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2020年12月25日 (金) 08:28時点における版
ちよだく 千代田区 | |||||
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皇居の正門石橋 | |||||
| |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 関東地方 | ||||
都道府県 | 東京都 | ||||
市町村コード | 13101-6 | ||||
面積 |
11.66km2 (境界未定部分あり) | ||||
総人口 |
68,619人 [編集] (推計人口、2024年10月1日) | ||||
人口密度 | 5,885人/km2 | ||||
隣接自治体 | 中央区、港区、新宿区、文京区、台東区 | ||||
区の木 | まつ | ||||
区の花 | さくら | ||||
区の鳥 | はくちょう | ||||
千代田区役所 | |||||
区長 | 樋口高顕 | ||||
所在地 |
〒102-8688 東京都千代田区九段南一丁目2番1号 北緯35度41分38.2秒 東経139度45分13秒 / 北緯35.693944度 東経139.75361度座標: 北緯35度41分38.2秒 東経139度45分13秒 / 北緯35.693944度 東経139.75361度 千代田区役所 | ||||
外部リンク | 千代田区 | ||||
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ウィキプロジェクト |
千代田区(ちよだく)は、東京都の区部中心部に位置する特別区。
国会議事堂、内閣総理大臣官邸、最高裁判所をはじめとする主要政府機関、また日本を代表する大企業の本社が数多く置かれる。
概要・歴史
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港区・中央区とともに「都心3区」と呼ばれ、東京23区のほぼ中央に位置する[1]。永田町や霞ヶ関を中心にさまざまな首都機能が集積し、日本の政治・行政・司法の中心地である。また、日本屈指のオフィス街である丸の内や大手町は東京の中心業務地区(CBD)の1つとして機能しており、3大メガバンクの本店や主要な大企業の本社が多数集積し、日本の金融・経済の中心の一端を担っている。区の東側には東京駅が位置し、日本の中央駅として多数の新幹線・在来線の起点となっている。区の中央に皇居があり、区全体の約15%を皇居の緑地が占める。区域は、「江戸城」の外濠の内側部分とほぼ一致しており、外郭を含めた城址にあたる場所である[2]。また、皇居西側に位置する番町は都心屈指の高級住宅街として名高い。
西部は武蔵野台地の東端にあたる麹町台や駿河台といった台地で、東部は沖積平野である。北部に神田川が東に向かって流れ、日本橋川が三崎橋付近から分かれて流れている[2]。
千代田区は、現在の皇居に江戸城が置かれ徳川幕府の本拠地として政治の中心となり[2]、明治維新後も新政府が大名屋敷跡に官庁街を開設して首都機能を置いて「東京」の中心地としており[3]、日本の政治の中心が引き続き置かれることになった[2]。古来より荒川や利根川(現在の古利根川、下流は隅田川がかつての水路)、多摩川の河口部に近く、日比谷入江があったことから、海と川を利用した水運の根拠地となり、関東地方における流通の中心地としての機能を果たしていたといわれている「江戸湊」も当地区にあった[2]。
江戸時代には、掘割沿いに河岸と呼ばれる流通基地が整備され、現在の中央通りにあたる「通町筋」には「伊勢屋」の屋号を名乗る伊勢商人などの上方の商業資本が多く進出しており、問屋機能の集積が進んだ[2]。
神田地区は、江戸時代から幕府御用の儒学者が集まった昌平校があり、民間の学者も多く住んで私塾が多数あった学問の盛んな地であったが、近代以降も私立大学や予備校などが多数立地する文教地区となっており、御茶ノ水界隈は日本最大の学生街となっている[2]。こうした伝統の影響もあり、神田の一角にある神保町には世界最大級の古書店街である神田古書店街が形成され、出版社も多く立地している[2]。
江戸時代の神田川の付け替えで分離され、江戸城の川を挟む形となった神田の北部は外神田と呼ばれるようになった[2]。江戸時代に火災の延焼を防ぐため、約9,000坪の広場が作られて遠江の秋葉神社が勧請されたことから、この地区は秋葉原と呼ばれるようになり、第二次世界大戦に露店商が集積し、そこから電気部品を扱う店舗が集まる「秋葉原電気街」が発達した[2]。現在、秋葉原は電気街としての側面も持ちつつ、世界的に有名な「オタクの街」「サブカルチャーの街」として発展し、世界中から多くの観光客を呼び寄せている。
明治以降、国会・首相官邸・中央省庁・最高裁判所などの三権をはじめとする日本の首都機能、主要政党の本部など国家権力の中枢が千代田区に集中し、日本の立法・行政・司法の中心である。区内の永田町、霞が関といった地名は国会議員や官僚の代名詞である。
1891年に丸の内が三菱に払い下げられて政府機関などに隣接するオフィス街が建設され、政府との間での人脈構築や情報の収集しやすさから当地区に大手企業の本社が多数立地するようになり、経済面でも中心的な機能を果たすようになった[2]。このため丸の内には三菱グループの各社の本社が多数集積しており、その歴史的経緯から丸の内は「三菱村」とも呼ばれる(グループの御三家と呼ばれる三菱UFJ銀行、三菱商事、三菱重工業の本社は全て丸の内に位置している)。その結果、丸の内や大手町、日比谷は3大メガバンク(都市銀行)の本店や全国紙の新聞社をはじめ、大手製造業や大手総合商社などの巨大企業の本社機能が集積しているほか、経団連や農協などの経済団体の本部も集結している。
年表
この節の加筆が望まれています。 |
以前は東京都庁が丸の内三丁目(現在の東京国際フォーラムの場所)にあったが、1991年に新宿区西新宿二丁目に移転している(都庁所在地としての表記は現地移転後も東京)。
歴史上の出来事
住宅街と人口
千代田区(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
明治維新後に徳川将軍家が駿府(現在の静岡市)に転封になった際には、当区の北西部に居住していた旗本・御家人が大量に失業状態になって屋敷を引き払ったことなどが影響して人口が激減し、区北西部の旗本屋敷街は一気に無人状態に陥ることになった[2]。旗本屋敷跡のうち、神田地区には一般市民などが移り住む、学校が開設されるなどの形で民間の市街地となり[2]、番町地区や麹町地区には明治政府の官僚などが移り住んだことから高級住宅街となっていった[3]。こうした新たな住民の流入により人口がいったん回復し、1919年(大正9年)の第1回国勢調査では約22万人となっていた[2]。
しかし、関東大震災で大きな被害を受け、復興の過程で郊外の鉄道沿線に住宅街が発達したことから住民が流出し、再び人口が減少することになった[2]。
第二次世界大戦時には統制で通常の書籍の出版がほとんど行われなくなり、丸の内などのオフィス街も統制機関や軍需機関などによって接収されるなどしたため、民間の活動はほぼ壊滅状態となったうえ、空襲で区内の民家の大半が焼失したことから、旧神田区が2万1,506人、旧麹町区が1万435人の合わせて3万1,941人まで人口が減少した[2]。
一番町から六番町を総称して「番町」と呼ばれる千鳥ヶ淵に隣接する地区は、日本テレビの元本社や大使館などが立地しているオフィス街であると同時に、高級住宅街にもなっている[4]。
2015年の国勢調査では人口増加率23.9%を記録し、全国の市区町村で1位を記録した。
人口
当地は先述の通り明治以降に官庁街とオフィス街、文教地区が形成されたことから、大正時代にすでに夜間人口と昼間人口の差が大きくなっていた[2]。この傾向は第二次世界大戦後に一段と加速し、昼間人口が約15倍から約20倍に上るといわれるようになった[2]。
1980年代以降は住民の比較的多かった神田地区は、不動産業者が用地買収を盛んに行って再開発し、高層ビルなどを建設したことから、一部で高層の住宅も併設されたものの人口が急速に減少し、この傾向がより強まっていった[5]。
しかし、先述のような再開発や地価高騰にともなう大都市の中心市街地における人口減少が典型的に進んでおり[5]、夜間人口は約5万8000人で23区で最も少ないが、昼間人口は約15倍の約85万人にまで膨れ上がる。こうした夜間人口の少なさから、夜間人口を面積で割って算出される人口密度は、2015年(平成27年)10月1日現在でほかの22区がすべて10,000人/平方キロメートル (km2)を超える中、当区のみ約5,000人/km2と低くなっている(昼間人口で計算すれば、70,000人/km2を超える過密状態となる)。
2005年に夜間人口(居住者)は4万1683人であるが、区外からの通勤者と通学生および居住者のうちの区内に昼間残留する人口の合計である昼間人口は85万3382人で、昼は夜の約20.5倍の人口になる(東京都編集『東京都の昼間人口2005』平成20年発行120,121頁。国勢調査では年齢不詳のものが東京都だけで26万人いる。上のグラフには年齢不詳のものを含めているが、昼夜間人口に関しては年齢不詳の人物は数字に入っていないため数字の間に齟齬が生じている)。
町名
千代田区では、一部の地域を除き住居表示に関する法律に基づく住居表示が実施されている。
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 | |
---|---|---|---|---|---|---|
丸の内一丁目 | まるのうち | 1970年1月1日 | 1970年1月1日 | 丸ノ内1〜3(全) | ||
丸の内二丁目 | 1970年1月1日 | 1970年1月1日 | 丸ノ内1〜3(全) | |||
丸の内三丁目 | 1970年1月1日 | 1970年1月1日 | 丸ノ内1〜3(全) | |||
大手町一丁目 | おおてまち | 1970年1月1日 | 1970年1月1日 | 大手町1・2(全)、竹平町 | ||
大手町二丁目 | 1970年1月1日 | 1970年1月1日 | 大手町1・2(全)、竹平町 | |||
内幸町一丁目 | うちさいわいちょう | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 内幸町1・2(全) | ||
内幸町二丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 内幸町1・2(全) | |||
有楽町一丁目 | ゆうらくちょう | 1975年1月1日 | 1975年1月1日 | 有楽町1・2 | ||
有楽町二丁目 | 1975年1月1日 | 1975年1月1日 | 有楽町1・2 | |||
霞が関一丁目 | かすみがせき | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 霞ヶ関1(全)、霞ヶ関2・3、三年町、永田町2 | ||
霞が関二丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 霞ヶ関1(全)、霞ヶ関2・3、三年町、永田町2 | |||
霞が関三丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 霞ヶ関1(全)、霞ヶ関2・3、三年町、永田町2 | |||
永田町一丁目 | ながたちょう | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 永田町1(全)、永田町2、霞ヶ関2・3、三年町 | ||
永田町二丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 永田町1(全)、永田町2、霞ヶ関2・3、三年町 | |||
隼町 | はやぶさちょう | 1973年1月1日 | 1973年1月1日 | 隼町(全) | ||
平河町一丁目 | ひらかわちょう | 1971年7月1日 | 1971年7月1日 | 平河町1・2 | ||
平河町二丁目 | 1971年7月1日 | 1971年7月1日 | 平河町1・2 | |||
麹町一丁目 | こうじまち | 未実施 | ||||
麹町二丁目 | 未実施 | |||||
麹町三丁目 | 未実施 | |||||
麹町四丁目 | 未実施 | |||||
麹町五丁目 | 未実施 | |||||
麹町六丁目 | 未実施 | |||||
紀尾井町 | きおいちょう | 1980年1月1日 | 1980年1月1日 | 紀尾井町(全) | ||
一番町 | いちばんちょう | 未実施 | ||||
二番町 | にばんちょう | 未実施 | ||||
三番町 | さんばんちょう | 未実施 | ||||
四番町 | よんばんちょう | 未実施 | ||||
五番町 | ごばんちょう | 未実施 | ||||
六番町 | ろくばんちょう | 未実施 | ||||
九段南二丁目 | くだんみなみ | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 九段1〜4、竹平町、代官町、三番町 | ||
皇居外苑 | こうきょがいえん | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 祝田町、宝田町、元千代田町(以上全) | ||
日比谷公園 | ひびやこうえん | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 日比谷公園 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
千代田 | ちよだ | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | (皇居)[6] | |
北の丸公園 | きたのまるこうえん | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 代官町(全)[7] | |
一ツ橋一丁目 | ひとつばし | 1970年1月1日 | 1970年1月1日 | 神田一ツ橋1・2(全)、竹平町 | |
九段南一丁目 | くだんみなみ | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 九段1〜4、竹平町、代官町、三番町 | |
九段南三丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 九段1〜4、竹平町、代官町、三番町 | ||
九段南四丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 九段1〜4、竹平町、代官町、三番町 | ||
九段北一丁目 | くだんきた | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 九段1〜4、飯田町1、富士見町1 | |
九段北二丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 九段1〜4、飯田町1、富士見町1 | ||
九段北三丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 九段1〜4、飯田町1、富士見町1 | ||
九段北四丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 九段1〜4、飯田町1、富士見町1 | ||
富士見一丁目 | ふじみ | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 富士見町3(全)、富士見町1・2、飯田町1・2 | |
富士見二丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 富士見町3(全)、富士見町1・2、飯田町1・2 | ||
飯田橋一丁目 | いいだばし | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 飯田町1・2、富士見町2 | |
飯田橋二丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 飯田町1・2、富士見町2 | ||
飯田橋三丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 飯田町1・2、富士見町2 | ||
飯田橋四丁目 | 1966年10月1日 | 1966年10月1日 | 飯田町1・2、富士見町2 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
一ツ橋二丁目 | ひとつばし | 1970年1月1日 | 1970年1月1日 | 神田一ツ橋1・2(全)、竹平町 | |
神田神保町一丁目 | かんだじんぼうちょう | 1934年4月1日 | 未実施 | ||
神田神保町二丁目 | 1934年4月1日 | 未実施 | |||
神田神保町三丁目 | 1934年4月1日 | 未実施 | |||
神田三崎町一丁目 | かんだみさきちょう | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 神田三崎町1・2(全) | 2018年1月1日三崎町から改名 |
神田三崎町二丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 神田三崎町1・2(全) | 2018年1月1日三崎町から改名 | |
神田三崎町三丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 神田三崎町1・2(全) | 2018年1月1日三崎町から改名 | |
西神田一丁目 | にしかんだ | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 西神田1・2(全) | |
西神田二丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 西神田1・2(全) | ||
西神田三丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 西神田1・2(全) | ||
神田猿楽町一丁目 | かんださるがくちょう | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | 神田猿楽町1・2(全)、神田駿河台2 | 2018年1月1日猿楽町から改名 |
神田猿楽町二丁目 | 1969年4月1日 | 1969年4月1日 | 神田猿楽町1・2(全)、神田駿河台2 | 2018年1月1日猿楽町から改名 | |
神田駿河台一丁目 | かんだするがだい | 未実施 | |||
神田駿河台二丁目 | 未実施 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
神田錦町一丁目 | かんだにしきちょう | 未実施 | |||
神田錦町二丁目 | 未実施 | ||||
神田錦町三丁目 | 未実施 | ||||
神田小川町一丁目 | かんだおがわまち | 未実施 | |||
神田小川町二丁目 | 未実施 | ||||
神田小川町三丁目 | 未実施 | ||||
内神田一丁目 | うちかんだ | 1966年4月1日 | 1966年4月1日 | 神田鎌倉町、神田司町1、神田旭町、神田多町1(以上全)、神田美土代町、神田鍛冶町3 | |
内神田二丁目 | 1966年4月1日 | 1966年4月1日 | 神田鎌倉町、神田司町1、神田旭町、神田多町1(以上全)、神田美土代町、神田鍛冶町3 | ||
内神田三丁目 | 1966年4月1日 | 1966年4月1日 | 神田鎌倉町、神田司町1、神田旭町、神田多町1(以上全)、神田美土代町、神田鍛冶町3 | ||
神田美土代町 | かんだみとしろちょう | 未実施 | |||
神田司町二丁目 | かんだつかさまち[8] | 未実施 | 一丁目は1966年に消滅 | ||
神田多町二丁目 | かんだたちょう | 未実施 | 一丁目は1966年に消滅 | ||
神田鍛冶町三丁目 | かんだかじちょう | 未実施 | 神田鍛冶町一〜二丁目は1974年の住居表示実施により、鍛冶町一〜二丁目となった |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
神田駿河台一丁目 | かんだするがだい | 未実施 | |||
神田駿河台二丁目 | 未実施 | ||||
神田駿河台三丁目 | 未実施 | ||||
神田駿河台四丁目 | 未実施 | ||||
神田淡路町一丁目 | かんだあわじちょう | 未実施 | |||
神田淡路町二丁目 | 未実施 | ||||
神田須田町一丁目 | かんだすだちょう | 未実施 | |||
外神田一丁目 | そとかんだ | 1964年12月1日 | 1964年12月1日 | 神田旅籠町1〜3、神田仲町1・2、神田花房町、神田花田町、神田松住町、神田台所町、神田宮本町、神田同朋町、神田金沢町、神田末広町、神田田代町、神田松富町、神田山本町、神田亀住町、神田栄町、神田元佐久間町、神田五軒町(以上全)、神田佐久間町1、神田花岡町、神田練塀町、神田相生町 | |
外神田二丁目 | 1964年12月1日 | 1964年12月1日 | 神田旅籠町1〜3、神田仲町1・2、神田花房町、神田花田町、神田松住町、神田台所町、神田宮本町、神田同朋町、神田金沢町、神田末広町、神田田代町、神田松富町、神田山本町、神田亀住町、神田栄町、神田元佐久間町、神田五軒町(以上全)、神田佐久間町1、神田花岡町、神田練塀町、神田相生町 | ||
外神田三丁目 | 1964年12月1日 | 1964年12月1日 | 神田旅籠町1〜3、神田仲町1・2、神田花房町、神田花田町、神田松住町、神田台所町、神田宮本町、神田同朋町、神田金沢町、神田末広町、神田田代町、神田松富町、神田山本町、神田亀住町、神田栄町、神田元佐久間町、神田五軒町(以上全)、神田佐久間町1、神田花岡町、神田練塀町、神田相生町 | ||
外神田四丁目 | 1964年12月1日 | 1964年12月1日 | 神田旅籠町1〜3、神田仲町1・2、神田花房町、神田花田町、神田松住町、神田台所町、神田宮本町、神田同朋町、神田金沢町、神田末広町、神田田代町、神田松富町、神田山本町、神田亀住町、神田栄町、神田元佐久間町、神田五軒町(以上全)、神田佐久間町1、神田花岡町、神田練塀町、神田相生町 | ||
外神田五丁目 | 1964年12月1日 | 1964年12月1日 | 神田旅籠町1〜3、神田仲町1・2、神田花房町、神田花田町、神田松住町、神田台所町、神田宮本町、神田同朋町、神田金沢町、神田末広町、神田田代町、神田松富町、神田山本町、神田亀住町、神田栄町、神田元佐久間町、神田五軒町(以上全)、神田佐久間町1、神田花岡町、神田練塀町、神田相生町 | ||
外神田六丁目 | 1964年12月1日 | 1964年12月1日 | 神田旅籠町1〜3、神田仲町1・2、神田花房町、神田花田町、神田松住町、神田台所町、神田宮本町、神田同朋町、神田金沢町、神田末広町、神田田代町、神田松富町、神田山本町、神田亀住町、神田栄町、神田元佐久間町、神田五軒町(以上全)、神田佐久間町1、神田花岡町、神田練塀町、神田相生町 |
町名 | 町名の読み | 町区域新設年月日 | 住居表示実施年月日 | 住居表示実施前の町名等 | 備考 |
---|---|---|---|---|---|
鍛冶町一丁目 | かじちょう | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 神田鍛冶町1・2(全) | |
鍛冶町二丁目 | 1967年4月1日 | 1967年4月1日 | 神田鍛冶町1・2(全) | ||
神田紺屋町 | かんだこんやちょう | 未実施 | |||
神田北乗物町 | かんだきたのりものちょう | 未実施 | |||
神田富山町 | かんだとみやまちょう | 未実施 | |||
神田美倉町 | かんだみくらちょう | 未実施 | |||
岩本町一丁目 | いわもとちょう | 1965年7月1日 | 1965年7月1日 | 神田東今川町、神田材木町、神田東福田町、神田松枝町、神田元岩井町、神田大和町(以上全)、神田豊島町、神田東松下町、神田東紺屋町、神田岩本町 | |
岩本町二丁目 | 1965年7月1日 | 1965年7月1日 | 神田東今川町、神田材木町、神田東福田町、神田松枝町、神田元岩井町、神田大和町(以上全)、神田豊島町、神田東松下町、神田東紺屋町、神田岩本町 | ||
岩本町三丁目 | 1965年7月1日 | 1965年7月1日 | 神田東今川町、神田材木町、神田東福田町、神田松枝町、神田元岩井町、神田大和町(以上全)、神田豊島町、神田東松下町、神田東紺屋町、神田岩本町 | ||
神田西福田町 | かんだにしふくだちょう | 未実施 | |||
神田須田町二丁目 | かんだすだちょう | 未実施 | |||
神田東松下町 | かんだひがしまつしたちょう | 未実施 | |||
神田東紺屋町 | かんだひがしこんやちょう | 未実施 | |||
神田岩本町 | かんだいわもとちょう | 未実施 | 1965年の住居表示実施時に岩本町一〜三丁目に編入されなかった区域 | ||
東神田一丁目 | ひがしかんだ | 1965年1月1日 | 1965年1月1日 | 東神田、神田元久右衛門町1・2、神田八名川町、神田向柳原町1、神田餌鳥町(以上全)、神田豊島町 | |
東神田二丁目 | 1965年1月1日 | 1965年1月1日 | 東神田、神田元久右衛門町1・2、神田八名川町、神田向柳原町1、神田餌鳥町(以上全)、神田豊島町 | ||
東神田三丁目 | 1967年1月1日 | 1967年1月1日 | 東神田、神田元久右衛門町1・2、神田八名川町、神田向柳原町1、神田餌鳥町(以上全)、神田豊島町 | ||
神田相生町 | かんだあいおいちょう | 未実施 | |||
神田和泉町 | かんだいずみちょう | 未実施 | |||
神田佐久間河岸 | かんださくまがし | 未実施(神田佐久間河岸nn号地と表記する。) | |||
神田佐久間町一丁目 | かんださくまちょう | 未実施 | |||
神田佐久間町二丁目 | 未実施 | ||||
神田佐久間町三丁目 | 未実施 | ||||
神田佐久間町四丁目 | 未実施 | ||||
神田練塀町 | かんだねりべいちょう | 未実施 | |||
神田花岡町 | かんだはなおかちょう | 未実施 | |||
神田平河町 | かんだひらかわちょう | 未実施 | |||
神田松永町 | かんだまつながちょう | 未実施 |
千代田区は住居表示実施率が23区で最も低い。面積ベースの比率では新宿区よりも僅差で下回り、皇居部分の面積を除いて考えると23区で突出して実施率が低い。*住居表示未実施の町丁目:
- 神田○○町(神田三崎町、神田猿楽町を除く)、○番町、麹町全丁目
千代田区では「○○町」の「町」は、一部の例外を除き、すべて「ちょう」と読む。(例外:大手町、麹町、神田小川町、神田司町)
地域
主な祭事・行事
麹町地域(旧麹町区)
麹町地域は、江戸開府以来から東京山手の町として賑わいを見せている。皇居を中心に、高級住宅地としての色とオフィス街および官公庁街としての色が濃い地域である。
麹町の正式表記について
「麴町」が正式な漢字表記であり[9]、プレートや紙媒体などの印刷物・画像データなどの印字には「麴町」という表記が多く見受けられる。しかし「麴」は機種依存文字にあたるため、本記事も含め、電子データ上では簡易慣用字体である「麹」が使用される。
各町の特徴
- 千代田 - 皇居の所在地。新宮殿、皇居東御苑、宮内庁などがある。
- 皇居外苑 - 和田倉噴水公園(会津藩松平家上屋敷跡地)
- 北の丸公園 - 皇居の北側。日本武道館、東京国立近代美術館、国立公文書館などがある。九段下駅、竹橋駅が近い。
- 大手町 - オフィス街。読売・産経・日経新聞本社や経団連(関連:大手町駅)
- 丸の内 - オフィス街。東京駅西側。三菱グループ関連のビルが多く、別名「三菱村」。
- 有楽町 - 有楽町駅、日比谷駅の周辺の地域。織田有楽に由来。またニッポン放送(ラジオ局)がある。
- 内幸町 - 中日新聞東京本社(東京新聞・東京中日スポーツ)(関連:内幸町駅)
- 日比谷公園 - 日比谷野外音楽堂、日比谷図書文化館
- 霞が関 - 官庁街や警視庁本庁舎。「官僚」の代名詞にもなっている(関連:霞ケ関駅)
- 永田町 - 国会議事堂や自民党本部、立憲民主党本部、国民民主党本部、首相官邸があり、日本の政治の中心であり「国政」の代名詞にもなっている(関連:永田町駅)
- 飯田橋 - 飯田橋駅
- 富士見 - 法政大学、在日本朝鮮人総聯合会中央本部
- 九段北 - 築土神社、靖国神社、東京理科大学
- 九段南 - 千代田区役所、東京法務局、九段会館、日本大学本部
- 麹町 - 旧麹町区役所の所在地。麹町駅、半蔵門駅
- 一番町 - 駐日英国大使館
- 二番町 - 日本テレビ麹町分室(BS日テレ本社など)
- 三番町 - 千鳥ケ淵戦没者墓苑、千鳥ヶ淵緑道、大妻女子大学
- 四番町
- 五番町 - 市ケ谷駅
- 六番町 - ソニー・ミュージックエンタテインメント本社
- 隼町 - 最高裁判所
- 平河町 - 砂防会館、全国共済農業協同組合連合会、タイトー本社
- 紀尾井町 - ホテルニューオータニ、上智大学
- 一ツ橋(一丁目) - 毎日新聞本社、竹橋
神田地域(旧神田区)
神田地域は、中央区日本橋や京橋とともに東京下町の一部として、江戸開府以来の中心的商業地として賑わいを見せている。
神田冠称について
現在の千代田区の町名で旧神田区の区域にある街は「神田○○町、○神田」と称している(住居表示実施地区を除く)。これは戦後、旧麹町区と旧神田区が合併する際に「神田」の町名が消えることを避けるために、旧神田の町名に神田を冠したことによる。名称の経緯が似ている例として日本橋地域が挙げられる。
各町の特徴
- 一ツ橋(二丁目)
- 内神田 - 広意には、江戸城総構え内(神田川以南)の神田地域を指す。神田駅西側の地区。
- 西神田
- 岩本町
- 神田岩本町 - 町域の大部分は「岩本町」に町名変更。
- 鍛冶町 - 神田駅東側の地区。
- 神田鍛冶町 - 神田鍛冶町三丁目のみ残存(一丁目・二丁目は「鍛冶町」)
- 神田猿楽町
- 神田三崎町 - 水道橋駅
- 神田淡路町
- 神田小川町 - スポーツ用品店街
- 神田北乗物町
- 神田紺屋町
- 神田神保町 - 古書店街、神保町駅。
- 神田須田町
- 神田駿河台 - 御茶ノ水駅周辺の地域。明治大学・日本大学などのある学生街。
- 神田多町 - 神田多町二丁目のみ残存。
- 神田司町 - 神田司町二丁目のみ残存。
- 神田富山町
- 神田錦町 - 旧神田区役所の所在地。
- 神田西福田町
- 神田東紺屋町
- 神田東松下町
- 神田美倉町
- 神田美土代町
- 東神田 - 繊維問屋街。一丁目・二丁目が総構え、三丁目が総構えの外れにあたる。
- 外神田 - 広意には、江戸城総構えの外れ(神田川以北)にある神田地域を指す。秋葉原駅の西側の地区。秋葉原電気街の中核をなす。
- 神田相生町
- 神田和泉町
- 神田佐久間河岸
- 神田佐久間町 - 東京メトロ秋葉原駅がある。
- 神田練塀町
- 神田花岡町 - ヨドバシAkiba、つくばエクスプレス秋葉原駅がある。
- 神田平河町
- 神田松永町
官公庁
千代田区は日本の中枢であり、多くの政府機関が密集している。
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在外公館
大使館
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領事館
- セーシェル共和国名誉領事館
大使館の機能を果たしている機関
国際機関
- アジア開発銀行駐日代表事務所
- アジア開発銀行研究所
- アジア生産性機構
- 米州開発銀行アジア事務所
- 国際原子力機関東京地域事務所
- 国際金融公社東京事務所
- 国際復興開発銀行・国際開発協会東京事務所
- 国際通貨基金アジア太平洋地域事務所
- 多数国間投資保証機関事務所
- 国際連合工業開発機関東京投資・技術移転促進事務所
- 経済協力開発機構東京センター
- 国際獣疫事務局アジア太平洋地域事務所
メディア
テレビ
- 東京メトロポリタンテレビジョン(MXTV、TOKYO MX)
- 日本BS放送(BS11)
過去には日本テレビ放送網(日テレ)の本社が二番町にあったが、2003年(平成15年)に港区東新橋(汐留シオサイト)に移転した。現在旧社屋は麹町スタジオとして使用されている。
ラジオ
- ニッポン放送 - AM局。新局舎建設中はお台場のフジテレビ局舎に同居していた。
- エフエム東京(TOKYO FM)
- ジャパンエフエムネットワーク(エフエム東京の子会社で系列局に番組を制作・配信している)
- ミュージックバード(エフエム東京の子会社の衛星ラジオ事業者で、コミュニティ放送局向けの番組も制作・配信している)
新聞社、出版社
朝日新聞東京本社・日刊スポーツ新聞社(いずれも中央区)、報知新聞社(スポーツ報知。港区)、スポーツニッポン新聞社、東京スポーツ新聞社(いずれも江東区)を除く全国紙・地方紙・スポーツ紙の本社が千代田区に所在している。なお朝日新聞は、千代田区内に東京総局を置いている。出版社は東京に集中して存在しており、大手から専門出版社まで、当区北部および文京区に数多く存在する。
- 読売新聞グループ本社
- 毎日新聞グループホールディングス
- 産業経済新聞社
- 日本経済新聞社(日本経済新聞)
- 中日新聞東京本社(東京新聞・東京中日スポーツ)
- 一ツ橋グループ
- 角川ホールディングス
- 日本電子出版協会
ナンバープレート
千代田区は、東京運輸支局本庁舎の管轄エリアで、品川ナンバーを交付される。
ケーブルテレビエリア
- 東京ケーブルネットワーク(区内全域)
行政
区長
代 | 氏名 | 就任日 | 退任日 | 備考 |
---|---|---|---|---|
初代 | 村瀬清 | 1947年 | 1955年4月22日 | |
1955年5月28日 | 1959年5月27日 | 区長選任制導入 | ||
2代 | 市村駒之助 | 1959年6月23日 | 1960年 | |
3代 | 遠山景光 | 1960年5月20日 | 1972年5月19日 | |
職務代理者 | 石川五郎 | 1972年5月20日 | 1973年3月16日 | |
4代 | 高橋銑一 | 1973年3月16日 | 1975年 | |
5代 | 遠山景光 | 1975年4月27日 | 1980年12月20日 | 公選復活。任期中に死去。 |
6代 | 加藤清政 | 1981年2月8日 | 1989年2月7日 | |
7代 | 木村茂 | 1989年2月8日 | 2001年2月7日 | |
8代 | 石川雅己 | 2001年2月8日 | 現職 |
日本初の路上喫煙禁止条例
- 2002年(平成14年)11月より、日本初・公道上での喫煙に対して過料を徴収する条例(千代田区生活環境条例)が施行された。
- 東京駅・秋葉原など、千代田区のほとんどの地域は、この条例により路上での喫煙が禁止されている。違反者には2万円(当分の間2,000円)の過料を課せられる。
指定地区外も公共の場所での歩きタバコをしないように努める義務がある。また、ゴミのポイ捨てに対しても禁止する規定がある。
今まで永田町・霞が関・内幸町はこの条例の適用除外地域であったが、2010年(平成22年)4月1日から皇居・皇居外苑・日比谷公園や中小の公園を除く千代田区全域の公道上で路上喫煙が禁止されている[11]。
また、このほか政令指定都市の大阪市などの自治体でも、いわゆる路上喫煙禁止条例を制定・施行しているところもある。
災害準備施策
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立法
区議会
- 定数:25名
- 任期:2019年(令和元年)5月1日 - 2023年(令和5年)4月30日[10]
- 区長は2020年(令和2年)7月28日に区議会を解散したと主張しているが、区議会は区長の解散を無効だと主張しており対立している[12]。
都議会
- 定数:1名
- 選挙区:千代田区選挙区
- 任期:2017年(平成29年)7月23日 - 2021年(令和3年)7月22日(「2017年東京都議会議員選挙」参照)
議員名 | 会派名 | 当選回数 |
---|---|---|
樋口高顕 | 都民ファーストの会 | 1 |
衆議院
- 選挙区:東京都第1区 (千代田区・港区の一部・新宿区の一部)
- 任期:2017年(平成29年)10月22日 - 2021年(令和3年)10月21日(「第48回衆議院議員総選挙」参照)
議員名 | 党派名 | 当選回数 | 備考 |
---|---|---|---|
海江田万里 | 立憲民主党 | 7 | 選挙区 |
山田美樹 | 自由民主党 | 3 | 比例復活 |
警察
消防
- 東京消防庁 本庁警防本部(大手町1-3-5)※丸の内消防署併設
主な病院
東京都災害拠点病院
現在、千代田区内で東京都災害拠点病院に指定されている病院は日本大学病院と三井記念病院の2か所である。
救急指定病院
現在、千代田区内の救急告示医療機関は3か所ある。
交通
道路
高速道路
- 首都高速都心環状線(霞が関出入口 - 三宅坂JCT - 代官町出入口 - 北の丸出口 - 竹橋JCT - 神田橋出入口 - 神田橋JCT)
- 首都高速5号池袋線(竹橋JCT - 一ツ橋出入口 - 西神田出入口)
- 首都高速八重洲線(神田橋JCT - 常盤橋出入口)
放射道路(時計回りに表記)
環状道路(皇居側からの表記)
- 内堀通り
- 外堀通り(東京都道405号外濠環状線)
鉄道
以下は、当区内を通過する路線と所在する駅を各路線別に記述している。
- 中心となる駅:東京駅
- 区役所最寄駅:九段下駅
東海旅客鉄道(JR東海)
東日本旅客鉄道(JR東日本)
-
- ※四ツ谷駅は新宿区に所在。
- 中央緩行線(各駅停車) (早朝・深夜を除き総武緩行線と直通運転)
- 総武快速線
- 東京駅
- 総武緩行線(各駅停車) (早朝・深夜を除き中央緩行線と直通運転)
- 御茶ノ水駅 - 秋葉原駅
- 京葉線
- 東京駅
- ■ 上野東京ライン(宇都宮線、高崎線、常磐線)
- 東京駅
東京地下鉄(東京メトロ)
-
- ※有楽町線の飯田橋駅・市ケ谷駅は新宿区に所在。
- ※南北線の四ツ谷駅・市ケ谷駅・飯田橋駅は新宿区に所在。
- ※副都心線は東京メトロの9路線で唯一、千代田区を通っていない。副都心線開業前は東京メトロ全線が通っていた。
-
- ※都営三田線の水道橋駅は文京区に所在。
- ※都営大江戸線の飯田橋駅は文京区に所在。
- 秋葉原駅
バス
経済
商業施設
複合商業施設
デパート
- 大丸東京店
- 有楽町マルイ
- 阪急MEN'S TOKYO
- ルミネ有楽町
ホテル
- 帝国ホテル
- 赤坂エクセルホテル東急
- ホテルニューオータニ
- 丸ノ内ホテル
- パレスホテル
- ホテルグランドパレス
- 東京ステーションホテル
本社がある企業
預金取扱金融機関
- みずほ銀行 ★
- 三菱UFJ銀行 ★
- 三井住友銀行 ★
- りそな銀行
- セブン銀行 ★
- ソニー銀行 ★
- 群馬銀行
- 武蔵野銀行
- 千葉銀行
- きらぼし銀行
- 山梨中央銀行
- 福井銀行
- 静岡銀行
- 池田泉州銀行
- 紀陽銀行
- 四国銀行
- 琉球銀行
- 三菱UFJ信託銀行 ★
- 三井住友信託銀行 ★
- SMBC信託銀行
- 野村信託銀行 ★
- あおぞら銀行 ★
- SBJ銀行
- 北洋銀行
- 北日本銀行
- 東日本銀行
- 長野銀行
- トマト銀行
- もみじ銀行
- 香川銀行
- 愛媛銀行
- 高知銀行
- 南日本銀行
- 朝日信用金庫
- 興産信用金庫 ★
- 東京シティ信用金庫
- 芝信用金庫
- 東京東信用金庫
- 西武信用金庫
- 城南信用金庫
- 城北信用金庫
- 商工組合中央金庫
- 東浴信用組合 ★
- 文化産業信用組合 ★
- 中ノ郷信用組合
- 第一勧業信用組合
- 警視庁職員信用組合 ★
- 東京消防信用組合 ★
- 毎日信用組合
- 労働金庫連合会 ★
- 中央労働金庫 ★
- 農林中央金庫 ★
★は本店所在金融機関
文化施設
イベントホール
美術館・博物館
- 科学技術館 - 北の丸公園内に所在。
- 東京国立近代美術館
- 工芸館
- 出光美術館
- 相田みつを美術館 - 東京国際フォーラム地下1階
- 千代田区立四番町歴史民俗資料館
- 3331 Arts Chiyoda - 旧千代田区立練成中学校の校舎を再利用したアートギャラリー。
図書館
- 国立
- 区立
区民1人あたりの区民図書館蔵書数は5.6冊で23区のトップである。23区の平均は区民1人あたり3.4冊である(2012年現在)。
歴史的建造物・名所・旧跡
- 重要文化財(国指定)
- 旧江戸城田安門・清水門・外桜田門
- 旧近衛師団司令部庁舎(東京国立近代美術館工芸館)
- 法務省旧本館
- 明治生命館
- 東京駅丸の内本屋
- 東京復活大聖堂(ニコライ堂) - 日本正教会の府主教座教会
- 山王日吉神社境内遺跡
主な由緒ある神社・仏閣
主な歴史的公園
教育
大学
- 国立
- 公立
- 東京都立大学 丸の内サテライトキャンパス
- 私立
短期大学
上記の大学と同じ敷地にあるものを除く。
- 日本大学短期大学部 事務地区
大学院大学
- 大原大学院大学
- グロービス経営大学院大学
- LEC東京リーガルマインド大学院大学 千代田キャンパス
- SBI大学院大学
外国大学院の日本校
専修学校
専門課程
- 御茶の水美術専門学校
- 神田外語学院
- 学校法人大原学園
- 大原簿記学校
- 大原法律専門学校
一般課程
- 駿台予備学校 お茶の水校
各種学校
高等学校
- 都立
- 私立
- ウィッツ青山学園高等学校 四谷LETSキャンパス
- 大妻中学校・高等学校
- 大原学園高等学校
- 神田女学園中学校・高等学校
- 共立女子中学校・高等学校
- 錦城学園高等学校
- 暁星中学校・高等学校
- 鹿島学園高等学校 秋葉原キャンパス・飯田橋連携キャンパス
- クラーク記念国際高等学校 秋葉原ITキャンパス
- 麹町学園女子中学校・高等学校
- 白百合学園中学校・高等学校
- 女子学院中学校・高等学校
- 正則学園高等学校
- 武蔵野大学附属千代田高等学院・千代田女学園中学校
- 東京家政学院中学校・高等学校
- 東洋高等学校
- 二松學舍大学附属高等学校
- 雙葉中学校・高等学校
- 三輪田学園中学校・高等学校
- 和洋九段女子中学校・高等学校
中学校
中等教育学校
- 千代田区立九段中等教育学校 - 都立九段高校を母体校として2006年(平成18年)に開校した中高一貫校。九段高校は都から委譲を受ける。
小学校
幼稚園
住宅
高層住宅
- ザ・千代田麹町タワー
- アルファグランデ千桜タワー
- パークコート千代田富士見ザ・タワー
- プラウドタワー千代田富士見レジデンス
住宅団地
- 神田五軒町団地(外神田 市街地住宅 賃貸42 1959年(昭和34年) 現存譲渡)
- 万世橋団地(外神田 市街地住宅 賃貸58 1960年(昭和35年))
- 西神田団地(西神田 市街地住宅 賃貸27 1962年(昭和37年) 現存 譲渡返還)
- 神田鍛冶町団地(鍛冶町 市街地住宅 賃貸17 1959年(昭和34年) 現存譲渡)
- 神田司町団地(内神田 市街地住宅 賃貸15 1959年(昭和34年) 現存内神田一丁目に改称後、譲渡)
- 四番町アパート(四番町)
- 四番町第2アパート(四番町、1998年(平成10年))
- 四番町第3アパート(四番町、1995年(平成7年))
- 飯田橋二丁目アパート(飯田橋、1987年(昭和62年))
千代田区を舞台とする作品
秋葉原が舞台の作品は『秋葉原を題材・舞台とした作品』を参照のこと。
- 夏目漱石『こゝろ』 - 登場人物が神保町付近を徘徊する。
- 横溝正史『びっくり箱殺人事件』 - 丸の内の小劇場・梟座で起こった連続殺人事件を描いた長編推理小説。
- 横溝正史『女が見ていた』 - パンパン連続殺人事件を描いた長編推理小説。第2の殺人の舞台が日比谷。
- 杉森久英『天皇の料理番』 - 長編小説。およびそれを原作としたテレビドラマ。明治末期から昭和初期の神田が舞台。
- 『ウルトラマンタロウ』 - 防衛組織「ZAT」の本部が霞が関にある設定。
- 『Gメン'75』 - 本部オフィスが東京海上火災ビルにある設定。
- 『探偵物語』 - 主人公の探偵事務所が平河町にある設定。
- 『咲-Saki-全国編』 - インターハイ会場が東京国際フォーラムとなっている設定。
出身有名人
旧麹町区、旧神田区の出身有名人については麹町区、神田区を参照
- 第126代天皇・徳仁 - 第125代天皇・明仁の長男
- 秋篠宮文仁親王 - 明仁の二男
- 黒田清子 - 明仁の長女
- 景山民夫 - 作家
- 麻実れい - 女優
- 梓英子 - 女優
- 梶芽衣子 - 女優
- 高樹蓉子 - 女優
- 日髙のり子 - 声優
- 緒方恵美 - 声優
- 三宅裕司 - 俳優・タレント
- 吉田博彦 - ゲームクリエイター・実業家
- 柳沼行 - 漫画家
- 国定勇人 - 三条市市長
- 石山曻之助 - 大相撲力士
- 信山信幸 - 大相撲力士
- 佐藤直子 - テニス選手
- ベイカー茉秋 - 柔道選手
- 山中真 - 毎日放送アナウンサー
- 加藤公一 - 政治家
- 丸尾崇真 - ラグビー選手
- 菊池武夫 (ファッションデザイナー)
- 秋山具義 - アートディレクター
- ハヤカワ五味 - ファッションデザイナー、実業家
- ゆかりのある人物
- 役所広司 - 俳優、千代田区役所に勤務していた。芸名の由来もこれによる。
脚注
注釈
出典
- ^ 山口恵一郎 『日本地名辞典 市町村編』1980年10月。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r 鈴木理生『千代田区の歴史 東京ふるさと文庫 5』1978年3月。
- ^ a b 『千代田區史』1960年。
- ^ 槇野修 『地名で読む江戸の町』2011年9月15日。
- ^ a b 奥田道大 『都市と地域の文脈を求めて 21世紀システムとしての都市社会学』1993年1月。
- ^ 千代田区公式サイトの「新旧町名対照表」には千代田の旧町名は「千代田区1番」とある。
- ^ 千代田区公式サイトの「新旧町名対照表」には代官町全域が北の丸公園になったとするが、『角川日本地名大辞典 東京都』は、代官町の一部が九段南一・二丁目になったとする。
- ^ 『角川日本地名大辞典 東京都』には「かんだつかさちょう」とあるが、千代田区公式サイトほか諸資料には「かんだつかさまち」とある。
- ^ 千代田区総合ホームページ 住居表示と町名の情報 神田と麹町
- ^ a b 東京都選挙管理委員会 | 都内選挙スケジュール | 任期満了日(定数)一覧 Archived 2015年11月19日, at the Wayback Machine.
- ^ "路上喫煙の罰則地域拡大へ 千代田区"-東京新聞 2010年2月15日付
- ^ “東京・千代田区長、議会解散を通知 区議会は「無効」”. 日本経済新聞. (2020年7月28日) 2020年7月28日閲覧。
参考文献
- 『千代田區史』 千代田区、1960年。
- 鈴木理生 東京にふる里をつくる会編 『千代田区の歴史 東京ふるさと文庫 5』 名著出版、1978年3月。
- 山口恵一郎 『日本地名辞典 市町村編』 東京堂出版、1980年10月。ISBN 978-4490101355
- 奥田道大 『都市と地域の文脈を求めて 21世紀システムとしての都市社会学』 有信堂、1993年1月。ISBN 978-4842065359
- 槇野修 『地名で読む江戸の町』 PHP研究所、2011年9月15日。ISBN 978-4-569-76123-7
関連項目
外部リンク
- 行政
- 千代田区
- 千代田区 (@chiyoda_city) - X(旧Twitter)
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- 観光