「みずほフィナンシャルグループ」の版間の差分
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ニュースサイトウォッチャー (会話 | 投稿記録) 歴史に、ESG経営ではなく、みずほFGによるニュースリリース通りの文言に基づき、剰余金の配当等の決定機関を加筆しました。 |
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{{Redirect|みずほグループ|学校法人医学アカデミーや医療法人瑞穂会を有するグループ|瑞穂グループ}} |
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{{複数の問題 |
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| 出典の明記 = 2021年3月 |
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| 更新 = 2021年3月 |
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{{基礎情報 会社 |
{{基礎情報 会社 |
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| 社名 = 株式会社みずほフィナンシャルグループ |
| 社名 = 株式会社みずほフィナンシャルグループ |
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| 英文社名 = Mizuho Financial Group, Inc. |
| 英文社名 = Mizuho Financial Group, Inc. |
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| ロゴ = [[File:Mizuho logo.svg|220px]] |
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| 種類 = [[株式会社]]([[持株会社]]) |
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| 画像 = [[File:Ōtemachi Tower.jpg|250px]] |
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| 市場情報 = {{上場情報|東証1部|8411}}{{上場情報|大証1部|8411}}{{上場情報|NYSE|MFG}} |
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| 画像説明 = 本社が入居する[[大手町タワー]] |
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| 種類 = [[株式会社 (日本)|株式会社]] |
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| 機関設計 = [[指名委員会等設置会社]]<ref>[https://www.mizuho-fg.co.jp/company/structure/governance/structure.html コーポレート・ガバナンス体制] - 株式会社みずほフィナンシャルグループ</ref> |
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| 市場情報 = {{上場情報 | 東証プライム | 8411 | 2003年3月12日}}{{上場情報 | NYSE | MFG}} |
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| 略称 = みずほFG、MHFG |
| 略称 = みずほFG、MHFG |
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| 国籍 = {{JPN}} |
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| 郵便番号 = 100-8333 |
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| 本社郵便番号 = 100-8333 |
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| 本社所在地 = [[東京都]][[千代田区]][[丸の内]]二丁目5番1号<br />丸の内二丁目ビル |
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| 本社所在地 = [[東京都]][[千代田区]][[大手町 (千代田区)|大手町]]一丁目5番5号<br />([[大手町タワー]]) |
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| 設立 = [[2003年]][[1月8日]](FG)<br />[[2000年]][[9月29日]](HD) |
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| 本社緯度度 = 35 |
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| 業種 = 銀行業 |
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| 本社緯度分 = 40 |
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| 事業内容 = 子会社の経営管理・戦略統括<br />[[広報]]<br />採用 |
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| 本社緯度秒 = 48.1 |
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| 代表者 = [[塚本隆史]] (取締役社長) |
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| 本社N(北緯)及びS(南緯) = N |
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| 資本金 = 1兆5,409億円 |
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| 本社経度度 = 139 |
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| 売上高 = 4兆5,235億円 |
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| 本社経度分 = 45 |
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| 総資産 = 154兆4,121億円 |
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| 本社経度秒 = 47.5 |
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| 従業員数 = 45,758人 |
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| 本社E(東経)及びW(西経) = E |
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| 決算期 = 毎年3月31日 |
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| 座標右上表示 = Yes |
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| 主要子会社 = [[みずほ銀行]]<br />[[みずほコーポレート銀行]]<br />[[みずほ信託銀行]] |
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| 本社地図国コード = JP |
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| 関係する人物 = [[西村正雄]] (みずほHD初代会長)<br />[[杉田力之]] (みずほHD初代社長)<br />[[山本恵朗]] (みずほHD初代会長) |
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| 設立 = {{plainlist| |
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| 外部リンク = [http://www.mizuho-fg.co.jp/ www.mizuho-fg.co.jp] |
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* [[2003年]]([[平成]]15年)[[1月8日]](FG) |
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| 特記事項 = 経営指標はいずれも[[2008年]]3月期決算・連結<ref name="tanshin08">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/tanshin/pdf/data0803t/data0803_1.pdf 平成20年3月期 決算短信]」2007年5月15日</ref><br> |
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* [[2000年]](平成12年)[[9月29日]](HD) |
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| 業種 = 7050 |
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| 事業内容 = * 子会社の経営管理・戦略統括 |
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* [[広報]]、採用 |
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| 代表者 = [[木原正裕]]([[取締役]]兼[[指名委員会等設置会社#執行役|代表執行役]][[社長]]兼グループ[[最高経営責任者|CEO]])<br />[[武英克]](取締役兼代表執行役[[役員 (会社)#副社長|副社長]]) |
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| 資本金 = 2,256,767百万円 |
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| 売上高 = 連結:3兆9630億91百万円(2022年3月期) |
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| 営業利益 = |
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| 経常利益 = 連結:5598億4700万円 (2022年3月期) |
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| 純利益 = 連結:530,479百万円(2022年3月期) |
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| 純資産 = 連結:9,201,031百万円(2022年3月31日現在) |
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| 総資産 = 連結:237,066,142百万円(2022年3月31日現在) |
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| 従業員数 = 2,072人(連結 52,420人)(2022年3月31日現在) |
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| 決算期 = 3月31日 |
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| 会計監査人 = [[EY新日本有限責任監査法人]] |
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| 主要子会社 = {{Plainlist| |
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* [[みずほ銀行]] |
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* [[みずほ信託銀行]] |
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* [[みずほ証券]] |
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* [[みずほリサーチ&テクノロジーズ]] |
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| 関係する人物 = {{Plainlist| |
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* [[西村正雄]](みずほHD初代会長=共同) |
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* [[杉田力之]](みずほHD初代社長) |
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* [[山本恵朗]](みずほHD初代会長=共同、[[名誉顧問]]) |
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* [[前田晃伸]]([[名誉顧問]]、初代社長) |
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* [[杉山清次]]([[名誉顧問]]、初代副社長) |
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* [[大田弘子]](前取締役会議長) |
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* [[小林いずみ]](取締役会議長) |
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| 外部リンク = {{Official URL}} |
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| 特記事項 = 資本金、売上高、総資産は、2019年3月期有価証券報告書より最新の数値を引用<ref>M「{{PDFlink|[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/report/yuho_201903/pdf/fg_fy.pdf 2019年3月期有価証券報告書]}}」2019年6月24日</ref>。 |
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'''株式会社みずほフィナンシャルグループ'''({{lang-en-short|Mizuho Financial Group, Inc.}}、略称:'''MHFG''')は、 [[東京都]][[千代田区]][[大手町 (千代田区)|大手町]]に本社を置く、[[日本]]の大手[[金融持株会社|銀行持株会社]]。また、みずほフィナンシャルグループを親会社とする[[みずほ銀行]]、[[みずほ信託銀行]]、[[みずほ証券]]などの金融企業からなる[[企業集団|企業グループ]]のことを指す。 |
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[[東京証券取引所|東証]]プライム市場および[[ニューヨーク証券取引所]](NYSE)上場企業であり、[[日経平均株価]]および[[TOPIX Core30]]、[[JPX日経インデックス400]]の構成銘柄の一つ<ref>[https://indexes.nikkei.co.jp/nkave/index/component?idx=nk225 構成銘柄一覧:日経平均株価] Nikkei Inc. 2021年10月8日閲覧。</ref><ref>{{PDFlink|[https://www.jpx.co.jp/news/1044/nlsgeu0000050uqm-att/mei_12_size.pdf 「TOPIXニューインデックスシリーズ」の定期選定結果及び構成銘柄一覧]}} jpx.co.jp 2020年10月7日公表 2021年10月8日閲覧。</ref><ref>[https://www.jpx.co.jp/markets/indices/jpx-nikkei400/00-01.html JPX日経400・JPX日経中小型] jpx.co.jp 2021年10月8日閲覧。</ref>。 |
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[[ファイル:Mizuho Financial Group (headquarters).jpg|thumb|300px|みずほフィナンシャルグループ本部(二代目の所在地)<br />([[みずほ銀行]]旧大手町本部・旧[[富士銀行]]本店)]] |
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== 概要 == |
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'''株式会社みずほフィナンシャルグループ'''([[英語|英称]]:''Mizuho Financial Group, Inc.'')は、[[東京都]][[千代田区]]に本社を置く[[日本]]の[[金融持株会社|銀行持株会社]]。かつての[[第一勧業銀行]]、[[富士銀行]]、[[日本興業銀行]]およびその関連企業を合併・再編したことによって[[2000年]]に発足した。 |
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[[第一勧業銀行]]、[[富士銀行]]、[[日本興業銀行]]およびその関連企業を[[合併 (企業)|合併]]・再編したことによって[[2000年]]に発足したみずほホールディングス(現:[[みずほフィナンシャルストラテジー]])の子会社として[[2003年]]1月に発足し、同年3月に親子関係を逆転して、みずほグループの統括企業となる(同時に、現在のみずほ信託銀行が合併により発足している)。旧第一勧業銀行は[[第一勧銀グループ]]、旧富士銀行は[[芙蓉グループ]]の中核企業であり、その流れを引き継ぐ。また、旧第一勧業銀行の源流企業は[[渋沢栄一]]が日本初の銀行として設立した[[第一銀行|第一国立銀行]]である。 |
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[[2007年]]現在、[[資産|総資産]]・[[預金|預金量]]・[[時価総額]]などの点で、[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]](MUFG)、[[三井住友フィナンシャルグループ]](SMBCグループ)に次ぐ日本第3位の金融グループであり<ref>預金量 - [https://www.mufg.jp/ir/disclosure/ 三菱東京UFJ]:107.2兆円/[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/mhfg/data07d.html みずほ+みずほコーポレート] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927100421/http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/mhfg/data07d.html |date=2007年9月27日 }}:80.9兆円/[https://www.smfg.co.jp/investor/library/disclosure/cy2007annu_discl.html 三井住友] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927031958/http://www.smfg.co.jp/investor/library/disclosure/cy2007annu_discl.html |date=2007年9月27日 }}: 68.8兆円(いずれも2007年3月期ディスクロージャー誌)</ref>、世界的な銀行の中では、総資産・時価総額で第10位にランクインしている<ref>"[https://www.thebanker.com/news/fullstory.php/aid/4129/THE_TOP_1000_WORLD_BANKS_2006.html Top 1000 World Banks 2006] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20090710002728/http://www.thebanker.com/news/fullstory.php/aid/4129/THE_TOP_1000_WORLD_BANKS_2006.html |date=2009年7月10日 }}", ''The Banker'', 3 July 2006.</ref>。[[フォーブス (雑誌)|フォーブス]]世界企業総合番付2007([[Forbes Global 2000]])では、[[トヨタ自動車]]、MUFG、[[日本電信電話|NTT]]に次ぐ日本第4位(世界第59位)となった<ref>Scott DeCarlo (ed.), "[https://www.forbes.com/2007/03/29/forbes-global-2000-biz-07forbes2000-cz_sd_0329global_land.html The World's 2,000 Largest Public Companies]", ''Forbes'', 29 March 2007.</ref>。 |
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また、同社を親会社とする[[みずほ銀行]]、[[みずほコーポレート銀行]]、[[みずほ信託銀行]]、[[みずほ証券]]など金融関係の企業からなる企業グループのことも指す。グループ全体によるブランドスローガン並びに中期事業戦略名は「'''Channel to Discovery'''」<ref name="c2d">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/release/data/pdf/data/20050426_2.pdf 『"Channel to Discovery" Plan』について]」2005年4月26日</ref>。各事業子会社を通じて[[銀行]]・[[信託]]・[[証券業|証券]]・資産運用・[[クレジットカード]]などの業務を提供しており、法人融資先は10万社超、個人預金口座数は2,600万口座に上り、総資産154兆円を抱える<ref name="reuters">"[http://www.investor.reuters.wallst.com/stocks/company-profile.asp?ticker=MFG Company Profile for Mizuho Financial Group Inc]", ''Reuters'', Retrived 2007-4-1.</ref>。 |
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[[2013年]]から、当グループの[[ブランド]][[スローガン]]として「'''One MIZUHO'''」、当グループの経営戦略として「'''One MIZUHO戦略'''」([[銀行]]・[[信託]]・[[証券]]一体戦略)が設定されている。各事業子会社を通じて銀行・信託・証券・資産運用・[[クレジットカード]]などの業務を提供しており、法人融資先は上場企業の約7割、個人預金口座数は2400万口座に上り、総資産は237兆円に達する<ref>[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/individual/strength/index.html <みずほ>の強み] - 株式会社みずほフィナンシャルグループ</ref>。 |
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[[2013年]][[7月1日]]、傘下行である[[みずほコーポレート銀行]]がみずほ銀行を吸収合併し、行名をみずほ銀行に改称した<ref>「[https://www.47news.jp/CN/201302/CN2013020801001641.html 47NEWS みずほ銀頭取に佐藤氏 グループトップと兼務] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20130609054101/http://www.47news.jp/CN/201302/CN2013020801001641.html |date=2013年6月9日 }}」 『共同通信』2013年2月8日</ref>。2017年[[11月13日]]、2017年度中間決算の際、収益力向上に向けて、2024年度末までに店舗数を現在の500店舗から100店舗削減し、2026年度末までに[[人工知能]]などを使った業務効率化により、グループの従業員数を現在の約7万9000人から6万人に減らす構造改革案を公表した<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO23404300T11C17A1000000/ みずほ、店舗2割削減へ 12%減益で1.9万人削減発表] 2017/11/13 日経新聞。</ref>。2019年5月15日、2019年度の連結決算の際、当初計画から3割増やし約130店舗削減を行うと発表した。銀行を取り巻く環境が大きく変化する中で、さらなる経営改善・構造改革を進めるのが狙いである。2019年7月1日、当グループの勘定系システム「{{en|MINORI}}」が、みずほ銀行、および、みずほ信託銀行にて全面的に稼働を開始した。 |
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== ブランディング == |
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{{色}} |
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{| style ="float:right; margin:0 0 .5em .5em; border:1px solid #ccc; ppadding:3px; background:#f9f9f9; font-size:94%;" |
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| style="height:3em; background:rgb(15,15,111)" |<br /> |
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| style="height:3em; background:rgb(254,0,13)" |<br /> |
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|- |
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| コズミックブルー |
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| ホライズンレッド |
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|} |
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[[ファイル:US long grain rice.jpg|thumb|200px|瑞穂]] |
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[[ブランド|ブランディング]]は[[インターブランド]]が手がけた<ref>「[https://www.interbrand.com/portfolio_details.asp?language=japanese&portfolio=2022 ポートフォリオの詳細 事例―Mizuho Financial Group] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070419005631/http://www.interbrand.com/portfolio_details.asp?portfolio=2022&language=japanese |date=2007年4月19日 }}」、インターブランド</ref>。「みずほ・みづほ([[瑞穂]])」は、みずみずしい[[イネ|稲]]の穂を意味する。この言葉は「葦原千五百秋瑞穂国」として[[日本書紀]]にも登場し、実り豊かな[[日本|日本国]]を形容した。「日本を代表する金融グループを目指す」との願いを込め、社員からの公募により策定された<ref>「[https://web.archive.org/web/19991014015509/http://www.nikkei.co.jp/topic3/tokushu4/#deei030717 共同持ち株会社の名称を行内公募・賞金100万円]」日本経済新聞、1999年9月17日</ref>。[[コーポレートカラー|ブランドカラー]]は「みずほコズミックブルー」と「みずほホライズンレッド」である。ロゴマークの赤い円弧は太陽出づる地平線を表し、みずほグループの社員一人ひとりの強い意志と情熱を表している。なお、青系統は前身銀行のサインカラーで共通して使用されており、[[ユーシーカード]](株式会社レマン作成)や[[第一勧業銀行]]においては発足当初から青と赤の二色を使用していた。 |
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「みずほ」は、かつて存在した「[[さくら銀行]]」「[[あさひ銀行]]」と同じく[[平仮名]]・[[大和言葉|やまと言葉]]の銀行であり、日本語話者に奥行きある語感を与える。特に「軽快さ」の印象が強く、次いで「鋭さ・強さ」「庶民性・適応性」「清潔・健康」「静的」な感じがあり、2003年当時の5都銀の名称中で最も訴求力に優れていると分析されている<ref>木通隆行『ネーミングの極意』 筑摩書房 〈ちくま新書〉、2004年、pp. 91-97、ISBN 4-480-06170-3</ref>。 |
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[[ファイル:Mizuho Financial Group, Inc. First Logo.jpg|thumb|200px|初代ロゴ]] |
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2001年9月までは、[[地球]]をモチーフとした円[[弧]]の左上にMizuhoの頭文字「M」を一筆書きしたロゴを使用していた<ref>M「[https://web.archive.org/web/20010918194851/http://www.mizuho-fg.co.jp/sousetu/gaiyo/gaiyo_03.html 3行統合による「みずほフィナンシャルグループ」の創設]」、<nowiki>https://www.mizuho-fg.co.jp/sousetu/gaiyo/gaiyo_03.html</nowiki>、Internet Archive、2001年9月18日</ref>。早い段階で統合を済ませた[[みずほインベスターズ証券]]などの店舗看板に見られた時期があったが、[[2001年]][[10月11日]]に現行のロゴを発表<ref name="brand">M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/2001/news/news_011011.html みずほフィナンシャルグループの「ブランドステートメント」および「ブランドロゴ」について] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20061212142215/http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2001/news/news_011011.html |date=2006年12月12日 }}」2001年10月11日</ref>、今では全く使用されていない。 |
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旧財閥系の名前を残した[[三菱UFJ銀行]]や[[三井住友銀行]]と比べてブランド力や知名度に劣るとされていたが<ref>「[https://megalodon.jp/?url=https://www.asahi.com/business/update/1105/002.html&date=20061113184542 メガバンク、再び世界市場へ/みずほ、8日にNY上場]{{リンク切れ|date=2017年1月}}」朝日新聞、2006年11月5日</ref>、[[イギリス]]の金融専門誌「''The Banker''」2006年11月号による格付ではブランド価値60億9000万[[アメリカ合衆国ドル|ドル]]で、邦銀首位の第22位にランクインした<ref>「[https://megalodon.jp/?url=http://www.kobe-np.co.jp/kyodonews/news/0000162692.shtml&date=20061110222727 みずほ22位、日本勢は6社] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20160304091211/https://megalodon.jp/?url=http%3A%2F%2Fwww.kobe-np.co.jp%2Fkyodonews%2Fnews%2F0000162692.shtml&date=20061110222727 |date=2016年3月4日 }}」神戸新聞、2006年11月10日</ref>。なお、三菱UFJは第34位、三井住友は第35位となっている。 |
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=== ブランドステートメント === |
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; Value Communication : お客さまの夢や歓びを、お客さまとわかちあうこと。[[2002年]] - [[2005年]]<ref name="brand" /> |
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; Channel to Discovery : より良い未来をつくる金融であるために。2005年 - 2013年 |
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:; One MIZUHO :未来へ。お客さまとともに [[2011年]] - 2013年(サブスローガンとして) |
|||
; One MIZUHO : 未来へ。お客さまとともに [[2013年]] - [[2023年]] |
|||
; ともに挑む。ともに実る。 : 2023年 - 現在<ref>{{Cite web |url=みずほFG:新しいブランドスローガン「ともに挑む。ともに実る。」について |title=https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20230518release_jp.html |access-date=2024-12-5}}</ref> |
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=== CM === |
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[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]](MUFG)、[[三井住友フィナンシャルグループ]]とともに、3大[[メガバンク]]の一角を占める。[[2007年]]現在、[[資産|総資産]]・[[預金|預金量]]・[[時価総額]]などの点で、MUFGに次ぐ日本第2位の金融グループであり<ref>預金量 - [http://www.mufg.jp/ir/disclosure/ 三菱東京UFJ]:107.2兆円/[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/mhfg/data07d.html みずほ+みずほコーポレート]:80.9兆円/[http://www.smfg.co.jp/investor/library/disclosure/cy2007annu_discl.html 三井住友]: 68.8兆円(いずれも2007年3月期ディスクロージャー誌)</ref>、世界的な銀行の中では、総資産・時価総額で第10位にランクインしている<ref>"[http://www.thebanker.com/news/fullstory.php/aid/4129/THE_TOP_1000_WORLD_BANKS_2006.html Top 1000 World Banks 2006]", ''The Banker'', 3 July 2006.</ref>。[[フォーブス (雑誌)|フォーブス]]世界企業総合番付2007([[Forbes Global 2000]])では、[[トヨタ自動車]]、MUFG、[[日本電信電話|NTT]]に次ぐ日本第4位(世界59位)となった<ref>Scott DeCarlo (ed.), "[http://www.forbes.com/2007/03/29/forbes-global-2000-biz-07forbes2000-cz_sd_0329global_land.html The World's 2,000 Largest Public Companies]", ''Forbes'', 29 March 2007.</ref>。 |
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メディアでのCM活動は、基本的に傘下企業による個別出稿・提供の形を採るが、前述のブランドステートメント「One MIZUHO」を前面に押し出すようになってからは、グループとして出演者などを統一するようになっている。 |
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2023年10月の時点では、[[黒島結菜]]をグループ共通のメインキャラクターとして起用している。過去には黒島結菜のほかに[[玉山鉄二]]や[[鈴木亮平 (俳優)|鈴木亮平]]、[[福士蒼汰]]の3人をメインとして、テーマごとにメンバーを加える形となり、例えば「資産承継」編には[[大和田伸也]]が、みずほ証券のCMには[[結城さなえ]]<ref>{{Cite web|和書|url=http://yuukisanae.com/profile|title=結城さなえ Official {{!}} Profile|accessdate=2017-01-25|publisher=}}</ref>が加わっていた。これ以外に、オリンピック・パラリンピックへの出場が期待される若手アスリートを起用したものやサッカー日本代表を起用したものも、随時展開されている。YouTubeにおけるCM動画公開も、個別傘下企業単位ではなくグループとして一体的に行っている。 |
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== 歴史 == |
== 歴史 == |
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=== 年表 === |
=== 年表 === |
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{{See2|当社発足以前の歴史は[[第一勧業銀行]]、[[富士銀行]]、[[日本興業銀行]]の各項を}} |
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* [[1999年]][[8月20日]] - 第一勧銀・富士銀・興銀の頭取らが記者会見、経営統合を発表。 |
* [[1999年]][[8月20日]] - 第一勧銀・富士銀・興銀の頭取らが記者会見、経営統合を発表。 |
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* [[2000年]] |
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* [[2000年]][[9月29日]] - 第一勧銀・富士銀・興銀が[[株式移転]]により'''株式会社[[みずほフィナンシャルストラテジー|みずほホールディングス]]'''(HD)を設立。 |
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** [[9月29日]] - 第一勧銀・富士銀・興銀が[[株式移転]]により'''株式会社[[みずほフィナンシャルストラテジー|みずほホールディングス]]'''(HD)を設立。 |
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* [[ |
** [[10月1日]] - 傘下の信託・証券子会社が合併。[[みずほ信託銀行]](旧)・[[みずほ証券]](旧)・[[みずほインベスターズ証券]]が発足。 |
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* [[ |
* [[2002年]][[4月1日]] - 傘下の銀行が合併。[[みずほ銀行]](旧)・[[みずほコーポレート銀行]]が発足。 |
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* [[2003年]] |
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* 2003年[[3月12日]] - みずほHDとの[[株式交換]]により同社の完全親会社となる。[[みずほ信託銀行|みずほアセット信託銀行]](2002年4月1日、安田信託銀行から改称)がみずほ信託銀行(旧)と合併し、みずほ信託銀行(新)に改称。 |
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** [[1月8日]] - みずほHDが全額出資により'''株式会社みずほフィナンシャルグループ'''を設立。 |
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* [[2004年]][[2月2日]] - 本社を現在地(みずほ銀行大手町本部ビル)に移転(みずほHDの本社も同様に移転)<ref>M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/news/news_031225.html 当社本店の移転について]」2003年12月25日</ref>。 |
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** [[3月12日]] - みずほHDとの[[株式交換]]により同社の完全親会社となる。[[みずほ信託銀行|みずほアセット信託銀行]](2002年4月1日、安田信託銀行から改称)がみずほ信託銀行(旧)と合併し、みずほ信託銀行(新)に改称。 |
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* [[2004年]][[2月2日]] - 本社をみずほ銀行大手町本部ビルに移転(みずほHDの本社も同様に移転)<ref>M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/news/news_031225.html 当社本店の移転について] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070817092556/http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/news/news_031225.html |date=2007年8月17日 }}」2003年12月25日</ref>。 |
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* [[2005年]][[10月1日]] - みずほHDからみずほ銀行とみずほコーポレート銀行の株式を取得して、直接の完全[[子会社]]化。中間持株会社ではなくなったみずほHDは[[みずほフィナンシャルストラテジー]]に商号変更。みずほフィナンシャルストラテジーと共同で[[会社分割]]を行う。 |
* [[2005年]][[10月1日]] - みずほHDからみずほ銀行とみずほコーポレート銀行の株式を取得して、直接の完全[[子会社]]化。中間持株会社ではなくなったみずほHDは[[みずほフィナンシャルストラテジー]]に商号変更。みずほフィナンシャルストラテジーと共同で[[会社分割]]を行う。 |
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* [[2008年]][[8月4日]] - |
* [[2008年]][[8月4日]] - みずほ銀行大手町本部ビルの借地権切れ・建て替えに伴い、[[丸の内|丸の内二丁目]]にある[[丸の内二丁目ビル]]に移転<ref>M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/data/news/pdf/20070810release_jp.pdf 当社本店の移転について]」2007年8月10日</ref>。 |
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* [[2009年]][[5月7日]] - [[新光証券]]がみずほ証券(旧)と合併し、[[みずほ証券]]と改称。 |
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* [[2011年]] |
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** [[5月31日]] - [[金融庁]]から、[[東日本大震災]]直後に起きた[[勘定系システム]]トラブルに対し、[[銀行法]]に基づく「[[業務改善命令]]」が、[[みずほ銀行]]と伴に下された<ref>{{Cite press release | 和書 | url = https://www.fsa.go.jp/news/22/ginkou/20110531-5.html | title = みずほ銀行及びみずほフィナンシャルグループに対する行政処分について | publisher = [[金融庁]] | date = 2011-05-31 | accessdate = 2016-02-13 }}</ref>。 |
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** [[9月1日]] - [[みずほ信託銀行]]を[[株式交換]]にて完全子会社化。同時に、[[みずほ証券]]と[[みずほインベスターズ証券]]を[[三角合併|三角株式交換]]にて、それぞれ[[みずほコーポレート銀行]]と[[みずほ銀行]]の完全子会社化とし<ref group="注釈">両証券の既存株主には、みずほFGの株式を交付。</ref>、これに伴って両証券を完全孫会社化<ref group="注釈">同年[[9月6日]]付で、みずほ証券に出資していた農林中央金庫が再度資本提携に伴い、改めて出資。</ref>。 |
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* [[2013年]] |
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** [[1月4日]] - みずほ証券が[[みずほインベスターズ証券]]を吸収合併。これに併せて、みずほコーポレート銀行・みずほ銀行との[[株式交換]]に伴い、農林中金保有分を除く全株式を取得し、みずほ証券を当社の直接子会社化。 |
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** [[7月1日]] - みずほコーポレート銀行がみずほ銀行を吸収合併し、行名をみずほ銀行に改称。 |
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** [[9月27日]] - [[みずほ銀行暴力団融資事件]]により、子会社みずほ銀行が業務改善命令を受ける。 |
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** [[12月9日]] - 本社を[[大手町タワー]]へ移転。本部機能の一部は、[[みずほ銀行内幸町本部ビル]]<ref group="注釈">旧みずほ銀行の本店が所在し、現在は東京営業部が所在するビル。</ref>へ移設。 |
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* [[2014年]][[5月7日]] - みずほ銀行の本店を大手町タワーに移転。本店と同じビルに所在する丸の内中央支店は、先行して移転していた東京中央支店との[[ブランチインブランチ]]となった。 |
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* [[2016年]][[10月1日]] - [[みずほ投信投資顧問]]、[[新光投信]]、[[みずほ信託銀行]]の運用部門、[[第一生命保険]]との折半出資会社であった[[DIAMアセットマネジメント]]を事業統合。[[アセットマネジメントOne]]を設立。 |
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* [[2017年]][[10月24日]] - 旧3行のシステム統合を目指して進行していた勘定系システムについて、完成の目途がついたと報道された<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO22644520U7A021C1EE9000/ みずほのシステム完成、金融界にも安堵] 日本経済新聞 2017年10月24日</ref>。 |
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* [[2020年]][[10月1日]] - [[普通株式]]10株を1株に併合する[[株式併合]]を実施した<ref>[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20200515_3release_jp.html 定款の一部変更および株式併合に関するお知らせ] - 株式会社みずほフィナンシャルグループ</ref>。 |
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=== 前身 === |
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{| class="wikitable" style="float:right; text-align:center; margin:0 0 1em 1em; font-size:90%" |
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|+ [[2001年]]3月期連結決算(単位億円)<ref>M「2001年度版ディスクロージャー誌([ |
|+ [[2001年]]3月期連結決算(単位: 億円)<ref>M「2001年度版ディスクロージャー誌([https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/dkb/data0103d_dkb.html 第一勧業銀行] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927094835/http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/dkb/data0103d_dkb.html |date=2007年9月27日 }}、[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/fbk/data0103d_fbk.html 富士銀行] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927100706/http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/fbk/data0103d_fbk.html |date=2007年9月27日 }}、[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/ibj/data0103d_ibj.html 日本興業銀行] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927100304/http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/ibj/data0103d_ibj.html |date=2007年9月27日 }})」2001年</ref> |
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'''[[第一勧業銀行]]'''(第一勧銀)、'''[[富士銀行]]'''、'''[[日本興業銀行]]'''(興銀)の3行を主たる前身とする。他の邦銀同様、[[バブル |
'''[[第一勧業銀行]]'''(第一勧銀)、'''[[富士銀行]]'''、'''[[日本興業銀行]]'''(興銀)の3行を主たる前身とする。他の邦銀同様、[[バブル崩壊]]後の[[1990年代]]にあって、いずれも1兆円を超す[[不良債権]]を抱えていた。 |
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富士銀行は、融資先の[[芙蓉グループ]]各企業が弱体化、親密な[[山一證券]]が破綻し、[[丸紅]]や[[日産自動車]]の経営不安が囁かれ、[[ゼネコン]]の[[会社更生法]]申請が相次いだ。[[公的資金]]の注入額は銀行最多の1兆円に達した。[[1998年]]には系列の[[みずほ信託銀行|安田信託銀行]]の救済にあたって第一勧銀の協力を得ており、また傘下の[[みずほインベスターズ証券|勧角証券]]の大株主だったこともあり、かねてから「合併の第一候補としてはまず第一勧銀」([[山本惠朗]]頭取)と公言していた<ref name="nikkei990819">「[https://web.archive.org/web/19991014015509/http://www.nikkei.co.jp/topic3/tokushu4/#eeei0639h19 興銀・一勧・富士銀、世界最大金融グループに]」日本経済新聞、1999年8月19日</ref>。 |
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一方、 |
一方、第一勧銀は[[1997年]]、[[野村證券]]などとともに[[総会屋]]事件への関与が発覚し、外資系金融機関と提携してリテールでの活路を模索していた。だが、[[投資信託]]販売を巡って[[JPモルガン・チェース|JPモルガン]]との交渉が難航し、先行きは不透明なものになっていた。富士銀行の送る秋波は第一勧銀にとっても利害が一致する点はあったものの、「業務内容に大差がない都銀合併では効果が薄い」としており、法人部門の競争力で外資系にやがて競り負ける危惧があった<ref name="nikkei990819" />。 |
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リテールを目指す[[都市銀行]]に対し、[[長期信用銀行]]である興銀は法人部門に経営資源を集中させ、野村證券と提携して[[投資銀行]]への転換を図った。しかし、既に同じ長信銀の[[日本長期信用銀行]]、[[日本債券信用銀行]]は破綻しており、[[東京三菱銀行]]が[[金融債]]の発行を停止すると発表し、ビジネスモデルでは孤立状態になった<ref name="nikkei990820">「産業界の反響」「海外メディア、大型再編に強い関心」「3行格付け引き上げへ・ムーディーズ見直し」日本経済新聞、1999年8月20日</ref>。 |
リテールを目指す[[都市銀行]]に対し、[[長期信用銀行]]である興銀は法人部門に経営資源を集中させ、野村證券と提携して[[投資銀行]]への転換を図った。しかし、既に同じ長信銀の[[日本長期信用銀行]]、[[日本債券信用銀行]]は破綻しており、[[東京三菱銀行]]が[[金融債]]の発行を停止すると発表し、ビジネスモデルでは孤立状態になった<ref name="nikkei990820">「産業界の反響」「海外メディア、大型再編に強い関心」「3行格付け引き上げへ・ムーディーズ見直し」日本経済新聞、1999年8月20日</ref>。 |
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当時は財務体質が優良な東京三菱、効率経営と[[大和証券グループ本社|大和証券]]との提携で総合金融グループ化を図る[[住友銀行]]が都銀の勝ち組と見なされていた。これらのようには[[財閥]]グループ色が強くなく、[[大和銀行]]や[[東海銀行]]、[[あさひ銀行]]のように特定地域に依存することなく、かつ[[三和銀行]]のように強烈な行風でもない3行は、弱みを補完し合い、世界最大の金融グループへ一気へのし上がれるという点でも互いに理想的な相手だった。特に、合併行で自己主張に弱い第一勧銀が富士と興銀を結ぶ役割を果たした。[[1999年]][[8月19日]]、[[日本経済新聞]]が夕刊で「興銀・一勧・富士銀、世界最大金融グループに」とスクープを放った<ref name="nikkei990819" />。 |
当時は財務体質が優良な東京三菱、効率経営と[[大和証券グループ本社|大和証券]]との提携で総合金融グループ化を図る[[住友銀行]]が都銀の勝ち組と見なされていた。これらのようには[[財閥]]グループ色が強くなく、[[大和銀行]]や[[東海銀行]]、[[あさひ銀行]]のように特定地域に依存することなく、かつ[[三和銀行]]のように強烈な行風でもない3行は、弱みを補完し合い、世界最大の金融グループへ一気へのし上がれるという点でも互いに理想的な相手だった。特に、合併行で自己主張に弱い第一勧銀が富士と興銀を結ぶ役割を果たした。[[1999年]][[8月19日]]、[[日本経済新聞]]が夕刊で「興銀・一勧・富士銀、世界最大金融グループに」とスクープを放った<ref name="nikkei990819" />。 |
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なお、この際にみずほ銀行の本店を[[みずほ銀行大手町本部ビル|旧富士銀行本店]]、みずほコーポレート銀行の本店を[[みずほ銀行本店ビル|旧DKB本店]]、ホールディングスの本社を[[みずほコーポレート銀行ビル|旧興銀本店]]と本来的にはするが、建てかえその他の理由により、暫定的に、[[みずほ銀行]]本店が旧DKB本店、コーポ本店を旧興銀本店、ホールディングス本社を[[丸の内センタービル]]に設置することを発表していたが、2008年の旧富士銀行本店ビル([[みずほ銀行大手町本部ビル]])建てかえに伴う、東京中央支店(旧富士銀行本店窓口)の仮店舗を[[新呉服橋ビルディング]](みずほ信託銀行本店が入居している)に隣接する[[日本橋TGビル]](みずほコーポレート銀行日本橋営業部が入居している)の1Fに、FG本社を[[丸の内二丁目ビル]](旧・文科省ビル)にそれぞれ移転する以外は、約10年間進展がない。 |
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=== 経営統合 === |
=== 経営統合 === |
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[[ファイル:Mizuho Bank Ginza Chuo Branch.jpg|thumb|200px|みずほ銀行銀座中央支店]] |
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1999年[[8月20日]]、3行の頭取らが[[帝国ホテル]]で共同記者会見を開き、経営統合の合意を発表した。総資産140兆円を超える、世界最大にして世界初の総資産1兆ドル金融グループが誕生することとなった。日本初の[[金融持株会社|銀行持株会社]]による統合であり、当時一般にはあまり馴染みの無かったこと、合併分割による2行体制への再編、圧倒的な規模から数多くの話題を呼び、大手銀行の大再編へ先鞭を付けた<ref name="nikkei990820" />。前身行は[[第一勧銀グループ|第一勧銀]]、芙蓉、[[興銀グループ|興銀]]各企業グループを率いており、あまりの大きさに[[公正取引委員会]]は「融資先への影響力が大きく、営業次第では[[不公正な取引方法|不公正]]ともなる」という異例の公式見解を表明した<ref>「公取委が問題点指摘 みずほフィナンシャルグループ統合」朝日新聞、2000年6月1日</ref>。 |
1999年[[8月20日]]、3行の頭取らが[[帝国ホテル]]で共同記者会見を開き、経営統合の合意を発表した。総資産140兆円を超える、世界最大にして世界初の総資産1兆ドル金融グループが誕生することとなった。日本初の[[金融持株会社|銀行持株会社]]による統合であり、当時一般にはあまり馴染みの無かったこと、合併分割による2行体制への再編、圧倒的な規模から数多くの話題を呼び、大手銀行の大再編へ先鞭を付けた<ref name="nikkei990820" />。前身行は[[第一勧銀グループ|第一勧銀]]、芙蓉、[[興銀グループ|興銀]]各企業グループを率いており、あまりの大きさに[[公正取引委員会]]は「融資先への影響力が大きく、営業次第では[[不公正な取引方法|不公正]]ともなる」という異例の公式見解を表明した<ref>「公取委が問題点指摘 みずほフィナンシャルグループ統合」朝日新聞、2000年6月1日</ref>。 |
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その規模ゆえ発足当時は「[[時価総額]]でグローバルトップ5を目指す」とするなど調子もよく、実際に[[ムーディーズ]]は3行の[[信用格付け]]を統合発表後引き上げる方針だった。産業界からのコメントは「競争力向上に期待」「金融不安を正常化」など概ね好意的なものであり、[[特命担当大臣|金融担当大臣]]の[[柳澤伯夫]]は「前向きな戦略を自発的に打ち出すのは素晴らしいこと」と賛辞を贈った。一方で、[[ウォールストリート・ジャーナル]]アジア版では「[[相撲]]と同様、胴回りだけでチャンピオンになれるわけではない」と冷静な分析もなされた<ref name="nikkei990820" />。 |
その規模ゆえ発足当時は「[[時価総額]]でグローバルトップ5を目指す」とするなど調子もよく、実際に[[ムーディーズ]]は3行の[[信用格付け]]を統合発表後引き上げる方針だった。産業界からのコメントは「競争力向上に期待」「金融不安を正常化」など概ね好意的なものであり、[[特命担当大臣|金融担当大臣]]の[[柳澤伯夫]]は「前向きな戦略を自発的に打ち出すのは素晴らしいこと」と賛辞を贈った。一方で、[[ウォールストリート・ジャーナル]]アジア版では「[[相撲]]と同様、胴回りだけでチャンピオンになれるわけではない」と冷静な分析もなされた<ref name="nikkei990820" />。 |
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経営統合を控えた[[2000年]]3月には旧3行が共同で[[キャッシュカード]]を発行、4月には間で[[現金自動預け払い機|CD・ATM]]の相互無料開放を開始し、5月には共同[[ベンチャー]][[基金|ファンド]]を設立(当時は[[インターネット・バブル]]がピークだった)、[[音楽配信]]なども手がける[[ポータルサイト]]「エムタウン」を開設したりした<ref>「[ |
経営統合を控えた[[2000年]]3月には旧3行が共同で[[キャッシュカード]]を発行、4月には間で[[現金自動預け払い機|CD・ATM]]の相互無料開放を開始し、5月には共同[[ベンチャー]][[基金|ファンド]]を設立(当時は[[インターネット・バブル]]がピークだった)、[[音楽配信]]なども手がける[[ポータルサイト]]「エムタウン」を開設したりした<ref>「[https://internet.watch.impress.co.jp/www/article/2000/0530/mizuho.htm みずほフィナンシャルグループ、インターネット専業証券を本年中に設立]」Impress Watch、2000年5月30日</ref>。また、ネット専業[[証券会社]]の設立も計画されたが、実現には至らなかった。 |
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2000年9月、合算時価総額7兆4,115億円の共同持株会社「株式会社みずほホールディングス」が正式発足し、本社は[[丸の内オアゾ|丸の内センタービル]](みずほ銀行丸之内支店(当時は第一勧業銀行丸之内支店)が入居している<ref group="注">この地には同ビルが建つ以前、[[第一銀行]]の本店があり、第一勧銀発足後もしばらく本店所在地だった。またかつて同ビルには、第一勧銀系の勧角証券(現みずほインベスターズ証券)本店が入居していた。</ref>)に置かれ<ref>M「[ |
2000年9月、合算時価総額7兆4,115億円の共同持株会社「株式会社みずほホールディングス」が正式発足し、本社は[[丸の内オアゾ|丸の内センタービル]](みずほ銀行丸之内支店(当時は第一勧業銀行丸之内支店)が入居している<ref group="注釈">この地には同ビルが建つ以前、[[第一銀行]]の本店があり、第一勧銀発足後もしばらく本店所在地だった。またかつて同ビルには、第一勧銀系の勧角証券(現:みずほインベスターズ証券)本店が入居していた。</ref>)に置かれ<ref>M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/2001/pdf/2000/00_05_24.pdf 「みずほフィナンシャルグループ (MHFG)」の創設について] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927100745/http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2001/pdf/2000/00_05_24.pdf |date=2007年9月27日 }}」2000年5月24日</ref>、[[証券コード]]8305で[[東京証券取引所]]市場第1部に上場した<ref>「[https://www.dir.co.jp/dsi2/special/detailj.html 特別処理対象銘柄の詳細について]」大和総研、Last revised March 16, 2007</ref>。翌10月には「統合第1フェーズ」としてみずほ信託銀行・みずほ証券・みずほインベスターズ証券が発足。一方で2001年、富士銀行が[[1984年]]に買収した[[アメリカ合衆国|米国]]の金融会社ヘラーを[[ゼネラル・エレクトリック|GEキャピタル]]に、第一勧銀が[[1989年]]に買収した同CITを[[タイコ・インターナショナル|タイコ]]に売却するなど、バブル崩壊以前に獲得した海外企業を手放している。 |
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[[2002年]]4月、「統合第2フェーズ」として3行を合併・分割し、みずほ銀行・みずほコーポレート銀行が発足した。両行では、営業初日からATM決済でシステム障害が発生した。システム障害はみずほに先立って2002年1月に合併した[[UFJ銀行]]でも発生していたが、みずほでは個人・法人双方における金融インフラとしての規模の大きさから混乱が深刻化し、250万件の[[口座振替]]が遅延した<ref>中尾政之「[http:// |
[[2002年]]4月、「統合第2フェーズ」として3行を合併・分割し、みずほ銀行・みずほコーポレート銀行が発足した。両行では、営業初日からATM決済でシステム障害が発生した。システム障害はみずほに先立って2002年1月に合併した[[UFJ銀行]]でも発生していたが、みずほでは個人・法人双方における金融インフラとしての規模の大きさから混乱が深刻化し、250万件の[[口座振替]]が遅延した<ref>中尾政之「[http://www.sozogaku.com/fkd/cf/CA0000623.html みずほフィナンシャルグループ大規模システム障害]」『[http://www.sozogaku.com/fkd/index.html 失敗知識データベース]』畑村創造工学研究所</ref>。また、原因究明の過程で、当初は第一勧業銀行のシステムに一本化する方針だったものが、富士・日本興業を含めた3行の主導権争いの結果、3行それぞれのシステムを残したまま中継コンピュータで間に合わせる手法を採用した経緯が明らかになった。旧システムを残して間に合わせ手法を用いたことに対しては[[金融庁]]から業務改善命令を受けたこともあり、合併早々から社会的イメージが急激に悪化<ref>「[http://www.keieiken.co.jp/pub/infofuture/backnumbers/24/index.html 巻頭鼎談/負債処理は完了、全面反転攻勢へ] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070115014241/http://www.keieiken.co.jp/pub/infofuture/backnumbers/24/index.html |date=2007年1月15日 }}」『情報未来』No.24 pp. 4-13、2006年6月</ref>しただけでなく、個人顧客1割を失う<ref>「みずほシステム障害/預金者の約1割が口座解約などの行動」毎日新聞、2002年6月11日</ref>。 |
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合わせて[[不良債権]]問題が進むにつれて、実体的にも経営状態は深刻化していった。 |
{{要出典|合わせて[[不良債権]]問題が進むにつれて、実体的にも'''経営状態は深刻化'''していった。同時に口座開設数も軒並み減少した。|date=2017年11月}} |
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=== 不良債権処理 === |
=== 不良債権処理 === |
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2002年10月以降、[[竹中平蔵]]金融担当大臣が策定した[[金融再生プログラム]]、通称「竹中プラン」に従い不良債権処理に乗り出したが、処理損失が大幅に拡大した。2003年3月期には日本企業として過去最悪の2兆3700億円の[[黒字と赤字|赤字]]決算となることが確実になる<ref>「[http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt32/20030121NN001Y78121012003.html みずほ、最終赤字2兆円――税効果資本、8000億円放棄] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20060218202349/http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt32/20030121NN001Y78121012003.html |date=2006年2月18日 }}」日本経済新聞、2003年1月21日</ref>。これを受け、取引先企業を引受先とする1兆2000億円もの大規模な[[募集株式|増資]]を実施した。銀行が取引先に助けを乞う格好は「[[奉加帳方式|奉加帳]]増資」「優良企業の足を引っ張る」とも言われ<ref name="too">「[https://www.toonippo.co.jp/tokushuu/danmen/danmen2003/0121.html みずほが1兆円増資/「奉加帳増資」を切り札に] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20071227125233/http://www.toonippo.co.jp/tokushuu/danmen/danmen2003/0121.html |date=2007年12月27日 }}」東奥日報、2003年1月21日</ref>、その規模や性格から多数の批判を集めた<ref>「[http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt32/20030306NN002Y60306032003.html みずほ、増資1兆2000億円に――2000億円を上積み] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20050306070141/http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt32/20030306NN002Y60306032003.html |date=2005年3月6日 }}」日本経済新聞、2003年3月7日</ref>。1兆円増資には、引受額順に、[[第一生命保険|第一生命]]、[[明治安田生命保険|安田生命]]、[[損害保険ジャパン|損保ジャパン]]、[[富国生命保険|富国生命]]、[[伊藤忠商事]]、[[関西電力]]、[[清水建設]]、[[セイコーエプソン]]、[[大成建設]]、[[電源開発]]、[[東京電力ホールディングス|東京電力]]、[[丸紅]]、[[電通]]、[[東京海上日動火災保険|日動火災]]、[[富士通]]、[[新日本製鐵]]、[[全日本空輸]]、[[NTTドコモ]]、[[ぎょうせい]]、[[コクド]]、[[日立製作所]]、[[資生堂]]、[[キヤノン]]、[[九州電力]]、[[コスモ石油]]、[[三共 (製薬会社)|三共]]、[[新日鉱ホールディングス]]、[[西武鉄道]]、[[中部電力]]、[[東海旅客鉄道|JR東海]]、[[東北電力]]、[[日本電信電話|NTT]]、[[東日本旅客鉄道|JR東日本]]、[[富士電機]]、[[明治安田生命保険|明治生命]](50億円以上を抜粋)など、母体行の企業グループを中心に幅広い業種から3,436社が応じた<ref>M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/pdf/2003/20030312_1.pdf 国内第三者割当増資に関する発行条件等の正式決定について] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927100722/http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/pdf/2003/20030312_1.pdf |date=2007年9月27日 }}」2003年3月12日</ref>。同時期に、みずほホールディングスは「みずほフィナンシャルグループ」を新設し、中間持株会社に転換するグループ再々編計画が出された。これは、持株会社ごとに赤字子会社と黒字子会社を振り分けることで、[[配当]]の原資を捻出する狙いがあった<ref>「みずほ、再々編計画に"重大欠陥"!? イビツな構造、機能不全も」夕刊フジ、2002年2月24日</ref>。無配が続くと、公的資金注入で国が保有する[[優先株式|優先株]]が普通株に転換され、国有化されてしまうからである(これは後に[[りそなホールディングス]]で現実のものとなる)。また、「企業再生プロジェクト」として再生専門子会社4社を設立し、不良債権を移管、[[日本政策投資銀行]]や外資系証券の協力を得て再建に乗り出した<ref>M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/pdf/2003/20030514.pdf みずほの「企業再生プロジェクト」について] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927100751/http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/pdf/2003/20030514.pdf |date=2007年9月27日 }}」2003年5月14日</ref>。一方、こうした再建スキームを株式市場は評価しなかった。みなし5万円額面のみずほ株は連日安値を更新し、2003年4月には額面割れ寸前の一時5万8300円を付け<ref name="stock">[https://finance.yahoo.co.jp/?c=2003&a=4&b=28&f=2006&d=4&e=11&g=m&s=8411.t&y=0&z=8411.t Yahoo! ファイナンス 時系列データ]{{リンク切れ|date=2017年1月}}、東京証券取引所提供、2003年4月11日 - 2006年4月28日、月間</ref>、破綻や[[公的資金]]による国有化も噂された<ref>"Financial Crisis Heats Up in Japan", ''Wall Street Journal'', 21 November 2006.</ref>。[[週刊新潮]]は「竹中(平蔵)失言 "みずほは[[シティバンク、エヌ・エイ|シティバンク]]に売却"」と書き立てたり<ref>「銀行業界を震撼させた「竹中大失言」の衝撃〜みずほは『シティバンク』に買わせる!」『週刊新潮』2002年11月14日号</ref>、一般各紙でもみずほに対して悲観的な見方が大勢を占めた。株式時価総額で、[[消費者金融]]大手の[[武富士]]を下回る日もあった<ref>三反園哲治「武富士・みずほ、静かな逆転劇」日経金融新聞、2003年4月22日</ref>。結果的には、1兆円増資が緩衝剤となって、経営不振の取引先への再生支援などが進展した。2003年から[[2004年]]を谷として、これ以後は業績回復が続く。[[みずほ銀行内幸町本部ビル|みずほ銀行本店ビル]]を外部の不動産信託中間法人に1050億円で売却したり、みずほ銀行大手町本部ビルを隣接する大手町フィナンシャルセンタービル(みずほ銀行(旧富士銀行)と[[損害保険ジャパン|損保ジャパン]](旧安田火災)が区分所有)と共に[[東京建物]]の[[特定目的会社]]に総額1450億円で売却する<ref>「[https://www.tatemono.com/news/2004/ttknews040220_03.pdf 「みずほ銀行大手町本部ビル」、「大手町フィナンシャルセンター」 の(不動産証券化スキームによる)取得について] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927174340/http://www.tatemono.com/news/2004/ttknews040220_03.pdf |date=2007年9月27日 }}」東京建物、2004年2月20日</ref><ref>M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/2004/news/news_040220_1.html みずほ銀行本店等の売却について] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927100716/http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2004/news/news_040220_1.html |date=2007年9月27日 }}」2004年2月20日</ref><ref group="注釈">ともに売却後もみずほ銀行が定期借家契約を締結しており、引き続き使用している。</ref>など、[[資産]]の売却や[[劣後債]]なども進めて[[資本]]を積みますと同時に、傘下のみずほ銀行の勘定系システム統合や店舗の統廃合によって経費も削減された。また、「みずほダイレクト」「[[みずほマイレージクラブ]]」の新商品を開発したり、[[みずほインベスターズ証券]]との共同店舗の設営など、現在のリテール方針の基礎が整い始めるのもこのころである。 |
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2002年10月以降、[[竹中平蔵]]金融担当大臣が策定した[[金融再生プログラム]]、通称「竹中プラン」に従い不良債権処理に乗り出したが、処理損失が大幅に拡大。2003年3月期には日本企業として過去最悪の2兆3700億円の[[赤字]]決算となることが確実になる<ref>「[http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt32/20030121NN001Y78121012003.html みずほ、最終赤字2兆円――税効果資本、8000億円放棄]」日本経済新聞、2003年1月21日</ref>。これを受け、取引先企業を引受先とする1兆2,000億円もの大規模な[[募集株式|増資]]を実施した。銀行が取引先に助けを乞う格好は「[[奉加帳方式|奉加帳]]増資」「優良企業の足を引っ張る」とも言われ<ref name="too">「[http://www.toonippo.co.jp/tokushuu/danmen/danmen2003/0121.html みずほが1兆円増資/「奉加帳増資」を切り札に]」東奥日報、2003年1月21日</ref>、その規模や性格から多くの批判を集めた<ref>「[http://www.nikkei.co.jp/sp1/nt32/20030306NN002Y60306032003.html みずほ、増資1兆2000億円に――2000億円を上積み]」日本経済新聞、2003年3月7日</ref>。 |
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2004年[[12月24日]]、旧興銀が[[住宅金融専門会社|住専]]破綻処理を巡り[[国税庁]]を相手取って提起した訴訟の上告審判決が出た。興銀は[[1996年]]に日本ハウジングローンの債権を放棄、損金処理を実施したが、国税庁はこれを認めずに追徴課税を行った。これを不服とする興銀は[[東京地方裁判所]]に提起し、一審では敗訴したものの、控訴審で逆転勝訴、[[最高裁判所 (日本)|最高裁]]まで争ってついに勝訴が確定した。総額3180億円がみずほに還付され、予想外の利益(「クリスマスプレゼント」<ref>「国税庁への大逆襲/追徴攻勢に大企業が反撃するタックス・ウォーズ」『AERA』2006年10月30日号 pp. 14-19</ref>)を持ち込んだ。こうした要因が重なり、不良債権比率は劇的に縮小。[[2005年]]3月期決算では、[[繰延税金資産]]の対中核自己資本比率、貸出に占める不良債権比率は[[三菱東京フィナンシャル・グループ|三菱東京]]・三井住友FGを下回り、メガバンク首位の優良な財務体質に転換した<ref name="briefing2005">M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/ir/pdf/briefing/20050601_1.pdf 2005年3月期 会社説明会資料]{{リンク切れ|date=2017年1月}}」2005年6月1日</ref>。これは、竹中プランを主軸とした金融庁に抵抗し不良債権処理を遅らせ、機動的な資本政策が取れず、ついには三菱東京フィナンシャル・グループに救済される形となった[[UFJホールディングス|UFJ]]や、[[預金保険機構]]から多額の公的資金の注入を受け、実質国有化されたりそなとは対照的である。上記増資の引受け企業の数からも計り知れるが、あるいは後述の通り、みずほには広い法人顧客基盤があったことが、景気後退局面での弱みであり回復局面での強みになった<ref name="too" />。事実、不良債権処理の方法には、債務の放棄・売却や破産申請により貸出先との関係を清算する(最終処理)か、支援を継続して正常債権に上方遷移させるかの2通りがあるが、みずほは主に後者で対応し、2年間で90%の圧縮に成功した<ref name="briefing2005" /><ref>「[https://www.elneos.co.jp/0501sf1.html 奇跡的な不良債権処理を達成したみずほFGと金融庁の真剣勝負]」『エルネオス』2005年1月号</ref>。 |
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1兆円増資には、引受額順に、[[第一生命保険|第一生命]]、[[明治安田生命保険|安田生命]]、[[損害保険ジャパン|損保ジャパン]]、[[富国生命保険|富国生命]]、[[伊藤忠商事]]、[[関西電力]]、[[清水建設]]、[[セイコーエプソン]]、[[大成建設]]、[[電源開発]]、[[東京電力]]、[[丸紅]]、[[電通]]、[[東京海上日動火災保険|日動火災]]、[[富士通]]、[[新日本製鐵]]、[[全日本空輸]]、[[NTTドコモ]]、[[ぎょうせい]]、[[コクド]]、[[日立製作所]]、[[資生堂]]、[[キヤノン]]、[[九州電力]]、[[コスモ石油]]、[[三共]]、[[新日鉱ホールディングス]]、[[西武鉄道]]、[[中部電力]]、[[東海旅客鉄道|JR東海]]、[[東北電力]]、[[日本電信電話|NTT]]、[[東日本旅客鉄道|JR東日本]]、[[富士電機ホールディングス|富士電機]]、[[明治安田生命保険|明治生命]](50億円以上を抜粋)など、母体行の企業グループを中心に幅広い業種から3,436社が応じた<ref>M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/pdf/2003/20030312_1.pdf 国内第三者割当増資に関する発行条件等の正式決定について]」2003年3月12日</ref>。 |
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=== 公的資金の完済 === |
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同時期に、みずほホールディングスは「みずほフィナンシャルグループ」を新設し、中間持株会社に転換するグループ再々編計画が出された。これは、持株会社ごとに赤字子会社と黒字子会社を振り分けることで、[[配当]]の原資を捻出する狙いが合った<ref>「[http://www.asyura2.com/2003/hasan18/msg/480.html みずほ、再々編計画に"重大欠陥"!? イビツな構造、機能不全も]」夕刊フジ、2002年2月24日</ref>。無配が続くと、公的資金注入で国が保有する[[優先株式|優先株]]が普通株に転換され、国有化されてしまうためである(これは後に[[りそなホールディングス]]で現実のものとなる)。また、「企業再生プロジェクト」として再生専門子会社4社を設立し、不良債権を移管、[[日本政策投資銀行]]や外資系証券の協力を得て再建に乗り出した<ref>M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2003/pdf/2003/20030514.pdf みずほの「企業再生プロジェクト」について]」2003年5月14日</ref>。 |
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経営が一定度安定した2005年4月には中期経営戦略を発表し、不良債権処理に伴って複雑化したグループ機構の簡素化、公的資金の早期完済、[[ニューヨーク証券取引所]](NYSE)への上場と[[企業コンプライアンス|コンプライアンス]]の徹底、[[プライベート・バンキング]]や[[企業の社会的責任|社会的責任]]などの充実を掲げた。[[2006年]][[7月4日]]には傘下行に注入された公的資金(総額2兆9490億円)を完済<ref>M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/data/news/news_060704.html 公的資金の完済に関するお知らせ] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20060717151609/http://www.mizuho-fg.co.jp/release/data/news/news_060704.html |date=2006年7月17日 }}」2006年7月4日</ref>。この時期にみずほ株は100万円前後の値を付け、3年で底値から18倍近い上昇を遂げた<ref name="stock" />。さらに同年[[11月8日]]をもって、NYSEへ上場した<ref>"[https://www.nyse.com/events/1162466221106.html Mizuho Financial Group, Inc. Lists on the NYSE]", NYSE Group, 8 November 2006.</ref>。[[1989年]]の[[三菱銀行]]に続くものであり、[[バブル景気|バブル]]崩壊後初の邦銀進出となった。[[みずほコーポレート銀行]]は2006年中に海外5拠点を新設し、[[みずほ銀行]]は国内で[[芦屋市]]への再進出を始めとしてみずほインベースターズ証券のみずほ銀行内拠点「プラネットブース」設置数を増加させた。こうして金利収入・非金利収入は引き続き伸長したものの、大口融資先であった[[オリエントコーポレーション]]の赤字転落に伴い、再び引当金の積み増しを迫られ、2007年3月期決算では4期ぶりの減益となった<ref name="tanshin07">M「[https://www.mizuho.fg.co.jp/investors/financial/tanshin/pdf/data0703t/data0703_1.pdf 平成19年3月期 決算短信]{{リンク切れ|date=2017年1月}}」2007年5月22日</ref>。同時に、2006年3月の[[ゼロ金利政策]]解除が逆風となって、利鞘収益の改善期待により上昇していた株価は失速し、70 - 80万円台で推移した<ref>中野貴司「[https://business.nikkei.com/article/topics/20060816/108111/ 業種分析――銀行]」日経ビジネス オンライン、2006年8月22日</ref>。一方、[[優先出資証券]]による増資で自己資本比率が12.48%に改善したこともあり<ref name="tanshin07" />、ムーディーズによる格付は2006年5月7日にAaに引き上げられた<ref>「[http://www.business-i.jp/news/kinyu-page/news/200705080029a.nwc 3メガ格上げ「Aa」に 「国際活動の条件」欧米銀追撃、なお課題も] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927193111/http://www.business-i.jp/news/kinyu-page/news/200705080029a.nwc |date=2007年9月27日 }}」フジサンケイ ビジネスアイ、2007年5月8日</ref>。 |
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一方、こうした再建スキームを株式市場は評価しなかった。みなし5万円額面のみずほ株は連日安値を更新し、2003年4月には額面割れ寸前の一時5万8,300円を付け<ref name="stock">[http://table.yahoo.co.jp/t?c=2003&a=4&b=28&f=2006&d=4&e=11&g=m&s=8411.t&y=0&z=8411.t Yahoo! ファイナンス 時系列データ]、東京証券取引所提供、2003年4月11日 - 2006年4月28日、月間</ref>、破綻や[[公的資金]]による国有化も噂された<ref>"Financial Crisis Heats Up in Japan", ''Wall Street Journal'', 21 November 2006.</ref>。[[週刊新潮]]には「竹中(平蔵)失言 "みずほは[[シティバンク、エヌ・エイ|シティバンク]]に売却"」と書き立てられたり<ref>「[http://www.asyura2.com/2002/hasan16/msg/229.html 銀行業界を震撼させた「竹中大失言」の衝撃〜みずほは『シティバンク』に買わせる!]」『週刊新潮』2002年11月14日号</ref>、一般各紙でもみずほに対して悲観的な見方が大勢を占めた。株式時価総額で、[[消費者金融]]大手の[[武富士]]を下回る日もあった<ref>三反園哲治「[http://www.asyura2.com/0304/hasan25/msg/638.html 武富士・みずほ、静かな逆転劇]」日経金融新聞、2003年4月22日</ref>。 |
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結果的には、1兆円増資が緩衝剤となって、経営不振の取引先への再生支援などが進展。2003年から[[2004年]]を谷として、これ以後は業績回復が続く。[[みずほ銀行本店ビル]]を外部の不動産信託中間法人に1,050億円で売却したり、みずほ銀行大手町本部ビルを隣接する大手町フィナンシャルセンタービル(みずほ銀行(旧富士銀行)と[[損害保険ジャパン|損保ジャパン]](旧安田火災)が区分所有)と共に[[東京建物]]の[[特定目的会社]]に総額1,450億円で売却する<ref>「[http://www.tatemono.com/news/2004/ttknews040220_03.pdf 「みずほ銀行大手町本部ビル」、「大手町フィナンシャルセンター」 の(不動産証券化スキームによる)取得について]」東京建物、2004年2月20日</ref><ref>M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2004/news/news_040220_1.html みずほ銀行本店等の売却について]」2004年2月20日</ref><ref group="注">ともに売却後もみずほ銀行が定期借家契約を締結しており、引き続き使用している。</ref>など、[[資産]]の売却や[[劣後債]]なども進めて[[資本]]を積みますと同時に、傘下のみずほ銀行の[[勘定系システム]]統合や店舗の統廃合によって経費も削減された。また、「[[みずほダイレクト]]」「[[みずほマイレージクラブ]]」の新商品を開発したり、[[みずほインベスターズ証券]]との共同店舗の設営など、現在のリテール方針の基礎が整い始めるのもこの頃である。 |
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[[ファイル:Industrial Bank of Japan.jpg|thumb|180px|[[みずほコーポレート銀行]]本店<br />(旧[[日本興業銀行|興銀]]本店)]] |
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2004年[[12月24日]]、旧興銀が[[住宅金融専門会社|住専]]破綻処理を巡り[[国税庁]]を相手取って提起した訴訟の上告審判決が出た。興銀は[[1996年]]に日本ハウジングローンの債権を放棄、損金処理を実施したが、国税庁はこれを認めずに追徴課税を行った。これを不服とする興銀は[[東京地方裁判所]]に提起し、一審では敗訴したものの、控訴審で逆転勝訴、[[最高裁判所|最高裁]]まで争ってついに勝訴が確定した。総額3,180億円がみずほに還付され、予想外の利益(「[[クリスマス]]プレゼント」<ref>「国税庁への大逆襲/追徴攻勢に大企業が反撃するタックス・ウォーズ」『AERA』2006年10月30日号 pp. 14-19</ref>)を持ち込んだ。 |
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こうした要因が重なり、不良債権比率は劇的に縮小。[[2005年]]3月期決算では、[[繰延税金資産]]の対中核自己資本比率、貸出に占める不良債権比率は[[三菱東京フィナンシャル・グループ|三菱東京]]・三井住友FGを下回り、メガバンク首位の優良な財務体質に転換した<ref name="briefing2005">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/ir/pdf/briefing/20050601_1.pdf 2005年3月期 会社説明会資料]」2005年6月1日</ref>。これは、竹中プランを主軸とした金融庁に抵抗し不良債権処理を遅らせ、機動的な資本政策が取れず、ついには三菱東京フィナンシャル・グループに救済される形となった[[UFJホールディングス|UFJ]]や、[[預金保険機構]]から多額の公的資金の注入を受け、実質国有化されたりそなとは対照的である。 |
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上記増資の引受け企業の数からも計り知れるが、あるいは後述の通り、みずほには広い法人顧客基盤があったことが、景気後退局面での弱みであり回復局面での強みになった<ref name="too" />。事実、不良債権処理の方法には、債務の放棄・売却や破産申請により貸出先との関係を清算する(最終処理)か、支援を継続して正常債権に上方遷移させるかの2通りがあるが、みずほは主に後者で対応し、2年間で90%の圧縮に成功した<ref name="briefing2005" /><ref>「[http://www.elneos.co.jp/0501sf1.html 奇跡的な不良債権処理を達成したみずほFGと金融庁の真剣勝負]」『エルネオス』2005年1月号</ref>。景気回復で健全化した企業についての[[引当金]]の戻り益もあり、業績は急速に回復した。 |
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=== Channel to Discovery === |
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経営が一定度安定した2005年4月には中期経営戦略「"Channel to Discovery" Plan」<ref name="c2d" />を発表し、不良債権処理に伴って複雑化したグループ機構の簡素化、公的資金の早期完済、[[ニューヨーク証券取引所]](NYSE)への上場と[[コンプライアンス]]の徹底、[[プライベート・バンキング]]や[[企業の社会的責任|社会的責任]]などの充実を掲げた。 |
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[[2006年]][[7月4日]]には傘下行に注入された公的資金(総額2兆9,490億円)を完済<ref>M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/release/data/news/news_060704.html 公的資金の完済に関するお知らせ]」2006年7月4日</ref>。この時期にみずほ株は100万円前後の値を付け、3年で底値から18倍近い上昇を遂げた<ref name="stock" />。さらに同年[[11月8日]]をもって、NYSEへ上場した<ref>"[http://www.nyse.com/events/1162466221106.html Mizuho Financial Group, Inc. Lists on the NYSE]", NYSE Group, 8 November 2006.</ref>。[[1989年]]の[[三菱銀行]]に続くものであり、[[バブル景気|バブル]]崩壊後初の邦銀進出となった。 |
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[[みずほコーポレート銀行]]は2006年中に海外5拠点を新設し、[[みずほ銀行]]は国内で[[芦屋市]]への再進出を始めとしてみずほインベースターズ証券のみずほ銀行内拠点「プラネットブース」設置数を増加させた。こうして金利収入・非金利収入は引き続き伸長したものの、大口融資先であった[[オリエントコーポレーション]]の赤字転落に伴い、再び引当金の積み増しを迫られ、2007年3月期決算では4期ぶりの減益となった<ref name="tanshin07">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/tanshin/pdf/data0703t/data0703_1.pdf 平成19年3月期 決算短信]」2007年5月22日</ref>。同時に、2006年3月の[[ゼロ金利政策]]解除が追い風となって、利鞘収益の改善期待により上昇していた株価は失速し、70 - 80万円台で推移した<ref>中野貴司「[http://business.nikkeibp.co.jp/article/topics/20060816/108111/ 業種分析――銀行]」日経ビジネス オンライン、2006年8月22日</ref>。一方、[[優先出資証券]]による増資で自己資本比率が12.48%に改善したこともあり<ref name="tanshin07" />、ムーディーズによる格付は2006年5月7日にAaに引き上げられた<ref>「[http://www.business-i.jp/news/kinyu-page/news/200705080029a.nwc 3メガ格上げ「Aa」に 「国際活動の条件」欧米銀追撃、なお課題も]」フジサンケイ ビジネスアイ、2007年5月8日</ref>。 |
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=== サブプライムローン問題 === |
=== サブプライムローン問題 === |
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2007年夏、米国を震源地として[[サブプライムローン]] |
2007年夏、米国を震源地として[[サブプライム住宅ローン危機]]による金融市場の混乱が各国に広がった。日本企業では、海外展開や投資銀行業務での先行が裏目に出たみずほがサブプライム関連損失額で最悪となった。損失の中心となったのはみずほ証券のロンドン法人で、サブプライム関連の証券化商品を組み込んだ債務担保証券を組成し投資家に販売する業務を手掛けていた<ref name="fsbi080412">「[http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200804120002a.nwc サブプライム損失拡大 みずほFG、5650億円 海外強化“高い授業料”] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20080418041548/http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200804120002a.nwc |date=2008年4月18日 }}」フジサンケイ ビジネスアイ、2008年4月12日</ref>。他社はハイリスクすぎて手が出せなかったというこの大量の在庫に値崩れが直撃し、売却損、与信費用、引当金などにより多額の損失が発生。銀行部門で2080億円、証券部門で4040億円の損失を計上した。このため、実質業務純益や預貸金利回差が改善したにもかかわらず、最終利益は前期の半分となる3112億円にとどまった。 |
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サブプライム問題を巡っては、日本の金融機関として唯一[[G7]][[財務大臣・中央銀行総裁会議]]の拡大会合に招待され、各国大手と解決へ向けての協議に参加した<ref>「[https://jp.reuters.com/article/companyNews/idJPJAPAN-31241820080409 G7拡大会合、みずほコーポレート銀とドイツ銀が出席確認]」ロイター、2008年4月10日</ref>。サブプライム問題の日本代表となった形だが、社長の前田晃伸は通期決算発表で「こんなこと(サブプライム問題)で日本一になり恥ずかしい」とのコメントを残している<ref>「[http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/080515/fnc0805152028015-n1.htm 経営戦略に影響も みずほFG決算] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20080725113017/http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/080515/fnc0805152028015-n1.htm |date=2008年7月25日 }}」MSN産経ニュース、2008年5月15日</ref>。欧米金融機関が多額の損失を出す中で、邦銀が出し抜く好機とも見られていたが、みずほは[[メリルリンチ]]に1200億円を出資するに留まっている<ref name="fsbi080412" />。 |
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損失の中心となったのはみずほ証券のロンドン法人で、サブプライム関連の証券化商品を組み込んだ債務担保証券を組成し投資家に販売する業務を手掛けていた<ref name="fsbi080412">「[http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200804120002a.nwc サブプライム損失拡大 みずほFG、5650億円 海外強化“高い授業料”]」フジサンケイ ビジネスアイ、2008年4月12日</ref>。他社はハイリスクすぎて手が出せなかったというこの大量の在庫に値崩れが直撃し、売却損、与信費用、引当金などにより多額の損失が発生。銀行部門で2,080億円、証券部門で4,040億円の損失を計上した<ref name="tanshin08" />。このため、実質業務純益や預貸金利回差が改善したにもかかわらず、最終利益は前期の半分となる3,112億円にとどまった。 |
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また、2003年の1兆円増資によって発行した優先株が[[2008年]]より普通株転換可能となることから、[[株式の希薄化]]が懸念されている。みずほでは対策として累計9500億円にのぼる[[自己株式|自社株買い]]を計画し、既に2007年度実施分で日本企業トップとなっている<ref>「みずほが自社株買いトップ 07年度、野村証券調査」共同通信、2008年5月2日</ref>。サブプライム問題の反面、こうした資本政策や経営透明化策のため、英金融専門誌『The Banker』による「Bank of the Year 2007」日本部門に選出され<ref>“[https://www.thebanker.com/news/fullstory.php/aid/5366/The_Banker_Country_Awards_2007.html The Banker Country Awards 2007] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20080430220252/http://www.thebanker.com/news/fullstory.php/aid/5366/The_Banker_Country_Awards_2007.html |date=2008年4月30日 }}”, ''The Banker'', 1 December 2007.</ref>、また米機関投資家情報誌『Institutional Investor』による「日本の最優秀CEO」銀行部門第1位に前田晃伸が選ばれるなどした<ref>「最優秀CEO、銀行部門、みずほ・前田社長、保険はT&D・宮戸社長--米誌調査」日経金融新聞、2007年12月10日</ref>。 |
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サブプライム問題を巡っては、日本の金融機関として唯一[[G7]][[財務大臣・中央銀行総裁会議]]の拡大会合に招待され、各国大手と解決へ向けての協議に参加した<ref>「[http://jp.reuters.com/article/companyNews/idJPJAPAN-31241820080409 G7拡大会合、みずほコーポレート銀とドイツ銀が出席確認]」ロイター、2008年4月10日</ref>。サブプライム問題の日本代表となった形だが、社長の前田晃伸は通期決算発表で「こんなこと(サブプライム問題)で日本一になり恥ずかしい」とのコメントを残している<ref>「[http://sankei.jp.msn.com/economy/finance/080515/fnc0805152028015-n1.htm 経営戦略に影響も みずほFG決算]」MSN産経ニュース、2008年5月15日</ref>。欧米金融機関が多額の損失を出す中で、邦銀が出し抜く好機とも見られていたが、みずほは[[メリルリンチ]]に1,200億円を出資するに留まっている。ただし、金融市場で積極的にリスクをとりにいった姿勢を高く評価する声があるのも事実である<ref name="fsbi080412" />。 |
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=== 委員会設置会社への移行 === |
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また、2003年の1兆円増資によって発行した優先株が[[2008年]]より普通株転換可能となることから、[[株式の希薄化]]が懸念されている。みずほでは対策として累計9,500億円にのぼる[[自己株式|自社株買い]]を計画し、既に2007年度実施分で日本企業トップとなっている<ref>「[http://mediajam.info/topic/473259 みずほが自社株買いトップ 07年度、野村証券調査]」共同通信、2008年5月2日</ref>。サブプライム問題の反面、こうした資本政策や経営透明化策のため、英金融専門誌『The Banker』による「Bank of the Year 2007」日本部門に選出され<ref>“[http://www.thebanker.com/news/fullstory.php/aid/5366/The_Banker_Country_Awards_2007.html The Banker Country Awards 2007]”, ''The Banker'', 1 December 2007.</ref>、また米機関投資家情報誌『Institutional Investor』による「日本の最優秀CEO」銀行部門第1位に前田晃伸が選ばれるなどした<ref>「最優秀CEO、銀行部門、みずほ・前田社長、保険はT&D・宮戸社長--米誌調査」日経金融新聞、2007年12月10日</ref>。 |
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2014年6月24日、東京都内で開いた第12期定時株主総会で、メガバンクで初となる[[委員会設置会社]]への移行を決議した<ref>「[https://jp.reuters.com/article/idJPKBN0EZ0DF20140624 みずほの株主総会、委員会設置会社への移行を決議]」ロイター、2014年6月24日</ref>。2015年の改正[[会社法]]施行により、現在の機関設計は[[指名委員会等設置会社]]となっている。 |
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=== 剰余金の配当等の決定機関 === |
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== グループ企業 == |
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2017年6月23日に開催された第15期定時[[株主総会]]において株主から[[株主総会#株主提案権|株主提案]]された、第3号議案([[剰余金]]の配当等の決定機関)に対して、同社取締役会は、[[剰余金]]の配当等について[[株主総会#株主提案権|株主提案]]を可能とする本議案について慎重に審議・検討を重ねた上で反対したが<ref>[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/stock/report/pdf/201709_07.pdf 配当の決定を取締役会で行う理由は?株主にとってのメリットは?]みずほフィナンシャルグループ 株主の皆さまとの対話 2017年9月</ref>、同社の全ての取締役は、毎年の[[株主総会]]で、株主によって選任され、経営を付託されていることの重みをしっかりと認識し、[[剰余金]]の配当に関しても株主の中長期的な利益の観点から最適な判断を行わなければならないという強い自覚を持ち<ref>[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20171013release_jp.html 配当を取締役会で決定することについて]みずほフィナンシャルグループ ニュースリリース 2017年10月13日</ref>、2020年6月25日に開催された第18期定時[[株主総会]]において株主から[[株主総会#株主提案権|株主提案]]された、第4号議案([[剰余金]]の配当等の決定機関)<ref>[https://p.sokai.jp/archive/8411/2020/election/agenda4.html 株主総会参考書類第4号議案]みずほフィナンシャルグループ第18期定時[[株主総会]]招集ご通知 2020年5月22日</ref>に対して、同社は、株主からの[[株主総会#株主提案権|株主提案]]を同社提案と併合して、その議案内容の全てを受け入れて、[[剰余金]]の配当を取締役会だけでなく、株主総会でも決められるよう定款を変える同社側と株主の共同提案は認められて可決された<ref>[https://www.nikkei.com/article/DGXMZO60766070V20C20A6EE9000/ みずほFG株主総会][[日本経済新聞]] 2020年6月25日</ref> <ref>[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/stock/meeting/pdf/resolution_18.pdf 第18期定時株主総会決議ご通知]みずほフィナンシャルグループ 第18期定時[[株主総会]]決議ご通知 2020年6月25日</ref> |
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: ''関連項目: [[:Category:みずほフィナンシャルグループ]]、[[みずほグループ]]'' |
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。 |
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{{familytree/start|style=margin-bottom:1em;font-size:90%}} |
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{{see also|佐藤昇 (ジャーナリスト)#ボクシング関係}} |
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{{familytree|border=1|boxstyle=| FG | | | | | | | | | | | | | | | | FG='''みずほフィナンシャルグループ'''<br />東証・大証・NYSE上場}} |
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{{familytree|border=1|boxstyle=border:1px dotted gray;background:#eee|!| | | | | | | | | | | | | | | N | N=<small>※末尾の数字は親会社持株比率</small>}} |
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{{familytree|border=2|boxstyle=background:#ccf|)|-| CB | | | | | | | | | | | | | | CB=GCG: [[みずほコーポレート銀行]](MHCB) 100}} |
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{{familytree|border=1|boxstyle=|!| | |`|v|~|~|~|7| | | | | | | | | }} |
|||
{{familytree|border=1|boxstyle=|!| | | SC | | SK | | | | | | | | | SC=[[みずほ証券]] 81.5|SK=[[新光証券]] 27.5}} |
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{{familytree|border=1|boxstyle=|!| | | | | | | | | | | | | | | | | }} |
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{{familytree|border=2|boxstyle=background:#ccf|)|-| BK | | | | | | | | | | | | | | BK=GRG: [[みずほ銀行]](MHBK) 100}} |
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{{familytree|border=1|boxstyle=|!| | |`|v|~|~|~|V|~|~|~|7| | | | | }} |
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{{familytree|border=1|boxstyle=|!| | | IS | | UC | | CP | | | | | IS=[[みずほインベスターズ証券]] 66.8|UC=[[ユーシーカード|UCカード]] 50.9|CP=[[みずほキャピタル]] 49.0}} |
|||
{{familytree|border=1|boxstyle=|!| | | | | | | | | | | | | | | | | }} |
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{{familytree|border=2|boxstyle=background:#ccf|)|v| TB | | | | | | | | | | | | | | TB=GAWG: [[みずほ信託銀行]](MHTB) 69.9}} |
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{{familytree|border=1|boxstyle=|!|`|-|-|v|-|-|-|v|-|-|-|v|-|-|-|.| }} |
|||
{{familytree|border=1|boxstyle=|!| | | PW | | TC | | AM | | DI | PW=[[みずほプライベートウェルスマネジメント]] 100|TC=[[資産管理サービス信託銀行]] 54.0|AM=[[みずほ投信投資顧問|みずほ投信投顧]] 95.6|DI=[[DIAMアセットマネジメント]] 50.0}} |
|||
{{familytree|border=1|boxstyle=|`|-|-|-|v|-|-|-|v|-|-|-|.| | | | | }} |
|||
{{familytree|border=1|boxstyle=| | | | FS | | RI | | IR | | | | | FS=[[みずほフィナンシャルストラテジー]] 100|RI=[[みずほ総合研究所]] 98.6|IR=[[みずほ情報総研]] 91.5}} |
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{{familytree/end}} |
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[[ファイル:Mizuho Financial Group income by division.png|thumb|180px|部門別の業務純益構成<ref name="briefing2007">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/ir/pdf/briefing/20070530_1.pdf 2006年度 会社説明会資料]」2007年5月30日</ref> |
|||
{{legend|#004080|1. GCG 36.7%}} |
|||
{{legend|#2060a0|2. GRG 51.0%}} |
|||
{{legend|#4080c0|3. GAWG 9.7%}} |
|||
{{legend|#c0c0c0|4. その他 2.6%}}]] |
|||
現在、みずほフィナンシャルグループは「"Channel to Discovery" Plan」に基づき、グループ企業の再編を進めている。2005年10月1日を以って商号や親子関係などに変更が生じた。同プランでは傘下企業を顧客ニーズに基づき分類、グローバル水準のサービスを提供するとし、大きく4つのグローバルグループで事業ポートフォリオを構築している。 |
|||
=== 歴代社長 === |
|||
こうした横割りでの傘下企業分類は、メガバンクの中でも独自の試みである。当初は前身銀行間での[[セクショナリズム]]の表れとの批判もあったが、[[シティグループ]]や[[JPモルガン・チェース]]、[[HSBC]]などの海外大手金融機関では一般的に取られている手法である。 |
|||
{| class="wikitable" |
|||
|- |
|||
!colspan="8" |みずほホールディングス 社長 |
|||
|- |
|||
!代||氏名||在任期間||出身校||出身行 |
|||
|- |
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|1||[[杉田力之]]||2000年9月 - 2002年3月||東京大学経済学部||日本勧業銀行 |
|||
|- |
|||
|2||[[前田晃伸]]||2002年4月 - 2003年1月||東京大学法学部||富士銀行 |
|||
|- |
|||
!colspan="8" |みずほフィナンシャルグループ 社長 |
|||
|- |
|||
!代||氏名||在任期間||出身校||出身行 |
|||
|- |
|||
|1||[[前田晃伸]]||2003年1月 - 2009年3月||東京大学法学部||富士銀行 |
|||
|- |
|||
|2||[[塚本隆史]]||2009年4月 - 2011年6月||京都大学法学部||第一勧業銀行 |
|||
|- |
|||
|3||[[佐藤康博]]||2011年6月 - 2018年3月||東京大学経済学部||日本興業銀行 |
|||
|- |
|||
|4||[[坂井辰史]]||2018年4月 - 2022年2月||東京大学法学部||日本興業銀行 |
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|- |
|||
|5||[[木原正裕]]||2022年2月 - ||一橋大学法学部||日本興業銀行 |
|||
|} |
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<!-- 【情報が古くなっていることと、有価証券報告書のような内容で一部は他の記述と重複するのでコメントアウトしました 2024-12-5】== 会社の現況(2020年3月31日現在) == |
|||
=== 株式の状況 === |
|||
* 発行可能株式総数 - 51,300,000,000株 |
|||
** 発行可能普通株 - 48,000,000,000株 |
|||
** 発行可能第1回 - 第4回第14種優先 - 900,000,000株 |
|||
** 発行可能第1回 - 第4回第15種優先 - 900,000,000株 |
|||
** 発行可能第1回 - 第4回第16種優先 - 1,500,000,000株 |
|||
** 発行済普通株 - 25,392,498,945株 |
|||
** 第14種及び第15種優先株は、併せて900,000,000株を超えないものとしている |
|||
** 第16種優先株は、併せて1,500,000,000株を超えないものとしている |
|||
* 普通株主数 - 999,140名(単元未満株主46,165名を除く) |
|||
=== 大株主(上位10企業) === |
|||
海外現地法人や各社の子会社(孫会社)を含めると、その傘下企業総数は152社となる<ref name="briefing2007" />。そのうち、同社が「"Channel to Discovery" Plan」で重点的位置づけをしている企業を以下に示す。詳細については当該記事を参照。 |
|||
{|class="wikitable" cellspacing="0" cellpadding="0" border="0" |
|||
!株主名 |
|||
!株数 |
|||
!持株比率(%) |
|||
|- |
|||
|[[日本マスタートラスト信託銀行]](信託口) |
|||
|1,642,845,500 |
|||
|6.47 |
|||
|- |
|||
|[[日本カストディ銀行]](信託口) |
|||
|1,109,233,400 |
|||
|4.36 |
|||
|- |
|||
|日本カストディ銀行(信託口5) |
|||
|545,964,100 |
|||
|2.15 |
|||
|- |
|||
|日本カストディ銀行(信託口9) |
|||
|522,476,800 |
|||
|2.05 |
|||
|- |
|||
|JP Morgan Chase Bank 385151 |
|||
|443,776,306 |
|||
|1.74 |
|||
|- |
|||
|State Street Bank West Client-Treaty 505234 |
|||
|423,565,756 |
|||
|1.66 |
|||
|- |
|||
|日本カストディ銀行(信託口7) |
|||
|384,499,000 |
|||
|1.51 |
|||
|- |
|||
|State Street Bank And Trust Company 505103 |
|||
|293,537,902 |
|||
|1.15 |
|||
|- |
|||
|日本カストディ銀行(信託口1) |
|||
|280,082,100 |
|||
|1.10 |
|||
|- |
|||
|日本カストディ銀行(信託口4) |
|||
|263,338,400 |
|||
|1.03 |
|||
|} |
|||
* 持株比率について、自己株式(3,622,415株)を保有しているが、上記の大株主からは除外 |
|||
=== |
=== 重要な子会社の状況 === |
||
{|class="wikitable" cellspacing="0" cellpadding="0" border="0" |
|||
'''グローバルコーポレートグループ(GCG)'''は、[[大企業]]、[[多国籍企業]]や[[金融機関]]を顧客とする。親グループの[[ニューヨーク証券取引所|NYSE]]上場もあり、国際化と[[投資銀行]]タイプの事業モデルを指向している<ref name="reuters" />。 |
|||
!会社名 |
|||
!所在地 |
|||
!資本金(百万円) |
|||
!議決権比率(%) |
|||
!事業内容 |
|||
|- |
|||
|[[みずほ銀行]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|1,404,065 |
|||
|100.00 |
|||
|銀行業務 |
|||
|- |
|||
|[[みずほ信託銀行]] |
|||
|東京都中央区 |
|||
|247,369 |
|||
|100.00 |
|||
|信託業務及び銀行業務 |
|||
|- |
|||
|[[みずほ証券]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|125,167 |
|||
|100.00 |
|||
|証券業務 |
|||
|- |
|||
|[[みずほリサーチ&テクノロジーズ]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|1,627 |
|||
|100.00 |
|||
|情報処理サービス業務、シンクタンク・コンサルティング業務 |
|||
|- |
|||
|[[資産管理サービス信託銀行]] |
|||
|東京都中央区 |
|||
|50,000 |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|信託業務及び銀行業務 |
|||
|- |
|||
|[[アセットマネジメントOne]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|2,000 |
|||
|51.00 |
|||
|投資信託委託業務及び投資顧問業務 |
|||
|- |
|||
|[[みずほプライベートウェルスマネジメント]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|500 |
|||
|100.00 |
|||
|コンサルティング業務 |
|||
|- |
|||
|[[オリエントコーポレーション]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|150,051 |
|||
|48.99(48.99) |
|||
|信販業務 |
|||
|- |
|||
|[[みずほ信用保証]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|13,281 |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|信用保証業務 |
|||
|- |
|||
|確定拠出年金サービス |
|||
|東京都中央区 |
|||
|2,000 |
|||
|60.00(60.00) |
|||
|[[確定拠出年金]]関連業務 |
|||
|- |
|||
|[[みずほファクター]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|1,000 |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|ファクタリング業務 |
|||
|- |
|||
|[[みずほキャピタル]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|902 |
|||
|49.99(49.99) |
|||
|ベンチャーキャピタル業務 |
|||
|- |
|||
|[[ユーシーカード]] |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|500 |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|[[クレジットカード]]業務 |
|||
|- |
|||
|[[みずほ不動産販売]] |
|||
|東京都中央区 |
|||
|1,500 |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|不動産仲介業務 |
|||
|- |
|||
|みずほ第一フィナンシャルテクノロジー |
|||
|東京都千代田区 |
|||
|200 |
|||
|60.00(60.00) |
|||
|金融技術の調査・研究・開発業務 |
|||
|- |
|||
|みずほセキュリティーズアジアリミテッド |
|||
|香港 |
|||
|50,801<br>(3,620百万香港ドル) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|証券業務 |
|||
|- |
|||
|みずほインターナショナル |
|||
|イギリス・ロンドン |
|||
|94,737<br>(709百万スターリングポンド) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|証券業務及び銀行業務 |
|||
|- |
|||
|Joint Stock Commercial Bank for Foreign Trade of Vietnam |
|||
|ベトナム・ハノイ |
|||
|170,608<br>(37,088,774百万ドン) |
|||
|15.00(15.00) |
|||
|銀行業務 |
|||
|- |
|||
|みずほ銀行(中国)有限公司 |
|||
|中国・上海市 |
|||
|145,350(9,500百万人民元) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|銀行業務 |
|||
|- |
|||
|欧州みずほ銀行 |
|||
|オランダ・アムステルダム市 |
|||
|22,948(191百万ユーロ) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|銀行業務及び証券業務 |
|||
|- |
|||
|ブラジルみずほ銀行 |
|||
|ブラジル・サンパウロ市 |
|||
|13,174(628百万レアル) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|銀行業務 |
|||
|- |
|||
|米国みずほ証券 |
|||
|アメリカ・ニューヨーク市 |
|||
|46,716(429万米ドル) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|証券業務 |
|||
|- |
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|インドネシアみずほ銀行 |
|||
|インドネシア・ジャカルタ市 |
|||
|21,906<br>(3,269,574百万ルピア) |
|||
|98.99(98.99) |
|||
|銀行業務 |
|||
|- |
|||
|米国みずほ銀行 |
|||
|アメリカ・ニューヨーク市 |
|||
|10,716(98百万ドル) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|銀行業務 |
|||
|- |
|||
|ルクセンブルクみずほ信託銀行 |
|||
|ルクセンブルク・ミュンズバッハ市 |
|||
|11,427(105百万米ドル) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|銀行業務及び信託業務 |
|||
|- |
|||
|みずほキャピタル・マーケッツLLC |
|||
|アメリカ・ニューヨーク市 |
|||
|30,309(3千米ドル) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|デリバティブ業務 |
|||
|- |
|||
|みずほトラストシステムズ |
|||
|東京都調布市 |
|||
|100 |
|||
|50.00(50.00) |
|||
|計算受託・ソフトウェア開発業務 |
|||
|- |
|||
|みずほリアルティOne |
|||
|東京都中央区 |
|||
|100 |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|持株会社 |
|||
|- |
|||
|J.Score |
|||
|東京都港区 |
|||
|7,500 |
|||
|50.00(50.00) |
|||
|レンディング業務 |
|||
|- |
|||
|米州みずほ |
|||
|アメリカ・ニューヨーク市 |
|||
|415,825(3,820百万米ドル) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|持株会社 |
|||
|- |
|||
|JTCHD |
|||
|東京都中央区 |
|||
|500 |
|||
|27.00 |
|||
|持株会社 |
|||
|- |
|||
|みずほセキュリティーズ・ヨーロッパ |
|||
|ドイツ・フランクフルト市 |
|||
|4,187(35百万ユーロ) |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|証券業務 |
|||
|- |
|||
|みずほリース |
|||
|東京都港区 |
|||
|26,088 |
|||
|23.53(23.53) |
|||
|総合リース業務 |
|||
|- |
|||
|日本トラスティ・サービス信託銀行 |
|||
|東京都中央区 |
|||
|51,000 |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|証券業務,銀行業務 |
|||
|- |
|||
|LINE Credit |
|||
|東京都品川区 |
|||
|2,500 |
|||
|49.00(49.00) |
|||
|貸金業務 |
|||
|- |
|||
|LINE Bank設立準備 |
|||
|東京都品川区 |
|||
|1,000 |
|||
|49.00(49.00) |
|||
|銀行業免許取得及び銀行業開始に係る調査<br>及び準備業務 |
|||
|- |
|||
|みずほビジネスサービス |
|||
|東京都渋谷区 |
|||
|90 |
|||
|100.00(100.00) |
|||
|事務受託業務 |
|||
|} |
|||
* 議決権比率欄の()内は、間接議決権比率の内数 |
|||
* JTCHD、日本トラスティ・サービス信託銀行、資産管理サービス信託銀行の3社は、2020年7月27日付で合併し、商号を日本カストディ銀行へ変更 |
|||
=== 主要な借入先の状況 === |
|||
==== みずほコーポレート銀行 ==== |
|||
{|class="wikitable" cellspacing="0" cellpadding="0" border="0" |
|||
'''[[みずほコーポレート銀行]]'''は[[第一勧銀グループ|第一勧銀]]、[[芙蓉グループ|芙蓉]]、[[興銀グループ|興銀]]各グループほか[[東京証券取引所|東証1部]]上場企業の7割を大口取引先にもち、4割のメインバンクを務める[[都市銀行]]である<ref name="briefing2006">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/ir/pdf/briefing/20060531_1.pdf 2006年3月期 会社説明会資料]」2006年5月31日</ref>。経営危機の際、増資引受を幅広く依頼できたことも、この法人部門の力が背景にあった。みずほグループ全体の経常利益の半分以上を稼ぎ、協調融資(アレンジャー・ブックランナーの双方で日本第1位、世界12位)や債券(日本第1位)、プロジェクトファイナンス(世界第3位)、エクイティ等の実績においては他のメガバンクを抑えている<ref name="briefing2006" />。みずほの収益の柱となっているだけでなく、旧興銀の力を生かした新たな金融ニーズに応える銀行となっている。 |
|||
!借入先 |
|||
!借入金残高 |
|||
|- |
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|みずほ銀行 |
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|860,000百万円 |
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|} |
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=== 企業集団の設備投資の状況(連結) === |
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[[2006年]][[12月18日]]、米国銀行持株会社法に基づく「金融持株会社」(''Financial Holding Company'')認可を[[連邦準備制度|FRB]]より、[[農林中央金庫]]とともに日本の金融機関で初取得した<ref>「[http://www.business-i.jp/news/sou-page/news/200612200016a.nwc みずほCB・農林中金、米で金融持ち株会社/投資業務を加速]」フジサンケイ ビジネスアイ、2006年12月20日</ref>。銀行業務と証券業務の兼営を緩和するこの資格により、投資銀行ビジネスの包括的展開が可能となる。また、[[中華人民共和国|中国]]でも2007年6月に邦銀初となる現地法人を設立している<ref>「[http://www.nikkeibp.co.jp/news/const07q2/535547/ 邦銀初の中国現法・瑞穂実業銀行が上海で開業]」日中経済通信、2007年6月6日</ref>。この他、29ヶ国、51都市で業務を営んでおり、2007年には「海外営業推進部」を設置、[[サンパウロ]]、[[モスクワ]]、[[ミラノ]]、[[メキシコシティ]]、[[ドバイ]]、[[天津市|天津]]、[[大連市|大連]]、[[トロント]]、[[バンクーバー (ブリティッシュコロンビア州)|バンクーバー]]の9拠点を新設している。 |
|||
{|class="wikitable" cellspacing="0" cellpadding="0" border="0" |
|||
!みずほ銀行 |
|||
!みずほ信託銀行 |
|||
!みずほ証券 |
|||
!その他 |
|||
|- |
|||
|169,277百万円 |
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|67,992百万円 |
|||
|4,233百万円 |
|||
|59,157百万円 |
|||
|} |
|||
* みずほFGの設備投資総額は、「その他」に含めて記載 |
|||
=== 重要な設備の新設 === |
|||
本店は旧興銀本店に置き、[[勘定系システム]]も旧興銀ベースのITISを導入している。 |
|||
{|class="wikitable" cellspacing="0" cellpadding="0" border="0" |
|||
!会社名 |
|||
!内容 |
|||
!金額(百万円) |
|||
|- |
|||
|みずほ銀行 |
|||
|「丸の内1-3計画(仮)」における土地(信託受益権)他の取得 |
|||
|145,121 |
|||
|- |
|||
|みずほ信託銀行 |
|||
|「丸の内1-3計画(仮)」における土地(信託受益権)他の取得 |
|||
|67,276 |
|||
|- |
|||
|米州みずほ |
|||
|ニューヨークオフィス移転に伴う新規貸借ビル内オフィス構築 |
|||
|14,011 |
|||
|} |
|||
--> |
|||
== グループ企業 == |
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{{See also|Category:みずほフィナンシャルグループ}} |
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'''[[みずほ証券]]'''はホールセール(大企業向け営業)に特化した[[証券会社]]で、みずほコーポレート銀行の子会社である。[[株式]]・[[債権]]・投資銀行の3つを重点業務に位置づけ、特に[[社債]]市場では高いシェアをもつ<ref>[http://www.indb.co.jp/inreport/leaguetables/index.html アイ・エヌ情報センター リーグテーブル(債券・株式)]</ref>。[[アメリカ合衆国|米国]]現地法人である米国みずほ証券は、日本の証券会社としては[[野村證券|野村證券インターナショナル]]・[[大和証券|アメリカ大和証券]]と並んで、[[アメリカ合衆国財務省|米国財務省]]から国債市場特別参加者(''Primary Dealer'')に指定されている<ref>"[http://www.ny.frb.org/markets/pridealers_current.html Primary Dealers List]", Federal Reserve Bank of New York, 15 September 2006.</ref>。 |
|||
その後[[農中証券]]の事業譲渡を受けた関係から、[[農林中央金庫]]が第2位の株主となり、100%みずほグループの資本ではなくなった。 |
|||
みずほグループの[[持分法|持分法適用会社]]に'''[[新光証券]]'''があり、GCGとGRGの中間に位置づけられているが、[[2008年]]初頭を目処に合併することで基本合意した。預り資産では[[三菱UFJ証券]]を抜いて日本第4位に、営業収益では[[日興コーディアルグループ]]を抜いて同3位の証券会社となる<ref>「みずほ証券と新光証券、08年1月めど合併」日本経済新聞、2007年1月10日</ref>。 |
|||
=== みずほ銀行 === |
|||
だが、2007年以降のサブプライムローン問題によりみずほ証券で多額の損失が発生したため(前述)、合併は2度にわたり延期された。[[2009年]][[5月7日]]に合併し、新光証券が存続会社となる形で新生みずほ証券が誕生した。これまでの業務に加えて新光が得意としてきた個人向けの業務にも携わるようになった。これにより法人としてのみずほ証券は消滅した。<ref>M「[http://release.nikkei.co.jp/detail.cfm?relID=188033&lindID=3 新光証券とみずほ証券、合併時期を平成21年5月7日メドに延期]」2008年4月28日</ref>。 |
|||
当グループの経営戦略である「'''One MIZUHO戦略'''」(銀行・信託・証券一体戦略)の下、[[2013年]][[7月1日]]、傘下行であるみずほコーポレート銀行がみずほ銀行を吸収合併し、行名をみずほ銀行に改称した<ref>{{cite news |title=みずほFGの傘下銀行が合併し1バンク体制に、システム障害は回避|author= |agency=|newspaper=ロイターニュース|date=2013-7-1|url=https://jp.reuters.com/article/companyNews/idJPTYE96008320130701|accessdate=2013-9-28}}</ref>。 |
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{{main|みずほ銀行}} |
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=== リテール === |
|||
'''グローバルリテールグループ(GRG)'''は、[[個人]]、[[中小企業]]や[[地方公共団体]]を顧客とする。物件費・人件費などの経費が依然として高く、収益性が低いことが課題となっている。一方、2007年の日本経済新聞「銀行リテール力調査」では、店頭サービスや金融商品充実度について2位の[[新生銀行]]を抜き総合首位となっている<ref>「みずほ、総合首位――銀行リテール力調査」日経金融新聞、2007年7月9日</ref>。 |
|||
[[ファイル:Mizuho Bank, Ltd. headoffice towering.jpg|thumb|left|200px|[[みずほ銀行本店ビル]]<br />(旧[[第一勧業銀行]]本店ビル)]] |
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=== UCカード === |
|||
'''[[ユーシーカード|UCカード]]'''は[[2005年]][[10月1日]]付で[[会社分割]]により新設されたもので、[[クレジットカード]]のプロセシングおよび加盟店の各事業を行う。プロセシングとは、クレジットカードの決済事務処理であり、[[クレディセゾン]]およびUCカードグループが発行するUCカードに関する業務と、[[国際キャッシュカード|国際カード]]を発行する権利を有しないクレジットカード会社に加盟店の開放を行い、発行される[[マスターカード|MasterCard]]・[[Visa|VISA]]の各ブランドのクレジットカードの売上処理などを受託している。現在、プロセシング部門は[[キュービタス]]に分割・譲渡したため、ユーシー社は加盟店部門のみを担当している。 |
|||
'''[[みずほ銀行]]'''は個人2,600万口座、取引中小企業100,000社を擁する都市銀行である<ref name="reuters" />。[[宝くじ]]の受託金融機関。戦前の[[農工銀行]]を[[日本勧業銀行]](第一勧銀の前身)が吸収した経緯から、日本の[[銀行]]で唯一、全[[都道府県]]の[[県庁所在地]]・[[政令指定都市]]に必ず1つ以上の店舗を有する。また、旧富士銀行の業務を引き継いで、[[東京都]]・[[特別区|東京23区]]の[[指定金融機関]]となっている。全国に507支店を展開し、本店は旧第一勧銀本店に置く([[みずほ銀行本店ビル]]を参照)。 |
|||
中小企業向け営業を一定規模以上の基幹店に集約させる一方、個人向け相談特化型店舗「みずほパーソナルスクエア」として従来「有人出張所」であった店舗を「支店」に昇格させたり、非カバー地域への新規出店も計画している<ref name="briefing2006" /><ref>鈴木利徳「[http://www.nochuri.co.jp/report/pdf/n0508re2.pdf メガバンクの個人リテール戦略と店舗戦略]」『農林金融』2005年8月号 pp.16-26</ref>。営業店内に富裕層相談窓口の「みずほプレミアムサロン」を開設し、FC(フィナンシャルコンサルタント)と呼ばれる資産運用アドバイザー2,000名を新規配置した<ref name="disclosure07">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/mhfg/data07d.html みずほフィナンシャルグループ ディスクロージャー誌]」2007年</ref>。 |
|||
中小企業向け業務は「みずほビジネス金融センター」への集約が進められ、退職した行員の再雇用、スコアリングモデルを用いた無担保ローンを通じて融資を拡大させている。2007年には「証券・信託業務部」が新設され、情報共有に同意した顧客に対し、みずほインベスターズ証券・みずほ信託銀行と共同で[[確定拠出年金]]や[[不動産]]担保融資、[[株式公開]]などのアドバイザリーを行う<ref>「みずほ銀、中堅・中小のIPO支援へ新組織――グループ連携加速」日刊工業新聞、2007年7月5日</ref>。 |
|||
[[プライベート・バンキング]]へも参入し、みずほ銀行に5億円以上の資産をもつ顧客を対象にみずほプライベートウェルスマネジメントへの紹介を進めている。一方のマスリテール層へは、グループ化予定の[[オリエントコーポレーション|オリコ]]の与信機能を活用しカードローンの提供を開始した。 |
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==== みずほインベスターズ証券 ==== |
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[[ファイル:Shibusawa Warehouse Co., Ltd. (head office).jpg|thumb|[[みずほインベスターズ証券]]本社([[澁澤シティプレイス]])]] |
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'''[[みずほインベスターズ証券]]'''は、個人向けの営業を主に取り扱う準大手証券会社で、みずほ銀行がその株式の66.8%を保有する子会社である<ref name="yuho">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/report/yuho.html みずほフィナンシャルグループ 有価証券報告書]」2007年</ref>。[[東京証券取引所]]市場第1部に[[上場]]している。前身は旧第一勧銀系の勧角証券。同時に旧富士銀行も大株主であったため、みずほグループ発足の嚆矢ともなった。 |
|||
本支店数は59。銀行・証券連携として、親会社のみずほ銀行との共同店舗である「プラネットブース」を展開している。[[2003年]][[7月28日]]に内幸町本店を共同店舗化したのを皮切りに、都市圏を中心として102ヶ所に出店している。 |
|||
[[2007年]]初頭に発表されたみずほ証券・新光証券の合併には、以上のような銀証連携という事業戦略の違いから、合流を見送った。 |
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==== UCカード ==== |
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'''[[ユーシーカード|UCカード]]'''は[[2005年]][[10月1日]]付で[[会社分割]]により新設されたもので、[[クレジットカード]]のプロセシングおよび加盟店の各事業を行う。プロセシングとは、クレジットカードの決済事務処理であり、[[クレディセゾン]]およびUCカードグループが発行するUCカードに関する業務と、[[国際キャッシュカード|国際カード]]を発行する権利を有しないクレジットカード会社に加盟店の開放を行い、発行される[[マスターカード|MasterCard]]・[[ビザ|VISA]]の各ブランドのクレジットカードの売上処理等を受託している。現在、プロセシング部門は[[キュービタス]]に分割・譲渡したため、ユーシー社は加盟店部門のみを担当している。 |
|||
会員事業が残された(旧)[[ユーシーカード]]株式会社は2006年[[1月1日]]、[[クレディセゾン]]に吸収合併された。 |
会員事業が残された(旧)[[ユーシーカード]]株式会社は2006年[[1月1日]]、[[クレディセゾン]]に吸収合併された。 |
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=== みずほキャピタル === |
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'''[[みずほキャピタル]]'''は[[ベンチャーキャピタル]]である。みずほ銀行、みずほコーポレート銀行などと連携し、純投資としての未上場企業への出資から[[コンサルティング]]業務までを取り扱う。13の投資事業組合を傘下に置く。[[2008年]]3月時点で、国内外の1,086社に総額460億円を投資しており、これまで748社が新規株式公開に至っている<ref>M [ |
'''[[みずほキャピタル]]'''は[[ベンチャーキャピタル]]である。みずほ銀行、みずほコーポレート銀行などと連携し、純投資としての未上場企業への出資から[[コンサルティング]]業務までを取り扱う。13の投資事業組合を傘下に置く。[[2008年]]3月時点で、国内外の1,086社に総額460億円を投資しており、これまで748社が新規株式公開に至っている<ref>M [https://www.mizuho-vc.co.jp/hp/p2_company/p2_html/p2_02.html 会社概要] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070118175410/http://www.mizuho-vc.co.jp/hp/p2_company/p2_html/p2_02.html |date=2007年1月18日 }}、みずほキャピタル、2008年3月末</ref>。 |
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=== アセット&ウェルスマネジメント === |
=== アセット&ウェルスマネジメント === |
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244行目: | 618行目: | ||
==== みずほ信託銀行 ==== |
==== みずほ信託銀行 ==== |
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'''[[みずほ信託銀行]]'''は、富士銀行系列の安田信託銀行を主な前身とする[[信託銀行]]である。芙蓉グループに属したものの、かつては独立した信託銀行だった。[[1996年]]に不良債権問題が深刻化し、同根の富士銀行に救済子会社化され、再建処理に第一勧銀が共同であたったことから、みずほインベスターズ証券とともに経営統合の契機となった会社である<ref name="nikkei990820" />。 |
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[[ファイル:Mizuho Trust & Banking headoffice in Tokyo, Japan.jpg|thumb|みずほ信託銀行本店<br />([[新呉服橋ビルディング]])]] |
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'''[[みずほ信託銀行]]'''は、富士銀行系列の安田信託銀行を主な前身とする[[信託銀行]]である。芙蓉グループに属したものの、かつては独立した信託銀行だった(現在も東証1部への上場は維持している)。[[1996年]]に不良債権問題が深刻化し、同根の富士銀行に救済子会社化され、再建処理に第一勧銀が共同であたったことから、みずほインベスターズ証券とともに経営統合の契機となった会社である<ref name="nikkei990820" />。 |
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旧安田信託時代から[[住友信託銀行]]とともに[[不動産]]分野に強みを持っており、不動産信託では受託残高で20%超のシェアをもち首位である<ref>「不動産信託4割増/9月末に16兆円/減損会計が影響」日本経済新聞、2006年1月19日</ref>。また、みずほ銀行・みずほコーポレート銀行と信託代理店契約を結んでおり、顧客基盤の共有やみずほプライベートウェルスマネジメントへの紹介、[[証券化]]業務の拡大を進めている。企業融資など銀行業としての役割は他2行に移行し、自身は徐々に信託特化へ動いている。このため、利益に占める信託報酬などの手数料収入が、融資業務による資金利益の2倍近くに達しており、この比率は大手信託銀行で最も大きい<ref>「[ |
旧安田信託時代から[[住友信託銀行]]とともに[[不動産]]分野に強みを持っており、不動産信託では受託残高で20%超のシェアをもち首位である<ref>「不動産信託4割増/9月末に16兆円/減損会計が影響」日本経済新聞、2006年1月19日</ref>。また、みずほ銀行・みずほコーポレート銀行と信託代理店契約を結んでおり、顧客基盤の共有やみずほプライベートウェルスマネジメントへの紹介、[[証券化]]業務の拡大を進めている。企業融資など銀行業としての役割は他2行に移行し、自身は徐々に信託特化へ動いている。このため、利益に占める信託報酬などの手数料収入が、融資業務による資金利益の2倍近くに達しており、この比率は大手信託銀行で最も大きい<ref>「[https://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20061204mh20.htm 信託4行 独自路線上々] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20061214015634/http://www.yomiuri.co.jp/atmoney/mnews/20061204mh20.htm |date=2006年12月14日 }}」読売新聞、2006年12月4日</ref>。 |
||
==== |
==== 日本カストディ銀行 ==== |
||
'''[[資産管理サービス信託銀行]] |
'''[[日本カストディ銀行]]'''の前身である[[資産管理サービス信託銀行]]は、みずほと親密な[[第一生命保険]]、[[朝日生命保険]]、[[明治安田生命保険]]、[[富国生命保険]]が共同で設立した[[マスタートラスト]]専門の[[信託銀行]]であった<ref group="注釈">いわゆる、[[カストディアン]]。</ref>。マスタートラストとは、[[投資信託]]や[[年金]]基金などを受託した[[機関投資家]]が、管理機能の簡素化のため、信託財産として保有する株式を他の金融機関と共同で一本化し預託する仕組み。 |
||
2007年3月末で預り資産残高が200兆円を超え、業界トップの実績となった |
2007年3月末で預り資産残高が200兆円を超え、業界トップの実績となった。みずほグループが株式の過半数(54%)を保有していた。 |
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その後、[[日本トラスティ・サービス信託銀行]]と経営統合し、[[JTCホールディングス]]傘下となった後、JTCホールディングスとともに日本トラスティ・サービス信託銀行に吸収合併され、現在は日本カストディ銀行となっている。 |
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==== みずほプライベートウェルスマネジメント ==== |
==== みずほプライベートウェルスマネジメント ==== |
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'''[[みずほプライベートウェルスマネジメント]]'''は、「"Channel to Discovery" Plan」の一 |
'''[[みずほプライベートウェルスマネジメント]]'''は、「"Channel to Discovery" Plan」の一環で2005年に新設されたプライベートバンキング(富裕層向け資産保全・運用業務)を取り扱う。みずほ銀行やみずほ信託銀行に5億円以上の資産を預ける顧客を対象としている。[[みずほ銀行内幸町本部ビル]]に同居している。 |
||
==== アセットマネジメントOne ==== |
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[[みずほ銀行本店ビル]]に同居している。 |
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'''[[アセットマネジメントOne]]'''(AM-One、アセマネOne)は、[[2016年]]10月1日、みずほFG傘下にあった[[みずほ投信投資顧問]]、[[新光投信]]、[[みずほ信託銀行]]の運用部門、それにみずほFGと[[第一生命保険]]の折半出資会社であった[[DIAMアセットマネジメント]]の計4社の事業統合して発足した(法人格上は、DIAMが新光投信とMHAMを[[合併 (企業)#吸収合併・新設合併|吸収合併]]し、同時にみずほTBの当該部門を[[吸収分割]]方式で継承)。 |
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==== 資産運用2社 ==== |
|||
'''[[みずほ投信投資顧問]]'''、'''[[DIAMアセットマネジメント]]'''の2社を指す。特に、[[第一生命保険]]との折半出資であるDIAMは、年金受託に優位性があり、[[2000年]]以降国内の資産運用会社中首位を維持している。 |
|||
みずほ投信投資顧問は、第一勧業アセットマネジメントと富士投信投資顧問の2社が、2007年7月に合併したもの。2社合算の投資信託運用残高は1兆7,083億円で、日本第7位の規模である<ref>「[http://today.reuters.co.jp/stocks/FinanceArticle.aspx?view=CN&symbol=8411.T&storyid=102080+24-Jan-2007+RTRS みずほ系の第一勧業アセットと富士投信が7月に合併、公募投信残高で7位に]」ロイター、2007年1月24日</ref>。 |
|||
=== グループ戦略子会社 === |
=== グループ戦略子会社 === |
||
'''グループ戦略子会社'''は、[[シンクタンク]]事業や[[システムインテグレーター|システムインテグレーション]]など、金融業務に付随する調査・開発を受け持つ |
'''グループ戦略子会社'''は、[[シンクタンク]]事業や[[システムインテグレーター|システムインテグレーション]]など、金融業務に付随する調査・開発を受け持つ。 |
||
* '''[[みずほ総合研究所]]''' - 第一勧銀経営センターなどのコンサルティング業務を承継。 |
|||
* '''[[みずほ情報総研]]''' - 勘定系システムほか外部企業からの委託開発なども受け持つ。[[2020年]][[11月13日]]、[[みずほトラストシステムズ|株式会社みずほトラストシステムズ]](本社:東京都[[調布市]][[国領町 (調布市)|国領町]])を合併<ref>[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/20201113release_jp.html みずほ情報総研株式会社と株式会社みずほトラストシステムズによる合併契約締結について] みずほフィナンシャルグループ、2020年11月13日</ref><ref>{{PDFlink|[https://www.mizuho-fg.co.jp/release/pdf/20201113release_jp.pdf みずほ情報総研株式会社と株式会社みずほトラストシステムズによる合併契約締結について]}} みずほ情報総研株式会社、株式会社みずほトラストシステムズ、株式会社 みずほフィナンシャルグループ、2020年11月13日</ref>。 |
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== 経営 == |
|||
** 上記2社が2021年に合併し、'''[[みずほリサーチ&テクノロジーズ]]'''が発足。 |
|||
{{更新|section=1}} |
|||
[[2007年]][[6月26日]]現在、[[取締役]]および[[監査役]]は以下の14名。また、[[監査法人]]は[[新日本監査法人]]である<ref name="yuho" />。 |
|||
<div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> |
|||
* 代表取締役社長:[[前田晃伸]] - 富士銀出身 |
|||
* 代表取締役副社長:小野正人 - 第一勧銀出身 |
|||
* 常務取締役:[[西堀利]] - 富士銀出身 |
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* 常務取締役:本山博史 - 興銀出身 |
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* 取締役:[[齋藤宏]] - 兼[[みずほコーポレート銀行]]頭取、興銀出身 |
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* 取締役:[[杉山清次]] - 兼[[みずほ銀行]]頭取、第一勧銀(旧[[日本勧業銀行|勧銀]])出身 |
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* 常勤監査役:杉田義明 - 富士銀出身 |
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* 常勤監査役:山本茂 - 興銀出身 |
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</div><div style="float: left; vertical-align: top; white-space: nowrap; margin-right: 1em;"> |
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* 社外取締役:野見山昭彦 - [[新日鉱ホールディングス]]相談役 |
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* 社外取締役:[[大橋光夫]] - [[昭和電工]]会長 |
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* 社外取締役:安樂兼光 - 元[[日産自動車]]副会長 |
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* 社外監査役:[[野﨑幸雄]] - 弁護士、元[[仙台高等裁判所|仙台高裁]]・[[名古屋高等裁判所|名古屋高裁]]長官 |
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* 社外監査役:関正弘 - 元[[デロイト トウシュ トーマツ|デロイト]]東京事務所総代表、関公認会計士事務所 |
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* 社外監査役:角谷正彦 - 元[[国税庁]]長官、元[[中小企業金融公庫]]総裁 |
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</div><br style="clear: left;" /> |
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== 役員 == |
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[[2000年]]のみずほホールディングス発足時には、第一勧銀会長兼頭取の[[杉田力之]]が社長に、富士銀頭取の[[山本惠朗]]と興銀頭取の[[西村正雄]]が会長に就任し、対外的には3人揃って共同[[最高経営責任者|CEO]](Co-CEO)という肩書きを名乗っていた。 |
[[2000年]]のみずほホールディングス発足時には、第一勧銀会長兼頭取の[[杉田力之]]が社長に、富士銀頭取の[[山本惠朗]]と興銀頭取の[[西村正雄]]が会長に就任し、対外的には3人揃って共同[[最高経営責任者|CEO]](Co-CEO)という肩書きを名乗っていた。 |
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杉田は[[2002年]]以降も留任する意向だったが、その在職期間中に業績が急激に悪化、株価も大幅に下落し、杉田自身も体調を崩して入院したため、退任を余儀なくされた。当初は3人を「特別顧問」の地位で残す方針もあったが、これも撤回されたのに加え、退職金も支払われなかった。経営責任の明確化、順送り人事の廃止によるコーポレートガバナンス向上を求める市場からの圧力の結果、最終的には9人の役員全員が退任した<ref>「みずほ経営陣9人の退任、順送り人事に危機感」読売新聞、2001年11月24日</ref>。 |
杉田は[[2002年]]以降も留任する意向だったが、その在職期間中に業績が急激に悪化、株価も大幅に下落し、杉田自身も体調を崩して入院したため、退任を余儀なくされた。当初は3人を「特別顧問」の地位で残す方針もあったが、これも撤回されたのに加え、退職金も支払われなかった。経営責任の明確化、順送り人事の廃止によるコーポレートガバナンス向上を求める市場からの圧力の結果、最終的には9人の役員全員が退任した<ref>「みずほ経営陣9人の退任、順送り人事に危機感」読売新聞、2001年11月24日</ref>。 |
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{{See2|[https://www.mizuho-fg.co.jp/company/info/executives/index.html 「現在の役員については、公式サイトの役員一覧を」]}} |
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こうした経緯により、3大メガバンクで唯一、みずほには会長職が存在しなかったが、2009年4月1日付で、FGの社長および傘下2行の頭取にそれぞれの筆頭格の副社長・副頭取が昇格するため、現在の3トップは、新設される代表権のない会長に就任予定。 |
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== CSR・ESG経営における取り組み == |
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== ブランディング == |
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=== 教育機関への社会的支援 === |
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{{色}} |
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{| style ="float:right; margin:0 0 .5em .5em; border:1px solid #ccc; ppadding:3px; background:#f9f9f9; font-size:94%;" |
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| style="height:3em; background:rgb(15,15,111)" |<br /> |
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| style="height:3em; background:rgb(254,0,13)" |<br /> |
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|- |
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| コズミックブルー |
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| ホライズンレッド |
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|} |
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[[ファイル:US long grain rice.jpg|thumb|150px|瑞穂]] |
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[[ブランド|ブランディング]]は[[インターブランド]]が手がけた<ref>「[http://www.interbrand.com/portfolio_details.asp?language=japanese&portfolio=2022 ポートフォリオの詳細 事例―Mizuho Financial Group]」、インターブランド</ref>。「みずほ・みづほ(瑞穂)」は、みずみずしい[[イネ|稲]]の穂を意味する。この言葉は「葦原千五百秋瑞穂国」として[[日本書紀]]にも登場し、実り豊かな[[日本]]を形容した<ref group="注">なお、「みずほ」の名称を用いるものについては、[[瑞穂#「みずほ」表記]]や[[特別:Prefixindex/みずほ|みずほで始まる記事の一覧]]、[[特別:Prefixindex/瑞穂|瑞穂で始まる記事の一覧]]に詳しい。</ref>。「日本を代表する金融グループを目指す」との願いを込めて、社員からの公募により策定<ref>「[http://web.archive.org/web/19991014015509/http://www.nikkei.co.jp/topic3/tokushu4/#deei030717 共同持ち株会社の名称を行内公募・賞金100万円]」日本経済新聞、1999年9月17日</ref>。[[コーポレートカラー|ブランドカラー]]は〈みずほコズミックブルー〉と〈みずほホライズンレッド〉。ロゴマークの赤い円弧は太陽出づる地平線を表す。 |
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「みずほ」は、かつて存在した「[[さくら銀行]]」「[[あさひ銀行]]」と同じく[[平仮名]]・[[大和言葉]]銀行であり、日本語話者に奥行きある語感を与える。特に「軽快さ」の印象が強く、次いで「鋭さ・強さ」「庶民性・適応性」「清潔・健康」「静的」な感じがあり、2003年当時の5都銀の名称中で最も訴求力に優れていると分析されている<ref>木通隆行『ネーミングの極意』 筑摩書房 〈ちくま新書〉、2004年、pp. 91-97、ISBN 4-4800-6170-3</ref>。 |
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発足から間もない頃は、Mizuhoの頭文字「M」と、[[地球]]をモチーフとした円弧から成るロゴを使用していた<ref>M「[http://web.archive.org/web/20010918194851/www.mizuho-fg.co.jp/sousetu/gaiyo/gaiyo_03.html 3行統合による「みずほフィナンシャルグループ」の創設]」、<nowiki>http://www.mizuho-fg.co.jp/sousetu/gaiyo/gaiyo_03.html</nowiki>、Internet Archive、2001年9月18日</ref>。早い段階で統合を済ませた[[みずほインベスターズ証券]]などの店舗看板に見られた時期があったが、[[2001年]][[10月11日]]に現行のロゴを発表<ref name="brand">M「[http://www.mizuho-fg.co.jp/release/2001/news/news_011011.html みずほフィナンシャルグループの「ブランドステートメント」および「ブランドロゴ」について]」2001年10月11日</ref>、今では全く使用されていない。 |
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旧財閥系の名前を残した[[三菱東京UFJ銀行]]や[[三井住友銀行]]と比べてブランド力や知名度に劣るとされていたが<ref>「[http://megalodon.jp/?url=http://www.asahi.com/business/update/1105/002.html&date=20061113184542 メガバンク、再び世界市場へ/みずほ、8日にNY上場]」朝日新聞、2006年11月5日</ref>、[[イギリス]]の金融専門誌「''The Banker''」2006年11月号による格付ではブランド価値60億9,000万[[アメリカ合衆国ドル|ドル]]で、邦銀首位の第22位にランクインした<ref>「[http://megalodon.jp/?url=http://www.kobe-np.co.jp/kyodonews/news/0000162692.shtml&date=20061110222727 みずほ22位、日本勢は6社]」神戸新聞、2006年11月10日</ref>。なお、三菱UFJは第34位、三井住友は第35位となっている。 |
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=== ブランドステートメント === |
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; Value Communication : お客さまの夢や歓びを、お客さまとわかちあうこと。[[2002年]] - [[2005年]]<ref name="brand" /> |
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; Channel to Discovery : より良い未来をつくる金融であるために。2005年 - 現在 |
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== 社会事業 == |
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近年の金融教育の高まりに合わせて、各大学への支援・協賛活動に力を入れている。 |
近年の金融教育の高まりに合わせて、各大学への支援・協賛活動に力を入れている。 |
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[[2006年]][[3月24日]]の[[早稲田大学]][[政治経済学部]]を皮切りに、[[一橋大学]][[商学部]]、[[慶應義塾大学]]商学部、[[東京大学]][[経済学部]]・[[法科大学院]]、[[京都大学]]経済学部に寄付講座を開設した。特に東京大学の場合は、合わせて[[2007年]]に新設される金融学科にも資金拠出を行い、東大経済学部に88年ぶりに新学科が設置される運びとなった<ref>「[ |
[[2006年]][[3月24日]]の[[早稲田大学]][[政治経済学部]]を皮切りに、[[一橋大学]][[商学部]]、[[慶應義塾大学]]商学部、[[東京大学]][[経済学部]]・[[法科大学院]]、[[京都大学]]経済学部に寄付講座を開設した。特に東京大学の場合は、合わせて[[2007年]]に新設される金融学科にも資金拠出を行い、東大経済学部に88年ぶりに新学科が設置される運びとなった<ref>「[https://www.yomiuri.co.jp/kyoiku/news/20060729ur01.htm 東大から「金融のプロ」経済学部に新学科]{{リンク切れ|date=2017年1月}}」読売新聞、2006年7月29日</ref>。なお、みずほグループは東大生の最多就職先でもある<ref>「[http://www.utnp.org/2006/06/05_3.html 金融系が大幅に増加/05年度進路状況]{{リンク切れ|date=2017年1月}}」東京大学新聞、2006年6月20日</ref>。 |
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また、教員養成系の[[東京学芸大学]]とは、より低年齢の[[小中学生]]を対象とした金融教育で共同研究を行っている。こちらは投資手法を教えるのではなく、[[クレサラ問題]]や[[金融犯罪]]などの学習を中心としている。 |
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また、教員養成系の[[東京学芸大学]]とは、より低年齢の小中学生を対象とした金融教育で共同研究を行っている。こちらは投資手法を教えるのではなく、[[クレサラ問題]]や金融犯罪などの学習を中心としている。 |
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このほか、旧[[富士銀行]]時代の[[1968年]]から、[[損害保険ジャパン|損保ジャパン]](当時は[[安田火災]])・[[明治安田生命保険|明治安田生命]](当時は[[安田生命]])、[[第一生命保険|第一生命]]と共同で、全国の[[小学校]]に入学する新1年生を対象に交通安全のための「黄色いワッペン」を配布している。ただのワッペンではなく、交通事故を対象とした有効期間1年の[[傷害保険]]付のもの。これまでに手にした児童は累計5,000万人を数える<ref>「[http://www.excite.co.jp/News/bit/00091111037701.html 小学生の黄色いワッペンには保険が付いていた]」エキサイトニュース、2005年3月18日</ref>。 |
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このほか、旧[[富士銀行]]時代の[[1968年]]から、[[損害保険ジャパン|損保ジャパン]](当時は[[安田火災]])・[[明治安田生命保険|明治安田生命]](当時は[[安田生命]])、[[第一生命保険|第一生命]]と共同で、全国の[[小学校]]に入学する新1年生を対象に交通安全のための「[[黄色いワッペン]]」を配布している。ただのワッペンではなく、交通事故を対象とした有効期間1年の[[傷害保険]]付のもの(ただし、保険適用は学校が定めた[[通学路]]において登下校時に発生した事故のみ)。これまでに手にした児童は累計5,000万人を数える<ref>「[https://www.excite.co.jp/news/article/00091111037701/ 小学生の黄色いワッペンには保険が付いていた]」エキサイトニュース、2005年3月18日</ref>。 |
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[[東京国際マラソン]]の[[スポンサー]]を[[2000年]]・[[2001年]]に務めた。 |
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=== アメリカ同時多発テロ === |
=== アメリカ同時多発テロ === |
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みずほ銀行・みずほコーポレート銀行 への経営統合を目前にした2001年[[9月11日]]、[[アメリカ同時多発テロ事件]]により、[[ニューヨーク世界貿易センタービル|世界貿易センタービル]](WTC)南棟に入居していた みずほフィナンシャルグループ 傘下の 富士銀行 [[ニューヨーク]]支店の23名(うち日本人行員は12人)が死去・行方不明となった。旅客機が突入したのは南棟の78-85階部分であり、同支店は丁度79-82階の4フロアを占めていた。日本企業としては最悪の犠牲者数であった。同じく みずほフィナンシャルグループ 傘下に入っていた [[第一勧業銀行]] と [[日本興業銀行]] もWTCに入居していたが、この2行の行員の死者はなかった。 |
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[[ファイル:911 attacks cenotaph, Fuji Bank.jpg|thumb|200px|みずほフィナンシャルグループ本社前の慰霊碑]] |
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経営統合を目前にした2001年[[9月11日]]、[[アメリカ同時多発テロ事件]]により、[[ニューヨーク世界貿易センタービル|世界貿易センタービル]](WTC)南棟に入居していた富士銀行[[ニューヨーク]]支店の23名(うち日本人行員12人)が死去・行方不明となった。旅客機が突入したのは南棟の78-85階部分であり、同支店は丁度79-82階の4フロアを占めていた。日本企業としては最悪の犠牲者数であった。[[第一勧業銀行|第一勧銀]]と[[日本興業銀行|興銀]]もWTCに入居していたが、死者はなかった。 |
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[[9月21日]]には、当時のみずほホールディングスが、救援活動を支援するため、[[日本赤十字社]]に100万米ドルの寄付すると発表した。あわせて取引先 |
[[9月21日]]には、当時の みずほホールディングスが、救援活動を支援するため、[[日本赤十字社]]に100万米ドルの寄付すると発表した。あわせて取引先などからの激励や見舞い、現地での直接の支援を受けていることに対して感謝の旨を記した<ref>クローズアップ現代「[https://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2001/0111-4.html シリーズNY発 (4) ・アメリカはどこへ/復旧への闘い〜富士銀行ニューヨーク支店〜] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070930024553/http://www.nhk.or.jp/gendai/kiroku2001/0111-4.html |date=2007年9月30日 }}」日本放送協会、2001年11月21日放送</ref>。 |
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事件から4年を経た2005年9月11日、みずほフィナンシャルグループ本社(旧[[富士銀行]]本店)前に、事件のメモリアルとしての追悼[[モニュメント]]が設置された。母子像を中心とする[[青銅|ブロンズ]]像と、ニューヨーク消防当局から寄贈されたWTCビルの鉄骨が展示されており、その隣には犠牲者の氏名が刻まれている<ref>「[http://www6.ocn.ne.jp/~jfam911/MemorialJapan.html 5-2. 日本国内のモニュメント]」[http://www6.ocn.ne.jp/~jfam911/index.html 9.11日本人犠牲者家族のためのホームページ]、2005年9月</ref>。 |
事件から4年を経た2005年9月11日、みずほフィナンシャルグループ本社(旧:[[富士銀行]]本店)前に、事件のメモリアルとしての追悼[[モニュメント]]が設置された。母子像を中心とする[[青銅|ブロンズ]]像と、ニューヨーク消防当局から寄贈されたWTCビルの鉄骨が展示されており、その隣には犠牲者の氏名が刻まれている<ref>「[http://www6.ocn.ne.jp/~jfam911/MemorialJapan.html 5-2. 日本国内のモニュメント] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20061214193001/http://www6.ocn.ne.jp/~jfam911/MemorialJapan.html |date=2006年12月14日 }}」[http://www6.ocn.ne.jp/~jfam911/index.html 9.11日本人犠牲者家族のためのホームページ] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20061216135709/http://www6.ocn.ne.jp/~jfam911/index.html |date=2006年12月16日 }}、2005年9月</ref>。 |
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=== その他 === |
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[[東京国際女子マラソン]]の[[スポンサー]]を[[2000年]]・[[2001年]]に務めた。 |
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従業員の健康を重視した経営を行っている会社を表彰する「健康経営優良法人2017」<ref>[https://www.meti.go.jp/press/2016/02/20170221008/20170221008-1.pdf 「健康経営優良法人 2017」認定法人一覧] 経済産業省 2017年2月21日</ref>、女性活躍に優れた会社を選定する「準なでしこ銘柄」<ref>[https://www.meti.go.jp/policy/economy/jinzai/diversity/nadeshiko.html 女性活躍に優れた上場企業を選定「なでしこ銘柄」] 経済産業省</ref>、LGBTに関するダイバーシティ経営における「PRIDE指標(ゴールド)」<ref>[https://workwithpride.jp/pride/report2017.pdf PRIDE指標2017レポート] work with Pride実行委員会 2017年10月11日</ref>などの受賞・認定を受けている。 |
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== 親密・提携関係の金融機関 == |
== 親密・提携関係の金融機関 == |
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=== 生命保険・損害保険 === |
=== 生命保険・損害保険 === |
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旧興銀は[[第一生命保険]]と[[1998年]]から全面提携を締結し、現在も継続されている。第一生命は[[損害保険ジャパン]]とも提携しているが、こちらも前身の旧安田火災が富士銀系、旧日産火災が第一勧銀系であり、丁度みずほFGに対応している。[[みずほグループ]]の銀行・生保・損保というと、この3社が代表である<ref>「[ |
旧:興銀は[[第一生命保険]]と[[1998年]]から全面提携を締結し、現在も継続されている。第一生命は[[損害保険ジャパン]]とも提携しているが、こちらも前身の旧:安田火災が富士銀系、旧:日産火災が第一勧銀系であり、丁度みずほFGに対応している。[[みずほグループ]]の銀行・生保・損保というと、この3社が代表である<ref>「[https://www.dai-ichi-life.co.jp/company/gyouseki/gyseki06/date/66_67.pdf 生涯設計の完成に向けた業務提携] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070928131708/http://www.dai-ichi-life.co.jp/company/gyouseki/gyseki06/date/66_67.pdf |date=2007年9月28日 }}」『[https://www.dai-ichi-life.co.jp/company/gyouseki/gyseki06/index.html 第一生命の現状] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20061108170153/http://www.dai-ichi-life.co.jp/company/gyouseki/gyseki06/index.html |date=2006年11月8日 }}』2006年</ref>。 |
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第一生命との共同出資会社に[[ |
第一生命との共同出資会社に[[アセットマネジメントOne]]、さらに[[損害保険ジャパン]]を加えた[[みずほ第一フィナンシャルテクノロジー]]がある。 |
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[[根津財閥]]・[[古河財閥]]の流れから[[第一勧銀グループ]]に属した[[富国生命保険]]・[[朝日生命保険]]とも親密である。これらは[[ |
[[根津財閥]]・[[古河財閥]]の流れから[[第一勧銀グループ]]に属した[[富国生命保険]]・[[朝日生命保険]]とも親密である。これらは[[日本カストディ銀行]]に出資している。 |
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[[東京海上日動火災保険]]は旧日動火災が富士銀系であったが、旧東京海上は[[三菱グループ]]であり、みずほグループには他にも上のような保険会社があることから関係は疎遠となっている。同じく[[明治安田生命保険]]も旧安田生命が富士銀系であったが、旧明治生命が属する三菱色が強い。ただし、いずれも[[芙蓉グループ|芙蓉懇談会]]のメンバーは続けており、またそもそも三菱グループの保険会社は[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]など他の三菱系金融グループと必ずしも親密でなく、独立志向が強い<ref>「あくまで三菱東京フィナンシャル・グループに軸足を置く/東京海上との「統合」を蹴った明治生命・金子亮太郎の「心境」」『財界』2000年12月5日号 pp. 41-45</ref>。 |
[[東京海上日動火災保険]]は旧:日動火災が富士銀系であったが、旧:東京海上は[[三菱グループ]]であり、みずほグループには他にも上のような保険会社があることから関係は疎遠となっている。同じく[[明治安田生命保険]]も旧:安田生命が富士銀系であったが、旧:明治生命が属する三菱色が強い。ただし、いずれも[[芙蓉グループ|芙蓉懇談会]]のメンバーは続けており、またそもそも三菱グループの保険会社は[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]など他の三菱系金融グループと必ずしも親密でなく、独立志向が強い<ref>「あくまで三菱東京フィナンシャル・グループに軸足を置く/東京海上との「統合」を蹴った明治生命・金子亮太郎の「心境」」『財界』2000年12月5日号 pp. 41-45</ref>。 |
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=== 地方銀行 === |
=== 地方銀行 === |
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富士銀の前身である安田銀行は、[[昭和恐慌]]の際に全国各地の中小銀行を積極的に救済したことから、この流れを汲んで現在も親密な[[地方銀行]]がある。戦後関係を持った地銀も含むが、[[ほくほくフィナンシャルグループ]]傘下の[[北海道銀行]]・[[北陸銀行]]、[[みちのく銀行]]、[[荘内銀行]]、[[千葉興業銀行]]、[[四国銀行]]、[[大垣共立銀行]]などが富士銀系である<ref>「千葉興業、東京都民、荘内に見るみずほとの親密関係」『金融ビジネス』2004年11月号</ref>。 |
富士銀の前身である安田銀行は、[[昭和恐慌]]の際に全国各地の中小銀行を積極的に救済したことから、この流れを汲んで現在も親密な[[地方銀行]]がある。戦後関係を持った地銀も含むが、[[ほくほくフィナンシャルグループ]]傘下の[[北海道銀行]]・[[北陸銀行]]、[[みちのく銀行]]、[[荘内銀行]]、[[千葉興業銀行]]、[[四国銀行]]、[[大垣共立銀行]]などが富士銀系である<ref>「千葉興業、東京都民、荘内に見るみずほとの親密関係」『金融ビジネス』2004年11月号</ref>。 |
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みちのく銀は[[上杉純雄]]元会長が富士銀の元常務であり、部長級の役員を富士銀が派遣していたこともある<ref>「みちのく銀、新体制を発表…企業統治立て直しへ」読売新聞、2005年5月30日</ref>。特徴だった[[ロシア]]業務を[[みずほコーポレート銀行]]に売却した<ref>「[https://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/20061012224331.asp みち銀ロシア法人を70億円で譲渡] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20070927001724/http://www.toonippo.co.jp/news_too/nto2006/20061012224331.asp |date=2007年9月27日 }}」東奥日報、2006年10月12日</ref>。荘銀も富士銀の米沢支店、前身安田銀行の鶴岡・酒田支店を継承しているなど戦前から関係が深い<ref>[https://www.shonai.co.jp/investor/profile/history/index.htm 荘内銀行 > 株主・投資家の方へ > 企業概要 > 沿革] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20060908163908/http://www.shonai.co.jp/investor/profile/history/index.htm |date=2006年9月8日 }}</ref>。千葉興銀は旧安田系であり、[[芙蓉グループ]]のメンバーでもある。経営危機の際にみずほFGから支援を受け、現在もみずほ銀が筆頭株主である。[[肥後銀行]]も戦前において旧安田系であったため、[[稲垣精一]]、[[小栗宏夫]]はいずれも富士銀常務、[[笠原慶久]]が富士銀行、みずほ信託常務を経て頭取<ref group="注釈">笠原は、加えて[[金融持株会社]]の[[九州フィナンシャルグループ]]社長。</ref>に就任している。 |
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[[2008年]]5月、北都銀行と荘内銀行が持株会社による経営統合を発表した。[[2009年]]10月の[[フィデアホールディングス]]の発足に至ったこの統合には、みずほによる仲介・アドバイザリーがあったという<ref>「[https://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20080514-OYT8T00786.htm 北都・荘内銀行統合 再来年4月、持ち株会社設立へ]{{リンク切れ|date=2017年1月}}」読売新聞、2008年5月15日</ref>。また、フィデアホールディングスの取締役会議長には、旧:富士銀行出身で、旧:みずほ銀行で頭取を務めた[[西堀利]]を送り込んでいる。 |
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第一勧銀も、[[第一銀行]]の設立者である[[渋沢栄一]]が関わった[[七十七銀行]]<ref group="注">なお、現・副頭取の[[氏家照彦]]は旧興銀出身であると同時に創業者の家系の傍系(分家筋)に当たる(なお、氏家の父・[[氏家榮一]]は[[日銀]]出身で、七十七銀行の元頭取でもある)。</ref>、前頭取(元・[[地銀協]]会長)が[[第一銀行]]出身の[[東邦銀行]]、みずほコーポレート銀行が筆頭株主の[[北都銀行]]、会長の[[井手和英]]・副頭取の[[佐藤清一郎]]が第一勧銀出身である[[筑邦銀行]]などを親密先にもつ。 |
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第一勧銀も、[[第一銀行]]の設立者である[[渋沢栄一]]が関わった[[七十七銀行]]、[[フィデアホールディングス]]の子会社化までの間みずほコーポレート銀行が筆頭株主であった[[北都銀行]]、会長の[[井手和英]]・頭取の[[佐藤清一郎 (銀行家)|佐藤清一郎]]が旧:[[日本勧業銀行]]出身である[[筑邦銀行]]、一時期富士銀とセットで経営支援して復活に導いた[[千葉興業銀行]]などを親密先にもつ。 |
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2008年5月、北都銀行と荘内銀行が持株会社による経営統合を発表した。この統合にはみずほによる仲介・アドバイザリーがあったという<ref>「[http://www.yomiuri.co.jp/e-japan/akita/news/20080514-OYT8T00786.htm 北都・荘内銀行統合 再来年4月、持ち株会社設立へ]」読売新聞、2008年5月15日</ref>。 |
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[[戦後地銀]]の[[東京都民銀行]]は興銀の協力のもと設立されたもので、 |
[[戦後地銀]]の[[東京都民銀行]](現:[[きらぼし銀行]])は興銀の協力のもと官民一体により設立されたもので、興銀系であった。また、京滋の[[京都銀行]]・[[滋賀銀行]]をはじめ、地銀でも興銀から資本・融資を含む何らかの支援を受けていたところもある。 |
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=== 第二地方銀行 === |
=== 第二地方銀行 === |
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[[きらやかホールディングス]]傘下だった、旧:[[山形しあわせ銀行]]が富士銀系、旧:[[殖産銀行]]がDKB系であった<ref>[http://market.radionikkei.jp/ipo/20060222_01.cfm 荘内銀行 東証1部上場会見] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20060522193620/http://market.radionikkei.jp/ipo/20060222_01.cfm |date=2006年5月22日 }}、ラジオNIKKEI、2006年2月22日</ref>。 |
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{{更新|section=1}} |
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[[きらやかホールディングス]]傘下だった、旧[[山形しあわせ銀行]]が富士銀系、旧[[殖産銀行]]がDKB系ある。かつては両行とも[[荘内銀行]]との関連が強く、山形しあわせとはシステム共同化を行い、殖産とはみずほ系同士での合併による新銀行・[[ミライオン銀行]]構想が出るなどがあったが、町田頭取(現・取締役会議長)就任後の荘銀が内陸・[[仙台圏]]へ攻勢をかけるなど、荘銀側の大きな状況変化<ref>[http://market.radionikkei.jp/ipo/20060222_01.cfm 荘内銀行 東証1部上場会見]、ラジオNIKKEI、2006年2月22日</ref>でいずれも解消となっている。結果、両行の経営統合となり、[[2007年]][[5月7日]]、[[きらやか銀行]]が発足した。なお、現在のきらやかホールディングスは、[[信託口]]を除けば[[みずほコーポレート銀行]]が筆頭株主となっている。 |
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[[大光銀行]]は旧[[日本長期信用銀行|長銀]]や旧[[日本債券信用銀行|日債銀]]とともに第一勧銀と親密。[[愛媛銀行]]は第一勧銀・三和銀の両者と親密だったが、経営環境悪化等の理由から三和銀との株式持ち合い解消している。 |
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[[大光銀行]]は旧:[[日本長期信用銀行|長銀]]や旧:[[日本債券信用銀行|日債銀]]とともに第一勧銀と親密であり、[[愛媛銀行]]は第一勧銀・三和銀の両行と親密だったが、経営環境悪化などの理由から三和銀との株式持ち合い解消している。 |
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[[仙台銀行]]は、[[みずほコーポレート銀行]]、および、仙銀と同じ[[仙台市]]に本店を置く[[七十七銀行]]が大株主となっている。 |
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[[南日本銀行]]は、石井祥 |
[[南日本銀行]]では、[[石井祥]]、[[森俊英]]の両元頭取が富士銀出身である([[2020年]]現在の頭取はプロパー)。 |
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=== 信用組合 === |
=== 信用組合 === |
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[[第一勧業信用組合]]は第一勧銀の前身である[[日本勧業銀行]]の職域組合が母体となって設立されたが、[[1965年]]以降いくつかの他の信組との合併があり、一般の地域信用組合となっている。[[ロゴタイプ]]の[[書体]]が第一勧銀のそれと同一である。 |
[[第一勧業信用組合]]は第一勧銀の前身である[[日本勧業銀行]]の職域組合が母体となって設立されたが、[[1965年]]以降いくつかの他の信組との合併があり、一般の地域信用組合となっている。[[ロゴタイプ]]の[[書体]]が第一勧銀のそれと同一である。 |
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かつては人材や経営を第一勧銀に依存していたが、現在では関係は薄まり、第一勧銀出身の職員は20名程度に過ぎない<ref>室屋有宏「[ |
かつては人材や経営を第一勧銀に依存していたが、現在では関係は薄まり、第一勧銀出身の職員は20名程度に過ぎない<ref>室屋有宏「[https://www.nochuri.co.jp/report/pdf/f0403fo2.pdf 銀行に近い性格を持ち中小企業金融で先行する第一勧業信用組合]」『金融市場』2004年3月号 p. 41</ref>。 |
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=== 証券会社 === |
=== 証券会社 === |
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[[ファ |
[[File:丸の内ファーストスクウェア.JPG|thumb|180px|[[みずほ証券]]本社<br />([[NTT都市開発|大手町ファーストスクエア]])]] |
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系列の証券会社は概ね |
系列の証券会社は概ね(旧)みずほ証券・[[みずほインベスターズ証券]]に統合され、さらに旧興銀系の[[新光証券]]が(旧)みずほ証券と合併することで合意した。ただし、[[サブプライムローン問題]]に伴う(旧)みずほ証券の損失のため、合併は度々延期されていたが、[[2009年]][[5月7日]]に、法人格上、[[新光証券]]が(旧)みずほ証券を吸収する形で、現在の[[みずほ証券]]が発足。さらに、[[2013年]][[1月4日]]、同社が旧勧銀系の[[みずほインベスターズ証券]]を吸収合併した。 |
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興銀の債券部門を源流にもつ[[日興コーディアルグループ]]があり、[[2004年]]末にはみずほ証券とエクイティ分野 |
興銀の債券部門を源流にもつ[[日興コーディアルグループ]]があり、[[2004年]]末にはみずほ証券とエクイティ分野などで協働提携、みずほFGが資本参加していた。日興では[[2006年]]末に[[有価証券報告書]]虚偽記載問題が発覚し、先立って同社と提携関係にあった[[シティグループ]]による[[株式公開買い付け]]に応じたため、保有する全株式を売却した<ref>「[https://www.news24.jp/79527.html みずほコーポレート銀行 日興株売却を決定] {{webarchive|url=https://web.archive.org/web/20071227141042/http://www.news24.jp/79527.html |date=2007年12月27日 }}」日テレNEWS24、2007年3月16日</ref>。これにより、日興とみずほの資本関係は解消されている。その後、日興は[[三井住友フィナンシャルグループ]]の配下となっている。 |
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=== 外国銀行 === |
=== 外国銀行 === |
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[[2005年]]4月、[[みずほ信託銀行]]は[[バンク・オブ・ニューヨーク]]と[[投資信託|投信]]販売、有価証券管理分野に関する業務提携契約を締結。同じく[[みずほ銀行]]が[[アメリカ合衆国|米国]]東部地盤の[[ワコビア]]、米国西部地盤の[[ウェルズ・ファーゴ]]と富裕層向け資産管理で提携した |
[[2005年]]4月、[[みずほ信託銀行]]は[[バンク・オブ・ニューヨーク]]と[[投資信託|投信]]販売、有価証券管理分野に関する業務提携契約を締結。同じく[[みずほ銀行]]が[[アメリカ合衆国|米国]]東部地盤の[[ワコビア]]、米国西部地盤の[[ウェルズ・ファーゴ]]と富裕層向け資産管理で提携した(後に、ウェルズ・ファーゴはワコビアを吸収)。 |
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[[フランス]]の[[ソシエテ・ジェネラル]]とは[[原油]]デリバティブで、[[オランダ]]の[[ABNアムロ銀行]]とは国際[[CMS]](''Cash Management System'')で業務提携している<ref>M「[ |
[[フランス]]の[[ソシエテ・ジェネラル]]とは[[原油]]デリバティブで、[[オランダ]]の[[ABNアムロ銀行]]とは国際[[キャッシュマネージメントシステム|CMS]](''Cash Management System'')で業務提携している<ref>M「[https://www.mizuho-fg.co.jp/investors/ir/pdf/briefing/200502ubs.pdf みずほコーポレート銀行の経営戦略について]{{リンク切れ|date=2017年1月}}」UBS 2005 Japanese Finance Conference、2005年2月15日</ref>。 |
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=== リース === |
=== リース === |
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みずほグループ発足時、旧勧銀系の[[東京リース]]、旧第一銀行系の[[センチュリー・リーシング・システム]]([[伊藤忠商事]]なども出資)、旧富士銀系の[[芙蓉総合リース]]、旧興銀系の[[みずほリース|興銀リース]]があった。2007年になると、他のメガバンク系列ではリース会社の再編・統合が相次ぎ、[[三井住友フィナンシャルグループ|三井住友FG]]系列の[[三井住友ファイナンス&リース]]、[[三菱UFJフィナンシャル・グループ|三菱UFJFG]]系列の三菱UFJリース(現・[[三菱HCキャピタル]])といった、メガバンク傘下の大規模なリース会社が誕生した。こうした中、みずほグループのリース会社の再編は遅れていたが、[[2009年]]4月に旧第一勧銀系の二社が合併し、業界随一の規模を持つ東京センチュリーリース(後に、[[東京センチュリー]]に改称)が誕生した。存続会社は、センチュリー・リーシング・システムであり、合併方式は吸収合併ではあるが、「両社対等な精神による合併である」とプレスリリースされていた。 |
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旧第一勧銀系の[[東京リース]](4.66%)、[[センチュリー・リーシング・システム]](4.00%)、旧富士銀系の[[芙蓉総合リース]](3.00%)、旧興銀系の[[興銀リース]](4.59%)がある(括弧内は出資比率)。いずれも[[東京証券取引所|東証1部]]へ上場している。 |
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しかしその後のみずほ系のリース会社の再編は遅々として進まず、異なる母体を持つ3社がそれぞれ併存し、なおかつ、いずれの会社も資本的には直接フィナンシャルグループとの関連が薄い状態が続いた。 |
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2006年下半期に[[住友グループ]]系、[[三菱UFJフィナンシャル・グループ]]系の[[リース]]会社による事業統合が相次ぎ、みずほ系リースも業界再編の焦点となっている<ref>浪川攻、大西富士男「[http://www.toyokeizai.net/online/tk/headline/detail.php?kiji_no=94&page= メガバンク系が大統合 "リース大再編"の激震]」週刊東洋経済TKプラス、2006年10月27日</ref>。だが、出資比率が最も低い芙蓉総合リースがWebサイト上で「みずほフィナンシャルグループ」を明示し、興銀リースがみずほフィナンシャルグループの一員であることを表明する<ref>[http://www.ibjl.co.jp/company/introduction.html ごあいさつ]、興銀リース Webサイト</ref>一方、その他は独自の[[M&A]]を展開するなど、足並みは一様ではない。 |
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[[2019年]]になると、みずほ銀行と興銀リースは資本・業務提携を締結し、みずほ銀行が増資を引き受けることで、興銀リースはみずほフィナンシャルグループの持分法適用会社になった。また、10月には興銀リースは[[みずほリース]]に社名を変更した<ref>{{cite news |title=興銀リース、みずほリースに社名変更 航空機事業に注力|author= |agency=|publisher=朝日新聞デジタル |date=2019-02-27|url=https://www.asahi.com/articles/ASM2V62KVM2VULFA02C.html?iref=pc_ss_date|accessdate=2019-03-02}}</ref>。一方、みずほ系列では最も規模が大きい東京センチュリーは、[[2020年]]2月、伊藤忠商事や[[日本電信電話|NTT]]からの増資を受け、伊藤忠商事の持分法適用会社となるなど、逆にみずほグループからの遠心力を働かせている。残る芙蓉総合リースも、みずほグループとは一定の距離を置き続けており、2023年現在でもなお、みずほ系列のリース会社は集約されていない状況が続いている。 |
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=== ノンバンク === |
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[[信用販売|信販]]分野で、旧第一勧銀・富士銀時代から親密であった[[クレディセゾン]]・[[オリエントコーポレーション|オリコ]]と業務提携している<ref name="disclosure07" />。こちらは保証業務などが中心であり、他の[[メガバンク]]と[[消費者金融]]の間に見られる関係(資本参加、「銀行系ローン」の設立等)とは一線を画す。 |
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=== 信販、クレジットカード === |
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消費者金融の[[コマーシャルメッセージ|テレビCM]]や[[広告]]について「個人的には、ちょっと目に付く」(社長の[[前田晃伸]])と批判。[[グレーゾーン金利]]は「明らかに正常ではない」「(みずほに開設された)2,600万口座の既存顧客へのより良いサービス提供が最優先」(同)とコメントしている<ref>[http://www.zenginkyo.or.jp/news/kaiken/news180352.html 全銀協会長 記者会見]、2006年3月22日</ref>。2005年度会社説明会でも「シナジー効果の期待できない消費者金融業界との提携は今後も検討するつもりはない」と断言した<ref>M [http://www.c-hotline.net/?module=Viewer&codeAcc=MIZU8c5721b97aa9f5b4f42a6d7ac6b52001 2006年3月期 会社説明会]、2006年5月31日</ref>。このため「みずほ銀行系キャッシング」のようなサービスは存在しない。 |
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[[信用販売|信販]]分野で、旧富士銀時代から親密であった[[クレディセゾン]]と業務提携している。[[オリエントコーポレーション|オリコ]]は2010年9月にはみずほフィナンシャルグループが筆頭株主となり、同グループの持分法適用関連会社となった。みずほ銀行のATMに掲示されている使用可能クレジットカードの表記では、UCカードやクレディセゾンと並び、他のカード会社と比較して大きく表記されている。 |
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消費者金融の[[コマーシャルメッセージ|テレビCM]]や[[広告]]について「個人的には、ちょっと目に付く」(社長の[[前田晃伸]])と批判。[[グレーゾーン金利]]は「明らかに正常ではない」「(みずほに開設された)2,600万口座の既存顧客へのより良いサービス提供が最優先」(同)とコメントしている<ref>[https://www.zenginkyo.or.jp/news/kaiken/news180352.html 全銀協会長 記者会見]{{リンク切れ|date=2017年1月}}、2006年3月22日</ref>。2005年度会社説明会でも「シナジー効果の期待できない消費者金融業界との提携は今後も検討するつもりはない」と断言した<ref>M [https://www.c-hotline.net/?module=Viewer&codeAcc=MIZU8c5721b97aa9f5b4f42a6d7ac6b52001 2006年3月期 会社説明会]{{リンク切れ|date=2017年1月}}、2006年5月31日</ref>。このため「みずほ銀行系キャッシング」のようなサービスは存在しない。 |
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灰色金利撤廃により、オリコは[[2007年]]3月期決算で過払い金の返還に備える引当金を大幅に積み増す必要に迫られ、2000億円の赤字に転落することとなった。このため、みずほや[[伊藤忠商事]]を引受先とする[[募集株式|第三者割当増資]]を実施、さらにみずほからの借入を株式化し、グループ化される見通し<ref>「[http://today.reuters.co.jp/news/articlenews.aspx?storyID=2007-03-28T165649Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-252983-1.xml オリコ、資本金減少させ資本準備金に振り替え]」ロイター、2007年3月28日</ref>。合わせてみずほと伊藤忠も[[ユーシーカード|UCカード]]事業での提携を発表し、カード分野で新たな事業展開がなされる。 |
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[[グレーゾーン金利]]撤廃により、オリコは[[2007年]]3月期決算で過払い金の返還に備える引当金を大幅に積み増す必要に迫られ、4579億円の赤字に転落することとなった。このため、みずほや[[伊藤忠商事]]を引受先とする[[募集株式|第三者割当増資]]を実施、さらにみずほからの借入を株式化し、グループ化される見通し<ref>「[http://today.reuters.co.jp/news/articlenews.aspx?storyID=2007-03-28T165649Z_01_NOOTR_RTRJONC_0_JAPAN-252983-1.xml オリコ、資本金減少させ資本準備金に振り替え]{{リンク切れ|date=2017年1月}}」ロイター、2007年3月28日</ref>。合わせてみずほと伊藤忠も[[ユーシーカード|UCカード]]事業での提携を発表し、カード分野で新たな事業展開がなされる。 |
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==== クレディセゾンと提携解消へ ==== |
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みずほ銀行とクレディセゾンは、2004年に結んだ包括提携を[[2019年]]10月で解消した。これに伴い、クレディセゾンはみずほFG傘下のUCカードへの31%の出資を引き上げた。また、[[2007年]]4月に、クレディセゾンとUCカードの決済・事務処理業務を統合して設立した[[キュービタス]]は、[[会社分割]]してUCに関わる事業を切り離した。なお、みずほFGとクレディセゾンが関わる[[みずほマイレージクラブ]]カード事業は続ける<ref>{{cite news|title=みずほとクレディセゾンが包括提携解消へ スマホが影響|newspaper=朝日新聞デジタル|date=2019-02-25|url=https://www.asahi.com/articles/ASM2Q5JJXM2QULFA022.html|accessdate=2019-03-02|archiveurl=https://web.archive.org/web/20190310013909/https://www.asahi.com/articles/ASM2Q5JJXM2QULFA022.html|archivedate=2019-03-10}}</ref><ref>{{cite news |title=みずほ・セゾン提携解消 カードの統合進まず|author= |agency=|publisher=日本経済新聞 |date=2019-02-23|url=https://www.nikkei.com/article/DGKKZO41632780S9A220C1EA4000/|accessdate=2019-03-02}}</ref>。 |
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==== 楽天グループと提携 ==== |
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2024年11月13日、[[楽天カード]]との間で資本業務提携を締結。みずほフィナンシャルグループは同年12月1日に[[楽天グループ]]から楽天カードの株式14.99%を取得した<ref>{{Cite web |url=https://www.mizuho-fg.co.jp/release/pdf/20241113_2release_jp.pdf |title=みずほフィナンシャルグループ及び楽天カードによる戦略的な資本業務提携について |access-date=2024-12-03 |date=2024-11-13 |website=株式会社みずほフィナンシャルグループ}}</ref><ref>{{Cite web |title=会社概要 |url=https://www.rakuten-card.co.jp/corporate/info/about/ |website=楽天カード株式会社 |access-date=2024-12-03 |date=2024-12-01}}</ref>。また、みずほフィナンシャルグループ並びにその傘下の銀行・カード会社3社<ref group="注釈">みずほ銀行、ユーシーカード、オリエントコーポレーション。</ref>は楽天カードと楽天グループとの間で業務提携契約を締結<ref name=":0">{{Cite web |url=https://www.mizuho-fg.co.jp/release/pdf/20241113release_jp.pdf |title=みずほフィナンシャルグループ、みずほ銀行、ユーシーカード、オリエントコーポレーション、楽天グループ、楽天カードの業務提携契約の締結について |access-date=2024-12-03 |date=2024-11-13 |website=株式会社みずほフィナンシャルグループ、株式会社みずほ銀行、ユーシーカード株式会社、株式会社オリエントコーポレーション、楽天グループ株式会社、楽天カード株式会社}}</ref>。[[提携カード]]「みずほ楽天カード」の発行やアクワイアリングなどの共通業務の効率化を行うことで合意した<ref name=":0" /><ref>{{Cite web |url=https://www.mizuhobank.co.jp/release/pdf/20241114release_jp.pdf |title=みずほ銀行と楽天カードの提携カード「みずほ楽天カード」を2024年12月3日より提供開始 |access-date=2024-12-03 |date=2024-11-14 |website=株式会社みずほ銀行、楽天カード株式会社}}</ref>。 |
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== ギャラリー == |
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{{Gallery |
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|width=200px |
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|height=150px |
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|lines=3 |
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|ファイル:Marunouchi Center Building 2012-10-08.JPG|初代本社所在地の[[丸の内オアゾ|丸の内センタービル]] |
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|ファイル:Mizuho Financial Group (headquarters).jpg|二代目本社所在地のみずほ銀行大手町本部ビル<br />(旧[[富士銀行]]本店、[[2009年]]に解体) |
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|ファイル:Marunouchi 2chome Building 2012-10-08.JPG|三代目本社所在地の丸の内二丁目ビル(旧[[三菱重工業]]東京本社ビル) |
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}} |
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== 脚注 == |
== 脚注 == |
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{{脚注ヘルプ}} |
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{{reflist|colwidth=30em|group=注}} |
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=== 注釈 === |
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{{reflist|group="注釈"|2}} |
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=== 出典 === |
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先頭に「M」とあるものは、みずほフィナンシャルグループが公表した資料である。 |
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{{Reflist|2}} |
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== 参考文献 == |
== 参考文献 == |
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=== 基本情報 === |
=== 基本情報 === |
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* 「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/mhfg/data07d.html みずほフィナンシャルグループ ディスクロージャー誌]」2007年 |
* 「[https://web.archive.org/web/20070927100421/http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/disclosure/mhfg/data07d.html みずほフィナンシャルグループ ディスクロージャー誌]」2007年 |
||
* 「[http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/report/yuho.html みずほフィナンシャルグループ 有価証券報告書]」2007年 |
* 「[https://web.archive.org/web/20070927100449/http://www.mizuho-fg.co.jp/investors/financial/report/yuho.html みずほフィナンシャルグループ 有価証券報告書]」2007年 |
||
* 「[http://www.mizuho-fg.co.jp/company/about/group/introduction.html 〈みずほ〉のグループ紹介]」(冊子)2007年 |
* 「[https://web.archive.org/web/20070927100547/http://www.mizuho-fg.co.jp/company/about/group/introduction.html 〈みずほ〉のグループ紹介]」(冊子)2007年 |
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=== みずほフィナンシャルグループについて === |
=== みずほフィナンシャルグループについて === |
||
* [[須田慎一郎]]『巨大銀行沈没―みずほ危機の検証』 新潮社〈新潮文庫〉、2006年、ISBN 4- |
* [[須田慎一郎]]『巨大銀行沈没―みずほ危機の検証』 新潮社〈新潮文庫〉、2006年、ISBN 4-10-128351-6 |
||
* [[高杉良]]『銀行大統合―小説みずほFG』 講談社〈講談社文庫〉、2004年、ISBN 4- |
* [[高杉良]]『銀行大統合―小説みずほFG』 講談社〈講談社文庫〉、2004年、ISBN 4-06-274879-7 |
||
* 須田慎一郎『巨大銀行沈没―みずほ失敗の真相』 新潮社、2003年、ISBN 4- |
* 須田慎一郎『巨大銀行沈没―みずほ失敗の真相』 新潮社、2003年、ISBN 4-10-459701-5 |
||
=== 金融業界関係について === |
=== 金融業界関係について === |
||
* 野崎浩成『銀行』 日本経済新聞社〈日経文庫〉、2006年、ISBN 4- |
* 野崎浩成『銀行』 日本経済新聞社〈日経文庫〉、2006年、ISBN 4-532-11712-7 |
||
* 笹島勝人『日本の銀行』 日本経済新聞社〈日経文庫〉、2005年、ISBN 4- |
* 笹島勝人『日本の銀行』 日本経済新聞社〈日経文庫〉、2005年、ISBN 4-532-11075-0 |
||
* 三神万里子『メガバンク決算』 角川書店、2003年、ISBN 4- |
* 三神万里子『メガバンク決算』 角川書店、2003年、ISBN 4-04-883817-2 |
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=== 個別の出典 === |
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先頭に「M」とあるものは、みずほフィナンシャルグループが公表した資料である。 |
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{{脚注ヘルプ}} |
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== 関連項目 == |
== 関連項目 == |
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* [[ワールドビジネスサテライト]](2007年3月までCM提供していた) |
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* [[銀行]] |
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* [[炎のランナー (曲)|炎のランナー]](CMソングに使われていた) |
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* [[メガバンク]] |
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* [[みずほフィナンシャルグループラグビー部]] - ラグビー部。2019年現在、[[関東社会人リーグ (ラグビー)|関東社会人リーグ]]1部に所属。 |
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* [[金融持株会社]] |
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* [[ |
* [[芙蓉グループ]] |
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* [[福岡ドーム|福岡ドーム(みずほPayPayドーム福岡)]] - [[2024年]]より当社と[[PayPay]]が連名で命名権を取得したプロ野球[[福岡ソフトバンクホークス]]のホームスタジアム。 |
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* [[みずほグループ]] |
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* [[ワールドビジネスサテライト]](2007年3月までCM提供していた。現在はみずほコーポレート銀行が提供) |
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* [[炎のランナー]](CMソングに使われている) |
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== 外部リンク == |
== 外部リンク == |
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{{Commons|Category:Mizuho Financial Group}} |
{{Commons|Category:Mizuho Financial Group}} |
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{{Wikinews|みずほFGと農林中金、米国金融持株会社認可をFRBから取得}} |
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{{Wikinewshas|みずほフィナンシャルグループ| |
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* [https://www.mizuho-fg.co.jp/ みずほフィナンシャルグループ] |
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* [[n:みずほFGと農林中金、米国金融持株会社認可をFRBから取得|みずほFGと農林中金、米国金融持株会社認可をFRBから取得]] |
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* {{Facebook|mizuhofg|みずほフィナンシャルグループ(Mizuho)}} |
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* |
* {{YouTube|user=MizuhoFGOfficial|みずほフィナンシャルグループ 公式}} |
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* {{Twitter|mizuhofg_promo|みずほフィナンシャルグループ(広告専用)}} |
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{{みずほフィナンシャルグループ}} |
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[[Category:みずほフィナンシャルグループ|*]] |
[[Category:みずほフィナンシャルグループ|*]] |
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[[Category:日本の金融持株会社]] |
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[[Category: |
[[Category:企業支援]] |
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[[Category: |
[[Category:千代田区大手町の企業]] |
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[[Category: |
[[Category:東証プライム上場企業]] |
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[[Category:NYSE上場企業]] |
[[Category:NYSE上場企業]] |
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[[Category:2003年上場の企業]] |
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[[Category:日経平均株価]] |
[[Category:日経平均株価]] |
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[[Category:東京都の銀行]] |
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[[Category:2003年設立の企業]] |
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[[de:Mizuho Financial Group]] |
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[[Category:TOPIX 100]] |
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[[en:Mizuho Financial Group]] |
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[[Category:JPX日経インデックス400]] |
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[[es:Mizuho Financial Group]] |
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[[fr:Mizuho Financial Group]] |
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[[ro:Mizuho Financial]] |
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[[wuu:瑞穗银行]] |
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[[zh:瑞穗集团]] |
2024年12月11日 (水) 13:17時点における最新版
本社が入居する大手町タワー | |
種類 | 株式会社 |
---|---|
機関設計 | 指名委員会等設置会社[1] |
市場情報 | |
略称 | みずほFG、MHFG |
本社所在地 |
日本 〒100-8333 東京都千代田区大手町一丁目5番5号 (大手町タワー) 北緯35度40分48.1秒 東経139度45分47.5秒 / 北緯35.680028度 東経139.763194度座標: 北緯35度40分48.1秒 東経139度45分47.5秒 / 北緯35.680028度 東経139.763194度 |
設立 | |
業種 | 銀行業 |
法人番号 | 9010001081419 |
事業内容 |
|
代表者 |
木原正裕(取締役兼代表執行役社長兼グループCEO) 武英克(取締役兼代表執行役副社長) |
資本金 | 2,256,767百万円 |
売上高 | 連結:3兆9630億91百万円(2022年3月期) |
経常利益 | 連結:5598億4700万円 (2022年3月期) |
純利益 | 連結:530,479百万円(2022年3月期) |
純資産 | 連結:9,201,031百万円(2022年3月31日現在) |
総資産 | 連結:237,066,142百万円(2022年3月31日現在) |
従業員数 | 2,072人(連結 52,420人)(2022年3月31日現在) |
決算期 | 3月31日 |
会計監査人 | EY新日本有限責任監査法人 |
主要子会社 | |
関係する人物 | |
外部リンク |
www |
特記事項:資本金、売上高、総資産は、2019年3月期有価証券報告書より最新の数値を引用[2]。 |
株式会社みずほフィナンシャルグループ(英: Mizuho Financial Group, Inc.、略称:MHFG)は、 東京都千代田区大手町に本社を置く、日本の大手銀行持株会社。また、みずほフィナンシャルグループを親会社とするみずほ銀行、みずほ信託銀行、みずほ証券などの金融企業からなる企業グループのことを指す。
東証プライム市場およびニューヨーク証券取引所(NYSE)上場企業であり、日経平均株価およびTOPIX Core30、JPX日経インデックス400の構成銘柄の一つ[3][4][5]。
概要
[編集]第一勧業銀行、富士銀行、日本興業銀行およびその関連企業を合併・再編したことによって2000年に発足したみずほホールディングス(現:みずほフィナンシャルストラテジー)の子会社として2003年1月に発足し、同年3月に親子関係を逆転して、みずほグループの統括企業となる(同時に、現在のみずほ信託銀行が合併により発足している)。旧第一勧業銀行は第一勧銀グループ、旧富士銀行は芙蓉グループの中核企業であり、その流れを引き継ぐ。また、旧第一勧業銀行の源流企業は渋沢栄一が日本初の銀行として設立した第一国立銀行である。
2007年現在、総資産・預金量・時価総額などの点で、三菱UFJフィナンシャル・グループ(MUFG)、三井住友フィナンシャルグループ(SMBCグループ)に次ぐ日本第3位の金融グループであり[6]、世界的な銀行の中では、総資産・時価総額で第10位にランクインしている[7]。フォーブス世界企業総合番付2007(Forbes Global 2000)では、トヨタ自動車、MUFG、NTTに次ぐ日本第4位(世界第59位)となった[8]。
2013年から、当グループのブランドスローガンとして「One MIZUHO」、当グループの経営戦略として「One MIZUHO戦略」(銀行・信託・証券一体戦略)が設定されている。各事業子会社を通じて銀行・信託・証券・資産運用・クレジットカードなどの業務を提供しており、法人融資先は上場企業の約7割、個人預金口座数は2400万口座に上り、総資産は237兆円に達する[9]。
2013年7月1日、傘下行であるみずほコーポレート銀行がみずほ銀行を吸収合併し、行名をみずほ銀行に改称した[10]。2017年11月13日、2017年度中間決算の際、収益力向上に向けて、2024年度末までに店舗数を現在の500店舗から100店舗削減し、2026年度末までに人工知能などを使った業務効率化により、グループの従業員数を現在の約7万9000人から6万人に減らす構造改革案を公表した[11]。2019年5月15日、2019年度の連結決算の際、当初計画から3割増やし約130店舗削減を行うと発表した。銀行を取り巻く環境が大きく変化する中で、さらなる経営改善・構造改革を進めるのが狙いである。2019年7月1日、当グループの勘定系システム「MINORI」が、みずほ銀行、および、みずほ信託銀行にて全面的に稼働を開始した。
ブランディング
[編集]コズミックブルー | ホライズンレッド |
ブランディングはインターブランドが手がけた[12]。「みずほ・みづほ(瑞穂)」は、みずみずしい稲の穂を意味する。この言葉は「葦原千五百秋瑞穂国」として日本書紀にも登場し、実り豊かな日本国を形容した。「日本を代表する金融グループを目指す」との願いを込め、社員からの公募により策定された[13]。ブランドカラーは「みずほコズミックブルー」と「みずほホライズンレッド」である。ロゴマークの赤い円弧は太陽出づる地平線を表し、みずほグループの社員一人ひとりの強い意志と情熱を表している。なお、青系統は前身銀行のサインカラーで共通して使用されており、ユーシーカード(株式会社レマン作成)や第一勧業銀行においては発足当初から青と赤の二色を使用していた。
「みずほ」は、かつて存在した「さくら銀行」「あさひ銀行」と同じく平仮名・やまと言葉の銀行であり、日本語話者に奥行きある語感を与える。特に「軽快さ」の印象が強く、次いで「鋭さ・強さ」「庶民性・適応性」「清潔・健康」「静的」な感じがあり、2003年当時の5都銀の名称中で最も訴求力に優れていると分析されている[14]。
2001年9月までは、地球をモチーフとした円弧の左上にMizuhoの頭文字「M」を一筆書きしたロゴを使用していた[15]。早い段階で統合を済ませたみずほインベスターズ証券などの店舗看板に見られた時期があったが、2001年10月11日に現行のロゴを発表[16]、今では全く使用されていない。
旧財閥系の名前を残した三菱UFJ銀行や三井住友銀行と比べてブランド力や知名度に劣るとされていたが[17]、イギリスの金融専門誌「The Banker」2006年11月号による格付ではブランド価値60億9000万ドルで、邦銀首位の第22位にランクインした[18]。なお、三菱UFJは第34位、三井住友は第35位となっている。
ブランドステートメント
[編集]- Value Communication
- お客さまの夢や歓びを、お客さまとわかちあうこと。2002年 - 2005年[16]
- Channel to Discovery
- より良い未来をつくる金融であるために。2005年 - 2013年
- One MIZUHO
- 未来へ。お客さまとともに 2011年 - 2013年(サブスローガンとして)
CM
[編集]メディアでのCM活動は、基本的に傘下企業による個別出稿・提供の形を採るが、前述のブランドステートメント「One MIZUHO」を前面に押し出すようになってからは、グループとして出演者などを統一するようになっている。 2023年10月の時点では、黒島結菜をグループ共通のメインキャラクターとして起用している。過去には黒島結菜のほかに玉山鉄二や鈴木亮平、福士蒼汰の3人をメインとして、テーマごとにメンバーを加える形となり、例えば「資産承継」編には大和田伸也が、みずほ証券のCMには結城さなえ[20]が加わっていた。これ以外に、オリンピック・パラリンピックへの出場が期待される若手アスリートを起用したものやサッカー日本代表を起用したものも、随時展開されている。YouTubeにおけるCM動画公開も、個別傘下企業単位ではなくグループとして一体的に行っている。
歴史
[編集]年表
[編集]- 1999年8月20日 - 第一勧銀・富士銀・興銀の頭取らが記者会見、経営統合を発表。
- 2000年
- 9月29日 - 第一勧銀・富士銀・興銀が株式移転により株式会社みずほホールディングス(HD)を設立。
- 10月1日 - 傘下の信託・証券子会社が合併。みずほ信託銀行(旧)・みずほ証券(旧)・みずほインベスターズ証券が発足。
- 2002年4月1日 - 傘下の銀行が合併。みずほ銀行(旧)・みずほコーポレート銀行が発足。
- 2003年
- 1月8日 - みずほHDが全額出資により株式会社みずほフィナンシャルグループを設立。
- 3月12日 - みずほHDとの株式交換により同社の完全親会社となる。みずほアセット信託銀行(2002年4月1日、安田信託銀行から改称)がみずほ信託銀行(旧)と合併し、みずほ信託銀行(新)に改称。
- 2004年2月2日 - 本社をみずほ銀行大手町本部ビルに移転(みずほHDの本社も同様に移転)[21]。
- 2005年10月1日 - みずほHDからみずほ銀行とみずほコーポレート銀行の株式を取得して、直接の完全子会社化。中間持株会社ではなくなったみずほHDはみずほフィナンシャルストラテジーに商号変更。みずほフィナンシャルストラテジーと共同で会社分割を行う。
- 2008年8月4日 - みずほ銀行大手町本部ビルの借地権切れ・建て替えに伴い、丸の内二丁目にある丸の内二丁目ビルに移転[22]。
- 2009年5月7日 - 新光証券がみずほ証券(旧)と合併し、みずほ証券と改称。
- 2011年
- 2013年
- 1月4日 - みずほ証券がみずほインベスターズ証券を吸収合併。これに併せて、みずほコーポレート銀行・みずほ銀行との株式交換に伴い、農林中金保有分を除く全株式を取得し、みずほ証券を当社の直接子会社化。
- 7月1日 - みずほコーポレート銀行がみずほ銀行を吸収合併し、行名をみずほ銀行に改称。
- 9月27日 - みずほ銀行暴力団融資事件により、子会社みずほ銀行が業務改善命令を受ける。
- 12月9日 - 本社を大手町タワーへ移転。本部機能の一部は、みずほ銀行内幸町本部ビル[注釈 3]へ移設。
- 2014年5月7日 - みずほ銀行の本店を大手町タワーに移転。本店と同じビルに所在する丸の内中央支店は、先行して移転していた東京中央支店とのブランチインブランチとなった。
- 2016年10月1日 - みずほ投信投資顧問、新光投信、みずほ信託銀行の運用部門、第一生命保険との折半出資会社であったDIAMアセットマネジメントを事業統合。アセットマネジメントOneを設立。
- 2017年10月24日 - 旧3行のシステム統合を目指して進行していた勘定系システムについて、完成の目途がついたと報道された[24]。
- 2020年10月1日 - 普通株式10株を1株に併合する株式併合を実施した[25]。
前身
[編集]行名 | 第一勧業銀行 | 富士銀行 | 日本興業銀行 |
---|---|---|---|
粗利益 | 7,582 | 9,343 | 3,820 |
純利益 | 848 | 800 | 619 |
総資産 | 528,336 | 625,768 | 447,751 |
預金残高 | 338,831 | 372,901 | 87,828 |
貸出金残高 | 315,509 | 373,817 | 230,817 |
不良債権額 | 16,598 | 12,271 | 13,086 |
公的資金注入額 | 9,000 | 10,000 | 6,000 |
設立 | 1971年(合併) | 1880年 | 1902年 |
行員数 | 14,714 | 12,940 | 4,414 |
国内拠点数 | 363 | 306 | 24 |
第一勧業銀行(第一勧銀)、富士銀行、日本興業銀行(興銀)の3行を主たる前身とする。他の邦銀同様、バブル崩壊後の1990年代にあって、いずれも1兆円を超す不良債権を抱えていた。
富士銀行は、融資先の芙蓉グループ各企業が弱体化、親密な山一證券が破綻し、丸紅や日産自動車の経営不安が囁かれ、ゼネコンの会社更生法申請が相次いだ。公的資金の注入額は銀行最多の1兆円に達した。1998年には系列の安田信託銀行の救済にあたって第一勧銀の協力を得ており、また傘下の勧角証券の大株主だったこともあり、かねてから「合併の第一候補としてはまず第一勧銀」(山本惠朗頭取)と公言していた[27]。
一方、第一勧銀は1997年、野村證券などとともに総会屋事件への関与が発覚し、外資系金融機関と提携してリテールでの活路を模索していた。だが、投資信託販売を巡ってJPモルガンとの交渉が難航し、先行きは不透明なものになっていた。富士銀行の送る秋波は第一勧銀にとっても利害が一致する点はあったものの、「業務内容に大差がない都銀合併では効果が薄い」としており、法人部門の競争力で外資系にやがて競り負ける危惧があった[27]。
リテールを目指す都市銀行に対し、長期信用銀行である興銀は法人部門に経営資源を集中させ、野村證券と提携して投資銀行への転換を図った。しかし、既に同じ長信銀の日本長期信用銀行、日本債券信用銀行は破綻しており、東京三菱銀行が金融債の発行を停止すると発表し、ビジネスモデルでは孤立状態になった[28]。
当時は財務体質が優良な東京三菱、効率経営と大和証券との提携で総合金融グループ化を図る住友銀行が都銀の勝ち組と見なされていた。これらのようには財閥グループ色が強くなく、大和銀行や東海銀行、あさひ銀行のように特定地域に依存することなく、かつ三和銀行のように強烈な行風でもない3行は、弱みを補完し合い、世界最大の金融グループへ一気へのし上がれるという点でも互いに理想的な相手だった。特に、合併行で自己主張に弱い第一勧銀が富士と興銀を結ぶ役割を果たした。1999年8月19日、日本経済新聞が夕刊で「興銀・一勧・富士銀、世界最大金融グループに」とスクープを放った[27]。
経営統合
[編集]1999年8月20日、3行の頭取らが帝国ホテルで共同記者会見を開き、経営統合の合意を発表した。総資産140兆円を超える、世界最大にして世界初の総資産1兆ドル金融グループが誕生することとなった。日本初の銀行持株会社による統合であり、当時一般にはあまり馴染みの無かったこと、合併分割による2行体制への再編、圧倒的な規模から数多くの話題を呼び、大手銀行の大再編へ先鞭を付けた[28]。前身行は第一勧銀、芙蓉、興銀各企業グループを率いており、あまりの大きさに公正取引委員会は「融資先への影響力が大きく、営業次第では不公正ともなる」という異例の公式見解を表明した[29]。
その規模ゆえ発足当時は「時価総額でグローバルトップ5を目指す」とするなど調子もよく、実際にムーディーズは3行の信用格付けを統合発表後引き上げる方針だった。産業界からのコメントは「競争力向上に期待」「金融不安を正常化」など概ね好意的なものであり、金融担当大臣の柳澤伯夫は「前向きな戦略を自発的に打ち出すのは素晴らしいこと」と賛辞を贈った。一方で、ウォールストリート・ジャーナルアジア版では「相撲と同様、胴回りだけでチャンピオンになれるわけではない」と冷静な分析もなされた[28]。
経営統合を控えた2000年3月には旧3行が共同でキャッシュカードを発行、4月には間でCD・ATMの相互無料開放を開始し、5月には共同ベンチャーファンドを設立(当時はインターネット・バブルがピークだった)、音楽配信なども手がけるポータルサイト「エムタウン」を開設したりした[30]。また、ネット専業証券会社の設立も計画されたが、実現には至らなかった。
2000年9月、合算時価総額7兆4,115億円の共同持株会社「株式会社みずほホールディングス」が正式発足し、本社は丸の内センタービル(みずほ銀行丸之内支店(当時は第一勧業銀行丸之内支店)が入居している[注釈 4])に置かれ[31]、証券コード8305で東京証券取引所市場第1部に上場した[32]。翌10月には「統合第1フェーズ」としてみずほ信託銀行・みずほ証券・みずほインベスターズ証券が発足。一方で2001年、富士銀行が1984年に買収した米国の金融会社ヘラーをGEキャピタルに、第一勧銀が1989年に買収した同CITをタイコに売却するなど、バブル崩壊以前に獲得した海外企業を手放している。
2002年4月、「統合第2フェーズ」として3行を合併・分割し、みずほ銀行・みずほコーポレート銀行が発足した。両行では、営業初日からATM決済でシステム障害が発生した。システム障害はみずほに先立って2002年1月に合併したUFJ銀行でも発生していたが、みずほでは個人・法人双方における金融インフラとしての規模の大きさから混乱が深刻化し、250万件の口座振替が遅延した[33]。また、原因究明の過程で、当初は第一勧業銀行のシステムに一本化する方針だったものが、富士・日本興業を含めた3行の主導権争いの結果、3行それぞれのシステムを残したまま中継コンピュータで間に合わせる手法を採用した経緯が明らかになった。旧システムを残して間に合わせ手法を用いたことに対しては金融庁から業務改善命令を受けたこともあり、合併早々から社会的イメージが急激に悪化[34]しただけでなく、個人顧客1割を失う[35]。
合わせて不良債権問題が進むにつれて、実体的にも経営状態は深刻化していった。同時に口座開設数も軒並み減少した。[要出典]
不良債権処理
[編集]2002年10月以降、竹中平蔵金融担当大臣が策定した金融再生プログラム、通称「竹中プラン」に従い不良債権処理に乗り出したが、処理損失が大幅に拡大した。2003年3月期には日本企業として過去最悪の2兆3700億円の赤字決算となることが確実になる[36]。これを受け、取引先企業を引受先とする1兆2000億円もの大規模な増資を実施した。銀行が取引先に助けを乞う格好は「奉加帳増資」「優良企業の足を引っ張る」とも言われ[37]、その規模や性格から多数の批判を集めた[38]。1兆円増資には、引受額順に、第一生命、安田生命、損保ジャパン、富国生命、伊藤忠商事、関西電力、清水建設、セイコーエプソン、大成建設、電源開発、東京電力、丸紅、電通、日動火災、富士通、新日本製鐵、全日本空輸、NTTドコモ、ぎょうせい、コクド、日立製作所、資生堂、キヤノン、九州電力、コスモ石油、三共、新日鉱ホールディングス、西武鉄道、中部電力、JR東海、東北電力、NTT、JR東日本、富士電機、明治生命(50億円以上を抜粋)など、母体行の企業グループを中心に幅広い業種から3,436社が応じた[39]。同時期に、みずほホールディングスは「みずほフィナンシャルグループ」を新設し、中間持株会社に転換するグループ再々編計画が出された。これは、持株会社ごとに赤字子会社と黒字子会社を振り分けることで、配当の原資を捻出する狙いがあった[40]。無配が続くと、公的資金注入で国が保有する優先株が普通株に転換され、国有化されてしまうからである(これは後にりそなホールディングスで現実のものとなる)。また、「企業再生プロジェクト」として再生専門子会社4社を設立し、不良債権を移管、日本政策投資銀行や外資系証券の協力を得て再建に乗り出した[41]。一方、こうした再建スキームを株式市場は評価しなかった。みなし5万円額面のみずほ株は連日安値を更新し、2003年4月には額面割れ寸前の一時5万8300円を付け[42]、破綻や公的資金による国有化も噂された[43]。週刊新潮は「竹中(平蔵)失言 "みずほはシティバンクに売却"」と書き立てたり[44]、一般各紙でもみずほに対して悲観的な見方が大勢を占めた。株式時価総額で、消費者金融大手の武富士を下回る日もあった[45]。結果的には、1兆円増資が緩衝剤となって、経営不振の取引先への再生支援などが進展した。2003年から2004年を谷として、これ以後は業績回復が続く。みずほ銀行本店ビルを外部の不動産信託中間法人に1050億円で売却したり、みずほ銀行大手町本部ビルを隣接する大手町フィナンシャルセンタービル(みずほ銀行(旧富士銀行)と損保ジャパン(旧安田火災)が区分所有)と共に東京建物の特定目的会社に総額1450億円で売却する[46][47][注釈 5]など、資産の売却や劣後債なども進めて資本を積みますと同時に、傘下のみずほ銀行の勘定系システム統合や店舗の統廃合によって経費も削減された。また、「みずほダイレクト」「みずほマイレージクラブ」の新商品を開発したり、みずほインベスターズ証券との共同店舗の設営など、現在のリテール方針の基礎が整い始めるのもこのころである。
2004年12月24日、旧興銀が住専破綻処理を巡り国税庁を相手取って提起した訴訟の上告審判決が出た。興銀は1996年に日本ハウジングローンの債権を放棄、損金処理を実施したが、国税庁はこれを認めずに追徴課税を行った。これを不服とする興銀は東京地方裁判所に提起し、一審では敗訴したものの、控訴審で逆転勝訴、最高裁まで争ってついに勝訴が確定した。総額3180億円がみずほに還付され、予想外の利益(「クリスマスプレゼント」[48])を持ち込んだ。こうした要因が重なり、不良債権比率は劇的に縮小。2005年3月期決算では、繰延税金資産の対中核自己資本比率、貸出に占める不良債権比率は三菱東京・三井住友FGを下回り、メガバンク首位の優良な財務体質に転換した[49]。これは、竹中プランを主軸とした金融庁に抵抗し不良債権処理を遅らせ、機動的な資本政策が取れず、ついには三菱東京フィナンシャル・グループに救済される形となったUFJや、預金保険機構から多額の公的資金の注入を受け、実質国有化されたりそなとは対照的である。上記増資の引受け企業の数からも計り知れるが、あるいは後述の通り、みずほには広い法人顧客基盤があったことが、景気後退局面での弱みであり回復局面での強みになった[37]。事実、不良債権処理の方法には、債務の放棄・売却や破産申請により貸出先との関係を清算する(最終処理)か、支援を継続して正常債権に上方遷移させるかの2通りがあるが、みずほは主に後者で対応し、2年間で90%の圧縮に成功した[49][50]。
公的資金の完済
[編集]経営が一定度安定した2005年4月には中期経営戦略を発表し、不良債権処理に伴って複雑化したグループ機構の簡素化、公的資金の早期完済、ニューヨーク証券取引所(NYSE)への上場とコンプライアンスの徹底、プライベート・バンキングや社会的責任などの充実を掲げた。2006年7月4日には傘下行に注入された公的資金(総額2兆9490億円)を完済[51]。この時期にみずほ株は100万円前後の値を付け、3年で底値から18倍近い上昇を遂げた[42]。さらに同年11月8日をもって、NYSEへ上場した[52]。1989年の三菱銀行に続くものであり、バブル崩壊後初の邦銀進出となった。みずほコーポレート銀行は2006年中に海外5拠点を新設し、みずほ銀行は国内で芦屋市への再進出を始めとしてみずほインベースターズ証券のみずほ銀行内拠点「プラネットブース」設置数を増加させた。こうして金利収入・非金利収入は引き続き伸長したものの、大口融資先であったオリエントコーポレーションの赤字転落に伴い、再び引当金の積み増しを迫られ、2007年3月期決算では4期ぶりの減益となった[53]。同時に、2006年3月のゼロ金利政策解除が逆風となって、利鞘収益の改善期待により上昇していた株価は失速し、70 - 80万円台で推移した[54]。一方、優先出資証券による増資で自己資本比率が12.48%に改善したこともあり[53]、ムーディーズによる格付は2006年5月7日にAaに引き上げられた[55]。
サブプライムローン問題
[編集]2007年夏、米国を震源地としてサブプライム住宅ローン危機による金融市場の混乱が各国に広がった。日本企業では、海外展開や投資銀行業務での先行が裏目に出たみずほがサブプライム関連損失額で最悪となった。損失の中心となったのはみずほ証券のロンドン法人で、サブプライム関連の証券化商品を組み込んだ債務担保証券を組成し投資家に販売する業務を手掛けていた[56]。他社はハイリスクすぎて手が出せなかったというこの大量の在庫に値崩れが直撃し、売却損、与信費用、引当金などにより多額の損失が発生。銀行部門で2080億円、証券部門で4040億円の損失を計上した。このため、実質業務純益や預貸金利回差が改善したにもかかわらず、最終利益は前期の半分となる3112億円にとどまった。
サブプライム問題を巡っては、日本の金融機関として唯一G7財務大臣・中央銀行総裁会議の拡大会合に招待され、各国大手と解決へ向けての協議に参加した[57]。サブプライム問題の日本代表となった形だが、社長の前田晃伸は通期決算発表で「こんなこと(サブプライム問題)で日本一になり恥ずかしい」とのコメントを残している[58]。欧米金融機関が多額の損失を出す中で、邦銀が出し抜く好機とも見られていたが、みずほはメリルリンチに1200億円を出資するに留まっている[56]。
また、2003年の1兆円増資によって発行した優先株が2008年より普通株転換可能となることから、株式の希薄化が懸念されている。みずほでは対策として累計9500億円にのぼる自社株買いを計画し、既に2007年度実施分で日本企業トップとなっている[59]。サブプライム問題の反面、こうした資本政策や経営透明化策のため、英金融専門誌『The Banker』による「Bank of the Year 2007」日本部門に選出され[60]、また米機関投資家情報誌『Institutional Investor』による「日本の最優秀CEO」銀行部門第1位に前田晃伸が選ばれるなどした[61]。
委員会設置会社への移行
[編集]2014年6月24日、東京都内で開いた第12期定時株主総会で、メガバンクで初となる委員会設置会社への移行を決議した[62]。2015年の改正会社法施行により、現在の機関設計は指名委員会等設置会社となっている。
剰余金の配当等の決定機関
[編集]2017年6月23日に開催された第15期定時株主総会において株主から株主提案された、第3号議案(剰余金の配当等の決定機関)に対して、同社取締役会は、剰余金の配当等について株主提案を可能とする本議案について慎重に審議・検討を重ねた上で反対したが[63]、同社の全ての取締役は、毎年の株主総会で、株主によって選任され、経営を付託されていることの重みをしっかりと認識し、剰余金の配当に関しても株主の中長期的な利益の観点から最適な判断を行わなければならないという強い自覚を持ち[64]、2020年6月25日に開催された第18期定時株主総会において株主から株主提案された、第4号議案(剰余金の配当等の決定機関)[65]に対して、同社は、株主からの株主提案を同社提案と併合して、その議案内容の全てを受け入れて、剰余金の配当を取締役会だけでなく、株主総会でも決められるよう定款を変える同社側と株主の共同提案は認められて可決された[66] [67] 。
歴代社長
[編集]みずほホールディングス 社長 | |||||||
---|---|---|---|---|---|---|---|
代 | 氏名 | 在任期間 | 出身校 | 出身行 | |||
1 | 杉田力之 | 2000年9月 - 2002年3月 | 東京大学経済学部 | 日本勧業銀行 | |||
2 | 前田晃伸 | 2002年4月 - 2003年1月 | 東京大学法学部 | 富士銀行 | |||
みずほフィナンシャルグループ 社長 | |||||||
代 | 氏名 | 在任期間 | 出身校 | 出身行 | |||
1 | 前田晃伸 | 2003年1月 - 2009年3月 | 東京大学法学部 | 富士銀行 | |||
2 | 塚本隆史 | 2009年4月 - 2011年6月 | 京都大学法学部 | 第一勧業銀行 | |||
3 | 佐藤康博 | 2011年6月 - 2018年3月 | 東京大学経済学部 | 日本興業銀行 | |||
4 | 坂井辰史 | 2018年4月 - 2022年2月 | 東京大学法学部 | 日本興業銀行 | |||
5 | 木原正裕 | 2022年2月 - | 一橋大学法学部 | 日本興業銀行 |
グループ企業
[編集]みずほ銀行
[編集]当グループの経営戦略である「One MIZUHO戦略」(銀行・信託・証券一体戦略)の下、2013年7月1日、傘下行であるみずほコーポレート銀行がみずほ銀行を吸収合併し、行名をみずほ銀行に改称した[68]。
UCカード
[編集]UCカードは2005年10月1日付で会社分割により新設されたもので、クレジットカードのプロセシングおよび加盟店の各事業を行う。プロセシングとは、クレジットカードの決済事務処理であり、クレディセゾンおよびUCカードグループが発行するUCカードに関する業務と、国際カードを発行する権利を有しないクレジットカード会社に加盟店の開放を行い、発行されるMasterCard・VISAの各ブランドのクレジットカードの売上処理などを受託している。現在、プロセシング部門はキュービタスに分割・譲渡したため、ユーシー社は加盟店部門のみを担当している。
会員事業が残された(旧)ユーシーカード株式会社は2006年1月1日、クレディセゾンに吸収合併された。
みずほキャピタル
[編集]みずほキャピタルはベンチャーキャピタルである。みずほ銀行、みずほコーポレート銀行などと連携し、純投資としての未上場企業への出資からコンサルティング業務までを取り扱う。13の投資事業組合を傘下に置く。2008年3月時点で、国内外の1,086社に総額460億円を投資しており、これまで748社が新規株式公開に至っている[69]。
アセット&ウェルスマネジメント
[編集]グローバルアセット&ウェルスマネジメントグループ(GAWG)は、信託業務を中心として個人・法人の資産管理、運用を行う。
みずほ信託銀行
[編集]みずほ信託銀行は、富士銀行系列の安田信託銀行を主な前身とする信託銀行である。芙蓉グループに属したものの、かつては独立した信託銀行だった。1996年に不良債権問題が深刻化し、同根の富士銀行に救済子会社化され、再建処理に第一勧銀が共同であたったことから、みずほインベスターズ証券とともに経営統合の契機となった会社である[28]。
旧安田信託時代から住友信託銀行とともに不動産分野に強みを持っており、不動産信託では受託残高で20%超のシェアをもち首位である[70]。また、みずほ銀行・みずほコーポレート銀行と信託代理店契約を結んでおり、顧客基盤の共有やみずほプライベートウェルスマネジメントへの紹介、証券化業務の拡大を進めている。企業融資など銀行業としての役割は他2行に移行し、自身は徐々に信託特化へ動いている。このため、利益に占める信託報酬などの手数料収入が、融資業務による資金利益の2倍近くに達しており、この比率は大手信託銀行で最も大きい[71]。
日本カストディ銀行
[編集]日本カストディ銀行の前身である資産管理サービス信託銀行は、みずほと親密な第一生命保険、朝日生命保険、明治安田生命保険、富国生命保険が共同で設立したマスタートラスト専門の信託銀行であった[注釈 6]。マスタートラストとは、投資信託や年金基金などを受託した機関投資家が、管理機能の簡素化のため、信託財産として保有する株式を他の金融機関と共同で一本化し預託する仕組み。
2007年3月末で預り資産残高が200兆円を超え、業界トップの実績となった。みずほグループが株式の過半数(54%)を保有していた。
その後、日本トラスティ・サービス信託銀行と経営統合し、JTCホールディングス傘下となった後、JTCホールディングスとともに日本トラスティ・サービス信託銀行に吸収合併され、現在は日本カストディ銀行となっている。
みずほプライベートウェルスマネジメント
[編集]みずほプライベートウェルスマネジメントは、「"Channel to Discovery" Plan」の一環で2005年に新設されたプライベートバンキング(富裕層向け資産保全・運用業務)を取り扱う。みずほ銀行やみずほ信託銀行に5億円以上の資産を預ける顧客を対象としている。みずほ銀行内幸町本部ビルに同居している。
アセットマネジメントOne
[編集]アセットマネジメントOne(AM-One、アセマネOne)は、2016年10月1日、みずほFG傘下にあったみずほ投信投資顧問、新光投信、みずほ信託銀行の運用部門、それにみずほFGと第一生命保険の折半出資会社であったDIAMアセットマネジメントの計4社の事業統合して発足した(法人格上は、DIAMが新光投信とMHAMを吸収合併し、同時にみずほTBの当該部門を吸収分割方式で継承)。
グループ戦略子会社
[編集]グループ戦略子会社は、シンクタンク事業やシステムインテグレーションなど、金融業務に付随する調査・開発を受け持つ。
- みずほ総合研究所 - 第一勧銀経営センターなどのコンサルティング業務を承継。
- みずほ情報総研 - 勘定系システムほか外部企業からの委託開発なども受け持つ。2020年11月13日、株式会社みずほトラストシステムズ(本社:東京都調布市国領町)を合併[72][73]。
- 上記2社が2021年に合併し、みずほリサーチ&テクノロジーズが発足。
役員
[編集]2000年のみずほホールディングス発足時には、第一勧銀会長兼頭取の杉田力之が社長に、富士銀頭取の山本惠朗と興銀頭取の西村正雄が会長に就任し、対外的には3人揃って共同CEO(Co-CEO)という肩書きを名乗っていた。
杉田は2002年以降も留任する意向だったが、その在職期間中に業績が急激に悪化、株価も大幅に下落し、杉田自身も体調を崩して入院したため、退任を余儀なくされた。当初は3人を「特別顧問」の地位で残す方針もあったが、これも撤回されたのに加え、退職金も支払われなかった。経営責任の明確化、順送り人事の廃止によるコーポレートガバナンス向上を求める市場からの圧力の結果、最終的には9人の役員全員が退任した[74]。
CSR・ESG経営における取り組み
[編集]教育機関への社会的支援
[編集]近年の金融教育の高まりに合わせて、各大学への支援・協賛活動に力を入れている。
2006年3月24日の早稲田大学政治経済学部を皮切りに、一橋大学商学部、慶應義塾大学商学部、東京大学経済学部・法科大学院、京都大学経済学部に寄付講座を開設した。特に東京大学の場合は、合わせて2007年に新設される金融学科にも資金拠出を行い、東大経済学部に88年ぶりに新学科が設置される運びとなった[75]。なお、みずほグループは東大生の最多就職先でもある[76]。
また、教員養成系の東京学芸大学とは、より低年齢の小中学生を対象とした金融教育で共同研究を行っている。こちらは投資手法を教えるのではなく、クレサラ問題や金融犯罪などの学習を中心としている。
このほか、旧富士銀行時代の1968年から、損保ジャパン(当時は安田火災)・明治安田生命(当時は安田生命)、第一生命と共同で、全国の小学校に入学する新1年生を対象に交通安全のための「黄色いワッペン」を配布している。ただのワッペンではなく、交通事故を対象とした有効期間1年の傷害保険付のもの(ただし、保険適用は学校が定めた通学路において登下校時に発生した事故のみ)。これまでに手にした児童は累計5,000万人を数える[77]。
アメリカ同時多発テロ
[編集]みずほ銀行・みずほコーポレート銀行 への経営統合を目前にした2001年9月11日、アメリカ同時多発テロ事件により、世界貿易センタービル(WTC)南棟に入居していた みずほフィナンシャルグループ 傘下の 富士銀行 ニューヨーク支店の23名(うち日本人行員は12人)が死去・行方不明となった。旅客機が突入したのは南棟の78-85階部分であり、同支店は丁度79-82階の4フロアを占めていた。日本企業としては最悪の犠牲者数であった。同じく みずほフィナンシャルグループ 傘下に入っていた 第一勧業銀行 と 日本興業銀行 もWTCに入居していたが、この2行の行員の死者はなかった。
9月21日には、当時の みずほホールディングスが、救援活動を支援するため、日本赤十字社に100万米ドルの寄付すると発表した。あわせて取引先などからの激励や見舞い、現地での直接の支援を受けていることに対して感謝の旨を記した[78]。
事件から4年を経た2005年9月11日、みずほフィナンシャルグループ本社(旧:富士銀行本店)前に、事件のメモリアルとしての追悼モニュメントが設置された。母子像を中心とするブロンズ像と、ニューヨーク消防当局から寄贈されたWTCビルの鉄骨が展示されており、その隣には犠牲者の氏名が刻まれている[79]。
その他
[編集]東京国際女子マラソンのスポンサーを2000年・2001年に務めた。
従業員の健康を重視した経営を行っている会社を表彰する「健康経営優良法人2017」[80]、女性活躍に優れた会社を選定する「準なでしこ銘柄」[81]、LGBTに関するダイバーシティ経営における「PRIDE指標(ゴールド)」[82]などの受賞・認定を受けている。
親密・提携関係の金融機関
[編集]生命保険・損害保険
[編集]旧:興銀は第一生命保険と1998年から全面提携を締結し、現在も継続されている。第一生命は損害保険ジャパンとも提携しているが、こちらも前身の旧:安田火災が富士銀系、旧:日産火災が第一勧銀系であり、丁度みずほFGに対応している。みずほグループの銀行・生保・損保というと、この3社が代表である[83]。
第一生命との共同出資会社にアセットマネジメントOne、さらに損害保険ジャパンを加えたみずほ第一フィナンシャルテクノロジーがある。
根津財閥・古河財閥の流れから第一勧銀グループに属した富国生命保険・朝日生命保険とも親密である。これらは日本カストディ銀行に出資している。
東京海上日動火災保険は旧:日動火災が富士銀系であったが、旧:東京海上は三菱グループであり、みずほグループには他にも上のような保険会社があることから関係は疎遠となっている。同じく明治安田生命保険も旧:安田生命が富士銀系であったが、旧:明治生命が属する三菱色が強い。ただし、いずれも芙蓉懇談会のメンバーは続けており、またそもそも三菱グループの保険会社は三菱UFJフィナンシャル・グループなど他の三菱系金融グループと必ずしも親密でなく、独立志向が強い[84]。
地方銀行
[編集]富士銀の前身である安田銀行は、昭和恐慌の際に全国各地の中小銀行を積極的に救済したことから、この流れを汲んで現在も親密な地方銀行がある。戦後関係を持った地銀も含むが、ほくほくフィナンシャルグループ傘下の北海道銀行・北陸銀行、みちのく銀行、荘内銀行、千葉興業銀行、四国銀行、大垣共立銀行などが富士銀系である[85]。
みちのく銀は上杉純雄元会長が富士銀の元常務であり、部長級の役員を富士銀が派遣していたこともある[86]。特徴だったロシア業務をみずほコーポレート銀行に売却した[87]。荘銀も富士銀の米沢支店、前身安田銀行の鶴岡・酒田支店を継承しているなど戦前から関係が深い[88]。千葉興銀は旧安田系であり、芙蓉グループのメンバーでもある。経営危機の際にみずほFGから支援を受け、現在もみずほ銀が筆頭株主である。肥後銀行も戦前において旧安田系であったため、稲垣精一、小栗宏夫はいずれも富士銀常務、笠原慶久が富士銀行、みずほ信託常務を経て頭取[注釈 7]に就任している。
2008年5月、北都銀行と荘内銀行が持株会社による経営統合を発表した。2009年10月のフィデアホールディングスの発足に至ったこの統合には、みずほによる仲介・アドバイザリーがあったという[89]。また、フィデアホールディングスの取締役会議長には、旧:富士銀行出身で、旧:みずほ銀行で頭取を務めた西堀利を送り込んでいる。
第一勧銀も、第一銀行の設立者である渋沢栄一が関わった七十七銀行、フィデアホールディングスの子会社化までの間みずほコーポレート銀行が筆頭株主であった北都銀行、会長の井手和英・頭取の佐藤清一郎が旧:日本勧業銀行出身である筑邦銀行、一時期富士銀とセットで経営支援して復活に導いた千葉興業銀行などを親密先にもつ。
戦後地銀の東京都民銀行(現:きらぼし銀行)は興銀の協力のもと官民一体により設立されたもので、興銀系であった。また、京滋の京都銀行・滋賀銀行をはじめ、地銀でも興銀から資本・融資を含む何らかの支援を受けていたところもある。
第二地方銀行
[編集]きらやかホールディングス傘下だった、旧:山形しあわせ銀行が富士銀系、旧:殖産銀行がDKB系であった[90]。
大光銀行は旧:長銀や旧:日債銀とともに第一勧銀と親密であり、愛媛銀行は第一勧銀・三和銀の両行と親密だったが、経営環境悪化などの理由から三和銀との株式持ち合い解消している。
南日本銀行では、石井祥、森俊英の両元頭取が富士銀出身である(2020年現在の頭取はプロパー)。
信用組合
[編集]第一勧業信用組合は第一勧銀の前身である日本勧業銀行の職域組合が母体となって設立されたが、1965年以降いくつかの他の信組との合併があり、一般の地域信用組合となっている。ロゴタイプの書体が第一勧銀のそれと同一である。
かつては人材や経営を第一勧銀に依存していたが、現在では関係は薄まり、第一勧銀出身の職員は20名程度に過ぎない[91]。
証券会社
[編集]系列の証券会社は概ね(旧)みずほ証券・みずほインベスターズ証券に統合され、さらに旧興銀系の新光証券が(旧)みずほ証券と合併することで合意した。ただし、サブプライムローン問題に伴う(旧)みずほ証券の損失のため、合併は度々延期されていたが、2009年5月7日に、法人格上、新光証券が(旧)みずほ証券を吸収する形で、現在のみずほ証券が発足。さらに、2013年1月4日、同社が旧勧銀系のみずほインベスターズ証券を吸収合併した。
興銀の債券部門を源流にもつ日興コーディアルグループがあり、2004年末にはみずほ証券とエクイティ分野などで協働提携、みずほFGが資本参加していた。日興では2006年末に有価証券報告書虚偽記載問題が発覚し、先立って同社と提携関係にあったシティグループによる株式公開買い付けに応じたため、保有する全株式を売却した[92]。これにより、日興とみずほの資本関係は解消されている。その後、日興は三井住友フィナンシャルグループの配下となっている。
外国銀行
[編集]2005年4月、みずほ信託銀行はバンク・オブ・ニューヨークと投信販売、有価証券管理分野に関する業務提携契約を締結。同じくみずほ銀行が米国東部地盤のワコビア、米国西部地盤のウェルズ・ファーゴと富裕層向け資産管理で提携した(後に、ウェルズ・ファーゴはワコビアを吸収)。
フランスのソシエテ・ジェネラルとは原油デリバティブで、オランダのABNアムロ銀行とは国際CMS(Cash Management System)で業務提携している[93]。
リース
[編集]みずほグループ発足時、旧勧銀系の東京リース、旧第一銀行系のセンチュリー・リーシング・システム(伊藤忠商事なども出資)、旧富士銀系の芙蓉総合リース、旧興銀系の興銀リースがあった。2007年になると、他のメガバンク系列ではリース会社の再編・統合が相次ぎ、三井住友FG系列の三井住友ファイナンス&リース、三菱UFJFG系列の三菱UFJリース(現・三菱HCキャピタル)といった、メガバンク傘下の大規模なリース会社が誕生した。こうした中、みずほグループのリース会社の再編は遅れていたが、2009年4月に旧第一勧銀系の二社が合併し、業界随一の規模を持つ東京センチュリーリース(後に、東京センチュリーに改称)が誕生した。存続会社は、センチュリー・リーシング・システムであり、合併方式は吸収合併ではあるが、「両社対等な精神による合併である」とプレスリリースされていた。
しかしその後のみずほ系のリース会社の再編は遅々として進まず、異なる母体を持つ3社がそれぞれ併存し、なおかつ、いずれの会社も資本的には直接フィナンシャルグループとの関連が薄い状態が続いた。
2019年になると、みずほ銀行と興銀リースは資本・業務提携を締結し、みずほ銀行が増資を引き受けることで、興銀リースはみずほフィナンシャルグループの持分法適用会社になった。また、10月には興銀リースはみずほリースに社名を変更した[94]。一方、みずほ系列では最も規模が大きい東京センチュリーは、2020年2月、伊藤忠商事やNTTからの増資を受け、伊藤忠商事の持分法適用会社となるなど、逆にみずほグループからの遠心力を働かせている。残る芙蓉総合リースも、みずほグループとは一定の距離を置き続けており、2023年現在でもなお、みずほ系列のリース会社は集約されていない状況が続いている。
信販、クレジットカード
[編集]信販分野で、旧富士銀時代から親密であったクレディセゾンと業務提携している。オリコは2010年9月にはみずほフィナンシャルグループが筆頭株主となり、同グループの持分法適用関連会社となった。みずほ銀行のATMに掲示されている使用可能クレジットカードの表記では、UCカードやクレディセゾンと並び、他のカード会社と比較して大きく表記されている。
消費者金融のテレビCMや広告について「個人的には、ちょっと目に付く」(社長の前田晃伸)と批判。グレーゾーン金利は「明らかに正常ではない」「(みずほに開設された)2,600万口座の既存顧客へのより良いサービス提供が最優先」(同)とコメントしている[95]。2005年度会社説明会でも「シナジー効果の期待できない消費者金融業界との提携は今後も検討するつもりはない」と断言した[96]。このため「みずほ銀行系キャッシング」のようなサービスは存在しない。
グレーゾーン金利撤廃により、オリコは2007年3月期決算で過払い金の返還に備える引当金を大幅に積み増す必要に迫られ、4579億円の赤字に転落することとなった。このため、みずほや伊藤忠商事を引受先とする第三者割当増資を実施、さらにみずほからの借入を株式化し、グループ化される見通し[97]。合わせてみずほと伊藤忠もUCカード事業での提携を発表し、カード分野で新たな事業展開がなされる。
クレディセゾンと提携解消へ
[編集]みずほ銀行とクレディセゾンは、2004年に結んだ包括提携を2019年10月で解消した。これに伴い、クレディセゾンはみずほFG傘下のUCカードへの31%の出資を引き上げた。また、2007年4月に、クレディセゾンとUCカードの決済・事務処理業務を統合して設立したキュービタスは、会社分割してUCに関わる事業を切り離した。なお、みずほFGとクレディセゾンが関わるみずほマイレージクラブカード事業は続ける[98][99]。
楽天グループと提携
[編集]2024年11月13日、楽天カードとの間で資本業務提携を締結。みずほフィナンシャルグループは同年12月1日に楽天グループから楽天カードの株式14.99%を取得した[100][101]。また、みずほフィナンシャルグループ並びにその傘下の銀行・カード会社3社[注釈 8]は楽天カードと楽天グループとの間で業務提携契約を締結[102]。提携カード「みずほ楽天カード」の発行やアクワイアリングなどの共通業務の効率化を行うことで合意した[102][103]。
ギャラリー
[編集]脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 両証券の既存株主には、みずほFGの株式を交付。
- ^ 同年9月6日付で、みずほ証券に出資していた農林中央金庫が再度資本提携に伴い、改めて出資。
- ^ 旧みずほ銀行の本店が所在し、現在は東京営業部が所在するビル。
- ^ この地には同ビルが建つ以前、第一銀行の本店があり、第一勧銀発足後もしばらく本店所在地だった。またかつて同ビルには、第一勧銀系の勧角証券(現:みずほインベスターズ証券)本店が入居していた。
- ^ ともに売却後もみずほ銀行が定期借家契約を締結しており、引き続き使用している。
- ^ いわゆる、カストディアン。
- ^ 笠原は、加えて金融持株会社の九州フィナンシャルグループ社長。
- ^ みずほ銀行、ユーシーカード、オリエントコーポレーション。
出典
[編集]先頭に「M」とあるものは、みずほフィナンシャルグループが公表した資料である。
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- ^ “みずほ銀行と楽天カードの提携カード「みずほ楽天カード」を2024年12月3日より提供開始”. 株式会社みずほ銀行、楽天カード株式会社 (2024年11月14日). 2024年12月3日閲覧。
参考文献
[編集]基本情報
[編集]- 「みずほフィナンシャルグループ ディスクロージャー誌」2007年
- 「みずほフィナンシャルグループ 有価証券報告書」2007年
- 「〈みずほ〉のグループ紹介」(冊子)2007年
みずほフィナンシャルグループについて
[編集]- 須田慎一郎『巨大銀行沈没―みずほ危機の検証』 新潮社〈新潮文庫〉、2006年、ISBN 4-10-128351-6
- 高杉良『銀行大統合―小説みずほFG』 講談社〈講談社文庫〉、2004年、ISBN 4-06-274879-7
- 須田慎一郎『巨大銀行沈没―みずほ失敗の真相』 新潮社、2003年、ISBN 4-10-459701-5
金融業界関係について
[編集]- 野崎浩成『銀行』 日本経済新聞社〈日経文庫〉、2006年、ISBN 4-532-11712-7
- 笹島勝人『日本の銀行』 日本経済新聞社〈日経文庫〉、2005年、ISBN 4-532-11075-0
- 三神万里子『メガバンク決算』 角川書店、2003年、ISBN 4-04-883817-2
関連項目
[編集]- ワールドビジネスサテライト(2007年3月までCM提供していた)
- 炎のランナー(CMソングに使われていた)
- みずほフィナンシャルグループラグビー部 - ラグビー部。2019年現在、関東社会人リーグ1部に所属。
- 芙蓉グループ
- 福岡ドーム(みずほPayPayドーム福岡) - 2024年より当社とPayPayが連名で命名権を取得したプロ野球福岡ソフトバンクホークスのホームスタジアム。
外部リンク
[編集]- みずほフィナンシャルグループ
- みずほフィナンシャルグループ(Mizuho) (mizuhofg) - Facebook
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