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リトロナクス

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
リトロナクス
生息年代: 後期白亜紀, 81.9–81.5 Ma
復元骨格(ユタ州立自然史博物館所蔵)
地質時代
後期白亜紀カンパニアン
分類
ドメイン : 真核生物 Eukaryota
: 動物界 Animalia
: 脊索動物門 Chordata
亜門 : 脊椎動物亜門 Vertebrata
: 爬虫綱 Reptilia
亜綱 : 双弓亜綱 Diapsida
下綱 : 主竜形下綱 Archosauromorpha
上目 : 恐竜上目 Dinosauria
: 竜盤目 Saurischia
階級なし : 真竜盤類 Eusaurischia
亜目 : 獣脚亜目 Theropoda
階級なし : 鳥吻類 Averostra
: ティラノサウルス科 Tyrannosauridae
亜科 : ティラノサウルス亜科 Tyrannosaurinae
: テラトフォネウス族 Teratophoneini
: リトロナクス属 Lythronax
学名
Lythronax
Loewen et al.2013
タイプ種
Lythronax argestes
Loewen et al.2013

リトロナクス[1]またはライスロナクス[2][3]学名Lythronax)は、約8000万年前にあたる[2]後期白亜紀カンパニアン期の中期に生息した、ティラノサウルス科に属する獣脚類恐竜[1]。属名のlythronが「」、anaxが「王」を意味し[1]、属名自体は日本語では「流血王」の意で紹介される[2][3]化石アメリカ合衆国ユタ州から産出しており、当時西部内陸海路により分断されていた北アメリカ大陸のうちの西側の大陸であるララミディア大陸に生息した[2]。タイプ種はLythronax argestes[1][3]

頭部が左右に広く、眼球の位置関係から立体視が可能であったと目されている[2]。こうした特徴はティラノサウルス科の中でもより後の時代に生息したティラノサウルスタルボサウルスと共通しており、リトロナクスが進化的な形質状態を持つことを意味する[1]。ティラノサウルス科の中で最古の属である本属は[4]、同科の中で立体視可能な最古の属でもあったと見られる[2]

発見と命名

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ワーウィープ累層でリトロナクスの化石が発見された、グランド・ステアーケース=エスカランテナ国定公園英語版のNipple Butte area()

2009年、アメリカ合衆国内務省Bureau of Land Management英語版のスコット・リチャードソンは同国ユタ州南部グランド・ステアーケース=エスカランテナ国定公園英語版に分布するワーウィープ層で仲間とともに化石調査を行っていたところ、Nipple Butte areaで獣脚類の恐竜の鼻骨を発見した。リチャードソンがユタ大学の古生物学者のチームに連絡を取ると、チームはその報告に興奮したものの、当該地域からこれまで獣脚類化石が発見されていなかったため懐疑的であった。チームは送られた鼻骨の写真からこれをティラノサウルス類のものと同定し、またティラノサウルス類の属種が報告されていなかった時代に由来する化石ということで新種の可能性が高いと判断した。化石はBLMとユタ州立自然史博物館英語版(UMNH)の共同チームにより1年以上かけて発掘された。産地は公有地であり、UMNH VP 1501に指定された[5][6][7][8]。正式に記載される以前、当該化石は"Nipple Butte Tyrannosaur" あるいは "Wahweap tyrannosaurid"と呼称された[9][8]

標本UMNH VP 20200はLoewen et al. (2013)により新属新種Lythronax argestesのホロタイプ標本に指定された。属名はギリシア語で「流血」「血のり」を意味するlythron (λύθρον)と「王」を意味するanax (ἄναξ)に由来し、種小名は標本が北アメリカ大陸南西部で発見されたことから南西の吹く風に対してホメーロスが用いた語を反映している[10]。属名と種小名を合わせて学名の意味は「南西からの流血王」となる。ローウェン曰く「王」を意味する接尾辞は後の時代の類縁種であるTyrannosaurus rexをほのめかしたものであり、また「流血」を意味する接頭辞は死亡した動物の血に塗れた捕食者の生態を例示するものである[6][7][11]

リトロナクス(A)とテラトフォネウス(B)のホロタイプ標本の骨格図。NからPが前者の骨である。

リトロナクスの唯一基地の標本かつホロタイプ標本は部分的な頭蓋骨と体骨格から構成されており、右上顎骨、両鼻骨、右前頭骨、左頬骨、左方形骨、右側蝶形骨英語版、右口蓋骨、左歯骨、左板状骨、左上角骨、左前関節骨、1本の胴椎肋骨、1本の尾椎血道弓、両恥骨、左脛骨腓骨、左第IIおよび第IV中足骨からなる[10]。リトロナクスはその命名とともに、グランド・ステアーケース=エスカランテナ国定公園に分布するより新しい時代の地層であるカイパロウィッツ層から産出したティラノサウルス類テラトフォネウスの新標本とともに記載された。これら2種類のティラノサウルス類は、ティラノサウルス科の進化的起源と地理的起源の調査に用いられた[10][12]。同論文の結論に基づき、UMNHをティラノサウルスの「大おじ」としてWebサイトで紹介している[7]

2017年にトランプ政権下合衆国政府はグランド・ステアーケース=エスカランテナ国定公園とベアー・イヤーズ国定公園英語版の規模を縮小してその地で石炭鉱業やその他のエネルギー開発を可能とする計画を発表した。これは国定公園の縮小として米国史上最大となるものであった[13][14]。リトロナクス自体はディアブロケラトプスと並び、大統領宣言英語版で言及された前者の国定公園から産出した2種類の恐竜の1つであった[15]。アメリカの古生物学者でありリトロナクスの共同記載者であるスコット・D・サンプソン英語版は、国定公園での初期の研究の監督者でもあり、そのような政府による縮小の動きが今後の発見を脅かすのではないかと懸念した[14][10]。メディアは25を上回る分類群を含むこの地域での化石の発見の重要性を主張し、その中にはリトロナクスを重大な発見として強調するメディアもあった[16][17][18]。合衆国政府はその後科学者・環境保護主義者・ネイティブ・アメリカンのグループによって訴訟され、2021年にバイデン政権下で国定公園の規模を復帰することとなった[13][18][19]

特徴

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ヒトとの大きさ比較

リトロナクスが報じられた当時、ニュースサイトはその全長を7.3 - 8メートル、体重を約2.5トンとする推定値を報告した。これは遥かに大型の近縁なティラノサウルスにとの比較に基づくものであり、さらにLoewenはより大型に成長した可能性を主張した[5][6]。2016年にアメリカの古生物学者グレゴリー・ポールは全長推定値を5メートル、体重推定値を500キログラムとし、小型に見積もった[20]。2019年には体積解析に基づき、ホロタイプの大きさは全長6.8メートル、体重1.4トンと推定された[21]。リトロナクスは比較的頑強なティラノサウルス科である。他のティラノサウルス科の属と同様に、前肢が小型で2本指であり、後肢が長く強靭で、顎が幅広で、頭蓋骨の構造が頑強であった[20]。より初期の小型のティラノサウルス上科はプロトフェザーを有していたが、その有無は種や個体の年齢ごとに異なっていた可能性がある[8]

複数の角度から見た3Dスキャンの復元骨格。ただし、ほとんど片側しか発見されていない骨格をもとに、失われたもう一方の片側をそのまま鏡像として復元している。方形頬骨(灰色)はテラトフォネウスの化石から流用。

リトロナクスは他のティラノサウルス科と同様に比較的に短い吻部と幅広な頭蓋骨(幅が長さの40パーセントを超過)を持つ。尾骨は吻部の最上部に沿い、他のティラノサウルス科と異なり中央部よりも前側で幅広になっている。背側から見ると、上顎骨と頬骨で構成された頭蓋骨の外側の縁は強くS字型を描く。前頭骨の幅に沿ってリトロナクスの頭蓋骨の後部は非常に幅広になっており、眼窩がほぼ前側に向いている。これらの特徴はリトロナクスを除けばタルボサウルスティラノサウルスのみに知られており、初期の派生的ティラノサウルス科は目が彼らよりも前側に向いておらず、また頭骨の後部が狭くなっている[10]

リトロナクスは、前頭骨と後眼窩骨の前側と後側で接する前頭骨の表面が狭い溝のみで隔てられている点も特徴的である。リトロナクスの上顎骨は外側の縁に沿って頑強であり、他の既知の全てのティラノサウルス科と共通するが、S字型の縁を持つ点で異なる。リトロナクスは左右それぞれの上顎骨に11個の歯槽が存在しており、テラトフォネウスとビスタヒエヴェルソルを除く他のティラノサウルス科と共通しない(他の属の歯槽は12個以上である)。上顎骨歯は異歯性を示しており、前方の5本がその後側の歯よりも大型である[10].最前部の歯のいくつかは13センチメートル近くに達する[5]。歯の形状はバナナ型で、頑強であり、また鋸歯を伴う[22]。ティラノサウルスと同様に、口蓋骨は棚が発達している[10]

頬骨は頑強で、広い後眼窩突起が存在しており、ビスタヒエヴェルソルやティラノサウルスおよびタルボサウルスと共通する。後眼窩突起の前側の境界には強固な突起が存在しており、リトロナクスが眼窩下部内へ突出する大型のsubocular flangeを有したことが示唆される(他のティラノサウルス科ではこの突縁が小型である)。歯骨の左右の枝は外側へ強く窪んでいる。これは対応する上顎の上顎骨や後頭部の張り出しを反映しており、ビスタヒエヴェルソルやティラノサウルスおよびタルボサウルスと類似するが、他のティラノサウルス上科と異なる。歯骨は後端で深く、タルボサウルスやティラノサウルスのものと匹敵する。他のティラノサウルス科と同様に、歯骨の後側に位置する上角骨は頭蓋骨と顎が関節する部分の前に発達した棚が存在し、その上面がティラノサウルスのものと同様に窪んでいる[10]

仮説的な羽毛を纏った、羽毛恐竜としての復元図

リトロナクスの体骨格は産出部位が少ないが、既知の恥骨と後肢の特徴はティラノサウルス科において典型的である。恥骨の下端の張り出しであるピュービック・ブーツには、全てのティラノサウルス科と同様に前側に向いた大型の突起が存在する。リトロナクスのピュービック・ブーツは大型で比較的深く、タルボサウルスやティラノサウルスのものと同様であるが、テラトフォネウスやアルバートサウルスおよびゴルゴサウルスダスプレトサウルスのあまり拡大していないピュービック・ブーツと異なる。腓骨は上端の中心に深い溝が走っており、他のティラノサウルス科と共通する。リトロナクスの距骨の上行突起は近縁属と比較してより上側に拡大している[10]

分類

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アイオワ科学センター英語版での復元骨格

Lythronax argestesは大半の属が北アメリカ大陸とアジアで知られている、大型のコエルロサウルス類であるティラノサウルス科に属する[10]。層序学的位置に基づけば、リトロナクスは2013年時点で報告されている最古のティラノサウルス科の恐竜となる[6][7][10]。リトロナクスが正式に命名される以前、Zanno et al. (2013)は後のリトロナクスのホロタイプ標本がユタ州南部から産出したテラトフォネウスやビスタヒエヴェルソルと異なる可能性が高いことに言及した。これは、カンパニアン期の西部内陸盆地に少なくとも3属のティラノサウルス科が生息していたことを意味する。Zanno et al. (2013)の系統解析では、これら3分類群は他のティラノサウルス科のグループを除外する同科の単一のグループ内に配置された[8]

リトロナクスを記載したLoewen et al. (2013)による詳細な系統解析では、頭蓋骨の特徴303個と体骨格の特徴198個が使用され、リトロナクスはテラトフォネウスと共にティラノサウルス亜科に配置された。リトロナクスはマーストリヒチアン期の分類群(ティラノサウルスとタルボサウルス)や後期カンパニアン期のズケンティラヌスとの姉妹群とされた。これらの属はダスプレトサウルスやテラトフォネウスといった、ティラノサウルスらとリトロナクスとの間の時代に生息した分類群よりも近縁とされた[10]

Brusatte and Carr英語版 (2016)はより包括的な内群および解剖学的特徴を用いてティラノサウルス上科の新たな系統解析を公開したが、その結果はLoewen et al. (2013)の結果と一致しなかった。Loewen et al. (2013)の解析でアリオラムス族はティラノサウルス科の外に配置されていたが、Brusatte et al. (2016)ではティラノサウルス科の最も基盤的な位置に置かれた。逆にLoewen et al. (2013)はビスタヒエヴェルソルをテラトフォネウスやリトロナクスに近縁な派生的ティラノサウルス亜科に位置付けていたが、Brusatte and Carr (2016)はビスタヒエヴェルソルをティラノサウルス科よりも基盤的とし、またテラトフォネウスとリトロナクスを基盤的なティラノサウルス亜科とした[23]。これらの対照的な系統解析の結果を以下にクラドグラムとして示す[10][23][24]

頭部の復元と既知の骨の写真

グレゴリー・ポールは著書『グレゴリー・ポール恐竜事典 原著第2版』において、Lythronax argestesについて備考欄に「おそらくティラノサウルスの一種」と記した[20]。しかし分類学と系統学の内容を含むその後の出版物は本種をリトロナクス属に配置し続けている[23][24][25][26]。Scherer and Voiculescu-Holvad (2023)はテラトフォネウスとディナモテロルを含む新たな分岐群であるテラトフォネウス族(Teratophoneini)を設立し、リトロナクスを当該分岐群に配置した[27]

古生物地理

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カンパニアン期の北アメリカ大陸の地図。リトロナクスが生息したララミディア大陸は左下に位置する。

後期白亜紀において北アメリカ大陸は西部内陸海路によって西部(ララミディア大陸)と東部(アパラチア大陸)に隔てられ、また場合によって堆積盆地も海路によって分断されていた[28]。このためララミディア大陸では固有の生態系が発達した。これらの生態系は大まかに北部と南部に分かれているが[10][12][29]、そのような明確な分割には議論がある[23][30]。ララミディアの数多くの恐竜の系統と同様に、ティラノサウルス科の進化史は分布がアジアとララミディア大陸に限られており、2大陸間の動物相の交換によって特徴づけられている[31]。ララミディアのティラノサウルス科の間で発生した交換イベントの一連の流れは明らかでなく、ララミディア南部から複数のティラノサウルス科(リトロナクスとテラトフォネウスおよびビスタヒエヴェルソル)が発見されていることで進化史が複雑化している[10][12]。特に、ティラノサウルスがアジアのティラノサウルス科とララミディアのティラノサウルス科のどちらに起源を持つかは、未解決の疑問の1つである[24]

系統解析の結果に基づき、Zanno et al. (2013)は当時未命名であったリトロナクスの持つ特徴により他の属を排除してララミディア南部のティラノサウルス科を纏められると提唱した[8]。Loewen et al. (2013)は南部の分類群の固有のグループを系統樹上で再現しなかったものの、3属が互いに近縁であり、より大型かつ後の時代のグループの基盤に位置することを突き止めた[10]。これらの結果から、Loewen et al. (2013)はララミディア大陸は南北での動物相の交換が制限されており、重大な生物地理学的分断があったことを示唆した。また、Loewen et al. (2013)でアリオラムス族がティラノサウルス科から除外され、アジアのタルボサウルスとズケンティラヌスが他の全てのティラノサウルス科から除外されたグループを構成したため、Loewen et al. (2013)はティラノサウルス科の大陸間の移動が北アメリカ大陸からアジアへの1回だけであったと提唱した。この説明に置いて、大陸間の移動は世界的な海水準の低下に伴って後期カンパニアン期に起こったとされ、ティラノサウルスはアジアへの移動以前に北アメリカの属種から派生したとされる[10]

Loewen et al. (2013)で仮説が提唱された、海水準変動とティラノサウルス上科の進化的多様性の関係

Brusatte and Carr (2016)による系統解析の結果は、Loewen et al. (2013)によるものと異なる。ララミディア大陸南部から産出したビスタヒエヴェルソルがティラノサウルス科から除外され、ユタ州産のテラトフォネウスがアラスカ州産のナヌークサウルスの近縁属とされたため、Brusatte and Carr (2016)はララミディア大陸の南北間で繰り返しダイナミックな交換があったことを示唆し、各地に存在したとされた固有の生態系を否定した。アジアの分類群であるタルボサウルス、ズケンティラヌス、キアンゾウサウルスアリオラムスは北アメリカの属と共にティラノサウルス亜科内に配置された。Brusatte and Carr (2016)は少なくとも2回の大陸間交差があったと仮説を立てており、ティラノサウルス亜科がアジアに起源を持ち、アリオラムス族の派生後に北アメリカ大陸に進出し、再びアジアに戻ってタルボサウルスとズケンティラヌスを輩出したことが考えられた。Brusatte and Carr (2016)が提唱したもう1つの仮説は、アジアへ2回の独立した移動が起こり、アリオラムス族とさらに後の大型の属が別個に出現したというものである。いずれのシナリオにせよ、ティラノサウルスはアジアの分類群の中に位置付けられており、アジアからララミディアへ拡散したマーストリヒチアン期の侵略的な属ということになる[23]

Brusatte and Carr (2016)によるアジア-北アメリカ間の移動仮説はVoris et al. (2020)による解析でも支持された。しかしVoris et al. (2020)の解析では、ニューメキシコ州(ララミディア南部)のディナモテロルアルバータ州(ララミディア北部)のデータを加えることで、Loewen et al. (2013)により提案されたティラノサウルス科の南北区分が再現されることとなった。ララミディア南部の分類群は吻部が短く深いグループを形成し、より派生的なララミディア北部の属よりも基盤的な位置に置かれ、また別々の骨格形態型を有した。Voris et al. (2020)はこれらの形態学的な差異が生態学的理由で生じるものであるとし、獲物の構成や採食戦略といった点に起因する可能性があるとした。ティラノサウルス科がこれらの地域に生息していた時代には主要な獲物群がララミディア北部と南部で共通していたことから、Voris et al. (2020)は頭蓋の解剖学的構造の違いが摂食戦略の違いから生じたと結論した[24]

生態

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Photo of a skull in a glass case viewed from the front
Photo of a skull in a glass case viewed from the right
ユタ州立自然史博物館英語版にて、ホロタイプ標本の骨を含む頭部の復元骨格

リトロナクスは頭部が前後に長く、後頭部が拡大しており、眼窩が前側を向いている[10]。派生的なティラノサウルス科は基盤的なティラノサウルス上科と比較して眼窩が大型でかつ前に向く傾向があるが[32]、リトロナクスを除く他のティラノサウルス科で眼窩が前に向いていると言えるものはティラノサウルスとタルボサウルスのみである[10]。リトロナクスの発見により、これらの特徴が遅くとも約8000万年前に出現していたことが示唆されている[10]

前側に向いたリトロナクスの眼窩は、眼窩間の感覚を拡大して互いの視線をより平行に近づけることにより、両眼視英語版を可能とする視野が拡大し[32]、奥行きの認識が可能となった[6][33]。2006年に古生物学者Kent Stevensはティラノサウルスの同様の眼窩について、遠くの獲物の観察や障害物の3次元的な検出を経た追跡、あるいは突進のタイミングと方向の判断を経た獲物の待ち伏せに役立ったと示唆した[32]

リトロナクスは大型の体格、大型の頭蓋骨、強靭な顎の筋肉、頑強な歯、頭蓋骨を保持する強化された縫合線、比較的小型の前肢といった、捕食動物の生態に特化した特徴を他のティラノサウルス科の恐竜と共有している[6][34]。リトロナクスの顎の筋肉と歯は強力な咬合力を実現し、肉の塊を切り開くだけでなく、骨を噛み砕くことに寄与した[11][22]。これらの咬合で生じる応力と機械負荷英語版は、癒合してアーチを描いた鼻骨と強化された縫合線により効率的に吸収された[35][36]

古環境

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Restoration of various dinosaurs chasing in a watery area
リトロナクス、およびワーウィープ層で共存した恐竜

リトロナクスはワーウィープ層のレイノルズ・ポイント部層下部に属する陸成堆積岩で発見された。リトロナクスが産出した岩石の年代は約81.49 Maと推定されており、不確実性の範囲は81.86-81.45 Maである。ワーウィープ層全体では放射年代測定により約8220万年前から約7730万年前の年代が得られている[37]。リトロナクスが生息していた時代は西部内陸海路が最も広がっていた時期にあたり、ほぼ完全にララミディア大陸南部を北アメリカの他の地域から孤立させていた[6]。恐竜の生息域には湖沼氾濫原河川があり、その古流向は東であった。ワーウィープ層はブライスキャニオン国立公園からザイオン国立公園を通ってグランドキャニオンへ至る巨大堆積岩シーケンスであるグランド・ステアーケース英語版地域の一部である。休息に堆積した堆積物の存在から、他の一連の地質学的証拠と併せ、湿潤で季節変化を伴う古気候であったことが示唆される[38]

リトロナクスはその生態系における最大の捕食動物であった可能性が高い[6]。リトロナクスが古環境を共有した他の恐竜には、ハドロサウルス類AcristavusAdelolophus[39]角竜類Diabloceratops[6][40][41]、未命名の鎧竜類堅頭竜類がいた[42]。ワーウィープ層から化石が産出した当時の脊椎動物には、淡水魚アミアの仲間、エイサメCompsemysのようなカメワニ[43]ハイギョがいた[44]。当該地域には無数の哺乳類も生息しており、多丘歯目Cladotheria有袋類有胎盤類昆虫食動物英語版の属が知られている[45]。ワーウィープ層の哺乳類はより新しい時代の地層であるカイパロウィッツ層の哺乳類よりも基盤的である。ワーウィープ層では生痕化石も豊富であり、ワニ形類鳥盤類獣脚類の恐竜の存在が示唆されている[46]。無脊椎動物の活動の証拠は、珪化木に見られる化石化した昆虫の巣穴[47]から軟体動物や大型のカニの化石[48]、多様な腹足類貝虫まで多岐にわたる[49]

出典

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