ノルベルト・フォンタナ
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ノルベルト・フォンタナ Norberto Fontana | |
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基本情報 | |
フルネーム |
ノルベルト・エドガルド・フォンタナ Norberto Edgardo Fontana |
国籍 | アルゼンチン |
出身地 | 同・ブエノスアイレス州アレシフェス(英語版) |
生年月日 | 1975年1月20日(49歳) |
F1での経歴 | |
活動時期 | 1997 |
所属チーム | '97 ザウバー |
出走回数 | 4 |
タイトル | 0 |
優勝回数 | 0 |
表彰台(3位以内)回数 | 0 |
通算獲得ポイント | 0 |
ポールポジション | 0 |
ファステストラップ | 0 |
初戦 | 1997年フランスGP |
最終戦 | 1997年ヨーロッパGP |
ノルベルト・エドガルド・フォンタナ(Norberto Edgardo Fontana, 1975年1月20日 - )はアルゼンチン出身のレーシングドライバーで、元F1ドライバー。1995年のドイツF3選手権チャンピオン。
経歴
[編集]初期の経歴
[編集]8歳からレーシングカートでキャリアを開始し、1992年にアルゼンチン・フォーミュラ・ルノー選手権にステップアップし四輪デビュー。
ヨーロッパでの活動
[編集]1993年に18歳で渡欧し、フォーミュラ・ルノー・ユーロシリーズに参戦。
1994年にドイツF3選手権にステップアップ、初年度からシーズン3勝を挙げ頭角を現す。1995年のドイツF3では10勝を挙げ、体制に恵まれるラルフ・シューマッハを破りシリーズチャンピオンを獲得。この活躍によりF1のザウバーとテストドライバー契約。
日本での活動
[編集]1996年に来日、ノバ・エンジニアリングと契約しフォーミュラ・ニッポンに参戦。デビュー2戦目で初表彰台、3戦目で初優勝を挙げる活躍を見せランキング5位を獲得する。
1997年、チーム・ルマンに移籍。第7戦MINEで1勝を挙げ、シリーズランキング3位となる。また、同年はテスト・リザーブ契約するザウバーのニコラ・ラリーニが不調のため解雇、代って参戦したジャンニ・モルビデリもシーズン中2度の骨折を負ったため、フォンタナは代役としてF1デビューを果たした。
1998年のF1フル参戦を目指し一度はティレルと契約するも参戦機会を失ったため(後述)、チーム・ルマンと再契約し、3年目となるフォーミュラ・ニッポンに参戦[1]。第9戦富士で勝利を挙げ、この年チャンピオンを獲得するチームメイトの本山哲と共にチーム・ルマンのチームチャンピオンシップ獲得に貢献した。同年は全日本GT選手権にもトムスから参戦し、トヨタ・スープラで関谷正徳とコンビを組み、ランキング7位に入った。この年で日本でのレース活動は最後となった。
フォーミュラ1
[編集]1997年
[編集]サウバーからの要請により、F1グランプリ4レースにザウバー・C16でスポット参戦。最高位9位を記録した[2]。
1998年
[編集]1998年のF1レギュラーシートを求め、ティレルとの契約書にサインをしたが、チームはブリティッシュ・アメリカンたばことクレイグ・ポロックにより買収されB・A・Rへの移行期となり、旧ティレルの経営陣と交渉した結果である本契約はF1開幕前にフォンタナ曰く「契約はティレル側によって一方的に反故にされた」として提訴することを表明した。このため急遽チームルマンと再契約し、フォーミュラ・ニッポンに戻った。
1999年
[編集]ミナルディのドライバー候補となりテストドライブを行うも、ルカ・バドエル、マルク・ジェネとのシート争いに敗れレギュラーシート獲得はならなかった。
F3000/CART
[編集]1999年から2001年は、国際F3000選手権と北米最高峰カテゴリーであるCART選手権に交互に参戦。
アルゼンチンでの活動
[編集]2002年、母国アルゼンチンのTC2000アルゼンチン選手権でトヨタ・カローラをドライブしチャンピオンを獲得。以降も母国でレース活動を続ける。
2011年には南米開催となったダカール・ラリーにバギーで参戦した。
レース戦績
[編集]ドイツ・フォーミュラ3
[編集]年 | エントラント | エンジン | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | DC | ポイント |
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1994年 (英語版) |
KMS | オペル | A | ZOL 1 C |
ZOL 2 15 |
HOC 1 11 |
HOC 2 8 |
NÜR 1 Ret |
NÜR 2 9 |
WUN 1 1 |
WUN 2 8 |
NOR 1 5 |
NOR 2 20 |
DIE 1 Ret |
DIE 2 13 |
NÜR 1 1 |
NÜR 2 1 |
AVU 1 3 |
AVU 2 2 |
ALE 1 Ret |
ALE 2 DNS |
HOC 1 2 |
HOC 2 Ret |
6位 | 118 |
1995年 (英語版) |
HOC 1 1 |
HOC 2 1 |
AVU 1 1 |
AVU 2 1 |
NOR 1 3 |
NOR 2 4 |
DIE 1 3 |
DIE 2 3 |
NÜR 1 1 |
NÜR 2 1 |
ALE 1 1 |
ALE 2 1 |
MAG 1 1 |
MAG 2 1 |
HOC 1 4 |
HOC 2 20 |
1位 | 256 |
フォーミュラ・ニッポン
[編集]年 | エントラント | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | DC | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1996年 | Shionogi Team Nova | SUZ 14 |
MIN 2 |
FUJ 1 |
TOK Ret |
SUZ 8 |
SUG Ret |
FUJ 2 |
MIN Ret |
SUZ 11 |
FUJ Ret |
5位 | 22 |
1997年 | Team LeMans | SUZ 9 |
MIN 8 |
FUJ 6 |
SUZ Ret |
SUG 7 |
FUJ 2 |
MIN 1 |
MOT 3 |
FUJ Ret |
SUZ Ret |
3位 | 21 |
1998年 | LEMONed Racing Team LeMans | SUZ 3 |
MIN Ret |
FUJ 6 |
MOT Ret |
SUZ Ret |
SUG Ret |
FUJ C |
MIN 2 |
FUJ 1 |
SUZ 8 |
4位 | 21 |
国際フォーミュラ3000
[編集]年 | エントラント | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | DC | ポイント |
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1996年 | エデンブリッジ・レーシング | NÜR | PAU | PER | HOC | SIL | SPA | MAG | EST Ret |
MUG | HOC | NC | 0 | ||
1999年 | フォーテック・モータースポーツ (英語版) |
IMO Ret |
MON 5 |
CAT Ret |
MAG Ret |
SIL 5 |
A1R 8 |
HOC Ret |
HUN Ret |
SPA 14 |
NÜR 10 |
15位 | 4 | ||
2001年 | F3000・プロスト・ジュニア・チーム | INT | IMO | CAT | A1R | MON | NÜR | MAG | SIL | HOC | HUN 14 |
SPA Ret |
MNZ Ret |
32位 | 0 |
フォーミュラ1
[編集]年 | エントラント | シャシー | エンジン | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | WDC | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1997年 | ザウバー | C16 | ペトロナス SPE-01 3.0 L V10 | AUS | BRA | ARG | SMR | MON | ESP | CAN | FRA Ret |
GBR 9 |
GER 9 |
HUN | BEL | ITA | AUT | LUX | JPN | EUR 14 |
NC | 0 |
JGTC
[編集]年 | チーム | 車両 | クラス | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | DC | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
1998年 | トヨタ・カストロール・チーム | トヨタ・スープラ | GT500 | SUZ 6 |
FUJ C |
SEN 3 |
FUJ 8 |
MOT 3 |
MIN 16 |
SUG Ret |
7位 | 33 |
CART
[編集]年 | チーム | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | 15 | 16 | 17 | 18 | 19 | 20 | ランク | ポイント |
---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|---|
2000年 | デラ・ペンナ・モータースポーツ (英語版) |
MIA 15 |
LBH 15 |
RIO 23 |
MOT DNS |
NZR 20 |
MIL Wth |
DET 14 |
POR 21 |
CLE 11 |
TOR 20 |
MIS | CHI | MDO | ROA | VAN | LS | STL | HOU | SRF | FON | 28位 | 2 |
TCRワールドツア-
[編集]年 | チーム | 車両 | 1 | 2 | 3 | 4 | 5 | 6 | 7 | 8 | 9 | 10 | 11 | 12 | 13 | 14 | DC | ポイント |
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2024年 | コブラ・レーシングチーム | トヨタ・カローラGRスポーツ TCR | VAL 1 |
VAL 2 |
MRK 1 |
MRK 2 |
MDO 1 |
MDO 2 |
SAP 1 19 |
SAP 2 16 |
ELP 1 Ret |
ELP 2 12 |
ZHZ 1 |
ZHZ 2 |
MAC 1 |
MAC 2 |
30位* | 4* |
逸話
[編集]- 1998年冬に自宅が窃盗犯に荒らされ、多数の品が盗まれてしまうという災難に遭ったが、その時にF1参戦時の思い出の品であるアライ製ヘルメットも高額な無線システムもろとも盗まれていた。それから23年が経過していた2021年、レース仲間のJ.ミオネットがフォンタナのトレードマークであるアルゼンチン国旗カラーの特徴的なヘルメットを着用して自転車に乗る女性を発見。フォンタナのヘルメットはレプリカの発売などはされたことがなく、とっさにその女性と接触を試みたミオネットは、盗難事件との関連を否定するその女性に金銭譲渡を提案しヘルメットを取り戻し、本当の持ち主であるフォンタナの手元に返すことが出来た。ただし高額な無線システムはすでに無くなっていたが、ヘルメット自体は20年以上たっていても綺麗な状態で、フォンタナはこれを自身のインスタグラムでファンに報告した[3]。
脚注
[編集]- ^ フォンタナがティレルを提訴へ F1グランプリ特集 1998年5月号 17頁 ソニーマガジンズ 1998年5月16日発行
- ^ “Norberto Fontana | Racing career profile | Driver Database”. www.driverdb.com. 2019年11月12日閲覧。
- ^ 日本でも活躍した元F1ドライバーのノルベルト・フォンタナ、盗まれたヘルメットが23年ぶりに見つかる Motorsport.com 2021年11月30日
外部リンク
[編集]- NFONTANA.COM - オフィシャルウェブサイト
- Norberto Fontana (@norbertofontana) - Instagram
タイトル | ||
---|---|---|
先代 ヨルグ・ミューラー |
ドイツF3チャンピオン 1995年 |
次代 ヤルノ・トゥルーリ |
SHIONOGI TEAM NOVA | ASAHI KIKO SPORTS | TEAM 5ZIGEN | LEMONed Racing Team Le Mans | COSMO OIL RACING TEAM CERUMO | JACCS MOONCRAFT M.S.P | TEAM TMS | |||||||
1 | 影山正美 | 3 | 川本篤 | 5 | マルク・ホーセンス | 7 | ノルベルト・フォンタナ | 11 | 野田英樹 | 14 | 道上龍 | 17 | 近藤真彦 |
2 | ラルフ・ファーマン | 6 | 本山哲 | 8 | 加藤寛規 | 12 | 飯田章(第3 - 10戦) | 18 | 高橋毅 立川祐路(第3 - 10戦) | ||||
MAZIORA TEAM IMPUL | BE BRIDES RACING | KYOETSU STELLAR(第1戦) STELLAR INTERNATIONAL(第7 - 9戦) |
タカギ B-1 RACING TEAM | AUTOBACS RACING TEAM AGURI | TEAM LEYJUN | PIAA NAKAJIMA RACING | |||||||
19 | 黒澤琢弥 | 21 | 田中哲也 | 35 | 惣田季靖(第1戦) ディランタ・マラガムワ(第7 - 9戦) |
36 | 玉中哲二 | 55 | 金石勝智 | 62 | 柴原眞介 | 64 | 山西康司 松田次生(第5戦) |
20 | 影山正彦 | 22 | 石川朗 | 37 | 山田政夫(第2 - 5戦) | 56 | 脇阪寿一 | 63 | OSAMU 大西太一郎(第2・3戦) |
65 | トム・コロネル |