ゴシック体
ゴシック体(ゴシックたい、英語: Gothic、ゴチック体とも)は、縦横の太さが均等に見えるようデザインされた[1]書体の呼称。このことと、起筆・終筆点にかざりがない、あるいは控えめなことから、欧文書体におけるsans serif(サンセリフ)書体に相当する。デジタル時代においては明朝体と並んでよく使われる主要なフォントである。
漢字とかなが存在する日本語では、明朝体に近いアンチック体のかなとゴチック体の漢字を組み合わせた、「アンチゴチック(アンチック)」という使い方ができる。
呼び方
[編集]漢字、かなに使われる書体で、従属欧文(アジア圏の書体に含まれる漢字やかなと同列の文字としてのアルファベット)としてゴシック体のアルファベットが存在することもある。ただし、西洋において「Gothic」というと単に「ローマン書体以外の文字」という意味しかなく、かなり広い概念であるため、西洋では全く同じ意味では通用しない。英語においてゴシック体 (Gothic Script) というと通常は中世風のブラックレターを指すので注意を要する。中国語においては同様の漢字書体を「黑体(Hēitǐ ヘイティ)」と呼んでいる。
(日本の)ゴシック体は、「ゴジック」「ゴチック」とも呼ばれ、初期には当て字で「呉竹体」とも表記されていた[2]。印刷業界においては「ゴチ」あるいは「ゴ」と略される。組版指定や修正指示においては、朱筆によって「ゴ」あるいは「ゴチ」とだけ記入すれば、当該箇所をゴシック体にする、という意味になる。会話においては「ゴ」のみでは分かりづらいためか、「ゴチ」という表現が用いられることのほうが多い。まれに「ゴシ」と略されることもある。
使用場面
[編集]昔から印刷物では明朝体を使うことが一般的だったが、漫画などの質の悪い紙に大量に印刷する印刷物では、明朝体の細い部分が潰れやすいという欠点があった。そのため、一般的な漫画雑誌や単行本では、漢字部分をゴシック体、かな部分を明朝体(アンチック体)にした混植が一般的に行われていた(これを「アンチゴチック」、略してアンチゴチともいう)。また、テレビ番組『日曜日の初耳学』では「字種ごとに書体が異なることにより違和感が生まれ、それにより人間が喋っているような抑揚ができるため使われている」という意見が取り上げられた[3]。デジタルフォント化もされている[4][5]。
自動車のナンバープレートに用いられる数字書体は、「ゴジック体」と定められている。だがこれには制定書体があるわけではなく、特段の字形の規定がない[6]。
コンピュータ
[編集]コンピュータの世界においては、ゴシック体は標準的な地位を占めている。
初期のディスプレイの表示解像度の問題から、縦画横画の太さの差異やウロコ(明朝体でいえば三角形になっている部分)のある書体は読みづらくなり、環境によってはにじんで読みづらい一方、ゴシック体は初期のディスプレイでも適切に表示できたためである[2]。
Windowsで標準でインストールされるMS ゴシックと呼ばれるフォントは、マイクロソフトによる独自開発ではなく、写真植字機開発の伝統を持つリョービのゴシック-Bをベースに、リコーが開発しフォントデータとして仕上げたものである。その後、現ダイナコムウェアによるリョービのゴシック体も登場したが、MS ゴシックとは字形がわずかに異なる。
歴史
[編集]タイポグラフィとしての和文ゴシック体は、見出しなどでの強調を目的として生まれた書体とされる[1]。
和文ゴシック体が正確にいつ出現したかは明らかでない[7]。最初期のものは欧文活字に親しんだ政府機関で製造されていたようで、古いものでは1887年(明治19年)6月1日の官報第837號に使用されていることが確認されている。民間では1891年(明治24年)の東京築地活版製造所製「五號ゴチック形」が最古とみられる[8]。『朝日新聞で読む20世紀』[9]に掲載されている朝日新聞の記事を読むと、1919年1月1日付のヴェルサイユ条約について報じる記事で「講和問題」の文字が小さいながらもゴシック体で表記されているのが確認できる(p38より)。また、1936年8月12日のベルリンオリンピックにおける水泳の記事で小さいながらもゴシック体で見出しを付けていることから、この頃には使われる機会が増えていたことが窺える。
たいていの印刷物において、本文が明朝体で組まれ、その中で見出し部分や、強調したいところにゴシック体が使われた。それには、縦画と横画の差が大きく、欧文のローマン体にも擬せられる明朝活字が本文用書体として可読性にすぐれていた一方、インキのつく面が広く視覚的訴求性の高いゴシック体の特性があった。
そもそも金属活字の時代には、日本語など漢字を使う言語においてはアルファベットとは比較にならないほど多数の活字をそろえねばならないため、欧文活版印刷のように多種の書体を混植することは難しく、よほど大きな印刷所以外では明朝とゴシックのみ、というところが多かった。このため「本文はミン(明朝)、強調はゴチ」という日本語組版の了解事項のようなものがあり(当時から「欧文のように多彩な書体を使いたい」という需要はあった)、時代が下って写真植字やDTPが興隆し多数の書体を自在に扱えるようになっても、このシンプルなルールは変わることなく続いている。
DTPの黎明期においても、扱えるフォントは事実上のリュウミンLと中ゴシックBBBだけであり、デザイナーたちはその制約の中で意匠を凝らした。それは確かに写植の多彩な書体から見れば制約ではあったが、金属活字を削って工夫していた状態に比べればはるかに大きな利便性を得ていた。現在では扱えるフォント数は選択に迷うほどに増加しているが、それでもやはり明朝とゴシックの組み合わせは王道とされる。
脚注
[編集]- ^ a b “ゴシック体 | フォント用語集 | 文字の手帖”. 株式会社モリサワ. 2023年1月19日閲覧。
- ^ a b “【フォントまめ知識】ゴシック体とは?| ブログ | ニィスフォント | NIS Font | 長竹産業グループ”. 2023年1月19日閲覧。
- ^ “漫画の"フォント"の秘密が明らかに 林修先生も「そういうこと~」と衝撃”. fumumu (2022年10月17日). 2023年3月11日閲覧。
- ^ 株式会社インプレス. “「源暎アンチック」マンガの台詞に最適な日本語フォント - 窓の杜”. 窓の杜. 2023年3月11日閲覧。
- ^ 株式会社インプレス (2022年3月29日). “フリーのアンチゴチ書体「びぜんアンチック」が公開、「BIZ UDゴシック」がベース/00年代のマンガや同人誌を思わせる雰囲気。ゆるいライセンスも魅力”. 窓の杜. 2023年1月19日閲覧。
- ^ “【たかがナンバー、されどナンバー】ナンバープレートの地名表記の謎”. 自動車情報誌「ベストカー」 (2019年6月10日). 2023年1月19日閲覧。
- ^ 石川 重遠, 後藤 吉郎, 山本 政幸 和文ゴシック体創出の研究経緯
- ^ 石川 重遠, 後藤 吉郎, 山本 政幸 創成期の和文ゴシック体
- ^ 1999年1月1日発行の『知恵蔵』の別冊