1993年の中日ドラゴンズ
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1993年の中日ドラゴンズ | |
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成績 | |
セントラル・リーグ2位 | |
73勝57敗2分 勝率.562[1] | |
本拠地 | |
都市 | 愛知県名古屋市 |
ナゴヤ球場 | |
球団組織 | |
オーナー | 加藤巳一郎 |
経営母体 | 中日新聞社 |
監督 | 高木守道 |
選手会長 | 川又米利 |
« 1992 1994 » |
1993年の中日ドラゴンズ(1993ねんのちゅうにちドラゴンズ)では、1993年の中日ドラゴンズにおける動向をまとめる。
この年の中日ドラゴンズは、高木守道監督の2年目のシーズンである。
概要
[編集]最下位からの巻き返しを図るべく、中心打者の宇野勝をロッテに放出するなど戦力を一新。チームは4月を10勝6敗と勝ち越して開幕ダッシュに成功するが、5月に9勝13敗と負け越して以降波に乗れず前半戦は一進一退。しかし、後半戦からの2か月間で貯金を大きく増やして一時はヤクルトに代わって首位に立った。9月までは2ゲーム差で食らいついたが直接対決でサヨナラ負けするなど終盤は負けが込み、10月13日のヤクルト戦に勝ってナゴヤ球場での胴上げを阻止するのが精一杯だった(ヤクルトの優勝決定は2日後の広島戦)。それでも久しぶりに優勝戦線に食い込み、2位で終了。投手陣では若きエース・今中慎二と山本昌広の二枚看板を擁し、今中が最多勝と最多奪三振、山本が2.05で最優秀防御率を獲得するなど主なタイトルを総なめにし、チーム防御率は3.12でヤクルトを上回り1位となった。打撃陣では40歳の落合博満が引き続き4番を打ち、来日2年目のアロンゾ・パウエルも打率3割をマークした。それ以外では立浪和義、中村武志、大豊泰昭なども例年通りの成績を収めチーム本塁打は158本でリーグトップになる[2]も、盗塁は29個で最下位。シーズン終了後、この年から導入されたFA制度を利用して主砲の落合が巨人に移籍するなど、世代交代が加速していく。
チーム成績
[編集]レギュラーシーズン
[編集]開幕:4/10 | 5/1 | 6/1 | 7/1 | 8/1 | 9/1 | |||||||
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1 | 二 | 立浪和義 | 二 | 立浪和義 | 遊 | 種田仁 | 二 | 立浪和義 | 遊 | 種田仁 | 遊 | 種田仁 |
2 | 遊 | 種田仁 | 遊 | 種田仁 | 三 | 酒井忠晴 | 三 | 仁村徹 | 二 | 立浪和義 | 二 | 立浪和義 |
3 | 中 | パウエル | 右 | 川又米利[注 1] | 二 | 立浪和義 | 中 | パウエル | 右 | 川又米利 | 中 | パウエル |
4 | 一 | 落合博満 | 一 | 落合博満 | 一 | 落合博満 | 一 | 落合博満 | 一 | 落合博満 | 一 | 落合博満 |
5 | 三 | ジャコビー | 左 | 大豊泰昭 | 右 | 川又米利 | 右 | ステアーズ | 左 | 大豊泰昭 | 右 | 彦野利勝 |
6 | 左 | 大豊泰昭 | 三 | ジャコビー | 左 | 大豊泰昭 | 左 | 大豊泰昭 | 中 | パウエル | 左 | 大豊泰昭 |
7 | 右 | 山崎武司 | 中 | 山崎武司 | 中 | 山崎武司 | 捕 | 中村武志 | 三 | 仁村徹 | 三 | 仁村徹 |
8 | 捕 | 中村武志 | 捕 | 中村武志 | 捕 | 中村武志 | 遊 | 種田仁 | 捕 | 中村武志 | 捕 | 中村武志 |
9 | 投 | 今中慎二 | 投 | 山本昌広 | 投 | 小松辰雄 | 投 | 小松辰雄 | 投 | 今中慎二 | 投 | 鶴田泰 |
順位 | 4月終了時 | 5月終了時 | 6月終了時 | 7月終了時 | 8月終了時 | 9月終了時 | 最終成績 | |||||||
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1位 | 広島 | -- | ヤクルト | -- | ヤクルト | -- | ヤクルト | -- | ヤクルト | -- | ヤクルト | -- | ヤクルト | -- |
2位 | 中日 | 1.5 | 巨人 | 1.5 | 巨人 | 3.5 | 巨人 | 3.5 | 中日 | 1.0 | 中日 | 2.0 | 中日 | 7.0 |
3位 | 巨人 | 3.5 | 広島 | 2.0 | 広島 | 広島 | 4.0 | 広島 | 8.0 | 阪神 | 12.0 | 巨人 | 16.0 | |
4位 | 阪神 | 中日 | 横浜 | 4.0 | 中日 | 巨人 | 8.5 | 巨人 | 12.5 | 阪神 | 17.0 | |||
5位 | ヤクルト | 4.5 | 阪神 | 中日 | 4.0 | 阪神 | 5.0 | 阪神 | 9.0 | 横浜 | 17.5 | 横浜 | 23.0 | |
6位 | 横浜 | 8.0 | 横浜 | 4.5 | 阪神 | 6.0 | 横浜 | 7.5 | 横浜 | 12.5 | 広島 | 19.0 | 広島 | 27.0 |
期間 成績 |
10勝6敗 勝率.625 |
9勝13敗 勝率.409 |
10勝11敗1分 勝率.476 |
7勝6敗 勝率.538 |
16勝5敗 勝率.762 |
12勝6敗1分 勝率.667 |
9勝10敗 勝率.474 |
順位 | 球団 | 勝 | 敗 | 分 | 勝率 | 差 |
1位 | ヤクルトスワローズ | 80 | 50 | 2 | .615 | 優勝 |
2位 | 中日ドラゴンズ | 73 | 57 | 2 | .562 | 7.0 |
3位 | 読売ジャイアンツ | 64 | 66 | 1 | .492 | 16.0 |
4位 | 阪神タイガース | 63 | 67 | 2 | .485 | 17.0 |
5位 | 横浜ベイスターズ | 57 | 73 | 0 | .438 | 23.0 |
6位 | 広島東洋カープ | 53 | 77 | 1 | .408 | 27.0 |
オールスターゲーム1993
[編集]→詳細は「1993年のオールスターゲーム (日本プロ野球)」を参照
- 選出選手
ポジション | 名前 | 選出回数 |
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投手 | 今中慎二 | 2 |
山本昌広 | 3 | |
捕手 | 中村武志 | 5 |
内野手 | 種田仁 | 初 |
落合博満 | 13 |
選手・スタッフ
[編集]試合結果
[編集]表彰選手
[編集]リーグ・リーダー | |||
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選手名 | タイトル | 成績 | 回数 |
山本昌広 | 最優秀防御率 | 2.05 | 初受賞 |
最多勝利 | 17勝 | 初受賞 | |
最高勝率 | .773 | 初受賞 | |
今中慎二 | 最多勝利 | 17勝 | 初受賞 |
最多奪三振 | 247個 | 初受賞 | |
沢村賞 | 初受賞 |
ベストナイン | ||
---|---|---|
選手名 | ポジション | 回数 |
今中慎二 | 投手 | 初受賞 |
パウエル | 外野手 | 初受賞 |
ゴールデングラブ賞 | ||
選手名 | ポジション | 回数 |
今中慎二 | 投手 | 初受賞 |
ドラフト
[編集]→詳細は「1993年度新人選手選択会議 (日本プロ野球)」を参照
網掛けの選手は逆指名による入団
順位 | 選手名 | 守備 | 所属 | 結果 |
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1位 | 平田洋 | 投手 | 豊田大谷高 | 入団 |
2位 | 鳥越裕介 | 内野手 | 明治大学 | 入団 |
3位 | 笹山洋一 | 投手 | 小林西高 | 入団 |
4位 | 遠藤政隆 | 投手 | 熊谷組 | 入団 |
5位 | 工藤友也 | 投手 | 湖北高 | 入団 |
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ “年度別成績 1993年 セントラル・リーグ”. 日本野球機構. 2015年11月13日閲覧。
- ^ 『中日新聞』2022年6月15日朝刊スポーツ面18頁「竜のすみか ドーム四半世紀の足跡 守り勝つ ドームの功罪 ㊤強竜打線に転機」(中日新聞社)
- ^ a b 『1994 ベースボール・レコード・ブック』ベースボール・マガジン社、1993年。ISBN 4-583-03093-2。
セントラル・リーグ | パシフィック・リーグ | ||||||
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優勝 | ヤクルトスワローズ | 2位 | 中日ドラゴンズ | 優勝 | 西武ライオンズ | 2位 | 日本ハムファイターズ |
3位 | 読売ジャイアンツ | 4位 | 阪神タイガース | 3位 | オリックス・ブルーウェーブ | 4位 | 近鉄バファローズ |
5位 | 横浜ベイスターズ | 6位 | 広島東洋カープ | 5位 | 千葉ロッテマリーンズ | 6位 | 福岡ダイエーホークス |
:日本一 :日本シリーズ出場 | |||||||