ネストール
ネストール(古希: Νέστωρ, Nestōr)は、ギリシア神話の人物である。長母音を省略してネストルとも表記される。メッセーネーの都市ピュロスの王で、トロイア戦争におけるギリシア軍の武将の一人。
ネーレウスとクローリスの子で、タウロス、アステリオス、ピュラーオーン、デーイマコス、エウリュビオス、エピラーオス、ブラシオス、エウリュメネース、エウアゴラース、アラストール、ペリクリュメノス、ペーローと兄弟。クリュメノスの娘エウリュディケー[1][2]、あるいはクラティエウスの娘アナクシビアーを妻とし、ペルセウス、ストラティオス、アレートス、エケプローン、ペイシストラトス、アンティロコス、トラシュメーデース、ペイシディケー、ポリュカステーをもうけた[3]。
ネストールは神の好意で人間の3倍の寿命を与えられたといわれる[4]。ネストールはラピテース族とケンタウロスの戦いや[5][6]、一説にアルゴナウタイやカリュドーンの猪狩りにも参加し[7][8]、トロイア戦争でも高齢にかかわらず参加した。『イーリアス』におけるネストールはしばしば自分の自慢話を語って聞かせる老将で、高齢のために戦士として戦うことはなかったが軍の指揮者の1人であり、弁舌においてはオデュッセウスと肩を並べ、献策においては常にアガメムノーンの信頼を得ており、ギリシア軍のあらゆる武将から敬意を持って遇された。
神話
[編集]幼少期
[編集]ネストールには多くの兄弟がいたが、ヘーラクレースとの戦争でみな殺された。このときネストールは幼く、ゲレーニアで育てられていたため無事だった[3]。これにちなんで『イーリアス』では頻繁に「ゲレーニア育ちの」ネストールと呼ばれている。一説にネストールはこのときにピュロスからゲレーニアに亡命したという[9]。またネストールはトロイアで育ったという奇説もある[4][注釈 1]。
青年時代
[編集]ヘーラクレースとの戦争で国力が著しく低下したピュロスは、エーリスの横暴に長年苦しめられた。しかしエーリスがピュロスから多くの牛を奪ったとき、ネストールはイテュモネウスを殺して牛を奪い返した。エーリスはこれに怒って大軍を差し向けた。父ネーレウスはネストールがまだ若かったため、戦争に出られないようにネストールの馬を隠した。しかしネストールは密かに歩兵に混じって戦に参加し、ムリオス(アウゲイアースの娘アガメーデーの夫)を殺して戦車を奪った。さらにモリオネを倒そうとしたがポセイドーンに阻止された。エーリスの王の一人アマリュンケウスの葬礼競技では、戦車競走でモリオネに勝利を奪われたが、そのほかの競技で勝利を独占した。またアルカディアとの戦いでは敵将エレウタリオーンを討った[10]。
トロイア戦争
[編集]トロイア戦争では、息子のアンティロコス、トラシュメーデースとともにピュロスの軍勢70隻を率いて参加した[11][注釈 2]。アキレウスがテネドスを陥れたときには戦利品としてアルシノオスの娘ヘカメーデーを得た。彼は全軍の配置を各都市ごとに分けて連携して戦うことを勧め、防壁の建造を発案した。アガメムノーンにアキレウスとの和解を提案し、和解が決裂した夜にはトロイア軍の偵察を勧めた。また傷ついたマカーオーンを戦場から運び出し、様子を見にやってきたパトロクロスにアキレウスの鎧をまとってミュルミドーン勢を率いて戦うよう説いた[12]。
後にネストールはパリスの矢で馬を殺されて戦場で動けなくなり、メムノーンに殺されそうになった。ネストールはアンティロコスに助けを呼び、アンティロコスは父をかばって殺された[13][14]。木馬作戦の際には自分も木馬に乗り込もうとしたが止められ、アガメムノーンとともに残った軍を率いてテネドスまで引き上げて、待機した[7]。
戦後、アガメムノーンはアテーナーの怒りが収まるまで出航を見合わせたが、ネストール、ディオメーデース、メネラーオス、オデュッセウスらはすぐに出航し、テネドスに向かった(しかしオデュッセウスは途中でトロイアに引き返した)。ネストールはさらにテネドスを後にし、エーゲ海を横断してエウボイア島に着き、無事にピュロスに帰還した。後にネストールは海岸でポセイドーンを祭祀しているときにオデュッセウスの子テーレマコスの訪問を受け、オデュッセウスや他の武将の消息について知っていることを話し、またペイシストラトスにテーレマコスをスパルタのメネラーオスのところへ案内させた[15]。
系図
[編集]
脚注
[編集]注釈
[編集]脚注
[編集]参考文献
[編集]- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- クイントゥス『トロイア戦記』松田治訳、講談社学術文庫(2000年)
- ホメロス『イリアス(上・下)』松平千秋訳、岩波文庫(1992年)
- ホメロス『オデュッセイア(上・下)』松平千秋訳、岩波文庫(1994年)
- 高津春繁『ギリシア・ローマ神話辞典』、岩波書店(1960年)