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'''荒井 聰'''(あらい さとし、[[1946年]][[5月27日]] - )は、[[日本]]の[[政治家]]、[[農林水産省|農林水産]][[官僚]]([[農業工学#資格試験等での試験区分|農業土木技官]]<ref>[https://www.arai21.net/wp-content/uploads/2016/05/ThePolitician_Satoshi.pdf 衆議院議員 荒井さとしという政治家]</ref>)。[[立憲民主党 (日本 2020)|立憲民主党]]所属の[[日本の国会議員#衆議院議員|衆議院議員]](8期)、原子力問題調査特別委員会野党筆頭理事、[[学校法人]]札幌慈恵学園[[顧問]]。報道等では'''荒井 聡'''の表記も用いられる。 |
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2020年11月1日 (日) 11:16時点における版
荒井 聰 あらい さとし | |
---|---|
入閣に際して公表された肖像写真 | |
生年月日 | 1946年5月27日(78歳) |
出生地 | 北海道石狩郡当別町 |
出身校 | 東京大学農学部 |
前職 | 国家公務員(農林水産省) |
所属政党 |
(日本新党→) (新党さきがけ→) (旧民主党→) (民主党→) (民進党→) (旧立憲民主党→) 立憲民主党(菅G) |
称号 | 農学士(東京大学・1969年) |
公式サイト | 衆議院議員、立憲民主党・荒井さとしの公式サイト |
選挙区 |
(旧北海道1区→) (北海道3区→) (比例北海道ブロック→) (北海道3区→) (比例北海道ブロック→) 北海道3区 |
当選回数 | 8回 |
在任期間 |
1993年7月18日 - 1996年9月27日 2000年6月25日 - 2007年3月16日[1] 2009年8月31日 - 現職 |
内閣 | 菅直人内閣 |
在任期間 | 2010年6月8日 - 2010年9月17日 |
内閣 | 鳩山由紀夫内閣 |
在任期間 | 2009年10月23日 - 2010年6月8日 |
荒井 聰(あらい さとし、1946年5月27日 - )は、日本の政治家、農林水産官僚(農業土木技官[2])。立憲民主党所属の衆議院議員(8期)、原子力問題調査特別委員会野党筆頭理事、学校法人札幌慈恵学園顧問。報道等では荒井 聡の表記も用いられる。
国家戦略担当大臣(第3代)、内閣府特命担当大臣(経済財政政策、消費者及び食品安全)、内閣総理大臣補佐官(鳩山由紀夫内閣)、衆議院内閣委員長、衆議院災害対策特別委員長、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長、議院決算行政監視委員長、民主党北海道総支部連合会代表[3]、日本新党代表幹事(初代)等を歴任。
札幌商業高等学校の教員等を経て学校法人札幌慈恵学園を創設した荒井龍雄は父。札幌新陽高等学校校長、東明館学園理事長の荒井優は息子。
来歴
生い立ち
北海道石狩郡当別町生まれ[4][5]。小学生のころ父が他界し、母子家庭で育つ札幌市立豊平小学校、札幌市立八条中学校、北海道札幌南高等学校、東京大学農学部卒業。1969年、大学を卒業し農林水産省に入省した。1979年より外務省へ出向し、スリランカへ赴任。1986年、羽田孜農林水産大臣(当時)に命じられ、北海道庁へ出向。1991年から2年間、横路孝弘北海道知事(当時)の下で知事室長を務める。1993年退官。
政治家として
同年、第40回衆議院議員総選挙に結党間もない日本新党公認(新党さきがけ推薦)で旧北海道1区から出馬し、初当選した。党役員人事により日本新党の初代代表幹事に就任。
1994年、日本新党を離党。新党さきがけに入党し、政策調査会副会長に就任した。現職横路孝弘の不出馬に伴う北海道知事選挙で元日本社会党衆議院議員でありながら自由民主党の支援を受ける弁護士の伊東秀子を新党さきがけも支持したが、伊東は古巣である日本社会党や新進党、公明・民社協会が推薦した堀達也に敗れ、落選した。
1996年、党副院内幹事に就任。同年、新党さきがけを離党し旧民主党結党に参加。第41回衆議院議員総選挙で小選挙区比例代表並立制の導入に伴い、北海道3区から旧民主党公認で出馬したが、自民党の石崎岳に敗れ、次点で落選した。
1999年より2005年まで、北海学園北見大学開発政策研究所の特別研究員。
2000年の第42回衆議院議員総選挙で前回敗れた石崎を下し、4年ぶりに国政に復帰。
2003年の北海道知事選挙で衆議院議員を辞職して出馬した民主党・自由党・社会民主党が推薦する鉢呂吉雄を支持したが、鉢呂は高橋はるみに敗れた。また同年の札幌市長選挙で候補者が誰も法定得票の25%を獲得できなかったため再選挙が実施され、荒井は再選挙で上田文雄の選挙対策本部長を務めた(上田は再選挙で当選)。
第43回衆議院議員総選挙で石崎を破り、3選(石崎も比例復活)。
2005年の第44回衆議院議員総選挙で石崎に敗れるも、重複立候補していた比例北海道ブロックで復活し、4選。
2006年3月、PSE問題を巡る混乱を受けて結成された党・PSE法議員懇談会の会長に就任。同年4月、堀江メール問題による執行部総退陣に伴い、民主党国会対策委員長代理に起用された。
2007年、衆議院議員を辞職し、北海道知事選挙に民主・社民・新党大地推薦で出馬したが、現職の高橋はるみに敗れ、落選。
2009年の第45回衆議院議員総選挙で石崎に比例復活を許さない大差をつけ、国政に復帰(石崎は落選後、そのまま政界引退を表明した)。選挙後に発足した鳩山由紀夫内閣で内閣総理大臣補佐官に任命された。
2010年6月、菅直人内閣で内閣府特命担当大臣(経済財政政策・消費者及び食品安全)、「税財政の骨格や経済運営の基本方針等について企画立案及び行政各部の所管する事務の調整」の担当(国家戦略担当大臣)[6]に任命され初入閣したが、自身の事務所費の不適切な支出を追及され、菅直人第1次改造内閣では再任されず、事実上更迭された。同年、衆議院内閣委員長に就任。
2012年、衆議院災害対策特別委員長に就任。同年の第46回衆議院議員総選挙で自民党新人の高木宏壽に敗れたが、重複立候補していた比例北海道ブロックで復活し、6選。選挙後、衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長に就任。
2014年の第47回衆議院議員総選挙で高木に再び敗れたが、重複立候補していた比例北海道ブロックで復活し7選[7]。
2016年7月29日、JR北海道は駅廃止や列車見直しによる経費節減、運賃値上げによる応分負担、上下分離方針の導入などを検討内容とする『「持続可能な交通体系のあり方」について』を公表[8]、地方路線の整理廃止を加速させる意向を表明。ローカル路線を持つ道内各自治体に危機感が広がった。この事態を受け2016年8月2日、民進党北海道総支部連合会は「民進党北海道JR北海道路線維持対策本部」を8月3日に設置し、本部長を荒井とすることに決定[9]した。同日、道議会民進党は「道議会民進党JR北海道路線維持対策プロジェクトチーム(三津丈夫座長)」を設置[10]。以降、荒井は、道議会民進党JR北海道路線維持対策プロジェクトチームと連携して、党として北海道の鉄道路線維持の責を担うことになった。
2016年10月1日、父が創設した札幌慈恵学園の理事長に就任。
2016年10月24日、荒井が本部長を務める民進党北海道JR北海道路線維持対策本部は、JR北海道・北海道運輸局・北海道に対し要請行動を実施し、要請書を手渡した。[11][12][13] 要請行動の4日後の10月28日、高橋はるみ北海道知事は定例記者会見で、地域公共交通検討会議の下に鉄道ネットワークワーキングチームを設置すると発表[14][15]した。
2017年の第48回衆議院議員総選挙で立憲民主党の北海道代表代行として高木との3度目の対決となる一騎打ちで挑み、8選を3期ぶりの小選挙区当選で決めると同時に高木の比例復活も阻止した[16]。
政策・主張
- 経済成長と財政再建の両立を目指している[17]。
- 財政再建による持続可能な社会保障制度をつくる(アベノミクス・増税先送りで財政破綻リスクが高まり、見送り財源の1.3兆円のしわ寄せは年金・社会保障・医療の削減に向かう。消費税10%増税の先送り期限を明示し、低所得層への軽減措置を講じる)[18]。
- 解釈改憲による集団的自衛権行使に反対(平和憲法を守り、調停外交を確立する)[18]。
- 派遣労働全面解禁を阻止(同一労働同一賃金、教育・チャンスの平等)[18]。
- 2030年代原発ゼロへあらゆる政策資源投入(40年廃炉ルールの厳格運用、電力システム改革によるエネルギー地産地消、再生エネルギー導入促進・蓄電池技術開発)[18]。
- 巨大与党に対抗する中道リベラル勢力の再結集(平和国家日本、健全な議会制民主主義)の実現[18]。
- 総理大臣の靖国神社参拝問題について「ドイツ大統領が『ヒットラーのお墓参りをします』と言ってるのに等しい行為で世界に波紋を呼んでおり、日本の国益を考え暗澹たる想いである」と述べている[19]。
- 選択的夫婦別姓制度の導入に賛同[20][21]。
議員連盟等
- 民主党日本ベラルーシ友好議員連盟(会長 2012年5月 - )[5]
- 公共事業チェック議員の会(会長 2012年6月 - )[5]
- 国会事故調の提言を実現・法制化する超党派議員連盟(共同会長 2012年8月 - )[5]
- 拉致議連(副会長)[22]
- 子ども被災者支援議員連盟(会長)[22]
- アイヌ政策を推進する議員の会(世話人)[22]
- 地域コミュニティ再生議員連盟(副会長)[22]
- 公共事業チェック議員の会(会長)[22]
- 2020年東京オリンピック・パラリンピック大会推進議連[22]
- スキー議員連盟(副会長)[22]
- テニス議員連盟(会長代行)[22]
- 民主党港湾振興議員連盟(副会長)[22]
- 民主党森林環境政策議員懇談会(副会長)[22]
- 民主党税理士制度推進議員連盟(副会長)[22]
- 民主党トラック議員連盟(副会長)[22]
- 民主党バス議連(顧問)[22]
人物
- 2010年、自身の政治団体「荒井さとし政治活動後援会」が2002年11月から約7年間、荒井の知人が居住する東京都府中市のマンションを事務所とし家賃や人件費相当の経費として6年間で約4,200万円を計上していた。これについて赤澤亮正衆院議員は100万円単位で領収書不正の疑惑があるが公開していないと批判している[23][24][25]。
脚注
- ^ 総務省 衆議院議員選挙にかかる繰上補充
- ^ 衆議院議員 荒井さとしという政治家
- ^ “民主党北海道総支部連合会 政治資金収支報告書(平成24年分定期公表)” (PDF). 政治資金センター. 2019年12月5日閲覧。
- ^ 荒井聰
- ^ a b c d 衆議院議員 荒井さとし プロフィール
- ^ 「人事異動」『官報』号外特17号、国立印刷局、2010年6月8日、1面。
- ^ 北海道 - 開票速報 - 2014衆院選:朝日新聞デジタル
- ^ JR北海道再生推進会議 (2015年7月29日). “「持続可能な交通体系のあり方」について” (PDF) 2016年12月3日閲覧。
- ^ 民進党北海道総支部連合会 (2016年8月2日). “「民進党北海道JR北海道路線維持対策本部」の設置について” (PDF). 2016年12月3日閲覧。 “「名称「民進党北海道JR北海道路線維持対策本部」 設置日 2016年8月3日 構成 本部長荒井聰民進党NC国土交通大臣・衆議院議員 本部長代行佐々木隆博民進党北海道代表・衆議院議員 事務局長鉢呂吉雄参議院議員」”
- ^ 民進党北海道総支部連合会 (2016年8月3日). “「民進党北海道JR北海道路線維持対策本部」を設置”. 2016年12月3日閲覧。
- ^ 民進党北海道総支部連合会・民進党北海道JR北海道路線維持対策本部 (2016年10月24日). “JR北海道路線維持問題に関する要請書” (PDF). 2016年12月3日閲覧。 “「北海道旅客鉄道株式会社社長島田修様」”
- ^ 民進党北海道総支部連合会・民進党北海道JR北海道路線維持対策本部 (2016年10月24日). “JR北海道路線維持問題に関する要請書” (PDF). 2016年12月3日閲覧。 “「国土交通省大臣石井 啓一様」”
- ^ 民進党北海道総支部連合会・民進党北海道JR北海道路線維持対策本部 (2016年10月24日). “JR北海道路線維持問題に関する要請書” (PDF). 2016年12月3日閲覧。 “「北海道知事高橋はるみ様」”
- ^ 北海道総合政策部交通政策局交通企画課 (2016年11月1日). “地域公共交通検討会議「鉄道ネットワークWT」について”. 2016年12月3日閲覧。
- ^ 北海道総合政策部交通政策局交通企画課 (2016年11月1日). “地域公共交通検討会議「鉄道ネットワークWT」について” (PDF). 2016年12月3日閲覧。
- ^ 北海道-開票速報-2017衆議院選挙(衆院選):朝日新聞デジタル
- ^ 公式ページ
- ^ a b c d e 2014年荒井聰選挙公約リーフレット「荒井さとし 未来への選択」7つの重点政策
- ^ 荒井さとしホームページ 「2005/05/18 靖国参拝」
- ^ 政策CPプロジェクト - 衆議院選挙2005プログラム アンケート
- ^ 選択夫婦別姓アンケート、mネット、2014年
- ^ a b c d e f g h i j k l m 2014年荒井聰選挙公約リーフレット「荒井さとし 未来への選択」
- ^ [ 国家戦略相、事務所実態ないのに4222万計上]2010年6月9日 読売新聞]
- ^ [荒井氏の事務所費問題「罷免に値する」野党、一斉に批判]2010年6月9日 産経新聞
- ^ [1]「事業は仕分けても領収書は出さない蓮舫議員 事務所経費問題はこのままうやむやに!?」livedoor news
関連項目
外部リンク
- 公式ウェブサイト
- 荒井さとし (@satoshisatoshia) - X(旧Twitter)
- 荒井聰 (Satoshi.Arai21) - Facebook
公職 | ||
---|---|---|
先代 菅直人 |
内閣府特命担当大臣(経済財政政策) 第14代:2010年 |
次代 海江田万里 |
先代 平野博文(事務代理) |
内閣府特命担当大臣(消費者及び食品安全) 第2代:2010年 |
次代 岡崎トミ子 |
議会 | ||
先代 玄葉光一郎 |
衆議院決算行政監視委員長 2017年 - 2018年 |
次代 海江田万里 |
先代 小野寺五典 金田誠一 |
衆議院沖縄及び北方問題に関する特別委員長 2012年 - 2013年 2004年 - 2005年 |
次代 安住淳 川内博史 |
先代 馬淵澄夫 |
衆議院災害対策特別委員長 2012年 |
次代 坂本剛二 |
先代 田中慶秋 |
衆議院内閣委員長 2010年 - 2012年 |
次代 古川元久 |
党職 | ||
先代 新設 |
日本新党代表幹事 初代:1993年 - 1994年 |
次代 松岡満寿男 |