コウ
コウ(こう、劫)は囲碁のルールの1つで、お互いが交互に相手の石を取り、無限に続きうる形。
実際には下記のようなルールによって、無限反復は禁止されている。
解説
[編集]黒が白△1子をアタリにしており、次に黒がaの地点に打てば白石を取れる。
しかしその直後、今度は黒△1子がアタリとなっており、白がbの地点に打てば黒石を取り返せる。
このように、アタリとなっている石を取ると逆にアタリが発生してすぐに相手に石を取られてしまうような状況では、両者がこの手を繰り返している限り永久に対局が終わらない。そのため、以下のような特別ルールを設けている。
- 対局者の一方がコウの一子を取った場合、もう一方は他の部分に一手打ち、相手がそれに受けたときに限り、コウの一子を取り返すことができる。すなわち、(盤面全体として)同じ形を繰り返してはならない。
手抜くことが出来ない部分に打って相手に受けさせる手のことを「コウダテ」といい、その部分のことを「コウ材」といい、その数によってコウ勝負が決まる。相手のコウダテを受けず(手抜き)、コウをツグまたはコウを作っている相手の石を取ることを「コウに勝つ」や「コウを解消する」と表現する。コウに勝つことを目指すか、コウを譲って他で得をするかは、全局的な形勢判断のもとに決める。
例えば下図では、左下でコウが発生している。黒がaの点に打てばこの一団は眼を持って生きとなるが、白がコウに勝てばこの一団は全滅する。
黒が1にコウを取った場面。白は1の黒石をすぐには取り返せないため、2に「コウダテ」を打つ。ここで黒はコウダテに受けずaにヌけば左下の黒は生きだが、その代わり白にbへ連打され、右下が取られる。右下と左下どちらが大きいか、他に黒がもっと有効なコウ材をたくさん持っているかなどを考え合わせ、コウダテに受けるかコウを解消するかを決定する必要がある[1]。こうしたコウをめぐる駆け引きは難解であるため、「コウに強い人が碁にも強い」と言われ、コウに強くなることが棋力の向上にも繋がる[1]
プロ棋士の対局では複雑なコウ争いが発生し、囲碁の醍醐味ともなっている[2][3]。
死活をめぐるコウ
[編集]星から小ゲイマにシマった形に、白が三々入りしてできる形。黒からならaにコウを取って、bに抜けば隅を取れる。白からならcに打ち抜けば隅を大きく生きられる。実戦ではこうしたコウを仕掛けるタイミングが重要になる。
攻め合いにおけるコウ
[編集]白がaとコウを取ってbに打ち抜くか、黒がコウに勝ってcと白を打ち上げるかの生死を賭けたコウ。コウのついた攻め合いの場合、外ダメを先に詰めてから、最後にコウを取る手順が得になる場合が多い。
コウのいろいろ
[編集]ヨセコウ
[編集]上図の場合、白からは、aにコウを取った後にbに打ち抜けばコウ勝ちだが、黒からは、白のコウダテに手を抜きcに詰めてからさらにdに打ち抜かねばならない。このように、一方が手を詰める必要のあるコウを「ヨセコウ」と呼ぶ。上の図は一手ヨセコウの例。黒がcにダメを詰めて、両者とも一手で解消できる状態になったコウは「本コウ」と呼ぶ。
上図のような形は、白はコウを取った後でaに打ち抜けばコウを解消できるが、黒からはb、c、dに3手詰めて白石を抜かなければ勝てない。これは「二手ヨセコウ」となる。
三手以上のヨセコウもあるが、ヨセる側が三手以上手をかけている間に他で大きく得をされるため、差が大きすぎるとみなされる。このため「三手ヨセコウはコウにあらず」という格言もある。
両コウ
[編集]上図のような場合、白がaに取ると黒はbに取り返すことができるため、どちらも全体が取られることがない。このため、双方ともセキ生きとして扱われる。両コウセキができると三コウの可能性が高くなる。
こうした形の場合は白がaに取ると黒がbに取り返せるため、白から黒全体を取る手段はない。逆に黒はb、cと打てば白を取ることができ、白からはこれを防ぐ手段がないため、このまま白が取られという扱いになる。ただしこの場合、白は無限のコウ材を持つことになるため、他でコウが発生すると黒には大きな負担になる。「両コウ三年のわずらい」という格言はこれを指す。
三コウ
[編集]盤上に同時に3箇所以上コウが発生した場合、この3箇所をお互いが順に打っていけば、永久に対局が終わらない。このような場合、両対局者が譲らない場合には「無勝負」とされ、打ち直しとなる。この3箇所のコウを三コウと呼ぶ。
左上は単独での三コウ。黒は全体がアタリなので1にコウを取ると、今度は白がアタリなので2に抜く。また黒がアタリなので3に取り返し、白が△の点にコウを取り……と繰り返し、両者が譲らない限り永遠に終わらない。
また右半分は、両コウがらみの三コウ。両者が右上の両コウをコウダテにして右下のコウを争うと、やはり無限に繰り返される。四コウなど、さらに多数のコウがからむケースも存在する。
二段コウ
[編集]この形では黒はaに打ち抜けば勝ちだが、白からはまずbのコウに勝ってcに取り、ここでもコウを勝ち抜いてdに打ち上げて初めて勝ちとなる。こうしたケースを二段コウと呼ぶ。
三段コウ
[編集]上図が三段コウと呼ばれる形。白からはeに抜けば勝ちだが、黒からはaのコウ、bのコウ、cのコウに勝ち、dに抜いてやっと解消できる形である。白は1手で解消できるが、黒は3手かけないと解消できないため、勝つことは難しい。
万年コウ
[編集]この形ではaに白がツゲば全体がセキだが、黒から解消しようと思うとまずaに取り、次いでbに詰めて決死のコウを挑まねばならない。白は他のコウ材の具合によってはbに詰めて比較的負担の軽いコウに持ち込むこともでき、選択権は白が持つ。こうした形を「万年コウ」と呼ぶ。1928年の瀬越憲作・高橋重行戦で発生して紛糾した。
上図のまま終局した(どちらからもコウを仕掛けず、白がツグこともしなかった)場合は、このままセキと扱われる(日本囲碁規約の場合[4])。
循環コウ
[編集]この図では、黒1のホウリコミに対し、白が3の点に抜くと黒5にコウを取られてアタリになってしまう。そこで白は2の点にホウリコミ返し、黒3の抜きに対して4に抜く。黒は5にコウを取ると、当初の黒白の立場が入れ替わった形になってしまっており、どちらかが譲らない限り無限にこの応酬が繰り返されることになる。この形を「循環コウ」と呼び、双方が譲らなければ無勝負となる。ただしこの形が実戦に生じた記録はなく、知名度も低いルールとなっている。
花見コウ
[編集]この図は、白にとっては負けると隅の大石が死んでしまう、非常に負担が重いコウである。逆に黒からは負けても△の3子を取られるだけの小さな損害しかなく「花見気分で争えるような負担が軽いコウ」であるため、花見コウと呼ばれる。
半コウ
[編集]上図aのコウは、コウを取り囲む石が白黒共に完全に生きているため、黒からも白からも2手かけて解消しても1目の価値があるだけである。1手あたり半目の価値であるため「半コウ」と呼ばれる。
その他のコウをめぐる用語
[編集]- 天下コウ - 盤面上どこにも引き替えとなるようなコウ材が存在しない、非常に大きなコウのこと。「天下利かずのコウ」の略。
- ソバコウ - コウを争っている石の近くに立てるコウダテのこと。例えば死活を争っているコウの際、包囲網を破ろうとするコウダテのような場合を指す。多くの場合、相手はそれに応じなければならない絶対のコウダテとなる。
- 損コウ - コウダテを打ち、相手が受けることによって自分が損をするようなコウダテのこと(たとえば、もともとセキであった所に自分からダメを詰め、取られに行くような手)。「損なコウ」ではなく「損なコウダテ」の意味で用いられる。どうしてもコウに勝ちたい時は損コウを打つしかないが、その分コウに勝つ価値は下がることになる。
- 無コウ - 手を抜かれても得をする手がない、無効なコウダテのこと。単語の中の「コウ」は「コウダテ」の意味で用いられている。
- コウ移し - 例えば黒がコウダテを打ち、白がそれに応じずコウを解消した後、黒がコウダテを打った場所に連打してコウが始まるような場合を指す。コウの場所が移るためこの名がある。
- コウ自慢 - コウダテが豊富にあり、コウが起これば有利に運べるという状態。
- コウ含み - コウになりうる場所があるが、すぐにはコウを仕掛けず、局面の展開を見ながら時期を伺う状態。
- 超コウ(スーパーコウ)ルール - 三コウなどの無勝負を避けるため、盤面全体の同形反復を禁止するルール。
コウに関する格言
[編集]- 初コウにコウなし - 一局の序盤でできるコウには、それに見合うコウ材が存在しないという格言。
- 三手ヨセコウはコウにあらず - ヨセコウでも、三手ヨセコウとなるとコウに勝つために払わねばならない犠牲が大きすぎ、ほとんどの場合争う価値がないことを指した格言。
- まずコウを取れ - コウができた場合、まず先に取っておけば相手は取り返すためにコウ材をひとつ余計に使う必要が出てくる。このためコウに勝てる確率が上がる、という格言。ただし攻め合いにおけるコウにおいてはこの限りでない(コウ付き攻め合い最後に取れ)。
コウをめぐる事件・エピソード
[編集]- 織田信長が寂光寺にて日海(本因坊算砂)と鹿塩利玄の勝負を観戦した折、三コウが現れ無勝負となった。ところがその夜本能寺の変が起き、信長は明智光秀に討ち取られた。このことから、以後三コウは不吉の前兆とされるようになった。この対局の棋譜は128手目までが残されており、三コウが出現したところまでの手順は残っていない。128手目では白を持っていた算砂が勝勢であったとするのが長年の形勢判断であり、故に有利な算砂が三コウによる無勝負を受け入れる理由がないため、後世の作り話であるとされてきた。2022年になり、プロ棋士の桑本晋平が棋譜を精査した結果、白の勝勢が決してはおらず、黒と白が最善を尽くした上でなお三コウへと至る手順が存在しうることを発表した。桑本は「根も葉もない話ではないかもしれない。もちろん真実だったほうが面白い」と語っている[5]。
- 三コウはルール上の珍形の中では最もよく出現し、プロの対局でも数十例が記録されている。趙治勲は三コウ・四コウ無勝負を4回経験している。
- 1928年秋の大手合で、瀬越憲作七段対高橋重行三段(二子)の対戦で万年コウが発生した。形勢は大差で瀬越が優勢であったが、高橋はコウをツイでセキにしようとせず終局まで頑張ったために問題が発生した。この件については侃々諤々の論争が起こり、大手合が中断するほどの騒動となったが、結局本因坊秀哉が「両勝ち」の判定をして収まった。この事件が契機となってルールの成文化が叫ばれるようになり、1949年に「日本棋院囲碁規約」が制定されることとなった。
- 1960年の第15期本因坊戦七番勝負第6局では、本因坊の高川秀格が無コウを打ち、挑戦者藤沢秀行がこれに気づかず受けてしまうというハプニングが起きた。これに気づいた藤沢は、まだ形勢は悪くなかったもののここから悪手を連発して敗れ、高川に本因坊9連覇を許すこととなった。
- かつては記録係にコウを取る番か聞くことは習慣として許容されており、ルールにも規定が無かった[6]。1980年の名人戦七番勝負第4局では、挑戦者の趙治勲がコウ立てをしたかどうかわからなくなり、記録係に「ボク、コウ取る番?」と確認し、記録係は「はい」と誤答してしまったため、趙はコウダテせずにコウを取り返してしまい問題となった[6]。この事件では立会人裁定で無勝負となり、これ以後記録係は対局者の質問に答えなくてよいとルールに定められた[6]。
- プロの対局の反則では、コウダテをせずにコウを取り返すケースが最も多い。タイトルマッチでは、1971年のプロ十傑戦で石田芳夫が梶原武雄との決勝五番勝負第3局で、また1997年の天元戦五番勝負第3局では、挑戦者の工藤紀夫がコウダテをせずにコウを取り返すという反則があった。
- 加藤正夫は、「碁にコウが無かったら、非常に味気のないものになるでしょう」と著書で語っている。
出典
[編集]- ^ a b “囲碁,棋聖戦,上達の指南”. 読売新聞 囲碁コラム. 2024年12月22日閲覧。
- ^ “棋聖戦第6局2日目、右上で難解なコウ争い続く…一力遼棋聖に井山裕太王座が挑戦”. 読売新聞オンライン (2024年3月1日). 2024年12月22日閲覧。
- ^ “囲碁名人リーグ 盤上碁石が埋め尽くす激戦 関九段が半目制し初白星:朝日新聞デジタル”. 朝日新聞デジタル (2024年2月20日). 2024年12月22日閲覧。
- ^ “Ⅲ 死活確認例 死活例12 「万年劫」”. 日本棋院. 2016年5月10日閲覧。
- ^ 囲碁史最大の謎 手順解明 本能寺の変 直前対局 大珍事「三コウ」発生 出雲の桑本 棋士囲碁新聞で発表、関心呼ぶ 山陽中央新報デジタル 2022年1月25日 2022年1月27日閲覧
- ^ a b c “[時代の証言者]囲碁と生きる 趙治勲<2>前代未聞の「無勝負」”. 読売新聞オンライン (2020年12月10日). 2023年12月11日閲覧。
参考図書
[編集]- 村島誼紀 『コウ辞典』誠文堂新光社
- 林海峰『コウの技法(最強囲碁塾)』河出書房新社
- マイケル・レドモンド『コウが1から10まで分かる本』毎日コミュニケーションズ