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2020年12月25日 (金) 10:08時点における版
原口 一博 はらぐち かずひろ | |
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入閣に際して公表された肖像写真 | |
生年月日 | 1959年7月2日(65歳)[1] |
出生地 | 日本 佐賀県佐賀市 |
出身校 | 東京大学文学部心理学科卒業 |
前職 | 佐賀県議会議員 |
所属政党 |
(無所属→) (自由民主党→) (新生党→) (新進党→) (国民の声→) (民政党→) (民主党(原口グループ)→) (民進党→) (国民民主党→) 立憲民主党 |
称号 | 文学士(東京大学、1983年) |
公式サイト | 原口一博 トップ |
内閣 |
鳩山由紀夫内閣 菅直人内閣 |
在任期間 | 2009年9月16日 - 2010年9月17日 |
選挙区 |
(佐賀1区→) (比例九州ブロック→) (佐賀1区→) (比例九州ブロック→) (佐賀1区→) (比例九州ブロック→) 佐賀1区 |
当選回数 | 8回 |
在任期間 | 1996年10月21日 - 現職 |
選挙区 | 佐賀市選挙区 |
在任期間 | 1987年4月 - 1993年7月6日 |
原口 一博(はらぐち かずひろ、1959年〈昭和34年〉7月2日 - ) は、日本の政治家[1]。立憲民主党所属の衆議院議員(8期)。立憲民主党副代表。
佐賀県議会議員(2期)、総務大臣(第12・13代)、内閣府特命担当大臣(地域主権推進)、衆議院総務委員長、民進党副代表、同常任幹事会議長、旧国民民主党代表代行、同国会対策委員長などを歴任。
経歴
佐賀県佐賀市出身。佐賀県立佐賀西高等学校、東京大学文学部心理学科を卒業。大学卒業後、松下政経塾(第4期生)に入塾した[2]。
政治家へ
佐賀県議会議員選挙に出馬し、当選。県議時代は自由民主党に所属しており、河本派幹部・山下徳夫の系列だった。
1990年(平成2年)の第39回衆議院議員総選挙に自民党公認で出馬した佐賀県全県区選出の大坪健一郎が落選後に引退を表明し、佐賀県議会議員だった原口を後継指名。1993年の第40回衆議院議員総選挙に原口は県議を辞職して無所属で佐賀県全県区から出馬するが、同区最下位の5位で当選した坂井隆憲の得票数55242票を549票下回る僅差で落選した。
1994年、自民党を離党した愛野興一郎衆院議員に従い新生党に入党し、同年末の新進党結党に参画した。1996年の第41回衆議院議員総選挙では佐賀1区から新進党公認で出馬し、前回敗れた坂井を下し、初当選した(坂井も比例復活)。
1997年、新進党が解党した後は国民の声に参画、民政党を経て1998年、民主党に合流した。
1999年8月、衆議院本会議での国旗及び国歌に関する法律では反対票を投じた。
2002年から、鈴木宗男事件の追及により徐々に知名度を上げる。衆議院予算委員会で行われた鈴木宗男の証人喚問において、「モザンビーク共和国洪水被害への国際緊急援助隊の派遣に反対・異議を唱えた事実があるか」「島田建設株式会社による秘書給与の肩代わりの事実関係を承知していたか」の2点について鈴木に質問し、鈴木はいずれも否定したが、後にこの証言が偽証である事実が判明し、原口のこの質問がきっかけで鈴木は議院証言法違反により告発された。同年9月、予算委員会で鈴木を議院証言法違反で告発する事が決議された際も、原口は賛成した。
北朝鮮による日本人拉致問題にも早くから関心を示していた。自民党の石破茂や中川昭一らが中心になって立ち上げた北朝鮮に拉致された日本人を早期に救出するために行動する議員連盟にも設立時から関わっており、拉致議連副会長を務めた他、常にブルーリボンを胸に付けている。国会議員の靖国神社参拝にも前向きで、みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会のメンバーでもある。「諸君!」2005年8月号には論文「小泉首相、靖國で会いましょう。岡田代表、私は参拝します」を寄稿した(ただ、総務大臣であった2010年の終戦の日には菅内閣で閣僚の靖国神社参拝を自粛する申し合わせがなされたため、参拝しなかった)[3]。
総務大臣
2007年9月から民主党の NC(Next Cabinet、次の内閣)総務大臣を務めた。2009年9月16日に成立した鳩山由紀夫内閣において NC の閣僚中で唯一、実際に総務大臣に就任している。併せて内閣府特命担当大臣(地域主権推進担当)も務める。鳩山内閣退陣を受け、2010年6月8日に発足した菅内閣でも総務大臣と内閣府特命担当大臣(地域主権推進担当)に再任された。
2009年10月2日、原口が代表を務める政党支部「民主党佐賀県第1区総支部」が2008年10月、NTT労働組合の政治団体「アピール21」(東京)から500万円の寄付を受けながら、平成20年分の政治資金収支報告書に記載していないことが発覚した。政治資金規正法に抵触する事案だったが、原口は事実を認めた上で、記載ミスだったとし、訂正を行った[4]。
2009年10月15日、新設する情報通信政策のタスクフォースのメンバーに、多摩大学の寺島実郎学長・ソフトバンクの孫正義社長らを起用する方針を固めた。
2010年1月14日の日本外国特派員協会での講演会で、地方の外国人参政権の付与について「自分の意思に反して(日本に)連れてこられた人が地方で投票の権利を持つのは日本の国家として大事なことだ」と述べ、特別永住外国人への地方参政権付与に賛同する趣旨を表明した。その上で与党合意が前提で議員立法が望ましいと述べている[5]。その後、国民新党がこの法案提出に反対し民主党の一部議員も異論を唱える中、国会での議論の必要性を述べた上で、法案の政府提出は困難との考えを示している[6]。なお戦時中の徴用令によって日本本土に渡航した朝鮮人で、昭和34年の時点で日本に残っていた人数は、外務省公式資料によるとわずか245人である[7][8]。
政策立案のアドバイザーとしての総務省顧問に元国会議員11人を含めた21人を起用し、同内閣の「政治主導」の象徴的なもののひとつとされている[9]。顧問には定員は定められていないが、自民党政権時代は次官や総務審議官などの幹部職員が退職後に1 - 2名就くポストだった。野党側は元国会議員を大量起用したことについて、「人選が偏っている」と批判している[9]。
2010年4月、郵貯・簡保資金の新たな運用先として、海外のインフラ整備などの成長分野を想定しているとの方針を、マスコミに発表している。10兆円規模で、海外ファンドなどを通した間接投資をすると述べている[10]。ロイターのインタビューにおいては、年金の運用についても、成長性を重視したリスクのある資金運用をしていく方針を示している[11]。
2010年5月30日、朝日新聞は、インターネットプロバイダが利用者の通信履歴を広告配信に利用することを、総務省が容認したと報道した[12]。現在、DPI(ディープ・パケット・インスペクション)という技術が、ファイル交換ソフトを多用してネットワークに多大な負荷をかける利用者を特定することなどに役立っている。朝日新聞によれば、総務省が新たに容認したことは、DPIによって個人の利用履歴の詳細を掌握し、個人のニーズに応じた広告配信を可能にすることである。日本国憲法第21条違反のおそれについて、総務省の研究会は「必ずしも正当・必要なものとは言い難く、正当業務行為とみることは困難である」とした上で「利用者の同意が明確かつ個別のものであることが必要」「各事業者は、透明性の確保に向けて運用に当たっての基準等を策定し、これを適用することが望ましい」としている[13]。
2010年9月民主党代表選挙では「菅首相を否定するつもりはない」とした上で、小沢一郎を支持すると共に大臣の職責も果たす考えを示した[14][15]。菅直人が選出され9月17日に発足した菅改造内閣では再任されず、総務大臣を退任。
遅刻問題
2010年3月3日の参議院予算委員会で、仙谷由人国家戦略担当相、前原誠司国土交通大臣と共に遅刻し、委員会冒頭で陳謝した。通常、午前9時開会の予算委員会がこの日8時50分の開会となっていたが、遅刻理由を前原国交相以外は「事務方の日程作成上のミス」(総務省幹部)などと釈明した。原口は8時52分ごろTwitterに書き込みをしていた[16]。これにより委員会の開会が15分遅れ、冒頭に平野博文内閣官房長官と3閣僚が陳謝する異例の事態となり、同委員会の休憩中官房長官から「事務のミスであっても監督者は大臣だ」と再発防止を求められた[17]。
しかし、さらにその13日後の3月16日には大臣所信に対する質疑を行う参議院総務委員会に遅刻。直前まで開かれていた衆議院本会議が子ども手当法案の採決のために時間が延長したためだった。しかし、同じ衆議院議員である亀井静香郵政改革担当相は出席していたこと、衆議院本会議に関係なく参議院総務委員会を時間通りに開催することを理事会で決めていたこと、開会の時間になっても総務省や与党側から原口大臣が出席していない理由について説明がないこと、前回の予算委員会の遅刻で再発防止宣言をした後での2度目の遅刻だったことから、野党が反発した[18]。野党第1党の自民党は理事会で流会の申し出をし、野党の公明党・共産党が流会に同意、与党の社民党も流会に同意したことを受け、民主党出身の参議院総務委員長の佐藤泰介が流会を決定した[19]。
原口は国会審議に2回遅刻した問題を受け、鳩山内閣の掲げる「脱官僚」の一環として、総務省大臣官房ら4人を交代させる4月1日付の人事を内示した。国会開会中に総務課長を交代させるのは異例で、省内では事実上の更迭との見方もあるが[20]、原口は「定期人事異動で、更迭ではない」と述べている[21]。 2010年1月15日、原口は、鈴木康雄総務事務次官も交代させていた。鈴木が事務次官に就任したのは2009年7月14日で、事務次官の交代が半年で行われるのは異例中の異例であり、民主党政権誕生以降初の事務次官の交代であった[22]。
日本郵政グループの事業における混乱について
2010年7月1日、郵便事業はペリカン便を吸収し、ゆうパックと統合したが、これにともない大幅な集配の遅延が発生した[23]。7月12日には、ゆうちょ銀行でシステム障害が発生し、提携先金融機関との間の送金が一時ストップした[24]。原口は、これらのトラブルについて、郵政民営化に伴う拙速な経営に原因があるとの見解を表明した[24][25][26]。
統合計画は、もともとは自民党政権時代に西川善文(日本郵政社長:当時)が立てていたものだったが、2009年に民主党政権が成立すると同時に、西川は社長の地位を追われ、原口が総務大臣として認可した新たな統合計画は、西川の方針は設備過剰であるとして、収益重視のために設備のスリム化を進める方針に転換したものだった[27]。
総務大臣退任後の言行
9月7日に発生した尖閣諸島中国漁船衝突事件における政府の対応を批判し、超党派の議員連盟「国家主権と国益を守るために行動する議員連盟」の結成(10月1日設立)に参加し、自民党の岩屋毅と共に共同座長に就任。岩屋や民主党の藤田幸久・みんなの党の柿沢未途衆議院議員らと共に、ヘリコプターで尖閣諸島を上空から視察した。
2011年6月1日に野党が提出した内閣不信任決議案(菅おろし)について、菅の退陣問題が解決する見通しが立たないとして「国民の命を守る為に国会議員になったので・・・民主党を守る為になったのではありません」「不信任案を野党が出したといえども賛成します」「野党の不信案に乗るのは断腸の思い」「どうしても(執行部が)両院総会を開かないのなら僕にも覚悟がある。明日になったら覚悟ある行動をしたい」などと述べて、「そのとき(不信任案が否決された場合)は(造反議員が)新党をつくって政界再編という形になる。(造反議員が)民主党に残るのは、政党人としては理屈にあわない」と自らの覚悟を示していた[28]が、翌2日の採決では、前日までとは一転して、不信任案に反対票を投じた。その理由として「野党の不信任案に乗るなんて邪道」「採決前の代議士会で菅首相が原発事故収束のめどがついたら辞任することを表明した」ことを挙げている[29]。
2011年2月13日、民主党佐賀県連常任幹事会の席上で、地域主権改革の推進を目的に掲げる新たな政治団体「日本維新の会」や、佐賀県の首長や地方議員を中心にした「佐賀維新の会」を結成し、橋下徹大阪府知事や大阪維新の会、河村たかし名古屋市長、減税日本などと連携する考えを表明した[30]。5月14日には民主党の佐賀県議と佐賀市議が会派を離脱するなど分裂したことの責任をとるため、佐賀県総支部連合会の代表を副代表の大串博志と共に辞する意向を表明。ただし常任委員会は辞任を正式に認めていない[31][32]。2012年6月22日時点では、代表であることを明言している[33]。
2012年の消費増税をめぐる政局では、6月26日の衆議院本会議で行われた消費増税法案の採決で、党の賛成方針に反して棄権した[34][35]。民主党は7月3日の常任幹事会で厳重注意処分とする方針を決定し[36][37][38][39][40]、7月9日の常任幹事会で正式決定した[41][42][43]。これに関連して、党議に従うのが政党人の責務とした部分のみを取り上げられたとマスコミおよびネット批判を展開し、批判が集まるとツイッターアカウントを非公開とした。
民主党代表選挙に出馬
2012年9月民主党代表選挙に出馬するも落選。代表選挙後の2012年9月25日、自身を支持した国会議員12名と会合し、勉強会を設立する考えを示した[44]。2012年12月16日の第46回衆議院議員総選挙では、佐賀1区で自民党新人の岩田和親に敗れたが、比例九州ブロックで復活し6選。
民主党下野後
2012年12月28日、民主党の「次の内閣」でネクスト総務大臣兼地域主権改革担当大臣に就任した。
7選を目指した2014年12月14日の第47回衆議院議員総選挙では、妻と実父を立て続けに亡くしたうえ[45]、本人も階段を踏み外して膝下を複雑骨折[46]し車椅子での選挙戦となるなど厳しいものであったが、前回敗れた岩田和親を下し当選を果たした。なお、膝の具合は緊急手術後にメチシリン耐性黄色ブドウ球菌(MRSA)による院内感染を引き起こすなど重いもので、国会復帰は翌2月までずれ込んだ[47]。2016年3月の民進党の立ち上げにあたり、同党に合流。
さらに、2016年11月下旬にも自宅で転倒し、右腕と右足を骨折、入院生活に入った[48]。その後本人は一連の骨折の原因が骨形成不全症と思われる「遺伝性の骨の難病」であると診断されたと説明。その上で議員続行の意志を示した[49]。2017年3月29日の衆議院外務委員会にて現場復帰し、質問に立った[50]。
2017年10月実施予定の第48回衆議院議員総選挙では、民進党が旧希望の党への合流を決めたことにより、10月3日に希望の党の1次公認を受けた[51]。原口はいったんは公認を受諾したが、同党の中山成彬元文科相が「首相指名は安倍首相が良い」と発言したことや公約の不一致を理由に10月7日に公認を辞退[52][53]。無所属で出馬する意向を示した[54]。これをうけ日本共産党佐賀県委員会は独自候補を取り下げ、公示二日前に野党統一候補となった[55]。選挙戦では岩田との3度目の対決を制し8選。10月26日に岡田克也が代表を務める無所属の会の結成メンバーとなった[56]。
2018年5月、無所属の会を退会し、民進党と希望の党の合流により結成された国民民主党に参加し党代表代行に就任[57]。9月11日より党国会対策委員長[58]。
主張・活動
- 2006年3月2日、堀江メール問題について「メールの中身は偽物。個人の名誉や生活を大変傷つけてしまったことを同僚議員の一人としておわびしたい」と謝罪した[59]。
- 2006年2月の第164回国会予算委員会にて電波セキュリティの甘さについて「無線LANから情報を取り出しても罰する法律はない」[60] (2006年2月17日)
- この発言に続いて、航空自衛隊小松基地内の無線LANが何の暗号も施されておらず傍受可能であることなど、セキュリティの甘さを指摘した。
- ※無線通信の傍受行為を罰する法律は無いものの、その傍受した通信の存在や内容の漏洩、窃用は罰せられる(電波法第59条・同109条)。
- (傍受行為自体は違法でない為に傍受している所を発見しても摘発等は事実上困難、暗号化等の対策は急務といえる)
- テレビ局の放送免許の付与・更新については、総務省ではなく第三者機関に委ねるべきだとしている。
- 国会2階にある民主党の小沢一郎幹事長室に足繁く通い、記者らに「総務省の政策の進め方についてアドバイスをもらった。さすが幹事長はすごい。僕が考えつかないようなことを考えている。感激した」などと述べている姿を、民主党関係者は松本剛明・細野豪志と並んで「ごますり三人衆」と呼んでいるという[61]。
- 2010年1月に「検察の関係者なのか、あるいは被疑者の関係者なのか。少なくともそこは、明確にしなければ、電波という公共のものを使ってですね、やるにしては、私は不適だというふうに考えています」(小沢一郎幹事長の政治資金問題でのオフレコ報道について、放送局に監督権限を持つ総務大臣として発言)[62]。
- 「新たなマスメディアあるいは言論の自由というところについてですけれども、通常国会、この通常国会に通信と放送に関する法体系、これを60年ぶりに見直す法案を提出することとしたいということは既に述べたとおりでございまして、マスメディア集中排除原則の基本的な部分を法定化し、その遵守・維持を徹底する予定でございます。また、クロスメディア、この所有規制については、その基準の明確化や有効性について、これまでも問題提起が総務委員会でずっとなされています。これは何かというと、この間も申し上げました。新聞とあるいは放送と、様々なメディアを同一資本が一色で支配をするということは、言論の多様性について大変問題であるという考え方でありまして、現行のルールが言論の多元性を確保する観点から十分に機能しているか否かを検証し、見直す必要がないかよく検討し、結論を得ていきたいというふうに考えています」[62](マスメディア集中排除原則の法制化に関する言及)
- 2010年1月に「主要メディアが報じなかったどうかというのは、私のコメントできるところではありません」(クロスメディア禁止の法制化の発言を主要メディアで報じられていないことについて外国特派員協会での発言[63])。
- 2010年5月に「後手ではありません。発生後、すぐ私は指示をしています。風評被害が大きくなれば、さらに大きな被害となります。畜産と言う産業の性質上の問題もご考慮ください」(2010年4月に確認された口蹄疫の政府対応が後手に回り、さらに赤松広隆農水相が事態の発生後に外遊していることを指摘されての発言[64])。
- 2011年2月に「菅政権は打倒せねばならない」とのタイトルで月刊誌に投稿した「分党論」で、民主党を二つに分党し自身は菅直人を支持する勢力とは別のそれに入る考えを示している。解党せず所属議員が新党を結成する「分派」では国政選挙後まで政党交付金が配分されないのに対し「分党」なら交付されることから、交付金の扱いがポイントになるとされている。一方菅との会食では「国民に約束したマニフェストをしっかり守るという原点を大事にしながら、一緒にやりましょう」と呼びかけていることから、党内では真意をいぶかる声も出ている[65]。
- 2013年2月7日の衆議院予算委員会において、中国海軍のフリゲート艦が2013年1月30日午前10時頃に海上自衛隊の護衛艦に火器管制レーダーを照射した事件[66]に関する質問の中で、中国海軍艦艇がレーダーを照射した海域を明示していなかった政府を批判して、グーグルアースか何かで見れば、どこに日本の艦船がいたか分かると発言した。産経新聞は、グーグルアースは衛星などから撮影した世界各地の写真を自由に閲覧できるが、大半は1-3年前に撮影されたもので、リアルタイムの動きを把握することはできないとして、原口がグーグルアースを偵察衛星と勘違いしたようだと評した[67]。
- 総務大臣時代に技適マークの表示のない国外製iPadを使おうとして、電波法抵触を指摘されたことがある。同マークの表示(同年4月の省令改正により、すでに電磁的表示でも良いことになっていた)が問題であったため、総務省は「アップル社の速やかな対応を期待している」とし[68]原口は「国内でiPadを違法に使用することはありません。」とツイートした[69]。
- 2013年5月25日、佐賀市本庄町において「円安、株高というが得をしているのは一部の人間だけ。大多数の人は置き去りにされている」「この流れを止められるのは私たちしかいない」と円高・株安政策を示唆した[70]。
- オスプレイの佐賀空港への配備の計画に対しプレス向けへの記者会見で「民間空港を軍用化したのは日本では一例もないのです。私の亡くなった妻のおじが『民間空港を軍用化しない』というサインをしています。そんなことを無視して、オスプレイを佐賀空港に配備する合理性を私は見いだせない」と配備の計画について発言をした。[71]
- 日本会議国会議員懇談会会員だったが2015年12月4日、退会を発表。「日本会議には恩師の縁で入会しました。天皇制を考えるプロジェクトで議論をしていくことなどを目的としていたのですが、違憲の疑いが濃い安保法制を支持する運動には賛成できないし一線を画すべきと考えます。憲法99条は憲法尊重擁護義務を定めています。退会しました。安保法制は国民の理解がなければその目的を果たすことができません。今次、政権が強行的に成立させた安保法制はこれまでの与野党の枠を超えた現実的な安全保障について積み上げできた合意や信頼までも損ないました。集団的自衛権の行使を憲法解釈を変えできるようにすることはこれまでの立法府における議論の積み上げまでも蔑ろにするものと言わざるを得ません。憲法解釈を時の政権の都合で変えることは法治主義をも否定することです。自由と人権。立憲主義を守るために立ち上がった人々の連帯と団結を期し今後も活動を続けます。」[72]
- 「オスプレイ配備反対県連絡会」が主催した、『佐賀空港への自衛隊新型輸送機オスプレイ配備計画を考える学習会』において、「防衛省がこの計画でまじめに検討した形跡はない。オスプレイ1機100億円以上、教材関連30億円以上、そんな金があるなら医療や福祉、教育に使うべき」と発言した[73]。
- 2019年12月17日、桜を見る会問題の追求中、官僚の回答に不満を持った原口は「あなた方から出してくる予算案は一切、認めない! 国会を冒涜している」「もしね、あなた方が僕らが政権のときにいたら、真っ先に役所から去ってもらうというリストに入る。脅しじゃないですよ」と恫喝とも取れる発言を行った。この発言に、パワハラではないかと批判が出た。取材に対して、原口は「パワハラとの認識の発言ではない」「政治のレトリックで、(彼ら役人への)激励の意味」と答えている[74]。
- 自身の難病を公表し、入院中であった2016年12月には、同じように難病を持つ安倍晋三内閣総理大臣から原口宛てに励ましのメッセージが送られた。原口はこれに感激し、安倍からのメッセージを病室に貼っていた[75]。
- 安倍政権に対するスタンスについては、2019年1月には「私は『打倒安倍政権』という言い方はしません。問題のある個別の政策に対し批判を突き付けています。」と述べていた[76]が、2020年1月には「ファシストだ」と述べている[77]。
政策
- 憲法改正に賛成[78]。
- 違憲が濃厚である安保法制を支持しない[79]。
- 日本の核武装について検討すべきでないとしている[78]。
- 女性宮家の創設に賛成[78]。
- 選択的夫婦別姓制度導入を支持する[80][81]。
- 日本のTPP参加に反対[78]。
- 永住外国人への地方選挙権付与に賛成[82][83]。
- オスプレイの佐賀空港への配備に反対[84]。
人物
所属団体・議員連盟
- 国家主権と国益を守るために行動する議員連盟(共同座長)
- 天皇陛下御即位二十年奉祝国会議員連盟(副実行委員長)
- ホームエンタテイメント議員連盟(会長代理)
- 日韓議員連盟
- 日本の領土を守るため行動する議員連盟
- みんなで靖国神社に参拝する国会議員の会
- 人権擁護法案から人権を守る会
- 日本会議国会議員懇談会(2015年、日本会議を退会したことを明らかにした[86])
- 有志議員による建設職人の安全・地位向上推進議員連盟(顧問)
出演番組
- ビートたけしのTVタックル テレビ朝日系
- みのもんたの朝ズバッ!・みのもんたのサタデーずばッと TBS系
- たかじんのそこまで言って委員会 読売テレビ他
- 太田光の私が総理大臣になったら…秘書田中。 日本テレビ系
著作
著書
- 『平和 核開発の時代に問う』原口一博 2006年
- 『やめへんやろうな』原口一博と維新隊、1993年
共著
- 『政策不況 脱出の筋道』東洋経済新報社、1998年
- 『21世紀日本の繁栄譜』PHP研究所、1999年
論文
脚注
- ^ a b デジタル版 日本人名大辞典+Plus. コトバンク. 2019年3月9日閲覧。
- ^ プロフィール|松下政経塾
- ^ 菅首相、全閣僚が見送り=超党派議員ら靖国参拝-終戦記念日時事ドットコム2010年8月15日[リンク切れ]
- ^ 「政治】原口一博総務相側、献金500万円記載漏れ」産経新聞2009年10月3日
- ^ “原口総務相、特別永住外国人への地方参政権付与に賛同”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2010年1月14日). オリジナルの2010年1月17日時点におけるアーカイブ。
- ^ “【外国人参政権】原口総務相ら、法案の政府提出は「困難」”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2010年2月26日). オリジナルの2010年3月1日時点におけるアーカイブ。
- ^ “在日朝鮮人、戦時徴用はわずか245人”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2010年3月11日). オリジナルの2010年3月13日時点におけるアーカイブ。 2010年10月23日閲覧。
- ^ “【土・日曜日に書く】政治部・阿比留瑠比 前提失った参政権推進論”. MSN産経ニュース (産経デジタル). (2010年4月4日). オリジナルの2010年4月5日時点におけるアーカイブ。
- ^ a b “高額日当、総務省顧問に国会議員OB11人”. YOMIURI ONLINE (読売新聞社). (2010年2月3日). オリジナルの2010年2月4日時点におけるアーカイブ。 2010年2月3日閲覧。
- ^ “郵貯・簡保資金で10兆円投資構想 総務相インタビュー”. asahi.com (朝日新聞社). (2010年4月27日). オリジナルの2010年4月29日時点におけるアーカイブ。
- ^ 「年金も積極運用、安全運用という観点ではなく、成長に向けた資金運用は常識。」REUTERS インタビュー: 郵政資金を成長分野や外債に=原口総務相 2010年 04月 1日 16:40 JST
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- ^ 2009年衆院選時朝日新聞アンケート回答
- ^ ハンギョレ新聞 2010.03.20 11:57"外国人地方参政権 必ず実現されるだろう"[1] "政府閣僚でなく議員個人の立場で話せと言うなら、私は参政権を認めるべきだ。"
- ^ 原発再稼動とオスプレイは争点化したか 横田 一 岩波書店 世界 (雑誌)2015年2月号 pp.109
- ^ 公式プロフィール
- ^ 原口一博元総務相 右翼組織「日本会議」からの脱会を語る 日刊ゲンダイ2015年12月11日
外部リンク
- 原口一博 トップ - 公式サイト
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公職 | ||
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先代 佐藤勉 |
総務大臣 第12・13代:2009年 - 2010年 |
次代 片山善博 |
先代 新設 |
内閣府特命担当大臣 (地域主権推進担当) 初代・第2代:2009年 - 2010年 |
次代 片山善博 |
党職 | ||
先代 泉健太 |
国民民主党国会対策委員長 第2代:2018年 - |
次代 (現職) |
先代 (結党) |
国民民主党代表代行 初代:2018年 |
次代 大塚耕平・古川元久 |
先代 近藤昭一 長浜博行 神本美恵子 |
民進党副代表 近藤昭一 渡辺周 平野博文 阿部知子 櫻井充 神本美恵子 小林正夫 相原久美子と共同 → 小林正夫と共同 2017年 - 2018年 |
次代 廃止 |