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三村和也

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三村 和也
みむら かずや
生年月日 (1975-09-09) 1975年9月9日(49歳)
出生地 神奈川県横浜市
出身校 東京大学法学部
イェール大学大学院
前職 国家公務員
(通商産業省・経済産業省
所属政党民主党前原G)→)
民進党→)
希望の党→)
旧国民民主党→)
立憲民主党
称号 法学士、法律学修士(南カリフォルニア大学)、修士(イェール大学)
公式サイト 三村 和也ホームページ

選挙区 比例南関東ブロック神奈川2区
当選回数 1回
在任期間 2009年8月 - 2012年11月16日
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三村 和也 (みむら かずや、1975年9月9日 - )は、日本政治家立憲民主党所属の元衆議院議員(1期)。

来歴

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神奈川県横浜市出身。神奈川県立光陵高等学校東京大学法学部卒業。東大卒業後、通商産業省入省。南カリフォルニア大学ロースクールを経て、イェール大学大学院で、国際開発経済学を学び修士課程を修了した[1]。イェール大学では浜田宏一の研究室に所属し、国際開発経済を専攻。通商産業省大臣官房調査統計部資源エネルギー庁原子力安全・保安院放射性廃棄物規制課係長、経済産業省商務情報政策局情報経済課係長、防衛省防衛政策局防衛政策課弾道ミサイル防衛室渉外班長、経済産業省大臣官房秘書課課長補佐等を務めた。

2009年第45回衆議院議員総選挙神奈川2区から民主党公認で出馬。神奈川2区では当時党選挙対策副委員長を務めていた自由民主党で元総務大臣菅義偉を猛追するも、548票の僅差で菅に敗れ、重複立候補していた比例南関東ブロックで復活し、初当選した。

2012年第46回衆議院議員総選挙では再び菅に敗れ、比例復活もならず落選した。

2014年第47回衆議院議員総選挙神奈川6区から民主党公認で出馬するも落選。

2017年第48回衆議院議員総選挙に、神奈川18区から希望の党の公認、連合神奈川の推薦を受けて出馬するも[2][3]、落選。その後、希望の党が分党した際は国民民主党に参加した[4]

2020年9月、旧・立憲民主党と国民民主党の一部が合流して結成された新・立憲民主党から次期衆院選の公認内定を受けた[5]

2021年10月31日、第49回衆議院議員総選挙で比例復活もならず落選。

政策・主張

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インターネット献金の導入

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2009年4月、クレジットカードを利用し、インターネット上で手続きが完了するシステムとしては日本で2例目の「ネット献金」を導入した(PayPalを利用)[7]。1例目は同じ民主党(元)の横粂勝仁[8]

人物

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  • イェール大学大学院では浜田宏一に師事した。
  • 趣味は子供と遊ぶこと。特技はバスケットボール(平成16年には横浜市クラブチーム選手権で優秀選手に選出)、政策づくり[9]
  • 広末涼子は従妹であり、高校在学中には横浜の三村家に身を寄せ、当時東大生だった和也が家庭教師をしていた[10]

テレビ出演

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脚注

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  1. ^ 三村和也 プロフィール”. 三村和也. 2011年12月23日閲覧。
  2. ^ 希望の党 第1次公認名簿”. 毎日新聞. 2017年10月4日閲覧。
  3. ^ 第48回衆議院選挙 連合神奈川〈推薦〉〈支持〉候補者  | 連合神奈川
  4. ^ “衆院選候補16人内定=国民民主”. 時事通信. (2018年6月27日). オリジナルの2018年6月27日時点におけるアーカイブ。. https://archive.is/iHqgR 
  5. ^ “立民、衆院選公認候補167人を内定 競合9選挙区は見送り”. 日本経済新聞. (2020年9月29日). https://www.nikkei.com/article/DGXMZO64386530Z20C20A9PP8000/ 2020年10月10日閲覧。 
  6. ^ 朝日新聞、2014年衆院選、朝日・東大谷口研究室共同調査、2014年。
  7. ^ 三村和也オフィシャルサイト (2008年4月3日). “「ミムラのブログ 4月3日/寄付を頂きました」”. 2009年9月8日閲覧。
  8. ^ 言論プラットフォーム アゴラ (2008年7月18日). “「2009年を「ネット選挙」元年に ― 米重克洋」”. 2009年9月8日閲覧。
  9. ^ 公式プロフィール
  10. ^ 広末涼子さんメッセージ

外部リンク

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