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「サンフレッチェ広島F.Cの育成組織」の版間の差分

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}}
'''サンフレッチェ広島F.Cの育成組織'''(サンフレッチェひろしまエフシーのいくせいそしき)は、[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]・[[サンフレッチェ広島F.C]]の育成組織(アカデミー、[[下部組織]])。[[Jリーグ百年構想]]のもと、サッカー選手の育成とサッカーの普及、および青少年の健全育成を目的に活動する組織である。
{{特殊文字|説明=[[Microsoftコードページ932]]([[はしご高]])}}
{| class="infobox" style="font-size: 88%; width: 22em; text-align: center"
! colspan=3 style="font-size: 125%; background-color: #51318F; color: #fff; text-align:center;"| サンフレッチェ広島F.C
|-
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|-
! style="text-align:center;" |[[トップス広島|異競技連携]]
|}
{{Rquote|right|一流のサッカー選手である前に一流の社会人であれ|[[今西和男]]|{{Sfn|Jリーグ|2010|p=4}}{{r|ntv200706}}}}
{{Rquote|right|気持ちには引力がある|[[森山佳郎]]|{{r|sportsnavi20101009}}}}
'''サンフレッチェ広島F.Cの育成組織'''(サンフレッチェひろしまエフシーのいくせいそしき)は、[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]・[[サンフレッチェ広島F.C]]の育成組織(アカデミー、[[下部組織]])。


通称として下部組織と呼ばれることがあるが、Jリーグの指針では下部組織という用語は用いないとしている{{r|terminology}}。一部では愛称として「子熊」{{r|blogola7462}}「仔熊」{{r|jsgoal20121125}}と呼ばれている。2チーム編成で大会に登録する場合、片方のチーム名に「セカンド」あるいは「ベアース(BearsあるいはB)」を付け登録している場合もある。これらの熊とは、チームマスコットである[[ツキノワグマ]]の[[サンチェ (サンフレッチェ広島)|サンチェ]]に由来する。
''註:本記事の題名「育成組織」は、サンフレッチェ広島の公式サイトの表記<ref>{{cite web|url=https://web.archive.org/web/20131006051523/http://www.sanfrecce.co.jp/under/|archiveurl=https://web.archive.org/web/20131006051523/http://www.sanfrecce.co.jp/under/|archivedate=2013-10-06|title=育成組織|publisher=サンフレッチェ広島|accessdate=2013-12-23}}</ref>に従った。また「下部組織」と言及されることもあるものの、Jリーグの指針では「下部組織」という用語は用いないとしている<ref>{{Cite web|publisher=Jリーグ|url=http://www.j-league.or.jp/aboutj/terminology/player-development.html|title=Jリーグの育成に関する用語|accessdate=2013-12-23}}</ref>。''


2024年時点で男女ともにチームがある。スクール拠点は、[[広島県]]内のほか[[山口県]]や[[島根県]]にもある{{r|mototani}}。
== 概要 ==
1992年クラブ創設とともにジュニア(小学生年代)、翌1993年にユース(高校生年代)およびジュニアユース(中学生年代)を創設。


クラブは目標の一つに「日本一の育成・普及型クラブ」を掲げ{{Sfn|Jリーグ|2010|p=2}}{{r|mototani|sanfrecce8028}}、その中で「技術があってハートもあってハードワークできる」選手の育成を目指している{{Sfn|小澤|2011b|p=}}。そしてサッカーの技術的な面だけではなく、メンタル面でのアプローチ{{Sfn|Jリーグ|2010|p=5}}{{r|sportsnavi20101009|sportsnavi20041012}}、学業・生活面の指導など人間教育にも力を入れている{{Sfn|Jリーグ|2010|p=2}}{{r|asahi20041102|footballnavi1139|footballchannel20121225}}。
ユースの拠点は[[広島県]][[安芸高田市]]吉田町の[[吉田サッカー公園]]、ジュニアユースおよびジュニアの拠点は主に広島県[[安芸郡 (広島県)|安芸郡]][[府中町]]の広島青少年文化センター。スクールの拠点は、広島県内のほか[[山口県]]や[[島根県]]にもある。


体験入会・セレクションなど詳細に関しては公式ホームページ等を参照。
外部からユースへの入団は[[スカウト (勧誘)|スカウト]]と募集(セレクション)があり、毎年来年度高校1年生となる中学3年生を対象に6月ごろに案内募集が出され、8月末ごろにセレクションを開催している。ジュニアユースへの入団はセレクションのみであり、来年度中学1年となる小学6年生を対象に、10月ごろに案内募集が出され、12月末ごろにセレクションを開催している。ジュニアはスクールからの選抜メンバーで編成されている。スクールおよびジュニアは男女共に入れるが、ジュニアユースおよびユースは男子のみである。


== 組織 ==
2チーム編成で大会に出場する場合、チーム名に「セカンド」あるいは「ベアース(BearsあるいはB)」を付け登録している場合もある。なお一部では、トップチームに対する育成組織であるということから、「子熊」「仔熊」の愛称で呼ばれている<ref>{{Cite web|publisher=エル・ゴラッソ|date=2010-10-15|url=http://blogola.jp/?p=7462|archivedate=2010-12-09|archiveurl=http://web.archive.org/web/20101209181937/http://blogola.jp/?p=7462|title=子熊、6年ぶり2度目の栄冠|accessdate=2013-12-23}}</ref><ref>{{Cite web|publisher=J's GOAL|date=2012-11-25|url=http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00147248.html|title=【2012Jユースカップ準々決勝:磐田vs広島、札幌vsC大阪】プレビュー|accessdate=2013-12-23}}</ref>。これらの熊とは、チームマスコットである[[ツキノワグマ]]の[[サンチェ (サンフレッチェ広島)|サンチェ]]に由来する。
{{Location map+|Japan |float=right|width=300|places=
{{Location map~|Japan|label=|position=top|mark = Soccerball shade.svg|marksize = 13|lat=34.65|long=132.65}}<!--安芸高田市サッカー公園-->
|caption=
}}
[[Jリーグクラブライセンス制度]]では、Jリーグの各チームに[[日本サッカー協会チーム登録種別#第2種|U-18チーム]]、[[日本サッカー協会チーム登録種別#第3種|U-15チーム]]、[[日本サッカー協会チーム登録種別#第4種|U-12チーム]]、U-10チームを保有することを義務づけ、女子チームを保有できるものとしている。これを元に広島では以下のチームを編成している。


=== 選手 ===
毎年3月、年度最初のホームゲーム試合前に、スクール・ジュニア・ジュニアユース・ユース・トップの選手が一堂に集まり、「サンフレッチェファミリー紹介」と題し、サポーターに向け[[顔見世]]を行っている。
* [https://www.sanfrecce.co.jp/clubs/youth_players/ ユース]
* [https://www.sanfrecce.co.jp/youth/team/junioryouth ジュニアユース]
* [https://www.sanfrecce.co.jp/youth/team/koudaikou 工大高ジュニアユース]
* [https://www.sanfrecce.co.jp/regina/youth/team/junioryouth?ref=gNav-regina_academy レジーナジュニアユース]


== 編成 ==
=== スタッフ ===
{{See2|[https://www.sanfrecce.co.jp/news/academy/9583 2024年度サンフレッチェ広島公式サイト]}}
=== 規約 ===
; 育成部
Jリーグ各チームは、[[Jリーグクラブライセンス制度]]での規則により育成組織を設置しなければならない。
* 育成部部長 : [[沢田謙太郎]]
{{Quotation|
* 育成部副部長 : [[栗原圭介]]
S.02(A等級)アカデミーチーム
* ユースダイレクター : [[佐々木直人 (サッカー指導者)|佐々木直人]]
# ライセンス申請者は、下記のアカデミーチームを保有するか、ライセンス申請者と関連する法人内に置かなければならない。ただし、第3号および第4号に定めるチームについては、当該年齢におけるサッカースクールまたはクリニックで代替することができる。なお、ライセンス申請者は、毎年度、当該アカデミーチームを技術的および金銭的に支援しなければならない。
* GKコーチダイレクター : [[加藤寿一 (1969年生のサッカー選手)|加藤寿一]]
## [[日本サッカー協会チーム登録種別#第2種|U-18 チーム]]
* ユース監督 : [[野田知]]
## [[日本サッカー協会チーム登録種別#第3種|U-15 チーム]]
* ユースコーチ : 池田康平、[[遠藤真仁]]
## [[日本サッカー協会チーム登録種別#第4種|U-12 チーム]]
* ユースGKコーチ : [[原裕太郎]]
## U-10 チーム
* ユーストレーナー : 玉川主也
#前項にいうアカデミーチームのうち、U-18 チーム、U-15 チームは[[日本サッカー協会|JFA]]にチームおよび所属選手の登録を行っていなければならず、U-12 チームについては、JFAにチーム登録した場合には、JFAに当該チームの所属選手を登録しなければならない。
* 三矢寮長 : 稲田浩
#第1項にいうアカデミーチームのうち、U-18 チーム、U-15 チーム、JFAにチーム登録を行ったU-12 チームは、それぞれJFA公認の公式競技会に出場していなければならない。なお、U-10 チームについては当該競技会に出場する義務はないが、選手の競技機会確保のため、ライセンス申請者が地域レベルの大会を実施するようにする。
* 三矢寮母 : 稲田純子

* フィジカルコーチ : 井前尚
(中略)
* ジュニアユース監督 : [[岡本知剛]]

* ジュニアユースコーチ : [[関原凌河]]、[[柴﨑晃誠]]
S.07(C等級)女子チーム
* ジュニアユースGKコーチ : [[阿江孝一]]
: ライセンス申請者は、女子チームを保有するか、あるいはライセンス申請者と関連する法人内に置くことができる。なお、当該女子チームは、公式競技会に参加する義務はなく、当該チームに所属する選手の登録は義務づけられない。当該女子チームにおいて、サッカーの楽しさを提供し、他の女子チームとプレーする経験を得る機会を与えるために適切なイベント(スクール、クリニック、ミニトーナメント、地域レベルでのユース集会、等)を開催することが望ましい。
* 工大高ジュニアユース監督 : 山下健太
|Jリーグ クラブライセンス 交付規則「第8章競技基準」第33条より抜粋<ref name="license">{{PDFlink|[http://www.j-league.or.jp/aboutj/document/pdf/clublicense2013.pdf Jリーグ クラブライセンス 交付規則]}} - [[日本プロサッカーリーグ (法人)|日本プロサッカーリーグ]]公表資料 2015年4月2日閲覧</ref>}}
* ジュニアユーストレーナー 宮澤啓太

* ジュニア監督 : [[平繁龍一]]
これを元に広島では以下のチームを編成している。男子は全カテゴリ、女子はスクール及びU-12に相当するチーム(広島ジュニア)に入団できる。なおクラブは2015年現在、女子チームを創設する予定は全くなく地元の[[アンジュヴィオレ広島]]とともに広島サッカー界を盛り上げていくと明示しているが<ref name="sanfconf201501">{{Cite press release|url=http://www.sanfrecce.co.jp/club/conf01.html|title=サポーターズカンファレンス議事録|publisher=サンフレッチェ広島|date=2015-01|accessdate=2015-04-02}}</ref>、正式な提携までには至っていない。更に、1種アマチュアチーム、いわゆるセカンドチームも創設する予定もないと明示している<ref name="sanfconf201501" />。
* ジュニアコーチ : 渡辺康則、[[東野広太郎]]

* レジーナユース監督 : [[田邊友恵]]
=== 編成一覧 ===
* レジーナジュニアユース監督 : 山本侑生
{{Main2|その他詳細については [http://www.j-league.or.jp/100year/academy/aca-dbook.html Jリーグ公式サイト] および [http://www.sanfrecce.co.jp/ サンフレッチェ広島公式サイト]}}
* レジーナジュニアユースコーチ : 木村翔
;幹部スタッフ
; 普及部
* 強化部長 [[足立修]]
* 普及部ダイレクター : 塩崎浩作
* アカデミー部部長 : [[山出久男]]
* ースダイレ兼スカウト : [[佐々木直人]]
* チ兼スクールマネージャー : 長尾一宏
* コーチ兼スクールリーダー : 赤松謙次
* 育成マネージャー兼スカウト : [[村山哲也]]
* 普及グループマネージャー兼スクールマスター : 塩崎浩作
* 兼スクールサブリーダー : 牛尾匠
* コーチ : [[駒野友一]]、成瀬琢斗、里信和也、栩野将称、高橋友希、[[内田健太]]、大林あや
* 地域コーディネーター兼コーチ : [[斎原みず稀]]


=== 拠点 ===
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{{Location map+|Japan Hiroshima|float=right|width=300|places=
{{Location map~|Japan Hiroshima|label=田サッカー公園|position=top|mark = Soccerball shade.svg|marksize = 13|lat=34.65|long=132.65}}
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{{Location map~|Japan Hiroshima|label=広島青少年文化センター|position=right|mark = Soccerball shade.svg|marksize = 13|lat=34.38|long=132.51}}
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{{Location map~|Japan Hiroshima|label=広島広域公園第二球技場|position=left|mark = Soccerball shade.svg|marksize = 13|lat=34.43|long=132.39}}
{{Location map~|Japan Hiroshima|label=広島広域公園第二球技場|position=left|mark = Soccerball shade.svg|marksize = 13|lat=34.43|long=132.39}}
|caption=拠点。
|caption=
}}
}}
* ユース(男子U-18) : [[安芸高田市サッカー公園]]、[[吉田運動公園]](安芸高田市)
{{Location_map_with_crop
* レジーナユース(女子U-18): [[山陽高等学校]]人工芝グラウンド(広島市西区)、[[広島広域公園第二球技場]](広島市安佐南区)など
|Japan
* ジュニアユース(男子U-15) : [[揚倉山健康運動公園]](安芸郡府中町)など
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* レジーナジュニアユース(女子U-15) : 山陽高等学校人工芝グラウンド、広島広域公園第二球技場など
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* ジュニア(男女U-12) : 揚倉山健康運動公園など
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| caption = 2022年時点でのスクール拠点。特記は提携スクール。
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{{Location map~|Japan|mark = Soccerball shade.svg|marksize = 10|lat=34.25|long=132.56}}<!--呉-->
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}}
}}
* スクール
;直轄
** [[Ekie エキキタパーク|エキキタ]]、[https://www.mfpnet.com/hiroshima/ 観音]、[https://pivox.funnavi.com/ 宇品]、[[広島広域公園第二球技場|沼田]]、[[みよし運動公園|みよし]]、[[揚倉山健康運動公園|府中町]]、[https://www.city.iwakuni.lg.jp/soshiki/19/28779.html 岩国]、[[二河公園|呉]]、[https://www.city.fukuyama.hiroshima.jp/soshiki/sports/172543.html 福山]
* サンフレッチェ広島F.Cユース
** うち沼田と府中町は[[トップス広島]]との提携
** 1993年4月創立
** 監督 : [[沢田謙太郎]]、コーチ : 岩成智和・[[服部公太]]、GKコーチ : [[加藤寿一 (1969年生)|加藤寿一]]
** 拠点 : [[吉田サッカー公園]]、[[吉田運動公園]]
* サンフレッチェ広島F.Cジュニアユース
** 1993年4月創立
** 監督 : [[迫井深也]]、コーチ : 新井崇之・[[梅田直哉]]、GKコーチ : [[阿江孝一]]
** 拠点 : [[広島青少年文化センター]](安芸郡府中町)
* サンフレッチェ広島F.Cジュニア
** 1992年4月創立
** 監督 : 細渕隼、コーチ : 渡辺康則
** 拠点 : 広島青少年文化センター、[[広島広域公園第二球技場]]


;提携ジュニアユース
;スクール等
* サンフレッチェ広工大高ジュニアユース
* スクール(小学生以下)
** 提携 : [[広島工業大学高等学校]]
** [[広島広域公園第二球技場|沼田]]、呉、[http://www.mfpnet.com/hrs_f.html MFP]、[http://pivox.funnavi.com/blog/ PIVOX]、府中、岩国、[[みよし運動公園|みよし]]
* サンフレッチェ福山レジーナジュニアユース
* 女性
** 提携 : RSスポーツクラブ(福山ローザス・セレソン)
** フレッチェスクール(中学生以下)
** 代表 : 栗原真行
** レディーススクール(高校生および社会人)
* ジュニアユーススクール(中学生)
** 広島
* GKスクール
* おとなサッカースクール(サッカー未経験・初心者の20歳以上の男女)


;提携スクール
;提携スクール
* サンフレッチェくにびきフットボールクラブ
* サンフレッチェくにびきフットボールクラブ
** 拠点 : 出雲健康公園([[島根県]][[出雲市]])
** 1996年4月提携
** 代表 : 坂田克昌
** 代表 : [[吉川公二]]
** 拠点 : サン電子サッカー場([[出雲市]]長浜町)
* サンフレッチェびんごフットボールクラブ
* サンフレッチェびんごフットボールクラブ
** 拠点 : [[広島県立びんご運動公園]](広島県[[尾道市]])
** 1997年4月提携
** 代表 : 井上幸仁
** 代表 : 井上幸仁
** 拠点 : [[広島県立びんご運動公園]]


=== 所属選手 ===
== 取り組み ==
=== 前史 ===
;ユース
;広島のサッカー土壌
{{Main2|[http://www.sanfrecce.co.jp/under/youth/ 公式サイト]}}
広島は古くは静岡・埼玉と共にサッカー御三家と言われる土地であった{{r|lfj760|kagawac779}}。戦前から[[広島高等師範学校|広島高師]]附属中学(現[[広島大学附属中学校・高等学校|広大附属高]])・広島一中(現[[広島県立広島国泰寺高等学校|国泰寺高]])・修道中学(現[[修道中学校・修道高等学校|修道高]])の広島サッカー御三家を中心に全国大会で数々のタイトルを取り、[[福原黎三]]・[[渡部英麿]]・[[松田輝幸]]・[[浜本敏勝]]ら教員指導者の尽力により、数多くのサッカー選手を輩出してきた{{r|asahi20110111}}。

1950年代後半になると、指導者不足から[[東洋工業サッカー部|東洋工業蹴球部]](後のマツダSCでありサンフレッチェ広島F.Cの前身)をはじめとする地元実業団の現役選手が頼まれて市内の小中高校へ指導に出かけるようになった{{efn2|例えば、[[下村幸男]]は修道高校で1961年国体と選手権の2冠制覇し、[[森孝慈]]・[[中村勤]]・[[吉田浩 (サッカー選手)|吉田浩]]らを育てた。[[小沢通宏]]は舟入高校へ出向き、[[野村六彦]]や[[今西和男]]を指導した。[[石井義信]]は[[広島県立広島工業高等学校|県立広島工業]]を全国的強豪に育てあげた。}}{{r|sm19660601}}。1965年東洋工業現役選手によるサッカー教室を正式に開始{{r|sm19661101-78}}、のち「マツダサッカースクール」の名で[[船本幸路]]や[[小城得達]]など蹴球部[[OB・OG|OB]]を講師に県下を指導・普及して周っていた{{efn2|例えば、[[今西和男]]や[[松本育夫]]・[[二村昭雄]]は本社工場西側の青崎地区(現[[南区 (広島市)|南区]])の[[広島市立青崎小学校|青崎小学校]]に指導に出向いている{{r|chsasuga}}。ここからサッカーが盛んになり[[青崎サッカークラブ|青崎SC]]が発足した{{r|chsasuga}}。本社工場がある府中町出身の[[金田喜稔]]は中学1年(1970年)の時に[[大野毅]]や[[船本幸路]]に指導を受けている{{r|meishukai}}。[[田坂和昭]]は小学生(1983年)の時に[[木村孝洋]]に指導を受けている{{r|jsgoal00114850}}。}}。

1970年代以降[[オイルショック]]から広島経済の地盤沈下が進み、広島サッカーも影響し停滞していった{{r|asahi20110111|kagawac779}}。地元出身の有望選手は大学を卒業後関東や関西の実業団チームへ入団し、有望な中学生は他県の高校へ越境入学するなど、タレントが流出していった{{r|asahi20110111}}。

;マツダSCの試み
1984年、マツダSCが[[日本サッカーリーグ|JSL]]2部に降格したことを機に、[[今西和男]]が強化担当(兼監督)に就任した{{r|sportiva20151010}}。今西は蹴球部OBだが引退後はマツダ社員として働いており、指導者としてのキャリアがまったく無かったので、オランダから[[ハンス・オフト]]をコーチに招聘した{{r|sportiva20151010}}。

今西は外国人選手獲得{{efn2|この時に来日した外国人選手の一人が[[ハーフナー・ディド]]である。ディドがマツダSCでプレーしていたときに長男の[[ハーフナー・マイク]]が広島で生まれたが、ディドの移籍に伴い家族で引っ越したためマイクは広島アカデミーでのプレー経験はない。}}も兼ねて、オフトの出身クラブである[[フェイエノールト]]とその他にも[[アヤックス・アムステルダム]]を視察した。そこで、プロには「予備軍」({{仮リンク|フェイエノールト・アカデミー|nl|Feyenoord Academy in Nederland}}と[[アヤックス・アカデミー]]{{efn2|今西の証言によると、当時アヤックスの[[ゼネラルマネージャー]]は[[アリー・ハーン]]で、そのアカデミーから[[フランク・ライカールト]]が登場していた{{r|sd20041130}}。}})が存在すること、予備軍ではトップの内容に近いトレーニングをこなしてること、プロになれなかった場合のリスクを避けるために予備軍に勉強をさせていたこと、を知った{{r|mainichi20121125|sd20041130}}。

一方、新たな日本人選手発掘・獲得には、地方というハンディキャップからかなかなか即戦力の選手を獲得できなかった。彼らは相談した結果、即戦力となる大卒選手の獲得を継続する中で、高卒選手の獲得と育成に力を入れ、フェイエノールトやアヤックスのような予備軍の整備を目指そうとした{{r|sd20041130}}。さっそく2軍である「[[マツダSC|マツダSC東洋]]」を強化し[[中国サッカーリーグ]]に参戦、[[森保一]]・[[片野坂知宏]]・[[柳本啓成]]らを育成していった{{Sfn|森保|2004|p=65}}{{r|mune}}。


さらに指導者育成にも着手{{r|nikkan20050529}}、後に[[小林伸二]]や[[松田浩]]、[[中村重和]]などチームを影で支える指導者が誕生した。
;ジュニアユース以下
以前はイヤーブックやホームページなどで名簿を公開していたが、[[個人情報の保護に関する法律|個人情報保護法]]が施行した2005年以降公開されていない。


また1990年代以降、当時マツダSCコーチだった[[ビル・フォルケス]]の紹介で、森保や[[高木琢也]]{{efn2|マンUに留学した高木の証言によると、当時のリザーブチームには[[デビッド・ベッカム]]らが在籍していた{{r|takagi}}。}}など若手数人を年に1度1ヶ月程度[[マンチェスター・ユナイテッドFC.リザーブ]]や[[イプスウィッチ・タウンFC]]などイングランドのチームに練習参加させていた{{Sfn|森保|2004|p=70}}{{r|takagi|sportiva20150726|calling_2}}。なおこうした選手の中には[[虫谷泰典]]{{efn2|[[SKYACTIV TECHNOLOGY|SKYACTIV-VEHICLE ARCHITECTURE]]の開発責任者。}}のようにプロ契約せずマツダ社員として勤務したものもいる{{r|calling_2}}。
== 特徴 ==

{{Rquote|right|一流のサッカー選手である前に一流の社会人であれ|今西和男|<ref name="JNEWS12">『Jリーグニュース』vol.12</ref><ref>{{Cite web|publisher=[[児玉勝司]]ブログ|date=2007-06-18|url=http://www.htv.jp/weblog/kodama/2007/06/post_66.html|title=Jリーガーの『高級車』を自粛!?|accessdate=2013-12-23}}</ref>}}
=== 高校年代の強化 ===
{{Rquote|right|気持ちには引力がある|森山佳郎|<ref name="sportsnavi20101009">{{Cite web|publisher=スポーツナビ|date=2010-10-09|url=http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/hsyouth/2012/columndtl/201010090008-spnavi|title=広島ユースが体現した「気持ちには引力がある」 |accessdate=2013-12-23}}</ref>}}
[[ファイル:Yoshidamachi.JPG|right|200px|thumb|[[吉田郡山城]]展望台からみる吉田町。手前の建物が吉田高校。]]
[[ファイル:Yoshidapark1.jpg|250px|right|thumb|[[安芸高田市サッカー公園]]。トップチーム練習場でありユース(U-18)の拠点でもある。]]
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| topic = [[那須大亮]]公式youtube channel
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| video1 = [https://www.youtube.com/watch?v=2AiMjHJwjL8 サッカー国際大会開会式を盛り上げたサンフレッチェユース劇場] - 当時フィジカルアドバイザーを務めた[[木場克己]]がアップロードした動画。中心人物は[[大谷真史]]。当時[[やべっちFC〜日本サッカー応援宣言〜|やべっちFC]]でも取り上げられている{{r|jsgoal20121221}}
}}
}}
1993年Jリーグが開幕すると、すべてのJリーグクラブは育成組織を持つことが必須となった。サンフレッチェ広島では当初ハード面で遅れており、特にユースは広島市内で練習グラウンドの確保すらままならなかった{{r|sd20041130}}。そこへ[[高田郡]][[吉田町 (広島県)|吉田町]](現[[安芸高田市]])がサッカーを中心としたスポーツで町おこしをする「若者定住促進等緊急プロジェクト」の一環として全面協力することが決定、ユースは育成拠点を吉田町内に置き、町内の[[吉田運動公園]]を練習拠点として活動を開始した{{Sfn|Jリーグ|2010|p=2}}{{r|asahi20041102}}。
クラブ目標の一つに「日本一の育成型クラブ」を掲げ<ref name="sanfre0502">{{Cite web|=サンフレッチェ広島公式|date=2009-06-16|url=http://www.sanfrecce.co.jp/club/conf02.html|archivedate=2009-06-19|archiveurl=http://web.archive.org/web/20090619163944/http://www.sanfrecce.co.jp/club/conf02.html|title=第5回サポーターズカンファレンス議事録 2.選手強化と育成|accessdate=2013-12-23}}</ref><ref name="mototani">{{Cite web|publisher=広島市公式|date=2010-01-10|url=http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1262853975332/index.html|title=インタビュー 株式会社サンフレッチェ広島・代表取締役社長 本谷祐一さん|archiveurl=http://archive.is/Dyen|archivedate=2012-12-19|accessdate=2013-12-23}}</ref><ref>{{Cite web|publisher=山陽新聞|date=2010-02-23|url=http://www.sanyo.oni.co.jp/feature/sports/fagi/2010/02/23/20100223105709.html|title=再挑戦 第2部 (2)サンフレッチェ広島|accessdate=2010-07-11|deadlinkdate=2013-12-23}}</ref><ref name="sanf2013">{{Cite web|publisher=サンフレッチェ広島|date=2013|url=http://www.sanfrecce.co.jp/special/signature/130822.pdf|format=PDF|title=サッカースタジアム建設協議資料 PowerPointプレゼンテーション|accessdate=2014-01-02}}</ref>、2001年以降「人もボールも動くサッカー」「やっていても見ていても楽しい攻撃的なサッカー」をクラブ全体のポリシーとしており<ref>小澤一郎、前編</ref>、その中で「技術があってハートもあってハードワークできる」選手の育成を目指している<ref name="ozawa-2">小澤一郎、後編</ref>。


ほぼゼロからのスタートであったが、前身の東洋工業/マツダSC時代から若手を育てることがクラブとして生きる道だという思い{{r|sd20041130}}から、若手育成のノウハウができつつあり、その後の試行錯誤から以下のような発展を遂げた。
サッカーの技術的な面だけではなく、学業・生活面の指導など人間教育にも非常に力を入れている<ref name="JNEWS12" /><ref name="asahi20041102">{{Cite web|publisher=[[朝日新聞]]|date=2004-11-02|url=http://www.asahi.com/sports/fb/TKY200411020163.html|title=広島ユース台頭 選手に密着、強さを探る|accessdate=2013-12-23}}</ref><ref name="footballnavi">{{Cite web|publisher=サッカーナビ|url=http://football-navi.com/archives/1139|date=2011-02-04|title=木村龍朗インタビュー第1弾「普通の奴らとは違うというプライドを持っていた」|accessdate=2013-12-23}}</ref>。これは、参考にしたオランダのクラブの方針(下記参照)であることに加え、育成組織を整備した[[今西和男]]の哲学によるところが大きい。メンタル面でのアプローチも積極的に取り組んでおり<ref name="sportsnavi20101009" /><ref>{{Cite web|publisher=スポーツナビ|date=2004-10-12|url=http://archive.sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/hs/column/200410/at00002840.html|title=日本の未来を垣間見る|accessdate=2013-12-23}}</ref>、さまざまな業種の人物を招いて講話を開いたりしている<ref name="asahi20041102" />。その中には俗にいう[[炎上 (ネット用語)|炎上]]や[[個人情報漏洩]]を防ぐ[[ソーシャル・ネットワーキング・サービス|SNS]]講習も含まれる<ref>{{Cite web|publisher=Jリーグ|date=2014-05-29|url=http://www.j-league.or.jp/hometown/list.php?code=00001095|title=「SNS研修」開催|accessdate=2014-05-31}}</ref>。ユースにおいてプロになれなかった選手の就職および大学進学率はJリーグユースの中でもトップクラスを誇る<ref name="asahi20041102" />。


* トップクラスの環境([[安芸高田市サッカー公園]]、全寮制)
クラブ財政の問題からトップチームですぐ使える選手を昇格させている<ref>{{Cite web|publisher=サッカーキング|date=2014-02-10|url=http://www.soccer-king.jp/sk_column/article/167787.html|title=FC東京U-18・佐藤一樹監督に聞く(下)|accessdate=2014-02-13}}</ref>ため、その昇格人数は極めて少なくなっている<ref name="ozawa-2" /><ref>{{Cite web|publisher=毎日新聞|date=2012-10-26|url=http://mainichi.jp/feature/news/20121026ddm035050189000c.html|title=インサイド:Jリーグ20年 第3部 若手育成と強化/4|archiveurl=http://archive.is/uGVFc|archivedate=2013-05-01|accessdate=2013-12-23}}</ref>。一方でライバルの不在つまり県サッカーのレベル低下を防ぐため、意図的に上のカテゴリ昇格を制限している部分もある<ref>[[川端暁彦]]“「高校 VS ユース」?対立の構図のその先を見る時代へ”.『[[エル・ゴラッソ]]』2009年1月15日。</ref>。広島の育成組織を退団後他の学校などで活躍し、広島のみならず他のJリーグチームでプロ入りを果たした選手もいる。2012年2月24日、日本代表対[[サッカーアイスランド代表]]戦にて、広島の育成組織出身者が日本代表として4人出場を果たした。[[国際Aマッチ]]において同一クラブユース出身者4人出場は日本サッカー史上初のことである<ref>{{Cite web|publisher=Jリーグブログ|date=2012-02-24|url=http://www.jsports.co.jp/football/jleague/blog/staff-blog/post-45/|title=吉田から世界へ|accessdate=2013-12-23}}</ref>。また国内組の縛りがあったこともあり、[[東アジアカップ2013]]では5人育成組織出身者から日本代表に選ばれている<ref>{{Cite web|publisher=ゲキサカ|date=2013-07-19|url=http://web.gekisaka.jp/398610_122077_fl|title=23人中9人!“新旧広島パワー”で下克上へ一丸|archiveurl=http://archive.is/T0DkW|archivedate=2013-07-19|accessdate=2013-12-23}}</ref>。
: 吉田町は広島市内から車で1時間半以上かかる遠方{{r|asahi20041102|jsgoal20121221}}にあるため設立開始から全寮制をひいた{{Sfn|Jリーグ|2010|p=4}}。当初は民家を借りて行っていたが環境の充実をはかり、1994年にJリーグチームとしては初めてユース寮を新設した{{r|asahi20110111}}。
: 1998年に吉田サッカー公園(現安芸高田市サッカー公園)が完成し、本格的に練習を開始した{{Sfn|Jリーグ|2010|p=2}}。


* 吉田町との[[地域密着]]
トップチームの[[2012年のJリーグ|2012年]]・[[2013年のJリーグ]]連覇の要因の一つとなったことから、またこれらは比較的小さいクラブ財政基盤での戦力強化モデルであることから、その育成[[手続き的知識|ノウハウ]]が注目されており<ref>{{Cite web|publisher=スポーツニッポン|date=2012-11-25|url=http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2012/11/25/kiji/K20121125004628980.html|title=広島:駒野、森崎兄弟ら輩出!「育成クラブ」のお手本|accessdate=2013-12-23}}</ref><ref name="mainichi2012-11-25">{{Cite web|publisher=毎日新聞|date=2012-11-25|url=http://mainichi.jp/select/news/20121126ddm035050116000c.html|title=20年の結晶:広島J1初Vの軌跡/上 ユース出身者、根幹に|accessdate=2012-11-28|deadlinkdate=2013-12-23}}</ref><ref>[https://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00167014.html 【2014シーズン始動!】熊本:新体制発表会見での出席者コメント(1)]</ref>、他からの問い合わせに対し広島側はそのノウハウを全面的に公開している<ref name="hochi20131208">{{Cite web|publisher=報知新聞|date=2013-12-08|url=http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/jleague/news/20131208-OHT1T00005.htm|title=【広島】足立スカウト「将来は下部組織の選手だけで優勝」|accessdate=2013-12-23}}</ref>。例えば、[[京都サンガF.C.]]は2005年から[[柱谷幸一]]の音頭で"スカラーアスリートプロジェクト"という育成プロジェクトを立ち上げたが、ベースとなったのが広島の育成ノウハウである<ref name="JNEWS12" />。その他にも、地元広島のみならず中国地方の街クラブにもそのノウハウを提供している<ref name="hochi20131208" /><ref name="mototani" />。一方で2014年海外の育成組織評価機関では、これらノウハウは指導者の勘や経験によるものが大きく体系化するべき、スカウトなどの選手評価を数値化することが望ましい、など改善の余地があると指摘されている<ref>{{Cite web|publisher=アスリートナレッジ|url=http://athlete-knowledge.jp/reports/287|title=小谷野薫(サンフレッチェ広島前社長)インタビュー|accessdate=2015-09-20}}</ref>。
: 地元吉田町との関係強化が進んでいる{{Sfn|Jリーグ|2010|p=7}}{{r|asahi20090315}}。
: 所属する全選手を[[広島県立吉田高等学校]]に通わせている{{Sfn|Jリーグ|2010|p=3}}。学校での生活態度を逐一報告を受け、成績の悪い選手はペナルティとしてユースの練習に参加させないようにしている{{Sfn|Jリーグ|2010|p=6}}{{r|asahi20041102}}。また高校の学校行事に積極的に参加{{efn2|寮長は吉田高校[[PTA]]副会長 {{Sfn|Jリーグ|2010|p=4}}。|group="注"}}、ときには吉田高校サッカー部(ここには広島ユース生は所属していない)や[[安芸高田市立吉田中学校|吉田中学校]]にユース監督以下スタッフを派遣し指導に当たるなど、互いに密な関係を築いている{{Sfn|Jリーグ|2010|p=4}}。
: また設立当初からサッカーフェスティバルなど町民との積極的な交流を深めた結果、2000年代以降地域に溶けこんだ。ユースの全国大会決勝では町民が応援に駆けつけたりもしている{{r|asahi20090315}}。


* ユース独自のスカウト網
ノウハウ公開と平行して、研修などを目的とした短期間の受け入れも行っている。例えば、[[フィッツジェラルド舞行龍ジェームズ]]は2004年15歳当時広島ユースで短期間受け入れ、これが縁で日本の高校に通いプロ入りし日本に帰化している<ref>{{Cite web|publisher=Kiwi Breeze|url=http://kiwibreeze.jp/nz_friends/舞行龍ジェームズ-2/|title=舞行龍ジェームズインタビュー|accessdate=2016-08-12}}</ref>。
: 専門のスカウトを置き、若年層の有望株を全国津々浦々まで網羅しカバーしており、その情報量は2004年当時は他クラブを圧倒していた{{r|sd20041130}}。[[森山佳郎]]の証言によると、それを見て他クラブも強化した結果一時期は広島に人材が流れてこなくなったが、そこから結果を出し続けたことで持ち直したという{{r|sd20180305}}。


歴代コーチは、トップチームでプレー経験のあるもの、プロ選手経験はないがサンフレで指導経験を積んだもの、あるいは外部からの招聘など、様々な指導者が就任している。歴代監督はマツダ/サンフレのトップチームでプレー経験のある人物が就任していたが、2020年からトップチームでのプレー経験がないが広島県出身の[[高田哲也]]が就任している。2023年から全く関連性のない[[野田知]]が監督に就任、コーチ陣は全員広島ユース出身同期が就任している。
こうした特徴から全国的なメディアに取り上げられることも少なくない。例えば、2011年イタリアで行われたクラウディオサッシ国際ユーストーナメントでの開会式のパフォーマンスが話題となり、[[やべっちFC〜日本サッカー応援宣言〜]]でも取り上げられている<ref>{{Cite web|publisher=J's GOAL|date=2012-12-21|url=http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00148341.html|title=Jユースカップ4強の表裏!?:Jユースカップ準決勝は明日開催!!|accessdate=2014-04-28}}</ref>。


== 取り組み ==
=== 1種アマチュア ===
マツダSC時代にはセカンドチームとしてマツダSC東洋が存在したが、Jリーグ発足に伴い関係性は切り離され新生マツダSCとしてアマチュアリーグに参加している{{r|mune}}。サンフレッチェ広島としては、2015年時点で1種アマチュアチームいわゆるセカンドチームは創設する予定はないとしていた{{r|sanfconf201501}}。ただ大人向けのサッカースクールは開校している。
=== 前史 ===
;広島のサッカー土壌
広島は古くは静岡・埼玉と共にサッカー御三家と言われる土地であった<ref>{{Cite web|publisher=賀川サッカーライブラリ|url=http://library.footballjapan.jp/user/scripts/user/story.php?story_id=760|title=かつてはサッカーのご三家 広島、埼玉、静岡|accessdate=2013-12-23}}</ref>。戦前から[[広島高等師範学校|広島高師]]附属中学(現[[広島大学附属中学校・高等学校|広島大学附属高校]])・広島一中(現[[広島県立広島国泰寺高等学校|広島国泰寺高校]])・修道中学(現[[修道中学校・修道高等学校|修道高校]])の広島サッカー御三家を中心に全国大会で数々のタイトルを取り、[[福原黎三]]・[[渡部英麿]]・[[松田輝幸]]・[[浜本敏勝]]ら戦後の教員指導者の尽力により、数多くのサッカー選手を輩出してきた<ref name="asahi20110111">{{Cite web|publisher=朝日新聞|date=2011-01-11|url=http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000711101120001|archivedate=2011-11-27|archiveurl=http://web.archive.org/web/20111127175549/http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000711101120001|title=サッカー王国、復活へ|accessdate=2013-12-23}}</ref>。


=== 女子 ===
1950年代後半になると、指導者不足から[[東洋工業サッカー部|東洋工業蹴球部]](後のマツダSCでありサンフレッチェ広島F.Cの前身)をはじめとする地元実業団の現役選手が頼まれて市内の小中高校へ指導に出かけるようになった{{#tag:ref|例えば、[[下村幸男]]は修道高校で1961年国体と選手権の2冠制覇し、[[森孝慈]]、[[中村勤]]、[[吉田浩 (サッカー選手)|吉田浩]]らを育てた。[[小沢通宏]]は舟入高校へ出向き、[[野村六彦]]や[[今西和男]]を指導した。[[石井義信]]は[[広島県立広島工業高等学校|県立広島工業]]を全国的強豪に育てあげた。|group="注"}}<ref>『サッカーマガジン』1966年06月01日号</ref>。1965年東洋工業現役選手によるサッカー教室を正式に開始<ref>『サッカーマガジン』1966年11月1日号、78頁。</ref>、マツダSC以降も「マツダサッカースクール」の名称で[[船本幸路]]や[[小城得達]]など蹴球部[[OB]]を講師に県下を指導・普及して周っていた{{#tag:ref|例えば、[[今西和男]]や[[松本育夫]]・[[二村昭雄]]は本社工場西側の青崎地区(現[[南区 (広島市)|南区]])の[[広島市立青崎小学校|青崎小学校]]に出向いている<ref>{{Cite web|publisher=広島市|url=http://www.city.hiroshima.lg.jp/minami/gaido/boukenou/04/sasuga.html|title=熱血イレブン 青崎レディース|accessdate=2013-12-23}}</ref>。本社工場がある府中町出身の[[金田喜稔]]は中学1年(1970年)の時に[[大野毅]]や[[船本幸路]]に指導を受けている<ref>{{Cite web|publisher=[[日本サッカー名蹴会]]|url=http://www.meishukai.or.jp/news/2010/20101006report/|title=「日本サッカー名蹴会 発足記念記者会見」開催|accessdate=2013-12-23}}</ref>。[[田坂和昭]]は小学生(1983年)の時に[[木村孝洋]]に指導を受けている<ref>{{Cite web|date=2011-03-06|publisher=J's GOAL|url=http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00114850.html|title=【J2:第1節 岐阜 vs 大分】大分側プレビュー:田坂トリニータの初陣! SORYOKU戦でひと泡吹かす|accessdate=2013-12-23}}</ref>。|group="注"}}。
スクールには女子も入ることができ、広島ジュニア出身者で[[日本女子サッカーリーグ|なでしこリーグ]]チームに入団したものもいる。サンフレッチェ広島としては2015年時点で女子チームを創設する予定は全くなく地元の[[アンジュヴィオレ広島]]とともに広島サッカー界を盛り上げていくとしていた{{r|sanfconf201501}}。


のち[[日本女子プロサッカーリーグ|WEリーグ]]創設にあたり、アンジュヴィオレはプロ化を断念しサンフレッチェ側にWEリーグ参加を要請{{r|sanfrecce20220822}}、2021年[[サンフレッチェ広島レジーナ]]を設立している。またチーム発足に伴い、2021年から女子アカデミー(レジーナジュニアユース)が発足した。なおアンジュヴィオレは新型コロナウィルスによる経済悪化に加え、WEリーグ(サンフレッチェレジーナ)誕生に伴いなでしこリーグのメディア露出が減り広告宣伝効果が減ったことで企業からの出資が減ったため運営が困難になったとして、2022年度を最後に下部組織含めて解散する{{r|angeviolet20220822|chugoku20220822}}。
1970年代以降、[[オイルショック]]から広島経済の地盤沈下が進み、広島サッカーも影響し停滞していった<ref>{{Cite web|publisher=[[賀川浩]]の片言隻句|date=2009-01-14|url=http://kagawa.footballjapan.jp/2009/01/post-c779.html|title=年末年始を語る(1)まずは高校サッカー|accessdate=2013-12-23}}</ref>。地元出身の[[楚輪博]]や[[金田喜稔]]、[[木村和司]]などは大学を卒業後は関東や関西の実業団チームへ入団し、[[森島寛晃]]や[[田坂和昭]]などは他県の高校へ越境入学するなど、タレントが流出していった<ref name="asahi20110111" />。


2024年、レジーナユースを設立する。
;マツダSCの試み
1984年、マツダSCは[[日本サッカーリーグ|JSL]]2部に降格したことを機に、[[今西和男]]が監督に就任した。今西は蹴球部OBだが引退後はマツダ社員として働いており、指導者としてのキャリアがまったく無かったので、オランダから[[ハンス・オフト]]をコーチに招聘した<ref>{{Cite web|publisher=[[広島サッカー向上委員会]]|url=http://www.rcc.net/soccer/archive/070211.htm|title=今西和男インタビュー|accessdate=2013-12-23}}</ref>。今西とオフトは、マツダSCはこのままではタレント不足で勝てないと悟った。


=== 中学年代の強化 ===
今西は外国人選手獲得{{#tag:ref|この時に来日した外国人選手の一人が[[ハーフナー・ディド]]である。ディドがマツダSCでプレーしていたときに長男の[[ハーフナー・マイク]]が広島で生まれたが、ディドの移籍に伴い家族で引っ越したためマイクは広島の育成組織でのプレー経験はない。|group="注"}}も兼ねて、オフトの出身クラブである[[フェイエノールト]]とその他にも[[アヤックス・アムステルダム]]を視察した。そこで、プロには予備軍({{仮リンク|フェイエノールト・アカデミー|nl|Feyenoord Academy in Nederland}}と[[アヤックス・アカデミー]]{{#tag:ref|今西によれば、当時アヤックスの[[ゼネラルマネージャー]]は[[アリー・ハーン]]で、そのアカデミーから[[フランク・ライカールト]]が登場していた。<ref name="SD2004-11-30">『週刊サッカーダイジェスト』、2004年11月30日号および同年12月7日号</ref>|group="注"}})が存在すること、予備軍ではトップの内容に近いトレーニングをこなしてること、プロになれなかった場合のリスクを避けるために予備軍に勉強をさせていたこと、を知った<ref name="mainichi2012-11-25" /><ref name="SD2004-11-30" />。
[[ファイル:Agekurayama4.JPG|200px|right|thumb|拠点の一つ揚倉山健康運動公園。現在では人工芝が整備されている。]]
歴代監督・コーチともに、トップチームでプレー経験のあるもの、プロ契約はないがサンフレッチェで指導経験を積んだもの、あるいは外部からの招聘など、様々な指導者が就任している。


ユースと同様に強化に努めたが、結果として現れだしたのは2000年以降である。ここで育った選手がユースに昇格し、ユースも結果が出るようになった。
一方、新たな日本人選手発掘・獲得には、地方というハンディキャップからか、なかなか即戦力の選手を獲得できなかった。彼らは相談した結果、即戦力となる大卒選手の獲得を継続する中で、高卒選手の獲得と育成に力を入れ、フェイエノールトやアヤックスのような予備軍の実現を目指そうとした<ref name="SD2004-11-30" />。さっそく2軍である「[[マツダSC|マツダSC東洋]]」を強化し[[中国サッカーリーグ]]に参戦、[[森保一]]・[[片野坂知宏]]・[[柳本啓成]]らを育成していった<ref>『森保自伝』、P.65</ref><ref>{{Cite web|publisher=MUNE広島FC公式|url=http://www.sportsonline.jp/staff.asp?team=mune.fc&contents=2|title=宗政潤一郎プロフィール|accessdate=2013-12-23}}</ref>。


過去には県サッカーのレベル低下を防ぐため、意図的にユース昇格を制限していた時もあったという{{r|kawabata}}。広島県の高校による2000年代の高校3大大会([[全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会|インターハイ]]・[[高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|高円宮杯]]・[[全国高等学校サッカー選手権大会|選手権]])好成績はジュニアユース出身者によってもたらされている{{r|asahi20110111|kagawac779|sportsnavi20090112}}。ただ2020年報道によると、他県のレベルアップと広島県の高中体連の地盤沈下に伴い、昇格を逃した選手が県外のクラブチーム・学校へ越境入団するケースが顕著になったという{{r|chugoku20200419}}。
さらに、指導者育成にも着手<ref>{{Cite web|publisher=[[ニッカンスポーツ]]|url=http://blog.nikkansports.com//nikkansports/writer/archives/2005/05/post_56.html|date=2005-05-29|title=優れた指導者の条件|accessdate=2013-12-23}}</ref>、後に[[小林伸二]]や[[松田浩]]、[[中村重和]]なとチームを影で支える指導者が誕生した。


=== 提携 ===
また1990年代以降、当時マツダSCコーチだった[[ビル・フォルケス]]の紹介で、森保や[[高木琢也]]など若手数人を年に1度1ヶ月程度[[マンチェスター・ユナイテッドFC.リザーブ]]{{#tag:ref|高木によれば、当時のリザーブチームには[[デビッド・ベッカム]]らが在籍していた<ref name="takagi">『Jリーグ開幕15周年記念DVD サンフレッチェ広島 レジェンド・オブ・スターズ』(Data Stadium)高木琢也インタビュー。</ref>。|group="注"}}に練習参加させていた<ref name="takagi" /><ref>『森保自伝』、P.70</ref><ref>{{Cite web|publisher=スポルティーバ|url=http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/jfootball/2015/07/26/post_934/index4.php|date=2015-07-26|title=【育将・今西和男】 森保 一監督が継承する「サッカー哲学」|accessdate=2015-07-27}}</ref>。
[[ファイル:BATADEN 5000 Taisha Line Izumo Dome.jpg|200px|right|thumb|くにびきの拠点である出雲健康公園。[[出雲ドーム]]の向こう側にグラウンドが広がる。]]
[[ファイル:Bingoriku3.jpg|200px|right|thumb|びんごの拠点である[[広島県立びんご運動公園]]。]]
;提携スクール
提携スクールは、一般的な町クラブのように地元団体・企業が運営し、サンフレッチェが指導者を派遣するなど技術提携する形をとっている。ほぼゼロから始めたところばかりだが、中には町クラブを前身としサンフレッチェと技術提携したことにより提携スクールとなったところもある{{r|chugoku20000530|chugoku20100723}}。


以下は現在開校している提携スクールである。
=== 高校年代の強化 ===
* '''サンフレッチェくにびき''' - [[島根県]][[出雲市]]
{{Double image stack|right|Yoshidapark2.JPG|Yoshidapark1.jpg|250|ユースの拠点である安芸高田市にある吉田サッカー公園}}
:1994年「くにびきFC」として発足{{r|chugoku20000530}}、1996年にサンフレと技術提携したことにより現名となった{{r|chugoku20100723}}。2009年、運営を[[株式会社]]化。
[[ファイル:Yoshidamachi.JPG|right|250px|thumb|[[吉田郡山城]]展望台からみる吉田町。手前の建物が吉田高校。]]
* '''サンフレッチェびんご''' - 広島県[[尾道市]]
1993年、[[日本プロサッカーリーグ|Jリーグ]]が開幕すると、すべてのJリーグクラブは育成組織を持つことが必須となった。サンフレッチェ広島も例外ではなく、この年に育成組織を作っている。当初ハード面で遅れており、特にユースは広島市内で練習グラウンドの確保すらままならなかった<ref name="SD2004-11-30" />。そこへ、[[高田郡]][[吉田町 (広島県)|吉田町]](現安芸高田市)がサッカーを中心としたスポーツで町おこしをする「若者定住促進等緊急プロジェクト」の一環として全面協力することが決定、ユースは育成拠点を吉田町内に置き、町内の[[吉田運動公園]]を練習拠点として活動を開始した<ref name="JNEWS12" /><ref name="asahi20041102" />。
:1997年提携。2013年運営を[[特定非営利活動法人]]化。


以下は、以前提携スクールとして活動していたが離脱したスクールである。
ほぼゼロからのスタートであったが、前身の東洋工業/マツダSC時代から若手を育てることがクラブとして生きる道だという思い<ref name="SD2004-11-30" /> から、若手育成のノウハウができつつあり、その後の試行錯誤から以下のような独自の発展を遂げた
* サンフレッチェ愛媛 - [[愛媛県]]{{r|ft14}}。
:提携年度不明、のちに将来のJリーグ加盟へ本格的に動き始めた[[愛媛FC]]に編入された{{r|ft14}}。
* サンフレッチェ常石(旧・サンフレッチェみろくの里) - 広島県[[福山市]](旧[[沼隈郡]][[沼隈町]])
: 1994年提携、その後提携先を[[FCバイエルン・ミュンヘン]]に変えFCバイエルン・ツネイシに、現在は提携が終わり「FCツネイシ」。
{{See|ツネイシ・スポーツアクト}}


;高校との連携
* トップクラスの環境([[吉田サッカー公園]]{{#tag:ref|主に芝生のグラウンドである吉田サッカー公園で練習しているが、現在でも週に1度は「土の」グラウンドである吉田運動公園で練習を行っている。|group="注"}}、全寮制)
サッカースクールのうち観音の中学生スクールは[[山陽高等学校]]人工芝グラウンドで行われている。
: 吉田町は広島市内から車で1時間半以上かかる遠方<ref name="asahi20041102" /> にあるため設立開始から全寮制をひいており、[[マツダ]]で独身寮運営経験がある稲田夫妻を寮長・寮母に迎えた{{#tag:ref|稲田は[[高田郡]][[高宮町]]出身。マツダ時代に今西和男の部下として働いた経験があり、その今西が広島総監督時代に稲田を寮長にスカウトした<ref name="JNEWS12" />。|group="注"}}<ref name="JNEWS12" />。当初は民家を借りて行っていたが、環境の充実をはかり、1994年にJリーグチームとしては初めてユース寮を新設した<ref name="SD2004-11-30" />。稲田の定年退職に伴い2011年から中山夫妻{{#tag:ref|中山は高田郡[[甲山町]]出身。前・県サッカー協会事務局長。元高校教師であり、[[広島県立広島皆実高等学校|皆実高]]や[[広島県立高陽高等学校|高陽高]]でサッカー部監督を務めた。教え子に[[山根巌]]・[[金本圭太]]・[[梅田直哉]]・[[的場千尋]]らがいる。<ref>{{Cite web|publisher=中国新聞|date=2001-02-09|url=http://www1.chugoku-np.co.jp/Sanfre/sobyou/sasi04.html|title=大学に進み一気に開花 FW梅田直哉|accessdate=2013-12-23}}</ref><ref>{{Cite web|publisher=中国新聞|date=2011-08-15|url=http://www.47news.jp/localnews/hiroshima/2011/08/post_20110815144617.html|title=サンフレ新寮長、奮闘の日々|accessdate=2013-12-23}}</ref>|group="注"}}が、2015年から3代目として遠藤夫妻<ref>{{Cite web|publisher=サンフレッチェ広島|date=2015-05-04|url=http://www.sanfrecce.co.jp/news/release/?n=8028|title=佐々木直人氏 ユースダイレクター就任のお知らせ|accessdate=2016-06-26}}</ref>が寮長・寮母に就任している。
: 1998年に吉田サッカー公園が完成し、本格的に練習を開始した<ref name="JNEWS12" />。


2024年'''サンフレッチェ広工大高ジュニアユース'''が開校した。監督のみサンフレッチェのスタッフ、拠点やコーチ陣は[[広島工業大学高等学校]]がサポートする形で運営する{{r|kodaikoko-ed}}。
* 地元吉田町との関係強化
: 特筆すべきは、吉田町と完全に[[地域密着]]していることである<ref name="JNEWS12" /><ref name="asahi20090315">{{Cite web|publisher=朝日新聞|date=2009-03-15|url=http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000170903160001|title=市民の応援若手育てる/「三矢寮」かいわい|accessdate=2009-09-27|deadlinkdate=2013-12-23}}</ref>。
: 所属する全選手を[[広島県立吉田高等学校]]に通わせている<ref name="JNEWS12" />。学校での生活態度を逐一報告を受け、成績の悪い選手はペナルティとしてユースの練習に参加させないようにしている<ref name="JNEWS12" /><ref name="asahi20041102" />。また高校の学校行事に積極的に参加{{#tag:ref|寮長は吉田高校[[PTA]]副会長 <ref name="JNEWS12" />。|group="注"}}、ときには吉田高校サッカー部(ここには広島ユース生は所属していない)や[[安芸高田市立吉田中学校|吉田中学校]]にユース監督以下スタッフを派遣し指導に当たる<ref name="JNEWS12" /> など、互いに密な関係を築いている。
: また設立当初からサッカーフェスティバルなど町民との積極的な交流を深めた結果、2000年代以降地域に溶けこんだ。ユースの全国大会決勝では町民が応援に駆けつけたりもしている<ref name="asahi20090315" />。


;街クラブとの提携
* ユース独自のスカウト網
前述のとおり広島県のサッカーは1980年代に停滞し、1990年代以降サンフレッチェを中心に高校生年代の強化に成功したものの、中学生年代は未整備だった。これに対し、市内の小学生年代の町クラブが[[広島大河フットボールクラブ|広島大河FC]]をモデルケースとして中学生年代のチームを作る動きが加速し、指導体制を強化した{{r|asahi20110111|sportsnavi20090112}}。
: 専門のスカウトを置き、若年層の有望株を全国津々浦々まで網羅しカバーしており、その情報量は2004年当時は他クラブを圧倒していた<ref name="SD2004-11-30" />。


この流れにサンフレ側も協力している{{r|mototani}}。例えば、毎週火曜日に高校サッカーや街クラブの指導者とサンフレ育成スタッフ全員が集まる"育成ミーティング"を開催、その中でサンフレ育成ノウハウを公開しお互い情報交換するなど、広島のサッカー発展に貢献している{{r|hochi20131208}}。
=== 中学年代以下の強化 ===
[[ファイル:Hiroshima-seisyonen-bunka-center 20121020-1.JPG|250px|right|thumb|拠点である広島青少年文化センター入口]]
;ジュニアユース
ジュニアユースへの選手入団は、ユースと違いスカウトは基本的に行っておらず、セレクションによるものである。


2022年[[福山市]]を拠点とする一般社団法人RSスポーツクラブ(福山ローザス・セレソン)と提携、ローザスレディースを改称して'''サンフレッチェ福山レジーナジュニアユース'''が発足した{{r|sanf20221010}}。
ユースと同様に強化に努めたが、結果として現れだしたのは2000年以降である。ここで育った選手がユースに昇格し、ユースも結果が出るようになった。また、ここで育った選手のうちユースに昇格できなかった選手のほとんどは地元高校に進学し、広島県の高校による2000年代の高校3大大会([[全国高等学校総合体育大会サッカー競技大会|インターハイ]]・[[高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|高円宮杯]]・[[全国高等学校サッカー選手権大会|選手権]])好成績はジュニアユース出身者によってもたらされている<ref name="sportsnavi20090112">{{Cite web|publisher=スポーツナビ|date=2009-01-12|url=https://web.archive.org/web/20160310103305/http://sports.yahoo.co.jp/sports/soccer/hsyouth/2012/columndtl/200901120006-spnavi?page=2|title=試合後、広島皆実・藤井潔監督会見|accessdate=2016-08-01}}</ref>。


; 海外クラブとの提携
2008年にはジュニアユース出身選手から初の日本代表選手を生み出した。
{{ external media
| topic =
| align =
| width = 250px
| video1 = [https://www.youtube.com/watch?v=kjHoG7h08VM 【育成年代を指導】ドイツ名門・1.FCケルンのアカデミーコーチが来広【野津田岳人選手コメント付き】(2022年6月11日取材)] - 勝ちグセ。サンフレ応援!森﨑浩司のFoot style
}}
上記の通りマツダSC時代から海外クラブへの留学をしていた。[[木村龍朗]]は2001年にマンUへ留学したと証言しており{{r|footballnavi1139}}、少なくとも2000年代初頭まで海外留学は続けられていたことになる。


2021年9月15日[[1.FCケルン]]と育成業務提携を締結した{{r|sanfrecce20210915}}{{r|FC Köln2020915}}。提携期間は2021年9月1日から2024年8月31日まで{{r|sk20210915}}。
[[ファイル:Bingoriku3.jpg|250px|right|thumb|びんごの拠点である[[広島県立びんご運動公園]]]]
;提携スクール
提携スクールは、一般的な町クラブのように地元団体・企業が運営し、サンフレッチェが指導者を派遣するなど技術提携する形をとっている。ほぼゼロから始めたところばかりだが、中には町クラブを前身としサンフレッチェと技術提携したことにより提携スクールとなったところもある<ref>{{Cite web|publisher=中国新聞|date=2000-05-30|url=http://www1.chugoku-np.co.jp/sports/now/415now.html|title=アマスポーツNOW 第4部変わる部活 15Jリーグとの連携|accessdate=2013-12-23}}</ref><ref name="tyugoku20100723">{{Cite web|publisher=中国新聞|date=2010-07-23|url=http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201007230037.html|archivedate=2010-07-23|archiveurl=http://web.archive.org/web/20100730210816/http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201007230037.html|title=サンフレくにびき全国切符|accessdate=2013-12-23}}</ref>。これらのチームはスクールを中心とした普及と、ジュニアユース(中学生年代)チームを頂点とする育成チームつまり高校年代以上のチームは持っておらず、高校年代は広島ユースへ入るか高体連・他のJリーグユースなどに入団する。提携スクール出身でトップチームに昇格したもの、また日本代表に選ばれた選手も存在する。


=== 普及事業その他 ===
以下は現在開校している提携スクールである<ref>年度は [http://www.j-league.or.jp/100year/academy/aca-dbook.html Jリーグ公式サイト] より。</ref>。
[[ファイル:広島駅駅舎.jpg|200px|right|thumb|2025年から広島駅ビル[[minamoa]]屋上のソラモア広場でスクールを開校している。]]
* '''サンフレッチェくにびき''' - [[島根県]]、1996年提携
;スクール
:元々は「くにびきFC」という町クラブだったが、1996年にサンフレと技術提携したことにより現名となった<ref name="tyugoku20100723" />。そのためチームとしては1996年より前に創設されたことになる。2009年、運営を[[株式会社]]化。
女子の「フレッチェレディーススクール」、小学生年代の「スクール」や中学生年代の「ジュニアユーススクール」、GK専門の「GKスクール」や、サッカー未経験の大人を対象とした「おとなスクール」など、幅広く行っている。
* '''サンフレッチェびんご''' - 広島県[[尾道市]]、1998年提携
:2013年、運営を[[特定非営利活動法人]]化。


なおその中のいくつかは[[トップス広島]]との提携の形で運用している。
以下は、以前提携スクールとして活動していたが離脱したスクールである。
* サンフレッチェ愛媛<ref name="ehime">{{Cite web|publisher=フットボール定食|date=2008-03-16|url=http://www.football-teishoku.jp/2008/03/fc_14.html|title=愛媛FC、広島戦を待ち望んでいた男たち|accessdate=2013-12-23}}</ref> - [[愛媛県]]、提携年度不明{{#tag:ref|後進の愛媛FCが公開しているJリーグ公式サイトの資料では、1994年にスクール開校とあるため同時期と思われる。|group="注"}}。
:その後、将来のJリーグ加盟へ本格的に動き始めた[[愛媛FC]]の育成組織に編入された<ref name="ehime" />。編入後も一時提携関係にあり、若年層指導者交流や情報提供などを行っていたが、2001年以降愛媛FCが独力で運営している{{#tag:ref|2000年までの広島公式ホームページでは、提携スクール紹介のところで他のチームと同様に愛媛FCも紹介されていた。|group="注"}}
* サンフレッチェ常石(旧・サンフレッチェみろくの里) - 広島県[[福山市]](旧[[沼隈郡]][[沼隈町]])、1994年提携
{{See|ツネイシ・スポーツアクト}}


;小学校訪問
=== 普及事業 ===
トップス広島や[[P3 HIROSHIMA]]での活動の一環として、広島市主催の公共事業「Doスポーツ体育指導者招へい事業」の一環として、また広島県体育協会主催の「ジュニア育成事業」の一環として、トップチームの選手や育成コーチングスタッフ含めた全スタッフが広島市内を中心に県内の小学校訪問を1年間で平均約10校程度行っている。
;スクール
女子の「フレッチェスクール/レディーススクール」、小学生年代の「スクール」や中学生年代の「ジュニアユーススクール」、サッカー未経験の大人を対象とした「おとなスクール」など、幅広く行っている。なお直下のスクールの内、沼田([[広島広域公園]])のみ[[トップス広島]]との提携の形で運用している。


;指導者育成
また特定のポジションに特化した、「GKスクール」や「ストライカースクール」も開校している。
元々マツダSC時代から指導者育成に力を入れており{{r|nikkan20050529}}、広島育成組織での指導経験がある人物で[[JFA 公認S級コーチ]]を取得し他クラブで活躍しているものもいる。


2013年から他クラブに先駆けて、トップチームの現役選手がCないしD級コーチ資格を取得する手助けとして、クラブ独自で講習を開いている{{r|chugoku20161202}}。
;街クラブとの提携
前述のとおり広島県のサッカーは1980年代に停滞し、1990年代以降サンフレッチェを中心に高校生年代の強化に成功したものの、中学生年代は未整備だった。これに対し、市内の小学生年代の町クラブが[[広島大河フットボールクラブ|広島大河FC]]をモデルケースとして中学生年代のチームを作る動きが加速し、指導体制を強化した<ref name="mototani" /><ref name="asahi20110111" /><ref name="sportsnavi20090112" />。


== 評価 ==
この流れにサンフレ側も協力している。例えば、毎週火曜日に高校サッカーや街クラブの指導者とサンフレ育成スタッフ全員が集まる"育成ミーティング"を開催、その中でサンフレ育成ノウハウを公開しお互い情報交換するなど、広島のサッカー発展に貢献している<ref name="hochi20131208" />。
=== ノウハウ ===
これらは比較的小さいクラブ財政基盤での戦力強化モデルであること、またトップチームの[[2012年のJリーグ|2012年]]・[[2013年のJリーグ]]連覇の要因の一つとなったことから、その育成[[手続き的知識|ノウハウ]]がお手本として注目されている{{r|mainichi20121125|sponichi20121125|jsgoal20140115}}。これに対し広島側はそのノウハウを全面的に公開している{{r|hochi20131208|mototani}}。例えば、[[京都サンガF.C.]]は2005年"スカラーアスリートプロジェクト"を立ち上げたがベースとなったのが広島の育成ノウハウであり{{Sfn|Jリーグ|2010|p=8}}、[[鹿島アントラーズのアカデミー|鹿島アントラーズ]]は寮整備と高校との連携の際には参考にしたという{{r|sd20180305}}。[[城里町]]と[[水戸ホーリーホック]]は[[城里町七会町民センター|アツマーレ]]整備の際に、吉田町とサンフレッチェとの関係性に着目している{{r|tagma20160802}}。


ノウハウ公開と平行して、研修などを目的とした短期間の受け入れも行っている。例えば、[[フィッツジェラルド舞行龍ジェームズ]]は2004年15歳当時広島ユースで短期間受け入れ{{efn2|舞行龍は15歳まで元広島の[[宮澤浩]]に育てられている。}}、これが縁で日本の高校に通いプロ入りし日本に帰化している{{r|KiwiBreeze}}。
;小学校訪問
{{See|[http://www.city.hiroshima.lg.jp/www/contents/0000000000000/1324466898406/index.html Doスポーツ体育指導者招へい事業]|[http://www.hiroken-taikyo.jp/08/ ジュニア育成事業]}}
トップス広島や[[P3 HIROSHIMA]]での活動の一環として、広島市主催の公共事業「Doスポーツ体育指導者招へい事業」の一環として、また広島県体育協会主催の「ジュニア育成事業」の一環として、トップチームの選手や育成コーチングスタッフ含めた全スタッフが広島市内を中心に県内の小学校訪問を行っている。2006年から本格的に開始し、1年間で平均10校程度訪れている<ref name="sanf2013" />。


かつてJリーグが始まったころ、少ない予算の中で自前の選手を育てることに長けたクラブとして[[ジェフユナイテッド市原・千葉|ジェフ市原]]とともに評価されていた{{r|toyokeizai20161005}}。2016年[[中国網]]は「日本一大“球星加工厂”」と紹介している{{r|china20161206}}。
== 主な戦績 ==

=== ジュニアユース以下 ===
=== プロ実績 ===
{{Col-begin}}
[[ホームグロウン制度]]において、サンフレッチェ広島はJリーグチーム内でも優秀な方になる。ただアカデミー出身選手に限るとクラブ財政の問題からトップチームですぐ使える選手を昇格させているため、その昇格人数は極めて少なくなっている{{Sfn|小澤|2011b|p=}}{{r|sk167787|mainichi20121026}}。更にトップチームの成績向上に伴いアカデミー出身選手がレギュラーに割って入れない状況もあり{{r|sportiva20181217}}、他のJリーグチームへレンタル移籍して経験を積むものもいる{{r|nikkan20220906}}。
{{Col-break}}

;リーグ([[高円宮杯U-15プログレスリーグ]])
以下、広島トップチームにおける年度シーズン開幕時点でのホームグロウンの人数と、その中での広島アカデミー出身者の人数を示す。Yはユース、JYはジュニアユースの略。
<div style="border:1px solid #aaa; margin-left:1em; padding:1em; overflow:auto">
{| class="wikitable" style="font-size:smaller;text-align: center;"
{| class="wikitable" style="font-size:smaller;text-align: center;"
!colspan="3"|年度
!rowspan="2"|年度!!rowspan="2"|チーム数!!colspan="3"|成績!!rowspan="2"|備考
||2025||2024||2023||2022||2021||2020||2019
|-
|-
!colspan="3"|ホームグロウン
!広島JY!!びんご!!くにびき
|| ||15||16||15||13||15||13
|-
|-
|
|2016||10||||||||
|-
|-
!rowspan="5"|アカデミー<br />出身!!colspan="2"|出身数
|2015||10||優勝||8位||--||
|| ||14||12||11||9||10||8
|-
|-
!rowspan="4"|内訳<br />(重複あり)!!Y
|2014||10||優勝||2位||10位||
|| ||14||12||11||8||9||6
|-
|-
!JY
|2013||10||2位||4位||6位||
|| ||6||6||5||2||3||2
|-
|-
!びんごJY
|2012||10||優勝||9位||4位||
|| ||0||0||0||1||1||1
|-
|-
!くにびきJY
|2011||10||優勝||5位||4位||常石:7位
|| ||0||0||0||0||0||1
|-
|2010||10||優勝||5位||4位||常石:2位
|-
|2009||10||2位||6位||9位||常石:3位
|}
|}
</div>


卒団後の進路サポートも重視しており、ユースにおいてはプロになれなかった選手の就職および大学進学率はJリーグユースの中でもトップクラスを誇る{{Sfn|Jリーグ|2010|p=6}}{{r|asahi20041102}}。広島アカデミーを退団後他の学校などで活躍し、広島のみならず他のJリーグチームでプロ入りを果たした選手もいる{{r|nikkan20220906}}。
{{Col-break}}
;カップ戦
* [[JFAプレミアカップ]]
** 優勝 : 2003年広島JY、2014年広島JY
** 準優勝 : 2002年広島JY、2004年広島JY、2008年広島JY
* [[日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会]]
* [[高円宮杯全日本ユース(U-15)サッカー選手権大会]]
* [[全日本少年フットサル大会]]
** 準優勝 : 2000年広島ジュニア
{{Col-end}}


以下、2024年12月31日時点での各国の1部リーグで100試合以上出場したアカデミー出身者を示す。プロ在歴は全カテゴリでのプロチーム在籍期間。1部リーグの出場・得点はJ1と海外の1部リーグの合計のみであり、J2などの2部リーグ以下やカップ戦、国際試合などは含めない。
=== ユース ===

{{Col-begin}}
;引退
{{Col-break}}
<div style="border:1px solid #aaa; margin-left:1em; padding:1em; overflow:auto">
;リーグ戦
{| class="wikitable" style="font-size:smaller;text-align: center;"
{| class="wikitable sortable" style="text-align:center;font-size:smaller; width:170%;"
!rowspan="2"|名前!!rowspan="2"|生年!!rowspan="2"|出身!!colspan="2"|アカデミー!!rowspan="2"|プロ契約!!rowspan="2"|プロ在歴!!rowspan="2"|Pos.!!colspan="4"|1部リーグ
!rowspan="2"|年度!!colspan="2"|A!!colspan="2"|B!!rowspan="2"|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ プレミアリーグ#チャンピオンシップ|CS]]<br />([[高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|旧高円宮杯]])
|-
|-
!U15!!U18!!出場!!得点!!1部リーグ<br />最多出場チーム{{efn2|name="1部リーグ"|1部リーグ出場試合数のうち、最も出場したチーム。現在の所属チームではない。}}!!
!カテゴリ!!戦績!!カテゴリ!!戦績
|-
|-
|[[駒野友一]]||1981||和歌山||-||Y||昇格||2000-2022||DF/MF||374||19||磐田||[https://www.transfermarkt.com/yuichi-komano/profil/spieler/38777]
|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2016|2016]]||rowspan="6"|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ プレミアリーグ|プレミア<br />ウエスト]]|| ||rowspan="4"|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ プリンスリーグ中国|プリンス<br />中国]]|| ||-
|-
|-
|[[森崎和幸]]||1981||広島||-||Y||昇格||1999-2018||MF||431||19||広島||[https://www.transfermarkt.com/kazuyuki-morisaki/profil/spieler/106069]
|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2015|2015]]||5位||7位||-
|-
|-
|[[森崎浩司]]||1981||広島||-||Y||昇格||2000-2016||MF/FW||257||41||広島||[https://www.transfermarkt.com/koji-morisaki/profil/spieler/106271]
|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2014|2014]]||6位||8位||-
|-
|-
|[[宮本卓也]]||1983||広島||JY||Y||大商大→C大阪||2006-2013||DF/MF||101||1||山形||[https://www.transfermarkt.com/takuya-miyamoto/profil/spieler/106336]
|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2013|2013]]||3位||5位||-
|-
|-
|[[田坂祐介]]||1985||広島||JY||Y||青学大→川崎||2007-2020||MF||156||15||川崎||[https://www.transfermarkt.com/yusuke-tasaka/profil/spieler/79486]
|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2012|2012]]||優勝||rowspan="2"|県リーグ||優勝||優勝
|-
|-
|[[髙萩洋次郎]]||1986||福島||-||Y||昇格||2003-2025||MF||390||30||広島||[https://www.transfermarkt.com/yojiro-takahagi/profil/spieler/106275]
|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2011|2011]]||優勝||2位||優勝
|-
|-
|[[森脇良太]]||1986||広島||びんご||Y||昇格||2005-2024||DF/MF||302||19||浦和||[https://www.transfermarkt.com/ryota-moriwaki/profil/spieler/106071]
|[[2010年のJFAプリンスリーグU-18#中国|2010]]||rowspan="4"|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ プリンスリーグ中国|プリンス<br />中国1部]]||優勝||colspan="2" rowspan="18"|×||優勝
|-
|-
|[[柏木陽介]]||1987||兵庫||-||Y||昇格||2006-2023||MF||392||56||浦和||[https://www.transfermarkt.com/yosuke-kashiwagi/profil/spieler/106056]
|[[2009年のJFAプリンスリーグU-18#中国|2009]]||優勝||3位
|-
|[[川上典洋]]||1987||島根||くにびき||-||大社高→千葉||2006-2022||DF||101||9||{{flagicon|SIN}}アルビレックス||[https://www.transfermarkt.com/norihiro-kawakami/profil/spieler/86173]
|-
|-
|[[槙野智章]]||1987||広島||JY||Y||昇格||2006-2022||DF||423||46||浦和||[https://www.transfermarkt.com/tomoaki-makino/profil/spieler/106064]
|[[2008年のJFAプリンスリーグU-18#中国|2008]]||3位||-
|-
|-
|[[遊佐克美]]||1988||福島||-||Y||昇格||2007-2023||MF/FW||168||42||{{flagicon|IND}}モフン・バガン||[https://www.transfermarkt.com/katsumi-yusa/profil/spieler/106297]
|[[2007年のJFAプリンスリーグU-18#中国|2007]]||優勝||準優勝
|-
|[[2006年のJFAプリンスリーグU-18#中国|2006]]||rowspan="4"|[[高円宮杯U-18サッカーリーグ プリンスリーグ中国|プリンス<br />中国]]||優勝||-
|-
|[[2005年のJFAプリンスリーグU-18#中国|2005]]||優勝||3位
|-
|[[2004年のJFAプリンスリーグU-18#中国|2004]]||優勝||優勝
|-
|[[2003年のJFAプリンスリーグU-18#中国|2003]]||優勝||3位
|-
|2002||colspan="2" rowspan="10"|×||-
|-
|2001||3位
|-
|2000||-
|-
|1999||-
|-
|1998||-
|-
|1997||-
|-
|1996||-
|-
|1995||-
|-
|1994||-
|-
|1993||-
|}
|}
</div>
{{Col-break}}
2012年2月24日日本代表対[[サッカーアイスランド代表]]戦にて、駒野・森脇・槙野・柏木が日本代表として出場を果たした。[[国際Aマッチ]]において同一アカデミー出身者4人出場は日本サッカー史上初のことである{{r|jsports45}}。[[東アジアカップ2013]]では国内組の縛りがあったこともあり、駒野・森脇・髙萩・槙野・森重と5人日本代表に選ばれている{{r|gekisaka20130719}}。2023年11月16日日本代表対[[サッカーミャンマー代表]]戦で前川・大迫とGK2人交代で出場している{{r|sponichi20231116}}。
;カップ戦(3位以上を記載)

{| class="wikitable" style="font-size:smaller;text-align: center;"
;現役
!rowspan="2"|年度!!colspan="3"|主な戦績!!rowspan="2"|備考!!rowspan="2"|ユース監督
<div style="border:1px solid #aaa; margin-left:1em; padding:1em; overflow:auto">
{| class="wikitable sortable" style="text-align:center;font-size:smaller; width:170%;"
!rowspan="2"|名前!!rowspan="2"|生年!!rowspan="2"|出身!!colspan="2"|アカデミー!!rowspan="2"|プロ契約!!rowspan="2"|プロ在歴!!rowspan="2"|Pos.!!colspan="4"|1部リーグ
|-
|-
!U15!!U18!!出場!!得点!!1部リーグ<br />最多出場チーム{{efn2|name="1部リーグ"}}!!
![[日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会|クラブユース]]!![[Jユースカップ]]!![[全広島サッカー選手権大会|全広島]]
|-
|[[森重真人]]||1987||広島||JY||-||皆実高→大分||2006-現在||DF||490||35||F東京||[https://www.transfermarkt.com/masato-morishige/profil/spieler/81786]
|-
|-
|[[茶島雄介]]||1991||広島||JY||Y||学芸大→広島||2014-現在||MF||104||6||広島||[https://www.transfermarkt.com/yusuke-chajima/profil/spieler/269135]
|2016||-||-||-||-||rowspan="2"|[[沢田謙太郎]]
<!--
|-
|-
|[[塚川孝輝]]||1994||広島||JY||-||流経大→岡山||2017-現在||DF/MF|| || ||F東京||[https://www.transfermarkt.com/koki-tsukagawa/profil/spieler/489413]
|2015||-||-||-||-
-->
|-
|-
|[[野津田岳人]]||1994||広島||JY||Y||昇格||2012-現在||MF||221||22||広島||[https://www.transfermarkt.com/gakuto-notsuda/profil/spieler/218277]
|2014||-||-||-||-||rowspan="2"|[[望月一頼]]
|-
|-
|[[前川黛也]]||1994||広島||JY||-||関大→神戸||2015-現在||GK||135||0||神戸||[https://www.transfermarkt.com/daiya-maekawa/profil/spieler/489081]
|2013||準優勝||準優勝||-||-
|-
|-
|[[川辺駿]]||1995||広島||JY||Y||昇格||2013-現在||MF||290||38||広島||[https://www.transfermarkt.com/hayao-kawabe/profil/spieler/262489]
|2012||3位||3位||-||-||rowspan="11"|[[森山佳郎]]
|-
|[[宮原和也]]||1996||広島||JY||Y||昇格||2013-現在||DF/MF||159||5||名古屋||[https://www.transfermarkt.com/kazuya-miyahara/profil/spieler/264142]
|-
|-
|[[荒木隼人]]||1996||大阪||-||Y||関大→広島||2019-現在||DF||183||11||広島||[https://www.transfermarkt.com/hayato-araki/profil/spieler/602314]
|2011||-||3位||-||-
|-
|-
|[[加藤陸次樹]]||1997||埼玉||-||Y||中大→金沢||2020-現在||FW||128||30||C大阪||[https://www.transfermarkt.com/mutsuki-kato/profil/spieler/407833]
|2010||-||-||-||-
<!--
|-
|-
|[[長沼洋一]]||1997||山梨||-||Y||昇格||2016-現在||MF|| || ||鳥栖||[https://www.transfermarkt.com/yoichi-naganuma/profil/spieler/351563]
|2009||-||準優勝||-||-
-->
|-
|-
|[[大迫敬介]]||1999||鹿児島||-||Y||昇格||2018-現在||GK||171||0||広島||[https://www.transfermarkt.com/keisuke-osako/profil/spieler/415521]
|2008||-||-||-||-
<!--
|-
|-
|[[川村拓夢]]||1999||広島||-||Y||昇格||2018-現在||MF|| || ||広島||[https://www.transfermarkt.com/takumu-kawamura/profil/spieler/515650]
|2007||3位||-||-||-
|-
|-
|[[満田誠]]||1999||熊本||-||Y||流経大→広島||2022-現在||MF/FW|| || ||広島||[https://www.transfermarkt.com/makoto-mitsuta/profil/spieler/683327]
|2006||-||優勝||-||-
-->
|-
|-
|[[東俊希]]||2000||愛媛||-||Y||昇格||2018-現在||MF||170||8||広島||[https://www.transfermarkt.com/shunki-higashi/profil/spieler/577216]
|2005||-||-||-||-
|-
|2004||優勝||準優勝||準優勝||-
|-
|2003||優勝||優勝||優勝||天皇杯1回戦敗退
|-
|rowspan="2"|2002||rowspan="2"|-||rowspan="2"|準優勝||rowspan="2"|優勝||rowspan="2"|天皇杯1回戦敗退
|-
|rowspan="2"|[[中村重和]]
|-
|2001||3位||-||準優勝||-
|-
|2000||-||-||優勝||[[天皇杯全日本サッカー選手権大会|天皇杯]]1回戦敗退||rowspan="4"|[[木村孝洋]]
|-
|1999||-||-||-||-
|-
|1998||-||-||-||[[中国サッカーリーグ|中国リーグ]]参加
|-
|1997||-||準優勝||-||-
|-
|1996||-||3位||-||-||rowspan="4"|[[小林伸二]]
|-
|1995||-||優勝||rowspan="3"|×||-
|-
|1994||-||-||-
|-
|1993||-||-||-
|}
|}
</div>
{{Col-end}}

== 不祥事 ==
* 2023年7月31日スクール専属コーチが県[[青少年健全育成条例]]違反(淫行)で逮捕された{{r|chugoku20230807|sanf20230801}}。その者は同年4月1日から専属契約、午前は中学校非常勤講師、午後からスクールコーチをしていた{{r|sanf20230801}}。クラブ側は同年8月1日付社長署名で、被害にあわれた方とその家族に対して謝罪、ほかスポンサーなどクラブに携わる関係者に謝罪し、再発防止に向け監督・指導を徹底する、とコメントしている{{r|sanf20230801}}。

== 主な戦績 ==
=== ユース ===
* '''[[高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ]]'''
** 優勝3回 : [[高円宮杯U-18サッカーリーグ2011 プレミアリーグ|2011年]], [[高円宮杯U-18サッカーリーグ2012 プレミアリーグ|2012年]], [[高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ 2018|2018年]]
** 準優勝2回 : [[高円宮杯U-18サッカーリーグ2016 プレミアリーグ|2016年]], [[高円宮杯 JFA U-18サッカープレミアリーグ 2023|2023年]]
* '''[[日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会]]'''
** 優勝2回 : 2003年, 2004年
** 準優勝1回 : 2013年
* '''[[Jリーグユース選手権大会]]'''
** 優勝3回 : 1995年, 2003年, [[2006Jユースカップ|2006年]]
** 準優勝7回 : 1997年, 2002年, 2004年, [[2009Jユースカップ|2009年]], [[2013Jユースカップ|2013年]], [[2016Jユースカップ|2016年]], [[2024Jユースカップ|2024年]]

* [[全広島サッカー選手権大会]]
** 優勝3回 : 2000年, 2002年, 2003年
** 準優勝1回 : 2004年
* [[高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|(旧)高円宮杯]]
** 優勝2回 : 2004年, [[高円宮杯第21回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|2010年]]
** 準優勝1回 : [[高円宮杯第18回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|2007年]]


;天皇杯
;天皇杯
2000年、ユースが天皇杯広島県予選にあたる全広島サッカー選手権大会で初優勝し、天皇杯に初出場。その後、2度出場したがすべて1回戦敗退している<ref name="SANF-D">[http://homepage3.nifty.com/sanfreccediary/ SANFRECCE Diary]</ref>
2000年、ユースが天皇杯広島県予選にあたる全広島サッカー選手権大会で初優勝し、天皇杯に初出場。その後、2度出場したがすべて1回戦敗退している。


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|toggle=right |title=天皇杯 |titlestyle = background:lightgrey;text-align:center;
}}
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|-style="text-align: center;font-size:smaller;"
|-style="text-align: center;font-size:smaller;"
! 開催年月日 !! 大会名 !! 対戦相手 !! 開催スタジアム !! スコア !! 勝敗
! 開催年月日 !! 大会名 !! 対戦相手 !! 開催スタジアム !! スコア !! 勝敗
|-
|-
|2000年11月25日||[[第80回天皇杯全日本サッカー選手権大会|第80回天皇杯]]1回戦||[[上田ジェンシャン]]||[[福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場]]||0-1||敗北
|2000年11月25日||[[第80回天皇杯全日本サッカー選手権大会|第80回天皇杯]]1回戦||[[上田ジェンシャン]]||[[福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場]]||0-1||敗北
388行目: 415行目:
|2003年11月30日||[[第83回天皇杯全日本サッカー選手権大会|第83回天皇杯]]1回戦||[[水戸ホーリーホック]]||福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場||0-1(延長)||敗北
|2003年11月30日||[[第83回天皇杯全日本サッカー選手権大会|第83回天皇杯]]1回戦||[[水戸ホーリーホック]]||福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場||0-1(延長)||敗北
|}
|}
{{hidden end}}

=== ジュニアユース ===
;リーグ([[高円宮杯U-15プログレスリーグ]])
: ''詳細は当該リンク先参照''

;カップ戦
* '''[[日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会]]'''
** 優勝 : [[第33回日本クラブユースサッカー選手権 (U-15)大会|2018年広島JY]]
* '''[[高円宮杯 JFA 全日本U-15サッカー選手権大会]]'''
** 準優勝 : [[高円宮杯 JFA 第34回全日本 U-15 サッカー選手権大会|2022年広島JY]]
* [[JFA 全日本U-15サッカー大会|(旧)JFAプレミアカップ]]
** 優勝 : 2003年広島JY、2014年広島JY
** 準優勝 : 2002年広島JY、2004年広島JY、2008年広島JY

=== ジュニア ===
* [[JFA 全日本U-12フットサル選手権大会]]
** 準優勝 : 2000年


=== 国際試合 ===
=== 国際試合 ===
==== ジュニアユース以下 ====
;マンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップ
;マンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップ
2003年と2014年にジュニアユースが[[JFAプレミアカップ]](旧ナイキプレミアカップ)優勝したことに伴い[[マンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップ]]に出場している<ref>[http://www.nike.jp/football/jpn/premiercup/ ナイキプレミアカップ公式]</ref>
2003年と2014年にジュニアユースが[[JFAプレミアカップ]](旧ナイキプレミアカップ)優勝したことに伴い[[マンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップ]]に出場している。

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}}
{| class="wikitable"
{| class="wikitable"
|- style="text-align: center;font-size:smaller;"
|- style="text-align: center;font-size:smaller;"
! 開催年月日 !! 大会名 !! 対戦相手 !! 開催地 !! スコア !! 勝敗 !! 記録
! 開催年月日 !! 大会名 !! 対戦相手 !! 開催地 !! スコア !! 勝敗 !! 記録
|-
|-
|rowspan="2"|2003年7月17日||rowspan="4"|グループD||{{Flagicon|ARG}} [[ボカ・ジュニアーズ]]||rowspan="6"|[[ポートランド (オレゴン州)|ポートランド]]||2-3||敗北||[http://www.jsgoal.jp/official/hiroshima/00001164.html]
|rowspan="2"|2003年7月17日||rowspan="4"|グループD||{{Flagicon|ARG}} [[ボカ・ジュニアーズ]]||rowspan="6"|[[ポートランド (オレゴン州)|ポートランド]]||2-3||敗北||[https://archive.is/WAlls]
|-
|-
|{{Flagicon|ESP}} [[アトレティコ・マドリード]]||0-1||敗北||[http://www.jsgoal.jp/official/hiroshima/00001166.html]
|{{Flagicon|ESP}} [[アトレティコ・マドリード]]||0-1||敗北||[https://archive.is/Z0HT2]
|-
|-
|rowspan="2"|2003年7月19日||{{Flagicon|RSA}} [[ロイヤル・コスタル]]||0-1||敗北||[http://www.jsgoal.jp/official/hiroshima/00001192.html]
|rowspan="2"|2003年7月19日||{{Flagicon|RSA}} [[ロイヤル・コスタル]]||0-1||敗北||[https://archive.is/clr1w]
|-
|-
|{{Flagicon|FRA}} [[パリ・サンジェルマン]]||1-0||勝利||[http://www.jsgoal.jp/official/hiroshima/00001190.html]
|{{Flagicon|FRA}} [[パリ・サンジェルマン]]||1-0||勝利||[https://archive.is/NFxHd]
|-
|-
|rowspan="2"|2003年7月21日||4位グループ戦||{{Flagicon|CHI}} [[ピチデグア]]||2-2(PK6-7)||敗北||[http://www.jsgoal.jp/official/hiroshima/00001225.html]
|rowspan="2"|2003年7月21日||4位グループ戦||{{Flagicon|CHI}} [[ピチデグア]]||2-2(PK6-7)||敗北||[https://archive.is/4pIh9]
|-
|-
|15位・16位決定戦||{{Flagicon|COL}} [[インデペンディエンテ・メデジン]]|||2-0||勝利||[http://www.jsgoal.jp/official/hiroshima/00001226.html]
|15位・16位決定戦||{{Flagicon|COL}} [[インデペンディエンテ・メデジン]]|||2-0||勝利||[https://archive.is/BtBL]
|-
|-
|rowspan="2"|2014年8月6日||rowspan="4"|グループC||{{Flagicon|MEX}} [[UANLティグレス]]||rowspan="6"|[[マンチェスター]]||0-3||敗北||
|rowspan="2"|2014年8月6日||rowspan="4"|グループC||{{Flagicon|MEX}} [[UANLティグレス]]||rowspan="6"|[[マンチェスター]]||0-3||敗北||
415行目: 463行目:
|rowspan="2"|2014年8月7日||{{Flagicon|ENG}} [[マンチェスター・ユナイテッドFC]]||4-0||勝利||
|rowspan="2"|2014年8月7日||{{Flagicon|ENG}} [[マンチェスター・ユナイテッドFC]]||4-0||勝利||
|-
|-
|{{Flagicon|RSA}} {{仮リンク|マメロディ・サンダウンズ|en|Mamelodi Sundowns F.C.}}||2-0||勝利||
|{{Flagicon|RSA}} [[マメロディ・サンダウンズ]]||2-0||勝利||
|-
|-
|rowspan="2"|2014年8月8日||順位決定戦||{{Flagicon|BRA}} [[SCインテルナシオナル]]||1-5||敗北||
|rowspan="2"|2014年8月8日||順位決定戦||{{Flagicon|BRA}} [[SCインテルナシオナル]]||1-5||敗北||
421行目: 469行目:
|11位・12位決定戦||{{Flagicon|KOR}} 中東中学校||1-0||勝利||
|11位・12位決定戦||{{Flagicon|KOR}} 中東中学校||1-0||勝利||
|}
|}
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==== ユース ====
;SBCカップ
;SBCカップ
ユースは高円宮杯決勝進出の副賞として、2005年と2008年の2度にわたりドイツで開かれたSBCカップに出場している<ref name="SANF-D" />
ユースは高円宮杯決勝進出の副賞として、2005年と2008年の2度にわたりドイツで開かれたSBCカップに出場している。
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}}
{| class="wikitable"
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|- style="text-align: center;font-size:smaller;"
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445行目: 496行目:
|2008年2月23日||5位6位決定戦||{{Flagicon|GER}} [[ヘルタ・ベルリン]]U-19||3-0||勝利
|2008年2月23日||5位6位決定戦||{{Flagicon|GER}} [[ヘルタ・ベルリン]]U-19||3-0||勝利
|}
|}
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;クラウディオサッシ国際ユーストーナメント
;クラウディオサッシ国際ユーストーナメント
{{See|[http://www.memorialsassi.it/ 公式ホームページ]}}
{{See|[http://www.memorialsassi.it/memsassi/ 公式ホームページ]}}
高円宮杯決勝進出の副賞として、イタリアで開かれたクラウディオサッシ国際ユーストーナメントU-18大会に出場した。2年連続でフェアプレー賞を受賞した。なお、2012年は[[ACチェゼーナ]]のトップチームとも対戦、[[シモーネ・デル・ネロ]]らに得点を奪われ0-6で敗戦している<ref>{{Cite web|publisher=ACチェゼーナ|date=2012-04-04|url=http://www.cesenacalcio.it/index.php?mod=news&id=673&p=0&c=a|title=Cesena - Sanfrecce Hiroshima F.C. : 6-0|language=イタリア語|accessdate=2013-12-23}}</ref>
高円宮杯決勝進出の副賞として、イタリアで開かれたクラウディオサッシ国際ユーストーナメントU-18大会に出場した。2年連続でフェアプレー賞を受賞した。
なお、2012年は[[ACチェゼーナ]]のトップチームとも対戦、[[シモーネ・デル・ネロ]]らに得点を奪われ0-6で敗戦している{{r|cesenacalcio}}。
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|- style="text-align: center;font-size:smaller;"
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465行目: 522行目:
|2012年4月8日||{{Flagicon|ITA}} [[USサッスオーロ・カルチョ]]U-18||4-0||勝利
|2012年4月8日||{{Flagicon|ITA}} [[USサッスオーロ・カルチョ]]U-18||4-0||勝利
|}
|}
{{hidden end}}


;Balcom BMW CUP 平和祈念広島国際ユースサッカー
;Balcom BMW CUP 平和祈念広島国際ユースサッカー
472行目: 530行目:
=== 特記 ===
=== 特記 ===
;中国社会人リーグ
;中国社会人リーグ
創立当初から[[中国地方]]のユース年代では抜けた存在であったため、近隣になかなかいい対戦相手がいなかった。そのため1998年、[[中国サッカーリーグ]]の前期日程(第1節-第8節)にオープン参加している<ref name="SANF-D"/>。しかし、社会人リーグのリーグ編成および日程の関係から、この年だけで終わっているちなみに戦績は7勝1敗。
創立当初から[[中国地方]]のユース年代では抜けた存在であったため、近隣になかなかいい対戦相手がいなかった。そのため1998年、[[中国サッカーリーグ]]の前期日程(第1節-第8節)にオープン参加している。しかし、社会人リーグのリーグ編成および日程の関係から、この年のみで終了した。戦績は7勝1敗。


;ユース二冠
;ユース二冠
478行目: 536行目:
|-
|-
|<div style="position: relative;">
|<div style="position: relative;">
[[ファイル:Soccer.Field Transparant.png|200px]]
[[ファイル:Soccer Field Transparant.svg|200px]]
{{Image label|x=0.37|y=1.07|scale=220|text=[[佐藤昭大|<span style="font-size: 80%; color: #000;;"># 1 '''佐藤(C)'''</span>]]}}
{{Image label|x=0.37|y=1.07|scale=220|text=[[佐藤昭大|<span style="font-size: 80%; color: #000;"># 1 '''佐藤(C)'''</span>]]}}
{{Image label|x=0.08|y=0.83|scale=220|text=[[大屋翼|<span style="font-size: 80%; color: maroon;">#13 '''大屋'''</span>]]}}
{{Image label|x=0.08|y=0.83|scale=220|text=[[大屋翼|<span style="font-size: 80%; color: maroon;">#13 '''大屋'''</span>]]}}
{{Image label|x=0.26.5|y=0.92|scale=220|text=[[藤井大輔 (サッカー選手)|<span style="font-size: 80%; color: maroon;"># 4 '''藤井'''</span>]]}}
{{Image label|x=0.26.5|y=0.92|scale=220|text=[[藤井大輔 (サッカー選手)|<span style="font-size: 80%; color: maroon;"># 4 '''藤井'''</span>]]}}
{{Image label|x=0.50|y=0.92|scale=220|text=[[槙野智章|<span style="font-size: 80%; color: maroon;"># 3 '''槙野'''</span>]]}}
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{{Image label|x=0.24|y=0.66|scale=220|text=[[柳一誠|<span style="font-size: 80%; color: navy;"># 6 '''髙柳'''</span>]]}}
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{{Image label|x=0.50|y=0.66|scale=220|text=[[柏木陽介|<span style="font-size: 80%; color: navy;"># 7 '''柏木'''</span>]]}}
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{{Image label|x=0.37|y=0.50|scale=220|text=[[田慎一朗|<span style="font-size: 80%; color: navy;">#11 '''&#x6852;田'''</span>]]}}
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{{Image label|x=0.37|y=0.35|scale=220|text=[[前田俊介|<span style="font-size: 80%; color: #fff;">#10 '''前田'''</span>]]}}
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</div>
</div>
|-
|-
|style="font-size: smaller;"|2004年8月8日第28回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会決勝対ジュビロ磐田ユース戦(Jヴィレッジスタ)のスターティングメンバー<ref name="jubilo20040808">{{Cite web|publisher=ジュビロ磐田公式|date=2004-08-08|url=http://www.jubilo-iwata.co.jp/live/2004/U040808_532.php|title=第28回日本クラブユースサッカー選手権(U-18)決勝|accessdate=2014-06-03}}</ref>。数字は背番号、(C)はキャプテン。
|style="font-size: smaller;"|2004年8月8日第28回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会決勝対ジュビロ磐田ユース戦(Jヴィレッジスタ)のスターティングメンバー{{r|jubilo20040808}}。数字は背番号、(C)はキャプテン。
|}
|}
[[森山佳郎]]が監督として率いた2003年・2004年の広島ユースは、2年連続でユース三冠([[日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会|クラブユース選手権]]・[[高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|高円宮杯]]・[[Jリーグユース選手権大会|Jユースカップ]])のうち二冠を達成し、"広島ユース黄金時代"と呼ばれた<ref name="Sm2008-8-5">『サッカーマガジン』2008年08月05日号8頁</ref><ref>{{Cite web|publisher=ニッカンスポーツ|date=2004|url=http://www.aquarius.nikkansports.com/2004/soccer/youth/top-youth.html|title=全日本ユース選手権特集 - 高校サッカー2004|accessdate=2014-06-03}}</ref><ref name="footballchannel20121225">{{Cite web|publisher=フットボールチャンネル|date=2012-12-25|url=http://www.footballchannel.jp/2012/12/25/post1246/|title=部活とクラブの融合に成功した男 広島ユース監督・森山佳郎の退任 - page.1|accessdate=2014-06-03}}</ref>。これは2001年からクラブ全体が攻撃的なサッカーへの転換を模索しだしたこと<ref name="nike2001">{{Cite web|url=https://www.facebook.com/notes/nike-football-japan/ロシア人監督が就任攻撃的フットボールへの転換期/361917513879810|title=ロシア人監督が就任、攻撃的フットボールへの転換期|publisher=NikeFootballJapan(facebook)|date=2012-07-06|accessdate=2014-05-31}}</ref>、それに伴いチームとして質を上げるため2001年のみ[[スカウト (勧誘)|スカウト]]活動を積極的に行ったことにより入団した選手が高校2年・3年になる2003年・2004年に結果として現れたためである<ref>{{Cite web|publisher=J's GOAL|date=2005|url=http://www.jsgoal.jp/2005jyouthcup/coach/moriyama01.html|title=指導者インタビュー 森山佳郎監督(広島ユース)|accessdate=2014-05-31}}</ref>
[[森山佳郎]]が監督として率いた2003年・2004年の広島ユースは、2年連続でユース三冠([[日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会|クラブユース選手権]]・[[高円宮杯全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|高円宮杯]]・[[Jリーグユース選手権大会|Jユースカップ]])のうち二冠を達成し、"広島ユース黄金時代"と呼ばれた{{r|jsgoal20121221|sm20080805|footballchannel20121225}}。これは2001年からクラブ全体が攻撃的なサッカーへの転換を模索しだしたこと{{Sfn|小澤|2011a|p=}}{{r|nike2001}}、それに伴いチームとして質を上げるため2001年のみ[[スカウト (勧誘)|スカウト]]活動を積極的に行ったことにより入団した選手が高校2年・3年になる2003年・2004年に結果として現れたためである{{r|jsgoal2005}}。

[[前田俊介]]・[[高柳一誠]]・[[森脇良太]]・[[柏木陽介]]・[[槙野智章]]・[[平繁龍一]]ら、タレントがズラリ揃った2004年には、3大会とも決勝に進出した<ref name="Sm2008-8-5"/>。レギュラー11人が全員プロ入りしたこのチームは<ref name="jubilo20040808" />強さと巧さを兼ね備え、なおかつ勝負強く、史上最強ではといわれる伝説のチームであった<ref name="Sm2008-8-5"/>。ただ、最上級生に[[田坂祐介]]・[[西山貴永]]・[[田村祐基]]ら、そしてクラブ史上初のプロの高校生Jリーガーとなる[[高萩洋次郎]]が在籍した2003年のチームのほうが記録的には上で、公式戦でわずか2敗のみ(高円宮杯準決勝・[[静岡学園中学校・高等学校|静岡学園]]戦と[[第83回天皇杯全日本サッカー選手権大会|2003年天皇杯]]1回戦対J2[[水戸ホーリーホック]]戦)しかしていない。


[[前田俊介]]・[[髙柳一誠]]・[[森脇良太]]・[[柏木陽介]]・[[槙野智章]]・[[平繁龍一]]ら、タレントがズラリ揃った2004年には、3大会とも決勝に進出した{{r|sm20080805}}。レギュラー11人が全員プロ入りしたこのチームは強さと巧さを兼ね備え、なおかつ勝負強く、史上最強ではといわれるチームであった{{r|sm20080805}}。ただ、最上級生に[[田坂祐介]]・[[西山貴永]]・[[田村祐基]]ら、そしてクラブ史上初のプロの高校生Jリーガーとなる[[髙萩洋次郎]]が在籍した2003年のチームのほうが記録的には上で、公式戦で2敗のみ(高円宮杯準決勝[[静岡学園中学校・高等学校|静岡学園]]戦と[[第83回天皇杯全日本サッカー選手権大会|2003年天皇杯]]1回戦対J2[[水戸ホーリーホック]]戦)しかしていない。
;高円宮杯3連覇
;高円宮杯3連覇
高円宮杯はクラブユースと高体連つまり2種登録チームすべてが参加する唯一の大会であり、現在は高校年代サッカーの最高峰と位置づけられている。この大会において2010年代初頭に、[[高円宮杯第21回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|第21回高円宮杯]]・[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2011|2011年高円宮杯プレミア]]・[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2012|2012年高円宮杯プレミア]]と3連覇を達成している。大会レギュレーション変更を挟むめ参考記録ではあるが、2014年現在3連覇は[[静岡市立清水商業高等学校|清水市商高]]と広島ユースみであ<ref name="footballchannel20121225" />また高円宮杯プレミア2連覇2014現在で広島ユースみである。
高円宮杯はクラブユースと高体連つまり2種登録チームすべてが参加する唯一の大会であり、現在は高校年代サッカーの最高峰と位置づけられている。この大会において2010年代初頭に、[[高円宮杯第21回全日本ユース(U-18)サッカー選手権大会|第21回高円宮杯]]・[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2011|2011年高円宮杯プレミア]]・[[高円宮杯U-18サッカーリーグ2012|2012年高円宮杯プレミア]]と3連覇を達成している{{r|jsgoal20121221|footballchannel20121225}}3大会の決勝すべてに出場しは[[野津田岳人]]ら2人、2大会決勝出場が[[脇本晃成]]・[[川辺駿]]・[[宮原和也]]らがいる。なお2012年[[2012年のJリーグ ディビジョン1|トップチームがJ1リーグ制覇]]を達成しており、リーグ戦として“兄弟制覇”ということにな{{r|sportiva20121218}}


大会レギュレーション変更を挟むため、参考記録ではあるが、2024年時点では、3連覇は[[静岡市立清水商業高等学校|清水市商高]]と広島ユースのみである。
なお2012年は[[2012年のJリーグ ディビジョン1|トップチームがJ1リーグ制覇]]を達成しており、リーグ戦として“兄弟制覇”ということになる<ref>{{Cite web|publisher=スポルティーバ|date=2012-12-18|url=http://sportiva.shueisha.co.jp/clm/jfootball/2012/12/18/post_301/|title=【高円宮杯】ユース世代も頂点に立った広島。未来を見据えた「育成術」|accessdate=2014-06-03}}</ref>。


== スポンサー ==
== スポンサー ==
{{See also|サンフレッチェ広島F.C#ユニフォーム}}
{{See also|サンフレッチェ広島F.C#ユニフォーム}}
* サプライヤーはトップチームと同じ。設立当初から2009年までが[[ミズノ]]、2010年以降はナイキ。
以下、[[ミズノ]]時代は不明な点が多いため2011年以降の状況を記載する。
* スポンサー契約していない場合、胸は「SANFRECCE」表記、背中は無記名。
{| class="wikitable" style="font-size:small;text-align:center;"
|- style="background-color: #9400D3; color:#F0F0F0; font-weight:bold;"
|rowspan="2"|年度||colspan="4"|ユース||colspan="4"|ジュニアユース||rowspan="2"|サプライヤー
|-
|- style="background-color: #9400D3; color:#F0F0F0; font-weight:bold;"
|胸||背中||袖||パンツ||胸||背中||袖||パンツ
|-
|2016||[[ゆめタウン|you me]]||rowspan="6"|[[マツダ|mazda]]||rowspan="6"|[[安芸高田市]]||rowspan="6"|-||you me||rowspan="6"|-||rowspan="6"|-||rowspan="6"|-||rowspan="6"|[[ナイキ|NIKE]]
|-
|2015||rowspan="5"|SANFRECCE||rowspan="5"|SANFRECCE
|-
|2014
|-
|2013
|-
|2012
|-
|2011
|}
* サプライヤーはトップチームと同じ[[ナイキ]]で、デザインもトップチームと同じもの。トップチームが[[ミズノ]]だった時代には1代前のデザインのものを用いていたりスポンサー表記がトップとは別だったりと不明な点が多いため、ここではミズノ時代である2010年以前については記載を省く。
* スポンサー契約していない場合、胸は「SANFRECCE」、背中が無記名。
* マツダは2010年以前からユースのみスポンサーとして入っていた。
* マツダは2010年以前からユースのみスポンサーとして入っていた。
* 2010年以前に短期間ジュニアユース・ジュニア・スクールのスポンサーに[[フレスタ (スーパーマーケット)|フレスタ]]が入っていたこともあった。
* 2010年以前に短期間ジュニアユース・ジュニア・スクールのスポンサーに[[フレスタ (スーパーマーケット)|フレスタ]]が入っていた。
* 2011年からユースのユニフォーム右袖に「安芸高田市」の文字と市章が入ってい。マザータウンとして明確に掲示したためであり、安芸高田市がスポンサーとして入っているわけではない<ref>{{Cite web|publisher=中国新聞|date=2011-01-28|url=http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201101280037.html|archivedate=2011-01-13|archiveurl=http://web.archive.org/web/20110131191429/http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201101280037.html|title=ユース選手袖に安芸高田市章|accessdate=2016-06-26}}</ref>
* 2011年からユースのユニフォーム右袖に「安芸高田市」の文字と市章が入ってい。マザータウンとして明確に掲示したためであり、安芸高田市がスポンサーとして入っているわけではなかった{{r|chugoku20110128}}。
* 2016年からユースおよびジュニアユースの胸に[[イズミ]]が入ってい<ref>{{Cite web|publisher=サンフレッチェ広島|date=2016-02-22|url=http://www.sanfrecce.co.jp/news/release/?n=9213|title=ユース、ジュニアユース ユニフォームスポンサー(胸)に、株式会社イズミが決定!|accessdate=2016-06-26}}</ref>
* 2016年からユースおよびジュニアユースの胸に[[イズミ]]が入る{{r|sanfrecce20160222}}。
* 2020年からジュニアユースの袖に小原防災工業が入る{{r|post5168}}。ちなみに社長の父親は元マツダサッカー部選手で、社長自身も高校までサッカーをしていた{{r|post5168}}。
* [[日本ヒューレット・パッカード]]のCMに育成スタッフおよび選手が起用されている<ref>{{Cite web|publisher=日本ヒューレット・パッカード|url=http://h50146.www5.hp.com/promotions/ad/pc/xpm_case/sanfrecce/|title=【HPビジネスPC導入事例】|accessdate=2016-06-26}}</ref>。
* 2020年[[東栄住宅]]と契約を結んだ{{r|touei}}。2023年時点でジュニアユースの背中上部。
* 2020年FiveHangoutsと契約を結んだ{{r|jocr20220721}}。2023年時点でユースの袖。なお社長は広島ジュニアユース・ユース出身(駒野・森崎兄弟の一つ下){{r|jocr20220721}}。
* 2022年Traditional Streetと契約を結んだ{{r|sanf20220403}}。2022年ユースの袖{{r|sanf20220403}}。2023年ユースの背中下部。
* 他にも広島アカデミーOBが経営する企業がスポンサーになったケースも存在する{{r|s-jepsx}}。
* [[日本ヒューレット・パッカード]]のCMにアカデミースタッフおよび選手が起用されている{{r|hpsanfrecce}}。


== 出身者 ==
== 出身者 ==
=== スタッフ ===
=== 主な選手 ===
所属経験のうち、Yはユース、JYはジュニアユース、Jrはジュニア、Sはスクールの略。提携スクールのうち、くにびきは「く」、びんごは「び」、みろくの里は「み」、常石は「常」と略記。[[五十音]]順表記。[[サンフレッチェ広島F.Cの選手一覧]]もあわせて参照。
{{Col-begin}}
==== 1970年代生まれ ====
{{Col-break}}
{{hidden begin
;主な育成責任者
|toggle=right |title=1970年代生まれ |titlestyle = background:lightgrey;text-align:center;
* [[高田豊治]]
}}
* [[小野剛 (サッカー指導者)|小野剛]]
*1977年度生まれ
* [[横内昭展]]
**稲田浩 - Y 4代目三矢寮長、初代寮長の次男{{r|chugoku20220425}}
* [[木村孝洋]]
**[[高田純 (サッカー選手)|高田純]] - Y 初のトップ昇格
* [[高橋真一郎]]
**[[原田紘介]] - Y
*1978年度生まれ
**[[雨野裕介]] - Y 出身初のトップチーム強化本部長
**[[荒木亮次]] - Y
**[[岩村貴久]] - Y
**[[安武亨]] - Y 初のトップ公式戦出場
**渡辺大輔 - Y
*1979年度生まれ
**[[秋元雅博]] - Y
**[[石川裕司]] - Y
**[[大畑隼哉]] - Y
**[[行友亮二]] - Y
**伊東貴史 - Y
{{hidden end}}


==== 1980年代生まれ ====
{{Col-break}}
{{hidden begin
;ユース監督
|toggle=right |title=1980年代生まれ |titlestyle = background:lightgrey;text-align:center;
* [[小林伸二]] (1993年 - 1996年)
}}
* 木村考洋 (1997年 - 2000年)
*1980年度生まれ
* [[中村重和]] (2001年 - 2002年8月)
**[[池田学徳]] - Y
* [[森山佳郎]] (2002年8月 - 2012年)
* [[望月一頼]] (2013年 - 2014年)
**[[吉田幸生]] - Y
*1981年度生まれ
* [[沢田謙太郎]] (2015年 - 現在)
**[[久保田学]] - Y
**[[駒野友一]] - Y 初の日本代表、初のW杯出場
**[[森崎和幸]] - Y 初の2種登録による公式戦出場
**[[森崎浩司]] - Y
*1982年度生まれ
**寺内良太 - Y
*1983年度生まれ
**[[田森大己]] - Y,JY
**[[宮本卓也]] - Y,JY
**{{仮リンク|パベル・ハシェック|en|Pavel Hašek}} - S
*1984年度生まれ
**沖本尚之 - Y,JY
**[[木村龍朗]] - Y
**[[寄井憲]] - Y,みJY
*1985年度生まれ
**[[田坂祐介]] - Y,JY
**[[田村祐基]] - Y,JY 初のJYからトップ昇格
**[[西山貴永]] - Y
**[[平石健太]] - びJY
<!--**[[前田和之 (サッカー選手)|前田和之]] - Y,JY-->
**吉村修平 - Y
*1986年度生まれ
**[[大屋翼]] - Y,JY
**[[桒田慎一朗]] - Y,みJY 初のみろくの里JYからトップ昇格
**[[佐藤昭大]] - Y
**[[髙萩洋次郎]] - Y、初のプロの高校生Jリーガー
**[[髙柳一誠]] - Y,JY
**[[冨成慎司]] - Y
**[[長谷川博一 (サッカー選手)|長谷川博一]] - JY,S
**[[藤井大輔 (サッカー選手)|藤井大輔]] - Y
**[[前田俊介]] - Y
**[[森脇良太]] - Y,びJY 初のびんごJYからトップ昇格
*1987年度生まれ
<!--**[[石田聖雄]] - JY-->
**[[柏木陽介]] - Y
**[[川上典洋]] - くJY
**[[木原正和]] - Y
**左山晋平 - JY
**[[平野甲斐]] - くJY
**[[福本尚純]] - Y
**[[槙野智章]] - Y,JY 初のJY出身の日本代表
**[[森重真人]] - JY
*1988年度生まれ
**[[金山隼樹]] - Y
**[[酒井貴政]] - JY,Jr
**[[平繁龍一]] - Y,JY,Jr,S 初のJrおよびSからトップ昇格
**[[藤澤典隆]] - Y
**[[野田明弘]] - Y
**[[遊佐克美]] - Y
*1989年度生まれ
**[[内田健太]] - Y
**[[兼田亜季重]] - Y,JY
**[[篠原聖]] - Y
**[[中野裕太 (サッカー選手)|中野裕太]] - Y
**[[横竹翔]] - Y,JY,Jr,S
{{hidden end}}


==== 1990年代生まれ ====
;ジュニアユース監督
{{Div col|2}}
* ?
*1990年度生まれ
* 中村重和 (1997年 - 2000年)
* [[月岡利明]] (2001年)
**[[井林章]] - びJY
* [[上野展裕]] (2002年 - 2003年)
**[[岡本知剛]] - Y,びJY
**[[原裕太郎]] - Y,くJY 初のくにびきJYからトップ昇格
* 塩崎浩作 (2004年)
*1991年度生まれ
* [[島卓視]] (2005年 - 2008年)
**[[石川喬穂]] - びJY
* [[沢田謙太郎]] (2009年 - 2014年)
* [[迫井深也]] (2015年 - 現在)
**[[大﨑淳矢]] - Y
**[[岡崎和也 (サッカー選手)|岡崎和也]] - JY,Jr,S
<!--**[[玉田道歩]] - Y,JY-->
**[[茶島雄介]] - Y,JY,Jr,S 初の大学経由トップ昇格{{r|nikkan20220906}}
**[[中山雄登]] - Y,JY
**[[ダ・シルバ・ファビオ・岡|ファビオ・岡]] - びJY
**[[森保翔平]] - Y,JY,Jr
<!--**[[水頭廉]] - Y-->
**[[山本弘明]] - びJY
*1992年度生まれ
**[[井波靖奈]] - Y
**[[川森有真]] - Y
**[[宗近慧]] - Y,びJY
*1993年度生まれ
**[[石坂元気]] - Y
**[[大野哲煥]] - Y
**[[亀島周]] - Y,JY
**[[重行拓也]] - Y,びJY
**[[藤井貴之]] - Y
**[[増谷幸祐]] - びJY
**[[本藤理佐]] - Jr,S 初のJr出身のなでしこリーガー
**[[森保圭悟]] - Y,JY,Jr
<!--**[[米沢健吾]] - びJY-->
**[[脇本晃成]] - Y,JY
*1994年度生まれ
**[[大谷真史]] - Y,JY
**[[加藤潤也]] - 常JY
**[[國分伸太郎]] - びJY
**[[塚川孝輝]] - JY
**[[西嶋有矢]] - Y
**[[野津田岳人]] - Y,JY
**[[前川黛也]] - JY,Jr,S
**[[松浦尚人]] - 常JY
*1995年度生まれ
**[[大谷尚輝]] - Y,JY,Jr,S
**[[川辺駿]] - Y,JY 初のプロ契約2種登録選手
**[[高橋壮也]] - くJY 初の高校経由トップ昇格
**[[田中雄輝]] - 常JY
**[[中野匠]] - Y
**[[浜下瑛]] - JY
**[[千布一輝]] - 常JY
**[[宮内雄希]] - Y
**[[宮原和也]] - Y,JY 初のプロ契約2種登録選手
*1996年度生まれ
**[[荒木隼人]] - Y
<!--**[[石津優介]] - Y-->
<!--**[[伊藤克尚]] - Y,JY-->
**澤井一希([[ジュビレッチェ]]) - Y,常JY
**[[白岡ティモシィ]] - Y,JY
*1997年度生まれ
**[[糸原紘史郎]] - Y
**[[加藤陸次樹]] - Y
**[[竹本雄飛]] - Y,JY
**[[長沼洋一]] - Y
*1998年度生まれ
**[[イヨハ理ヘンリー]] - Y
**[[梅木翼]] - くJY
**[[東野広太郎]] - Y
**細田歩夢 - びJY
**[[山根永遠]] - Y,JY,Jr
**[[力安祥伍]] - Y,JY
*1999年度生まれ
**[[大迫敬介]] - Y
**[[川井歩]] - Y,JY
**[[川村拓夢]] - Y,JY
<!--**[[里岡龍斗]] - Y,JY-->
**[[仙波大志]] - Y,JY,Jr
**[[藤原悠汰]] - JY,Jr
**[[満田誠]] - Y
{{Div col end}}

==== 2000年代生まれ ====
{{Div col|2}}
*2000年度生まれ
**[[大越寛人]] - Y
**[[大堀亮之介]] - Y,JY 初の直での海外クラブ加入
**[[鈴直樹]] - Y
**[[東俊希]] - Y
**[[松本大弥]] - Y
**[[山﨑大地]] - Y,JY
*2001年度生まれ
**[[鮎川峻]] - Y
**[[岡田大和]] - くJY
**[[土肥航大]] - Y
<!--**[[西川歩]] - Y,JY-->
**[[細谷航平]] - Y
*2002年度生まれ
**[[竹内崇人]] - Y
**[[松本太一]] - Y
*2003年度生まれ
**[[棚田遼]] - Y,JY
*2004年度生まれ
**[[越道草太]] - Y,JY
*2005年生まれ
*2006年生まれ
**[[井上愛簾]] - Y
**[[木吹翔太 ]] - Y
**[[中島洋太朗]] - Y,JY,Jr
{{Div col end}}

=== スタッフ ===
* 主な責任者
** [[高田豊治]]
** [[小野剛 (サッカー指導者)|小野剛]]
** [[横内昭展]]
** [[木村孝洋]]
** [[高橋真一郎]]
** [[眞藤邦彦]]
** [[望月一頼]]
** [[佐々木直人 (サッカー指導者)|佐々木直人]]
** [[沢田謙太郎]]
** [[山出久男]]
** [[山西博文]]
{{Div col|2}}
*ユース監督
** [[小林伸二]](1993年 - 1996年)
** 木村考洋(1997年 - 2000年)
** [[中村重和]](2001年 - 2002年8月)
** [[森山佳郎]](2002年8月 - 2012年)
** 望月一頼(2013年 - 2014年)
** 沢田謙太郎(2015年 - 2019年)
** [[高田哲也]](2020年 - 2022年)
** [[野田知]](2023年 - 現在)
*ジュニアユース監督
** ?
** 中村重和(1997年 - 2000年)
** [[月岡利明]](2001年)
** [[上野展裕]](2002年 - 2003年)
** 塩崎浩作(2004年)
** [[島卓視]](2005年 - 2008年)
** 沢田謙太郎(2009年 - 2014年)
** [[迫井深也]](2015年 - 2017年)
** 高田哲也(2018年 - 2019年)
** 岩成智和(2020年 - 2021年)
** [[遠藤真仁]](2022年 - 2023年)
** [[岡本知剛]](2024年 - 現在)
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;その他
;その他
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* [[森保一]]
* [[山西博文]]
* [[山西博文]]
* [[森保一]]
* [[高野剛 (サッカー指導者)|高野剛]]
* [[高野剛 (サッカー指導者)|高野剛]]
* [[吉田恵 (サッカー選手)|吉田恵]]
* [[吉田恵 (サッカー選手)|吉田恵]]
576行目: 824行目:
* [[山崎真 (サッカー選手)|山崎真]]
* [[山崎真 (サッカー選手)|山崎真]]
* [[門田幸二]]
* [[門田幸二]]
* [[遠藤真仁]]
* [[服部公太]]
* [[梅田直哉]]
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* [[中村伸]]
* [[村山哲也]]
* [[久永啓]]
* [[平繁龍一]]
* [[丸谷拓也]]
* [[河野直人]]
* [[駒野友一]]
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=== 主な出身選手 ===
== 脚注 ==
{{脚注ヘルプ}}
=== 注釈 ===
{{Notelist2}}


=== 出典 ===
海外も含めた男子女子の全国リーグ経験者。日本の場合は男子:Jリーグ・JFL、女子:なでしこリーグ所属経験者。海外の1部リーグ所属経験はあるが日本の全国リーグには所属経験のない選手も含む。[[サンフレッチェ広島F.Cの選手一覧]]もあわせて参照。
{{Reflist|2
|refs=
<!-- 名前・愛称・言葉 -->
* <ref name="terminology">{{Cite web|和書|publisher=Jリーグ|url=https://aboutj.jleague.jp/corporate/terminology/|title=Jリーグ用語集(ターミノロジー)|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="blogola7462">{{Cite web|和書|publisher=エル・ゴラッソ|date=2010-10-15|url=http://blogola.jp/?p=7462|archivedate=2010-12-09|archiveurl=https://web.archive.org/web/20101209181937/http://blogola.jp/?p=7462|title=子熊、6年ぶり2度目の栄冠|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="jsgoal20121125">{{Cite web|和書|publisher=J's GOAL|date=2012-11-25|url=http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00147248.html|title=【2012Jユースカップ準々決勝:磐田vs広島、札幌vsC大阪】プレビュー|archivedate=2012-12-28|archiveurl=https://web.archive.org/web/20121228225110/http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00147248.html|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="ntv200706">{{Cite web|和書|publisher=[[児玉勝司]]ブログ|date=2007-06-18|url=http://www.htv.jp/weblog/kodama/2007/06/post_66.html|title=Jリーガーの『高級車』を自粛!?|archivedate=2021-01-25|archiveurl=https://web.archive.org/web/20210725002240/https://www.htv.jp/weblog/kodama/2007/06/post_66.html|accessdate=2023-12-11}}</ref>


<!--サッカーマガジン・サッカーダイジェスト紙面 ページ数がないものがあるため再検証が必要 -->
{| class="sortable wikitable" style="font-size:smaller;"
* <ref name="sm19660601">『サッカーマガジン』1966年06月01日号</ref>
! style="width:6em" | 選手名 !! style="width:1.5em" | 生年度 !! 出身 !! style="width:1em;" | ポジション !! style="width:2em" | ジュニア !! style="width:4em" | ジュニアユース !! style="width:5em;" | ユース !! 進路 !! 現在の所属 !! 備考
* <ref name="sm19661101-78">『サッカーマガジン』1966年11月1日号、78頁。</ref>
|-
* <ref name="sd20041130">『週刊サッカーダイジェスト』、2004年11月30日号および同年12月7日号</ref>
|[[高田純 (サッカー選手)|高田純]]||1977||[[広島県]][[三原市]]||FW||||||広島||広島(昇格)||現役引退||初の昇格
* <ref name="sm20080805">『サッカーマガジン』2008年08月05日号、8頁</ref>
|-
|[[原田紘介]]||1977||広島県||FW||||||広島||[[コスモ石油四日市FC|コスモ石油]]||現役引退||
|-
|[[雨野裕介]]||1978||[[愛媛県]][[松山市]]||FW||||||広島||[[桐蔭横浜大学]]||現役引退||
|-
|[[荒木亮次]]||1978||[[長崎県]]||DF||||||広島||広島(練習生)||現役引退||
|-
|[[岩村貴久]]||1978||[[熊本県]]||FW||||||広島||広島(練習生)||現役引退||
|-
|[[安武亨]]||1978||[[福岡県]]||DF||||||広島||広島(練習生)||現役引退||初のトップ公式戦出場
|-
|[[渡辺大輔 (サッカー選手)|渡辺大輔]]||1978||[[北海道]][[札幌市]]||DF||||||広島||[[天理大学]]||現役引退||
|-
|[[秋元雅博]]||1979||[[大分県]]||FW||||||広島||広島(練習生)||現役引退||
|-
|[[石川裕司]]||1979||[[島根県]][[益田市]]||DF||||||広島||広島(昇格)||現役引退||
|-
|[[大畑隼哉]]||1979||[[東京都]]||MF||||||広島||広島(練習生)||現役引退||
|-
|[[行友亮二]]||1979||東京都||MF||||||広島||広島(練習生)||現役引退||
|-
|[[池田学徳]]||1980||[[岡山県]]||FW||||||広島||広島(昇格)||現役引退||
|-
|[[吉田幸生]]||1980||[[山口県]][[防府市]]||FW||||||広島||広島(昇格)||現役引退||
|-
|[[久保田学]]||1981||島根県[[松江市]]||FW||||||広島<br />[[帝京高校|帝京高]]||[[東京学芸大学]]||現役引退||
|-
|[[駒野友一]]||1981||[[和歌山県]][[海南市]]||DF||||||広島||広島(昇格)||[[アビスパ福岡]]||初の日本代表、W杯出場
|-
|[[森崎和幸]]||1981||広島県[[広島市]]||MF||||||広島||広島(昇格)||広島||初の2種登録公式戦出場
|-
|[[森崎浩司]]||1981||広島県広島市||MF||||||広島||広島(昇格)||広島||
|-
|[[寺内良太]]||1982||[[石川県]][[羽咋郡]]||FW||||||広島||広島(昇格)||現役引退||
|-
|[[田森大己]]||1983||広島県[[庄原市]]||MF||||広島||広島||[[法政大学]]||現役引退||
|-
|[[宮本卓也]]||1983||広島県||MF||||広島||広島||[[大阪商業大学]]||現役引退||
|-
|{{仮リンク|パベル・ハシェック|en|Pavel Hašek}}||1983||||||||||||||||スクールに在籍<br />[[イワン・ハシェック]]の子
|-
|[[沖本尚之]]||1984||広島県広島市||MF||||広島||広島||[[アビスパ福岡]]||||
|-
|[[木村龍朗]]||1984||広島県広島市||FW||||||広島||広島(昇格)||現役引退||
|-
|[[寄井憲]]||1984||広島県[[尾道市]]||DF||||みろくの里||広島||[[阪南大学]]||||
|-
|[[田坂祐介]]||1985||広島県広島市||MF||||広島||広島||[[青山学院大学]]||[[川崎フロンターレ]]||
|-
|[[田村祐基]]||1985||広島県広島市||FW||||広島||広島||広島(昇格)||現役引退||初のジュニアユースから昇格
|-
|[[西山貴永]]||1985||[[宮城県]]||FW||||||広島||[[川崎フロンターレ]]||現役引退||
|-
|[[平石健太]]||1985||広島県尾道市||DF||||びんご||[[如水館中学校・高等学校|如水館高]]||[[福岡大学]]||現役引退||
|-
|[[前田和之 (サッカー選手)|前田和之]]||1985||広島県[[東広島市]]||MF||||広島||広島||[[立命館大学]]||||
|-
|[[吉村修平]]||1985||岡山県[[岡山市]]||MF||||||広島||[[関西大学]]||||
|-
|[[大屋翼]]||1986||島根県[[江津市]]||MF||||広島||広島||関西大学||[[大宮アルディージャ]]||
|-
|[[桑田慎一朗|&#x6852;田慎一朗]]||1986||広島県[[福山市]]||MF||||みろくの里||広島||広島(昇格)||現役引退||初のみろくの里ジュニアユースからの昇格
|-
|[[佐藤昭大]]||1986||[[三重県]][[三重郡]][[朝日町]]||GK||||||広島||広島(昇格)||[[ロアッソ熊本]]||
|-
|[[高萩洋次郎]]||1986||[[福島県]][[いわき市]]||MF||||||広島||広島(昇格)||{{Flagicon|KOR}}[[FCソウル]]||初のプロ契約高校生Jリーガー
|-
|[[高柳一誠]]||1986||[[神奈川県]][[横浜市]]||MF||||広島||広島||広島(昇格)||ロアッソ熊本||
|-
|[[冨成慎司]]||1986||[[岐阜県]][[岐阜市]]||DF||||||広島||[[福岡大学]]||[[鹿児島ユナイテッドFC]]||
|-
|[[長谷川博一 (サッカー選手)|長谷川博一]]||1986||広島県広島市||MF||||広島||[[広島県立広島観音高等学校|広島観音高]]||[[広島経済大学]]||||府中スクールに在籍
|-
|[[藤井大輔 (サッカー選手)|藤井大輔]]||1986||[[大阪府]][[茨木市]]||DF||||||広島||[[アルビレックス新潟]]||||
|-
|[[前田俊介]]||1986||[[奈良県]][[桜井市]]||FW||||||広島||広島(昇格)||[[ガイナーレ鳥取]]||
|-
|[[森脇良太]]||1986||広島県福山市||DF||||びんご||広島||広島(昇格)||[[浦和レッドダイアモンズ|浦和レッズ]]||初のびんごジュニアユースからの昇格
|-
|[[石田聖雄]]||1987||||||||広島||||||||
|-
|[[柏木陽介]]||1987||[[兵庫県]][[神戸市]]||MF||||||広島||広島(昇格)||浦和レッズ||
|-
|[[川上典洋]]||1987||島根県[[出雲市]]||DF||||くにびき||[[島根県立大社高等学校|大社高]]||[[ジェフユナイテッド市原・千葉|ジェフ千葉]]||[[テゲバジャーロ宮崎]]||
|-
|[[木原正和]]||1987||山口県防府市||MF||||||広島||阪南大学||{{flagicon|CAM}}[[カンボジアンタイガーFC]]||
|-
|[[左山晋平]]||1987||広島県広島市||DF||||広島||広島観音高||ベガルタ仙台||||
|-
|[[平野甲斐]]||1987||島根県[[隠岐郡]][[隠岐の島町]]||MF||||くにびき||[[立正大学淞南高等学校|立正大淞南高]]||[[びわこ成蹊スポーツ大学]]||{{flagicon|THA}} [[アーミー・ユナイテッドFC]]||
|-
|[[福本尚純]]||1987||岡山県[[玉野市]]||MF||||||広島||立命館大学||現役引退||
|-
|[[槙野智章]]||1987||広島県広島市||DF||||広島||広島||広島(昇格)||浦和レッズ||
|-
|[[森重真人]]||1987||広島県広島市||MF||||広島||[[広島皆実高等学校|広島皆実高]]||[[大分トリニータ]]||[[FC東京]]||初のジュニアユース出身の日本代表
|-
|[[金山隼樹]]||1988||島根県||GK||||||広島||立命館大学||[[コンサドーレ札幌]]||
|-
|[[酒井貴政]]||1988||広島県[[呉市]]||MF||広島||広島||[[岡山県作陽高等学校|岡山作陽高]]||[[高知大学]]||現役引退||
|-
|[[平繁龍一]]||1988||広島県東広島市||FW||広島||広島||広島||広島(昇格)||ロアッソ熊本||府中スクールに在籍<br />初のスクールおよびジュニアからの昇格
|-
|[[藤澤典隆]]||1988||三重県[[桑名市]]||MF||||||広島||関西大学||[[FC琉球]]||
|-
|[[野田明弘]]||1988||長崎県[[諫早市]]||DF||||||広島||[[早稲田大学ア式蹴球部|早稲田大学]]||[[福島ユナイテッドFC]]||
|-
|[[遊佐克美]]||1988||福島県[[福島市]]||MF||||||広島||広島(昇格)||{{Flagicon|IND}}[[ノースイースト・ユナイテッドFC]]||
|-
|[[内田健太]]||1989||三重県[[四日市市]]||MF||||||広島||広島(昇格)||[[愛媛FC]]||
|-
|[[兼田亜季重]]||1989||広島県福山市||GK||||広島||広島||[[愛媛FC]]||アビスパ福岡||
|-
|[[篠原聖]]||1989||広島県広島市||MF||||||広島||広島(昇格)||||
|-
|[[中野裕太 (サッカー選手)|中野裕太]]||1989||[[愛知県]][[常滑市]]||FW||||||広島||[[横浜FC]]||[[FC刈谷]]||
|-
|[[横竹翔]]||1989||広島県広島市||MF||広島||広島||広島||広島(昇格)||[[高知ユナイテッドSC]]||府中スクールに在籍
|-
|[[井林章]]||1990||広島県東広島市||DF||||びんご||広島皆実高||[[関西学院大学]]||[[東京ヴェルディ1969|東京ヴェルディ]]||
|-
|[[岡本知剛]]||1990||広島県尾道市||MF||||びんご||広島||広島(昇格)||[[湘南ベルマーレ]]||
|-
|[[原裕太郎]]||1990||島根県出雲市||GK||||くにびき||広島||広島(昇格)||愛媛FC||初のくにびきJYから昇格
|-
|[[松岡祐介]]||1990||広島県||DF||||広島||広島皆実高||[[明治大学体育会サッカー部|明治大学]]||[[SRC広島]]||
|-
|[[不老祐介]]||1990||長崎県||MF||||||広島||[[筑波大学]]||||
|-
|[[石川喬穂]]||1991||広島県東広島市||DF||||びんご||広島皆実高||[[国士舘大学サッカー部|国士舘大学]]||[[アスルクラロ沼津]]||
|-
|[[大崎淳矢]]||1991||[[富山県]][[富山市]]||FW||||||広島||広島(昇格)||[[徳島ヴォルティス]]||
|-
|[[岡崎和也 (サッカー選手)|岡崎和也]]||1991||広島県広島市||MF||広島||広島||広島観音高||SRC広島||[[ファジアーノ岡山]]||スクールに在籍
|-
|[[玉田道歩]]||1991||広島県||||||広島||広島||[[専修大学]]||[[サウルコス福井]]||
|-
|[[茶島雄介]]||1991||広島県広島市||MF||広島||広島||広島||[[東京学芸大学]]||広島||スクールに在籍<br />初の大学経由昇格
|-
|[[中山雄登]]||1991||広島県||MF||||広島||広島||[[流通経済大学]]||ロアッソ熊本||
|-
|[[ダ・シルバ・ファビオ・岡|ファビオ・岡]]||1991||ブラジル||FW||||びんご||[[岡山学芸館高等学校|岡山学芸館高]]||[[ラインメール青森]]||||
|-
|[[森保翔平]]||1991||広島県||DF||広島||広島||広島||[[法政大学]]||[[カマタマーレ讃岐]]||
|-
|[[水頭廉]]||1991||||||||||広島||[[桃山学院大学]]||[[タルシーン・レインボーズFC]]([[マルタ]])||
|-
|[[井波靖奈]]||1992||石川県[[金沢市]]||FW||||||広島||広島(昇格)||現役引退||
|-
|[[川森有真]]||1992||三重県四日市市||FW||||||広島||[[東洋大学]]||鹿児島ユナイテッドFC||
|-
|[[宗近慧]]||1992||広島県||DF||||びんご||広島||法政大学||[[横浜スポーツ&カルチャークラブ|横浜Y.S.C.C]]||
|-
|[[石坂元気]]||1993||富山県||DF||||||広島||東洋大学||[[カターレ富山]]||
|-
|[[大野哲煥]]||1993||島根県||GK||||||広島||[[城西国際大学]]||[[ジェフユナイテッド市原・千葉|ジェフ千葉]]||
|-
|[[亀島周]]||1993||広島県||DF||||広島||広島||流通経済大学||ガイナーレ鳥取||
|-
|[[藤井貴之]]||1993||大阪府||FW||||||広島||[[日本体育大学]]||鹿児島ユナイテッドFC||
|-
|[[増谷幸祐]]||1993||広島県||||||びんご||[[愛媛FC]]||日本体育大学||FC琉球||
|-
|[[本藤理佐]]||1993||広島県||||広島||[[青崎サッカークラブ|青崎SC HANAKO]]||[[広島文教女子大学附属高等学校|広島文教女子大付属高]]||[[大阪体育大学]]||[[AC長野パルセイロ・レディース]]||スクールに在籍
|-
|[[脇本晃成]]||1993||広島県||MF||||広島||広島||東京学芸大学||カターレ富山||
|-
|[[野津田岳人]]||1994||広島県広島市||MF||||広島||広島||広島(昇格)||[[アルビレックス新潟]]||
|-
|[[大谷尚輝]]||1995||広島県[[安芸郡 (広島県)|安芸郡]][[府中町]]||DF||広島||広島||広島||広島(昇格)||広島||スクールに在籍
|-
|[[川辺駿]]||1995||広島県広島市||MF||||広島||広島||広島(昇格)|| [[ジュビロ磐田]] || 初のプロ契約2種登録
|-
|[[高橋壮也]]||1995||島根県松江市||DF||||くにびき||立正大淞南高||広島||広島||初の高校経由昇格
|-
|[[田中雄輝]]||1995||広島県||DF||||常石||[[ファジアーノ岡山]]||[[ファジアーノ岡山]]||[[ファジアーノ岡山ネクスト]]||
|-
|[[千布一輝]]||1995||広島県||MF||||常石||ファジアーノ岡山||ファジアーノ岡山||ファジアーノ岡山ネクスト||
|-
|[[宮原和也]]||1995||広島県広島市||DF||||広島||広島||広島(昇格)||広島||初のプロ契約2種登録
|-
|[[長沼洋一]]||1997||[[山梨県]][[甲府市]]||MF||||||広島||広島(昇格)||広島||
|}


<!-- 特集 -->
== 脚注 ==
* <ref name="sportsnavi20101009">{{Cite web|和書|publisher=スポーツナビ|date=2010-10-09|url=http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/hsyouth/2012/columndtl/201010090008-spnavi|title=広島ユースが体現した「気持ちには引力がある」|archivedate=2013-12-24|archiveurl=https://web.archive.org/web/20131224083322/http://sportsnavi.yahoo.co.jp/sports/soccer/hsyouth/2012/columndtl/201010090008-spnavi|accessdate=2023-12-11}}</ref>
{{脚注ヘルプ}}
* <ref name="asahi20041102">{{Cite web|和書|publisher=[[朝日新聞]]|date=2004-11-02|url=http://www.asahi.com/sports/fb/TKY200411020163.html|archivedate=2006-03-13|archiveurl=https://web.archive.org/web/20060313214904/http://www.asahi.com/sports/fb/TKY200411020163.html|title=広島ユース台頭 選手に密着、強さを探る|accessdate=2023-12-11}}</ref>
;注釈
* <ref name="sportsnavi20041012">{{Cite web|和書|publisher=スポーツナビ|date=2004-10-12|url=http://archive.sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/hs/column/200410/at00002840.html|title=日本の未来を垣間見る|archivedate=2013-12-24|archiveurl=https://web.archive.org/web/20131224105656/http://archive.sportsnavi.yahoo.co.jp/soccer/hs/column/200410/at00002840.html|accessdate=2023-12-11}}</ref>
<references group = "注"/>
* <ref name="footballnavi1139">{{Cite web|和書|publisher=サッカーナビ|url=http://football-navi.com/archives/1139|date=2011-02-04|title=木村龍朗インタビュー第1弾「普通の奴らとは違うというプライドを持っていた」|archivedate=2013-12-23|archiveurl=https://archive.ph/bFFfB|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="mainichi20121125">{{Cite web|和書|publisher=毎日新聞|date=2012-11-25|url=http://mainichi.jp/select/news/20121126ddm035050116000c.html|title=20年の結晶:広島J1初Vの軌跡/上 ユース出身者、根幹に|accessdate=2012-11-28|url-status=dead|url-status-date=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="asahi20090315">{{Cite web|和書|publisher=朝日新聞|date=2009-03-15|url=http://mytown.asahi.com/hiroshima/news.php?k_id=35000170903160001|title=市民の応援若手育てる/「三矢寮」かいわい|accessdate=2009-09-27|url-status=dead|url-status-date=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="hochi20131208">{{Cite web|和書|publisher=報知新聞|date=2013-12-08|url=http://hochi.yomiuri.co.jp/soccer/jleague/news/20131208-OHT1T00005.htm|title=【広島】足立スカウト「将来は下部組織の選手だけで優勝」|archivedate=2013-12-23|archiveurl=http://archive.vn/YQZ2V|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="toyokeizai20161005">{{Cite web|和書|publisher=東洋経済|date=2016-10-05|url=http://toyokeizai.net/articles/-/138472|title=サッカー界を牽引する「広島出身」監督の視点|archivedate=2016-12-18|archiveurl=https://archive.ph/Gf27i|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="sponichi20121125">{{Cite web|和書|publisher=スポーツニッポン|date=2012-11-25|url=http://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2012/11/25/kiji/K20121125004628980.html|title=広島:駒野、森崎兄弟ら輩出!「育成クラブ」のお手本|archivedate=2013-08-15|archiveurl=https://archive.ph/MObkD|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="jsgoal20121221">{{Cite web|和書|publisher=J's GOAL|date=2012-12-21|url=http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00148341.html|title=Jユースカップ4強の表裏!?:Jユースカップ準決勝は明日開催!!|archivedate=2014-04-28|archiveurl=http://archive.vn/BegpZ|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="jsgoal20121221">{{Cite web|和書|publisher=J's GOAL|date=2012-12-21|url=http://www.jsgoal.jp/news/jsgoal/00148341.html|title=Jユースカップ4強の表裏!?:Jユースカップ準決勝は明日開催!!|archivedate=2014-04-28|archiveurl=http://archive.vn/BegpZ|accessdate=2023-12-11}}</ref>
*<ref name="mototani">{{Cite web|和書|publisher=広島市公式|date=2010-01-10|url=http://www.city.hiroshima.jp/www/contents/0000000000000/1262853975332/index.html|title=インタビュー 株式会社サンフレッチェ広島・代表取締役社長 本谷祐一さん|archiveurl=https://archive.is/Dyen|archivedate=2012-12-19|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="footballchannel20121225">{{Cite web|和書|publisher=フットボールチャンネル|date=2012-12-25|url=http://www.footballchannel.jp/2012/12/25/post1246/|title=部活とクラブの融合に成功した男 広島ユース監督・森山佳郎の退任 - page.1|archivedate=2013-05-01|archiveurl=https://archive.ph/IM8cH|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="nikkan20220906">{{Cite web|和書|publisher=ニッカンスポーツ|date=2022-09-06|url=https://www.nikkansports.com/soccer/news/202209050001166.html|title=【広島】地方クラブの強化成功示す荒木隼人と加藤陸次樹の同門対決 証明された中長期的ビジョン|archivedate=2022-09-11|archiveurl=https://archive.ph/83iNT|accessdate=2022-09-15}}</ref>


<!-- 前史 -->
;出典
* <ref name="lfj760">{{Cite web|和書|publisher=賀川サッカーライブラリ|url=http://library.footballjapan.jp/user/scripts/user/story.php?story_id=760|title=かつてはサッカーのご三家 広島、埼玉、静岡|accessdate=2023-12-11}}</ref>
{{reflist|2}}
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<!-- 一種アマチュア・女子 -->
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<!--中学-->
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<!--提携 -->
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* <ref name="kodaikoko-ed">{{Cite web|和書|publisher=広島工業大学高等学校|date=2023-10-12|url=https://kodaikoko-ed.jp/zennichi/2023/10/12/サンフレッチェ広島工大高ジュニアユース/|title=サンフレッチェ広島工大高ジュニアユース|accessdate=2023-12-11}}</ref>
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<!--育成その他 -->
* <ref name="chugoku20161202">{{Cite web|和書|publisher=中国新聞|date=2016-12-02|url=http://www.chugoku-np.co.jp/sanfrecce/article/article.php?comment_id=301943&comment_sub_id=0&category_id=131|title=コーチ資格 柏ら奮闘 取得協力のサンフレ、2期生挑む|archivedate=2016-12-20|archiveurl=https://web.archive.org/web/20161220142829/http://www.chugoku-np.co.jp/sanfrecce/article/article.php?comment_id=301943&comment_sub_id=0&category_id=131|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="chugoku20220425">{{Cite web|和書|publisher=中国新聞|date=2022-04-25|url=https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/159229|title=サンフレユース1期生が4代目寮長に 安芸高田市のユース「三矢寮」 父は初代寮長、「人づくり」受け継ぐ|archivedate=2022-09-11|archiveurl=https://archive.ph/iUefd|accessdate=2022-09-15}}</ref>

<!-- 不祥事 -->
* <ref name="chugoku20230807">{{Cite web|和書|publisher=中国新聞|date=2023-08-07|url=https://www.chugoku-np.co.jp/articles/-/340548|title=サンフレ普及部コーチ、淫行の疑いで逮捕 広島県警佐伯署など|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="sanf20230801">{{Cite web|和書|publisher=中国新聞|date=2023-08-01|url=https://www.sanfrecce.co.jp/news/other/8880|title=当社普及部所属コーチの逮捕に関するお詫び|accessdate=2023-12-11}}</ref>

<!--成績用-->
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<!--スポンサー-->
* <ref name="chugoku20110128">{{Cite web|和書|publisher=中国新聞|date=2011-01-28|url=http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201101280037.html|archivedate=2011-01-13|archiveurl=https://web.archive.org/web/20110131191429/http://www.chugoku-np.co.jp/News/Tn201101280037.html|title=ユース選手袖に安芸高田市章|accessdate=2023-12-11}}</ref>
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* <ref name="s-jepsx">{{Cite web|和書|publisher=新日本パワーサプライ|url=https://s-jepsx.co.jp/news/20200226_crmkanban/|title=スポンサー看板 初お披露目(中国新聞掲載)|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="post5168">{{Cite web|和書|publisher=紫熊倶楽部|date=2020-06-15|url=https://www3.targma.jp/sigmaclub/2020/06/15/post5168/|title=【SIGMACLUB7月号】サンフレッチェを支える人々/小原防災工業株式会社代表取締役 小原洋一氏「何をおいても支えたい そう想わせる力が スポーツにはある」|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="jocr20220721">{{Cite web|和書|publisher=[[としちゃん・大貴のええやんカー!やってみよう!!]]|date=2022-07-21|url=https://jocr.jp/raditopi/2022/07/21/442617/|title=パリSGの言語学習アプリをサポート Jユース出身の経営者が語るデジタルマーケティングとスポーツをつなぐ思い|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="sanf20220403">{{Cite web|和書|publisher=サンフレッチェ広島|date=2022-04-03|url=https://www.sanfrecce.co.jp/news/other/7192|title=『株式会社Traditional Street』様 新規パートナー契約締結のお知らせ|accessdate=2023-12-11}}</ref>
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<!--評価-->
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* <ref name="tagma20160802">{{Cite web|和書|publisher=|date=2016-08-02|url=https://www.targma.jp/hollyhock/2016/08/02/post15911/|title=【HHレポート】「J初の廃校を活用した新練習拠点の建設へ ホーリーホックと城里町で旧七会中学校の跡地利用整備に関する協定書を締結」|accessdate=2023-12-11}}</ref>
* <ref name="sportiva20181217">{{Cite web|和書|publisher=スポルティーバ|date=2018-12-17|url=https://sportiva.shueisha.co.jp/clm/football/jleague_other/2018/12/17/___split_132/?page=2|title=5度目の頂点に立った広島ユース。この功績をトップはどう生かすのか)|accessdate=2023-12-11}}</ref>
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<!--代表 -->
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* <ref name="sponichi20231116">{{Cite web|和書|publisher=スポーツニッポン|date=2023-11-16|url=https://www.sponichi.co.jp/soccer/news/2023/11/16/kiji/20231116s00002009613000c.html|title=日本代表・前川黛也 途中交代で初陣 親子二代での日の丸守護神|accessdate=2023-12-11}}</ref>
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== 参考資料 ==
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* [http://www.shokokai.or.jp/34/yoshida/person/person20.htm 三矢寮] - 安芸高田ドットコム
* ぽいち 森保一自伝―雑草魂を胸に』[[森保一]]・[[西岡明彦]]共著、2004年2月、[[フロムワン]]、ISBN 4757210159
* {{Cite book|和書|author=森保一 |coauthors=[[西岡明彦]] |title=ぽいち 森保一自伝―雑草魂を胸に |date=2004-02 |publisher=[[フロムワン]] |isbn=978-4757210158| ref = {{sfnref|森保|2004}}}}
* [http://seto.way-nifty.com/ SANFRECCE Diary]
* 『[[週刊サッカーダイジェスト]]』各号
* 『[[週刊サッカーダイジェスト]]』各号
** 「サンフレッチェ広島ユース解体新書」、2004年11月30日号および同年12月7日号
* 『[[週刊サッカーマガジン]]』各号
* 『[[週刊サッカーマガジン]]』各号
* 『[[中国新聞]]』各紙
* 『[[中国新聞]]』各紙


== 関連項目 ==
== 関連項目 ==
* [[サンフレッチェ広島F.Cの選手一覧]]
* [[カンテラ]](スペイン)
* [[イタリアのサッカークラブの下部組織]]
* [[フランチャイズ・プレイヤー]]
* [[フランチャイズ・プレイヤー]]
* [[サンフレッチェ広島F.Cの選手一覧]]
* [[LISEM]]


== 外部リンク ==
== 外部リンク ==
* [http://www.sanfrecce.co.jp/ サンフレッチェ広島オフィシャルホームページ]
* [http://www.sanfrecce.co.jp/ サンフレッチェ広島オフィシャルホームページ]
* [http://www.sanfrecce-school.jp/index.html サンフレッチェ広島サッカースクール公式](携帯サイト)
* 提携スクール
* 提携スクール
** [http://www.kunibiki-fc.co.jp サンフレッチェくにびきフットボールクラブ]
** [http://www.kunibiki-fc.co.jp/ サンフレッチェくにびきフットボールクラブ]
** [http://www.sportsonline.jp/s.bingo/ サンフレッチェびんごフットボールクラブ]
** [http://www.sportsonline.jp/s.bingo/ サンフレッチェびんごフットボールクラブ]
* [http://www.sportsonline.jp/tycfa/ 中国クラブユースサッカー連盟]
* [http://www.sportsonline.jp/tycfa/ 中国クラブユースサッカー連盟]


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2025年1月3日 (金) 00:09時点における最新版

サンフレッチェ広島F.C
サッカー
(男子)
サッカー
(女子)
サッカー
(アカデミー)
異競技連携
一流のサッカー選手である前に一流の社会人であれ

今西和男[1][2]

気持ちには引力がある

森山佳郎[3]

サンフレッチェ広島F.Cの育成組織(サンフレッチェひろしまエフシーのいくせいそしき)は、Jリーグサンフレッチェ広島F.Cの育成組織(アカデミー、下部組織)。

通称として下部組織と呼ばれることがあるが、Jリーグの指針では下部組織という用語は用いないとしている[4]。一部では愛称として「子熊」[5]「仔熊」[6]と呼ばれている。2チーム編成で大会に登録する場合、片方のチーム名に「セカンド」あるいは「ベアース(BearsあるいはB)」を付け登録している場合もある。これらの熊とは、チームマスコットであるツキノワグマサンチェに由来する。

2024年時点で男女ともにチームがある。スクール拠点は、広島県内のほか山口県島根県にもある[7]

クラブは目標の一つに「日本一の育成・普及型クラブ」を掲げ[8][7][9]、その中で「技術があってハートもあってハードワークできる」選手の育成を目指している[10]。そしてサッカーの技術的な面だけではなく、メンタル面でのアプローチ[11][3][12]、学業・生活面の指導など人間教育にも力を入れている[8][13][14][15]

体験入会・セレクションなど詳細に関しては公式ホームページ等を参照。

組織

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サンフレッチェ広島F.Cの育成組織の位置(日本内)
サンフレッチェ広島F.Cの育成組織

Jリーグクラブライセンス制度では、Jリーグの各チームにU-18チームU-15チームU-12チーム、U-10チームを保有することを義務づけ、女子チームを保有できるものとしている。これを元に広島では以下のチームを編成している。

選手

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スタッフ

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育成部
  • 育成部部長 : 沢田謙太郎
  • 育成部副部長 : 栗原圭介
  • ユースダイレクター : 佐々木直人
  • GKコーチダイレクター : 加藤寿一
  • ユース監督 : 野田知
  • ユースコーチ : 池田康平、遠藤真仁
  • ユースGKコーチ : 原裕太郎
  • ユーストレーナー : 玉川主也
  • 三矢寮長 : 稲田浩
  • 三矢寮母 : 稲田純子
  • フィジカルコーチ : 井前尚
  • ジュニアユース監督 : 岡本知剛
  • ジュニアユースコーチ : 関原凌河柴﨑晃誠
  • ジュニアユースGKコーチ : 阿江孝一
  • 工大高ジュニアユース監督 : 山下健太
  • ジュニアユーストレーナー 宮澤啓太
  • ジュニア監督 : 平繁龍一
  • ジュニアコーチ : 渡辺康則、東野広太郎
  • レジーナユース監督 : 田邊友恵
  • レジーナジュニアユース監督 : 山本侑生
  • レジーナジュニアユースコーチ : 木村翔
普及部
  • 普及部ダイレクター : 塩崎浩作
  • コーチ兼スクールマネージャー : 長尾一宏
  • コーチ兼スクールリーダー : 赤松謙次
  • コーチ兼スクールサブリーダー : 牛尾匠
  • コーチ : 駒野友一、成瀬琢斗、里信和也、栩野将称、高橋友希、内田健太、大林あや
  • 地域コーディネーター兼コーチ : 斎原みず稀

拠点

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サンフレッチェ広島F.Cの育成組織の位置(広島県内)
安芸高田市サッカー公園
安芸高田市サッカー公園
揚倉山健康運動公園
揚倉山健康運動公園
広島広域公園第二球技場
広島広域公園第二球技場
地図
About OpenStreetMaps
Maps: terms of use
45 km
びんご
.
くにびき
2022年時点でのスクール拠点。特記は提携スクール。
提携ジュニアユース
  • サンフレッチェ広工大高ジュニアユース
  • サンフレッチェ福山レジーナジュニアユース
    • 提携 : RSスポーツクラブ(福山ローザス・セレソン)
    • 代表 : 栗原真行
提携スクール

取り組み

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前史

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広島のサッカー土壌

広島は古くは静岡・埼玉と共にサッカー御三家と言われる土地であった[16][17]。戦前から広島高師附属中学(現広大附属高)・広島一中(現国泰寺高)・修道中学(現修道高)の広島サッカー御三家を中心に全国大会で数々のタイトルを取り、福原黎三渡部英麿松田輝幸浜本敏勝ら教員指導者の尽力により、数多くのサッカー選手を輩出してきた[18]

1950年代後半になると、指導者不足から東洋工業蹴球部(後のマツダSCでありサンフレッチェ広島F.Cの前身)をはじめとする地元実業団の現役選手が頼まれて市内の小中高校へ指導に出かけるようになった[注 1][19]。1965年東洋工業現役選手によるサッカー教室を正式に開始[20]、のち「マツダサッカースクール」の名で船本幸路小城得達など蹴球部OBを講師に県下を指導・普及して周っていた[注 2]

1970年代以降オイルショックから広島経済の地盤沈下が進み、広島サッカーも影響し停滞していった[18][17]。地元出身の有望選手は大学を卒業後関東や関西の実業団チームへ入団し、有望な中学生は他県の高校へ越境入学するなど、タレントが流出していった[18]

マツダSCの試み

1984年、マツダSCがJSL2部に降格したことを機に、今西和男が強化担当(兼監督)に就任した[24]。今西は蹴球部OBだが引退後はマツダ社員として働いており、指導者としてのキャリアがまったく無かったので、オランダからハンス・オフトをコーチに招聘した[24]

今西は外国人選手獲得[注 3]も兼ねて、オフトの出身クラブであるフェイエノールトとその他にもアヤックス・アムステルダムを視察した。そこで、プロには「予備軍」(フェイエノールト・アカデミーオランダ語版アヤックス・アカデミー[注 4])が存在すること、予備軍ではトップの内容に近いトレーニングをこなしてること、プロになれなかった場合のリスクを避けるために予備軍に勉強をさせていたこと、を知った[26][25]

一方、新たな日本人選手発掘・獲得には、地方というハンディキャップからかなかなか即戦力の選手を獲得できなかった。彼らは相談した結果、即戦力となる大卒選手の獲得を継続する中で、高卒選手の獲得と育成に力を入れ、フェイエノールトやアヤックスのような予備軍の整備を目指そうとした[25]。さっそく2軍である「マツダSC東洋」を強化し中国サッカーリーグに参戦、森保一片野坂知宏柳本啓成らを育成していった[27][28]

さらに指導者育成にも着手[29]、後に小林伸二松田浩中村重和などチームを影で支える指導者が誕生した。

また1990年代以降、当時マツダSCコーチだったビル・フォルケスの紹介で、森保や高木琢也[注 5]など若手数人を年に1度1ヶ月程度マンチェスター・ユナイテッドFC.リザーブイプスウィッチ・タウンFCなどイングランドのチームに練習参加させていた[31][30][32][33]。なおこうした選手の中には虫谷泰典[注 6]のようにプロ契約せずマツダ社員として勤務したものもいる[33]

高校年代の強化

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吉田郡山城展望台からみる吉田町。手前の建物が吉田高校。
安芸高田市サッカー公園。トップチーム練習場でありユース(U-18)の拠点でもある。
映像外部リンク
那須大亮公式youtube channel
【全寮制】サンフレッチェ広島ユースの三矢寮に潜入!!広島名物の吉田町走りを体験!!
【那須叫ぶ】駒野友一,槙野智章,柏木陽介を輩出したサンフレッチェ広島ユースに体験入部してみた!
映像外部リンク
サッカー国際大会開会式を盛り上げたサンフレッチェユース劇場 - 当時フィジカルアドバイザーを務めた木場克己がアップロードした動画。中心人物は大谷真史。当時やべっちFCでも取り上げられている[34]

1993年Jリーグが開幕すると、すべてのJリーグクラブは育成組織を持つことが必須となった。サンフレッチェ広島では当初ハード面で遅れており、特にユースは広島市内で練習グラウンドの確保すらままならなかった[25]。そこへ高田郡吉田町(現安芸高田市)がサッカーを中心としたスポーツで町おこしをする「若者定住促進等緊急プロジェクト」の一環として全面協力することが決定、ユースは育成拠点を吉田町内に置き、町内の吉田運動公園を練習拠点として活動を開始した[8][13]

ほぼゼロからのスタートであったが、前身の東洋工業/マツダSC時代から若手を育てることがクラブとして生きる道だという思い[25]から、若手育成のノウハウができつつあり、その後の試行錯誤から以下のような発展を遂げた。

吉田町は広島市内から車で1時間半以上かかる遠方[13][34]にあるため設立開始から全寮制をひいた[1]。当初は民家を借りて行っていたが環境の充実をはかり、1994年にJリーグチームとしては初めてユース寮を新設した[18]
1998年に吉田サッカー公園(現安芸高田市サッカー公園)が完成し、本格的に練習を開始した[8]
地元吉田町との関係強化が進んでいる[35][36]
所属する全選手を広島県立吉田高等学校に通わせている[37]。学校での生活態度を逐一報告を受け、成績の悪い選手はペナルティとしてユースの練習に参加させないようにしている[38][13]。また高校の学校行事に積極的に参加[注 7]、ときには吉田高校サッカー部(ここには広島ユース生は所属していない)や吉田中学校にユース監督以下スタッフを派遣し指導に当たるなど、互いに密な関係を築いている[1]
また設立当初からサッカーフェスティバルなど町民との積極的な交流を深めた結果、2000年代以降地域に溶けこんだ。ユースの全国大会決勝では町民が応援に駆けつけたりもしている[36]
  • ユース独自のスカウト網
専門のスカウトを置き、若年層の有望株を全国津々浦々まで網羅しカバーしており、その情報量は2004年当時は他クラブを圧倒していた[25]森山佳郎の証言によると、それを見て他クラブも強化した結果一時期は広島に人材が流れてこなくなったが、そこから結果を出し続けたことで持ち直したという[39]

歴代コーチは、トップチームでプレー経験のあるもの、プロ選手経験はないがサンフレで指導経験を積んだもの、あるいは外部からの招聘など、様々な指導者が就任している。歴代監督はマツダ/サンフレのトップチームでプレー経験のある人物が就任していたが、2020年からトップチームでのプレー経験がないが広島県出身の高田哲也が就任している。2023年から全く関連性のない野田知が監督に就任、コーチ陣は全員広島ユース出身同期が就任している。

1種アマチュア

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マツダSC時代にはセカンドチームとしてマツダSC東洋が存在したが、Jリーグ発足に伴い関係性は切り離され新生マツダSCとしてアマチュアリーグに参加している[28]。サンフレッチェ広島としては、2015年時点で1種アマチュアチームいわゆるセカンドチームは創設する予定はないとしていた[40]。ただ大人向けのサッカースクールは開校している。

女子

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スクールには女子も入ることができ、広島ジュニア出身者でなでしこリーグチームに入団したものもいる。サンフレッチェ広島としては2015年時点で女子チームを創設する予定は全くなく地元のアンジュヴィオレ広島とともに広島サッカー界を盛り上げていくとしていた[40]

のちWEリーグ創設にあたり、アンジュヴィオレはプロ化を断念しサンフレッチェ側にWEリーグ参加を要請[41]、2021年サンフレッチェ広島レジーナを設立している。またチーム発足に伴い、2021年から女子アカデミー(レジーナジュニアユース)が発足した。なおアンジュヴィオレは新型コロナウィルスによる経済悪化に加え、WEリーグ(サンフレッチェレジーナ)誕生に伴いなでしこリーグのメディア露出が減り広告宣伝効果が減ったことで企業からの出資が減ったため運営が困難になったとして、2022年度を最後に下部組織含めて解散する[42][43]

2024年、レジーナユースを設立する。

中学年代の強化

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拠点の一つ揚倉山健康運動公園。現在では人工芝が整備されている。

歴代監督・コーチともに、トップチームでプレー経験のあるもの、プロ契約はないがサンフレッチェで指導経験を積んだもの、あるいは外部からの招聘など、様々な指導者が就任している。

ユースと同様に強化に努めたが、結果として現れだしたのは2000年以降である。ここで育った選手がユースに昇格し、ユースも結果が出るようになった。

過去には県サッカーのレベル低下を防ぐため、意図的にユース昇格を制限していた時もあったという[44]。広島県の高校による2000年代の高校3大大会(インターハイ高円宮杯選手権)好成績はジュニアユース出身者によってもたらされている[18][17][45]。ただ2020年報道によると、他県のレベルアップと広島県の高中体連の地盤沈下に伴い、昇格を逃した選手が県外のクラブチーム・学校へ越境入団するケースが顕著になったという[46]

提携

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くにびきの拠点である出雲健康公園。出雲ドームの向こう側にグラウンドが広がる。
びんごの拠点である広島県立びんご運動公園
提携スクール

提携スクールは、一般的な町クラブのように地元団体・企業が運営し、サンフレッチェが指導者を派遣するなど技術提携する形をとっている。ほぼゼロから始めたところばかりだが、中には町クラブを前身としサンフレッチェと技術提携したことにより提携スクールとなったところもある[47][48]

以下は現在開校している提携スクールである。

1994年「くにびきFC」として発足[47]、1996年にサンフレと技術提携したことにより現名となった[48]。2009年、運営を株式会社化。
  • サンフレッチェびんご - 広島県尾道市
1997年提携。2013年運営を特定非営利活動法人化。

以下は、以前提携スクールとして活動していたが離脱したスクールである。

提携年度不明、のちに将来のJリーグ加盟へ本格的に動き始めた愛媛FCに編入された[49]
1994年提携、その後提携先をFCバイエルン・ミュンヘンに変えFCバイエルン・ツネイシに、現在は提携が終わり「FCツネイシ」。
高校との連携

サッカースクールのうち観音の中学生スクールは山陽高等学校人工芝グラウンドで行われている。

2024年サンフレッチェ広工大高ジュニアユースが開校した。監督のみサンフレッチェのスタッフ、拠点やコーチ陣は広島工業大学高等学校がサポートする形で運営する[50]

街クラブとの提携

前述のとおり広島県のサッカーは1980年代に停滞し、1990年代以降サンフレッチェを中心に高校生年代の強化に成功したものの、中学生年代は未整備だった。これに対し、市内の小学生年代の町クラブが広島大河FCをモデルケースとして中学生年代のチームを作る動きが加速し、指導体制を強化した[18][45]

この流れにサンフレ側も協力している[7]。例えば、毎週火曜日に高校サッカーや街クラブの指導者とサンフレ育成スタッフ全員が集まる"育成ミーティング"を開催、その中でサンフレ育成ノウハウを公開しお互い情報交換するなど、広島のサッカー発展に貢献している[51]

2022年福山市を拠点とする一般社団法人RSスポーツクラブ(福山ローザス・セレソン)と提携、ローザスレディースを改称してサンフレッチェ福山レジーナジュニアユースが発足した[52]

海外クラブとの提携
映像外部リンク
【育成年代を指導】ドイツ名門・1.FCケルンのアカデミーコーチが来広【野津田岳人選手コメント付き】(2022年6月11日取材) - 勝ちグセ。サンフレ応援!森﨑浩司のFoot style

上記の通りマツダSC時代から海外クラブへの留学をしていた。木村龍朗は2001年にマンUへ留学したと証言しており[14]、少なくとも2000年代初頭まで海外留学は続けられていたことになる。

2021年9月15日1.FCケルンと育成業務提携を締結した[53][54]。提携期間は2021年9月1日から2024年8月31日まで[55]

普及事業その他

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2025年から広島駅ビルminamoa屋上のソラモア広場でスクールを開校している。
スクール

女子の「フレッチェレディーススクール」、小学生年代の「スクール」や中学生年代の「ジュニアユーススクール」、GK専門の「GKスクール」や、サッカー未経験の大人を対象とした「おとなスクール」など、幅広く行っている。

なおその中のいくつかはトップス広島との提携の形で運用している。

小学校訪問

トップス広島やP3 HIROSHIMAでの活動の一環として、広島市主催の公共事業「Doスポーツ体育指導者招へい事業」の一環として、また広島県体育協会主催の「ジュニア育成事業」の一環として、トップチームの選手や育成コーチングスタッフ含めた全スタッフが広島市内を中心に県内の小学校訪問を1年間で平均約10校程度行っている。

指導者育成

元々マツダSC時代から指導者育成に力を入れており[29]、広島育成組織での指導経験がある人物でJFA 公認S級コーチを取得し他クラブで活躍しているものもいる。

2013年から他クラブに先駆けて、トップチームの現役選手がCないしD級コーチ資格を取得する手助けとして、クラブ独自で講習を開いている[56]

評価

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ノウハウ

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これらは比較的小さいクラブ財政基盤での戦力強化モデルであること、またトップチームの2012年2013年のJリーグ連覇の要因の一つとなったことから、その育成ノウハウがお手本として注目されている[26][57][58]。これに対し広島側はそのノウハウを全面的に公開している[51][7]。例えば、京都サンガF.C.は2005年"スカラーアスリートプロジェクト"を立ち上げたがベースとなったのが広島の育成ノウハウであり[59]鹿島アントラーズは寮整備と高校との連携の際には参考にしたという[39]城里町水戸ホーリーホックアツマーレ整備の際に、吉田町とサンフレッチェとの関係性に着目している[60]

ノウハウ公開と平行して、研修などを目的とした短期間の受け入れも行っている。例えば、フィッツジェラルド舞行龍ジェームズは2004年15歳当時広島ユースで短期間受け入れ[注 8]、これが縁で日本の高校に通いプロ入りし日本に帰化している[61]

かつてJリーグが始まったころ、少ない予算の中で自前の選手を育てることに長けたクラブとしてジェフ市原とともに評価されていた[62]。2016年中国網は「日本一大“球星加工厂”」と紹介している[63]

プロ実績

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ホームグロウン制度において、サンフレッチェ広島はJリーグチーム内でも優秀な方になる。ただアカデミー出身選手に限るとクラブ財政の問題からトップチームですぐ使える選手を昇格させているため、その昇格人数は極めて少なくなっている[10][64][65]。更にトップチームの成績向上に伴いアカデミー出身選手がレギュラーに割って入れない状況もあり[66]、他のJリーグチームへレンタル移籍して経験を積むものもいる[67]

以下、広島トップチームにおける年度シーズン開幕時点でのホームグロウンの人数と、その中での広島アカデミー出身者の人数を示す。Yはユース、JYはジュニアユースの略。

年度 2025 2024 2023 2022 2021 2020 2019
ホームグロウン 15 16 15 13 15 13
アカデミー
出身
出身数 14 12 11 9 10 8
内訳
(重複あり)
Y 14 12 11 8 9 6
JY 6 6 5 2 3 2
びんごJY 0 0 0 1 1 1
くにびきJY 0 0 0 0 0 1

卒団後の進路サポートも重視しており、ユースにおいてはプロになれなかった選手の就職および大学進学率はJリーグユースの中でもトップクラスを誇る[38][13]。広島アカデミーを退団後他の学校などで活躍し、広島のみならず他のJリーグチームでプロ入りを果たした選手もいる[67]

以下、2024年12月31日時点での各国の1部リーグで100試合以上出場したアカデミー出身者を示す。プロ在歴は全カテゴリでのプロチーム在籍期間。1部リーグの出場・得点はJ1と海外の1部リーグの合計のみであり、J2などの2部リーグ以下やカップ戦、国際試合などは含めない。

引退
名前 生年 出身 アカデミー プロ契約 プロ在歴 Pos. 1部リーグ
U15 U18 出場 得点 1部リーグ
最多出場チーム[注 9]
駒野友一 1981 和歌山 - Y 昇格 2000-2022 DF/MF 374 19 磐田 [1]
森崎和幸 1981 広島 - Y 昇格 1999-2018 MF 431 19 広島 [2]
森崎浩司 1981 広島 - Y 昇格 2000-2016 MF/FW 257 41 広島 [3]
宮本卓也 1983 広島 JY Y 大商大→C大阪 2006-2013 DF/MF 101 1 山形 [4]
田坂祐介 1985 広島 JY Y 青学大→川崎 2007-2020 MF 156 15 川崎 [5]
髙萩洋次郎 1986 福島 - Y 昇格 2003-2025 MF 390 30 広島 [6]
森脇良太 1986 広島 びんご Y 昇格 2005-2024 DF/MF 302 19 浦和 [7]
柏木陽介 1987 兵庫 - Y 昇格 2006-2023 MF 392 56 浦和 [8]
川上典洋 1987 島根 くにびき - 大社高→千葉 2006-2022 DF 101 9 シンガポールの旗アルビレックス [9]
槙野智章 1987 広島 JY Y 昇格 2006-2022 DF 423 46 浦和 [10]
遊佐克美 1988 福島 - Y 昇格 2007-2023 MF/FW 168 42 インドの旗モフン・バガン [11]

2012年2月24日日本代表対サッカーアイスランド代表戦にて、駒野・森脇・槙野・柏木が日本代表として出場を果たした。国際Aマッチにおいて同一アカデミー出身者4人出場は日本サッカー史上初のことである[68]東アジアカップ2013では国内組の縛りがあったこともあり、駒野・森脇・髙萩・槙野・森重と5人日本代表に選ばれている[69]。2023年11月16日日本代表対サッカーミャンマー代表戦で前川・大迫とGK2人交代で出場している[70]

現役
名前 生年 出身 アカデミー プロ契約 プロ在歴 Pos. 1部リーグ
U15 U18 出場 得点 1部リーグ
最多出場チーム[注 9]
森重真人 1987 広島 JY - 皆実高→大分 2006-現在 DF 490 35 F東京 [12]
茶島雄介 1991 広島 JY Y 学芸大→広島 2014-現在 MF 104 6 広島 [13]
野津田岳人 1994 広島 JY Y 昇格 2012-現在 MF 221 22 広島 [14]
前川黛也 1994 広島 JY - 関大→神戸 2015-現在 GK 135 0 神戸 [15]
川辺駿 1995 広島 JY Y 昇格 2013-現在 MF 290 38 広島 [16]
宮原和也 1996 広島 JY Y 昇格 2013-現在 DF/MF 159 5 名古屋 [17]
荒木隼人 1996 大阪 - Y 関大→広島 2019-現在 DF 183 11 広島 [18]
加藤陸次樹 1997 埼玉 - Y 中大→金沢 2020-現在 FW 128 30 C大阪 [19]
大迫敬介 1999 鹿児島 - Y 昇格 2018-現在 GK 171 0 広島 [20]
東俊希 2000 愛媛 - Y 昇格 2018-現在 MF 170 8 広島 [21]

不祥事

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  • 2023年7月31日スクール専属コーチが県青少年健全育成条例違反(淫行)で逮捕された[71][72]。その者は同年4月1日から専属契約、午前は中学校非常勤講師、午後からスクールコーチをしていた[72]。クラブ側は同年8月1日付社長署名で、被害にあわれた方とその家族に対して謝罪、ほかスポンサーなどクラブに携わる関係者に謝罪し、再発防止に向け監督・指導を徹底する、とコメントしている[72]

主な戦績

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ユース

[編集]
天皇杯

2000年、ユースが天皇杯広島県予選にあたる全広島サッカー選手権大会で初優勝し、天皇杯に初出場。その後、2度出場したがすべて1回戦敗退している。

天皇杯
開催年月日 大会名 対戦相手 開催スタジアム スコア 勝敗
2000年11月25日 第80回天皇杯1回戦 上田ジェンシャン 福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場 0-1 敗北
2002年12月1日 第82回天皇杯1回戦 大分トリニータU-18 大分市営陸上競技場 1-1(PK4-5) 敗北
2003年11月30日 第83回天皇杯1回戦 水戸ホーリーホック 福山市竹ヶ端運動公園陸上競技場 0-1(延長) 敗北

ジュニアユース

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リーグ(高円宮杯U-15プログレスリーグ
詳細は当該リンク先参照
カップ戦

ジュニア

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国際試合

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マンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップ

2003年と2014年にジュニアユースがJFAプレミアカップ(旧ナイキプレミアカップ)優勝したことに伴いマンチェスター・ユナイテッド・プレミアカップに出場している。

プレミアカップ
開催年月日 大会名 対戦相手 開催地 スコア 勝敗 記録
2003年7月17日 グループD アルゼンチンの旗 ボカ・ジュニアーズ ポートランド 2-3 敗北 [22]
スペインの旗 アトレティコ・マドリード 0-1 敗北 [23]
2003年7月19日 南アフリカ共和国の旗 ロイヤル・コスタル 0-1 敗北 [24]
フランスの旗 パリ・サンジェルマン 1-0 勝利 [25]
2003年7月21日 4位グループ戦 チリの旗 ピチデグア 2-2(PK6-7) 敗北 [26]
15位・16位決定戦 コロンビアの旗 インデペンディエンテ・メデジン 2-0 勝利 [27]
2014年8月6日 グループC メキシコの旗 UANLティグレス マンチェスター 0-3 敗北
オランダの旗 フェイエノールト 0-2 敗北
2014年8月7日 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッドFC 4-0 勝利
南アフリカ共和国の旗 マメロディ・サンダウンズ 2-0 勝利
2014年8月8日 順位決定戦 ブラジルの旗 SCインテルナシオナル 1-5 敗北
11位・12位決定戦 大韓民国の旗 中東中学校 1-0 勝利
SBCカップ

ユースは高円宮杯決勝進出の副賞として、2005年と2008年の2度にわたりドイツで開かれたSBCカップに出場している。

SBC
開催年月日 大会名 対戦相手 開催地 スコア 勝敗
2005年2月26日 グループリーグ ギリシャの旗 オリンピアコスU-19 ラオプハイムドイツ語版 1-1 引分
2005年2月26日 ドイツの旗 SSVウルム1846U-19 1-3 敗北
2005年2月27日 ドイツの旗 ハンブルガーSVU-19 1-2 敗北
2005年2月27日 5位6位決定戦 ドイツの旗 FVオリンピア・ラオプハイムドイツ語版U-19 1-0 勝利
2008年2月22日 グループリーグ ドイツの旗 FVオリンピア ラオプハイムU-19 ラオプハイム 2-0 勝利
2008年2月22日 ドイツの旗 TSV1860ミュンヘンU-19 0-1 敗北
2008年2月23日 オランダの旗 FCトゥウェンテU-19 0-1 敗北
2008年2月23日 5位6位決定戦 ドイツの旗 ヘルタ・ベルリンU-19 3-0 勝利
クラウディオサッシ国際ユーストーナメント

高円宮杯決勝進出の副賞として、イタリアで開かれたクラウディオサッシ国際ユーストーナメントU-18大会に出場した。2年連続でフェアプレー賞を受賞した。

なお、2012年はACチェゼーナのトップチームとも対戦、シモーネ・デル・ネロらに得点を奪われ0-6で敗戦している[73]

クラウディオサッシ
開催年月日 大会名 対戦相手 開催地 スコア 勝敗
2011年4月22日 グループリーグ イタリアの旗 ユヴェントスFCU-18 サッスオーロ 1-2 敗北
2011年4月23日 イタリアの旗 モデナFCU-18 2-1 勝利
2011年4月24日 イングランドの旗 マンチェスター・ユナイテッドFCU-18 1-3 敗北
2012年4月6日 グループリーグ ロシアの旗 PFC CSKAモスクワU-18 サッスオーロ 2-3 敗北
2012年4月7日 イタリアの旗 ACチェゼーナU-18 3-3 引分
2012年4月8日 イタリアの旗 USサッスオーロ・カルチョU-18 4-0 勝利
Balcom BMW CUP 平和祈念広島国際ユースサッカー

2006年から広島県で行われている国際大会に出場している。

特記

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中国社会人リーグ

創立当初から中国地方のユース年代では抜けた存在であったため、近隣になかなかいい対戦相手がいなかった。そのため1998年、中国サッカーリーグの前期日程(第1節-第8節)にオープン参加している。しかし、社会人リーグのリーグ編成および日程の関係から、この年のみで終了した。戦績は7勝1敗。

ユース二冠
2004年8月8日第28回日本クラブユースサッカー選手権 (U-18)大会決勝対ジュビロ磐田ユース戦(Jヴィレッジスタ)のスターティングメンバー[74]。数字は背番号、(C)はキャプテン。

森山佳郎が監督として率いた2003年・2004年の広島ユースは、2年連続でユース三冠(クラブユース選手権高円宮杯Jユースカップ)のうち二冠を達成し、"広島ユース黄金時代"と呼ばれた[34][75][15]。これは2001年からクラブ全体が攻撃的なサッカーへの転換を模索しだしたこと[76][77]、それに伴いチームとして質を上げるため2001年のみスカウト活動を積極的に行ったことにより入団した選手が高校2年・3年になる2003年・2004年に結果として現れたためである[78]

前田俊介髙柳一誠森脇良太柏木陽介槙野智章平繁龍一ら、タレントがズラリ揃った2004年には、3大会とも決勝に進出した[75]。レギュラー11人が全員プロ入りしたこのチームは強さと巧さを兼ね備え、なおかつ勝負強く、史上最強ではといわれるチームであった[75]。ただ、最上級生に田坂祐介西山貴永田村祐基ら、そしてクラブ史上初のプロの高校生Jリーガーとなる髙萩洋次郎が在籍した2003年のチームのほうが記録的には上で、公式戦で2敗のみ(高円宮杯準決勝静岡学園戦と2003年天皇杯1回戦対J2水戸ホーリーホック戦)しかしていない。

高円宮杯3連覇

高円宮杯はクラブユースと高体連つまり2種登録チームすべてが参加する唯一の大会であり、現在は高校年代サッカーの最高峰と位置づけられている。この大会において2010年代初頭に、第21回高円宮杯2011年高円宮杯プレミア2012年高円宮杯プレミアと3連覇を達成している[34][15]。3大会の決勝すべてに出場したのは野津田岳人ら2人、2大会の決勝出場が脇本晃成川辺駿宮原和也らがいる。なお2012年はトップチームがJ1リーグ制覇を達成しており、リーグ戦として“兄弟制覇”ということになる[79]

大会レギュレーション変更を挟むため、参考記録ではあるが、2024年時点では、3連覇は清水市商高と広島ユースのみである。

スポンサー

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  • サプライヤーはトップチームと同じ。設立当初から2009年までがミズノ、2010年以降はナイキ。
  • スポンサー契約していない場合、胸は「SANFRECCE」表記、背中は無記名。
  • マツダは2010年以前からユースのみスポンサーとして入っていた。
  • 2010年以前に短期間ジュニアユース・ジュニア・スクールのスポンサーにフレスタが入っていた。
  • 2011年からユースのユニフォーム右袖に「安芸高田市」の文字と市章が入っていた。マザータウンとして明確に掲示したためであり、安芸高田市がスポンサーとして入っているわけではなかった[80]
  • 2016年からユースおよびジュニアユースの胸にイズミが入る[81]
  • 2020年からジュニアユースの袖に小原防災工業が入る[82]。ちなみに社長の父親は元マツダサッカー部選手で、社長自身も高校までサッカーをしていた[82]
  • 2020年東栄住宅と契約を結んだ[83]。2023年時点でジュニアユースの背中上部。
  • 2020年FiveHangoutsと契約を結んだ[84]。2023年時点でユースの袖。なお社長は広島ジュニアユース・ユース出身(駒野・森崎兄弟の一つ下)[84]
  • 2022年Traditional Streetと契約を結んだ[85]。2022年ユースの袖[85]。2023年ユースの背中下部。
  • 他にも広島アカデミーOBが経営する企業がスポンサーになったケースも存在する[86]
  • 日本ヒューレット・パッカードのCMにアカデミースタッフおよび選手が起用されている[87]

出身者

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主な選手

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所属経験のうち、Yはユース、JYはジュニアユース、Jrはジュニア、Sはスクールの略。提携スクールのうち、くにびきは「く」、びんごは「び」、みろくの里は「み」、常石は「常」と略記。五十音順表記。サンフレッチェ広島F.Cの選手一覧もあわせて参照。

1970年代生まれ

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1970年代生まれ

1980年代生まれ

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1980年代生まれ

1990年代生まれ

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2000年代生まれ

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スタッフ

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  • ユース監督
    • 小林伸二(1993年 - 1996年)
    • 木村考洋(1997年 - 2000年)
    • 中村重和(2001年 - 2002年8月)
    • 森山佳郎(2002年8月 - 2012年)
    • 望月一頼(2013年 - 2014年)
    • 沢田謙太郎(2015年 - 2019年)
    • 高田哲也(2020年 - 2022年)
    • 野田知(2023年 - 現在)
  • ジュニアユース監督
    • ?
    • 中村重和(1997年 - 2000年)
    • 月岡利明(2001年)
    • 上野展裕(2002年 - 2003年)
    • 塩崎浩作(2004年)
    • 島卓視(2005年 - 2008年)
    • 沢田謙太郎(2009年 - 2014年)
    • 迫井深也(2015年 - 2017年)
    • 高田哲也(2018年 - 2019年)
    • 岩成智和(2020年 - 2021年)
    • 遠藤真仁(2022年 - 2023年)
    • 岡本知剛(2024年 - 現在)
その他

脚注

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注釈

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  1. ^ 例えば、下村幸男は修道高校で1961年国体と選手権の2冠制覇し、森孝慈中村勤吉田浩らを育てた。小沢通宏は舟入高校へ出向き、野村六彦今西和男を指導した。石井義信県立広島工業を全国的強豪に育てあげた。
  2. ^ 例えば、今西和男松本育夫二村昭雄は本社工場西側の青崎地区(現南区)の青崎小学校に指導に出向いている[21]。ここからサッカーが盛んになり青崎SCが発足した[21]。本社工場がある府中町出身の金田喜稔は中学1年(1970年)の時に大野毅船本幸路に指導を受けている[22]田坂和昭は小学生(1983年)の時に木村孝洋に指導を受けている[23]
  3. ^ この時に来日した外国人選手の一人がハーフナー・ディドである。ディドがマツダSCでプレーしていたときに長男のハーフナー・マイクが広島で生まれたが、ディドの移籍に伴い家族で引っ越したためマイクは広島アカデミーでのプレー経験はない。
  4. ^ 今西の証言によると、当時アヤックスのゼネラルマネージャーアリー・ハーンで、そのアカデミーからフランク・ライカールトが登場していた[25]
  5. ^ マンUに留学した高木の証言によると、当時のリザーブチームにはデビッド・ベッカムらが在籍していた[30]
  6. ^ SKYACTIV-VEHICLE ARCHITECTUREの開発責任者。
  7. ^ 寮長は吉田高校PTA副会長 [1]
  8. ^ 舞行龍は15歳まで元広島の宮澤浩に育てられている。
  9. ^ a b 1部リーグ出場試合数のうち、最も出場したチーム。現在の所属チームではない。

出典

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  87. ^ 【HPビジネスPC導入事例】株式会社サンフレッチェ広島”. 日本ヒューレット・パッカード. 2023年12月11日閲覧。
  88. ^ サンフレユース1期生が4代目寮長に 安芸高田市のユース「三矢寮」 父は初代寮長、「人づくり」受け継ぐ”. 中国新聞 (2022年4月25日). 2022年9月11日時点のオリジナルよりアーカイブ。2022年9月15日閲覧。

参考資料

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  • J.LEAGUE NEWS PLUS vol.12” (PDF). Jリーグ (2010年3月31日). 2012年1月14日時点のオリジナルよりアーカイブ。2023年12月11日閲覧。
  • サッカー批評
  • 森保一、西岡明彦『ぽいち 森保一自伝―雑草魂を胸に』フロムワン、2004年2月。ISBN 978-4757210158 
  • SANFRECCE Diary
  • 週刊サッカーダイジェスト』各号
  • 週刊サッカーマガジン』各号
  • 中国新聞』各紙

関連項目

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外部リンク

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