コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

赤木春恵

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
あかぎ はるえ
赤木 春恵
本名 小田 章子(おだ あやこ)
別名義 赤木 春生(旧芸名)
生年月日 (1924-03-14) 1924年3月14日
没年月日 (2018-11-29) 2018年11月29日(94歳没)
出生地 中華民国の旗 中華民国吉林省長春県
死没地 日本の旗 日本東京都府中市
国籍 日本の旗 日本
血液型 B型[1]
職業 女優
活動期間 1940年 - 2018年
配偶者 栄井賢(1947 - 1991年)
著名な家族 野杁俊希(孫)[2]
公式サイト 株式会社オフィスのいり
主な作品
テレビドラマ
水もれ甲介
3年B組金八先生
ああ家族
ああ結婚
ああ母さん
男はいらない
痛快!バツイチ・トリオ 女だけの便利屋事件簿』シリーズ
温泉名物女将!湯の町事件簿』シリーズ
利家とまつ〜加賀百万石物語〜
映画
ペコロスの母に会いに行く
受賞
高崎映画祭
最優秀主演女優賞
2013年ペコロスの母に会いに行く
毎日映画コンクール
女優主演賞
2014年『ペコロスの母に会いに行く』
テンプレートを表示

赤木 春恵(あかぎ はるえ、1924年大正13年〉3月14日[1] - 2018年平成30年〉11月29日[3])は、日本女優。本名、小田 章子(おだ あやこ)[4]

旧芸名、赤木 春生(あかぎ はるみ)。身長152cm、血液型はB型。

自身の個人事務所でもあったオフィスのいりに所属。

日本喜劇人協会相談役。満州長春県(現・中華人民共和国吉林省長春市)出身[5]東京都府中市に居住していた。

来歴・人物

[編集]

父は南満州鉄道の産婦人科医だったが、赤木が3歳の時に死去した[5]

1933年に帰国して京都に住み[5]、女学校卒業後の1940年松竹にニューフェイスとして入社し、同年に映画『二本松少年隊』でデビュー[6]。この時の芸名は赤木春生(あかぎ はるみ)だった(名付け親は映画監督の伊藤大輔[7])。同年、慰問団(戦地の兵士たちを慰問するための演芸派遣団)のトラックの上で、“心の友”としてその後長い親交を結んだ森光子と出会う[8]

1943年大映へ移籍、1945年、松竹で助監督をしていた兄が設立した慰問劇団に参加するため大映を退社し、満州各地を巡業した。途中で兄が現地召集されたため、劇団の座長となり満州全土を慰問で巡った。終戦時にはハルビン市にいたが、アパートのような所で仲間数人と暮らしながら、街路で長襦袢など身の回りの物を売って食い繋いだ。満州ではソ連兵による日本人女性に対する性暴行事件が激発していたが、実際に赤木らの部屋をソ連兵が訪ねて来た際は、女優の機転で「一番汚い衣装を身にまとって、顔はドーランを塗って影をつけて。頭は粉おしろいとか練りおしろいで、サッサッサッとハケで」「とても汚い女たちの集まり」「変なおばあさん」に変装、ソ連兵は『ニェ・ハラショー(良くない)』と言って立ち去り事なきを得たという。ソ連軍撤退後に中国共産党八路軍が入って来たため入れられた現地の収容所では、藤山寛美らと泉鏡花の『婦系図』を演じた。ダンスホールで働いた事や、発疹チフスに感染し生死の境を彷徨った事もあった。1946年10月、葫芦島からの日本人送還船博多港に帰国[5][9]

その後、大映へ復帰した際、片岡千恵蔵から「春生では男か女か分からないから、春恵にしたらどうか」と勧められ、芸名を改める[7]

1947年東映のプロデューサーであった栄井賢(本名;小田 賢五郎)[10] と結婚し[11]、一女を儲け、1948年東映に移籍(これ以降、大作や小品の別なく年相応の脇役を長く務めた)。

1959年森繁久彌主催の森繁劇団に参加するためにフリーとなる。

1973年に公開された「海軍横須賀刑務所」では勝新太郎の母親役を演じた。

1974年、『四季の家』で橋田壽賀子脚本の作品に初出演[12]。以降、橋田壽賀子や石井ふく子プロデュース作品への出演が増加。

1979年からは『3年B組金八先生』にて当時としては珍しかった女性校長の君塚美弥子役でレギュラー出演し、当たり役を得る(レギュラー降板後もゲスト出演しており、教育関係者から講演も頼まれたほどだった)。

1983年、著書『おばあちゃんの家事秘伝』がベストセラーになる。

1991年、夫・栄井が肺がんで他界。

1990年からは『渡る世間は鬼ばかり』がスタートし、角野卓造演じるの母親であるキミ役で出演し、嫁をイビり、何かに付けて文句を言ったり難癖を付ける憎まれ役が評判を呼び、再び当たり役となった。2005年に「舞台の仕事に専念したい」との本人の意向で、一時的に降板となるが、途中で復帰しており、ほぼすべてのシリーズに出演した。

2007年(平成19年)秋に乳がんが見つかり、同所属事務所所属で公私共に仲が良かった後輩で友達でもある大空眞弓に相談して病院を紹介してもらい、年末に左乳房を全摘出して完治後に再び渡鬼最終シリーズ最終回で復帰し、2013年SP(ドラマ遺作)まで出演を続けた。

2011年(平成23年)6月13日には、コロッケの東京・明治座7・8月舞台公演の製作発表会に座長のコロッケと共に出席して会見を開き、親交の深いコロッケの舞台を最後に「これで私の卒業公演にしたい」と舞台からの引退を宣言した(理由は「現在は健康だが、いつご迷惑を掛けるか分からない。余裕のあるときにお別れした方がいいと思った。」と述べている)。舞台エンディングでは親友の森光子から花束と共に届いた「戦争のつらい経験を乗り越えてきたからこそ、ここまで頑張ってこられました。いつも二人で支え合って来たわね。」という手紙を共演の熊谷真実に代読され、「森さんの手紙がグッときました。心友(親友)なんで…。」と感極まっていた。

2012年11月10日、親友の森光子が死去。逝去後にはマスコミから森との思い出話などのインタビューにも応じた。12月7日に青山葬儀場で開かれた森の本葬には、ドラマ共演などが縁で森を実母のように慕って親交が深かった浅丘ルリ子と一緒に参列した。

2013年には『ペコロスの母に会いに行く』に主演し、88歳にして映画初主演を果たす。これは2008年に82歳で映画初主演を果たした菅井きんの記録を大幅に更新するもので、“世界最高齢での映画初主演女優”として、ギネス世界記録に認定された[13]。また、映画への出演も1980年の『二百三高地』以来33年ぶりとなる。同作品では第68回毎日映画コンクール女優主演賞を受賞し[14]、孫の野杁俊希に車椅子を押されて授賞式に出席している。

2014年3月14日に卒寿を迎え、橋田壽賀子・石井ふく子・『渡る世間は鬼ばかり』出演者らと祝いの席に迎えられるも、その席で同日午後6時5分に亡くなった宇津井健の訃報を知らされ、一同悲しみのコメントを述べる[15]

2015年9月、東京都内の自宅で転倒し左足大腿部を骨折、ただちに入院し、翌10月よりリハビリに専念した。12月には一時帰宅できるまでに回復し、同月、自宅で森の追悼番組の取材に応じた。2013年頃から車椅子を常用する生活となっているが、関係者は「ナレーションや朗読劇などは問題ない」と話しており、本人もなお女優復帰を目指していた。

ちなみに「女優として様々な役を演じてきたが、殺人事件の犯人役だけは大嫌いで断り続けてきた」と発言している[16]

夫との死別後は娘一家と同居していた。2017年6月9日放送の『爆報! THE フライデー 金八の出演者は今大追跡SP』によると、要介護度4とのことで、また「田原俊彦に会えないのが残念」とも発言していた。最晩年には上述の骨折のほかパーキンソン病により療養生活を送っていたが、2018年11月29日午前5時7分に心不全のため東京都府中市内の病院で死去した[3][17]。94歳没。

石井組(橋田ファミリー)の代表格だった赤木に対し、石井ふく子は「この世界で唯一ママと呼んでいた」、橋田壽賀子は「厳しさと優しさを同時に表現できる稀有な役者だった」と故人を偲んだ。12月3日の通夜には音無美紀子えなりかずき大和田獏沢田雅美藤田朋子武田鉄矢中村雅俊名取裕子杉田かおるなどが訪れ、翌日の4日に杉並区永福築地本願寺和田堀廟所で葬儀・告別式が営まれ、中村玉緒佐久間良子長山藍子角野卓造東てる美岸田敏志太川陽介川崎麻世植草克秀小林綾子、武田鉄矢、森田順平沢田亜矢子石黒賢宮川一朗太伊藤つかさなどの赤木と親交があった芸能関係者が500人参列して、石井ふく子、大空真弓、映画「里見八犬伝」・「大殺陣」、「水戸黄門」で共演した里見浩太朗の3人が代表で弔辞を読んだ。法名は「圓優院釋尼春慧」(えんゆういんしゃくにしゅんけい)。通夜、葬儀に出席できなかった泉ピン子池畑慎之介宇野なおみなどは自身のブログ内やマスコミからのインタビューなどで哀悼の意を表している。墓所は葬儀が営まれた築地本願寺和田堀廟所。

生前は長年に演じていた役柄は違い、とてもおっとりとした人柄で面倒見も良く、料理が得意だったために調理した弁当やおかずなどを共演者の楽屋へ差し入れしていたという。愛煙家でもあり共演者や関係者からは「赤木ママ」と慕われていた。2019年1月18日放送の『爆報!THE フライデー』内の赤木逝去後の番組特集では生前の自宅療養中には赤木の意向で親しい芸能人や関係者の訪問、見舞い等は全て断っていたことを赤木の娘である野杁泉が告白している。3月11日の『徹子の部屋』で赤木追悼放送時には野杁泉と大空真弓が出演したが、大空は赤木の形見である着物を着て登場した。

2019年9月16日放送の『渡る世間は鬼ばかり 2019年SP』では、本人同様、生前赤木が23年間演じ続けた小島キミも死去した設定となり、四十九日法要が営まれるシーンが盛り込まれ、遺影という形で6年ぶりに出演した。OPテーマでも大トリで往年と同じく出演者として名前がクレジットされるなど、反響を受けた。また作中では、赤木の実際の法名「圓優院釋尼春慧」が用いられた[18]

出演作品

[編集]

テレビドラマ

[編集]

NHK

[編集]

映画

[編集]
  • 二本松少年隊(1940年)
  • 成吉思汗(1943年) - ハブル
  • 王将(1948年) - お峰
  • 獄門島(1949年) - 村人
  • 旗本退屈男捕物控 前編 七人の花嫁(1950年) - お崎
  • 旗本退屈男捕物控 後編 毒殺魔殿(1950年) - お崎
  • 殺陣師段平(1950年) - 浜の家のお房
  • 紺屋高尾(1952年) - おしん
  • 鬼伏せ街道(1953年) - 仲居お仙
  • 悪魔が来りて笛を吹く(1954年) - おのぶ
  • 一本刀土俵入(1954年) - 居酒屋の酌婦
  • 妖異忠臣蔵(1954年) - おかく
  • 水戸黄門漫遊記 地獄極楽大騒ぎ(1954年) - 宿のお神お松
  • お坊主天狗(1954年) - 女将おきち
  • 竜虎八天狗(1954年) - おりゅう
  • 新選組鬼隊長(1954年) - 料亭仲居
  • 水戸黄門漫遊記 闘犬崎の逆襲(1954年) - お局浪路
  • 初恋ワルツ(1955年) - 秀菊
  • 血槍富士(1955年)
  • 彦佐と太助 俺は天下の御意見番(1955年) - 下女・お金
  • 彦佐と太助 殴り込み吉田御殿(1955年) - 女中・おたね
  • 天兵童子 第一篇 波濤の若武者(1955年) - 腰元
  • 天兵童子 第二篇 高松城の密使(1955年) - 腰元
  • 天兵童子 完結篇 日の丸初陣(1955年) - 腰元
  • 椿説弓張月(1955年) - 磯萩
  • 薩摩飛脚(1955年) - 女中・てる
  • 笛吹若武者(1955年) - 二位殿
  • 旗本退屈男 謎の決闘状(1955年) - 老女田川
  • 赤穂浪士 天の巻 地の巻(1956年) - 長屋のお内儀
  • ほまれの美丈夫(1956年) - 女房おかね
  • 剣豪二刀流(1956年) - 宿の女中おしげ
  • 白扇 みだれ黒髪(1956年) - おろく
  • 逆襲獄門砦(1956年) - しづ
  • 怪談千鳥ヶ淵(1956年) - おせん
  • 水戸黄門漫遊記 怪猫乱舞(1956年) - 中老葉未
  • 復讐侠艶録(1956年) - 牡丹のおみね
  • 髑髏銭(1956年) - 浜
  • 海の百万石(1956年) - 汐の井
  • 妖蛇の魔殿(1956年) - おつぎ
  • 「西遊記」より 孫悟空(1956年) - 仙女一
  • 神変美女桜(1956年) - お千
  • 新諸国物語七つの誓い 凱旋歌の巻(1957年) - きぬ
  • 任侠清水港(1957年) - おとよ
  • 旗本退屈男 謎の紅蓮塔(1957年) - おかね
  • 鳳城の花嫁(1957年) - お浜
  • 源氏九郎颯爽記 濡れ髪二刀流(1957年) - おかね
  • 誉れの陣太鼓(1957年) - お倉
  • 阿波おどり 鳴門の海賊(1957年) - おきよ
  • 黄金の伏魔殿(1957年) - 佐渡屋おのぶ
  • 満月乙女笠(1957年) - 女中お君
  • 竜虎捕物陣一番手柄 百万両秘面(1957年) - 長屋の女
  • 竜虎捕物陣二番手柄 疾風白狐党(1957年) - 松尾
  • 赤穂義士(1957年) - おかね
  • 神変麝香猫(1958年) - 楓
  • 素っ飛び笠(1958年) - 近所のおかみさん
  • 緋ざくら大名(1958年) - 舟宿のおかみ
  • 江戸の名物男 一心太助(1958年) - おしま
  • 江戸の花笠(1958年) - お新
  • 源氏九郎颯爽記 白狐二刀流(1958年) - 谷お春
  • 大菩薩峠 第二部(1958年) - 備前屋の仲居
  • 大江戸七人衆(1958年) - おかね
  • 少年三国志(1958年) - お虎
  • 清水港の名物男 遠州森の石松(1958年) - やり手の婆ア
  • 血汐笛(1958年) - おりん
  • 若君千両傘(1958年) - 女中お浜
  • 旗本退屈男(1958年) - おまつ
  • 捨てうり勘兵衛(1958年) - 屋台の女将
  • 浅間の暴れん坊(1958年) - おきん
  • 喧嘩笠(1958年) - 婆や
  • 福沢諭吉の少年時代(1958年) - 狐使い
  • 丹下左膳 怒濤篇(1959年) - おくら
  • 忠臣蔵 櫻花の巻・菊花の巻(1959年) - おとく
  • お役者文七捕物暦 蜘蛛の巣屋敷(1959年) - お倉
  • お染久松 そよ風日傘(1959年) - およし
  • 江戸っ子判官とふり袖小僧(1959年) - うどん屋の客女
  • 怪傑黒頭巾 爆発篇(1959年) - おとし
  • 血斗水滸伝 怒涛の対決(1959年) - 仲居
  • 恋山彦(1959年) - 部落の女
  • 里見八犬伝(1959年) - 白比丘
  • 浪花の恋の物語(1959年) - 鳴門瀬
  • 大岡政談 千鳥の印篭(1959年) - お源
  • 少年猿飛佐助(1959年) - 夜叉姫おもん(声の出演)
  • 雪之丞変化(1959年) - お芳
  • 次郎長血笑記 秋葉の対決 殴り込み道中(1960年) - 茶店の婆さん
  • 照る日くもる日(1960年) - お松
  • 天保六花撰 地獄の花道(1960年) - おかや
  • 壮烈新選組 幕末の動乱(1960年) - お村
  • 清水港に来た男(1960年) - 隣家のお内儀
  • 嫁さがし千両勝負 恋しぐれ千両勝負(1960年) - お倉
  • 半七捕物帖 三つの謎(1960年) - お藤
  • 森の石松鬼より恐い(1960年) - お蝶
  • 江戸の朝風(1960年) - 小篠の方
  • がんばれ! 盤嶽 (1960年)
  • 家光と彦左と一心太助(1961年) - お常
  • お役者変化捕物帖 弁天屋敷(1961年) - 文字駒
  • 花かご道中(1961年) - 般若のお岩
  • お奉行さまと娘たち(1961年) - お浅
  • 河内風土記 おいろけ説法(1961年) - おます
  • 江戸っ子肌(1961年) - おまき
  • 江戸っ子奉行 天下を斬る男(1961年) - おくに
  • 柳生武芸帳 夜ざくら秘剣(1961年) - 藤の尾
  • 赤穂浪士(1961年) - おとき
  • 怪人まだら頭巾(1961年) - お民
  • 緋ざくら小天狗(1961年) - お初
  • 怪人まだら頭巾 紅ぐも地獄(1961年) - お民
  • 丹下左膳 濡れ燕一刀流(1961年) - お滝
  • お役者変化捕物帖 血どくろ屋敷(1961年) - お新
  • 女家族(1961年) - 小畑夫人
  • 白馬城の花嫁(1961年) - お咲婆
  • 宮本武蔵(1961年) - 竹細工屋老婆
  • ちゃりんこ街道(1961年) - おひろ
  • 橋蔵の若様やくざ(1961年) - おまつ
  • はやぶさ大名(1961年) - 高円
  • 怪談お岩の亡霊(1961年) - お色
  • 河内風土記 続おいろけ説法(1961年) - お由
  • お世継ぎ初道中(1961年) - 藤村
  • 港祭りに来た男(1961年) - おまさ
  • 権九郎旅日記(1961年) - お梅
  • 瞼の母(1962年) - おふみ
  • 天下の御意見番(1962年) - 町の女
  • べらんめえ長屋 喧嘩纏(1962年) - お吉
  • ある大阪の女(1962年) - 管理人のおばさん
  • 大江戸の鷹(1962年) - おかね
  • ちいさこべ(1962年) - おかん
  • 喜劇 駅前温泉(1962年) - アンマ屋主人きよ
  • 怪談 三味線堀(1962年) - お時
  • 血煙り笠(1962年) - お六
  • 宮本武蔵 般若坂の決斗(1962年) - 竹細工屋女房
  • 王将(1962年) - お幸
  • 江戸っ子長屋(1962年) - お吉
  • 伝七捕物帖 女狐小判(1963年) - お春
  • この首一万石(1963年) - お増
  • 武士道残酷物語(1963年)
  • てなもんや三度笠(1963年) - お春
  • 用心棒市場(1963年) - お島
  • 右門捕物帖 蛇の目傘の女(1963年) - お島
  • 雲切獄門帳(1963年) - 置屋の女将
  • 五番町夕霧楼(1963年) - お新
  • 大殺陣(1964年) - 星野たよ
  • 鮫(1964年) - 隣家の老婆
  • 肉体の盛装(1964年) - おとき
  • バラケツ勝負(1965年) - おかね
  • 冷飯とおさんとちゃん(1965年) - 小助店のおかみ
  • 大工太平記(1965年) - 太田おこう
  • 何処へ(1966年) - 井上つね
  • 喜劇 駅前番頭(1966年) - よね子
  • 浪曲子守唄(1966年) - 飲み屋のおかみ
  • 続・社長千一夜(1967年) - 奈良丸姐さん
  • 喜劇 駅前百年(1967年) - お松
  • 乱れ雲(1967年)
  • 喜劇 駅前開運(1968年) - 鈴江
  • めぐりあい(1968年) - おばさん
  • 喜劇 競馬必勝法 一発勝負(1968年) - 姫野玉江
  • 恋にめざめる頃(1969年) - 吉田夫人
  • 水戸黄門漫遊記(1969年) - 茶店老婆
  • 昭和残侠伝 死んで貰います(1970年) - 芸者屋のおかみ
  • (秘)女子大寮(1970年) - ふみ
  • 夜の手配師 すけ千人斬り(1971年) - 行商女
  • 喜劇 女売り出します(1972年) - おかみ
  • 藍より青く(1973年) - 村上キク
  • 野良犬(1973年) - 布恵
  • ひとつぶの涙(1973年) - 江川房代
  • 海軍横須賀刑務所(1973年) - 志村ふさ
  • 樺太1945年夏 氷雪の門(1974年) - 関根しず
  • 喜劇 百点満点(1976年) - 女房
  • 黒木太郎の愛と冒険(1977年) - 待合の女将
  • 日蓮(1979年) - 千日尼
  • 二百三高地(1980年) - 木下モト
  • 誕生(1984年) - 明の母・はる
  • ペコロスの母に会いに行く(2013年) - 主演・岡野みつえ※最高齢主演作、映画作品の遺作

舞台

[編集]

テレビアニメ

[編集]

バラエティ

[編集]

CM

[編集]

キャラクター

[編集]

株式会社ピュア(名古屋市)(現NHC)健康食品(宣伝講習販売) 1999年(平成11年)会場入口、ポスター貼付けの写真として(私もピュアのファンです。-女優 赤木春恵)

著書

[編集]
  • おばあちゃんの家事秘伝(小学館、1983年)
  • 続・おばあちゃんの家事秘伝(小学館、1987年)
  • おばあちゃんの冠婚葬祭知恵袋(主婦と生活社、1987年)
  • 嫁・姑・小姑・婿 同居の知恵集(主婦と生活社、1990年)
  • わたしの遅咲き人生(講談社、1994年)
  • あせらず、たゆまず、ゆっくりと。 93歳の女優が見つけた人生の幸せ(扶桑社、2017年)

受賞歴

[編集]

脚注

[編集]
  1. ^ a b c d e 『テレビ・タレント人名事典(第6版)』日外アソシエーツ、2004年6月、13頁。ISBN 978-4-8169-1852-0 
  2. ^ 赤木春恵、孫同伴の晴れ舞台「素晴らしい思い出になりました」”. Sponichi Annex. スポーツニッポン (2014年2月14日). 2024年11月30日閲覧。
  3. ^ a b 「おしん」など出演 赤木春恵さん死去 94歳 - NHKニュース”. NHK NEWS WEB (2018年11月29日). 2018年11月28日時点のオリジナルよりアーカイブ。2024年11月30日閲覧。
  4. ^ 赤木春恵さん230本以上出演 日本のお母さん逝く”. 日刊スポーツ. 日刊スポーツ新聞社 (2018年11月30日). 2024年11月30日閲覧。
  5. ^ a b c d おんなのしんぶん・別所哲也:赤木春恵との本音トークを全文掲載”. 毎日新聞 (2015年8月10日). 2024年11月30日閲覧。
  6. ^ 女優の赤木春恵さん死去 「渡る世間は鬼ばかり」でしゅうとめ役など”. 産経新聞 (2018年11月29日). 2024年11月30日閲覧。
  7. ^ a b 赤木春恵『わたしの遅咲き人生』(講談社、1994年)3頁
  8. ^ 赤木春恵さん 死去1カ月前「森光子さんが来た」と語っていた”. 女性自身. 光文社 (2018年12月6日). 2024年11月30日閲覧。
  9. ^ 赤木春恵さんが語り残した戦争体験「夜になるとソ連兵がやってきて…」”. BuzzFeedNews (2018年12月1日). 2024年11月30日閲覧。
  10. ^ 沢島忠『沢島忠全仕事: ボンゆっくり落ちやいね』(ワイズ出版、2001年)150頁
  11. ^ 赤木春恵さんが周囲にみせていた“地元愛””. 週刊女性PRIME. LINE NEWS (2018年12月4日). 2024年11月30日閲覧。
  12. ^ 【橋田壽賀子×小山内美江子対談】2大女性脚本家が語る“ドラマの今昔””. 週刊女性PRIME. 主婦と生活社 (2024年11月30日). 2024年11月30日閲覧。
  13. ^ 赤木春恵、ギネス世界記録!世界最高齢映画初主演女優に認定”. 映画.com (2013年11月20日). 2024年11月30日閲覧。
  14. ^ 第68回毎日映画コンクール発表!『舟を編む』が日本映画大賞”. シネマトゥデイ (2014年1月20日). 2024年11月30日閲覧。
  15. ^ 赤木春恵卒寿祝いの席に悲報…渡鬼ファミリー「涙出るいとまもない」”. Sponichi Annex. スポーツニッポン (2014年3月15日). 2024年11月30日閲覧。
  16. ^ 光文社「女性自身」2014年9月23日号(第57巻第34号)162頁 雑誌20304-9123
  17. ^ 赤木春恵さん 心不全のため死去 94歳 所属事務所「最期は眠るように」 おしん、渡鬼に出演”. Sponichi Annex. スポーツニッポン (2018年11月29日). 2024年11月30日閲覧。
  18. ^ 「渡る世間は鬼ばかり」赤木春恵さんの実際の戒名を使用 ネット「粋だわ」五月の姑・キミの四十九日法要”. Sponichi Annex. スポーツニッポン (2019年9月16日). 2024年11月30日閲覧。
  19. ^ 「今月のLOCO-CM」『広告批評』第237号、マドラ出版、2000年4月1日、45頁、NDLJP:1852956/24 
  20. ^ 「秋の叙勲 晴れの受章者 勲四等-勲七等(都内分)」『読売新聞』1996年11月3日朝刊

外部リンク

[編集]