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「ダナイデス」の版間の差分

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[[File:Paul Oesten - Les Danaides.jpg|thumb|270px|{{仮リンク|パウル・エステン|de|Paul Oesten}}の彫刻『ダナイデス』。]]
{{出典の明記|date=2013年6月8日 (土) 09:54 (UTC)}}
'''ダナイデス'''({{lang-grc-short|'''Δαναΐδες''', ''Danaídes''}})は、[[ギリシア神話]]に登場する[[アルゴス (ギリシャ)|アルゴス]]王[[ダナオス]]と多くの妻の間に生まれた50人の娘。単数形は'''ダナイス'''({{lang-grc-short|'''Δαναΐς''', ''Danaïs''}})。
'''ダナイデス'''({{lang-grc-short|'''Δαναΐδες'''}}, {{ラテン翻字|el|Danaídes}})は、[[ギリシア神話]]に登場する女性たちである。[[アルゴリス]]地方の都市[[アルゴス (ギリシャ)|アルゴス]]王[[ダナオス]]と多くの妻の間に生まれた50人の娘たちを指す。単数形は'''ダナイス'''({{lang-grc-short|'''Δαναΐς'''}}, {{ラテン翻字|el|Danaïs}})。ダナオスの双子の兄弟である[[古代エジプト|エジプト]]王[[アイギュプトス (ギリシア神話)|アイギュプトス]]の50人の息子たちと結婚したが、長女の[[ヒュペルムネーストラー]]を除く全員が夫を殺したことで知られる<ref name=AP215>アポロドーロス、2巻1・5。</ref><ref name=HY168>ヒュギーヌス、168話。</ref><ref name=PA2161>パウサニアース、2巻16・1。</ref>。一説によるとダナイデスは好戦的な女戦士とされる<ref>{{cite web|title=アレクサンドリアのクレメンス『ストロマテイス』4巻19 |accessdate=2022/07/21 |url=https://www.newadvent.org/fathers/02104.htm |publisher=New Advent}}</ref>

三大悲劇詩人の1人[[アイスキュロス]]はダナイデスの物語に取材し、4部作『[[救いを求める女たち (アイスキュロス)|救いを求める女たち]]』、『アイギュプトスの息子たち』、『ダナイデス』、[[サテュロス劇]]『アミューモーネー』を制作した<ref name=AHE392>アイスキュロス『救いを求める女たち』解説、p.392。</ref>{{Refnest|group="注釈"|『ヒケティデス』4部作とも呼ばれる。このうち『救いを求める女たち』のみ現存している<ref>『ギリシア悲劇I』高津春繁解説、p.470。</ref>。}}。


== 神話 ==
== 神話 ==
[[File:Danaïdes tuant leurs maris BnF Français 874 fol. 170v.jpg|thumb|190px|left|ヒュペルムネーストラーとリュンケウス、夫を殺すダナイデス。[[ロビネ・テスタール]]の[[ミニアチュール|細密画]]。]]
ダナオスの双子の兄弟である[[アイギュプトス (ギリシア神話)|アイギュプトス]]は自らの50人の息子にダナイデスを娶わせたい考え、ダナオスは娘たちに短刀を渡し50人の夫が眠っている間に殺させた。
[[アポロドーロス]]によると、アルゴスの王女[[イーオー]]はエジプトでゼウスの子[[エパポス]]を生んだ。エパポスは長じてエジプト王となった。エパポスの娘リビュエーは[[ポセイドーン]]との間に双子の兄弟[[アゲーノール]]と[[ベーロス]]を生んだ。双子のうちアゲーノールは[[フェニキア]]の地で王となり、ベーロスはエジプトの王位を継承した。ベーロスは河神[[ネイロス]]の娘[[アンキノエー]]と結婚し、2人との間に双子の兄弟アイギュプトスとダナオスが生まれた。父ベーロスは双子が成長すると、アイギュプトスを[[アラビア]]に、ダナオスを[[リビュアー]]に住まわせたが、その後、両者は王権をめぐって対立した<ref name=AP214>アポロドーロス、2巻1・4。</ref>。ダナオスはアイギュプトスの息子たちを恐れ、[[アテーナー]]の忠告に従って世界最初の船を建造し、ギリシアのアルゴスに亡命した。当時のアルゴス王[[ゲラーノール]]はダナオスに王国を譲った<ref name=AP214 />{{Refnest|group="注釈"|アイスキュロスの『救いを求める女たち』やオウィディウスの『ヘーローイデス』ではペラスゴス<ref>アイスキュロス『救いを求める女たち』249行-255行。</ref><ref>オウィディウス『ヘーローイデス』14歌23行。</ref>。}}。


[[File:Carle van Loo - Neptune and Amymone.jpg|thumb|220px|[[シャルル=アンドレ・ヴァン・ロー]]の絵画『ネプトゥヌスとアミュモネ』。[[ルーヴル美術館]]所蔵。]]
ただし、ダナイデスのうち、長女の[[ヒュペルムネーストラー]]はまだ処女だったため、夫[[リュンケウス]]を殺さなかった。残りのダナイデス達は、冥界で水汲みをさせられたという。その水を入れる入れ物には穴が開いており(もしくは底が存在せず)、なかなかいっぱいにならなかった。
[[File:Apulian red-figure volute krater by the White Sakkos painter Antikensammlung Kiel B 585 (1).jpg|thumb|220px|ダナイデスを描いた前320年頃の[[アプーリア]][[赤絵式]][[クラテール|渦巻型クラテール]]。{{仮リンク|キール・アンティークコレクション|en|Antikensammlung Kiel}}所蔵。]]
アルゴスに亡命したダナイデスであったが、その生活は決して楽ではなかった。というのも、ヘーラーとポセイドーンがアルゴスの領有権をめぐって争ったとき、河神[[イーナコス]]が[[ヘーラー]]のものと判定したため、怒ったポセイドーンはアルゴスを流れる川の水を枯渇させた。そのためダナイデスは水を探して国土を歩いて回らなければならなかった。ダナイデスの1人[[アミューモーネー]]がポセイドーンと関係を持ったのはちょうどこの頃であったと伝えられている。アミューモーネーは水を探している最中に、1頭の[[鹿]]を見つけ、槍を投じた。しかし槍は逸れて眠っている[[サテュロス]]に当たった。サテュロスは目を覚ますと、アミューモーネーを襲おうとしたが、ポセイドーンが現れて追い払った。そこでアミューモーネーはポセイドーンと一夜をともにし、レルネーの泉の場所を教わった<ref name=AP214 />。また彼女はポセイドーンの子[[ナウプリオス]]を生んだ<ref name=AP215 />。


後にアイギュプトスの息子たちはアルゴスにやって来てダナオスに和解を持ちかけ、ダナオスの娘たちと結婚したいと申し出た。しかしダナオスは彼らの言葉を信じず、また異国を放浪した苦労を忘れることができなかかったため、彼らの申し出を受け入れるふりをして、娘たちに短刀を渡し、眠っている間に彼らを殺させた。しかし長女のヒュペルムネーストラーだけは、結婚相手のリュンケウスが処女を守ってくれため殺さなかった。そのためダナオスはヒュペルムネーストラーを幽閉し、残りのダナイデスたちは結婚相手の首をレルネーに埋葬し、胴体はアルゴス市の前で葬礼が執り行われた。その後、彼女たちはゼウスの指示でアテーナーとヘルメースによって浄られた。すべてが終わると、ダナオスはヒュペルムネーストラーとリュンケウスを夫婦として認め、他の娘たちは葬礼競技の勝者と結婚させた<ref name=AP215 />。
== ダナイデスを扱った絵画 ==

{{commonscat|Danaides}}
===アイスキュロス===
<gallery>
[[アイスキュロス]]の[[ギリシア悲劇|悲劇]]『救いを求める女たち』は、ダナオスがアルゴスに亡命し、アルゴス王ペラスゴスに受け入れを求めるところから始まる。アイスキュロスによると、ダナオスの亡命はアイギュプトスの息子たちが娘たちと強引に結婚しようとしたことに起因している<ref>アイスキュロス『救いを求める女たち』1行-18行。</ref>。劇中ではダナイデスは12人のコロスを形成し、祭壇で嘆願する。彼女たちは、アイギュプトスの息子たちと結婚したならば奴隷のように扱われるに違いない。であるから、アイギュプトスの息子たちが現れて、自分たちの引き渡しを要求しても、決して応じないでほしいとペラスゴスに願う。ペラスゴスは困惑し、彼女たちを保護すればアイギュプトスの息子たちとの戦争は避けられないと考えるが、ダナイデスは嘆願が受け入れられなければ[[自殺]]することを仄めかしながらペラスゴスに決断を迫る。ついにペラスゴスは決断し、アルゴス人を集め、熱弁を振るってダナオスとその娘たちの保護を訴えた結果、アルゴス人は彼らの移住に賛成する<ref>アイスキュロス『救いを求める女たち』333行以下。</ref>。
File:Danaides by John William Waterhouse, 1903.jpg|『水汲みの刑に処されるダナイデス』([[ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス]]/画、1903年)

File:The Danaides by John Singer Sargent.jpg|『水汲みの刑に処されるダナイデス』([[ジョン・シンガー・サージェント]]/画、1922-1925年頃)
===ヒュギーヌス===
File:Danaïdes tuant leurs maris BnF Français 874 fol. 170v.jpg|『夫たちを殺害するダナイデス』([[ロビネ・テスタール]]による[[ミニアチュール|細密画]])
[[ヒュギーヌス]]の伝承もアイスキュロスと同様に、亡命前にたがいの子供たちを結婚させる話がアイギュプトスの側から出される。アイギュプトスはエジプトを独占するためにダナオスとその娘たちを殺そうと考えて、ダナオスに彼の娘を息子たちと結婚させてほしいと申し出るが、ダナオスは相手の陰謀を知り、アテーナーが初めて建造した舳先が2つある船に乗ってアルゴスに亡命した。しかしアイギュプトスの息子たちが追いかけて来て、アルゴスを攻撃した。ダナオスは抗戦が困難であることが分かると、娘たちを与えることを彼らに約束し、娘たちに命じて結婚したのち夫を殺させた<ref name=HY168 />。ダナオスの死後、彼女たちはアルゴスの男と結婚したと述べている<ref name=HY170>ヒュギーヌス、170話。</ref>。
</gallery>

===パウサニアース===
パウサニアースによると、ダナオスはアルゴスを攻撃し、ゲラーノールから王位を奪った<ref name=PA2161 />。またダナイデスはアイギュプトスの息子たちをレルネーで殺害し、身体はレルネーに埋葬し、殺した証とするために首だけを切断してアルゴスに持ち帰った。そのためアルゴスの[[アクロポリス]]にはアイギュプトスの息子たちの首だけを埋葬した墓があったと述べている<ref>パウサニアース、2巻24・2。</ref>。その後、ダナオスは娘たちを改めて結婚させようとしたが、殺人の穢れのため結婚しようとする者がいなかった。そこで結納を納めなくても良いことを国中に布告し、求婚者が複数現れると[[徒競走]]をさせ、1着でゴールした者から先に気に入った娘を選ばせて結婚させた<ref>パウサニアース、3巻12・2。</ref>。

===死後===
一説によると、新婚の夜に49人もの夫を殺害したダナイデスは、唯一生き残ったリュンケウスに殺された<ref>[[エウリーピデース]]『[[ヘカベ (エウリピデス)|ヘカベー]]』886行への古註。</ref>。いくつかの文献は、死後、彼女たちが[[地獄|冥界]]で罰を受け、永遠に終わることがない水汲みをさせられていると語っている<ref name=HY168 /><ref>プラトーン『アクシオコス』371e。</ref><ref name=OV4>オウィディウス『変身物語』4巻。</ref><ref>オウィディウス『変身物語』10巻。</ref>。[[オウィディウス]]によると、彼女たちは水を汲もうとするが、いつもこぼれ落ちた<ref name=OV4 />。あるいは彼女たちが水を注いでいた[[水甕]]には穴が開いていた。そのためダナイデスの水汲みはいつまで経っても終わらなかった<ref name=HY168 />。

===その他の伝承===
ダナオスはアルゴスへの航海の途上で[[ロドス島]]に立ち寄り、[[リンドス]]にアテーナーの神域を造営したが<ref name=AP214 /><ref name=SD5581>シケリアのディオドーロス、5巻58・1。</ref>、このとき娘のうち3人がロドス島で死去した<ref name=SD5581 />。

[[ウェルギリウス]]は、[[エウアンドロス]]の息子[[パラース]]は、[[アイネイアース]]とともに[[トゥルヌス]]と戦った際に、ダナイデスの物語が刻まれた剣帯を用いたと歌っている<ref>ウェルギリウス『アエネーイス』496行-498行。</ref>。

== ダナイデスのリスト ==
===アポロドーロス===
アポロドーロスのリストはダナオスの娘とアイギュプトスの息子の名前だけでなく、どのような母親から生まれたのかについても言及されている。また一部のダナイデスに重複が見られる([[ヒッポダメイア]]、[[エウヒッペー]])<ref name=AP215 />。[[神話学者]][[カール・ケレーニイ]]はダナイデスの人数を正確には48人としている<ref>ケレーニイ邦訳、p.30。</ref>。
{| class="wikitable" style="font-size:smaller;"
! No. !! ダナイデス !! 綴り !! 母親 !! 結婚相手 !! 母親
|-
| 1
| '''[[ヒュペルムネーストラー]]'''
| Hypermnēstrā
| rowspan="2"| [[エレパンティス (ギリシア神話)|エレパンティス]]
| '''[[リュンケウス]]'''
| rowspan="6"| [[アルギュピエー]]
|-
| 2
| [[ゴルゴポネー]]
| Gorgophonē
| [[プローテウス]]
|-
| 3
| [[アウトマテー]]
| Automatē
| rowspan="4"| [[エウローペー]]
| [[ブーシーリス]]
|-
| 4
| [[アミューモーネー]]
| Amȳmōnē
| [[エンケラドス]]
|-
| 5
| [[アガウエー]]
| Agauē
| [[リュコス]]
|-
| 6
| スカイエー
| Skaiē
| ダイプローン
|-
| 7
| [[ヒッポダメイア]]
| Hippodameia
| rowspan="10"| 森の[[ニュムペー]]の<br/>アトランティエー<br/>あるいは[[ポイベー]]
| イストロス
| rowspan="10"| [[アラビア]]の女
|-
| 8
| ロディアー
| Rhodiā
| カルコードーン
|-
| 9
| [[クレオパトラー]]
| Kleopatrā
| [[アゲーノール]]
|-
| 10
| [[アステリアー]]
| Asteriā
| カイトス
|-
| 11
| [[ヒッポダメイア]]
| Hippodameia
| ディイコリュステース
|-
| 12
| グラウケー
| Glaukē
| アルケース
|-
| 13
| ヒッポメドゥーサ
| Hippomedūsa
| アルクネーノール
|-
| 14
| [[ゴルゲー]]
| Gorgē
| [[ヒッポトオス]]
|-
| 15
| イーピメドゥーサ
| Īphimedūsa
| [[エウケーノール]]
|-
| 16
| [[ロデー]]
| Rhodē
| [[ヒッポリュトス (神話)|ヒッポリュトス]]
|-
| 17
| [[ペイレーネー]]
| Peirēnē
| rowspan="7"| [[エティオピア]]の女
| アガプトレモス
| rowspan="7"| [[フェニキア]]の女
|-
| 18
| ドーリオン
| Dōrion
| ケルケテース
|-
| 19
| パルティス
| Phartis
| [[エウリュダマース]]
|-
| 20
| [[ムネーストラー]]
| Mnēstrā
| アイギオス
|-
| 21
| [[エウヒッペー]]
| Euippē
| アルギオス
|-
| 22
| アナクシビエー
| Anaxibiē
| アルケラーオス
|-
| 23
| ネーロー
| Nēlō
| メネマコス
|-
| 24
| クレイテー
| Kleitē
| rowspan="3"| [[メムピス]]
| [[クレイトス (ギリシア神話)|クレイトス]]
| rowspan="3"| テュリアー
|-
| 25
| ステネレー
| Sthenelē
| [[ステネロス]]
|-
| 26
| クリューシッペー
| Chrȳsippē
| [[クリューシッポス (ギリシア神話)|クリューシッポス]]
|-
| 27
| [[アウトノエー]]
| Autonoē
| rowspan="12"| 水のニュムペー<br/>[[ポリュクソー]]
| [[エウリュロコス]]
| rowspan="12"| 水のニュムペー<br/>カリアドネー
|-
| 28
| [[テアーノー]]
| Theānō
| パンテース
|-
| 29
| [[エーレクトラー]]
| Ēlektrā
| ペリステネース
|-
| 30
| [[クレオパトラー]]
| Kleopatrā
| ヘルモス
|-
| 31
| [[エウリュディケー]]
| Eurydikē
| [[ドリュアース]]
|-
| 32
| グラウキッペー
| Glaukippē
| ポタモーン
|-
| 33
| アンテーレイア
| Anthēleia
| キッセウス
|-
| 34
| クレオドーレー
| Kleodōrē
| リクソス
|-
| 35
| [[エウヒッペー]]
| Euippē
| イムブロス
|-
| 36
| [[エラトー]]
| Eratō
| ブロミオス
|-
| 37
| ステュグネー
| Stygnē
| ポリュクトール
|-
| 38
| ブリュケー
| Brykē
| [[クトニオス]]
|-
| 39
| アクタイアー
| Aktaiā
| rowspan="6"| ピエリアー
| [[ペリパース]]
| rowspan="6"| [[ゴルゴーン]]
|-
| 40
| ポダルケー
| Podarkē
| [[オイネウス]]
|-
| 41
| ディオークシッペー
| Diōxippē
| [[アイギュプトス (ギリシア神話)|アイギュプトス]]
|-
| 42
| アディテー
| Aditē
| メナルケース
|-
| 43
| [[オーキュペテー]]
| Ōcypetē
| [[ラムポス]]
|-
| 44
| ピュラルゲー
| Pylargē
| [[イドモーン]]
|-
| 45
| ヒッポディケー
| Hippodikē
| rowspan="2"| [[ヘルセー]]
| [[イーダース]]
| rowspan="2"|
|-
| 46
| アディアンテー
| Adiantē
| ダイプローン
|-
| 47
| [[カリディケー]]
| Kallidikē
| rowspan="4"| クリノー
| [[パンディーオーン]]
| rowspan="4"| ヘーパイスティネー
|-
| 48
| オイメー
| Oimē
| アルベーロス
|-
| 49
| [[ケライノー]]
| Kelainō
| ヒュペルビオス
|-
| 50
| ヒュペルヒッペー
| Hyperippē
| ヒッポコリュステース
|}

===ヒュギーヌス===
[[File:Tony Robert Fleury - Les Danaïdes, 1873.jpg|thumb|230px|[[トニ・ロベール=フルーリー]]の1873年の絵画『ダナイデス』。{{仮リンク|アンリ・マルタン美術館|fr|Musée de Cahors Henri-Martin}}所蔵。]]
[[File:Danaides by John William Waterhouse, 1903.jpg|thumb|230px|[[ジョン・ウィリアム・ウォーターハウス]]の1903年の絵画『ダナイデス』。個人蔵。]]
[[File:Danaides Waterhouse 1906.jpg|thumb|230px|ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの1906年の絵画『ダナイデス』。{{仮リンク|アバディーン美術館|en|Aberdeen Art Gallery}}所蔵。]]
現存するヒュギーヌスのリストは不完全で、いくつかの部分が欠けている<ref name=HY170 />。
{| class="wikitable" style="font-size:smaller;"
! No. !! ダナイデス !! 綴り !! 結婚相手
|-
| 1
| [[ミデア (ギリシア神話)|ミデア]]
| Midea
| アンティマコス
|-
| 2
| [[ピロメーラー]]
| Philomēlā
| パンティオス
|-
| 3
| [[スキュラ]]
| Scylla
| [[プローテウス]]
|-
| 4
| アンピコモネー
| Phicomonē
| プレークシッポス
|-
| 5
| [[エウイッペー]]
| Euippē
| [[アゲーノール]]
|-
| 6
| デーモディタース
| Dēmoditās
| [[アミュントール]]
|-
| 7
| [[ヒッポトエー]]
| Hippothoē
| [[クリューシッポス (ギリシア神話)|クリューシッポス]]
|-
| 8
| ヒュアレー
| Hyalē
| ペリオス
|-
| 9
| トリテー
| Tritē
| [[エンケラドス]]
|-
| 10
| ダモネー
| Damonē
| [[アミュントール]]
|-
| 11
| [[ヒッポトエー]]
| Hippothoē
| オブリモス
|-
| 12
| ミュルミドネー
| Myrmidonē
| ミネオス
|-
| 13
| [[エウリュディケー]]
| Eurydikē
| カントス
|-
| 14
| クレイオー
| Kleiō
| アステリオス
|-
| 15
| アルカディア
| Arkadia
| [[クサントス (ギリシア神話)|クサントス]]
|-
| 16
| [[クレオパトラー]]
| Kleopatra
| メタルケース
|-
| 17
| ピラ
| Phila
| ピリノス
|-
| 18
| ヒッパレテー
| Hyparetē
| プロテオーン
|-
| 19
| [[クリューソテミス]]
| Khrȳsothemis
| アステリデース
|-
| 20
| ピュランテー
| Pyrantē
| [[アタマース]]
|-
| 21
|
|
| アルモアスブス
|-
| 22
| グラウキッペー
| Glaukippē
| ニーアイオス
|-
| 23
| デーモピレー
| Dēmophilē
| パンピロス
|-
| 24
| アウトディケー
| Autodikē
| クリュトス
|-
| 25
| [[ポリュクセネー]]
| Polyxenē
| [[アイギュプトス (ギリシア神話)|アイギュプトス]]
|-
| 26
| [[ヘカベー]]
| Hekabē
| [[ドリュアース]]
|-
| 27
| アカマンティス
| Akamantis
| エクノミノス
|-
| 28
| アルサルテー
| Arsaltē
| [[エピアルテース]]
|-
| 29
| モヌーステー
| Monūstē
| エウリュステネース
|-
| 30
| [[アミューモーネー]]
| Amȳmōnē
| ミダモス
|-
| 31
| ヘーリケー
| Hēlicē
| エウィデアース
|-
| 32
| オイメー
| Oimē
| ポリュデクトール
|-
| 33
| ポリュベー
| Polybē
| イルトノモス
|-
| 34
| ヘリクテー
| Helictē
| カッソス
|-
| 35
| [[エーレクトラー|エーレクトレー]]
| Ēlektrē
| ヒュペラントス
|-
| 36
| エウブーレー
| Eubulē
| デーマルコス
|-
| 37
| ダプリディケー
| Daplidikē
| ピュグノーン
|-
| 38
| ヘーロー
| Hērō
| アンドロマコス
|-
| 39
| エウローポメー
| Eurōpomē
| アトレーテース
|-
| 40
| ピュランティス
| Pyrantis
| プレークシッポス
|-
| 41
| クリトメーデイア
| Kritomēdia
| アンティパポス
|-
| 42
| ピーレーネー
| Pīrēnē
| ドリコス
|-
| 43
| エウペーメー
| Euphēmē
| ヒュペルビオス
|-
| 44
| テミスタゴラ
| Themistagora
| ポダシモス
|-
| 45
| [[ケライノー]]
| Kelainō
| アリストノオス
|-
| 46
| イーアテ
| Ītea
| アンティコオス
|-
| 47
| [[エラトー]]
| Eratō
| エウダイモーン
|-
| 48
| '''[[ヒュペルムネーストラー|ヒュペルメーストレー]]'''
| Hypermēstrē
| '''[[リュンケウス]]'''
|}

===その他のダナイデス===
* アナクシテア。ゼウスとの間にオーレノスを生んだ<ref>{{仮リンク|ビューザンティオンのステパノス|en|Stephanus of Byzantium}}「Olenos」の項。</ref>。
* アムピメドゥーサ。ポセイドーンとの間にエリュトラースを生んだ<ref>『イーリアス』2巻499行への古註。</ref>
* エウリュトエー。[[アレース]]との間に[[オイノマオス]]を生んだ<ref name=RAS1752>ロドスのアポローニオス、1巻752行への古註。</ref>。
* [[ヒッペー]]とピュサデイア。水源に名前を与えた<ref>[[カッリマコス]]「アテーナー讃歌」47行–48行。</ref>。
* イソノエー。ゼウスとの間に[[オルコメノス (ギリシア神話)|オルコメノス]]<ref>ロドスのアポローニオス、1巻230行への古註。</ref><ref name=AK1021>{{cite web|title=『偽クレメンス文書』10巻21。 |accessdate=2022/07/21 |url=https://ccel.org/ccel/schaff/anf08/anf08.vi.iii.xii.xxi.html |publisher=Canadian College of English Language}}</ref>、あるいは[[クリューセース]]を生んだ<ref name=AK1021 />。
* ヒッポダメイア。ゼウスとの間にオーレノスを生んだ<ref name=AK1021 />。
* [[パエトゥーサ]]。ヘルメースとの間にミュルティロスを生んだ<ref name=RAS1752 />。
* [[シーデー]]。[[ラコーニア]]地方の都市シーデーの名前の由来<ref>パウサニアース、3巻22・11。</ref>。
* ピューロダメイア。ヘルメースとの間にメッセニア地方の都市パライを創建したパリスを生んだ<ref>パウサニアース、4巻30・2。</ref>。
* ポリュドーレー。河神スペルケイオスとの間に[[ドリュオプス]]を生んだ<ref>アントーニーヌス・リーベラーリス、32話。</ref>。

== 解釈 ==
ダナオスとアイギュプトスにはいずれも50人の子供が生まれるが、この50という数字はなんらかの[[暦]][[天文学]]か、あるいは呪術的な知識と関係があるとされている<ref name=AHE392 />。カール・ケレーニイは50(ケレーニイによれば正確には48)という数字について、4年ごとの祝祭周期の50カ月を表すとしている<ref>ケレーニイ邦訳、p.28。</ref>。[[ロバート・グレーヴス]]は、アゲーノールとベーロス、ダナオスとアイギュプトスが双生児であるのは、かつてアルゴスに2人の共同統治者によって支配する王権制度が存在したことを意味するとしている。彼らは1人の[[巫女]]の長と結婚し、[[太陰暦]]の50カ月あるいはその半期ずつを交替で王権を掌握したことを示唆しているという<ref>グレーヴス、60話3。</ref>。

ダナイデスとレルネーの怪物[[ヒュドラー]]との関連性を指摘する研究者もいる。ロバート・グレーヴスの考えでは、ダナイデスはレルネーの水源で水を供給していた巫女の集団であり、ヒュドラーはそれを擬人化したものである。またダナイデスの神話は、ギリシア人がレルネーの神域を占拠しようとした2回にわたる試みを伝えたものである<ref name=RG604>グレーヴス、60話4。</ref>。

{{仮リンク|ジョルジュ・ドゥヴルー|en|George Devereux}}は、ギリシア神話では、同じ類型の神話が繰り返し語られる場所があるとして、その1例としてレルネーを挙げている。すなわちヒュドラーはレルネーにおいて50ある首のうち49本を斬り落された後に、最後に不死身の首を斬り落とされた{{Refnest|group="注釈"|ヒュドラーの首の数については諸説あるが、[[抒情詩人]][[シモーニデース]]は50本とした<ref>シモーニデース断片(ヘーシオドス『神統記』への古註による言及){{cite web|title=Hydra Lernaia |accessdate=2022/07/21 |url=https://www.theoi.com/Ther/DrakonHydra.html |publisher=Theoi}}</ref><ref>シモーニデース断片([[マウルス・セルウィウス・ホノラトゥス|セルウィウス]]『アエネーイス注解』による言及){{cite web|title=Hydra Lernaia |accessdate=2022/07/21 |url=https://www.theoi.com/Ther/DrakonHydra.html |publisher=Theoi}}</ref>。}}。一方のダナイデスのうち49人は夫を殺害してレルネーに埋葬したが、ヒュペルムネーストラーだけは夫を殺さなかった。ドゥブルーは他にもいくつかの異なる例を挙げて、神話は語られている場所(特に地形)の影響を強く受けて成立しており、そのため場所によっては同じ類型の神話が繰り返されると論じている<ref>ドゥブルー邦訳、p.174-176。</ref>。

== 系図 ==
{{ベーロスの系図}}

== ギャラリー ==
<center><gallery widths="140px" heights="110px" perrow="4">
Martin Johann Schmidt - Kazen Danaid.jpg|{{small|{{仮リンク|マーティン・ヨハン・シュミット|en|Martin Johann Schmidt}}『ダナイデスの罰』1785年 [[スロベニア国立美術館]]所蔵}}
Bunny-Rupert-Danaides-c.1918.jpg|{{small|[[ルパート・バニー]]<br/>『ダナイデス』1918年}}
Korb, Erzsébet - Danaidae (1925).jpg|{{small|[[コーブ・エルジェーベト|エルジェーベト・コーブ]](Erzsébet Korb)『ダナイデス』1925年 [[ヘルマン・オットー博物館]]所蔵}}
The Danaides by John Singer Sargent.jpg|{{small|[[ジョン・シンガー・サージェント]]『水汲みの刑に処されるダナイデス』1922年-1925年頃 [[ボストン美術館]]所蔵}}
</gallery></center>
[[File:Fernand Sabatté - The daughters of Danaus (c.1900).jpg|thumb|570px|center|{{仮リンク| フェルナン・サバテ|en|Fernand Sabatté}}の絵画『ダナオスの娘たち』。[[ヴィクトリア国立美術館]]所蔵。]]{{-}}

== 脚注 ==
===注釈===
{{Notelist}}
===出典===
{{Reflist|2}}

== 参考文献 ==
* [[アポロドーロス]]『ギリシア神話』[[高津春繁]]訳、[[岩波文庫]](1953年)
* [[アントーニーヌス・リーベラーリス]]『ギリシア変身物語集』[[安村典子]]訳、[[講談社文芸文庫]](2006年)
* [[ウェルギリウス]]『[[アエネーイス]]』[[岡道男]]・[[高橋宏幸 (古典学者)|高橋宏幸]]訳、[[京都大学学術出版会]](2001年)
* [[オウィディウス]]『ヘーローイデス』高橋宏幸訳、[[平凡社ライブラリー]](2020年)
* オウィディウス『[[変身物語]](上・下)』[[中村善也]]訳、岩波文庫(1981年・1984年)
* 『[[ギリシア悲劇]]I [[アイスキュロス]]』「[[救いを求める女たち (アイスキュロス)|救いを求める女たち]]」[[呉茂一]]訳、[[ちくま文庫]](1985年)
* [[シケリアのディオドロス|ディオドロス]]『神代地誌』飯尾都人訳、龍溪書舎(1999年)
* [[パウサニアス (地理学者)|パウサニアス]]『ギリシア記』飯尾都人訳、龍渓書舎(1991年)
* [[ヒュギーヌス]]『ギリシャ神話集』[[松田治]]・青山照夫訳、[[講談社学術文庫]](2005年)
* 『[[プラトン]]全集15 [[定義集 (プラトン)|定義集]]・[[正しさについて]]・[[徳について]]他』「[[アクシオコス]]」西村純一郎訳、[[岩波書店]](1975年)
* 『ローマ文学集 世界文学大系67』オウィディウス「名婦の書簡」[[松本克己]]訳、[[筑摩書房]](1966年)
* 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』[[岩波書店]](1960年)
* [[カール・ケレーニイ]]『ギリシアの神話 英雄の時代』[[植田兼義]]訳、[[中公文庫]](1985年)
* {{仮リンク|ジョルジュ・ドゥヴルー|en|George Devereux}}『女性と神話 ギリシア神話にみる両性具有』加藤康子訳、[[新評論]](1994年)
* [[ロバート・グレーヴス]]『ギリシア神話(上)』[[高杉一郎]]訳、[[紀伊国屋書店]](1962年)

== 関連項目 ==
{{Commonscat|Danaides}}
* [[ダナオスの娘たち]]


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[[Category:ギリシア神話の人物]]
[[Category:ギリシア神話の人物]]

2022年8月24日 (水) 13:14時点における版

パウル・エステンドイツ語版の彫刻『ダナイデス』。

ダナイデス古希: Δαναΐδες, Danaídes)は、ギリシア神話に登場する女性たちである。アルゴリス地方の都市アルゴスの王ダナオスと多くの妻の間に生まれた50人の娘たちを指す。単数形はダナイス古希: Δαναΐς, Danaïs)。ダナオスの双子の兄弟であるエジプトアイギュプトスの50人の息子たちと結婚したが、長女のヒュペルムネーストラーを除く全員が夫を殺したことで知られる[1][2][3]。一説によるとダナイデスは好戦的な女戦士とされる[4]

三大悲劇詩人の1人アイスキュロスはダナイデスの物語に取材し、4部作『救いを求める女たち』、『アイギュプトスの息子たち』、『ダナイデス』、サテュロス劇『アミューモーネー』を制作した[5][注釈 1]

神話

ヒュペルムネーストラーとリュンケウス、夫を殺すダナイデス。ロビネ・テスタール細密画

アポロドーロスによると、アルゴスの王女イーオーはエジプトでゼウスの子エパポスを生んだ。エパポスは長じてエジプト王となった。エパポスの娘リビュエーはポセイドーンとの間に双子の兄弟アゲーノールベーロスを生んだ。双子のうちアゲーノールはフェニキアの地で王となり、ベーロスはエジプトの王位を継承した。ベーロスは河神ネイロスの娘アンキノエーと結婚し、2人との間に双子の兄弟アイギュプトスとダナオスが生まれた。父ベーロスは双子が成長すると、アイギュプトスをアラビアに、ダナオスをリビュアーに住まわせたが、その後、両者は王権をめぐって対立した[7]。ダナオスはアイギュプトスの息子たちを恐れ、アテーナーの忠告に従って世界最初の船を建造し、ギリシアのアルゴスに亡命した。当時のアルゴス王ゲラーノールはダナオスに王国を譲った[7][注釈 2]

シャルル=アンドレ・ヴァン・ローの絵画『ネプトゥヌスとアミュモネ』。ルーヴル美術館所蔵。
ダナイデスを描いた前320年頃のアプーリア赤絵式渦巻型クラテールキール・アンティークコレクション英語版所蔵。

アルゴスに亡命したダナイデスであったが、その生活は決して楽ではなかった。というのも、ヘーラーとポセイドーンがアルゴスの領有権をめぐって争ったとき、河神イーナコスヘーラーのものと判定したため、怒ったポセイドーンはアルゴスを流れる川の水を枯渇させた。そのためダナイデスは水を探して国土を歩いて回らなければならなかった。ダナイデスの1人アミューモーネーがポセイドーンと関係を持ったのはちょうどこの頃であったと伝えられている。アミューモーネーは水を探している最中に、1頭の鹿を見つけ、槍を投じた。しかし槍は逸れて眠っているサテュロスに当たった。サテュロスは目を覚ますと、アミューモーネーを襲おうとしたが、ポセイドーンが現れて追い払った。そこでアミューモーネーはポセイドーンと一夜をともにし、レルネーの泉の場所を教わった[7]。また彼女はポセイドーンの子ナウプリオスを生んだ[1]

後にアイギュプトスの息子たちはアルゴスにやって来てダナオスに和解を持ちかけ、ダナオスの娘たちと結婚したいと申し出た。しかしダナオスは彼らの言葉を信じず、また異国を放浪した苦労を忘れることができなかかったため、彼らの申し出を受け入れるふりをして、娘たちに短刀を渡し、眠っている間に彼らを殺させた。しかし長女のヒュペルムネーストラーだけは、結婚相手のリュンケウスが処女を守ってくれため殺さなかった。そのためダナオスはヒュペルムネーストラーを幽閉し、残りのダナイデスたちは結婚相手の首をレルネーに埋葬し、胴体はアルゴス市の前で葬礼が執り行われた。その後、彼女たちはゼウスの指示でアテーナーとヘルメースによって浄られた。すべてが終わると、ダナオスはヒュペルムネーストラーとリュンケウスを夫婦として認め、他の娘たちは葬礼競技の勝者と結婚させた[1]

アイスキュロス

アイスキュロス悲劇『救いを求める女たち』は、ダナオスがアルゴスに亡命し、アルゴス王ペラスゴスに受け入れを求めるところから始まる。アイスキュロスによると、ダナオスの亡命はアイギュプトスの息子たちが娘たちと強引に結婚しようとしたことに起因している[10]。劇中ではダナイデスは12人のコロスを形成し、祭壇で嘆願する。彼女たちは、アイギュプトスの息子たちと結婚したならば奴隷のように扱われるに違いない。であるから、アイギュプトスの息子たちが現れて、自分たちの引き渡しを要求しても、決して応じないでほしいとペラスゴスに願う。ペラスゴスは困惑し、彼女たちを保護すればアイギュプトスの息子たちとの戦争は避けられないと考えるが、ダナイデスは嘆願が受け入れられなければ自殺することを仄めかしながらペラスゴスに決断を迫る。ついにペラスゴスは決断し、アルゴス人を集め、熱弁を振るってダナオスとその娘たちの保護を訴えた結果、アルゴス人は彼らの移住に賛成する[11]

ヒュギーヌス

ヒュギーヌスの伝承もアイスキュロスと同様に、亡命前にたがいの子供たちを結婚させる話がアイギュプトスの側から出される。アイギュプトスはエジプトを独占するためにダナオスとその娘たちを殺そうと考えて、ダナオスに彼の娘を息子たちと結婚させてほしいと申し出るが、ダナオスは相手の陰謀を知り、アテーナーが初めて建造した舳先が2つある船に乗ってアルゴスに亡命した。しかしアイギュプトスの息子たちが追いかけて来て、アルゴスを攻撃した。ダナオスは抗戦が困難であることが分かると、娘たちを与えることを彼らに約束し、娘たちに命じて結婚したのち夫を殺させた[2]。ダナオスの死後、彼女たちはアルゴスの男と結婚したと述べている[12]

パウサニアース

パウサニアースによると、ダナオスはアルゴスを攻撃し、ゲラーノールから王位を奪った[3]。またダナイデスはアイギュプトスの息子たちをレルネーで殺害し、身体はレルネーに埋葬し、殺した証とするために首だけを切断してアルゴスに持ち帰った。そのためアルゴスのアクロポリスにはアイギュプトスの息子たちの首だけを埋葬した墓があったと述べている[13]。その後、ダナオスは娘たちを改めて結婚させようとしたが、殺人の穢れのため結婚しようとする者がいなかった。そこで結納を納めなくても良いことを国中に布告し、求婚者が複数現れると徒競走をさせ、1着でゴールした者から先に気に入った娘を選ばせて結婚させた[14]

死後

一説によると、新婚の夜に49人もの夫を殺害したダナイデスは、唯一生き残ったリュンケウスに殺された[15]。いくつかの文献は、死後、彼女たちが冥界で罰を受け、永遠に終わることがない水汲みをさせられていると語っている[2][16][17][18]オウィディウスによると、彼女たちは水を汲もうとするが、いつもこぼれ落ちた[17]。あるいは彼女たちが水を注いでいた水甕には穴が開いていた。そのためダナイデスの水汲みはいつまで経っても終わらなかった[2]

その他の伝承

ダナオスはアルゴスへの航海の途上でロドス島に立ち寄り、リンドスにアテーナーの神域を造営したが[7][19]、このとき娘のうち3人がロドス島で死去した[19]

ウェルギリウスは、エウアンドロスの息子パラースは、アイネイアースとともにトゥルヌスと戦った際に、ダナイデスの物語が刻まれた剣帯を用いたと歌っている[20]

ダナイデスのリスト

アポロドーロス

アポロドーロスのリストはダナオスの娘とアイギュプトスの息子の名前だけでなく、どのような母親から生まれたのかについても言及されている。また一部のダナイデスに重複が見られる(ヒッポダメイアエウヒッペー[1]神話学者カール・ケレーニイはダナイデスの人数を正確には48人としている[21]

No. ダナイデス 綴り 母親 結婚相手 母親
1 ヒュペルムネーストラー Hypermnēstrā エレパンティス リュンケウス アルギュピエー
2 ゴルゴポネー Gorgophonē プローテウス
3 アウトマテー Automatē エウローペー ブーシーリス
4 アミューモーネー Amȳmōnē エンケラドス
5 アガウエー Agauē リュコス
6 スカイエー Skaiē ダイプローン
7 ヒッポダメイア Hippodameia 森のニュムペー
アトランティエー
あるいはポイベー
イストロス アラビアの女
8 ロディアー Rhodiā カルコードーン
9 クレオパトラー Kleopatrā アゲーノール
10 アステリアー Asteriā カイトス
11 ヒッポダメイア Hippodameia ディイコリュステース
12 グラウケー Glaukē アルケース
13 ヒッポメドゥーサ Hippomedūsa アルクネーノール
14 ゴルゲー Gorgē ヒッポトオス
15 イーピメドゥーサ Īphimedūsa エウケーノール
16 ロデー Rhodē ヒッポリュトス
17 ペイレーネー Peirēnē エティオピアの女 アガプトレモス フェニキアの女
18 ドーリオン Dōrion ケルケテース
19 パルティス Phartis エウリュダマース
20 ムネーストラー Mnēstrā アイギオス
21 エウヒッペー Euippē アルギオス
22 アナクシビエー Anaxibiē アルケラーオス
23 ネーロー Nēlō メネマコス
24 クレイテー Kleitē メムピス クレイトス テュリアー
25 ステネレー Sthenelē ステネロス
26 クリューシッペー Chrȳsippē クリューシッポス
27 アウトノエー Autonoē 水のニュムペー
ポリュクソー
エウリュロコス 水のニュムペー
カリアドネー
28 テアーノー Theānō パンテース
29 エーレクトラー Ēlektrā ペリステネース
30 クレオパトラー Kleopatrā ヘルモス
31 エウリュディケー Eurydikē ドリュアース
32 グラウキッペー Glaukippē ポタモーン
33 アンテーレイア Anthēleia キッセウス
34 クレオドーレー Kleodōrē リクソス
35 エウヒッペー Euippē イムブロス
36 エラトー Eratō ブロミオス
37 ステュグネー Stygnē ポリュクトール
38 ブリュケー Brykē クトニオス
39 アクタイアー Aktaiā ピエリアー ペリパース ゴルゴーン
40 ポダルケー Podarkē オイネウス
41 ディオークシッペー Diōxippē アイギュプトス
42 アディテー Aditē メナルケース
43 オーキュペテー Ōcypetē ラムポス
44 ピュラルゲー Pylargē イドモーン
45 ヒッポディケー Hippodikē ヘルセー イーダース
46 アディアンテー Adiantē ダイプローン
47 カリディケー Kallidikē クリノー パンディーオーン ヘーパイスティネー
48 オイメー Oimē アルベーロス
49 ケライノー Kelainō ヒュペルビオス
50 ヒュペルヒッペー Hyperippē ヒッポコリュステース

ヒュギーヌス

トニ・ロベール=フルーリーの1873年の絵画『ダナイデス』。アンリ・マルタン美術館フランス語版所蔵。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの1903年の絵画『ダナイデス』。個人蔵。
ジョン・ウィリアム・ウォーターハウスの1906年の絵画『ダナイデス』。アバディーン美術館所蔵。

現存するヒュギーヌスのリストは不完全で、いくつかの部分が欠けている[12]

No. ダナイデス 綴り 結婚相手
1 ミデア Midea アンティマコス
2 ピロメーラー Philomēlā パンティオス
3 スキュラ Scylla プローテウス
4 アンピコモネー Phicomonē プレークシッポス
5 エウイッペー Euippē アゲーノール
6 デーモディタース Dēmoditās アミュントール
7 ヒッポトエー Hippothoē クリューシッポス
8 ヒュアレー Hyalē ペリオス
9 トリテー Tritē エンケラドス
10 ダモネー Damonē アミュントール
11 ヒッポトエー Hippothoē オブリモス
12 ミュルミドネー Myrmidonē ミネオス
13 エウリュディケー Eurydikē カントス
14 クレイオー Kleiō アステリオス
15 アルカディア Arkadia クサントス
16 クレオパトラー Kleopatra メタルケース
17 ピラ Phila ピリノス
18 ヒッパレテー Hyparetē プロテオーン
19 クリューソテミス Khrȳsothemis アステリデース
20 ピュランテー Pyrantē アタマース
21 アルモアスブス
22 グラウキッペー Glaukippē ニーアイオス
23 デーモピレー Dēmophilē パンピロス
24 アウトディケー Autodikē クリュトス
25 ポリュクセネー Polyxenē アイギュプトス
26 ヘカベー Hekabē ドリュアース
27 アカマンティス Akamantis エクノミノス
28 アルサルテー Arsaltē エピアルテース
29 モヌーステー Monūstē エウリュステネース
30 アミューモーネー Amȳmōnē ミダモス
31 ヘーリケー Hēlicē エウィデアース
32 オイメー Oimē ポリュデクトール
33 ポリュベー Polybē イルトノモス
34 ヘリクテー Helictē カッソス
35 エーレクトレー Ēlektrē ヒュペラントス
36 エウブーレー Eubulē デーマルコス
37 ダプリディケー Daplidikē ピュグノーン
38 ヘーロー Hērō アンドロマコス
39 エウローポメー Eurōpomē アトレーテース
40 ピュランティス Pyrantis プレークシッポス
41 クリトメーデイア Kritomēdia アンティパポス
42 ピーレーネー Pīrēnē ドリコス
43 エウペーメー Euphēmē ヒュペルビオス
44 テミスタゴラ Themistagora ポダシモス
45 ケライノー Kelainō アリストノオス
46 イーアテ Ītea アンティコオス
47 エラトー Eratō エウダイモーン
48 ヒュペルメーストレー Hypermēstrē リュンケウス

その他のダナイデス

解釈

ダナオスとアイギュプトスにはいずれも50人の子供が生まれるが、この50という数字はなんらかの天文学か、あるいは呪術的な知識と関係があるとされている[5]。カール・ケレーニイは50(ケレーニイによれば正確には48)という数字について、4年ごとの祝祭周期の50カ月を表すとしている[31]ロバート・グレーヴスは、アゲーノールとベーロス、ダナオスとアイギュプトスが双生児であるのは、かつてアルゴスに2人の共同統治者によって支配する王権制度が存在したことを意味するとしている。彼らは1人の巫女の長と結婚し、太陰暦の50カ月あるいはその半期ずつを交替で王権を掌握したことを示唆しているという[32]

ダナイデスとレルネーの怪物ヒュドラーとの関連性を指摘する研究者もいる。ロバート・グレーヴスの考えでは、ダナイデスはレルネーの水源で水を供給していた巫女の集団であり、ヒュドラーはそれを擬人化したものである。またダナイデスの神話は、ギリシア人がレルネーの神域を占拠しようとした2回にわたる試みを伝えたものである[33]

ジョルジュ・ドゥヴルー英語版は、ギリシア神話では、同じ類型の神話が繰り返し語られる場所があるとして、その1例としてレルネーを挙げている。すなわちヒュドラーはレルネーにおいて50ある首のうち49本を斬り落された後に、最後に不死身の首を斬り落とされた[注釈 3]。一方のダナイデスのうち49人は夫を殺害してレルネーに埋葬したが、ヒュペルムネーストラーだけは夫を殺さなかった。ドゥブルーは他にもいくつかの異なる例を挙げて、神話は語られている場所(特に地形)の影響を強く受けて成立しており、そのため場所によっては同じ類型の神話が繰り返されると論じている[36]

系図

リビュエー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ベーロス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アイギュプトス
 
ダナオス
 
 
 
 
 
ケーペウス
 
ピーネウス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
リュンケウス
 
ヒュペルムネーストラー
 
アミューモーネー
 
アンドロメダー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アバース
 
ナウプリオス
 
 
 
 
 
 
 
 
イオバテース
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アクリシオス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
プロイトス
 
ステネボイア
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ダナエー
 
ゼウス
 
 
メラムプース
 
イーピアナッサ
 
ビアース
 
リューシッペー
 
イーピノエー
 
メガペンテース
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ペルセウス
 
 
アバース
 
マンティオス
 
アンティパテース
 
アナクシビアー
 
ペリアース
 
 
 
アルゲイオス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アナクサゴラース
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アルカイオス
 
エーレクトリュオーン
 
ステネロス
 
ヘレイオス
 
メーストール
 
ゴルゴポネー
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
アレクトール
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
イーピス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
エテオクロス
 
エウアドネー
 
カパネウス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
ステネロス
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
 
キュララベース
 
コメーテース
 
 


ギャラリー

フェルナン・サバテの絵画『ダナオスの娘たち』。ヴィクトリア国立美術館所蔵。

脚注

注釈

  1. ^ 『ヒケティデス』4部作とも呼ばれる。このうち『救いを求める女たち』のみ現存している[6]
  2. ^ アイスキュロスの『救いを求める女たち』やオウィディウスの『ヘーローイデス』ではペラスゴス[8][9]
  3. ^ ヒュドラーの首の数については諸説あるが、抒情詩人シモーニデースは50本とした[34][35]

出典

  1. ^ a b c d アポロドーロス、2巻1・5。
  2. ^ a b c d ヒュギーヌス、168話。
  3. ^ a b パウサニアース、2巻16・1。
  4. ^ アレクサンドリアのクレメンス『ストロマテイス』4巻19”. New Advent. 2022年7月21日閲覧。
  5. ^ a b アイスキュロス『救いを求める女たち』解説、p.392。
  6. ^ 『ギリシア悲劇I』高津春繁解説、p.470。
  7. ^ a b c d アポロドーロス、2巻1・4。
  8. ^ アイスキュロス『救いを求める女たち』249行-255行。
  9. ^ オウィディウス『ヘーローイデス』14歌23行。
  10. ^ アイスキュロス『救いを求める女たち』1行-18行。
  11. ^ アイスキュロス『救いを求める女たち』333行以下。
  12. ^ a b ヒュギーヌス、170話。
  13. ^ パウサニアース、2巻24・2。
  14. ^ パウサニアース、3巻12・2。
  15. ^ エウリーピデースヘカベー』886行への古註。
  16. ^ プラトーン『アクシオコス』371e。
  17. ^ a b オウィディウス『変身物語』4巻。
  18. ^ オウィディウス『変身物語』10巻。
  19. ^ a b シケリアのディオドーロス、5巻58・1。
  20. ^ ウェルギリウス『アエネーイス』496行-498行。
  21. ^ ケレーニイ邦訳、p.30。
  22. ^ ビューザンティオンのステパノス英語版「Olenos」の項。
  23. ^ 『イーリアス』2巻499行への古註。
  24. ^ a b ロドスのアポローニオス、1巻752行への古註。
  25. ^ カッリマコス「アテーナー讃歌」47行–48行。
  26. ^ ロドスのアポローニオス、1巻230行への古註。
  27. ^ a b c 『偽クレメンス文書』10巻21。”. Canadian College of English Language. 2022年7月21日閲覧。
  28. ^ パウサニアース、3巻22・11。
  29. ^ パウサニアース、4巻30・2。
  30. ^ アントーニーヌス・リーベラーリス、32話。
  31. ^ ケレーニイ邦訳、p.28。
  32. ^ グレーヴス、60話3。
  33. ^ グレーヴス、60話4。
  34. ^ シモーニデース断片(ヘーシオドス『神統記』への古註による言及)Hydra Lernaia”. Theoi. 2022年7月21日閲覧。
  35. ^ シモーニデース断片(セルウィウス『アエネーイス注解』による言及)Hydra Lernaia”. Theoi. 2022年7月21日閲覧。
  36. ^ ドゥブルー邦訳、p.174-176。

参考文献

関連項目