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「猿島郡」の版間の差分

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2021年9月6日 (月) 03:21時点における版

茨城県猿島郡の範囲(1.五霞町 2.境町 水色・薄緑:後に他郡から編入された区域)

猿島郡(さしまぐん)は、茨城県下総国)の

人口31,548人、面積69.7km²、人口密度453人/km²。(2024年11月1日、推計人口

以下の2町を含む。

郡域

1879年(明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2町から五霞町を除き、下記を加えた区域にあたる。

  • 坂東市の全域
  • 古河市の一部(北山田、谷貝、東山田、長左ェ門新田、山田、新和田、大和田、仁連、上片田、下片田、駒込、五部、上和田、諸川、諸川新田)

歴史

1896年(明治29年)に、西葛飾郡と合併して発足し、郡制を施行[1]。当初の郡役所は境町にあった[1]。現在の郡域は、境町と利根川対岸の五霞町の2町からなる。

近代以降の沿革

  • 旧高旧領取調帳」に記載されている明治初年時点での支配は以下の通り。●は村内に寺社領が存在。下記のほか、諸川新田、生子新田、幸田新田、猫実新田、神田山新田、大口新田、内ノ山村(いずれも幕府領)が存在したが、記載されていない。内ノ山村は沓掛村に、その他は同名の村に含まれているものと推測される。また、東山田村(新田)、東山田新田吉左衛門受は東山田村に、馬立村(新田)は馬立村に含める。(1町81村)
知行 村数 村名
幕府領 幕府領 20村 ●諸川村、●仁連村、東山田村、東山田村(新田)、東山田新田吉左衛門受、長左衛門新田、逆井村、●生子村、●沓掛村、大浜新田、弓田村、●馬立村、馬立村(新田)、平八新田、勘助新田、●幸田村、大口村、庄右衛門新田、●猫実村、●神田山村
旗本領 2村 五部村、北山田村
幕府領・旗本領 1村 山村
藩領 下総関宿藩 1町46村 谷貝村、志鳥村、横塚村、稲尾村、猿山村、下砂井村、栗山村、蛇池村、長井戸村、上小橋村、下小橋村、西泉田村、山崎村、菅谷村、内門村、大歩村、境町、染谷村、●伏木村、●借宿村、半谷村、●冨田村、●寺久村、一ノ谷村、浦向村、金岡村、百戸村、●若林村、●三村、上出島村、●駒跿村、長須村、●鵠戸村、●岩井村、●辺田村、下出島村、●長谷村、中里村、●大谷口村、●小泉村、●桐ノ木村、●小山村、●莚打村、●矢作村、大崎村、法師戸村
下総古河藩 2村 駒込村、上片田村
下野壬生藩 2村 下片田村、大和田村
下総関宿藩・丹後峰山藩 1村 上和田村
幕府領・藩領 幕府領・下野壬生藩 1村 新和田村
旗本領・下野壬生藩 1村 山田村
幕府領・旗本領・下総関宿藩 1村 塚崎村

町村制以降の沿革

1.古河町 2.新郷村 3.勝鹿村 4.岡郷村 5.桜井村 6.香取村 7.五霞村 11.静村 12.長田村 13.八俣村 14.幸島村 15.猿島村 16.森戸村 17.生子菅村 18.逆井山村 19.七重村 20.沓掛村 21.弓馬田村 22.飯島村 23.神大実村 24.岩井村 25.七郷村 26.中川村 27.境町 28.長須村 (紫:古河市 赤:境町 桃:坂東市 青:五霞町)
  • 1889年(明治22年)
    • 3月31日 - 下記の町村の統合が行われる。(1町17村)
      • 静村 ← 横塚村、塚崎村、稲尾村、志鳥村(現・境町)
      • 長田村 ← 長井戸村、猿山村、蛇池村、下砂井村、栗山村、西泉田村、上小橋村(現・境町)
      • 八俣村 ← 北山田村、谷貝町、東山田村、長左衛門新田、山田村(現・古河市)
      • 幸島村 ← 新和田村、大和田村、仁連町、上片田村、下片田村、駒込村、五部村、上和田村、諸川町、諸川新田(現・古河市)
      • 猿島村 ← 下小橋村、山崎村、内門村、大歩村、染谷村、浦向村、金岡村(現・境町)
      • 森戸村 ← 伏木村、百戸村、一ノ谷村、若林村(現・境町)
      • 生子菅村 ← 生子村、生子新田、菅谷村(現・坂東市)
      • 逆井山村 ← 逆井村、山村(現・坂東市)
      • 七重村 ← 半谷村、富田村、借宿村、駒跿村、寺久村、三村、上出島村(現・坂東市)
      • 沓掛村 ← 沓掛村、内野山村(現・坂東市)
      • 弓馬田村 ← 弓田村、馬立村、幸田村(現・坂東市)
      • 飯島村 ← 大馬新田、平八新田、勘助新田、幸田新田、猫実新田、神田山新田、大口新田、庄右衛門新田(現・坂東市)
      • 神大実村 ← 神田山村、大口村、猫実村(現・坂東市)
      • 岩井村 ← 岩井村、辺田村、鵠戸村(現・坂東市)
      • 七郷村 ← 法師戸村、矢作村、大崎村、小泉村、大谷口村、下出島村、中里村(現・坂東市)
      • 中川村 ← 長谷村、桐木村、小山村、莚打村(現・坂東市)
      • 境町(単独町制。現・境町)
      • 長須村(単独村制。現・坂東市)
    • 4月1日 - 上記1町17村が町村制を施行。
  • 1896年(明治29年)
  • 1899年(明治32年)4月1日
    • 中川村の一部(長谷・小山・莚打の各一部)が千葉県東葛飾郡川間村(現野田市)に編入。
    • 千葉県東葛飾郡木間ヶ瀬村の一部(木間ヶ瀬の一部)・二川村の一部(古布内の一部)が五霞村に編入。
    • 千葉県東葛飾郡二川村の一部(新田戸・桐ヶ作の各一部)が森戸村に編入。
  • 1900年(明治33年)7月4日 - 岩井村が町制施行し、岩井町となる。(3町22村)
  • 1923年大正12年)4月1日 - 郡会が廃止。郡役所は存続。
  • 1926年(大正15年)7月1日 - 郡役所が廃止。以降は地域区分名称となる。
  • 1932年昭和7年)7月1日 - 新郷村伊賀袋、立崎の一部が埼玉県北埼玉郡川辺村(現加須市)に編入。
  • 1935年(昭和10年)時点での当郡の面積は301.85平方km、人口は120,810人(男58,643人・女62,167人)[2]
  • 1950年(昭和25年)8月1日 - 古河町が市制施行し、古河市となり郡より離脱。(2町22村)
  • 1954年(昭和29年)3月20日 - 沓掛村が町制施行し、沓掛町となる。(3町21村)
  • 1955年(昭和30年)
    • 2月1日 - 生子菅村・逆井山村が合併し、富里村が発足。(3町20村)
    • 2月11日 - 幸島村・八俣村が結城郡名崎村と合併し、三和村が発足。(3町19村)
    • 3月1日 - 岩井町・中川村・七郷村・神大実村・飯島村・弓馬田村・七重村・長須村が合併し、改めて岩井町が発足。(3町12村)
    • 3月15日 - 新郷村が古河市に編入。(3町11村)
    • 3月16日(3町4村)
      • 勝鹿村・岡郷村・桜井村・香取村が合併し、総和村が発足。
      • 境町・静村・長田村・猿島村・森戸村が合併し、境町が発足。
  • 1956年(昭和31年)4月1日 - 沓掛町・富里村が合併し、富里町が発足。富里町は即日改称して猿島町となる。(3町3村)
  • 1968年(昭和43年)1月1日 - 総和村が町制施行し、総和町となる。(4町2村)
  • 1969年(昭和44年)1月1日 - 三和村が町制施行し、三和町となる。(5町1村)
  • 1972年(昭和47年)4月1日 - 岩井町が市制施行し、岩井市となり郡より離脱。(4町1村)
  • 1996年平成8年)6月1日 - 五霞村が町制施行し、五霞町となる。(5町)
  • 2005年(平成17年)
    • 3月22日 - 猿島町が岩井市と合併し、坂東市が発足、郡より離脱。(4町)
    • 9月12日 - 総和町・三和町が古河市と合併し、改めて古河市が発足、郡より離脱。(2町)

変遷表

自治体の変遷
明治22年4月1日 明治22年 - 大正15年 昭和元年 - 昭和29年 昭和30年 - 昭和64年 平成元年 - 現在 現在
境町 境町 境町 昭和30年3月16日
境町
境町 境町
静村 静村 静村
長田村 長田村 長田村
猿島村 猿島村 猿島村
森戸村 森戸村 森戸村
岩井村 明治33年7月4日
町制
岩井町 昭和30年3月1日
岩井町
昭和47年4月1日
市制
平成17年3月22日
坂東市
坂東市
七重村 七重村 七重村
弓馬田村 弓馬田村 弓馬田村
飯島村 飯島村 飯島村
神大実村 神大実村 神大実村
七郷村 七郷村 七郷村
中川村 中川村 中川村
長須村 長須村 長須村
沓掛村 沓掛村 昭和29年3月20日
町制
沓掛町 昭和31年4月1日
猿島町
生子菅村 生子菅村 生子菅村 昭和30年2月1日
富里村
逆井山村 逆井山村 逆井山村
幸島村 幸島村 幸島村 昭和30年2月11日
三和村
昭和44年1月1日
町制
平成17年9月12日
古河市
古河市
八俣村 八俣村 八俣村
結城郡
名崎村
結城郡
名崎村
結城郡
名崎村
西葛飾郡
古河町
明治29年3月29日
猿島郡
昭和25年8月1日
市制
古河市
西葛飾郡
新郷村
明治29年3月29日
猿島郡
新郷村 昭和30年3月15日
古河市に編入
西葛飾郡
勝鹿村
明治29年3月29日
猿島郡
勝鹿村 昭和30年3月16日
総和村
昭和43年1月1日
町制
西葛飾郡
岡郷村
明治29年3月29日
猿島郡
岡郷村
西葛飾郡
桜井村
明治29年3月29日
猿島郡
桜井村
西葛飾郡
香取村
明治29年3月29日
猿島郡
香取村
西葛飾郡
五霞村
明治29年3月29日
猿島郡
五霞村 五霞村 平成8年6月1日
町制
五霞町

地理

首都・東京から60 km圏にあって、利根川沿岸の低湿地と中央部の猿島台地からなる。飯沼長井戸沼など多くの沼地は干拓され、水田として利用されている[1]。主産業は近郊農業で土地の大部分が農地に利用されており、旧三和町・総和町があった現在の古河市や境町では工業化が進展して、丘里・北利根・配電盤など工業団地が造成された地域がある[1]

郡の中心部を鉄道が通過しておらず、県最西端の古河市を通るJR古河駅を利用する。道路網は発達しており、国道や県道が縦横に走っており、北端を国道125号、南端を国道354号が東西に走り、南北方向に国道4号が貫く。近年は高速道路である首都圏中央連絡自動車道(圏央道)の開発が進められ、一部で開通している。1964年(昭和39年)に開通した境大橋は、県西地域と東京都心へと結ぶ短絡路にあたり、交通量が多い[1]

行政

猿島・西葛飾郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治11年(1878年)12月2日
明治29年(1896年)3月31日 西葛飾郡との合併により旧・猿島郡廃止
猿島郡長
氏名 就任年月日 退任年月日 備考
1 明治29年(1896年)4月1日
浅沼直治[3]
大正15年(1926年)6月30日 郡役所廃止により、廃官

脚注

  1. ^ a b c d e 『茨城県大百科事典』茨城新聞社、(1981)
  2. ^ 昭和10年国勢調査による。国立国会図書館デジタルコレクションで閲覧可能。
  3. ^ 大植 1935, 1110頁.

参考文献

  • 大植四郎 編『国民過去帳 明治之巻』尚古房、1935年https://dl.ndl.go.jp/info:ndljp/pid/1262271 
  • 「角川日本地名大辞典」編纂委員会 編『角川日本地名大辞典』 8 茨城県、角川書店、1983年12月1日。ISBN 4040010809 
  • 旧高旧領取調帳データベース
  • 高橋昭 著、茨城新聞社編 編『茨城県大百科事典』茨城新聞社、1981年、458頁。「猿島郡」