グラウコス
グラウコス(古希: Γλαῦκος, Glaukos)は、ギリシア神話の神、あるいは人物である。
のほか数人が知られている。グラウコスとは「青緑色の男」、「灰色の男」などの意である。海神のグラウコス、シーシュポスの子のグラウコスについてはアイスキュロスが悲劇作品を書いたことが知られている。以下に説明する。
海神のグラウコス
[編集]このグラウコスは、ギリシア神話の海神である。アンテドーニオスの子で[1]、もとはボイオーティアのアンテドーンの漁師だったが、薬草を食べて人々に予言をする海の神になったとされる[2]。その姿は青緑色のひげと長い髪、水色の腕、魚の尾を持った姿をしているが[3]、波で体が損なわれ、そのうえ貝殻や海藻、岩などが付着して本来の姿が失われているとも言われる[4]。
オウィディウスの『変身物語』によると、アンテドーンの浜辺に人の来ない草原があり、漁から帰ってきたグラウコスがたまたまその草原に座って獲れた魚を数えていると、草原に置いた魚たちが地面の上を飛び跳ねて、みな海に逃げていった。それを見たグラウコスは不思議に思い、草が原因と思って口に入れると、途端に海への憧れが押さえられなくなり海に飛び込んだ。すると海の神々はグラウコスを海神として迎え入れ、グラウコスはオーケアノスとテーテュースによって人間の部分を洗い流され、神として生まれ変わった。後にグラウコスはスキュラに恋をしたが、拒絶されたため魔女のキルケーに相談した。するとキルケーはグラウコスに恋をしてしまい、グラウコスに言い寄った。しかしグラウコスはこれを拒絶したため、怒ったキルケーはスキュラが好んでやって来る淵に毒を注いで魔法をかけ、知らずに淵にやって来たスキュラは水に入って醜い怪物と化したという[5][6]。
シーシュポスの子
[編集]このグラウコスは、コリントス王シーシュポスとメロペーの子である。オルニュティオーン、テルサンドロス、ハルモスと兄弟で[7]、エウリュメーデーとの間にベレロポーンをもうけた[8]。
グラウコスはボイオーティアのポトニアイの人で、牝馬を飼っていたが、勇猛な馬に育てるために人肉を餌として与えていた。後にグラウコスはイオールコス王ペリアースの葬礼競技に参加したが、このとき餌の人肉がなくなってしまったという[9]。そのためグラウコスが戦車競走でイオラーオスと争ったとき、空腹の馬たちはグラウコスを八つ裂きにして食らい、イオラーオスが勝利した[10]。セルウィウスによるとグラウコスはアプロディーテーの祭を軽んじたため、あるいは馬を早く走らせようとして交尾させなかったためにアプロディーテーの怒りをかい、馬を狂わされて食い殺されたという[11]。
このためグラウコスは死後、イストミアで馬を狂わせる悪霊タラクシッポスになったという[12]。
アイオロス | アトラース | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
シーシュポス | メロペー | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
テルサンドロス | オルニュティオーン | ニーソス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ハルモス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
コローノス | ハリアルトス | ポーコス | トアース | ポセイドーン | エウリュノメー | グラウコス | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アレース | クリューセー | ポセイドーン | クリューソゴネイア | ダーモポーン | ベレロポーン | ピロノエー | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
プレギュアース | クリューセース | プロポダース | イーサンドロス | ヒッポロコス | ゼウス | ラーオダメイア | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アポローン | コローニス | イスキュス | ミニュアース | ドーリダース | ヒュアンティダース | グラウコス | サルペードーン | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
アスクレーピオス | オルコメノス | ピュラコス | クリュメネー | イーアソス | ミニュアデス | ||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
マカーオーン | ポダレイリオス | イーピクロス | アルキメデー | アタランテー | |||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||||
ヒッポロコスの子
[編集]このグラウコスは、ベレロポーンの子ヒッポロコスの子である[13][14]。トロイア戦争のさいにサルペードーンとともにリュキア勢を率いてトロイアを救援し、ギリシア軍と戦った。
『イーリアス』初日、グラウコスは戦場でディオメーデースに遭遇したが、互いの祖父ベレロポーンとオイネウスが友情を誓った間柄であることを知った。そこで彼らは互いの武具を交換し、戦場で出会っても戦わないという誓いを交わしたが、このときゼウスはグラウコスの頭を狂わせて、グラウコスの黄金の武具とディオメーデースの青銅の武具とを交換させた。
トロイア軍がギリシア軍の防壁を攻撃したときにはアステロパイオスとともにサルペードーンの副将を務めたが、テウクロスの矢によって腕に深手を負わされて後退した。サルペードーンがパトロクロスに討たれたときには、サルペードーンを助けることができなかったことを深く悔い、アポローンに腕の傷を癒し、サルペードーンの遺体を守って戦うことができるように祈った。その願いが聞き届けられるとグラウコスはリュキア勢を鼓舞し、またトロイアの武将たちにサルペードーンの死を伝え、遺体を守って戦うことを乞った。しかし結局サルペードーンの武具はギリシア軍に奪われたため、ヘクトールがパトロクロスを討ったとき、グラウコスはサルペードーンの武具を取り返すためにパトロクロスの遺体を奪ってギリシア軍と交換させるべく、ヘクトールをパトロクロスの遺体を守る大アイアースと戦わせようとした[15]。
その後グラウコスはアキレウスの遺体をめぐる戦いで大アイアースに討たれたとされ、その遺体はイーリオスのダルダニア門のそばで火葬されたが、アポローンは炎の中から遺体を取り上げて風神たちにわたし、風神たちはカーリアのテーランドロスに運んで葬った[16]。
ミーノースの子
[編集]このグラウコスは、クレーテー島の王ミーノースとパーシパエーの子で、カトレウス、デウカリオーン、アンドロゲオース、アカレー、クセノディケー、アリアドネー、パイドラーと兄弟である[17]。幼いときグラウコスは誤って蜂蜜を入れた壺に落ちて溺れ死んだ。しかし予言者ポリュイードスは、蛇が死んだ仲間の蛇をある薬草を使って蘇らせるのを見て、同じ薬草を用いてグラウコスを蘇らせた[18][19][20]。一説によるとグラウコスを蘇らせたのはアスクレーピオスとされる[21][22]。驚いたミーノースはグラウコスに予言の術を教えることをポリュイードスに強要したが、ポリュイードスが島を去るときにグラウコスに自分の口に向かって唾を吐かせると、グラウコスは教えられたことを全て忘れてしまった[18]。
アンテーノールの子
[編集]このグラウコスは、トロイアの老臣アンテーノールとテアーノーの子の1人である。トロイア落城のおり、オデュッセウスとメネラーオスに助けられた[23]。しかし一説にグラウコスはパリスのヘレネー誘拐に同行したためアンテーノールに親子の縁を切られ、トロイア戦争でアガメムノーンに討たれたとされる[24]。後にアイネイアースは冥府でグラウコスの姿を見たという[25]。
メッセーネーの王
[編集]このグラウコスは、ヘーラクレイダイの1人クレスポンテースの子アイピュトスの子で、メッセーネーの王である。イトーメー山のゼウスの聖域をドーリス人も信仰するよう定め、ゲレーニアーでのマカーオーンの聖域を創始し、またトリオパースの娘メッセーネーに英雄祭祀を行ったとされる[26]。
その他のグラウコス
[編集]脚注
[編集]- ^ パウサニアス、10巻4・7。
- ^ パウサニアス、9巻22・7。
- ^ オウィディウス『変身物語』13巻。
- ^ プラトーン『国家』611D。
- ^ オウィディウス『変身物語』13-14巻。
- ^ ヒュギーヌス、199話。
- ^ パウサニアス、2巻4・3。
- ^ アポロドーロス、1巻9・3。ほか『イーリアス』6巻など。
- ^ アスクレーピアデース『悲劇について』1巻(プロボスによるウェルギリウス『農耕詩』古註による引用、3・267)。
- ^ ヒュギーヌス、250、273。
- ^ セルウィス『ウェルギリウス『農耕詩』注解』3・268。
- ^ パウサニアス、6巻20・19。
- ^ 『イーリアス』6巻。
- ^ アポロドーロス、摘要(E)3・35。
- ^ 『イーリアス』2巻、6巻、12巻、16巻、17巻ほか。アポロドーロス、摘要(E)3・35、4・2なども参照。
- ^ スミュルナのクイントゥス、3巻、4巻。ほかアポロドーロス、摘要(E)5・4。
- ^ アポロドーロス、3巻1・2。
- ^ a b アポロドーロス、3巻3・1。
- ^ ヒュギーヌス、136話。
- ^ ヒュギーヌス、251話。
- ^ アポロドーロス、3巻10・3。
- ^ ヒュギーヌス、49話。
- ^ アポロドーロス、摘要(E)5・21。
- ^ クレタのディクテュス、3巻26、4巻7、5巻2。
- ^ ウェルギリウス『アエネーイス』6巻483。
- ^ パウサニアス、4巻3・9。
- ^ アテナイオス。
- ^ アポロドーロス、3巻12・5。
- ^ アポロドーロス、摘要(E)7・27。