ケルベロス
ケルベロス(ギリシャ語: Κέρβερος、Kérberos、ラテン語: Cerberus)は、ギリシア神話に登場する犬の怪物。ハーデースが支配する冥界の番犬である。ラテン語読みはケルベルス、英語読みはサーベラス。テューポーンとエキドナの子[1]。その名は「底無し穴の霊」を意味する[2]。
概要
[編集]ケルベロスは冥府の入り口を守護する番犬である。ヘーシオドスは『神統記』の中で、50の首を持ち、青銅の声で吠える恐るべき猛犬として描いているが[3]、普通は「三つの頭を持つ犬」というのがケルベロスの一般像であり[4]、文献によって多少の差異はあるが、主に3つ首で、竜の尾と蛇で構成されたたてがみを持つ巨大な犬や獅子の姿で描かれる。
またハーデースに対して忠実で、ヘーシオドスは死者の魂が冥界にやって来る場合にはそのまま冥界へ通すが、冥界から逃げ出そうとする亡者は捕らえて貪り食うと述べている[5]。これが地獄の番犬といわれる由来である。
神話におけるエピソードは多くないが、ヘーラクレースがケルベロスを捕えて地上に連れ出した話は有名である。この際にケルベロスは太陽の光に驚いて吠え、飛び散った唾液から猛毒植物であるトリカブトが発生したという話も残っている[6]。
普段は3つの頭が1つずつ交代で眠り、残る2つの頭で常に見張りをしているが、竪琴の名手オルペウスが死んだ恋人エウリュディケーを追って冥界を訪れたとき、ケルベロスはオルペウスの奏でる竪琴の美しい音色によって全ての頭が眠らされている。
また、甘い物が大好きで、蜂蜜と芥子(小麦とも)の粉を練って焼いた菓子を与えれば、それを食べている間に目の前を通過することが出来る。アイネイアースを連れたクーマイのシビュレーや、ペルセポネーに美を分けて貰いに行ったプシューケーはこの方法でケルベロスをやり過ごした。その後この菓子はカローンへの渡し賃にもなっている。ただし、プシューケーが冥界にやってきた際、カローンに渡したのはオボロス銅貨、ケルベロスに食べさせたのは堅パン、シビュレーが食べさせたのは睡眠薬入りの酒に浸したパン(ソップ)だともいわれる。そして、後にこのことから厄介な相手を懐柔する賄賂の意で「ケルベロスにパンを与える」という言葉が生まれた[7]。
ダンテの『神曲』「地獄篇」では、貪食者の地獄において罪人を引き裂く姿が描かれた。
後世の解釈
[編集]ルネサンスの時代、プラトン主義の哲学者達は、ケルベロスを地獄における三位一体の象徴と解釈した[7]。それによれば、3つの頭はそれぞれ、「保存」「再生」「霊化」を象徴し[7]、死後に魂が辿る順序を示すという。
ヨーハン・ヴァイヤーの『悪魔の偽王国』は、悪魔ナベリウスの別名としてケルベロス (Cerberus) の名を挙げている[8]。
ザカリー・グレイはケルベロスの三つの首を過去、現在、そして未来の象徴であると解釈して、ヘラクレスがこれに打ち勝ったことは、英雄的な行為は時間にすらも打ち勝つことを意味していると評した[9]。
ホルヘ・ルイス・ボルヘスらによれば、ケルベロスのような「地獄の番犬」の存在はバラモン教や仏教の世界にも見られる[10]。
系図
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脚注・出典
[編集]参考文献
[編集]原典資料
[編集]- アポロドーロス『ギリシア神話』高津春繁訳、岩波文庫(1953年)
- オウィディウス『変身物語(上)』中村善也訳、岩波文庫(1981年)
- ヒュギーヌス『ギリシャ神話集』松田治・青山照男訳、講談社学術文庫(2005年)
- ヘシオドス『神統記』廣川洋一訳、岩波文庫(1984年)
二次資料
[編集]- 松平俊久「ケルベロス」『図説ヨーロッパ怪物文化誌事典』蔵持不三也監修、原書房、2005年3月、92-94頁。ISBN 978-4-562-03870-1。
- ボルヘス, ホルヘ・ルイス、ゲレロ, マルガリータ『幻獣辞典』柳瀬尚紀訳、晶文社、1974年12月。ISBN 978-4-7949-2286-1。
- ウォーカー, バーバラ『神話・伝承事典 - 失われた女神たちの復権』山下主一郎ほか共訳、大修館書店、1988年7月。ISBN 978-4-469-01220-0。