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古宇郡

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
北海道古宇郡の位置(1.泊村 2.神恵内村)

古宇郡(ふるうぐん)は、北海道後志国後志総合振興局

人口2,166人、面積230.06km²、人口密度9.41人/km²。(2024年11月30日、住民基本台帳人口)

以下の2村を含む。

郡域

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1879年明治12年)に行政区画として発足した当時の郡域は、上記2村より泊村の一部(大字堀株村・茅沼村[1])を除いた区域にあたる。

歴史

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郡発足までの沿革

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文禄3年にはニシン漁が行われていた。慶長8年5月、厳島神社(現在の神恵内村)が創建される。

江戸時代、古宇郡域は和人地となる。松前藩によってフルウ場所が開かれていた。

享保15年に興志内村(現在の泊村大字興志内)の稲荷神社が創建される。この他、古宇場所請負人田付新助(福島屋)の創祀と伝わる泊稲荷神社(現在の泊村)は天和2年の創建ともいわれ江戸時代後期に差し掛かった享和元年にはすでに存在していた。

文化4年には、古宇郡域は天領とされた。文政4年には松前藩の元に戻されたものの、安政2年再び天領となり庄内藩が警固にあたった。

文久2年に智竜寺が、翌3年には梅木悦道師によって瑞龍山法輪寺が建立された。戊辰戦争箱館戦争)終結直後の1869年大宝律令国郡里制を踏襲して古宇郡が置かれた。

郡発足以降の沿革

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北海道一・二級町村制施行時の古宇郡の町村(11.神恵内村 12.泊村 青:区域が発足時と同じ町村)
明治9年の大区小区
  • 第6大区
    • 1小区 : 珊内村、赤石村、神恵内村
    • 2小区 : 興志内村、盃村、泊村

脚注

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  1. ^ 1909年岩内郡から編入。

参考文献

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外部リンク

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関連項目

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