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2020年12月23日 (水) 04:38時点における版

みやもと あもん
宮本 亞門
別名義 宮本 亜門
生年月日 (1958-01-04) 1958年1月4日(66歳)
出生地 日本の旗 日本東京都
血液型 O型
職業 演出家
公式サイト Welcome to the AMON MIYAMOTO official website
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宮本 亞門(みやもと あもん、1958年1月4日 - )は、日本演出家

東京銀座生まれ。ミュージカルストレートプレイオペラ歌舞伎等、ジャンルを越える演出家として国内外で幅広い作品を手がけている。これまでの演出作品数は120本以上(再演作品含む)。株式会社ホリプロ スポーツ文化部所属。2019年9月8日より宮本亜門から「宮本亞門」へ改名した[1]

略歴

今後の活動

2020年1月に仏・ストラスブールにてリヒャルト・ワーグナーのオペラ「パルジファル」(ラン国立歌劇場)を初演出。

20年10月、黒澤明監督の映画を初めてミュージカル化した「生きる」(ダブル主演:鹿賀丈史市村正親)の再演。12月には、米・映画「チョコレードドーナツ」をミュージカル化し、パルコ劇場にて世界初演の予定。

また、19年10月に東京で初演出したプッチーニのオペラ「蝶々夫人」(衣装:高田賢三)を、コペンハーゲンのデンマーク王立歌劇場(21年1月)、米・カリフォルニア州のサンフランシスコオペラ(22年9月)にて上演予定。

祖父が香川県出身という縁があり、“アート県” 香川をPR中。

来歴

幼少時代

新橋演舞場前の喫茶店「須川」(現「茶房 絵李花」)を営む両親の元に生まれる。出生名は「宮本亮次」。幼い頃から新橋演舞場に出入りし、松竹歌劇団専属の元ダンサーだった母の影響により、銀座を中心に歌舞伎座日劇、日比谷の映画館等にも通いつめる。幼稚園時代には、藤間流家元の藤間勘十郎の下で日本舞踊を習い始め、同門に十八代目中村勘三郎がいる。またこの時期、映画館で知ったハリウッドミュージカルが好きになる。また小学生頃(港区立白金小学校在籍)からは茶道をたしなみ、将来は真剣に裏千家の家元か日本美術史研究家になると夢見て、中学から仏像や神社仏閣の美に魅せられる。また母が肝硬変を患っており、度々死の宣告を医者から受けていたこともあり、精神世界の美術に興味がいったのが原因にもなっている。

花街のど真ん中で育ち、周りは役者や芸者と花柳界の大人たちしかいない環境のため、同年代の友人と公園や広場で遊んだ記憶は極端に少ない。

中・高校時代

中学生になると(田園調布中学校在籍)趣味の仏像鑑賞のため、小遣いを貯金しては京都や奈良を旅した。建築物、日本画、さらに西洋美術へと興味は広がるも、学校では孤立。友達ができないことに加え、高校受験のストレスにより、肥満となる。15歳で世の中への失望と、将来への希望を見出せず、交際していた同級生の恋人と共に「同じ時間に死のう」と心中を試みる。宮本は薬局で睡眠薬を購入して服用するが、渡された薬はビタミン剤であったため、翌朝スッキリと目覚めてしまう。慌てて恋人に電話すると「本気だったの?冗談だと思った」と一蹴される。同じ死生観を共有していたと思い込んでいたはずが裏切られてしまい、更に人間不信となる。玉川学園高等部1年生のとき不登校に陥り、約1年間引きこもり生活を送る。窓の無い自室でミュージカルやクラシックなどの様々なレコードを聴く生活の中で、演出家を志すようになる。1年生の終わりに慶應義塾大学病院の精神科で受けた小此木啓吾による治療が功を奏し、再び学校に戻る。ミュージカル『ゴッドスペル』を映画で観て感動し、演劇部に上演を依頼。そこで主役をやることになり演劇デビューを果たす。評判の良かったこの作品は、「キネマ旬報」に記事にされる。その後は玉川大学文学部芸術学科演劇専攻科へ進学。4年生の途中、親に内緒で受けたミュージカル『ピピン』のダンサーのオーディションに受かる。先生に相談したところ、退学をして社会に出た方が良いとアドバイスを受け、玉川大学を中退する。

ダンサー・振付師時代

1978年にミュージカル『シーソー』でダンサーとしてデビュー。1980年にはミュージカル『ヘアー』に出演。翌日が初日という日の深夜、稽古場から下宿先に戻ると、母が風呂場で倒れているのを発見。翌朝に脳溢血が原因で亡くなる。この経験からのちに、舞台を自分の役目としてやっていくよう「母からバトンを渡された」とインタビューで答えている。その後『アニーよ銃をとれ』『シカゴ』などに出演。

1984年に『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』で振付師デビュー。その後もダンサー、振付師として活動する。出演者の間、六本木のショータイムのあるクラブでアルバイトをし資金を調達して、ほぼ毎年ニューヨークへも訪れている。24歳のときには池尻大橋にダンススタジオをオープンさせ、1年間の経営後、2年間ロンドンへ留学。ロンドンにいる2年間で見た舞台の数は700以上とされる。帰国後、演出家を目指すため名前を亮次から亜門へ改名(現在は戸籍上でも亜門)。

演出家デビュー

1987年にオリジナルミュージカル『アイ・ガット・マーマン』で演出家としてデビュー。出演は諏訪マリー、中島啓江、田中利花。翌1988年に同作品で文化庁芸術祭賞を受賞する。その後、「ジャニーズ系の演出家」と言われ、1989年ミュージカル『エニシング・ゴーズ』『サウンド・オブ・ミュージック』を大地真央の主演で成功させる。1993年にネスカフェのゴールドブレンド「違いのわかる男」として一般的に認知されるようになる。「宮本亜門といえば、ブロードウェイ・ミュージカル」という違和感を払拭し、アジアへの興味を作品にしたいと、オリジナルミュージカルであるアジア三部作『香港ラプソディー』、サイケ歌舞伎『月食』、熱帯祝祭劇『マウイ』を発表する。その後『狸御殿』『ガールズ・タイム』『ボーイズ・タイム』などに挑戦するが、批評家が観劇しないという状況で極度のスランプに陥る。

海外での活躍

ミュージカル『太平洋序曲』(Pacific Overtures
2000年、新国立劇場で上演。この作品の作曲家のスティーヴン・ソンドハイム (Stephen Sondheim) が、高松宮殿下記念世界文化賞の授賞式に参加するために東京にいた事と、作詞家のジョン・ワイドマン(John Weidman)が、劇団四季のミュージカル上演のために東京にいた事が重なり、亜門版『太平洋序曲』(Pacific Overtures)を観劇。亜門が巨匠のように崇めているスティーヴン・ソンドハイムの評価と感心が高く、高松宮殿下記念世界文化賞の受賞スピーチで、自分自身の事ではなく亜門演出がいかに素晴らしかったか讃えたほどだった。2002年には、リンカーンセンターの国際フェスティバルと、ワシントンD.C.のケネディーセンターへ招聘された。2004年には、アメリカ人キャストでニューヨークのオン・ブロードウェイで東洋人初の演出家としてデビュー。翌2005年にはトニー賞において同作品は4部門にノミネートされた。
ミュージカル『アイ・ガット・マーマン
2001年、アメリカ・スタンフォードセンター・リッチフォーラム劇場で上演するため、ニューヨーク・マンハッタンに滞在。数日後に初日を迎えようとした9月11日、アメリカ同時多発テロ事件が起こる。その朝、稽古場へ向かう途中のグランドセントラル駅でテロを知る。上演は出来たものの、極度のストレスを感じテロの喧噪から逃れるため、2週間後タイ王国バンコクへ行く。滞在初日に交通事故に遭い重傷を負うも一命を取り留める。
現代オペラ『TEA:A Mirror of Soul』
2007年、アメリカのサンタフェオペラ作曲家タン・ドゥン(譚盾)の推薦で『TEA: A Mirror of Soul』を初めてのオペラ形式で演出し、アメリカンプレミアとして上演される。2010年2月にはアメリカ・フィラデルフィアオペラ(The Opera Company of Philadelphia)にて作曲家タン・ドゥン(譚盾)の指揮で上演。2013年5月にカナダのバンクーバーオペラにて再演。
ミュージカル『UP IN THE AIR』
水上勉の「ブンナよ、木からおりてこい」を原案にした作品。2008年、ワシントンD.C.のケネディーセンター(The Kennedy Center)で、ドリームガールズの作曲で知られるヘンリー・クリーガー(Henry Krieger)を起用し世界初演。
ミュージカル『ファンタスティックス英語版
2010年6月、ロンドンのウエストエンドで上演し、ウエストエンドデビューを果たす。
舞台劇『金閣寺』
2010年4月にKAAT 神奈川芸術劇場の初代芸術監督に就任し、2011年1月のこけら落とし三島由紀夫原作の「金閣寺」を舞台化。7月には、『太平洋序曲』(Pacific Overtures)に続いて2回目となる、NYリンカーン・センター・フェスティバルに正式招聘された。2012年1月にはアメリカからの凱旋公演として東京、大阪で再演された。
オペラ『魔笛』
2013年、オーストリア・リンツ州立歌劇場のシーズンオープニングとして抜擢。9月に世界初演。欧州でのオペラ初演出。
和太鼓 DRUM TAO『DRUM HEART』(邦題:『百花繚乱「日本ドラム絵巻」』)
2016年2月、ニューヨーク オフ・ブロードウェイにて上演。初の和太鼓演出作品[5]
能 x 3D『幽玄 YUGEN:The Hidden Beauty of Japan』
2016年10月、日本・シンガポール外交関係樹立50周年を記念し、シンガポール・リバーナイトフェスティバルにて世界初演。観世流能楽師出演[7]
朗読劇『Fanatic Artist Hokusai』(邦題:『画狂人 北斎』)
2017年7月、ロンドン 大英博物館で開催された特別展「Hokusai: beyond the Great Wave」との連携企画として、同博物館グレート・コートにて、葛飾北斎の晩年を描いた朗読劇を演出。[9]
能 x 3D『幽玄 YUGEN』
2018年9月、フランス・ヴェルサイユ宮殿オペラ劇場にて、皇太子殿下、エマニュエル・マクロン フランス共和国大統領の臨席のもとに上演。皇太子殿下はその後の晩餐会にて「まさに伝統と革新が融合した方法で能の幽玄の精神に触れる機会を共有できましたことをうれしく思います。文化・芸術を愛する日仏両国の国民が、その魂を響き合わせることのできた素晴らしい時間であったと信じます。」と述べられた。[20]

主な上演作品年表

ミュージカル

オペラ・オペレッタ

ストレートプレイ

歌舞伎

タイトル キャスト スタッフ
ABKAI
疾風如白狗怒涛之花咲翁物語。〜はなさかじいさん〜
(2013年8月 Bunkamuraシアターコクーン
市川海老蔵片岡愛之助上村吉弥片岡市蔵 企画:市川海老蔵、演出:宮本亜門、脚本:宮沢章夫、美術:金井勇一郎、舞台監督:小林清隆、徳永泰子、狂言作者:竹柴康平、衣裳:松竹衣裳、床山:鴨治床山株式会社、照明:勝柴次朗、振付:市川紅梅、市川ぼたん、作調:田中傳次郎、補曲:杵屋勝国修、特殊効果:田中義彦、映像:奥秀太郎、音響:森本義、補綴・竹本作曲:鶴澤慎治、演出助手:佐藤薫、撮影:篠山紀信、主催:株式会社幸助
ABKAI
竜宮物語
桃太郎鬼ヶ島外伝
(2015年6月 Bunkamuraシアターコクーン
市川海老蔵、市川右近、片岡市蔵、市川九團次、大谷廣松、市川右之助 企画:市川海老蔵、演出:宮本亜門、脚本:宮沢章夫、振付:藤間勘十郎、補綴:今井豊茂、美術:金井勇一郎、照明:勝芝次朗、竹本作曲:鶴澤慎治、作曲:杵屋勝松、補曲:杵屋勝国修、作調:田中傳次郎、特殊効果:田中義彦、映像:奥秀太郎、音響:岩盾岳志、狂言作者:竹柴康平、衣裳:松竹衣裳、床山:東京鴨治床山、光峯床山、撮影:篠山紀信、
主催:日本テレビ、ABKAI実行委員会
初春歌舞伎公演 Bプロ
通し狂言 日本むかし話
(2018年1月 新橋演舞場)
市川海老蔵中村獅童市川右團次、他 演出:宮本亜門、脚本:宮沢章夫、振付:藤間勘十郎、美術:金井勇一郎、照明:勝芝次朗、映像:奥秀太郎、舞台監督:徳永泰子、製作:松竹株式会社

タイトル キャスト スタッフ
幽玄
YUGEN: The Hidden Beauty of Japan
(2016年10月 アジア文明博物館 シンガポール)
藤波重彦、角幸二郎、清水義也、高瀬一樹、相ヶ瀬龍史 企画監修:土屋恵一郎、構成・演出・台本:宮本亜門、映像:奥秀太郎、技術協力:福地研究室(明治大学)、音楽:福岡ユタカ、美術:大島広子、照明:藤本晴美、大柿光久、音響:田上篤志、主催:国際交流基金、共催:アジア文明博物館、学校法人明治大学、協力:観世宗家・一般財団法人観世文庫
幽玄 YUGEN

(2018年9月 ヴェルサイユ宮殿オペラ劇場)

観世三郎太、坂口貴信、関根祥丸、角幸二郎、武田宗典、西田昭博、堀之内仁 構成・演出・台本:宮本亜門、映像:奥秀太郎、音楽:福岡ユタカ、照明:伊藤孝、美術:竹内良亮、音響:田上篤志、衣裳:太田雅公、ヘアメイク:馮啓孝、主催:国際交流基金

奉納劇

タイトル キャスト スタッフ
賀茂別雷神社(上賀茂神社)
第四十二回式年遷宮 奉納劇
降臨
(2015年10月 賀茂別雷神社境内)
小雪尾上紫、藤間信之輔、団時朗津嘉山正種(声)、中村隼人(声・映像) 他 構成・演出:宮本亜門、脚本:齋藤雅文、美術:松井るみ、音楽:福岡ユタカ、衣装:太田雅公、映像:東市篤憲、映像:栗山聡之、音響:鈴木宏、振付:麻咲梨乃、主催:株式会社CLC、企画製作:上賀茂神社奉納劇製作委員会、(株)WM、(株)平成プロジェクト、(株)東京サウンド・プロダクション

ノンバーバル・パフォーマンス

タイトル キャスト スタッフ
TEE! TEE! TEE!
(2014年7月〜9月 新都心公園 多目的広場・奥武山公園 補助競技場 他)
粒マスタード安次嶺、島袋寛之、渡久地雅斗、Reimie Fueugen、池田一葉、DICE、松元祐稀、尾崎美帆、古川朋海 演出:宮本亜門、コレオグラファー:仲宗根梨乃、脚本:松堂今日太、宮本亜門、音楽:廣山哲史(RYUKYUDISKO)、狩俣秀巳、迎里中、illustration:HIDEHIKO KADO、企画製作:株式会社シュガートレイン、共催:那覇市
DRUM TAO
百花繚乱 日本ドラム絵巻
(英題:DRUM HEART)
(2015年7月 天王洲 銀河劇場 他 全国ツアー、2016年2月 スカーボールセンター 米国・ニューヨーク)
DRUM TAO 構成・演出:宮本亜門、衣裳:コシノジュンコ、美術:松井るみ、照明:勝本英志、映像:栗山聡之、斎雅亮、企画・製作:タオ・エンターテイメント
SUPERLOSERZ SAVE THE EARTH 負け犬は世界を救う(2015年12月 新国立劇場中劇場、2016年1月 シアターBRAVA! 千葉涼平古屋敬多仲宗根梨乃YOKOI、DOMINIQUE、SAWADA、TATSUO、橘希、EL SQUAD、KREVA(特別出演)他 構成・演出:宮本亜門、振付演出:YOKOIWRECKING CREW ORCHESTRA)、音楽:小林岳五郎、TeddyLoid、美術・映像:上田大樹、音響:山田浩一、照明:長谷川栄央、衣装:中里唯馬、主催・企画・制作:関西テレビ放送、株式会社パルコ

朗読劇

タイトル キャスト スタッフ
Fanatic Artist Hokusai(画狂人 北斎)

(2017年7月 大英博物館、2017年9月 曳舟文化センター)

志賀廣太郎、中嶋朋子、池内万作、菊地創、秋月三佳、松崎颯 脚本:宮本亜門、池谷雅夫、演出:宮本亜門、主催:墨田区、小布施町、特別協賛:木下グループ、制作:『画狂人 北斎』制作委員会

リーディング

タイトル キャスト スタッフ
ISAMU公開リーディング
(2011年11月 KAAT 神奈川芸術劇場 アトリエ)
ヨシダ朝、犬飼若博、岡田あがさ、柳橋朋典 構成・演出:宮本亜門、脚本:西森英行
耳なし芳一
(2012年4月 KAAT 神奈川芸術劇場〈中スタジオ〉)
木村了、横田栄司、大西多摩恵、春海四方、高畑こと美、グレッグ・デール 原作:小泉八雲、脚本:伊藤ちひろ、演出:宮本亜門
ISAMUプレ公演
(2013年 サンポートホール高松
瀬川亮、大森博史、ヨシダ朝、森ほさち、神農直隆、岡田あがさ、植田真介 脚本:倉持裕、演出:宮本亜門、企画制作:株式会社パルコ
画狂人 北斎

(2017年1月 すみだ北斎美術館)

大森博史、岡田あがさ、谷田歩、菊地創、秋月三佳、樋柴智康 脚本:宮本亜門、池谷雅夫、演出:宮本亜門、主催:墨田区、すみだ北斎美術館、制作:TSP

映画

タイトル キャスト スタッフ
BEAT
(1998年 全国松竹系で公開)
第55回ヴェネツィア国際映画祭招待作品
真木蔵人内田有紀 監督・脚本:宮本亜門

レビュー

タイトル キャスト スタッフ
ハローキティドリームレビュー ONE
(2000年 サンリオピューロランド ドリームシアター)
製作総指揮:辻信太郎、脚本・演出・作詞・訳詞・美術・音楽構成:宮本亜門、テーマ曲:広瀬香美、作曲・音楽監督:大島ミチル、照明デザイン:原田保、衣裳デザイン:有村淳、美術:上田淳子、演出助手・振付:加藤裕、振付:新海絵理子
ハローキティドリームレビュー TWO 〜夢のコンサート 〜
(2003年 サンリオピューロランド ドリームシアター)
脚本・演出・作詞・訳詞・美術・音楽構成:宮本亜門

ショー

タイトル キャスト スタッフ
横浜開港150周年記念式典
横浜開港150周年協会
「ヴィジョン! ヨコハマ」
(2009年5月 パシフィコ横浜 国立大ホール)
谷原章介飯島直子石井正則草笛光子五大路子桜塚やっくん千住真理子高田延彦パックン、横浜市民 約500名 作・演出:宮本亜門
スポーツ・文化・ワールド・フォーラム 文化イベント
The Land of the Rising Sun
(2016年10月 グランドハイアット東京 他)
十一代目 市川海老蔵鈴木亮平森麻季、BLUE TOKYO、WRECKING CREW ORCHESTRA / EL SQUAD 作・演出:宮本亜門、映像演出:チームラボ、江戸部分ヴィジュアル協力:蜷川実花、舞台美術:松井るみ、平山正太郎、音楽:山下康介福岡ユタカTeddyLoid、衣裳:太田雅公、振付:KAORIalive(Memorable Moment)、麻咲梨乃、映像協力:東市篤憲(A4A)、初音ミク クリプトン・フューチャー・メディア株式会社
Hibiya Festival オープニングショー

(2018年4月 東京ミッドタウン日比谷 日比谷ステップ広場)

大澄賢也中川晃教(特別出演)、ASUKA Yazawa、鈴木瑛美子、SAMURIZE from EXILE TRIBE 作・演出:宮本亜門、「Flora」制作:ヤノベケンジ、「Flora」衣裳協力:増田セバスチャン、舞台美術:伊藤雅子、音楽:小林岳五郎、山下康介、振付:麻咲梨乃、新海絵理子、三井聡、TAICHIRO NOZAKI(LDH stage Inc.)、EGA(株式会社演舞麗夢)、衣裳:十川ヒロコ、ヘアメイク:冨沢ノボル、仮面制作:江川悦子

著書

  • 『ミュージカルにディープ・キス』(マガジンハウス 1992)
  • 『亜門日記・極私的オペラ考』(音楽之友社 1996)
  • 『ALIVE 僕が生きる意味をみつけるまで』(日本放送出版協会 2001)
  • 『あっ! 〜ぼくがさがしていたものは』原案、松堂今日太著(講談社 2005)
  • 『夕学セレクション宮本亜門「亜門流コーチング」』(日本音声保存 2008)
  • 『宮本亜門の「バタアシ人生」』(世界文化社 2008)
  • 『引きだす力―奉仕型リーダーが才能を伸ばす』(NHK出版新書 2012)
  • 『SWITCHインタビュー達人達 宮本亜門×北川悠仁』(ぴあ 2014)

テレビ出演

1993年、1994年

1994年10月〜1996年3月

1994年

1995年

2001年

2002年

2004年

2005年

2006年

2007年

2008年

2009年

2010年

2011年

2012年

2013年

2014年

2015年

2019年

  • 宮本亜門の中国再発見(BS日テレ)
    • 宮本亜門の中国再発見〜知られざる成都の魅力〜(2019年1月1日)
    • 宮本亜門の中国再発見〜上海編〜(2019年3月放送予定)
    • 宮本亜門の中国再発見〜北京編〜(2019年秋放送予定)

ラジオ出演

2009年

2011年

2012年

2013年

  • 渡邉美樹5年後の夢を語ろう!(ニッポン放送)
  • ピピッとサンデー WakuWaku Mix(文化放送)
  • ドリームハート(TOKYO FM)
  • RENDEZ-VOUS/WONDERFUL ESSENCE(J-WAVE)
  • Flavor Your Weekend(TOKYO FM)
  • JA全農 COUNTDOWN JAPAN(TOKYO FM)
  • HOLIDAY SPECIAL FEELTHE WIND(J-WAVE)
  • よんぱち48hours(TOKYO FM)
  • 進藤晶子のBelieve in(TBSラジオ)

2014年

  • ジャパモン(TOKYO FM)
  • 日曜シネマテーク(TOKYO FM)
  • KIRIN ICHIBAN SHIBORI ONE AND ONLY(J-WAVE)
  • ATELIER NOVA(J-WAVE)
  • 朝ドレ情報いちばん(TBSラジオ)
  • RADIO SCOPE(TBSラジオ)
  • LOHAS TALK(J-WAVE)
  • 高嶋ひでたけのあさラジ!(ニッポン放送)
  • IT'S AMON'S TIME!! 〜宮本亜門の世界〜(NHK-FM

CM

脚注

  1. ^ 2019年9月8日の宮本亞門の発言
  2. ^ “Greenberg Play Opens Theaterworks Season”. Hartford Courant. (2001年8月30日). https://www.courant.com/news/connecticut/hc-xpm-2001-08-30-0108301186-story.html 2019年5月22日閲覧。 
  3. ^ 第25回 日本 メガネ ベストドレッサー賞 受賞者決定~剛力彩芽、香里奈、優木まおみ…”. GLAFAS (2012年12月11日). 2019年4月2日閲覧。
  4. ^ 上賀茂神社で奉納舞台 10月の式年遷宮、宮本亜門さん演出”. スポニチ (2015年7月30日). 2015年7月30日閲覧。
  5. ^ a b “Tao: Drum Heart Brings Japanese Rhythms, Choreography & More to New York”. Broadway Buzz (Broadway.com). (2016年2月9日). https://www.broadway.com/buzz/183781/tao-drum-heart-brings-japanese-rhythms-choreography-more-to-new-york/ 2019年5月22日閲覧。 
  6. ^ 「ライ王のテラス」日カンボジア共同制作”. 国際交流基金アジアセンター. 2019年4月2日閲覧。
  7. ^ スポーツ・文化・ワールド・フォーラム 文化イベント 「The Land of the Rising Sun」 上演および公演後記者会見”. 文部科学省 (2016年10月17日). 2019年5月22日閲覧。
  8. ^ 宮本亜門演出「能×3D映像公演『幽玄HIDDEN BEAUTY OF JAPAN』」を、シンガポール・リバーナイトフェスティバルにて実施”. 国際交流基金 (2016年9月). 2019年5月22日閲覧。
  9. ^ a b “葛飾北斎×宮本亜門、リーディング公演「画狂人 北斎」が大英博物館で”. ステージナタリー (ナターシャ). (2017年4月10日). https://natalie.mu/stage/news/228256 2019年4月2日閲覧。 
  10. ^ “宮本亜門の新演出オペラ『金閣寺』、日仏で上演へ…東京二期会が初の日仏共同制作。日本人歌手も両バージョンに出演”. SPICE (株式会社イープラス). (2017年6月23日). https://spice.eplus.jp/articles/131266 2019年4月2日閲覧。 
  11. ^ “皇太子さま、晩さん会出席 仏大統領夫妻主催”. 日本経済新聞 (日本経済新聞社). (2018年9月13日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO35302870T10C18A9CR0000/ 2019年4月2日閲覧。 
  12. ^ “黒澤明監督「生きる」が市村正親&鹿賀丈史Wキャスト主演×宮本亜門演出でミュージカルに”. シアターガイド (有限会社モーニングデスク). (2018年2月19日). オリジナルの2018年2月25日時点におけるアーカイブ。. https://web.archive.org/web/20180225141938/http://www.theaterguide.co.jp/theater_news/2018/02/19.php 2019年4月2日閲覧。 
  13. ^ “宮本亜門がTV番組で前立腺がん発覚、「転移は検査中」”. NEWSポストセブン (小学館). (2019年4月2日). https://www.news-postseven.com/archives/20190402_1344615.html 2019年4月2日閲覧。 
  14. ^ “宮本亜門氏が会見 がん闘病に弱音吐かず「今まで以上に充実して生きてる」”. ORICON NEWS (oricon ME). (2019年4月12日). https://www.oricon.co.jp/news/2133475/full/ 2019年4月12日閲覧。 
  15. ^ “前立腺がんの宮本亜門氏、摘出手術終了を報告「大成功でした!」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2019年5月22日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2019/05/22/kiji/20190522s00041000175000c.html 2019年5月22日閲覧。 
  16. ^ 宮本亜門 [@amonmiyamoto] (2019年5月22日). "いま前立腺ガンの手術が無事終わり、大成功でした!今は まだ麻酔が効いておりますが、喋ることも可能なほどで、非常に良好です。まずはご報告まで(スタッフ代筆)。…". X(旧Twitter)より2019年5月22日閲覧
  17. ^ “前立腺がん手術の宮本亜門氏 退院を報告「僕は復活しました」”. Sponichi Annex (スポーツニッポン新聞社). (2019年6月1日). https://www.sponichi.co.jp/entertainment/news/2019/06/01/kiji/20190601s00041000269000c.html 2019年6月1日閲覧。 
  18. ^ 宮本亜門 [@amonmiyamoto] (2019年6月1日). "退院しました。お陰さまで僕の人生で最も貴重な時間を過ごさせて頂きました。がむしゃらに生きてきた僕は、改めて61歳の肉体の事、死が身近にある事を知りました。だからこそ、もっと体を張ってチャレンジし、この命を存分に謳歌しようと決意しました(続き→)…". X(旧Twitter)より2019年6月1日閲覧
  19. ^ 宮本亜門 [@amonmiyamoto] (2019年6月1日). "ここまで来れたのは皆さんのお陰です。さらに生きることの素晴らしさを存分に分かち合いたいです。実は昨日もオペラ「蝶々夫人」の打ち合わせを高田賢三さんと病室でしていたぐらいなので、通常モードどころか好調にスタートしています。 僕は復活しました。亜門の第3幕をご期待ください。 宮本亜門…". X(旧Twitter)より2019年6月1日閲覧
  20. ^ 皇太子殿下 フランスご訪問時のおことば”. www.kunaicho.go.jp. 宮内庁. 2018年10月17日閲覧。
  21. ^ 昭和音楽大学オペラ研究所 オペラ情報センター
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