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扇屋 (百貨店)

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
千葉県庁舎右奥に見える扇屋ジャスコ千葉店(1980年代後半撮影)。

株式会社扇屋(おおぎや)は、かつて千葉県千葉市本社を置き、百貨店総合スーパーチェーンを展開していた日本企業である。

1933年創業、1976年8月21日株式会社ジャスコ(現:株式会社イオン)と合併し、株式会社ジャスコの子会社として設立された扇屋ジャスコ(おおぎやジャスコ)が事業継承した。扇屋ジャスコは、1999年8月21日付で株式会社ジャスコに吸収合併されて消滅した。

本項では、扇屋ジャスコについても記述する。

沿革

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扇屋

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創業者の安田栄司東京での修行を終えて独立し[1]、千葉県千葉市[1]1933年(昭和8年)に扇屋モスリン店を開設[2][3]したのが始まりである。

その後、扇屋呉服店となり[1]1948年(昭和23年)に法人化して株式会社扇屋本店を設立[2]して衣料品の大型店として繁盛し[2]1952年(昭和27年)に大宮店[どこ?]を開店してチェーン展開を始めた[2]

1959年(昭和34年)には千葉市の本店を扇屋百貨店として百貨店を開業する[1]など、売場拡張を重ねて成長した。この扇屋百貨店は、1965年(昭和40年)に売場面積9,859m2で30億円を売り上げて千葉県で第2位の百貨店となり[4]、ライバルの奈良屋(売場面積9,903m2売上高35億円)と激しい競争を繰り広げた。

1969年(昭和44年)に16店舗のチェーンストアを構築していたが[2]、更なる発展を目指してイトーヨーカ堂との合併を目指して伊藤雅俊の説得を試みて失敗に終わる[2]と、代わりに1969年(昭和44年)10月にイトーヨーカ堂などと共に共同仕入機構「ナルサ」を設立した[2]

また、1967年(昭和42年)に国鉄千葉駅前に進出した千葉そごうに対抗するため、1971年(昭和46年)に松坂屋と業務提携してアパレル関連の強化[2]を図った。

1975年(昭和50年)に松坂屋との提携を解消すると[2]、前年の1974年(昭和49年)9月に上場を果たしたものの、首都圏進出が進んでいなかったジャスコを率いる岡田卓也[2]関東進出を図る上で規模・信用・人材のいずれも扇屋が合併相手として理想的だとして[2]、安田栄司に接近して合併を持ちかけ[2]1976年(昭和51年)8月21日にジャスコは株式会社扇屋を合併し[2]、その店舗網は子会社として設立した扇屋ジャスコに引き継がれた。

なお、合併前の1975年(昭和50年)の株式会社扇屋は、百貨店と総合スーパーを合計22店展開して売上高280億円を上げる[2]中堅チェーンに成長していた。

扇屋ジャスコ

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扇屋ジャスコに引き継がれたこの21店の店舗網[5]は、株式会社扇屋2代目で合併時の社長だった安田敬一がインタビューに答えている通り、1992年(平成4年)10月18日に閉店した千葉店(旧扇屋百貨店)を含め、その後のスクラップアンドビルドで相次いで閉店し、ジャスコとの合併20周年の1996年(平成8年)には合併時の全店舗が消滅[5]していた。なお、扇屋時代から存続した最後の店舗は、1996年閉店の亀有店だった。

そして1999年(平成11年)8月21日扇屋ジャスコは、ジャスコ本体に合併されて消滅し[3][6]、66年間親しまれた扇屋(愛称かぎも)[3]の名称は完全に消滅した。なお、ジャスコ本体に合併された際の扇屋ジャスコは、総合スーパー・ジャスコ15店舗と食品スーパーマックスバリュ4店舗[6]で、総資産は約642億円(純資産は約77億円)[6]まで拡大していた。

扇屋ジャスコの店舗

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イオンに転換して営業中の店舗

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特記のない限り、「〇〇店」表記は通常の「イオン」、「〇〇店」表記がない店舗は派生業態の「イオンスタイル」として営業。

休業中の店舗
  • 茂原店(茂原市六ツ野字高師野2799-4) - 1978年(昭和53年)開店[17]。ただし、2017年(平成29年)3月からは1階のみの営業。2018年12月2日をもって閉店[18]、2024年に建て替えて「イオンスタイル茂原」に転換する見込み[19]

マックスバリュに転換して営業中の店舗

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  • 辰己台店(市原市辰巳台東1-2)[20] - マックスバリュ関東1号店として1996年(平成8年)11月14日に開店[21]。グリーンタウンたつみ台ショッピングセンター(現:イオンタウンたつみ台[22])の核店舗
  • 太田店(木更津市太田4-18) - 1997年(平成9年)11月7日に開店[23]。現名称は「マックスバリュ木更津太田店」[24]秋田県大仙市にマックスバリュ太田店が存在するため[25]

マックスバリュに転換後に閉店した店舗

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扇屋ジャスコの店舗

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かつての扇屋ジャスコの店舗については、以下の項目を参照。

CM

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脚注

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  1. ^ a b c d “インタビューページ安田敬一さん 太田務さん”. 月刊いちかわ 2010年8月号 (エピック) (2010-8). [要ページ番号]
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n 李敬泉. “ジャスコの出店戦略の原型”. 大阪市立大学 経営研究 第55巻第1号 (大阪市立大学) (2002). [要ページ番号]
  3. ^ a b c “ジャスコグループ再編で「扇屋」称号姿消す 日本食糧新聞”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1999年8月25日) [要ページ番号]
  4. ^ デパート新聞社編『全国百貨店年鑑 昭和42年版』デパート新聞社、1967年。 [要ページ番号]
  5. ^ a b “扇屋ジャスコ、マックスバリュー業態年間5-6店ペースで展開”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1996年11月27日) [要ページ番号]
  6. ^ a b c 株式会社ジャスコ 2000年2月期中間決算短信 (Report). ジャスコ. 2007.[要ページ番号]
  7. ^ “扇屋ジャスコ、18日JR鎌取駅前に「鎌取店」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1994年3月11日)
  8. ^ “扇屋ジャスコ、27日「フローレ鴨川」オープン”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1992年11月16日)
  9. ^ イオンノア店 イオンリテール
  10. ^ イオンノア店 専門店街 イオンリテール
  11. ^ 財団法人千葉県史料研究財団 『県史シリーズ 37 千葉県の歴史 別編 地誌 2 地域誌』 千葉県、1999年3月25日。
  12. ^ イオンマリンピア店 イオンリテール
  13. ^ “扇屋ジャスコ、「マリンピア店」全面改装 食品売場は千葉市内最大”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1995年3月10日)
  14. ^ イオンマリンピアショッピングセンター イオンリテール
  15. ^ 大友達也 (2007年10月). “《研究展望》あの弱かったイオンがダイエーを呑み込んでしまった。何故?”. 社会科学 79号 (同志社大学 人文科学研究所)
  16. ^ 「扇屋ジャスコ『グリーンタウンやちまた』開店、初の『マックスバリュー+GMS』」日本食糧新聞、1998年(平成10年)11月23日付
  17. ^ 新名阿津子・原田典子・田上健一・小林達也 『茂原市における中心商店街活性化への課題』 地域研究年報 第28号 (筑波大学人文地理学・地誌学研究会) (2006年3月)
  18. ^ 閉店のごあいさつ イオン茂原店、2018年11月26日、2024年5月22日閲覧。
  19. ^ イオン茂原店建て替え 開業40年、12月から一時休業”. 千葉日報. 千葉日報. 2023年7月4日閲覧。
  20. ^ [マックスバリュ辰巳台店] マックスバリュ関東
  21. ^ “扇屋ジャスコ、関東初のマックスバリューSSMを市原に開店”. 日本食糧新聞(日本食糧新聞社). (1996年11月18日)
  22. ^ イオンタウンたつみ台 イオンタウン
  23. ^ “扇屋ジャスコ、マックスバリュー2号店「太田店」開店”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年12月5日)
  24. ^ マックスバリュ木更津太田店 マックスバリュ関東
  25. ^ マックスバリュ太田店 イオン東北
  26. ^ “11月28日開店、扇屋ジャスコMV「新船橋店」 都市型店舗(マックスバリュー)実験店に”. 日本食糧新聞 (日本食糧新聞社). (1997年12月10日)

参考文献

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  • 安田栄司『誠実親和』慶昌堂印刷、1979年5月15日。 [要ページ番号]
  • 千葉県史料研究財団編『千葉県の歴史 通史編 近現代 2』千葉県、2006年。 [要ページ番号]

関連項目

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