するなど引き続きイメージキャラクターを担当する。家族構成はモッくんの他、父(モッくんパパ)、母(モッくんママ)、妹(モコちゃん)、祖父(モッくんじぃーじ)、祖母(モッくんばぁーば)の6人で構成[1][2]。
- ホークファミリー - 以前保有していた球団福岡ダイエーホークスのマスコットで特売日「一の市」のテレビCMなどに出演していたが、2004年の球団をソフトバンクに売却後はダイエーグループのキャラクターではなくなったため、ダイエーのマスコットキャラクターとしては起用されなくなり、ダイエーのマスコットキャラクターは上記のモッくんファミリーとなった。
グループ会社
- 株式会社中合(福島市、百貨店)
- 株式会社オレンジフードコート(江東区、飲食事業)
- 株式会社アルティフーズ(大阪府茨木市、生鮮食料品加工)
- 株式会社ダイエースペースクリエイト(江東区、旧:十字興業、人材派遣・催事事業など)
- 株式会社テンダイ(江東区、輸入販売業)
- 株式会社ボンテ(葛飾区、パンの製造販売)
- 株式会社鹿児島サンライズファーム(鹿児島県鹿屋市、畜産業)
関連団体
関連項目
過去の関連会社
- プランタン銀座(ダイエーの子会社だったが読売新聞東京本社に売却、2017年より施設名とともにマロニエゲートに改称)
- マルエツ(ダイエーグループであったが、現在はイオンと丸紅が共同出資するユナイテッド・スーパーマーケット・ホールディングスの子会社である)
- リクルート
- ユニード(のちのユニードダイエー)
- 忠実屋
- パンドラ
- ローソン(現在は三菱商事の子会社)
- 棒二森屋
- 三春屋
- 清水屋
- 十字屋
- オーエムシーカード(現セディナ)
- リッカー - ミシンの製造・販売。ダイエーが経営再建を主導。1994年にダイエーファイナンス等と合併し、ダイエーオーエムシー(現セディナ)へ。
- アイレム(現アピエス)
- 宮越ホールディングス(初期に同社が資本協力、家電系プライベートブランド「BUBU」の開発・製造委託を受け持っていたことがある、旧宮越商事(初代)→クラウン→旧宮越商事(2代目)→宮越HD(持株会社化))
- パシフィックスポーツ - スポーツ用品仕入、ダイエー店内でスポーツ用品販売を行っていた関連子会社。
- ゼノン - 時計・メガネ店
- 日本流通リース - リース業
- ロジワン - 物流・倉庫
サービス・関連組織
- ハートポイントサービス
- 福岡ダイエーホークス - いざゆけ若鷹軍団
- ダイエー陸上部
- オレンジアタッカーズ(久光製薬スプリングス)
- デイリースポーツ(現在の神戸新聞社より発行)
- ドリーム開発ドリームランド線
CM関連
- あらいすみれ - 1990年代にPB商品「セービング」のCMに出演。
- HKT48 - 2012年6月より九州地区における広告キャラクターに起用されており、イオングループ入り後も継続されている。その為、九州地区と他の地区(北海道・宮城県・関東地区・山梨県・愛知県・関西地区)では折り込みチラシの仕様が異なる(九州地区の店舗向け折り込みチラシのみ、HKT48のメンバーが小さく登場する)ほか、TVCMもHKT48のメンバーが登場する九州地区版に差し替えられるため、他の地区で放映されているダイエーのTVCM(「木曜の市」など)がほとんど放映されなかった。なお、2015年9月の新生イオン九州誕生告知のCMにもHKT48のメンバー2人(宮脇咲良・兒玉遥)が出演し、その後はイオン九州で「九州大感謝祭」を中心とした広告キャラクターとして起用されている。
メディア・番組等
- 流通科学大学
- 大阪国際女子マラソン(関西テレビ、大会開始から20年間、特別協賛をしていた)
- 東京国際マラソン(1992年までの偶数年、協賛をしていた。)
- MBSナウ(毎日放送、番組開始当初は一社提供ではないもののダイエーが筆頭スポンサーを務めた。)
- 西部警察PART1(テレビ朝日系、一時期筆頭スポンサーを務めた。)
- じゃりン子チエ(アニメ第1期。毎日放送・TBS系、1982年4月の全国ネット化から一時期筆頭スポンサーを務めた。)
- NNNきょうの出来事(日本テレビ、1970年代一時期協賛スポンサーを務めた。)
- SF西遊記スタージンガー(フジテレビ、衣料などの関連商品を独占販売した。
- ありがとう浜村淳です(MBSラジオ、2015年9月1日から8時台のスポンサー)
- dai-docoro(毎日放送、2020年現在の単独提供番組)
その他
- 主婦の店全国チェーン - 日本のスーパーマーケットの端緒である小倉市の丸和フードセンター[注 22]は、ドラッグストアであった当社(当時の社名は「大栄薬品工業」)よりノウハウ提供を得て、薬の廉売事業を軌道に乗せた。その後、逆に当社は丸和フードセンターよりノウハウ提供を得て、ドラッグストアからスーパーマーケットへ転換し、社名も丸和フードセンターの創業者である吉田日出男が提唱していた「主婦の店」に変更した。
脚注
注
- ^ この2つはいずれも関東を基盤とする西武グループ(西武鉄道)や東武グループ(東武鉄道)との関係は一切ない
- ^ 今日のドラッグストアに相当する店で、後年「千林駅前店」に改称し1974年閉店。なお、2005年10月31日に閉店したトポス千林店は1961年7月開店の別店舗。
- ^ 当初開店日は5月3日だったが、地元住民の強硬な反対に押される形で一日遅らせた。
- ^ 現存するかどうかは不明。
- ^ 新神戸オリエンタルパークアベニュー自体はチェーン展開されたOPAのルーツではあっても厳密な意味での1号店とは異なる。ただし1996年になってOPAにリブランドされ2002年まで新神戸オーパとして営業していた。
- ^ 阪神・淡路大震災で閉店し、Kou'Sについてはポートアイランドに代替店舗を、残る売場については三宮の通称「ダイエー村」と統合し三宮駅前店を代替開店した。「ハーバーランド店」として知られる店舗はその後同じ場所に新規出店した別の店舗である。
- ^ ポートアイランドエキゾチックタウンのバンドールを閉店し退去跡にKou'Sを開店、新神戸オリエンタルシティの食料品店メルカートスを閉店し退去跡に現在のグルメシティ新神戸店を開店
- ^ 新神戸オリエンタルシティC3を保有していた「株式会社神戸セントラル開発」が商号変更した会社。同年に純粋持株会社が解禁されてからは初の持株会社でもあった。神戸セントラル開発は、新神戸オリエンタルシティC3を実質的に運営する子会社「株式会社新神戸開発」を株式会社福岡ドーム(当時。現在の同名の会社とは別の会社)に売却して以後、休眠会社になっていた。
- ^ 休眠会社となっている旧十字屋系列のデベロッパー「株式会社十字興業」が商号変更した会社。
- ^ 吸収された各社は、ダイエー店舗の一部を保有するなど、不動産賃貸を主事業としていた。
- ^ 先行して3月よりOMCカードご優待デーを毎週日曜日から20日・30日と第2・第4日曜日に変更。4月以降も第2・第4日曜日はOMCカードのみ対象。なおOMCカードでの20日・30日割引はイオンとイオンスーパーセンターでも5月30日から、マックスバリュ(沖縄県のみ5月30日から)やマルナカなどの食品スーパー各社やサンデーでも6月20日から開始した。
- ^ 光洋やマックスバリュ西日本を含めた数社での再編を検討している。
- ^ イオン北海道・マックスバリュ北海道・イオン九州・マックスバリュ九州の4社。
- ^ 但しグルメシティ南福岡店のみ「ザ・ビッグ」に屋号変更。グルメシティ土井店・小倉足立店は「マックスバリュ」を経て同年11月に「ザ・ビッグ」へ業態転換した。
- ^ 運営移管時点では、WAON以外の電子マネー(iD・Suica等の交通系電子マネー・QUICPay)には一部の店舗にしか対応していない。
- ^ 住之江店、東大阪店、泉大津店、泉佐野店、大東寺川店、堺店、和泉店、貝塚店、三国店、此花店、摂津店、西宮店、新在家店、富雄南店。
- ^ 2008年5月30日限りで撤退した、新生銀行バンクスポットなどが入居していた。
- ^ その後、2008年7月に扶桑化学工業に売却しているが、同社持ち株の大半は2014年2月にストリームに売却された。
- ^ 十字屋の合併については2005年の小節に記載済み。
- ^ すべてダイエーが開店し後年ダイエー・ハイパーマートないしディー・ハイパーマートに譲渡した店舗のため、これら11店舗にはすべて、現在は使用されていない開店当初の旧番号も存在する。
- ^ くずは店は、建物の更新があり、「くずはモール店」と店名も変わっているにもかかわらず、店舗番号の改廃は発生しなかった。ただ、これは例外であり、建て替え事例の場合、すべてで新たな店番号が付与されている。
- ^ どこが日本初のスーパーマーケットかに関しては諸説があるが、低価格・大量販売を志向していたという意味では、1956年3月にオープンした丸和フードセンターが最初に食品をフルラインで販売していた。
出典
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- ^ a b イオン株式会社による当社株券等に対する公開買付けの結果並びに親会社、その他の関係会社、主要株主である筆頭株主及び主要株主の異動に関するお知らせ (PDF) - 株式会社ダイエー ニュースリリース 2013年8月22日
- ^ “ダイエーが5店舗閉鎖、来月末までに――収益改善へ方針転換。”. 日本経済新聞. (1998年1月9日)
- ^ “福岡・筑後の直営食品スーパー、ダイエー、不採算で閉鎖――“攻め”のリストラへ。”. 日経流通新聞. (1997年12月11日)
- ^ “総合スーパー、ダイエー、100店一挙改装――来期、400億円を投資。”. 日本経済新聞. (1998年1月23日)
- ^ “イオン社長「ダイエーは首都圏と京阪神に再編」”. 産業経済新聞 (MSN産經ニュース). (2014年5月28日) 2014年5月28日閲覧。
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- ^ ダイエーの看板なくなる イオンの完全子会社化で(P2)(2014年9月24日産経新聞 9月25日閲覧)
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- ^ ダイエーの看板なくなる イオンの完全子会社化で(P1)(2014年9月24日産経新聞 9月25日閲覧)
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- ^ 「For the CUSTOMERS ダイエーグループ35年の記録」 P.211 - 212 ダイエー社史編纂室編 1992年
- ^ 「For the CUSTOMERS ダイエーグループ35年の記録」 P.213 ダイエー社史編纂室編 1992年
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- ^ 日本経済新聞 1975年10月22日 夕刊3面 ダイエーが新しいマークより
- ^ 「特集 PB商品の裏側」、『週刊東洋経済』2012年12月22日号、東洋経済新報社、2012年12月、ISSN 0918-5755。
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