複葉
複葉(ふくよう、compound leaf)とは、葉身が複数の小部分に完全に分かれた葉のことを指す[1][2]。逆に葉身が1枚の連続した面からなる葉を単葉(たんよう、simple leaf)と呼ぶ[3]。複葉は単葉の葉身の切れ込みが深くなり、主脈の部分にまで達した状態であると解釈される[1]。
複葉の小葉柄の基部には腋芽ができないため、葉片が複葉の一部なのか単葉なのかは腋芽の有無によって区別される[4]。
各部の名称
[編集]複葉において、分かれた葉身の各部分を小葉(しょうよう、leaflet)という[1][注釈 1]。小葉が付着する中央の軸部を葉軸(ようじく、rachis)と呼ぶ[1][4]。小葉が柄を介して葉軸につく場合、その柄は小葉柄(しょうようへい、petiolule)と呼ばれる[1][4]。小葉に托葉がある場合、それを小托葉(しょうたくよう、stipel, stipellum)という[4]。
葉軸の中央にできる小葉は頂小葉(ちょうしょうよう、terminal leaflet)と呼ばれる[1][4]。
種類
[編集]複葉は葉脈の分岐様式により、三出複葉、羽状複葉、掌状複葉、鳥足状複葉の4形式に大別される[1][4]。このうち三出複葉が最も基本的な形だとされる[4]。三出複葉や羽状複葉では小葉が更に複葉となることがあり、再複葉(さいふくよう、decompound leaf)という[1][4]。再複葉の反復回数と形式の名称の組合せにより複葉の形が表現される[1]。
三出複葉
[編集]三出複葉(3出複葉[5]、さんしゅつふくよう、ternate leaf, ternately compound leaf)は、3個の小葉を持つ複葉である[1][4][6]。三出複葉を生じる分裂様式を三出複生(さんしゅつふくせい、ternately divided)という[4]。羽状複葉、掌状複葉、鳥足状複葉の小葉数が3であれば三出複葉となる[1]。3つの小葉は葉軸の先端にできる中央の頂小葉と、左右に1つずつできる側小葉(そくしょうよう、lateral leaflet)からなる[1][4]。以下の2型が区別される[7]。
葉軸が発達せず、葉柄の先に直接小葉が付属する三出複葉を三出掌状複葉(さんしゅつしょうじょうふくよう、palmately trifoliolate leaf)という[7]。小葉柄は普通無柄のものが多いが、トガクシショウマのように長い小葉柄を持つ例もある[7]。双子葉類に広く見られる[7]。また再複葉となり2回三出複葉(にかいさんしゅつふくよう、biternate leaf)となるものもある[1][7]。
それに対し、葉軸が伸長し、その先に頂小葉がつく複葉を三出羽状複葉(さんしゅつうじょうふくよう、pinnately trifoliolate leaf)とよぶ[7]。マメ科植物に多く見られる[7]。クズは三出掌状複葉に見えるが、頂小葉も側小葉と同長の小葉柄と小托葉を持ち、小葉柄と葉軸の毛の密度や関節があることで三出羽状複葉を持つと言える[7]。
三出複葉を持つものは以下のような種が挙げられる[7]。
羽状複葉
[編集]羽状複葉(うじょうふくよう、pinnate leaf, pinnate(ly) compound leaf)は葉軸が伸びて3個以上の小葉を付ける複葉である[8]。三出羽状複葉もこれに含まれる[8]。羽状複葉は頂小葉によって以下の3つに類別される[8]。
- 奇数羽状複葉
- 奇数羽状複葉(きすううじょうふくよう、impari-pinnate leaf, odd-pinnate leaf)は、頂小葉があって小葉(羽片)の数が奇数となる羽状複葉である[8]。複葉の中で最も一般的な形で、多くの双子葉植物にみられる[8]。頂小葉の大きさが著しく不揃いである奇数羽状複葉は不整奇数羽状複葉(ふせいきすううじょうふくよう、interruptedly pinnate leaf)、頂小葉が極端に大きい場合、頭大奇数羽状複葉(とうだいきすううじょうふくよう、lyrately pinnate leaf)と呼ばれる[8]。奇数羽状複葉はクルミ科、バラ科のナナカマド属やワレモコウ属、マメ科のゲンゲ属、オヤマノエンドウ属、コマツナギ属、ホドイモ属、イヌエンジュ属、ユクノキ属、フジ属、ニセアカシア属など多くの属に加え、ハゼノキ、ヤマウルシ、ニガキ属、ニワウルシ属、キハダ属、サンショウ属、ハマゼリ、ハナシノブ属、セリバシオガマ、ニワトコなど多くがなす[8]。不整奇数羽状複葉になる例はキンミズヒキ、ダイコンソウ、シモツケソウ属などが挙げられ、頭大奇数羽状複葉になる例はミヤマダイコンソウ、オオケタネツケバナ、マルバコンロンソウ、ダイコン属などが挙げられる[8][注釈 3]。
- 再複葉する場合、小葉が羽状に全裂すれば2回奇数羽状複葉(にかいきすううじょうふくよう、biimpari-pinnate leaf)、その小葉がさらに羽状に全裂すれば3回奇数羽状複葉(さんかいきすううじょうふくよう、triiimpari-pinnate leaf)と呼ばれる[8]。タラノキやウドは2回奇数羽状複葉、ナンテンやセンダンでは3回奇数羽状複葉となる[8]。
- 巻きひげ羽状複葉
- 巻きひげ羽状複葉(まきひげうじょうふくよう、cirrhiferous pinnate leaf)は、頂小葉が巻きひげに置き換わった羽状複葉である[8]。草本植物ではマメ科のソラマメ属やレンリソウ属、木本植物ではノウゼンカズラ科のビグノニア属 Bignonia が巻きひげ羽状複葉を持つ[8]。巻きひげ羽状複葉で再複葉になる例は知られていない[8]。
- 偶数羽状複葉
- 偶数羽状複葉(ぐうすううじょうふくよう、pari-pinnate leaf, even-pinnate leaf)は、頂小葉を欠失し、小葉(羽片)が偶数個となった羽状複葉である[8]。2個以上の偶数個の小葉が互生または対生してつく[8]。上記の巻きひげ羽状複葉を作るソラマメ属のうち、エビラフジ、ツガルフジ、ナンテンハギやミヤマタニワタシなどは巻きひげが発達せず、偶数羽状複葉となる[8]。カワラケツメイ、シバネム、クサネムやハマビシも4個以上の側小葉を付ける偶数羽状複葉を持つ[8]。サイカチは1–2回偶数羽状複葉、ネムノキは2回偶数羽状複葉となる[9]。ナンテンハギやミヤマタニワタシのように[8]、小葉が2枚のみの偶数羽状複葉を特に二出複葉(2出複葉、にしゅつふくよう、bifoliolate leaf)という[5]。
掌状複葉
[編集]掌状複葉(しょうじょうふくよう、palmate leaf, palmate(ly) compound leaf)は葉柄の先端の1点に放射状に3個以上の小葉がつく複葉である[1][7]。三出掌状複葉もこれに含まれる[7]。小葉が5個の場合五出掌状複葉(ごしゅつしょうじょうふくよう、tetratrinate laef)、小葉が5個以上の場合を多出掌状複葉(たしゅつしょうじょうふくよう、multiple palmate leaf)と呼ぶ[7]。ヤグルマソウは五出掌状複葉である[10]。トチノキ属の葉は全て小葉数5–9の、多出掌状複葉である[7]。多出掌状複葉は再複葉にならない[8]。
小葉数は普通奇数で、同一科、同一属内でも種によって異なることも多い[7]。例えば、ウコギ科は掌状裂の葉を持つが、ヤツデでは掌状裂の単葉、タカノツメ属では三出掌状複葉、ウコギ属やトチバニンジン、コシアブラなどは五出掌状複葉、フカノキでは小葉数7–9個の多出掌状複葉となる[7]。オウレン属では、ミツバオウレンが三出掌状複葉、バイカオウレンが五出掌状複葉となる[7]。
鳥足状複葉
[編集]鳥足状複葉(とりあしじょうふくよう、pedate compound leaf, pedately compound leaf)とは、掌状複葉の最下側小葉の柄がさらに小葉柄を生じ、小葉柄の分岐が鳥足状になった複葉である[11]。掌状複葉とは異なり、葉軸ではなく他の小葉の軸に小葉を持つ[6]。コガネイチゴ、ゴヨウイチゴ、アマチャヅル、ヤブガラシなどのように一見掌状複葉に見えるようなもの[11]や、側小葉柄が分かれることを繰り返して大きな複葉を形成するウラシマソウなどが知られる[12][13]。
掌状羽状複葉
[編集]掌状複葉が羽状複葉と組み合わさってできる複葉は掌状羽状複葉(しょうじょううじょうふくよう、palmate-pinnate laef)と呼ばれる[9]。小葉柄が三出状に繰り返し出る場合がほとんどであるため、特に三出羽状複葉(さんしゅつうじょうふくよう、ternate-pinnate leaf)と呼ばれる[9]。小葉柄の分岐の回数によって、1回三出羽状複葉、2回三出羽状複葉(にかいさんしゅつうじょうふくよう、biternate-pinnate leaf)、3回三出羽状複葉(さんかいさんしゅつうじょうふくよう、triternate-pinnate leaf)と呼ばれる[9]。三出羽状複葉では、一次羽片がさらに羽状に複生することはなく、三出葉が羽状に配列する「羽状三出複葉」は知られていない[11]。
三出羽状複葉はセリ科に普通である[9]。以下にそのパターンの例を示す[9]。
羽状複葉のパターン | 種の例(いずれもセリ科) |
---|---|
1–2回三出羽状複葉 | ヤブジラミ Torilis japonica、セリOenanthe javanica、イブキゼリモドキ Tilingia holopetala |
1–3回三出羽状複葉 | セントウソウ Chamaele decumbens、オオカサモチ Pleurospermum camtschaticum |
1–4回三出羽状複葉 | ミヤマウイキョウ Tilingia tachiroei |
2回三出羽状複葉 | シャク Anthriscus sylvestris、ヤブニンジン Osmorhiza aristata、カノツメソウ Spuriopimpinella calycina |
2–3回三出羽状複葉 | イワセントウソウ Pternopetalum tanakae、エゾボウフウ Aegopodium alpestre、シシウド Angelica pubescens、ヤマゼリ Ostericum sieboldii |
3回三出羽状複葉 | オヤブジラミ Torilis scabra、ハマボウフウ Glehnia littoralis |
3–4回三出羽状複葉 | シラネセンキュウ Angelica polymorpha |
単身複葉
[編集]一見単葉であるが、葉柄の上端や途中に関節がある場合、関節から上を小葉と看做し、単身複葉(たんしんふくよう、unifoliolate compound leaf)と呼ぶ[1][11]。メギ属やミカン属が知られている[1][11]。これらはそれぞれ、複葉を持つヒイラギナンテンやキハダ属と近縁であり、系統との関連が知られている[1][11]。また、同じミカン属でもカラタチのように三出掌状複葉を行う例もある[7]。
発生と進化
[編集]複葉原基では、本来シュート頂分裂組織で発現し単葉の葉原基では発現しない1型KNOX遺伝子[注釈 4]や葉原基とシュート頂の境界で発現し1型KNOX遺伝子の発現境界を規定するCUP-SHAPED COTYLEDON遺伝子(CUC)の発現がみられる[14]。そのため、複葉は複数のシュート頂分裂組織を持つ構造に類似し、枝系が葉に進化したことの名残ではないかとする説もあった[14][15]。しかし、シュート頂分裂組織で機能する他の遺伝子である WUS および CLV3 の遺伝子制御系は複葉形成には関与せず[14]、葉で発現するLEAFY 遺伝子が働いていることが知られている[1]。そのため、シュート頂分裂組織で働く遺伝子系の一部が葉で用いられることで複葉が進化したのではないかと考えられている[1][16]。トマトの葉は野生型では2回羽状複葉であるが、1型KNOX遺伝子を過剰に発現させると、3回または4回羽状複葉となる[17]。
単子葉植物のヤシ類の複葉では、細胞死によって発生後期に分割されて生じるため、1型KNOX遺伝子は関与しないと考えられている[1]。
系統との関係
[編集]普通、単葉か複葉かは種によって決まっているが、ハゴロモナナカマドのような雑種、またはツタ類では同一個体に単葉と複葉の両方が形成されることもある[4]。また、個体発生の初期では成植物体の普通葉に比べ小葉が少なかったり、単葉となることも多い[4]。このように同一個体内で複数の普通葉の形態が見られることを異形葉性という[18]。
大葉シダ植物では複葉は一般的であり、むしろウラボシ科の一部が持つ単葉のほうが稀である[4]。そのため大葉シダ植物においては複葉の方が祖先的形質だと考えられている[6]。大葉シダ植物の場合、小葉は普通慣習的に羽片と呼ばれ、再複葉となっている場合は小羽片と呼ばれる[19]。大葉シダ植物での複葉の葉形変化が、葉の多様性に顕著に関与している[20]。
裸子植物のうち、絶滅したシダ種子類は複葉を形成していた[21]。現生裸子植物ではソテツ類以外は複葉を持たず、単葉あるいは切れ込んだ単葉を形成するという形質を共有する[4][21]。化石記録から、ソテツ類の共通祖先も単葉を持っており、ソテツ類の中で複葉が進化したと推定されている[21]。
被子植物では、基部被子植物が単葉のものが多いことから、シダ種子類のうち単羽状複葉や掌状葉を持つグロッソプテリス類、ベネチテス類、カイトニア類などが被子植物の祖先であると考えられている[22]。被子植物の内部系統のうち、複葉はクルミ科、マメ科(ジャケツイバラ亜科やネムノキ亜科も含む)、トチノキ科、カタバミ科に典型的である[4]。バラ科では奇数羽状複葉が典型的であるため、バラ科植物の同一個体の中に三出複葉が見出されることがあっても羽状複葉を持つ植物であるといえる[23]。アケビは掌状複葉であるが、ミツバアケビは三出複葉を持ち、アケビ科のデカイスネア属では羽状複葉も見られる[23]。アケビ科において、複葉形成の個体発生の過程で、葉軸が伸長するかどうかが羽葉複葉になるか掌状複葉になるかを決定している[23]。
適応的意義
[編集]単葉より複葉の方が同じ大きさの葉面積を急速に展開し、落葉させるエネルギーの消耗が少ないと考えられている[6]。そのため、比較的乾燥した高温地域では複葉を持つ植物が生育しやすいと推測される[6]。高温乾燥地域の落葉樹には複葉を持つ植物が多いことが指摘されている[6]。
また、葉面積を確保するうえで多数の単葉を順次形成するよりも1枚の葉を大きくする方が効率がよい[1]。そのようにして葉面が大きくなった場合、複葉のように小部分に分けれている方が風雨による力学的影響を受けにくいことが想定されている[1]。
脚注
[編集]注釈
[編集]- ^ 小葉植物がもち、被子植物の葉とは進化的起源が異なる、葉隙がなく普通1本のみの葉脈を持つ葉も「小葉 microphyll」と呼ばれるが、全く別の語である。
- ^ 旧ヘビイチゴ属 Duchesnea
- ^ 清水 (2001:130) には「ミヤマダイコン」「オオタネツケバナ」の記載があるが、これらの和名は存在しない。池田, 池谷 & 勝木 (2016:31) のミヤマダイコンソウの項に「根出葉は羽状複葉で大きい頂小葉と小さい側小葉があり、有柄。」、門田 & 米倉 (2017:58) のオオケタネツケバナの項に「頂小葉は側小葉よりはるかに大きく円形~広卵形」の記述があり、それぞれこれらの種を指していることが分かる。
- ^ ホメオボックス転写因子をコードする[14]。クラスⅠ KNOX遺伝子とも[1]。
出典
[編集]- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 巌佐ほか 2013, p. 1200h.
- ^ 清水 2001, p. 124.
- ^ 巌佐ほか 2013, p. 896i.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p 清水 2001, p. 126.
- ^ a b 岩瀬 & 大野 2004, p. 58.
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- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q 清水 2001, p. 128.
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s 清水 2001, p. 130.
- ^ a b c d e f 清水 2001, p. 132.
- ^ 岩瀬 & 大野 2004, p. 59.
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- ^ Floyd & Bowman 2010, p. 43–55.
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- ^ 長谷部 2020, p. 213.
- ^ a b c 原 1994, p. 46.
参考文献
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- 岩瀬徹、大野啓一『野外観察ハンドブック 写真で見る植物用語』全国農村教育協会、2004年5月3日。ISBN 4-88137-107-X。
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- 原襄『植物形態学』朝倉書店、1994年7月16日。ISBN 978-4254170863。
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