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第11回日本レコード大賞

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
第11回日本レコード大賞
会場として使われた帝国劇場
ジャンル 特別番組 / 音楽番組
出演者 高橋圭三
浅丘ルリ子ほか
製作
プロデューサー 野中杉二、砂田実、高石昭年、井田舒也
制作 TBSテレビ
放送
音声形式モノラル放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1969年12月31日
放送時間水曜19:00 - 20:56
放送枠日本レコード大賞
放送分116分
回数1
公式ウェブサイト

特記事項:
初のテレビ生放送による全国放送、帝国劇場での開催、高橋圭三の初司会。
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第11回日本レコード大賞
ジャンル 特別番組 / 音楽番組
放送方式 生放送
放送期間 1969年12月31日
放送時間 水曜19:00 - 21:00
放送回数 1回
放送局 TBSラジオ
出演 高橋圭三
浅丘ルリ子
ほか
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第11回日本レコード大賞(だい11かいにほんレコードたいしょう)は、1969年昭和44年)12月31日帝国劇場で行われた、11回目の『日本レコード大賞』である。

概要

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第11回の大賞は、佐良直美の「いいじゃないの幸せならば」に決定した。佐良直美は初の受賞。下馬評では「大賞の最有力候補」とされた森進一の「港町ブルース」は、1票差で敗れ大賞を逃した[1]

最優秀歌唱賞が新たに設けられ、歌唱賞がその候補としての位置付けとなった。

この年からテレビ生中継による全国放送が始まる。初の大晦日中継となった第11回は前半パートのみ「オールスター大行進」とされ、受賞歌手以外の芸能人も出演した。また同年以降、全て鮮明なカラー映像の完全版VTRが現存されている。

この年から2005年第47回)まで12月31日開催に固定。

レコ大の顔として1983年第25回)まで司会を務めることになる高橋圭三が、この年から司会に抜擢。

視聴率は前年の10.3%から20.6Pと大幅に上昇し30.9%。

司会

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レポーター

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受賞作品・受賞者一覧

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日本レコード大賞

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最優秀歌唱賞

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最優秀新人賞

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歌唱賞

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大衆賞

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新人賞

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作曲賞

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編曲賞

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作詩賞

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特別賞

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  • 佐伯孝夫
  • 「にほんのうた」4年間にわたり全国46都道府県に取材し、新しい角度から日本の歌を作り上げた努力に対して。東芝音楽工業(株)と制作グループ (文芸本部長、ディレクター:草野浩二、作詩:永六輔、作曲:いずみたく、歌唱:デューク・エイセス。)

企画賞

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  • 東芝音楽工業(株) フォークソング・ブームの契機を作り、新音楽人口を開拓した功績。3年ぶり3度目。

童謡賞

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その他の出演者

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ゲスト

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踊り

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コーラス

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演奏

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指揮

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観覧に訪れた著名人

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TV中継スタッフ

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  • 総指揮:石川甫
  • プロデューサー:野中杉二、砂田実、高石昭年、井田舒也
  • 制作進行:小林一元、柳田二三雄
  • 舞台演出:今里照彦
  • 中継担当:中村寿雄
  • 中継技術:田中敏夫、佐々木俊幸(HBC)
  • カラー調整:島崎忠雄、久徳正弘、安藤鉱平
  • 映像:大八木健、工藤希男、多良寛則、井上剛、菊田英雄、近藤弘志、高橋大(HBC)
  • 音声:佐々木盛男、大木秀人、秋吉隆史、西沢正捷、佐藤貫二郎、本居隆(HBC)
  • 照明:坂根稔、小島久明、関口昭洋
  • 美術制作:村田糺男
  • 装置:小林雍夫
  • 音響:島津剛史
  • 化粧:TBS化粧室
  • HBC中継プロデューサー:森川雅雄
  • 演出(HBC):田村武男
  • 連絡:安田一(HBC)
  • 作・構成:松原雅彦、田村隆
  • 音楽:服部克久、長洲忠彦
  • 振付:浦辺日佐夫、一宮はじめ
  • 製作著作:TBS
  • 主催:社団法人 日本作曲家協会、日本レコード大賞制定委員会、日本レコード大賞実行委員会

脚注

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  1. ^ 「歌のあるばむ 港町ブルース」『読売新聞』1983年6月5日付朝刊、26頁。

関連項目

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外部リンク

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TBS系列 大晦日19:00 - 20:56枠
前番組 番組名 次番組
オールスター大行進
(1957年 - 1968年)
第11回日本レコード大賞
(1969年)