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千葉皓

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』

千葉 皓(ちば こう、1909年4月15日[1] - 1984年1月20日[2])は、昭和時代(戦前から戦後)の日本の外交官位階正三位

来歴・人物

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米国サンフランシスコに生まれ、1922年に帰国する。第二高等学校文科甲類[3]を経て、1932年に東京帝国大学法学部を卒業後、外交官試験に合格し、同年11月に外務省へ入省する[4]。英国勤務を経て、東亞局に勤務する。1942年中国在勤。戦後、一時大蔵省に勤務するが、1947年終戦連絡中央事務局連絡官、1948年会計課長に復帰した。1952年メキシコ在外事務所所長、同年4月同国大使館参事官。1954年2月サンパウロ総領事。

1955年4月欧米局長、1957年4月欧米局長を経て、同年12月メキシコ大使に任ぜられる。1960年8月イラン大使、1965年12月オーストラリア大使、67年8月ブラジル大使を歴任。

1970年10月に帰国し、依願退職する。1984年に死去した。

妻の歌子は、内閣総理大臣を務めた石橋湛山の娘である。

同期

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  • 青木盛夫(駐ジュネーブ国際機関日本政府代表部大使・駐南ベトナム大使)
  • 伊吹幸隆
  • 糸賀篤 (中国・イタリア)
  • 稲垣太郎
  • 牛場信彦(対外経済担当大臣、70年駐米大使・67年外務事務次官・外務審議官・61年駐カナダ大使)
  • 小川清四郎(65年駐バチカン大使)
  • 甲斐文比古(70年駐西独大使・67年駐オーストラリア大使・64年駐マレーシア大使)
  • 勝野康助(66年駐ポルトガル大使・62年駐ノルウェー大使・60年駐セイロン大使・58年法務省入国管理局長)
  • 黒田音四郎(63年駐レバノン大使兼ヨルダン大使・60年駐ギリシャ大使・57年駐パラグアイ全権公使)
  • 田中三夫
  • 寺岡洪平(58年駐イラン大使・57年駐ペルー大使)
  • 中川融(70年国連大使・65年駐ソ連大使・64年駐イタリア大使・60年外務省条約局長・53年外務省アジア局長)
  • 林馨(60年駐メキシコ大使・58年駐マレーシア大使)
  • 箕輪三郎
  • 湯川盛夫(68年駐英大使・63年駐ベルギー大使・61年外務省大臣官房長・57年駐フィリピン大使)

栄典

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脚注

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  1. ^ 『日本著者名·人名典拠録』p.2741。
  2. ^ 『新版 日本外交史辞典』561頁。
  3. ^ 「旧制高等学校物語 第2」財界評論社 1966年
  4. ^ 文官高等試験合格者一覧
  5. ^ 中野文庫 旧・勲一等瑞宝章受章者一覧

参考文献

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  • 外務省外交史料館日本外交史辞典編纂委員会『新版 日本外交史辞典』山川出版社、1992年。

関連項目

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