「萩原健一」の版間の差分
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*『俺の人生どっかおかしい』(1984年 [[ワニブックス]]、ISBN 978-4584200803)、絶版 |
*『俺の人生どっかおかしい』(1984年 [[ワニブックス]]、ISBN 978-4584200803)、絶版 |
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*『ショーケン』(2008年 [[講談社]]、ISBN 978-4062145220)、絶版 |
*『ショーケン』(2008年 [[講談社]]、ISBN 978-4062145220)、絶版 |
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*『日本映画[監督・俳優]論 (~黒澤明、神代辰巳、そして多くの名監督・名優たちの素顔~)』(2010年 ワニブックス、ISBN 978-4847060236):共著 [[ |
*『日本映画[監督・俳優]論 (~黒澤明、神代辰巳、そして多くの名監督・名優たちの素顔~)』(2010年 ワニブックス、ISBN 978-4847060236):共著 [[絓秀実|絓 秀実]] |
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*『ショーケン最終章』(2019年5月 [[講談社]]) |
*『ショーケン最終章』(2019年5月 [[講談社]]) |
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2020年7月13日 (月) 20:10時点における版
はぎわら けんいち 萩原 健一 | |||||||||||
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本名 | 萩原 敬三(はぎわら けいぞう) | ||||||||||
生年月日 | 1950年7月26日 | ||||||||||
没年月日 | 2019年3月26日(68歳没) | ||||||||||
出生地 |
埼玉県北足立郡与野町 (現・同県さいたま市中央区) | ||||||||||
国籍 | 日本 | ||||||||||
身長 | 174 cm | ||||||||||
血液型 | O型 | ||||||||||
職業 | 俳優、歌手 | ||||||||||
ジャンル | 映画、テレビドラマ | ||||||||||
活動期間 | 1966年 - 2019年 | ||||||||||
配偶者 |
小泉一十三(1975年 - 1978年) いしだあゆみ(1980年 - 1984年) 由紀(1996年 - 2006年) 冨田リカ(2011年 - 2019年) | ||||||||||
主な作品 | |||||||||||
テレビドラマ 『太陽にほえろ!』 『傷だらけの天使』 『前略おふくろ様』 『祭ばやしが聞こえる』 『豆腐屋直次郎の裏の顔』 『琉球の風』 『課長サンの厄年』 『外科医柊又三郎』 『冠婚葬祭部長』 『元禄繚乱』 『利家とまつ』 映画 『八つ墓村』 『影武者』 『誘拐報道』 『恋文』 『激動の1750日』 『居酒屋ゆうれい』 『226』 | |||||||||||
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萩原 健一(はぎわら けんいち、1950年7月26日 - 2019年3月26日)は、日本の俳優、歌手。ニックネームは「ショーケン」。このニックネームは、十代のころの仲間にダイケン、チューケンがおり、自身がショーケン(小ケン)と呼ばれていたことに由来する。元ザ・テンプターズ、PYGのリード・ボーカル (PYGは沢田研二とのツイン・ボーカル)。血液型はO型。所属事務所はKR株式会社(2016年8月よりオスカープロモーションと業務提携[1])。埼玉県北足立郡与野町(現:さいたま市中央区)出身。
来歴
鮮魚店に非嫡出子として生まれる。本名は萩原敬三(はぎわら・けいぞう)。東京都荒川区の聖橋中学校・高等学校(現在は廃校)在学中、埼玉県大宮市でスカウトされ、ザ・スパイダースの弟分バンド、ザ・テンプターズのヴォーカリストとして、17歳だった1967年「忘れ得ぬ君」でデビュー[2]。高校は2年生の時に中退している[3]。翌1968年には「エメラルドの伝説」、「神様お願い!」、「おかあさん」(コーラス・ハーモニカ担当)など、次々と大ヒット曲を飛ばして人気を得た[4]。テンプターズはショーケン自身が述懐しているところによれば、デビュー前はブルース・バンドだった。中川三郎ディスコティークの出演バンドだったこともある。「今日を生きよう」は、グラス・ルーツがイタリアのミュージシャンの曲をカバーし、さらにその曲をテンプターズがカバーしたものである。また、テンプターズはローリング・ストーンズの影響を受けていた。「神様お願い」はメンバーの松崎由治作詞・作曲[5]のオリジナル曲であり、ストーンズから受けた影響が出ている。この時期、女優・江波杏子と交際した。
1970年に解散後は井上堯之、大野克夫、沢田研二、岸部一徳、大口広司らでPYG(ピッグ)を結成する。各種ロックフェスティバルやテレビ出演などもこなしたが、音楽活動よりも映画監督を志すようになる[6]。
1972年に製作された松竹映画『約束』(斎藤耕一監督)の製作現場に、サード助監督として参加した。だが、主演俳優・中山仁が降板したため、代役に抜擢される[7]。何人もの女優に出演を断られたが、最終的に岸惠子が共演を承諾した。この演技で高い評価を得て、俳優へと本格的に転身[8]。同年のテレビドラマ『太陽にほえろ!』の初代新人刑事=マカロニ役でその人気を決定付ける[6]。
1972年12月をもって音楽活動を停止(これによりPYGは事実上解散)。1974年には神代辰巳 とのコンビによる映画『青春の蹉跌』でキネマ旬報の最優秀主演男優賞を受賞。続いて日本テレビ系のテレビドラマ『傷だらけの天使』(1974-75年)、倉本聰脚本の『前略おふくろ様』(1975-76年)と連続してドラマ作品に主演した。『前略おふくろ様』は続編も制作された。
1975年には初のソロアルバム『惚れた』をリリース。ソロアルバムの発表を契機として音楽活動を再開し、「お前に惚れた」、「大阪で生まれた女」(1979年)、柳ジョージ&レイニーウッドがバックを担当したライヴ盤『熱狂雷舞』を発表。また同年モデルの小泉一十三と結婚し女児をもうけたが3年で離婚している。
俳優としても脚本家・橋本忍の指名を受けての松竹映画『八つ墓村』(1977年)や黒澤明の『影武者』(1980年)などに出演。誘拐犯を演じた『誘拐報道』(1982年/モントリオール世界映画祭審査員賞)、作家・連城三紀彦が萩原をモデルにしたという直木賞作品を自身で演じた『恋文』(1985年/日本アカデミー賞優秀男優賞)などに出演した。
1980年にいしだあゆみと結婚[6]、1984年に離婚発表。1983年には映画「竜二」の主題歌「ララバイ」を歌った[9]。1983年1月インドはカルカッタでチャリティコンサートを行う。同年4月20日、大麻不法所持にて逮捕され、懲役1年、執行猶予3年の有罪判決となり、1年間に渡って全ての活動停止を余儀なくされた[6]。復帰後も俳優業と平行して音楽活動を行い「愚か者よ」(1987年)のヒット曲を出した。
1984年、飲酒運転で人身事故を起こし、業務上過失傷害罪で逮捕された[6]。1985年11月には、女優・倍賞美津子との2ショット写真を週刊誌に撮られて激昂。カメラマンと編集者に暴行し、書類送検された[6]。この時期、バイオリニスト・前橋汀子と交際した。
1985年に1度ラスト・ライブをおこなったが、90年にもコンサートを開き、俳優業と歌手を併行して活動をしていた。1993年に四国八十八箇所をお遍路し、1400-1600キロメートルを37日という驚異的な早さで踏破した。90年代のドラマ、映画では東芝日曜劇場『課長サンの厄年』、山口智子、室井滋と共演した『居酒屋ゆうれい』(1994年/報知映画賞・高崎映画祭主演男優賞)、ドラマ『外科医柊又三郎』(1995年)などに出演した。
2004年10月、再び交通事故を起こし業務上過失致傷罪で現行犯逮捕された[6]。また、監督・スタッフ・共演者への暴言・暴行を繰り返したため途中降板となった主演映画『透光の樹』の前払いの出演料半額分(750万円)の返還をプロデューサーから求められた際に、「一方的に降板させられた」として拒否[6]。さらにプロデューサーに電話をかけ、国税庁・警視庁・実在する暴力団の名を挙げて「必ずやっつけますから」と脅迫する言葉を留守電に残し、出演料全額分(1500万円)の支払いを要求したことで、同年11月に製作側から恐喝未遂容疑で告訴され、翌年の2月に再び逮捕された[6]。当初脅迫電話をしたことは否定していたが、証拠として録音された音声が出されると、これを認めた[10][11][12]。
この恐喝事件で2005年6月に東京地裁で懲役1年6か月、執行猶予3年の有罪判決を受け、しばらく活動休止[13][6]。しかし2005年7月にテレビ番組内で、「大麻解禁にしましょうか」と発言し、その後、厚生労働省から注意されたため、「ジョークのつもりだった」と釈明した[6]。
1996年にはヘアメイク・アーティスト、由紀と3度目の結婚をしたが、十年後の2006年に離婚している。萩原によればこの結婚には、親族から猛反対があったという。2008年に自叙伝『ショーケン』、ボーカリストとしてゲスト参加した宇川直宏による音楽ユニット・UKAWANIMATIONのデビューシングル「惑星のポートレイト 5億万画素」(作曲・プロデュース:石野卓球)で本格復帰を果たす。5年ぶりの映画出演となった『TAJOMARU』(2009年/小栗旬主演)の将軍足利義政役で日本映画批評家大賞の審査員特別男優賞を受賞。2010年には東京・大阪で7年ぶりのライヴ(トーク&ミニライヴ)ツアーを行なった。
2011年2月7日に、モデルの冨田リカと結婚。「ジェットコースターのような人生だったけども、今後は2人でメリーゴーラウンドのようなゆっくりした人生を歩みたい」と語った。晩年は芸能活動の傍ら、東洋思想や仏教研究に取り組んだ。
2018年、自身のレコードレーベル『Shoken Records』を設立。同年5月9日に22年ぶりとなるシングル「Time Flies」をリリースした[14]。
2019年3月26日午前10時30分、都内の病院にてGIST(消化管間質腫瘍)のため死去[15]。68歳だった。2011年から闘病していたが、本人の強い希望で病名の公表を控えていた[15]。葬儀は27日に家族のみで営まれ、本人が以前住んでいた神奈川県の鶴見近辺の斎場で荼毘に付された[16]。共演の多かった女優、高橋恵子、桃井かおりは萩原健一の死後、追悼コメントを出している。
高橋是清役で出演したNHK大河ドラマ『いだてん〜東京オリムピック噺〜』が没後に放送されているが、『いだてん』に於ける萩原の主な出演場面は生前にほぼ収録を終えているとされ、予定されていた残りの出演場面については放送に支障が生じないように対応する方向だという[17]。
評価・影響
松田優作[18]ら当時の若手俳優や次世代の俳優たちに多大な影響を与えた。また、アドリブを駆使した演技は前田吟[19]のような年上の共演者にも影響を与えた。さらに、 小堺一機[20]・とんねるず[18]・ダウンタウン[21]などのコメディアンやサンボマスターの山口隆[20]などのミュージシャンにも影響を与えた。
松本人志は「昭和の大スターで、その時代で一番かっこよかった。」と語っている。
ディスコグラフィー
シングル
発売日 | 規格 | 規格品番 | 面 | タイトル | 作詞 | 作曲 | 編曲 |
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ポリドール・レコード | |||||||
1971年11月1日 | EP | DR-1649 | A | もどらない日々 | 岸部修三 | 井上堯之 | PYG |
B | 何もない部屋 | 萩原健一 | 沢田研二 | ||||
1972年7月1日 | EP | DR-1703 | A | ブルージンの子守唄 | 阿久悠 | 加藤和彦 | 瀬尾一三 |
B | 少年の魂 | ||||||
ワーナー・パイオニア | |||||||
1975年8月10日 | EP | L-1257E | A | お前に惚れた | 阿久悠 | 井上堯之 | |
B | 兄貴のブギ | ブギウギ三人衆 | 井上堯之 | ||||
1977年4月 | EP | L-87E | A | 前略おふくろ | 藤公之介 | 森田公一 | 井上堯之 |
B | 酒と泪と男と女 | 河島英五 | |||||
ミノルフォンレコード | |||||||
1977年3月10日 | EP | KA-1047 | A | 別れの詩 | 東海林良 | 大野克夫 | |
B | 雨のしおり | 井上堯之 | |||||
1978年7月1日 | EP | KA-1127 | A | 時は流れて | 柳ジョージ | 井上堯之 | |
B | 蜃気楼 | 東海林良 | 大野克夫 | ||||
バーボンレコード | |||||||
1979年5月1日 | EP | BMA-1023 | A | 大阪で生まれた女 | BORO | 鈴木明男 | |
B | 本牧綺談 | 柳ジョージ | 上綱克彦 | ||||
1980年6月1日 | EP | BMA-1040 | A | ムーンシャイン | 速水清司 | ドンファン | |
B | ルーシー | ||||||
1980年9月 | EP | BMA-1050 | A | ぐでんぐでん | 康珍化 | 鈴木キサブロー | ドンファン |
B | 砂時計 | 速水清司 | |||||
1981年2月25日 | EP | BMA-2004 | A | ラストダンスは私に | Doc Pomus
訳:岩谷時子 |
Mort Shuman | ドンファン |
B | 泣くだけ泣いたら | 速水清司 | |||||
1981年5月 | EP | BMA-2006 | A | ホワイト&ブルー | 速水清司 | ドンファン | |
B | フラフラ(春よ来い) | 萩原健一 | 篠原信彦 | ||||
1982年3月 | EP | BMA-2018 | A | ハロー・マイ・ジェラシー | 速水清司 | ドンファン | |
B | シャララ | 大津あきら | 篠原信彦 | ||||
1982年 | EP | BMA-2023 | A | Ah!Ha! | 大津あきら | 篠原信彦 | ドンファン |
B | ひとつぶの涙 | ||||||
1983年11月 | EP | BMA-2038 | A | もう一度抱いて | 藤真利子 | もんたよしのり | ドンファン |
B | セクシー・ロンリー・ナイト | ||||||
1984年8月 | EP | BMA-2047 | A | 九月朝、母を想い | 萩原健一 | 篠原信彦 | ドンファン |
B | 54日間、待ちぼうけ | ||||||
MOON Records | |||||||
1987年1月21日 | EP | MOON-736 | A | 愚か者よ | 伊達歩 | 井上堯之 | |
B | めぐり逢い | 萩原健一 | 速水清司 | 井上堯之 | |||
1987年 | EP | MOSE-127 | A | See Saw | 速水清司 | 井上堯之 | |
B | 友 | ||||||
1987年7月 | EP | MOON-746 | A | 桜子 | 伊達歩 | 長沢ヒロ | |
B | 今 | 萩原健一 | 速水清司 | 井上堯之 | |||
1988年4月 | EP | MOON-762 | A | Angel | 速水清司 | 井上堯之 | |
B | Ma いいかァ I Love You | 門谷憲二 | 井上堯之 | ||||
1988年11月 | 8cmCD | 10SD-14 | A | クリスマス・プレゼント | 萩原健一 | 速水清司 | 井上堯之 |
B | Shining With You | ||||||
1992年9月10日 | 8cmCD | AMDM-6061 | 1 | Gambler | 萩原健一 | 井上堯之 | |
2 | Angel | 速水清司 | 井上堯之 | ||||
東芝EMI | |||||||
1996年1月31日 | 8cmCD | TODT-3660 | 1 | 泣けるわけがないだろう | 松井五郎 | 春畑道哉 | 西平彰 |
2 | I Love Youさえ言えない | ||||||
2009年11月4日 | CD | [22] | 時代おくれ | 阿久悠 | 森田公一 | 井上堯之 | |
Shoken Records | |||||||
2018年5月9日 | CD | KHSR-1801 | 1 | Time Flies | 萩原健一 | ||
2 | Dejavu | ||||||
3 | Good Action |
アルバム
- 惚れた(1975年8月)
- Nadja〜愛の世界(1977年3月)
- Nadja2〜男と女(1978年6月)
- Nadja3〜エンジェル・ゲイト(1979年6月)
- 熱狂雷舞(1979年10月)
- Don Juan(1980年7月、BMC-4019)
- Don Juan Live(1980年12月)
- White & Blue(1981年6月)ベスト・アルバム
- D'erlanger (1982年3月)
- Shanti Shanti(1983年)
- Thank You My Dear Friends(1984年3月)
- Andree Marlou Live(1985年)
- Straight Light(1987年2月)
- Shining With You(1988年5月)
- Thank You My Dear Friends Live(1989年)
- ANGEL or DEVIL〜2010 LIVE記念盤(2010年:ライヴ会場限定5曲入りミニ・アルバム)
- ANGEL or DEVIL(2010年:全16曲入り通常盤)
- Kenichi Hagiwara Final Live~Forever Shoken Train~ @Motion Blue yokohama CD+DVD (2019年7月26日 KHSR-0726 生前最後の雷舞(ライヴ)を収録)
作詞・作曲
作詞
- 雨よ降らないで:テンプターズ
- 「愛の小径」(作曲:かまやつひろし):テンプターズ
- 「何もない部屋」(作曲:沢田研二):PYG
- かまやつひろし「豚ごろしの歌」作詞:萩原健一、作曲:かまやつひろし(1970年)アルバム「ムッシュー/かまやつひろしの世界」に収録。同和問題を扱った内容により放送禁止となる。2000年の再発CDには未収録だったが、2016年盤に再収録された[23]。
- 根津甚八「泣き笑い」作詞:萩原健一、作曲:速水清司(1986年)アルバム「PLAY IT AGAIN」に収録。
作曲
萩原健一のソロ作品では作詞多数。作曲は2018年発表のシングル「Time Flies」収録の3曲[24]。
出演
※「 - 」は役名
映画
- 濡れた逢引き(1967年、松竹) - テンプターズ
- 星影の波止場(1968年、日活) - テンプターズ
- ザ・テンプターズ 涙のあとに微笑みを(1969年、東宝、監督:内川清一郎) - 山川健一
- めまい(1971年、松竹、監督:斉藤耕一) - 下条吾郎
- 喜劇 命のお値段(1971年、松竹、監督:前田陽一) - 後藤明夫
- 春だドリフだ全員集合!!(1971年、松竹、監督:渡辺祐介) - 健チャン
- 約束(1972年、松竹、監督:斉藤耕一) - 中原朗
- 虹をわたって(1972年、松竹、監督:前田陽一) - 次郎
- 股旅(1973年、ATG、監督:市川崑) - 黙太郎
- 化石の森(1973年、東宝、監督:篠田正浩) - 緋本治夫
- 青春の蹉跌(1974年、東宝、監督:神代辰巳) - 江藤賢一郎
- 雨のアムステルダム(1975年、東宝、監督:蔵原惟繕) - 作田明
- アフリカの光(1975年、東宝、監督:神代辰巳) - 順
- 鴎よ、きらめく海を見たか めぐり逢い(1975年、ATG、監督:吉田憲二) - 川村
- 八つ墓村(1977年、松竹、監督:野村芳太郎) - 寺田辰弥
- その後の仁義なき戦い(1979年、東映、監督:工藤栄一) - 飲み屋の客
- 影武者(1980年、東宝、監督:黒澤明) - 武田勝頼
- 魔性の夏〜四谷怪談より(1981年、松竹、監督:蜷川幸雄) - 伊右衛門
- 誘拐報道(1982年、東映、監督:伊藤俊也) - 古屋数男
- もどり川(1983年、三協、監督:神代辰巳) - 苑田岳葉
- カポネ大いに泣く(1985年、ケイエンタープライズ、監督:鈴木清順) - 桃中軒海右衛門
- 瀬降り物語(1985年、東映、監督:中島貞夫) - 木下一
- 恋文(1985年、松竹、監督:神代辰巳) - 竹原将一
- 南へ走れ、海の道を!(1986年、松竹、監督:和泉聖治) - 権藤竜二
- 離婚しない女(1986年、松竹、監督:神代辰巳) - 岩谷啓一
- 夜汽車(1987年、東映、監督:山下耕作) - 田村征彦
- 竜馬を斬った男(1987年、アルマンス、監督:山下耕作) - 佐々木只三郎
- 極道の妻たち三代目姐(1989年、東映、監督:降旗康男) - 赤松徹郎
- 226(1989年、フィーチャーフィルムエンタープライズ、監督:五社英雄) - 野中四郎
- 裏切りの明日(1990年、東映、監督:工藤栄一) - 沢井刑事
- 激動の1750日(1990年、東映、監督:中島貞夫) - 時津忠久
- 渋滞(1991年、ディレクターズ・カンパニー、監督:黒土三男) - 藤林蔵
- いつかギラギラする日(1992年、松竹、監督:深作欣二) - 神崎
- 居酒屋ゆうれい(1994年、東宝、監督:渡邊孝好) - 壮太郎
- JOKER 疫病神(1998年、ギャガ、監督:小松隆志) - 村越
- ダブルス(2000年、オメガ・ミコット、監督:井坂聡) - key
- 天使の牙B.T.A.(2003年、ワーナー・ブラザース映画、監督:西村了) - 君国辰郎
- 月の砂漠(2001年、サンセントシネマワークス、監督:青山真治) - 社長
- ザ・ゴールデン・カップス ワンモアタイム(2004年、アルタミラピクチャーズ、監督:サン・マー・メン)
- TAJOMARU(2009年、ワーナー・ブラザース映画、監督:中野裕之) - 足利義政
テレビドラマ
- 日曜8時のドラマです(1971年、TBS)
- 時間ですよ2(1971年、TBS)
- 刑事くん 第1部 第12話「もどらない日々」(1971年、TBS / 東映) - 井上タカユキ
- お祭り銀次捕物帳 第1話「出発の歌」・第2話「裏切られた女」(1972年、フジテレビ) - すずめ
- となりは隣り(1972年、東京12チャンネル) 第4話
- 太陽にほえろ!(1972年 - 1973年、日本テレビ) - 早見淳(通称:マカロニ)刑事
- 明智探偵事務所(1972年、NHK) - タカシ
- 風の中のあいつ(1973年、TBS) - 黒駒勝蔵
- 同棲時代(1973年、TBS)
- 祇園花見小路(1973年、中部日本放送)
- 河を渡ったあの夏の日々[25](1973年、NHK)
- くるくるくるり(1973年、日本テレビ)
- 大河ドラマ(NHK)
- 新宿さすらい節(1974年、TBS) - 中岡ムサシ(通称:ザジ)
- 傷だらけの天使(1974年 - 1975年、日本テレビ) - 木暮修
- 前略おふくろ様(1975年 - 1976年、日本テレビ) - 片島三郎
- 前略おふくろ様II(1976年 - 1977年、日本テレビ) - 片島三郎
- 祭ばやしが聞こえる(1977年 - 1978年、日本テレビ)
- 死人狩り(1978年、フジテレビ) - 浦上刑事
- 露玉の首飾り(1979年、中部日本放送)
- 花冷え(1981年、読売テレビ)
- わが愛の城〜落城記より(1981年、テレビ朝日)
- 忍びの忠臣蔵(1981年、フジテレビ)
- ガラスの知恵の輪(1982年、毎日放送)
- 松本清張の時間の習俗(1982年、TBS) - 三原紀一
- 君は海を見たか(1982年、フジテレビ) - 増子一郎
- 宣告(1984年、TBS)
- 温泉サギ師(1986年、TBS)
- 見えない絆(1988年、フジテレビ)
- 飢餓海峡(1988年、フジテレビ) - 樽見京一郎
- 精性生(1988年、NHK)※東海北陸のみ
- 隠密・奥の細道(1988年、テレビ東京)
- 六条執念(1989年、関西テレビ)
- お市御寮人(1989年、日本テレビ) - 織田信長
- ラストバラードは君に(1989年、TBS)
- あいつがトラブル(1989年 - 1990年、フジテレビ) - 沖田淳一
- ネコノトピアネコノマニア(1990年、NHK) - 上田邦夫
- 豆腐屋直次郎の裏の顔(1990年 - 1992年、朝日放送) - 花井直次郎
- 旅のはじまり(1990年、NHK)
- 徒然草 殺しの硯(1990年、テレビ東京) - 吉田兼好
- 月のひかり(1991年、NHK)
- 課長サンの厄年(1993年、TBS) - 寺田喬
- 課長サンの厄年スペシャル(1994年、TBS) - 寺田喬
- 幸福の条件(1994年、NHK)
- ハイこちら駐在です!(1995年、フジテレビ)
- 放送記者物語(1995年、NHK)
- 三都結婚物語 第3話・奈良篇「花嫁はゴースト」(1995年、関西テレビ)
- 外科医柊又三郎(1995年、テレビ朝日) - 柊又三郎
- されど、わが愛(1995年、NHK) - 石橋英雄
- 冠婚葬祭部長(1996年、TBS) - 小山田竜平
- 外科医柊又三郎2(1996年、テレビ朝日) - 柊又三郎
- テロリストのパラソル(1996年、フジテレビ) - 菊池敏彦(島村圭介)
- 月曜ドラマスペシャル 最後の恋(1997年5月、TBS) - 川村秀一
- 月曜ドラマスペシャル 坪内警部補・父と娘の事件簿(1998年、TBS)
- 土曜ワイド劇場(テレビ朝日)
- 華やかな喪服(1998年)
- 広域捜査官楠錬三郎 北へ南へ1(2000年) - 楠錬三郎
- 広域捜査官楠錬三郎・北へ南へ2(2002年) - 楠錬三郎
- 広域捜査官楠錬三郎3(2003年) - 楠錬三郎
- 松本清張の証言(2004年3月) - 奥平為雄
- 父さん(2000年、フジテレビ)
- 藤沢周平の人情しぐれ町(2001年、NHK) - 菊田屋新蔵
- ファイティングガール(2001年、フジテレビ) - 吉田祐三
- 女と愛とミステリー(テレビ東京)
- 西村京太郎トラベルサスペンス・日本一周“旅号”殺人事件(2003年4月、大映テレビ) - 十津川警部
- 坊さん弁護士・郷田夢栄(2003年1月) - 郷田夢栄
- 坊さん弁護士・郷田夢栄2(2004年7月) - 郷田夢栄
- 鴨川食堂(2016年1月 -2月、NHK BSプレミアム) - 鴨川流 [26]
- 特集ドラマ「どこにもない国」(2018年3月24日・31日、NHK総合) - 吉田茂
- 日曜ワイド 明日への誓い(2018年3月25日、テレビ朝日) - 原案、神谷将太郎
- 不惑のスクラム(2018年、NHK総合) - 宇多津貞夫
バラエティ番組・ドキュメンタリー番組・音楽番組
- SMAP×SMAP(2000年、関西テレビ・フジテレビ、「BISTRO SMAP」ゲスト)
- うたばん(2003年11月27日、TBS、ゲスト)
- チューボーですよ! (2009年8月29日、TBS、ゲスト)
- ザ・ノンフィクション ショーケンという「孤独」(2009年9月13日、フジテレビ)
- 芸能人の告白 特別編(2009年12月20日、フジテレビ)
- 名作ドラマ大辞典!豪華スター同窓会SP(2011年9月21日、TBS、ゲスト)
- ザ・インタビュー〜トップランナーの肖像〜 (2015年7月18日、BS朝日)
- ダウンタウンなう(2016年5月27日、フジテレビ、ゲスト)
- 2017 FNSうたの夏まつり 〜アニバーサリーSP〜(2017年8月2日、フジテレビ)
- クローズアップ現代+独自映像“ショーケン”最期の日々(2019年4月4日、NHK)
CM/広告
- サントリー「モルツ」、「うまいんだなあ、これが」のセリフが話題になった。
- ワンカップ大関 (1979年)、神代辰巳が監督。神代は原田美枝子主演の映画「地獄」の撮影で悪戦苦闘しており、「東映って地獄のイメージがひどい」と萩原に愚痴をこぼしていた。
- マンダム「ギャツビー」、萩原健一、松田優作がCMに出演した。
- FLASH (光文社)、講談社FRIDAYともめた後に、講談社系列の光文社の新雑誌のCM、広告に登場し、「私はこの手の雑誌にはキチンとしてほしい」と語った。
- YAMAHA「ジョグ」(1991年)[27]
- マツダ「カペラ」(1994年)
- 日新製鋼(1995年)
書籍
- 『俺の人生どっかおかしい』(1984年 ワニブックス、ISBN 978-4584200803)、絶版
- 『ショーケン』(2008年 講談社、ISBN 978-4062145220)、絶版
- 『日本映画[監督・俳優]論 (~黒澤明、神代辰巳、そして多くの名監督・名優たちの素顔~)』(2010年 ワニブックス、ISBN 978-4847060236):共著 絓 秀実
- 『ショーケン最終章』(2019年5月 講談社)
新聞連載
- 「我が道」(スポーツニッポン 2009年11月1日 - 11月30日)
脚注
- ^ “ショーケン オスカーとタッグ!心機一転「仕事の幅が広がりそう」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2016年7月29日). オリジナルの2019年3月28日時点におけるアーカイブ。 2019年3月28日閲覧。
- ^ “アーカイブされたコピー”. 2019年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月17日閲覧。
- ^ ショーケン、色気、天才、華麗 多くの女性たちが恋に落ちた…萩原健一さん評伝 アーカイブ 2019年3月28日 - ウェイバックマシンスポーツ報知2019年3月29日付(2019年3月29日access)
- ^ “アーカイブされたコピー”. 2019年4月17日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月17日閲覧。
- ^ “ショーケンの“お祈りポーズ”が話題になり、ヒットしたテンプターズ「神様お願い」”. 大人のミュージックカレンダー (2018年3月5日). 2018年7月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年3月28日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k 「大麻・薬物に溺れた者たち――萩原健一」(芸能人犯罪 & 2012-09, p. 35)
- ^ http://movie.walkerplus.com/mv19491/
- ^ http://movie.walkerplus.com/mv19491/
- ^ http://movie.walkerplus.com/mv17196/
- ^ ショーケン今度は恐喝で告訴へ、人身事故に続き… アーカイブ 2010年7月12日 - ウェイバックマシン - zakzak、2004年11月1日
- ^ ショーケン“恐喝”泥沼化…「透光の樹」 アーカイブ 2014年6月30日 - ウェイバックマシン - zakzak、2004年11月15日
- ^ ショーケン、映画プロデューサー恐喝未遂で逮捕!! アーカイブ 2010年1月9日 - ウェイバックマシン - zakzak、2005年2月7日
- ^ ショーケン区切れぬ多難…俳優人生の前途危ぶむ声 アーカイブ 2011年2月26日 - ウェイバックマシン - zakzak、2005年6月28日
- ^ “萩原健一、22年ぶりシングル発売…48年前、ザ・テンプターズ解散をリークした秘話語る”. スポーツ報知 (報知新聞社). (2018年5月10日). オリジナルの2019年3月28日時点におけるアーカイブ。 2018年5月10日閲覧。
- ^ a b “萩原健一さん死去「太陽にほえろ!」「傷だらけの天使」など”. Sponichi Annex. スポーツニッポン新聞社. (2019年3月28日). オリジナルの2019年3月28日時点におけるアーカイブ。 2019年3月28日閲覧。
- ^ “萩原健一さん、死後翌日・異例に早い火葬をした理由”. NEWSポストセブン. 2019年4月3日時点のオリジナルよりアーカイブ。2019年4月3日閲覧。
- ^ “萩原健一さん大河「いだてん」出演、生前に収録済み”. ニッカンスポーツ・コム. 日刊スポーツ新聞社. (2019年3月30日). オリジナルの2019年4月4日時点におけるアーカイブ。 2019年4月4日閲覧。
- ^ a b 唯一無二のロックボーカリスト萩原健一 デビュー51年目の矜持と圧倒的な存在感を見せる アーカイブ 2019年3月29日 - ウェイバックマシンアエラスタイルマガジン 2018年3月28日
- ^ 前田吟 研ぎ澄まされた感性で演じる萩原健一に影響を受けた アーカイブ 2019年4月1日 - ウェイバックマシン週刊ポスト2013年10月25日号
- ^ ダウンタウンあこがれのショーケンと29年ぶり共演 アーカイブ 2019年4月1日 - ウェイバックマシン日刊スポーツ 2016年5月24日
- ^ 配信およびライヴ会場限定
- ^ かまやつひろし、ソロ・アルバム『ムッシュー~かまやつひろしの世界』を再発 アーカイブ 2019年3月29日 - ウェイバックマシンCDジャーナル 2016年8月3日
- ^ 萩原健一、自身のレーベル「Shoken Records」より22年ぶりシングル発表 アーカイブ 2019年3月29日 - ウェイバックマシンナタリー 2018年4月27日
- ^ “NHKアーカイブス”. 2015年11月25日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年11月24日閲覧。
- ^ “忽那汐里、NHK連ドラ初主演 父役の萩原健一は11年ぶりドラマ出演”. ORICON (2015年9月15日). 2015年9月15日時点のオリジナルよりアーカイブ。2015年9月15日閲覧。
- ^ 週刊実話2019年6月20日号、p.205
参考文献
- 『日本のタブー――芸能人・有名人が過去に起こした犯罪&事件』ミリオン出版〈ミリオンムック67〉、2012年9月。ISBN 978-4813066675。
外部リンク
- 萩原健一オフィシャルウェブサイト
- 萩原健一 - テレビドラマ人名録 - ◇テレビドラマデータベース◇
- 萩原健一 - 日本映画データベース
- 萩原健一 - allcinema
- 萩原健一 - KINENOTE
- 萩原健一 - MOVIE WALKER PRESS
- 萩原健一 - IMDb
- 萩原健一 - NHK人物録