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2016年11月11日 (金) 00:32時点における版
仲本 工事 | |
---|---|
本名 | 仲本 興喜(なかもと こうき) |
生年月日 | 1941年7月5日(83歳) |
出身地 | 日本 東京都渋谷区 |
血液型 | A型 |
身長 | 160cm |
言語 | 日本語 |
方言 | 東京方言 |
最終学歴 | 学習院大学政治経済学部卒 |
トリオ名 | こぶ茶バンド |
グループ名 | ザ・ドリフターズ |
相方 |
いかりや長介 加藤茶 高木ブー 荒井注 志村けん |
立ち位置 | 左から2番目(ザ・ドリフターズ) |
事務所 |
渡辺プロダクション ↓ イザワオフィス |
他の活動 |
歌手 作曲家 俳優 |
配偶者 | 三代純歌 |
公式サイト | イザワオフィス 仲本工事プロフィール |
仲本 工事(なかもと こうじ、1941年〈昭和16年〉7月5日 - )は、日本のコメディアン、歌手、ギタリスト、作曲家、俳優。ザ・ドリフターズ、こぶ茶バンドのメンバー。本名、仲本 興喜(なかもと こうき)。
東京府東京市渋谷区(現:東京都渋谷区)出身[1]。イザワオフィス所属。バンドでの担当はボーカルとギター。血液型はA型。身長160cm、体重66.5kg[2]。両親は共に沖縄県からの上京者。ドリフ映画での呼び名は「メガネ」。
来歴
東京都立青山高等学校在学中は300人中7番の秀才で、東京都で2位の成績を残した体操選手としても活躍、文武両道であった。将来は弁護士になることを志望していた。同級生には俳優の橋爪功がいた(ただし橋爪は転入生である)。
学習院大学政治経済学部卒(他の大卒メンバーは荒井、高木、志村であり、このうち志村は社会人学生として大学を卒業している)。大学時代、ジェリー藤尾率いるジャズ・バンド「パップ・コーンズ」にセカンドシンガーとして本名で参加。この時のバンジョー奏者に高木智之(後の高木ブー)がいた。ドリフターズ加入前には加藤英文(後の加藤茶。加藤の本名)とともにクレイジーウエストに参加していたこともある。
高木の誘いにより1965年1月1日付でドリフターズに加入。高木はいかりやに紹介するギタリストを仲本にするか、それとも同じバンド仲間の青木健にするか少し悩んだが、いかりやがあまりに急いでいたため、すぐ連絡が取れた仲本に声をかけたと述べている[3]。また、当初両親が芸能界入りに反対したため、いかりやが連日仲本の自宅に通って説得したという。
1966年、日本武道館で開催されたビートルズ日本公演の前座としてドリフターズも参加。『ロング・トール・サリー』(邦題:『のっぽのサリー』)を仲本のリードボーカルで演奏した。
1969年10月、ドリフターズをメインに据えた国民的バラエティ番組『8時だョ!全員集合』がスタート。仲本もメンバーとしてグループの中枢を支える。
1981年、競馬のノミ行為が発覚し、志村けんとともに書類送検された。志村に比べて賭け金が大きかった事から、『8時だョ!全員集合』のプロデューサーだった居作昌果共々競馬法違反で略式起訴され罰金刑を受けた。この事件は当時の新聞の社会面やトップを飾り(朝日新聞の見出しは『ノミ馬券だョ!全員集合』)、仲本、志村は以降しばらく『全員集合』をはじめとするテレビ出演を見合わせ、ドリフターズ全員で出演していた永谷園のテレビCMも、仲本、志村を除く3人のみのバージョンに差し替えられるなど、芸能活動を1か月半自粛した。また、同年7月25日放送の『全員集合』での学校コントでは、仲本自身がこの件に関連したネタを披露する場面があった。なお、いかりやも一緒に関わっていたにもかかわらず、実際に摘発されたのは仲本、志村の2人だったという[4]。
1997年4月から6月にかけてフジテレビ系で放送されたドラマ『総理と呼ばないで』で官房事務副長官の役を演じる。
2002年、SMAPの稲垣吾郎とANAのテレビCM「超割(神様編)」で共演。
2003年6月、明治乳業「VAAM」のテレビCMで高橋尚子、高木ブーと共演。
2004年11月26日に発売されたサザンハリケーン(学習院大学の後輩)のCDのジャケットに登場。
2006年6月、所属事務所を通じて、美恵夫人と2004年に離婚していたことを発表した。美恵夫人との間には1男2女を儲けている[7]。
2006年10月4日に発売されたRAG FAIRのアルバム『オクリモノ』のテレビCMに出演。
2012年7月、27歳下の歌手、三代純歌と3度目の結婚を発表。仲本が三代の曲『恋待ちつぼみ』のプロデュースをしたことがきっかけとなり、2006年頃から交際を開始。2008年にはデュエット曲『この街で』を発表している。同月14日、新高輪プリンスホテルの「飛天」で披露宴を行った。
人物・エピソード
- 中学校時代、担任が体操の先生であったことがきっかけで体操をはじめる。渋谷区の大会で団体優勝。高校1年の時には東京都の新人戦で個人総合4位。その後も体操選手として活躍し、ドリフターズのメンバーとなった後も『8時だョ!全員集合』の体操コーナー等で披露していた。また中学生時代の同級生兼バンド仲間に、後にスリーファンキーズのリーダーとして有名になった長沢純がいた[8]。
- 「仲本は確かに若くしてジェリーさんのセカンドを務めるだけあって、歌は巧かった」と高木は述べている(高木ブー『第5の男』p.85)。
- 芸名の由来は以下に記す二説があり、どちらが正しいかは不明。
- ドリフターズ加入後、当時所属していた事務所の先輩ハナ肇に「それにしても、お前はいつも体が工事中だな(怪我が多かったため)。よし、お前は芸名を『仲本工事』にしなさい。」と言われて(高木ブーの証言)。
- 仲本自身が本名の「こうき」をあまり好きではなかったため「こうじ」と名乗っていたところ、ハナに「こうじはそのままでよい、その代わり道路工事の工事としなさい」と言われる。(いかりや長介の著書より)
- 仲本といかりやのコンビによる『ばか兄弟』のコントや、サイレントムービーの単独コントのパロディは、仲本のみならずドリフターズの全コントの中でも評価が高く、発売されているDVDにも収録されている。また、体を張ったズッコケなどのリアクション芸も見せる。
- ドリフターズのステージで着用している黒ぶちの眼鏡は伊達眼鏡である(コンタクトを装用した上でかけている)。若いころは両眼とも視力2.0を誇っていたという。なお、伊達眼鏡はドリフターズ5人揃った仕事の時のみと限定している。
- コントでは「要領のいい、リーダーに媚を売る役」、「内心、何を考えているのか分からない役」を演じることが多い。また、得意の床運動(マット体操)を用いた軽快な身のこなしで、いかりやのツッコミを華麗に受け流すコント芸も有名。
- 『ドリフ大爆笑』のコントで、棺に入った遺体を演じた際にそのまま眠ってしまい、それがNGにならず実際の放送で使われた。
- いかりやの著書によれば、実はネタ作りやギャグの才能もあったが、どうすればもっと面白くなるかということに全く興味を示さず、やる気のなさから埋もれていたという。加藤が交通事故を起こして『全員集合』を謹慎した時、見事にその代役を務めた。
- 渋谷・センター街で「仲本工事の店 居酒屋 名なし」を経営していたが、2005年に閉店した。
- 弟子に演歌歌手の三代純歌がいる。三代が歌う『恋待ちつぼみ』(2006年6月17日発売)では作詞と編曲を担当。また、カップリング曲『真夜中のギター』では三代とデュエットした。
- 2006年7月13日、高知県内のパチンコ店で財布を落としたが、盗まれたと思い被害届を提出。その後、財布を拾った男性が高知南警察署に届け、同日手元に戻った。
- 近年は役者としての活動が多い。またライブハウスでソロライブを行うなど、音楽活動も精力的に行っている。
- 酒は飲めない。
- 菓子メーカー「ロッテ」の企業コピーである「お口の恋人」は、仲本の母(1920年~2011年)が考案、応募し採用されたもの[9]である。
- 沖縄で活動するミュージシャン仲本興次は従兄弟で、マーニンネーラン・バンドのドラマーである。日本芸術専門学校特別講師。
ギャグ
- 「コ・マ・オ・ク・リ・モ・デ・キ・マ・ス・ヨ」(松下電器のビデオデッキ「マックロード」のCM)
- じゃんけん決闘(志村とのペア) ※これにより、「最初はグー」が生まれ、全国的に広まったが、仲本ではなく志村の考案によるものである。
- ばか兄弟(いかりやとのペア)
- 「加藤(仲本)さん、○○されましたなぁ」「いや~、参った参った!」(加藤とのペア。後ろを向きながら自分の後頭部を軽く叩く。初期はこの後に荒井注が「私も○○されましたなぁ、いや~、参った参った」と言おうとしていかりやに「おまえはいい!」と突っ込まれるパターンがウケた)
- 「二度としません。三度します。」
- 「おおブレネリ、わたしのおうちはどこ」
出演
ドリフターズとしての出演は、「ザ・ドリフターズ」を参照のこと。
テレビドラマ
- 遠山の金さんII(1985年~1986年、テレビ朝日) - 南町奉行所同心・平目銀次郎役
- アナウンサーぷっつん物語(1987年、フジテレビ) - 「MONDAY60」プロデューサー 役
- 傑作時代劇・かるわざ剣法 恋も抜き打ち素浪人(1987年、テレビ朝日・東映) - 駒助 役
- 海岸物語-昔みたいに(1988年、TBS) - 大杉謙介 役
- ウルトラマンをつくった男たち 星の林に月の舟(1988年、TBS) - 円谷プロ支配人・川島 役
- 水戸黄門第19部 第25話「大工修行で悪退治・松本」 (1990年、TBS) - 左甚五郎 役
- こぶ茶倶楽部
- 日本一のカッ飛び男 第1話「会いたかったぜ! 」(1990年、フジテレビ)
- 世にも奇妙な物語1992年春の特別編「奇遇」、1995年秋の特別編「23歳の老人」(1992年、1995年、フジテレビ)
- 愛しの刑事 第17話「殉職! 先輩デカへの恩返し」(1993年、テレビ朝日)
- If もしも第5話「セールスマンの大災難・不幸を呼ぶのは右手か左手か」(1993年、フジテレビ)
- 土曜ワイド劇場・俺たちの世直し強盗(1997年、テレビ朝日) - 署長 役
- 総理と呼ばないで(1997年、フジテレビ) - 内閣官房副長官(事務) 役
- 愛の劇場・ラブ&ファイト(2001年、TBS・共同テレビ) - 真比留野譲司 役
- 太陽と雪のかけら(2002年、TBS)
- 月曜ミステリー劇場
- 「おばさん会長・紫の犯罪清掃日記!ゴミは殺しを知っている4」(2003年) - 金山武雄
- 火曜サスペンス劇場・警部補 佃次郎21(2005年、日本テレビ) - 鵜沢良助 役
- 金曜ナイトドラマ アンナさんのおまめ 第5話(2006年、テレビ朝日) - 坂上次郎 役
- 三日遅れのハッピーニューイヤー!(2007年、TBS) - 大黒恵三 役
- 鬼嫁日記 いい湯だな 第5話(2007年、関西テレビ) - 安岡正樹(レストランチェーン・ペリーズのフランチャイズ詐欺犯) 役
- 月曜ゴールデン(TBS)
- 万引きGメン・二階堂雪15(2007年) - 万引き犯 役
- 捜し屋★諸星光介が走る!7(2014年8月11日) - 鈴木宏 役
- 新 法廷荒らし 猪狩文助〜終の棲家〜(2015年3月16日) - 山谷春男 役
- 白と黒 (2008年、東海テレビ) - 篠塚 役
- 水曜ミステリー9 (テレビ東京)
- 「事件記者 浦上伸介5」(2007年) - 薮谷剛
- 「銀座高級クラブママ青山みゆき3」(2008年)- 小松崎一郎
- 「作家探偵・山村美紗2」(2012年12月19日)- 糸宮忠夫 役
- スクラップ・ティーチャー〜教師再生〜(2008年10月 - 12月 日本テレビ系) - ジョン崎田 役
- ドラマスペシャル 名古屋やっとかめ探偵団(2010年6月20日、東海テレビ) - 堀井 役
- 崖っぷちのエリー〜この世でいちばん大事な「カネ」の話(2010年7月、テレビ朝日・朝日放送) - 店長 役(キャバクラ)
- 金曜プレステージ・医療捜査官 財前一二三(2011年5月13日、フジテレビ) - 松永 役
舞台
映画
テレビCM
- 松下電器産業(現:パナソニック) マックロード
- 太田胃散
- 三菱重工 ビーバーエアコン - 観月ありさ、高木ブーと共演。
- ケーズデンキ
- キュートーシステム(旧:給湯システムネットワーク) - 小野寺昭、三代純歌と共演。
- サントリー BOSSシルキーブラック - 「シルキーブラックオーケストラ」という架空の楽団の一員として松田聖子らと共演。
楽曲
- この街で(2008年6月4日) c/w:白いブランコ 真夜中のギター ※全曲三代純歌とのデュエット
- 持病の歌〜ぼくには夢がある 希望がある〜(2013年7月3日) c/w:こんにちは私の奥さん ※三代純歌とのデュエット
その他、『うる星やつら』など、80年代アニメに多くの劇中曲を提供している。
OVA
- 仏教ものがたり 第1巻 - ナレーション
脚注
- ^ 山下武『大正テレビ寄席の芸人たち』p.243(東京堂出版、2001年)には「東京・日本橋の靴屋の倅」とある。
- ^ 『クイズ☆タレント名鑑』より
- ^ 高木ブー 『第5の男』 p.100-101
- ^ ドリフターズが「結成50周年」でも再起動しない理由- アサ芸プラス
- ^ 64歳仲本工事、離婚していた…ドリフ全員独身に
- ^ 64歳仲本工事、離婚していた…ドリフ全員独身に
- ^ 64歳仲本工事、離婚していた…ドリフ全員独身に
- ^ http://ameblo.jp/nagasawa-jun/entry-11102444717.html
- ^ ロッテの広告記事「忙中ガムあり(279)」(日本経済新聞2008年2月14日、42面)における仲本本人のミニエッセイより。