一番町 (千代田区)
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一番町 | |
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北緯35度41分14.7秒 東経139度44分33.89秒 / 北緯35.687417度 東経139.7427472度 | |
国 | 日本 |
都道府県 | 東京都 |
特別区 | 千代田区 |
地域 | 麹町地域 |
人口 | |
• 合計 | 3,545人 |
等時帯 | UTC+9 (日本標準時) |
郵便番号 |
102-0082[2] |
市外局番 | 03[3] |
ナンバープレート | 品川 |
一番町の位置 |
一番町(いちばんちょう)は、東京都千代田区の町名。麹町地域に当たる。「丁目」の設定のない単独町名である。住居表示未実施地域。郵便番号は102-0082[2]。「番町」地区の一つ。
地理
[編集]皇居の西側・麹町地域に位置する。また、一番町から六番町までで「番町」と一括りにされることがある。吹上御所とは半蔵濠、内堀通りをはさんだ位置にある。東端にはイギリス大使館が置かれる。半蔵濠を望む堤は千鳥ヶ淵公園となっており、桜の名所でもある。
行政施設・機関などが立地するが、その他のほとんどの町域は西側に位置する二番町にかけて跨るマンション街となっている。
歴史
[編集]江戸時代の旗本のうち、将軍を直接警護するものを大番組と呼び、大番組の住所があったことから番町と呼ばれた。大番組は設立当初、一番組から六番組まであり、これが現在も一番町から六番町に引き継がれている。現在の一番町は、旧五番町全域と上二番町全域、および元園町一丁目の北部を併合して、1938年8月1日に(新)一番町として改編・成立した。
世帯数と人口
[編集]2017年(平成29年)12月1日現在の世帯数と人口は以下の通りである[1]。
町丁 | 世帯数 | 人口 |
---|---|---|
一番町 | 1,644世帯 | 3,545人 |
小・中学校の学区
[編集]区立小・中学校に通う場合、学区は以下の通りとなる[4]。なお、千代田区の中学校では学校選択制度を導入しており、区内全域から選択することが可能[5]。
番地 | 小学校 | 中学校 |
---|---|---|
全域 | 千代田区立麹町小学校 | 千代田区立麹町中学校 千代田区立神田一橋中学校 |
交通
[編集]- 鉄道
- 道路
施設
[編集]- 全国町村議員会館(地方自治情報センター)
- イギリス大使館
- パラグアイ大使館
- 女子学院中学校・高等学校
- 錢高組本社(登記上の本店は大阪市西区)
- 宝島社 - 本社所在地
- 日本カメラ博物館
出身・ゆかりのある人物
[編集]- 鎌田勝太郎(香川県の資産家、醤油醸造家、衆議院議員、貴族院議員) - 別邸が一番町にあった[6]。
- 宮本央(東京府多額納税者[7]、貸金業、地主・家主) - 住所は東京市麹町区元園町1丁目[8]、上二番町[9](現・東京都千代田区一番町)。
- 宮本安蔵(判事) - 宮本央の四男[8]。
脚注
[編集]- ^ a b “町丁別世帯数および人口(住民基本台帳)”. 千代田区 (2017年12月6日). 2018年1月2日閲覧。
- ^ a b “郵便番号”. 日本郵便. 2019年8月30日閲覧。
- ^ “市外局番の一覧”. 総務省. 2018年1月2日閲覧。
- ^ “区立小学校の通学区域”. 千代田区 (2017年8月17日). 2018年1月2日閲覧。
- ^ “区立中学校の通学区域と学校選択”. 千代田区 (2017年10月26日). 2018年1月2日閲覧。
- ^ 『人事興信録 第12版 上』カ150 - 152頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年9月21日閲覧。
- ^ 『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』東京府3頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年9月21日閲覧。
- ^ a b 『全日本業界人物大成 坤巻』35 - 36頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年9月21日閲覧。
- ^ 『麹町之状勢』404頁(国立国会図書館デジタルコレクション)。2024年9月21日閲覧。
参考文献
[編集]- 高島末吉編『麹町之状勢』麹町之状勢刊行所、1926年。
- 『全日本業界人物大成 坤巻』全日本業界人物大成刊行会、1932年。
- 交詢社編『日本紳士録 第37版附録 多額納税者名簿』交詢社、1933年。
- 人事興信所編『人事興信録 第12版 上』人事興信所、1940年。