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福島区

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ふくしまく ウィキデータを編集
福島区
ほたるまち
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
大阪市
市町村コード 27103-9
面積 4.67km2
総人口 83,317[編集]
推計人口、2024年11月1日)
人口密度 17,841人/km2
隣接自治体
隣接行政区
大阪市此花区西区西淀川区淀川区北区
区の花 のだふじ
福島区役所
所在地

553-8501
大阪府大阪市福島区大開一丁目8番1号
北緯34度41分32.1秒 東経135度28分20秒 / 北緯34.692250度 東経135.47222度 / 34.692250; 135.47222座標: 北緯34度41分32.1秒 東経135度28分20秒 / 北緯34.692250度 東経135.47222度 / 34.692250; 135.47222

地図
外部リンク 大阪市福島区
福島区位置図
特記事項

福島区の地図
ウィキプロジェクト
大阪市中央卸売市場

福島区(ふくしまく)は、大阪市を構成する24行政区のうちの一つ。大阪都心6区の一角をなす。

概要

菅原道真がこの地に立ち寄った際、元の地名を福島と改名したことが由来とされる。堂島より北に当たるこの地は江戸時代は近郊農村だったが、明治以降繊維産業などの大工場が建設され、周囲は中小企業工場地帯となった。松下電器産業が福島区で創業したほか、現在でも印刷・製本工場や、自動車部品などの卸業者が多く立地している。戦前には阪大病院大阪市中央卸売市場本場なども建設された。戦後は、西日本のビジネスの中心地である梅田に近いことから大阪駅からもギリギリ徒歩圏内の福島駅を中心にオフィスビルが建ち、工場移転後の跡地は住宅地や商業地になった。

1990年代以降、区内各所に大規模団地や超高層マンションが建設され、阪大病院の跡地には再開発によってほたるまちが建設された。ここには準キー局朝日放送(ABCテレビ)本社が福島駅北側より移転してきた。

現在、福島区の大部分は住居地域となっており、JR野田駅周辺は空襲から免れた古い長屋や町屋が多く残っている。福島駅周辺にオフィスビルや商業地が集積し、阪神野田駅周辺にも商業地が集積している。区の西部に当たる地域には機械・金属製品工場が存在するが、近年急速に住宅地化が進んでいる。

面積は大阪市、および全国の行政区の中で、浪速区東成区に次いで3番目に狭い。

歴史

淀川(現:旧淀川)の河口に位置する福島区一帯は、河川土砂の堆積した三角州であった。縦横に分流した川に囲まれた葦が生い茂った島々は、難波八十島と呼ばれ現在でも福島・堂島・都島・難波島などという地名にその名残をとどめている。また、古くより福島の地は瀬戸内海へ向かう船の出発地として使われてきた。

福島天満宮の社伝によれば、平安時代901年菅原道真が、九州大宰府へ配転させられた際、当地の里人徳次郎が旅情を慰めたことをいたく喜び、この辺りを餓飢島と呼ばれていたのを福島と名づけたという。

1185年源頼朝から平家追討の命を受けた源義経摂津国の港・渡邊津に兵を集めた。『平家物語』によれば、源義経と戦奉行の梶原景時がこの地の大きな松の下で軍議の評定を行い、対立したという。これを逆櫓論争という。現在、その場所である福島2丁目には逆櫓の松址碑が建てられている。

鎌倉時代には大阪湾沿岸の島や洲であった福島区の土地も、寺社や貴族が荘園として所領に組み込んでいった。 現在の鷺洲から北区大淀付近は鷺島荘という四天王寺の所領であったと、北区大淀の勝楽寺の大般若経の裏書に記されている。また、現在の福島付近は北条氏ゆかりの浄金剛院の院領であったと『招慶門院御領目録』に記されている。

安土桃山時代
(左側が北方向)
1887年 大阪実測図

室町時代1364年には、足利義詮住吉詣の途中、野田に立ち寄り、玉川の藤を見て「いにしえの ゆかりを今も 紫の ふし浪かかる 野田の玉川」と詠んだ。その後、玉川の藤は「吉野の桜、野田の藤」と並び称せられた。

室町時代になると、大覚寺(尼崎市)や崇禅寺広隆寺大徳寺の荘園も築かれた。

1532年には本願寺光教(証如)が福島砦を視察した時に近江観音寺城六角定頼に包囲されたため、野田・福島の門徒が救援に駆けつけ危機を脱したが、この時に定頼軍との戦いで戦死した門徒21人を野田二十一人衆という。現在も二十一人討死の碑が玉川4丁目に建てられている[1]

1531年細川氏三好氏が抗争していた時に、細川氏と同盟を組んでいた浦上村宗野田城を築城した(中嶋の戦い)。1570年畿内での勢力回復を図る三好氏は、野田城を増築させて籠城し、それに呼応し、石山本願寺織田家打倒の武装決起(野田城・福島城の戦い)したが、1576年織田信長の猛攻により落城した。このほか、福島城・海老江城・浦江城が存在したという記録もあるが場所などは明らかでない。

安土桃山時代1594年豊臣秀吉は野田藤を訪ね茶会を開いた。このとき曽呂利新左衛門に書かせた「藤庵」の額を藤氏に贈ったといわれる。現在も下福島公園に藤庵の庭が復元され残っている。

江戸時代には西成郡大川中津川に囲まれた地域を「南中島」といい、現在の北区と福島区の大部分はこの地域に属していた。行政区として上福島村・下福島村・野田村・浦江村・海老江村が置かれ、1620年以降幕末まで江戸幕府の直轄地となった。

元和期以降、大坂市中の河川開削や市域整備が行われ、堂島川土佐堀川江戸堀川沿いには各藩の蔵屋敷が次々に置かれた。現在の福島1丁目・2丁目には松山藩福山藩人吉藩臼杵藩長岡藩広島藩名古屋藩秋田藩久留米藩延岡藩中津藩富山藩壬生藩などの蔵屋敷が置かれていた。

大坂の港は菱垣廻船樽廻船北国廻船の基点となり大いに繁栄した。これら大型商船は大坂市中の堀川・河川には乗り入れることができなかったため、河口付近に停泊させ、上荷船・茶船といった川船に荷物を積み替えて輸送していた。福島区もこれらの川船業で栄えていた。

明治時代の1882年、江戸時代に行われた堀江新地開発による代替地であった安井九兵衛請所に安井村が成立した。1889年には攝津製油が野田村で創業し、1894年には大日本紡績1895年には住友伸鋼所、1897年には大日本製薬1901年には大日本アルミニウム製造所、1909年には島田硝子製作所が操業を開始した。1919年には現在の玉川1丁目に大阪工業試験所が開設され、工業化が急速に進んだ。

1918年には、大開2丁目でパナソニック(旧:松下電気器具製作所)が創立。当時、松下幸之助は23歳。妻むめのと後の三洋電機創業者である義弟井植歳男の3人での操業開始であったが、一般家庭への電化製品の普及とともに、急速に業容を拡大し、1922年には同町内に100坪余りの新工場(第一次本店・工場)を竣工、その後1925年大開3丁目にランプ工場を建設、1929年にも第二次本店・工場を竣工した。(同跡地は後に大開公園として整備され、松下幸之助創業の記念碑が2004年に建立された。)

第二次世界大戦のアメリカ軍による空襲で、福島区内の工場なども大きな被害を受け、昭和40年代以降の公害問題や、経済成長による工場用地拡張需要もあり、区内の大規模工場は次々と移転していった。

近年、福島区は大阪都心部に隣接した住居地域として、大規模団地超高層マンションが次々と建設されている。そのため、高度成長期以来減少してきた人口が、近年急速に増えている。しかし、2008年に入り、住宅需要の低迷により区内で計画されていたマンション建設計画も着工延期されているものもある。

行政区の変遷

1943年昭和18年)4月1日に大阪市を13区から22区にする分増区が行われたときに、西淀川区の海老江・鷺洲と此花区の福島・野田地区に北区の一部(堂島浜)が加わり福島区が誕生した。

1975年(昭和50年)9月1日には、新住居表示となり現在の7町表記となった。

新旧の町名対応
現在の町名
1975年〜
福島区創設時
1943年〜
福島区創設前
所属区
〜1943年
市制・町村制
1872年ごろ
福島 上福島北
上福島中
上福島南
玉川町
平松町
此花区 大阪市 北区
西成郡
上福島村
下福島村
野田村
鷺洲村
堂島浜通
西梅田町
北梅田町
佐藤町
草開町
北区
玉川 玉川町
下福島
平松町
此花区
堂島浜通 北区
野田 玉川町
下福島
安治川上通
大野町
十六町
安井町
対込町
兼平町
今開町
此花区
吉野 平松町
安井町
今開町
亀甲町
中江町
江成町
吉野町
新家町
此花区
大開 大開町
茶園町
上島町
下島町
此花区
海老江新町
海老江中
海老江下
西淀川区
鷺洲 鷺洲上(浦江上)
鷺洲中(浦江中)
鷺洲南(浦江南)
鷺洲本通(浦江本通)
海老江上
西淀川区
海老江 海老江上
海老江中
海老江下
西淀川区

人口

福島区の人口推移
人口 外国人登録
1945年(昭和20年) 44,758 23,318 21,440
1950年(昭和25年) 79,475 40,053 39,422
1955年(昭和30年) 90,684 46,123 44,561 1,603
1960年(昭和35年) 94,417 48,882 45,535 1,855
1965年(昭和40年) 86,021 43,870 42,151 1,788
1970年(昭和45年) 71,995 35,898 36,097 1,425
1975年(昭和50年) 61,100 29,710 31,390 1,195
1980年(昭和55年) 60,101 26,897 31,114 1,041
1985年(昭和60年) 57,497 27,631 29,866 1,053
1990年(平成2年) 56,252 27,045 29,207 1,074
1995年(平成7年) 55,104 26,460 28,644
2000年(平成12年) 55,733 26,527 29,206
2005年(平成17年) 60,929 28,858 32,701 1,162[2]
2010年(平成22年) 67,920 31,818 35,472 1,227[3]
2015年(平成27年) 72,484 34,168 38,316 1,259[4]
2017年(平成29年)[5] 72,384 34,286 38,098 1,325
2018年(平成30年) 72,393 34,293 38,093

※ 人口総数、男性人口、女性人口は国勢調査による[6]

福島区の町別人口
2006年 2015年[7]
福島 9,616 15,956
玉川 6,639 7,562
野田 7,229 7,995
吉野 9,638 9,919
大開 8,140 8,256
鷺洲 9,555 11,411
海老江 10,418 11,385

産業

産業分類別事業所数・従業者数
業種 事業所数 従業者数
A~B 農林漁業 0 0
C 鉱業、採石業、砂利採取業 1 3
D 建設業 210 2,378
E 製造業 415 4,623
F 電気・ガス・熱供給・水道業 4 195
G 情報通信業 136 5,946
H 運輸業、郵便業 98 3,309
I 卸売業、小売業 1,702 20,548
J 金融業、保険業 46 635
K 不動産業、物品賃貸業 437 2,355
L 学術研究、専門・技術サービス業 264 1,631
M 宿泊業、飲食サービス業 872 7,511
N 生活関連サービス業、娯楽業 284 1,462
O 教育、学習支援業 102 1,183
P 医療、福祉 342 6,161
Q 複合サービス事業 13 95
R サービス業(他に分類されないもの) 259 5,376
S 公務(他に分類されるものを除く) 18 1,561

※ 経済センサス 2014年(平成26年)7月1日現在による[8]

卸売業・小売業の推移
事業所数 従業者数
1991年(平成3年) 3,283 27,206
1999年(平成11年) 2,676 25,106
2007年(平成19年) 1,893 18,557

※ 福島区役所 商業統計による[9]

工業(製造業)の推移
事業所数 従業者数
2003年(平成15年) 498 5,048
2008年(平成20年) 369 3,492

※ 福島区役所 工業統計による[10]

区内に本社を置く企業

東証プライム上場

その他の企業(50音順)

区内が発祥の企業

オートバックス出入橋店付近にある創業者・住野敏郎像

区内の大規模事業所

既存

  • 凸版印刷 (海老江3丁目)
    • 朝日新聞 海老江工場(凸版印刷海老江工場内)
  • ダイヘン 兼平工場(野田6丁目:現在は縮小して柱上変圧器修理工場のみ)
  • 福山通運 大阪流通センター(大開4丁目:トラックターミナル)
  • レンゴー 中央研究所・流通センター(大開4丁目:旧同社淀川工場跡に建設されたSOSiLA大阪内。登記上の本店)

閉鎖

  • 大日本住友製薬 大阪総合センター(海老江1丁目:製薬工場、研究所。跡地は南側を大規模団地ジオ福島野田が施工中、北側は商業施設となる予定)
  • 塩野義製薬 中央研究所(鷺洲5丁目。跡地は大規模団地リバーガーデン福島木漏れ日の丘が施工中)
  • レンゴー 淀川工場(大開4丁目:製紙工場。2018年に閉鎖。)
  • 大阪工業試験所(現:独立行政法人産業技術総合研究所関西センター、旧:大阪工業技術研究所)
  • 角一ゴム(カクイチタイヤ)(現:クラレプラスチックス
  • 住友伸鋼所
  • 大日本紡績 福島工場(現:ユニチカ
  • 大福紡績(現:ユニチカ)
  • 島田硝子製作所(現:東洋ガラス
  • 三菱製紙 浪速工場

交通

鉄道

バス

道路

教育

大学

高校

中学校

小学校

幼稚園

  • 大阪市立
    • 西野田幼稚園
    • 貫江田幼稚園
    • 海老江西幼稚園
  • 私立
    • 愛輝幼稚園
    • 福島幼稚園
    • 下福島幼稚園
    • 大開幼稚園

施設

公共施設

公園

医療機関

商業施設

社寺・史跡

集合住宅

超高層マンション

住宅団地

  • 都市再生機構鷺洲市街地住宅
  • 都市再生機構大開団地
  • 都市再生機構鷺洲第2団地
  • 都市再生機構リバーサイドさぎす
  • 大開厚生年金住宅
  • 福山通運社宅

福島区内には大阪市営住宅(旧大阪府営住宅含む)や公社住宅は一切存在しない。

通信施設

福島区福島3丁目の阪神ダイヤビル[2]および北区堂島3丁目のNTTテレパーク堂島には、日本のインターネット網の基幹施設であるインターネットエクスチェンジが置かれている他、各社のデータセンターも置かれ、西日本の情報通信インフラの中心地である。

その他

出身者

実業

文化・芸能

スポーツ

福島区ゆかりの有名人

ギャラリー

  • 街並み
  • 名所旧跡

脚注

  1. ^ 21人討ち死にの合戦:数十年ぶり、琵琶の調べに乗せ伝承復活--福島区 /大阪 毎日新聞2008年10月26日
  2. ^ 平成17年3月末 大阪市 住民基本台帳人口・外国人登録人口 http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000006893.html
  3. ^ 平成22年3月末 大阪市 住民基本台帳人口・外国人登録人口 http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000006893.html
  4. ^ 平成27年3月末 大阪市 住民基本台帳人口・外国人登録人口 http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000006893.html
  5. ^ 平成29年3月末 大阪市 住民基本台帳人口・外国人登録人口 http://www.city.osaka.lg.jp/shimin/page/0000006893.html
  6. ^ 福島区役所 福島区の統計 福島区の人口 http://www.city.osaka.lg.jp/fukushima/page/0000001477.html
  7. ^ 平成27年国勢調査:福島区役所 福島区の統計 福島区の人口 http://www.city.osaka.lg.jp/fukushima/page/0000001477.html
  8. ^ 福島区役所 福島区の統計 福島区の事業所 http://www.city.osaka.lg.jp/fukushima/page/0000001477.html
  9. ^ 福島区役所 福島区の統計 商業統計 http://www.city.osaka.lg.jp/fukushima/page/0000001477.html
  10. ^ 福島区役所 福島区の統計 工業統計 http://www.city.osaka.lg.jp/fukushima/page/0000001477.html
  11. ^ 日本病院会 会員一覧 大阪府 [1]

外部リンク