石関町 (前橋市)
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石関町 | |
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群馬県立前橋工業高等学校 | |
北緯36度23分36秒 東経139度6分54秒 / 北緯36.39333度 東経139.11500度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 群馬県 |
市町村 | 前橋市 |
面積 | |
• 合計 | 0.42 km2 |
人口 | |
• 合計 | 238人 |
• 密度 | 570人/km2 |
等時帯 | UTC+9 (JST) |
郵便番号 |
371-0006[2] |
市外局番 | 027[3] |
ナンバープレート | 前橋 |
石関町(いしぜきまち)は、群馬県前橋市の地名。郵便番号は371-0006[2]。2013年現在の面積は0.42km2[4]。
地理
[編集]赤城山の南麓、桃ノ木川左岸に位置している。地内の大部分が広瀬川低地帯に立地している。
河川
[編集]- 桃ノ木川
歴史
[編集]江戸時代頃からある地名である。はじめ大胡城主牧野氏領、元和4年からは前橋藩領だった。
年表
[編集]- 応安6年(1373年) - 「堰口村」の地名が大胡秀重請文(『長楽寺文書』)に見える[5][6]。
- 天正18年(1590年)8月 - 牧野康成が大胡城主となり、石関村は大胡藩の領地となる[7]。
- 元和2年(1616年)7月 - 牧野氏が越後国長峰藩に転出し、石関村は以後、廃藩置県まで前橋藩領となる[7]。
- 明治22年(1889年)4月1日 - 町村制施行により、石関村は上泉村、江木村、堤村、亀泉村、堀之下村、東片貝村、西片貝村、幸塚村、上沖之郷、下沖之郷、荻窪村、三俣村と合併し南勢多郡桂萱村が成立する。
- 明治29年(1896年)4月1日 - 郡統合(南勢多郡と東群馬郡の統合)により、桂萱村は勢多郡に所属する。
- 昭和29年(1954年)4月1日 - 桂萱村は周辺1町5村(上川淵村、下川淵村、芳賀村、東村、元総社村、総社町)とともに前橋市へ編入され、前橋市石関町となる。
世帯数と人口
[編集]2017年(平成29年)8月31日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
石関町 | 106世帯 | 238人 |
小・中学校の学区
[編集]市立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[8]。
番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 前橋市立桂萱小学校 | 前橋市立桂萱中学校 |
交通
[編集]鉄道
[編集]鉄道駅はない。
バス
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道路
[編集]施設
[編集]- 群馬県立前橋工業高等学校
- 石関公園
- 群馬県美容専門学校
- 群馬県立前橋産業技術専門校
- 稲荷神社
出典
[編集]- ^ a b “人口及び世帯数 - 町別住民基本台帳人口表”. 前橋市 (2017年9月5日). 2017年9月15日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2017年9月18日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2017年5月29日閲覧。
- ^ 第2章 人口 - 前橋市 2016年04月26日閲覧。
- ^ 桂萱地区自治会連合会 & 桂萱村誌刊行委員会 2006, pp. 94–100.
- ^ 勢多郡誌編纂委員会 1958, p. 365.
- ^ a b 桂萱地区自治会連合会 & 桂萱村誌刊行委員会 2006, p. 125.
- ^ “前橋市立小学校及び中学校の通学区域に関する規則”. 前橋市 (2017年4月24日). 2017年9月16日閲覧。
参考文献
[編集]- 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典 10 群馬県』角川書店、1988年7月8日。ISBN 4-04-001100-7。
- 桂萱地区自治会連合会、桂萱村誌刊行委員会『桂萱村誌』2006年1月30日。
- 勢多郡誌編纂委員会『勢多郡誌』勢多郡誌編纂委員会、1958年3月30日。