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1965年モナコグランプリ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

座標: 北緯43度44分4.74秒 東経7度25分16.8秒 / 北緯43.7346500度 東経7.421333度 / 43.7346500; 7.421333

モナコ 1965年モナコグランプリ
レース詳細
1965年F1世界選手権全10戦の第2戦
モンテカルロ市街地コース(1929-1972)
モンテカルロ市街地コース(1929-1972)
日程 1965年5月30日
正式名称 XXIII Grand Prix de Monaco
開催地 モンテカルロ市街地コース
モナコの旗 モナコ モンテカルロ
コース 市街地コース
コース長 3.145 km (1.954 mi)
レース距離 100周 314.500 km (195.421 mi)
ポールポジション
ドライバー BRM
タイム 1:32.5
ファステストラップ
ドライバー イギリスの旗 グラハム・ヒル BRM
タイム 1:31.7 (82周目)
決勝順位
優勝 BRM
2位 フェラーリ
3位 BRM

1965年モナコグランプリ (1965 Monaco Grand Prix) は、1965年のF1世界選手権第2戦として、1965年5月30日モンテカルロ市街地コースで開催された。

レースは100周で行われ、BRMグラハム・ヒルポール・トゥ・ウィンで優勝、フェラーリロレンツォ・バンディーニが2位、ヒルのチームメイトのジャッキー・スチュワートが3位となった。

レース概要

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ジム・クラークダン・ガーニーは、インディ500英語版に出場するため、本レースを欠場した。これを知ったレース主催者は、チーム・ロータスへのスターティングマネーの支払いを渋ったため、コーリン・チャップマンは本レースから撤退する決断を下した[1]。なお、クラークはこの年のインディ500を制している。ブラバムはガーニーに代わって、新人デニス・ハルムを起用した[2]。前年夏にF1参戦を開始したホンダは、本レースからRA271の改良型RA272を投入し、ロニー・バックナムに加えて、BRMからリッチー・ギンサーを迎えて2台体制とし、タイヤも本年からF1に本格参入したグッドイヤーに変更され、アメリカ色が強いチームとなった[3]

当時のモナコGPは、決勝に進出できるのは16台に限られていた。本年はファクトリーチームに対し、1964年のドライバーズランキングに応じて決勝進出の権利が与えられ、残りのグリッドを予選の結果によって決める方式であった。チーム・ロータスの撤退により参加台数は17台となったため、予選落ちは1台のみとなった[4]ポールポジションはBRMのグラハム・ヒルが獲得し、ジャック・ブラバムが2番手でフロントローを獲得、2列目はジャッキー・スチュワート(BRM)とロレンツォ・バンディーニ(フェラーリ)、3列目はジョン・サーティース(フェラーリ)とリチャード・アトウッド(レグ・パーネルのロータス)、4列目はブルース・マクラーレン(クーパー)とF1デビュー戦となるハルムが占めた[2]

決勝はヒルとスチュワートのBRM勢が好スタートを切り、バンディーニ、サーティース、ブラバム、マクラーレンが追う展開となる。25周目、ヒルがボブ・アンダーソンを周回遅れにしようとしたが接触しかけそうになり、エスケープロードへ逃れざるを得ず、この間に5位まで順位を落とした。スチュワートはその後4周をリードするが、サン・デボーテでスピンを喫してヒルの前の4位に後退した。これで既にフェラーリ勢を抜いていたブラバムがトップに立ったが、間もなくエンジントラブルでリタイアする[2]。代わってフェラーリ勢の1-2体制となるが、ヒルは53周目にサーティースを[5]、63周目にバンディーニを抜いてトップを奪い返し、モナコGP3連覇を果たした。スチュワートも77周目にサーティースを抜き、F1デビュー2戦目で3位表彰台を獲得した[2]。その2周後、ポール・ホーキンスがマシンごと海に飛び込んでしまうアクシデントがあったが[6]、彼は無傷だった[2][注 1]

エントリーリスト

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チーム No. ドライバー コンストラクター シャシー エンジン タイヤ
イギリスの旗 ブラバム・レーシング・オーガニゼーション 1 オーストラリアの旗 ジャック・ブラバム ブラバム BT11 クライマックス FWMV 1.5L V8 G
2 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム BT7
イギリスの旗 オーウェン・レーシング・オーガニゼーション 3 イギリスの旗 グラハム・ヒル BRM P261 BRM P60 1.5L V8 D
4 イギリスの旗 ジャッキー・スチュワート
イギリスの旗 チーム・ロータス 5 イギリスの旗 マイク・スペンス 1 ロータス 33 クライマックス FWMV 1.5L V8 D
6 メキシコの旗 ペドロ・ロドリゲス 1 25
イギリスの旗 クーパー・カー・カンパニー 7 ニュージーランドの旗 ブルース・マクラーレン クーパー T77 クライマックス FWMV 1.5L V8 D
8 オーストリアの旗 ヨッヘン・リント
イギリスの旗 DWレーシング・エンタープライゼス 9 イギリスの旗 ボブ・アンダーソン ブラバム BT11 クライマックス FWMV 1.5L V8 D
10 オーストラリアの旗 ポール・ホーキンス ロータス 33
オーストラリアの旗 ジョン・ウィルメント・オートモビルズ 11 オーストラリアの旗 フランク・ガードナー ブラバム BT11 BRM P56 1.5L V8 D
イギリスの旗 R.R.C. ウォーカー・レーシングチーム 12 スウェーデンの旗 ヨアキム・ボニエ ブラバム BT7 クライマックス FWMV 1.5L V8 D
14 スイスの旗 ジョー・シフェール BT11 BRM P56 1.5L V8
イギリスの旗 レグ・パーネル・レーシング 15 イギリスの旗 リチャード・アトウッド ロータス 25 BRM P56 1.5L V8 D
16 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド
イタリアの旗 スクーデリア・フェラーリ SpA SEFAC 17 イタリアの旗 ロレンツォ・バンディーニ フェラーリ 1512 フェラーリ 207 1.5L F12 D
18 イギリスの旗 ジョン・サーティース 158 フェラーリ 205B 1.5L V8
日本の旗 ホンダ・R&D・カンパニー 19 アメリカ合衆国の旗 ロニー・バックナム ホンダ RA272 ホンダ RA272E 1.5L V12 G
20 アメリカ合衆国の旗 リッチー・ギンサー
ソース:[7]
追記
  • ^1 - チーム・ロータスはスターティングマネーの支払いを巡って紛争となり、本レースから撤退した[1]

結果

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予選

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順位 No. ドライバー コンストラクター タイム グリッド
1 3 イギリスの旗 グラハム・ヒル BRM 1:32.5 - 1
2 1 オーストラリアの旗 ジャック・ブラバム ブラバム-クライマックス 1:32.8 +0.3 2
3 4 イギリスの旗 ジャッキー・スチュワート BRM 1:32.9 +0.4 3
4 17 イタリアの旗 ロレンツォ・バンディーニ フェラーリ 1:33.0 +0.5 4
5 18 イギリスの旗 ジョン・サーティース フェラーリ 1:33.2 +0.7 5
6 15 イギリスの旗 リチャード・アトウッド ロータス-BRM 1:33.9 +1.4 6
7 7 ニュージーランドの旗 ブルース・マクラーレン クーパー-クライマックス 1:34.3 +1.8 7
8 2 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム ブラバム-クライマックス 1:34.8 +2.3 8
9 9 イギリスの旗 ボブ・アンダーソン ブラバム-クライマックス 1:35.5 +3.0 9
10 14 スイスの旗 ジョー・シフェール ブラバム-BRM 1:36.0 +3.5 10
11 11 オーストラリアの旗 フランク・ガードナー ブラバム-BRM 1:36.0 +3.5 11
12 16 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド ロータス-BRM 1:36.5 +4.0 12
13 12 スウェーデンの旗 ヨアキム・ボニエ ブラバム-クライマックス 1:36.5 +4.0 13
14 10 オーストラリアの旗 ポール・ホーキンス ロータス-クライマックス 1:37.0 +4.5 14
15 19 アメリカ合衆国の旗 ロニー・バックナム ホンダ 1:37.0 +4.5 15
16 8 オーストリアの旗 ヨッヘン・リント クーパー-クライマックス 1:37.5 +5.0 DNQ
17 20 アメリカ合衆国の旗 リッチー・ギンサー ホンダ 1:39.7 +7.2 16 1
ソース:[8]
追記
  • 16台が決勝進出
  • ^1 - ギンサーは自動的に決勝へ進出する権利が与えられていた[4]

決勝

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順位 No. ドライバー コンストラクター 周回数 タイム/リタイア原因 グリッド ポイント
1 3 イギリスの旗 グラハム・ヒル BRM 100 2:37:39.6 1 9
2 17 イタリアの旗 ロレンツォ・バンディーニ フェラーリ 100 +1:04.0 4 6
3 4 イギリスの旗 ジャッキー・スチュワート BRM 100 +1:41.9 3 4
4 18 イギリスの旗 ジョン・サーティース フェラーリ 99 燃料切れ 5 3
5 7 ニュージーランドの旗 ブルース・マクラーレン クーパー-クライマックス 98 +2 Laps 7 2
6 14 スイスの旗 ジョー・シフェール ブラバム-BRM 98 +2 Laps 10 1
7 12 スウェーデンの旗 ヨアキム・ボニエ ブラバム-クライマックス 97 +3 Laps 13
8 2 ニュージーランドの旗 デニス・ハルム ブラバム-クライマックス 92 +8 Laps 8
9 9 イギリスの旗 ボブ・アンダーソン ブラバム-クライマックス 85 +15 Laps 9
10 10 オーストラリアの旗 ポール・ホーキンス ロータス-クライマックス 79 アクシデント 14
Ret 1 オーストラリアの旗 ジャック・ブラバム ブラバム-クライマックス 43 エンジン 2
Ret 15 イギリスの旗 リチャード・アトウッド ロータス-BRM 43 ホイール 6
Ret 19 アメリカ合衆国の旗 ロニー・バックナム ホンダ 33 ギアボックス 15
Ret 11 オーストラリアの旗 フランク・ガードナー ブラバム-BRM 29 エンジン 11
Ret 16 イギリスの旗 マイク・ヘイルウッド ロータス-BRM 12 ギアボックス 12
Ret 20 アメリカ合衆国の旗 リッチー・ギンサー ホンダ 0 ハーフシャフト 16
DNQ 8 オーストリアの旗 ヨッヘン・リント クーパー-クライマックス 予選不通過
ソース:[9]
ラップリーダー[10]

第2戦終了時点のランキング

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  • : トップ5のみ表示。ベスト6戦のみがカウントされる。

注釈

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  1. ^ 走行中のドライバーがマシンごと海に飛び込んだのは、1955年アルベルト・アスカリ以来のことであった。以後、同様のアクシデントは起きていないが、現在もヌーベル・シケインには潜水夫が待機している。

脚注

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  1. ^ a b (林信次 1997, p. 109)
  2. ^ a b c d e Monaco GP, 1965”. grandprix.com. 2019年2月3日閲覧。
  3. ^ (林信次 1997, p. 105)
  4. ^ a b 1965 Monaco Grand Prix”. Motor Sport Magazine Database. 2019年2月3日閲覧。
  5. ^ Monaco 1965 - Lap by lap”. statsf1.com. 2019年2月4日閲覧。
  6. ^ (林信次 1997, p. 103)
  7. ^ Monaco 1965 - Race entrants”. statsf1.com. 2019年2月4日閲覧。
  8. ^ Monaco 1965 - Qualifications”. statsf1.com. 2019年2月3日閲覧。
  9. ^ 1965 Monaco Grand Prix”. formula1.com. 30 October 2013時点のオリジナルよりアーカイブ。26 September 2015閲覧。
  10. ^ Monaco 1965 - Laps led”. statsf1.com. 2019年2月2日閲覧。

参照文献

[編集]
  • en:1965 Monaco Grand Prix(2018年12月19日 23:45:21(UTC))より翻訳
  • 林信次『F1全史 1961-1965』ニューズ出版、1997年。ISBN 4-938495-09-0 

外部リンク

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前戦
1965年南アフリカグランプリ
FIA F1世界選手権
1965年シーズン
次戦
1965年ベルギーグランプリ
前回開催
1964年モナコグランプリ
モナコの旗 モナコグランプリ 次回開催
1966年モナコグランプリ