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「従三位」の版間の差分

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2020年12月30日 (水) 08:40時点における版

従三位(じゅさんみ)は、位階及び神階における位のひとつ。

正三位の下、正四位(正四位上)の上に位した。律令制下では任参議及び従三位以上の者を公卿といった。贈位の場合、贈従三位とされた。

概要

律令制下においては、従三位以上を『貴』と称し、また星の位ともいわれ、上級貴族位階であった。勲等との対比では勲二等に比例し、正四位上参議及び従三位以上の官位にある者を公卿上達部とした。

律令制下においては、正四位上参議及び従三位以上の有位者はの下に「朝臣」のを名乗り、さらに)の下に「」の敬称が付され、さらに大臣の任にある者への敬称は「」とされた。代わりに、四位以上で公卿でない者については、氏と諱の下に「朝臣」を名乗った。また、三位以上の公卿が亡くなった場合、皇族同様、死去のことを薨去と称する。また、後代には「三位殿」或いは「三位様」とも称された。

また、三位以上の者は自らの家政機関として、政所を開くことを許され、家司として職事従三位家令、少初位下職事三位家書吏とした。

官位相当において従三位に相当する官職としては、大宰帥弾正尹中納言左右の近衛大将などがあるが、実際には大宰帥や弾正尹は親王任官する例が多く、近衛大将左大臣及び右大臣あるいは大納言が兼官する場合が慣例化し(したがって正三位以上であることが通常)、従三位にある者は左右の近衛中将となる場合が多かった。三位でありながら中将の任にある者を三位中将と称する。

平安時代平清盛武士として初めて公卿になる以前は、清和源氏桓武平氏とも正四位極位とした。このため、平家一門が三位以上に列せられたのに続いて、当時、源氏の傍流となっていた摂津源氏源頼政が、源氏として初めて従三位に昇った際には、異例とされ、世に源三位(げんざんみ)と称された。

室町時代以降、従三位は歴代の足利将軍家連枝鎌倉公方が叙せられた他、三管領筆頭斯波氏では斯波義重斯波義敏が叙せられた。また、管領として幕政を支えた畠山満家畠山持国畠山政長も従三位に昇っており有力な足利一門に叙位の例がみられる。 公家大名といわれた、土佐一条氏では一条房基一条兼定が従三位に叙せられた。また、伊勢北畠氏は最低でも従四位下以上の位を誇り正三位まで昇る例が多く、最後の当主、北畠具教が生涯従三位であった。また、北畠氏の一門 木造俊茂従三位に叙せられている。飛騨国司姉小路氏も代々家格が高く姉小路家綱などが従三位に叙せられている。

その他、室町時代後期には有力守護の山名宗全赤松政則が叙せられるなど次第に足利氏以外の有力大名の叙位も見られるようになった。特に戦国時代初頭から中期にかけての叙位任官の事例をみると管領代として隆盛を誇った大内義興若狭武田元信日向伊東義祐も叙せられ叙位の例が見える。天下人とその一門以外の大名においては、事実上、この従三位が最高位となったが、大内義隆は従三位を経て、従二位まで昇叙するなど、時代を経るにつれ従三位を越える例も増えた。 さらに、特異な事例としては美濃守護代斎藤妙椿が従三位権大僧都となり、僧職となりその上層に昇る形で自らの主君 土岐成頼を凌ぐ位階を得る事例も出るなど時代が下るにつれ、官位は地方大名にも手が届く位階となっていった。同時に、武家において官位の頂点に立つべき足利将軍家は時代とともに位階を低下させ、13代将軍・足利義輝やその弟で室町幕府最後の15代将軍・義昭が死没時点で従三位であったことは将軍権威の衰亡を象徴するものとなったといえる。

さて、従三位叙位者の拡大した戦国時代も後期となると、やがて天下人を目指した織田信長、そして信長の天下統一事業を継承した豊臣秀吉の下での一門、重臣に与えられる位階として定着するようになった。織田信長自身は右大臣に昇るとともに嫡男 織田信忠を従三位左近衛中将の位に据え、信長の後継者として武家初の関白となった豊臣秀吉豊臣秀保など豊臣一門上杉景勝毛利輝元宇喜多秀家小早川秀秋徳川秀忠京極高次などの豊臣家の有力大名及びその子弟に三位が与えられた。江戸幕府の下では、将軍の嫡孫、御三家御三卿、将軍の息女を正室とした加賀藩藩主などが叙せられた他、伊達政宗細川忠興福島正則など関ヶ原の戦いに活躍した大名が叙せられる位階となった。

近代以降、従三位は爵位のうち子爵に相当し、子爵の多い武家華族などの叙位例が顕著である。軍人の階級では陸軍大将に相当した。今日では主に国会議員都道府県知事事務次官、外局長官経験者などで勲二等を受けた者や同等の功績を挙げた者、もしくは学者芸術家などで文化勲章の叙勲を受けた者が死後に叙位されることが一般的である。

従三位に叙された主な人物

前近代

備考欄においては下位階から、または上位階へ進階した旨を追記

名前 叙位日 備考・説明
大神高市麻呂 慶雲3年2月6日
(706年3月24日)
左京大夫壬申の乱の功。追贈(従四位下)。
阿倍宿奈麻呂 和銅2年正月9日
(709年2月22日)
小野毛野 和銅2年正月9日
(709年2月22日)
多治比池守 和銅7年正月5日
(714年1月25日)
橘三千代 霊亀3年正月7日
(717年2月22日)
藤原武智麻呂 養老5年正月5日
(721年2月5日)
中納言正四位下から進階
藤原房前 養老5年正月5日
(721年2月5日)
参議従四位上から進階
藤原宇合 神亀2年閏正月22日
(725年3月11日)
式部卿、正四位上から進階
藤原麻呂 神亀6年3月4日
(729年4月6日)
左京大夫・右京大夫、正四位上から進階
橘諸兄 天平4年1月20日
(732年2月20日)
参議、正四位下から進階
県犬養広刀自 天平9年2月14日
(737年3月19日)
聖武天皇夫人正五位下から進階
橘古那可智 天平9年2月14日
(737年3月19日)
聖武天皇夫人
藤原豊成 天平15年5月5日
(743年6月1日)
中納言、正四位下から進階
藤原仲麻呂 天平18年4月22日
(746年5月16日)
参議、正四位上から進階
藤原乙麻呂 天平勝宝2年10月1日
(750年11月4日)
大宰帥正五位上から進階
藤原永手 天平勝宝6年正月16日
(754年2月12日)
式部卿、従四位上から進階
藤原真楯 天平宝字4年正月4日
(760年1月26日)
参議、正四位上から進階
藤原縄麻呂 神護景雲2年正月10日
(768年2月2日)
参議、正四位上から進階
藤原継縄 宝亀2年11月27日
(772年1月6日)
参議、正四位上から進階
藤原曹司 宝亀8年正月10日
(777年2月22日)
光仁天皇夫人、正四位上から進階
高野新笠 宝亀9年正月29日
(778年3月2日)
光仁天皇夫人、従四位下から進階
藤原家依 天応元年5月25日
(781年6月21日)
参議、正四位上から進階
藤原吉子 延暦2年2月5日
(783年3月12日)
桓武天皇夫人
藤原旅子 延暦4年11月24日
(785年12月30日)
桓武天皇夫人
藤原内麻呂 延暦17年8月16日
(798年9月30日)
中納言、正四位上から進階
橘嘉智子 弘仁元年11月23日
(810年12月23日)
嵯峨天皇夫人、のち皇后
多治比高子 弘仁元年11月23日
(810年12月23日)
嵯峨天皇夫人、のち
藤原冬嗣 弘仁5年4月28日
(814年5月21日)
参議、正四位下から進階
藤原緒嗣 弘仁6年正月7日
(815年2月19日)
参議、正四位下から進階
藤原緒夏 弘仁6年7月15日
(815年8月23日)
嵯峨天皇夫人
清原夏野 天長2年7月2日
(825年7月20日)
中納言、正四位下から進階
源信 天長10年3月6日
(833年3月30日)
参議、正四位下から進階
藤原良房 承和2年4月7日
(835年5月7日)
権中納言、従四位上から進階
藤原貞子 承和6年正月8日
(839年1月26日)
仁明天皇女御、従四位下から進階
藤原順子 承和11年正月8日
(844年1月30日)
仁明天皇女御、従四位下から進階
源融 嘉祥3年正月7日
(850年2月22日)
右近衛中将、正四位下から進階
藤原長良 嘉祥3年9月23日
(850年10月31日)
参議、正四位下から進階
藤原良相 仁寿元年12月25日
(852年1月19日)
権中納言、正四位下から進階
藤原古子 仁寿3年正月8日
(853年2月19日)
文徳天皇女御、正四位下から進階
藤原明子 仁寿3年正月8日
(853年2月19日)
文徳天皇女御、正四位下から進階
藤原多美子 貞観6年8月17日
(864年9月21日)
清和天皇女御、従四位下から進階
藤原基経 貞観8年12月8日
(867年1月17日)
中納言、正四位下から進階
藤原高子 貞観13年正月8日
(871年2月1日)
清和天皇女御、従四位下から進階
班子女王 元慶8年2月26日
(884年3月26日)
光孝天皇女御、従四位下から進階
藤原穏子 延喜7年正月9日
(907年2月23日)
醍醐天皇女御
藤原貴子 天慶元年12月21日
(939年1月14日)
尚侍正五位下から進階
藤原安子 天慶9年5月27日
(946年6月28日)
村上天皇女御、従四位下から進階
藤原義子 長徳2年8月20日
(996年10月5日)
一条天皇女御
藤原彰子 長保元年2月9日
(999年2月27日)
のち一条天皇女御
藤原元子 長保2年8月20日
(1000年9月20日)
一条天皇女御
藤原妍子 寛弘元年12月7日
(1005年1月19日)
尚侍、正四位下から進階
藤原尊子 寛弘2年正月10日
(1005年2月21日)
一条天皇女御、従四位上から進階

近代

氏名 主な役職・経歴 従三位に叙位された年月日 備考
大久保利通 参議大蔵卿内務卿 1869年(明治2年)6月2日
(新暦7月10日)
徳川昭武 水戸藩主、清水徳川家当主 1881年(明治14年)
毛利元周 長府藩 1891年(明治24年)4月13日
毛利元純 清末藩 1891年(明治24年)4月13日
秋元志朝 山形藩主、館林藩 1896年(明治29年)5月20日
戸田忠恕 宇都宮藩 1897年(明治30年)4月21日
児玉源太郎 伯爵陸軍大将台湾総督参謀総長陸軍大臣内務大臣文部大臣 1898年(明治31年)3月8日 後に正二位
菊池武重 菊池氏13代当主、鎌倉時代南北朝時代の武将 1902年(明治35年)11月12日
菊池武光 菊池氏15代当主、鎌倉時代・南北朝時代の武将 1902年(明治35年)11月12日
黒田孝高 黒田氏4代当主、中津城 1902年(明治35年)11月13日
鍋島直茂 鍋島氏当主、佐賀藩 1902年(明治35年)11月13日
織田信秀 織田氏当主、織田信長の父 1902年(明治35年)11月18日
賀茂真淵 国学者 1902年(明治35年)11月18日
本居宣長 国学者 1902年(明治35年)11月18日
斎藤実 子爵海軍大将海軍大臣朝鮮総督内閣総理大臣外務大臣文部大臣内大臣 1907年(明治40年)9月21日
上杉治憲 米沢藩 1908年(明治41年)9月9日
津軽信政 弘前藩 1908年(明治41年)9月9日
南部利敬 盛岡藩 1908年(明治41年)9月9日
加藤清正 熊本藩 1909年(明治42年)3月11日
戸田氏鉄 膳所藩主、尼崎藩主、大垣藩 1909年(明治42年)9月11日
戸田氏正 大垣藩主 1909年(明治42年)9月11日
前田利保 富山藩 1909年(明治42年)9月11日
前田正甫 富山藩主 1909年(明治42年)9月11日
浅野長政 五奉行甲府藩主、真壁藩 1910年(明治43年)4月2日
板倉勝重 京都所司代 1910年(明治43年)11月16日
松平康哉 津山藩 1910年(明治43年)11月16日
太安万侶 奈良時代の官人、『古事記』編纂者 1911年(明治44年)3月13日
松平昭訓 徳川斉昭の14男 1911年(明治44年)6月1日
有馬頼永 久留米藩 1911年(明治44年)11月15日
菊池武政 菊池氏16代当主、南北朝時代の武将 1911年(明治44年)11月15日
菊池武朝 菊池氏17代当主、南北朝時代・室町時代の武将 1911年(明治44年)11月15日
細川重賢 熊本藩主 1911年(明治44年)11月15日
亀井茲矩 鹿野藩主、津和野藩 1912年(明治45年)2月26日
真田幸貫 松代藩 1912年(明治45年)2月26日
松平斉典 川越藩 1912年(大正元年)11月19日
柳沢吉保 川越藩主、甲府藩主、側用人老中格、大老 1912年(大正元年)11月19日
池上三郎 函館控訴院検事長 1914年(大正3年)11月10日
津軽為信 弘前藩主 1915年(大正4年)10月24日
浅野幸長 甲府藩主、紀州藩 1915年(大正4年)11月10日
阿蘇惟武 阿蘇氏当主、南北朝時代の武将 1915年(大正4年)11月10日
酒井忠勝 深谷藩主、川越藩主、小浜藩主、老中大老 1915年(大正4年)11月10日
酒井忠邦 姫路藩 1915年(大正4年)11月10日
島津義久 島津氏16代当主、薩摩藩 1915年(大正4年)11月10日
武田晴信 武田氏19代当主、戦国大名 1915年(大正4年)11月10日
立花宗茂 棚倉藩主、柳河藩 1915年(大正4年)11月10日
藤堂高虎 今治藩主、津藩 1915年(大正4年)11月10日
波多野秀治 波多野氏最後の当主、戦国大名 1915年(大正4年)11月10日
北条氏綱 後北条氏2代当主、戦国大名 1915年(大正4年)11月10日
堀田正睦 佐倉藩主、寺社奉行大坂城代、老中 1915年(大正4年)11月10日
松平信綱 忍藩主、川越藩主、老中 1915年(大正4年)11月10日
秋山好古 陸軍大将、教育総監 1916年(大正5年)1月31日 後に従二位
小笠原忠真 松本藩主、明石藩主、小倉藩 1916年(大正5年)11月15日
井伊直政 高崎藩主、佐和山藩主、彦根藩 1917年(大正6年)11月17日
加藤嘉明 伊予松山藩主、会津藩主、水口藩 1917年(大正6年)11月17日
松平定綱 下総山川藩主、下妻藩主、掛川藩主、淀藩主、大垣藩主、桑名藩 1917年(大正6年)11月17日
真田幸弘 松代藩主 1918年(大正7年)11月18日
山内一豊 土佐藩 1919年(大正8年)11月15日
水野勝成 福山藩 1919年(大正8年)11月15日
島津貴久 島津氏15代当主、戦国大名 1920年(大正9年)11月18日
伊江朝眞 琉球王国大名 1921年(大正10年)2月13日
大友義鎮 大友氏21代当主、戦国大名 1924年(大正13年)2月11日 (故正四位下)[1]
松平容敬 会津藩主 1924年(大正13年)2月11日 (故正四位下)[1]
松平頼恕 高松藩 1924年(大正13年)2月11日 (故正四位下)[1]
伊達綱村 1924年(大正13年)2月11日 (故従四位上)[1]
上杉斉定 1924年(大正13年)2月11日 (故従四位上)[1]
伊達行朝 1924年(大正13年)2月11日 (故従四位下)[1]
戸田氏教 1924年(大正13年)2月11日 (故従四位下)[1]
黒田光之 1924年(大正13年)2月11日 (故従四位下)[1]
前田利治 大聖寺藩 1924年(大正13年)2月11日 (故従四位下)[1]
浅野長晟 足守藩主、紀州藩主、広島藩 1924年(大正13年)2月11日 (故従四位下)[1]
酒井忠徳 1924年(大正13年)2月11日 (故従四位下)[1]
菊池武澄 肥前守 1924年(大正13年)2月11日 (故従五位下)菊池氏鎌倉時代末期から南北朝時代にかけての武将
松浦鎮信 平戸藩 1924年(大正13年)2月11日 [1]
菊池武吉 1924年(大正13年)2月11日 [1]
毛利宗廣 1924年(大正13年)2月11日 [1]
山崎甚五郎 山梨高等工業学校初代校長 1927年(昭和2年)6月19日
伊達吉村 陸奥仙台藩第5代藩主。伊達氏宗家第21代当主 1928年昭和3年)11月10日 (故従四位上)[2]
榊原忠次 遠江横須賀藩主、上野館林藩主、陸奥白河藩主、播磨姫路藩 1928年(昭和3年)11月10日 (故従四位下)[2]
毛利綱広 長州藩 1928年(昭和3年)11月10日 (故従四位下)[2]
蜂須賀正勝 戦国大名 1928年(昭和3年)11月10日 (故従四位下)[2]
柴田勝家 戦国大名 1928年(昭和3年)11月10日 (故従五位上)[2]
松浦清 肥前国平戸藩第9代藩主 1928年(昭和3年)11月10日 (故従五位下)[2]
溝口直養 新発田藩 1928年(昭和3年)11月10日 (故従五位下)[2]
菊池武安 1928年(昭和3年)11月10日 [2]
毛利高政 1928年(昭和3年)11月10日 [2]
平田篤胤 国学者・神道家 1943年(昭和18年)8月19日
森山茂 元老院議官富山県知事貴族院議員
和田英松 歴史学者国文学者文学博士

日本国憲法施行後

原則として没後追贈。役職欄においては著名なもの(国務大臣、会長・社長、顧問など)のみ記載。備考欄にあっては進階した旨を記載。氏名については官報に記載されているとおりとする。

氏名 主な役職 備考
安達謙蔵 逓信大臣内務大臣 勲一等瑞宝章
丸山鶴吉 警視総監武蔵野美術大学学長 勲六等単光旭日章
牧野富太郎 植物学者 文化勲章
根道廣吉 特別調達庁長官 勲二等瑞宝章
吉川英次 小説家(吉川英治) 文化勲章
三浦義男 参議院議員宮城県知事 勲二等瑞宝章
鬼丸勝之 参議院議員 勲二等瑞宝章
世耕弘一 衆議院議員経済企画庁長官近畿大学総長 勲一等瑞宝章
渡邊喜久造 国税庁長官・公正取引委員会委員長 勲二等瑞宝章
福井盛太 検事総長日本野球機構初代コミッショナー 勲二等旭日重光章
恒藤恭 大阪市立大学学長 勲二等旭日重光章
川嶋孝彦 内閣統計局 従四位から進階、勲二等旭日重光章
宮崎松記 国立療養所菊池恵楓園園長 勲一等瑞宝章
武者小路実篤 小説家 文化勲章
棟方志功 版画家 文化勲章
金田一京助 言語学者民俗学者 文化勲章、勲一等瑞宝章
花井忠 検事総長 勲一等瑞宝章
務台理作 哲学者 勲二等瑞宝章
藤井崇治 電源開発株式会社総裁 勲二等旭日重光章
前田廉造 日本画家(前田青邨) 文化勲章
岡潔 数学者 文化勲章、勲一等瑞宝章
石田退三 トヨタ自動車工業会長 勲一等瑞宝章
神谷正太郎 トヨタ自動車販売会長 勲一等瑞宝章
小原鐵五郎 信金中央金庫会長、全国信用金庫協会会長、城南信用金庫理事長・会長 勲一等瑞宝章
酒井正兵衛 経済学者 勲二等瑞宝章
重政誠之 衆議院議員、農林大臣 勲二等旭日重光章
上村健太郎 初代航空幕僚長日本道路公団総裁 勲二等旭日重光章
千田正 参議院議員、岩手県知事 勲一等瑞宝章
波野聖司 歌舞伎役者(17代目中村勘三郎) 文化勲章、勲一等瑞宝章
伊藤榮樹 検事総長
宮﨑輝 実業家、旭化成社長・会長 勲一等瑞宝章
今西錦司 生態学者・文化人類学者 文化勲章、勲一等瑞宝章
花井正八 日経連副会長、トヨタ自動車工業会長 勲一等瑞宝章
正示啓次郎 衆議院議員、経済企画庁長官
福田定一 小説家(司馬遼太郎) 文化勲章
花村仁八郎 経団連副会長、日本航空会長 勲一等瑞宝章
増田四郎 歴史学者 勲一等瑞宝章
吉國二郎 大蔵事務次官 勲一等瑞宝章
黒澤明 映画監督 文化勲章
後藤正夫 大分大学学長・法務大臣 勲一等瑞宝章
松坂佐一 名古屋大学総長 勲二等旭日重光章
朝比奈隆 指揮者 文化勲章
高梨公之 日本大学総長 勲一等瑞宝章
山内一郎 参議院議員、郵政大臣
丹下健三 建築家 文化勲章
丹羽文雄 小説家 文化勲章
初村滝一郎 参議院議員、労働大臣 勲一等旭日大綬章
虎島和夫 衆議院議員、防衛庁長官 勲一等旭日大綬章
大原一三 衆議院議員、農林水産大臣
村上正一 書道家(村上三島) 文化勲章
小山五郎 三井銀行社長・会長 勲一等瑞宝章
菅野久光 参議院副議長 勲一等瑞宝章
瀬島龍三 伊藤忠商事会長 勲一等瑞宝章
関本忠弘 日本電気会長、経団連議会議長 勲一等瑞宝章
牧野隆守 衆議院議員、労働大臣 旭日大綬章
岡田善雄 細胞生物学者 文化勲章、勲一等瑞宝章
片岡球子 画家 文化勲章
杉浦喬也 運輸事務次官、国鉄総裁 勲一等瑞宝章
浜本万三 参議院議員、労働大臣 勲一等瑞宝章
前田正男 衆議院議員、科学技術庁長官 勲一等旭日大綬章
青木久重 陶芸家 文化勲章
永野健 三菱マテリアル会長、経団連会長 勲一等瑞宝章
戸塚洋二 物理学者 文化勲章
古橋廣之進 水泳選手 文化勲章
伊藤清 数学者 勲二等瑞宝章、文化勲章
森繁久彌 俳優歌手 文化勲章
林忠四郎 京都大学名誉教授 文化勲章、勲一等瑞宝章
岸昌 大阪府知事 勲一等瑞宝章
倉田卓次 東京高等裁判所部総括判事
山口達男 スペイン王国駐剳特命全権大使
服部安司 参議院議員・衆議院議員、郵政大臣 勲一等瑞宝章
松本啓 鹿児島大学名誉教授
小山一平 参議院副議長・上田市 勲一等瑞宝章
大賀典雄 ソニー社長・会長 勲一等瑞宝章
石川達郎 会計検査院事務総長
小嶌信勝 検察官・広島高等検察庁検事長
笹森清 日本労働組合総連合会第4代会長 旭日大綬章
谷口清太郎 名古屋鉄道社長・会長 正八位から進階
芦田甚之助 日本労働組合総連合会第2代会長 旭日大綬章
宇佐美忠信 ゼンセン同盟会長 勲一等瑞宝章
広木重喜 大阪高等裁判所部総括判事
成田豊 電通会長・同最高顧問 旭日大綬章
松本十郎 衆議院議員、防衛庁長官 正七位から進階、勲一等瑞宝章
宮村定男 新潟大学名誉教授 勲二等瑞宝章
榮枝清一郎 大阪高等裁判所部総括判事 正八位から進階
沼田武 千葉県知事 勲一等瑞宝章
津曲義光 航空幕僚長 瑞宝重光章
山本卓眞 富士通社長・会長 勲一等瑞宝章
永井紀昭 東京地方裁判所所長
大慈弥嘉久 通商産業事務次官・アラビア石油社長 従六位から進階
村岡二郎 東京高等裁判所部総括判事
秋山眞三 札幌地方検察庁刑事部長
福王寺雄一 日本画家(福王寺法林) 文化勲章
青木清治 歌舞伎役者(4代目中村雀右衛門) 文化勲章
山崎高應 富山医科薬科大学学長・同大学名誉教授
鷲尾悦也 日本労働組合総連合会第3代会長 旭日大綬章
楢崎弥之祐 衆議院議員、社会民主連合副代表(楢崎弥之助) 正八位から進階、勲一等旭日大綬章
山下俊彦 松下電器産業第3代社長
杉岡正美 書家(杉岡華邨) 文化勲章
高橋正八 高松高等検察庁検事長 正七位から進階
谷口敬一 大阪高等裁判所部総括判事
森亘 東京大学名誉教授 文化勲章
奥村長生 東京高等裁判所部総括判事
島静一 駐イラク大使 従六位から進階
小堀爲雄 金沢大学名誉教授
酒澤千嘉弘 鳥取大学名誉教授
吉田秀和 音楽評論家随筆家 文化勲章
松尾道彦 運輸事務次官
新藤兼登 映画監督(新藤兼人) 文化勲章
瀧口吉亮 駐チュニジア大使、駐ベネズエラ大使 正八位から進階
山田美津 女優(山田五十鈴) 文化勲章
松下正治 松下電器産業第2代社長 勲一等瑞宝章
青野茂行 金沢大学名誉教授
岡本道雄 京都大学元総長・同名誉教授 勲一等旭日大綬章
上山春平 京都大学名誉教授 正七位から進階、勲二等旭日重光章
内海倫 人事院総裁・防衛事務次官 勲一等瑞宝章
蒲原大輔 札幌高等検察庁検事長 従七位から進階
梁井新一 在大韓民国日本国大使館大使
田原隆 衆議院議員、法務大臣
細川清 名古屋高等裁判所長官 瑞宝重光綬章
佐波正一 東芝社長・日本経済団体連合会(経団連)副会長
樋口廣太郎 アサヒビール会長・社長 旭日大綬章
西宮伸一 駐中国大使
山本鎮彦 警察庁長官 正七位から進階
岡村治信 東京高等裁判所部総括判事 従六位から進階
大國昌彦 王子製紙会長・社長 旭日大綬章
天池清次 全日本労働総同盟会長
首藤堯 自治省(現:総務省事務次官 従七位から進階、勲一等瑞宝章
寺尾俊彦 浜松医科大学名誉教授
村上美津 女優(森光子) 文化勲章
武居二郎 従七位から進階
中島隆 会計検査院
金森順次郎 大阪大学総長・同名誉教授 瑞宝大綬章
親崎定雄 弁護士
石井道子 参議院議員、環境庁長官 旭日大綬章
篠原三代平 一橋大学名誉教授 文化勲章、勲二等瑞宝章
川島廣守 内閣官房副長官・プロ野球コミッショナー 正七位から進階
中嶋宏 第4代世界保健機関事務局長 勲一等瑞宝章
加藤寛 慶應義塾大学名誉教授、政府税制調査会会長 勲一等瑞宝章
尭天義久 神戸大学学長・同名誉教授
佐藤剛男 衆議院議員、法務副大臣 旭日大綬章
中嶋嶺雄 東京外国語大学学長・国際教養大学学長
竹村壽 広島高等裁判所裁判官
山田中正 駐インド兼ブータン大使、国連国際法委員会委員
前田勝之助 東レ会長 勲一等瑞宝章
下條進一郎 参議院議員、厚生大臣 従七位から進階、勲一等瑞宝章
中川臣朗 大阪高裁部総括判事
黒田瑞夫 国連大使
五十嵐広三 旭川市長、建設大臣内閣官房長官 勲一等瑞宝章
近藤耕三 四国電力社長・会長、四国経済連合会会長 旭日大綬章
北川石松 環境庁長官
川井健 一橋大学学長・同名誉教授 瑞宝重光章
茂山七五三 狂言師(四世茂山千作) 文化勲章
安西邦夫 東京ガス社長・会長、日本ガス協会会長 旭日大綬章
諸橋晋六 三菱商事社長・会長 勲一等瑞宝章
松尾官平 参議院副議長 勲一等瑞宝章
奈良靖彦 駐シンガポール、カナダ特命全権大使 正七位から進階
中島衛 衆議院議員、科学技術庁長官 旭日大綬章
田代和 近畿日本鉄道社長 旭日大綬章
高橋久子 最高裁判所判事 勲一等瑞宝章
下稲葉耕吉 第73代警視総監、参議院議員、法務大臣 勲一等瑞宝章
榊米一郎 名古屋大学名誉教授、日本学術会議会員 勲二等旭日重光章
中江要介 外交官、駐ユーゴスラビア中華人民共和国特命全権大使
上田章 衆議院法制局 勲二等旭日重光章
森下元晴 衆議院議員、厚生大臣 従七位から進階
藤村正哉 三菱マテリアル社長
井口洋夫 東京大学名誉教授 文化勲章
都甲岳洋 駐ロシア連邦大使 瑞宝重光章
橋本恕 駐中華人民共和国大使
石川要三 衆議院議員、防衛庁長官 勲一等瑞宝章
佐久間一 第18代海上幕僚長、第19代統合幕僚会議議長 瑞宝重光章
小山恒夫 信州大学名誉教授
久米豊 日産自動車社長、日本自動車工業会会長
宇澤弘文 東京大学名誉教授 文化勲章
大西正文 大阪ガス社長、日本ガス協会会長
岡崎久彦 外交官 瑞宝重光章
鎌倉節 宮内庁長官 勲一等瑞宝章
貝原俊民 兵庫県知事 旭日大綬章
丸山定巳 熊本大学名誉教授 瑞宝中綬章
市川多惠子 小説家(河野多恵子) 文化勲章
河上和雄 東京地方検察庁特捜部長 勲二等瑞宝章
中川清 落語家(3代目桂米朝) 文化勲章
吉野文六 駐西独大使 勲一等瑞宝章
江尻宏一郎 三井物産社長 勲一等瑞宝章
田邊誠 衆議院議員、日本社会党委員長 勲一等旭日大綬章
大木浩 衆議院議員・参議院議員、環境大臣
荒木誠之 労働法学者、九州大学名誉教授
谷川寛三[3] 参議院議員・衆議院議員、科学技術庁長官 勲一等瑞宝章
田村三郎[3] 農芸化学者、東京大学名誉教授 文化勲章
米倉功[3] 伊藤忠商事社長 勲一等瑞宝章
佐藤茂雄[4] 京阪電気鉄道社長、大阪商工会議所会頭 旭日大綬章
早石修[5] 生化学者、京都大学名誉教授 文化勲章、勲一等瑞宝章 正七位から進階
君塚栄治[6] 陸上自衛官、第33代陸上幕僚長 瑞宝重光章
竹山晴夫[7] 物理学者、広島大学名誉教授 従七位から進階
辰野千壽[8] 教育心理学者、上越教育大学名誉教授 勲三等旭日中綬章
室伏稔[9] 伊藤忠商事社長 旭日大綬章
山岸章[10] 労働運動家、日本労働組合総連合会初代会長 勲一等瑞宝章
高桑栄松[11] 参議院議員、北海道大学名誉教授 勲一等瑞宝章
蜷川幸雄[12] 俳優、演出家 文化勲章
中澤一雄[13] 工学者、岩手大学名誉教授
松尾敏男[14] 日本画家 勲三等瑞宝章、文化勲章
粟屋敏信[15] 衆議院議員、建設事務次官 旭日重光章
小坂憲次[16] 参議院議員・衆議院議員、文部科学大臣 旭日大綬章
森下洋一[17] 松下電器産業(現:パナソニック)社長 旭日大綬章
岡田節人[18] 京都大学名誉教授 文化勲章
福田博郎[19] 作曲家(船村徹) 旭日中綬章、文化勲章
高木郁太[20] 書家(高木聖鶴) 勲四等旭日小綬章、文化勲章
日野原重明[21] 医師、聖路加国際病院名誉院長 文化勲章
池間誠[22] 経済学者、一橋大学名誉教授 瑞宝中綬章
木村太郎[21] 衆議院議員、内閣総理大臣補佐官 旭日大綬章
上原康助[23] 衆議院議員、沖縄開発庁長官 勲一等旭日大綬章
清水司[24] 工学者、早稲田大学総長 勲一等瑞宝章
豊田達郎[25] トヨタ自動車社長 勲一等瑞宝章
石坂公成 免疫学者、ラホイヤ・アレルギー免疫研究所名誉所長 文化勲章、勲一等瑞宝章
太田次郎 生物学者、お茶の水大学学長 勲二等瑞宝章
松本龍 衆議院議員、復興大臣 旭日大綬章
仙谷由人[26] 衆議院議員、内閣官房長官、法務大臣 旭日大綬章
下村脩 生物学者、ボストン大学名誉教授 文化勲章
坂本剛二 衆議院議員、経済産業副大臣 旭日大綬章
園田博之 衆議院議員、内閣官房副長官 旭日大綬章
仲村正治 衆議院議員、内閣府副大臣 旭日大綬章
向山光昭 有機化学者、東京大学名誉教授 文化勲章
青山丘 衆議院議員、文部科学副大臣 旭日大綬章
梅原猛[27] 哲学者、国際日本文化研究センター名誉教授 文化勲章
池口小太郎 作家(堺屋太一)、経済企画庁長官 旭日大綬章
キーンドナルド[28] 日本文学者文芸評論家(ドナルド・キーン) 文化勲章、勲二等旭日重光章
鈴木正裕 民事訴訟法学者、神戸大学学長 瑞宝重光章
永井衛[29] 農学者、静岡大学学長
中西香爾[30] 化学者、名古屋大学特別教授、コロンビア大学名誉教授 文化勲章
江口吾朗[30] 生物学者、熊本大学学長・名誉教授
中村儀郎[31] 化学者、岩手大学名誉教授
北川泉[32] 経済学者、島根大学学長、名誉教授
田邉聖子[33] 作家(田辺聖子) 文化勲章
蕪山巖[34] 東京高等裁判所判事 勲二等瑞宝章
藤田公郎[34] 国際協力事業団総裁
鳥居泰彦[35] 経済学者、慶應義塾長、文部科学省中央教育審議会会長 瑞宝大綬章
天野之弥[36] 国際原子力機関事務局長 瑞宝大綬章
高須司登[37] 中国電力代表取締役社長、中国経済連合会会長 旭日大綬章
三上隆三[38] 経済学者、和歌山大学名誉教授 瑞宝中綬章
蓑田速夫[39] 福岡地方裁判所所長、広島地方裁判所所長 勲二等瑞宝章
石坂誠一[40] 人事官
渡辺恵一[41] 東京高等検察庁検事長 瑞宝重光章
山本博[42] 四国電力社長、四国経済連合会会長 勲一等瑞宝章
吉田博美[43] 参議院議員、国土交通大臣政務官、自由民主党参議院幹事長 旭日大綬章
大野宗[44] 横浜地方検察庁検事正 瑞宝重光章
緒方貞子[45] 国際連合難民高等弁務官 文化勲章
白川勝彦[46] 衆議院議員、自治大臣国家公安委員長 旭日大綬章
日比幹夫[47] 大分地方裁判所 瑞宝重光章
中野三敏[47] 九州大学名誉教授 文化勲章、瑞宝重光章
圓山慶二[47] 甲府地方検察庁検事正 瑞宝中綬章
石川良孝[48] 駐クウェート大使、トロント総領事 従七位から進階
速水融[48] 経済学者、国際日本文化研究センター名誉教授 文化勲章、勲二等旭日重光章
望月義夫[49] 衆議院議員、環境大臣 旭日大綬章
遠藤武彦[50] 衆議院議員、農林水産大臣 旭日大綬章
北村汎[51] 駐イギリス大使、カナダ大使
大和勇美[52] 仙台地方裁判所 正八位から進階、勲二等瑞宝章
坂村貞雄[53] 農学者、帯広畜産大学学長 勲二等瑞宝章
渡邉文雄[53] 栃木県知事 勲一等瑞宝章
土持敏裕[54] 京都地方検察庁検事正 瑞宝重光章
江見準[55] 工学者、金沢大学名誉教授 瑞宝中綬章
長倉三郎[56] 化学者、東京大学名誉教授 正七位から進階、文化勲章
松田昌士[57] 東日本旅客鉄道社長 旭日大綬章
庄山悦彦[58] 日立製作所社長 旭日大綬章
柳健一[59] 駐パキスタン大使、オーストラリア大使、大韓民国大使
佐藤忠義[60] 四国電力社長
杉村隆[61] 国立がんセンター名誉総長、東邦大学名誉学長 勲一等瑞宝章、文化勲章
林宏太郎[62] 歌舞伎役者(四世坂田藤十郎) 紫綬褒章、文化勲章
當別當季正[62] 福岡高等検察庁検事長、高松高等検察庁検事長

脚注

  1. ^ a b c d e f g h i j k l m n 『官報』3439号「授爵,叙任及辞令」1924年2月13日. (1924/2). https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2955587/3 
  2. ^ a b c d e f g h i 『官報』號外「授爵,叙任及辞令」1928年11月10日. (1928/11). https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/2957025/5 
  3. ^ a b c 故谷川寛三氏らに従三位 産経新聞 2015年12月25日閲覧
  4. ^ 官報』第6685号(平成27年12月28日付)8頁
  5. ^ 官報』第6701号(平成28年1月26日付)10頁
  6. ^ 官報』第6708号(平成28年2月4日付)10頁
  7. ^ 官報』第6708号(平成28年2月4日付)10頁
  8. ^ 官報』第6722号(平成28年2月25日付)9頁
  9. ^ 故室伏稔氏に従三位 時事通信 2016年2月23日発信・閲覧
  10. ^ 故山岸章氏に従三位 時事通信 2016年4月26日発信・閲覧
  11. ^ 元通産相の故佐藤信二氏に正三位、元参院議員の故高桑栄松氏は従三位 産経新聞 2016年5月31日発信・閲覧
  12. ^ “蜷川幸雄氏に従三位 政府が閣議で決定”. サンケイスポーツ. (2016年6月11日). http://www.sanspo.com/geino/news/20160611/geo16061105000008-n1.html 2016年6月11日閲覧。 
  13. ^ 官報』第6853号(平成28年9月6日付)7頁
  14. ^ 官報』第6859号(平成28年9月14日付)9頁
  15. ^ 故粟屋敏信元衆院議員に従三位 - 時事ドットコム 2016年9月30日
  16. ^ 故小坂憲次元文科相に旭日大綬章 - 時事ドットコム 2016年11月11日(同月12日閲覧)
  17. ^ 故森下洋一氏に旭日大綬章 - 時事ドットコム 2017年1月10日(同日閲覧)
  18. ^ 故岡田京大教授に従三位 - 時事ドットコム 2017年2月10日(同日閲覧)
  19. ^ 故船村徹氏に従三位 - 時事ドットコム 2017年3月17日(同月19日閲覧)
  20. ^ 官報』第6992号(平成29年4月5日付)6頁
  21. ^ a b 故日野原氏に従三位 - 時事ドットコム 2017年8月15日(同日閲覧)
  22. ^ 『官報』第7090号(平成29年8月28日)7頁「叙位・叙勲」
  23. ^ 上原氏に従三位 政府が閣議決定/元衆院議員 功績認める沖縄タイムス
  24. ^ 「叙位叙勲=多摩」『読売新聞』朝刊、2017年11月18日
  25. ^ 豊田達郎元トヨタ社長に従三位 - 日本経済新聞 2018年1月23日(2018年2月4日閲覧)
  26. ^ 故仙谷由人氏に従三位 - 時事ドットコム 2018年11月2日
  27. ^ 叙位 - 日本経済新聞 2019年2月9日
  28. ^ 故ドナルド・キーン氏に従三位 - 時事ドットコム 2019年3月22日
  29. ^ 官報』第7496号(平成30年4月25日付)10頁
  30. ^ a b 『官報』本紙第7号 令和元年5月15日 8ページ
  31. ^ 『官報』本紙第20号 令和元年6月3日 11ページ
  32. ^ 『官報』本紙第40号 令和元年7月1日 11ページ
  33. ^ 作家の故田辺聖子氏に従三位 - 時事ドットコム 2019年7月2日
  34. ^ a b 『官報』本紙第53号 令和元年7月19日 10ページ
  35. ^ 『官報』本紙第67号 令和元年8月8日 8ページ
  36. ^ 故天野之弥氏に従三位日経電子版2019/8/15
  37. ^ 『官報』本誌第88号11頁 令和元年9月9日
  38. ^ 『官報』本誌第99号12頁 令和元年9月26日
  39. ^ 『官報』本誌第106号8頁 令和元年10月7日
  40. ^ 『官報』本誌第111号8頁 令和元年10月15日
  41. ^ 『官報』本誌第127号10頁 令和元年11月8日
  42. ^ 『官報』本誌第130号9頁 令和元年11月13日
  43. ^ 『官報』本誌第133号10頁 令和元年11月18日
  44. ^ 『官報』本誌第136号9頁 令和元年11月21日
  45. ^ 『官報』本誌第141号8頁 令和元年11月28日
  46. ^ 『官報』本誌第158号9頁 令和元年12月23日
  47. ^ a b c 『官報』本誌第165号11頁 令和2年1月8日
  48. ^ a b 『官報』本誌第168号8頁 令和2年1月14日
  49. ^ 『官報』第173号9頁 令和2年1月21日
  50. ^ 『官報』第183号10頁 令和2年2月4日
  51. ^ 『官報』本誌第202号9頁 令和2年3月4日
  52. ^ 『官報』本誌第210号10頁 令和2年3月16日
  53. ^ a b 『官報』第229号8頁 令和2年4月13日
  54. ^ 『官報』本誌第239号8頁 令和2年4月27日
  55. ^ 『官報』本誌第248号11頁 令和2年4月27日
  56. ^ 『官報』本誌第256号9頁 令和2年5月26日号
  57. ^ 「故塚本氏に正三位、故松田氏は従三位」日本経済新聞』電子版(2020年6月12日)
  58. ^ 『官報』本誌第287号9頁 令和2年7月8日号
  59. ^ 『官報』本誌第290号8頁 令和2年7月13日号
  60. ^ 『官報』本誌第351号9頁 令和2年10月13日号
  61. ^ 『官報』本誌第351号10頁 令和2年10月13日号
  62. ^ a b 『官報』本誌第399号10頁 令和2年12月22日号

関連項目

外部リンク