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「Wikipedia‐ノート:記事名の付け方」の版間の差分

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では、Wikipediaの記事名としては、どちらが正しいのでしょうか?--[[利用者:リースウェイン|リースウェイン]]([[利用者‐会話:リースウェイン|会話]]) 2016年12月15日 (木) 13:21 (UTC)
では、Wikipediaの記事名としては、どちらが正しいのでしょうか?--[[利用者:リースウェイン|リースウェイン]]([[利用者‐会話:リースウェイン|会話]]) 2016年12月15日 (木) 13:21 (UTC)

:映画作品の場合は[[プロジェクト:映画#記事名]]にガイドラインがあり、結論から言いますと 1. がガイドラインに沿った命名法です。これは、全角・半角の使い分けや記事名の制約などの影響は受けるものの、基本的には「その作品の公開に直接関与している組織(配給会社など)が使用している表記」(公式表記)を記事名とし、余分な記号などは追加しない、というルールによるものです。ですので、公式表記が『X-MEN:アポカリプス』(全角コロン)であった場合、余分な空白を挿入している『X-MEN: アポカリプス』という表記はガイドライン違反ということになります。ただし、繰り返しになりますが、あくまで基本は公式表記を記事名とすることなので、もともとの公式表記がこのような空白が入った『X-MEN: アポカリプス』ないし『X-MEN: アポカリプス』なのであれば、現在の記事名は間違いではありません(公式表記を確認していませんので、実際にどちらが正しいのかはわかりませんが)。ご参考まで。--[[利用者:Yasu|Yasu]]([[利用者‐会話:Yasu|会話]]) 2016年12月17日 (土) 15:01 (UTC)

2016年12月17日 (土) 15:02時点における版

  1. 日本語版の本ページはガイドラインになっていますが、命名規則はまだ完全には定まっていません。各方面の記事を書かれる方の意見を元に、命名規則を完成させる必要があります。このノートページに改善案や質問などをお寄せ下さい。
  2. 合意に達した議論は必ず本文に反映してください。議論が終了・中断してある程度期間が経ったものは、現在進行中の議論の見通しをよくするために、取り除かれます。

大量の#過去ログとサブページがあります。

過去ログとサブページ

サブページ(全般的な指針)
サブページ(記事分野別)
ウィキプロジェクトでの議論

冒頭の修正案


冒頭の修正案です。Wikipedia:方針とガイドライン#内容には冗長さを避けるようありますが、現行は冒頭の文章がガイドラインテンプレートと重複し、リンク先にガイドラインがなんであるかの説明があるため冗長さがあります。それを除くと、冒頭で要点と考えられる文章は「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」のみで漠然としており、情報源での認知度が高いという重要な要点も含まれていません。その次にリンクしやすいということについて同じくらいの分量で書かれています。つまり冗長さを含めて、この文章のうまい要約となっておらず、抽象的過ぎて機能的でないということです。記事名を決める前に必要な、Wikipedia:独立記事作成の目安へのリンクも有用でしょう。

記事の題名(タイトル)のつけ方について説明します。記事の名称は、見つけやすく文章に組み入れやすい、信頼できる情報源における認知度が高く、曖昧でない、簡潔、一貫性といった点から定めます。略号、記号、片仮名語は基本的に用いず、できる限り漢字・平仮名が優先されます。つまり基本的には日本語圏における正式名称が用いられますが、認知度によっては一般名も選択肢となるでしょう。

その他、常用漢字や全角半角や記号などについての決まりがあります。また、各分野での記事名の慣例も示します。

記事名を決める前に、百科事典の記事として作成される価値があるかについて、独立記事作成の目安を参照してください。Help:ページ名では、ページ名の機能や技術的な制限について説明されています。

1週間待ち異論がなければ修正します。--タバコはマーダー会話2016年3月20日 (日) 09:08 (UTC)[返信]

コメント 簡潔化という方向性については賛成しますが、文案については以下の点で改善の余地があると考えます。
  • 現在の冒頭部の「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」、「その記事へのリンクを作成しやすいもの」という部分は、記事名の決め方の基本的な考え方とその優先順位を示したものであって、省略すべきではないと考えます。
  • 現在の冒頭部の「ウィキペディアでは、言葉を角括弧(ブラケット)2つ~」の部分は、「その記事へのリンクを作成しやすいもの」を詳説したものだと思いますが、「その記事へのリンクを作成しやすいもの」という記載があれば趣旨は充分にわかるので、タバコはマーダーさんの改定案のように削除しても問題ないと思います。
  • 現在の冒頭部の「以下の記述はあくまで指針であり~」という部分は、本ガイドラインの運用についての基本的な考え方であり、本文中には示されていない部分なので、簡潔化した上で維持すべきだと思います。
  • 改定案の「記事の名称は、見つけやすく文章に組み入れやすい~」という部分や「略号、記号、片仮名語は~」の部分は、これまでの冒頭部分にはなく、かつ、本文を見ればわかることです。冗長性を廃するという趣旨からは、この部分は不要ではないでしょうか。特に、「記事の名称は、見つけやすく文章に組み入れやすい~」の部分は、Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはに対応するものだと思いますが、用語や順序に齟齬があって読者を混乱させかねません。また、冗長性の排除という趣旨からはWikipedia:独立記事作成の目安への言及も必要性を感じません。
以上を踏まえて、以下の対案を提案します。 --Arterialmaterial会話2016年3月21日 (月) 01:28 (UTC)[返信]
ここでは、好ましい記事の題名(タイトル)のつけ方について説明します。

記事の題名は、まず「日本語話者の大多数にとって、最も曖昧でなく、最も理解しやすいもの」であること、次に「その記事へのリンクを作成しやすいもの」であることが重要です。この指針では、記事名をこのようなものとするために、記事名を付ける際に満たすべき基準や記事名の書式を示します。また、各分野での記事名の慣例も示します。

以下の記述はあくまで指針であり、絶対守らなければならないルールではありませんし、ウィキペディアが発展してゆく中でまだまだ改善されるかもしれません。とは言え、以下の指針はこれまでのウィキペディアの経験の中で確立されたものですから、まずはこれに則って執筆して下さい。

ページ名の機能や技術的な制限については、Help:ページ名を参照してください。
コメント「簡潔化」は提唱していません。2003年のままの原始的で不親切な冒頭文章を残しておく必要がないので、2016年の現在の内容を反映させるという提案です。en:Wikipedia:Article titlesのように関連文書に手短に言及し、本文の内容の要旨が提供されたユーザビリティに配慮された文書の方向にしませんかということです。
冒頭の文章は2003年2月3日初版に用意された13年前初版のもので、後に作成されたテンプレートも用いられず、後の2006年に作成された「Wikipedia:信頼できる情報源」への言及もなく、古い記述に手が加えられていないというものかと思われますが。そもそも2003年2月1日にHelp:ページの編集が用意されており、マークアップなどの説明が本文書にあったのは、関連文書がぜんぜん整備されていない状態であったという背景が大きいかと思われます。その具体的な内容が練りこまれた現在では、それを冒頭に反映する作業が必要です。後にWikipedia:方針とガイドライン#内容が整備されており冗長さを避けるためには、「冗長さを最小限にし、言及する場合には、手短に、はっきりと、明示的に」なので、関連する文書には手短に言及されるのが望ましいです。記事名に関係するのは現行の本文書からは信頼できる情報源であったりします。そもそも記事名を決める必要があるのかという点では、2015年にガイドラインとなったWikipedia:独立記事作成の目安への言及が反映されていないため、無駄な労力を省く点で不親切なままでしょう。
後にテンプレートが使われているので「以下の記述はあくまで指針であり、絶対守らなければならないルールではありません」というような部分は、テンプレート{{Guideline}}の文言と重複しており、「ウィキペディアの経験の中で確立された」などの言及はWikipedia:方針とガイドラインの文書と重複します。この部分はテンプレートがあれば書く必要がありません。
本文を見ない人に配慮するとか、本文に何が書いてあるのか分かるようにしておくのは、ウェブ・ユーザビリティ(使いやすさ)のヤコブ・ニールセンが、全体に目を通さないというウェブにおける一般行動の調査結果に対し要旨を先に提供するための「サイバースペースの逆ピラミッド」「モバイルユーザーに向けて書くときは、二次的なコンテンツは先送りしよう」などを寄稿しており、基本的なことだと思われます。メタウィキのm:Research:Which parts of an article do readers readによれば、全体の記事では導入部しか読んでいない人は過半数に上ります。
ひとつ分からないんですが、「用語や順序に齟齬があって読者を混乱させかねません」とはどういうことでしょうか?--タバコはマーダー会話2016年3月21日 (月) 02:26 (UTC)[返信]
テンプレートについては、正直申し上げて、何のことをおっしゃっているのかよく分かりませんでしたが、具体的に{{Guideline}}を示していただいたので理解できました。本件ガイドラインの本文とはニュアンスの違いはありますが、この点については、修正しても問題ないかと思いますので当方の主張は取り下げます。
一方、その他の点については、すでに申し上げた通り、当方の修文案が適切ではないかと思います。
まず、タバコはマーダーさんは「本文を見ない人に配慮する」とおっしゃっていますが、冒頭部分をだけ見て本文を読まずに記事名を決めると、記事名が不適切なものとなる恐れがあります。冒頭部分は、それだけで記事名を決められるという誤った印象を与えるような詳細なものではなく、あくまでも本文への案内であるべきであって、当方の案程度の言及が適切ではないかと思います。
また、仮に「本文を見ない人に配慮する」ことが必要なのだとすると、Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはの概要だけを示して、Wikipedia:記事名の付け方#正式名称Wikipedia:記事名の付け方#記事内容の明確化と区別化への言及がないのは不充分ではないでしょうか。何らかの基準で取捨選択しているであれば、その基準を示していただきたいと思います。
最後に「用語や順序に齟齬があって読者を混乱させかねません」という当方の指摘の趣旨について説明します。タバコはマーダーさんの案の「見つけやすく文章に組み入れやすい、信頼できる情報源における認知度が高く、曖昧でない、簡潔、一貫性といった点から定めます。」という記載は、ガイドライン本文のWikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはの「認知度が高い」、「見つけやすい」、「曖昧でない」、「簡潔」、「首尾一貫している」という5つの基準に対応するものです。しかしながら、「文章に組み入れやすい」という新規な基準が付加されている点、及び、本来は「信頼できる情報源において最も一般的に使われて」という文脈で用いられている「信頼できる情報源における」という句が「認知度が高く」と組み合わされている点の2点で齟齬があり、本文と意味が変わってきています。また、「認知度が高い」と「見つけやすい」の順序が逆になっています。 --Arterialmaterial会話2016年3月26日 (土) 04:34 (UTC)[返信]
繰り返しについては合意済み。{{Guideline}}と類似の文章が、導入部という同じ範囲の中で繰り返されている点について、整備がまだうまくいっていない部分があるということがご理解いただけてきたかと思います。
本文を読むべきという主張Wikipedia:方針とガイドライン#内容には、「直接、曖昧でなく、具体的」にとありますから、漠然と書く必要はないです。本文に何が書いてあるか記すのはウェブの書き方の基本であり、本文に何が書いてあるのかを冒頭で言及するというのは、まったくおかしいことではなく、というよりは文章として適切な書き方かと思いますが。他にも、Wikipedia:方針とガイドライン#内容には、文書の冒頭ではっきりと目的と対象範囲を示すことが書いてあり、対象範囲というのは、別の方針で説明されていることについては手短に言及するということですね。記事名には信頼できる情報源に確認できるものは望ましく、この信頼できる情報源というのは別の文書なので手短に言及されますよね。また目的として、リンクしやすい記事名をつけるとか、もろもろを盛り込んだ形です。
どこを要約するかWikipedia:記事名の付け方#正式名称節への言及がないとのことですが、私の提案した文章には「日本語圏における正式名称」の言葉があり言及しています。#記事名を付けるには節には正式名称の語はありません。私のほうの文章を読まれず発言されているように思われます。#記事内容の明確化と区別化については、子記事を作る場合や曖昧さ回避の場合であって、例外的な場合なので冒頭でそこまで触れる必要はないかと思われます。逆になぜ言及する必要があるの教えてください。文章も読まず、考えもなく質問責めにするような形は、無駄な労力ですので退けていただきたいです。
混乱や齟齬とは。5つの要点に対応していることが確認いただけたかと思います。1番目と2番目の順序を変えたのは可読性を考え入れ替えただけで、混乱や齟齬は起こさないと思います。戻してもかまいません。「文章に組み入れやすい」が新たな基準だと申されますが、類似表現はあります。本文には「見つけやすい 読者にとって記事の中で見つけやすいもの(そして編集者にとって最も自然に他の記事にリンクできるもの)」また「他の記事の文中に登場する時にリンクしやすいような記事名をつけるためにも」とあります。新たな基準とはどういうことなんでしょうか。あなたの主張2:「信頼できる情報源における」と「認知度が高く」と組み合わされ齟齬となっている。本文には「認知度が高い 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの」とあり、信頼できる情報源が組み合わさっていますし、最も一般的に使われているとは、認知度が高いの類似表現にあたります。齟齬は起こしていないと思いますが、齟齬となっているというのはどういうことでしょう。--タバコはマーダー会話2016年3月26日 (土) 07:11 (UTC)[返信]
#脱線した話題の節で、「(文書の要旨を示すべきかどうかの一般論について)誤解を招く要素が無いならば、その文書の最も伝えたい点を要点として冒頭に示すのはとても大事なことだと思いますし、可能ならそうすべきだと思います。 しかし、誤解を招かない要点抽出が難しそうなら、WP:BLPのように"Zero information is preferred"だと思います。」という点を含め合意が成立しましたが、「誤解を招かない要点抽出」として最も確実なのは、本文で使用されている語句をそのまま用いることです。具体的には、Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはの要点としては、「認知度が高い」、「見つけやすい」、「曖昧でない」、「簡潔」、「首尾一貫している」という語句を順序も内容もそのまま用いるのが適切です。仮にこれ以外の語句を用いるのであれば、その必要性を示し合意を得るというステップを踏むべきであるし、冒頭部だけでなく本文自体の修正も検討されるべきでしょう。また、記事名を決める際にWikipedia:記事名の付け方#正式名称Wikipedia:記事名の付け方#記事内容の明確化と区別化を考慮する必要はないとの誤解を招かないためには、これらの点についても冒頭部に要点を抽出する必要があります。そして、以上のことが行われず誤解を招く恐れが残るのであれば、冒頭部はYapparinaさんが指摘されているように"Zero information is preferred"とされるべきでしょう。 --Arterialmaterial会話2016年3月27日 (日) 22:26 (UTC)[返信]
またも直前の私の発言がすっ飛ばされています。本文の語句をそのまま用いては信頼できる情報源が反映されておらず、類似の文が本文に確認でき、#正式名称節を反映している、「記事内容の明確化と区別化」節は例外でないかなどの説明を行っています。Wikipedia:ノートページのガイドライン#認められない行為にある表の、推奨されていない「ほとんど証拠を示さず反対意見を述べる」など参照してください。
「誤解を招かない要点抽出」が拡大解釈というか、あなたの独自ルールで成り立っていますので、#脱線した話題2:存命人物の伝記の「誤解を招く情報や虚偽情報は無いほうが望ましい」節で確認をお願い致します。--タバコはマーダー会話2016年3月28日 (月) 00:32 (UTC)[返信]

インデント戻します。細部に正確性を欠いた点があったかもしれませんが、私の指摘の要点は、誤解を招く恐れがないように、本文と冒頭部はできるだけ整合性を持ったものとすべきであるということ、そして、冒頭部に本文と異なる語句を用いるのは必然性が認められる場合のみにすべきであるということです。これまでのご意見を伺っても、(1) なぜ、WP:NC#記事名を付けるにはにある「見つけやすい」ではなく「見つけやすく文章に組み入れやすい」にする必然性があるのか、(2) 「認知度が高い」ではなく「信頼できる情報源における認知度が高く」にする必然性があるのか、について納得できる回答はいただいていません。また、「つまり基本的には日本語圏における正式名称が用いられますが、認知度によっては一般名も選択肢となるでしょう。」という表現についても、(3) なぜWP:NC#正式名称で用いられている「日本語での正式名称」ではなく「日本語圏における正式名称」という語句を用いているのか、(4) WP:NCでは他に用いられない「一般名」という語が使用されているのか、その必然性がまったく分かりません。以上の通り、タバコはマーダーさんの案では不要な誤解や曖昧さが生じるとしか考えられませんので、この案には賛成できません。他にも議論すべき点はあるかと思いますが、まずは以上の(1) - (4)について必然性を明確に示していただきたいと思います。 --Arterialmaterial会話2016年4月3日 (日) 01:24 (UTC)[返信]

コメント :私が納得できる回答をしていないのではなくて、私は説明的な回答を既に行っているがあなたが納得できないとだけ主張しているのと、まったく新しい質問なためまだ回答がないだけですよ。あなたの新しい主張はおかしなものではないと思いますが、誤解を招かないようにするために表現を変える場合も適切でしょうから、唯一の絶対的な基準のようにも扱えません。また混乱、齟齬、誤解を招く情報といった表現は大言壮語であり、あなたが理由を明らかにしていない状態では、Wikipedia:善意にとるWikipedia:個人攻撃はしないに沿って望ましくないと思います。5つの要点の1番目と2番目が入れ違っていて、それが手順を示していないのであれば、混乱、齟齬、誤解というよりは単に順序が違うだけです(理由は可読性であり、元に戻してもいいです)。
(1) なぜ「見つけやすい」ではなく「見つけやすく文章に組み入れやすい」にする必然性があるのか。
既に3月26日に返答済みで、あなたが納得できる回答ではないと主張しているだけで、その理由が明らかにされていないです。「文章に組み入れやすい」が新たな基準だとはどういうことでしょうか、という私からの質問にまだ返答がありません。
(2) 「認知度が高い」ではなく「信頼できる情報源における認知度が高く」にする必然性があるのか。
これも同様で、あなたが納得できる回答ではないと主張しているだけで、その理由が明らかにされていません。続く私からの質問は「齟齬となっているというのはどういうことでしょう」です。
(3) なぜ「日本語での正式名称」ではなく「日本語圏における正式名称」という語句を用いているのか。
あなた(2016年3月26日04:34)正式名称に言及がない、わたし(2016年3月26日07:11)言及はある、から続く今回の新たな質問ですね。本文の語を使うべきと併せて、「日本語での正式名称」で大丈夫です。ただ「正式名称」節は「基本的には日本語での正式名称を使用します。その際、名称が外国語のものは~」と続き、「日本語での正式名称」の語はありますが外国語を含めた正式名称を説明しているためWorld Wide Webといった例もあり、「日本語圏における正式名称」の語の方が実際のこの節の内容に沿っており齟齬がないと考えられます。
(4) 「一般名」という語の必然性がまったく分からない。
まったく新たな質問ですね。「通称」あるいは「適切な通称」で大丈夫です。あなたの主張(2)が進展して、「信頼できる情報源」の語を省かれたまま通称となると、認知度が高い俗称だが出典に確認できなそうなものまで含まれてくるので、考え直す必要も出るかもしれませんね。--タバコはマーダー会話) 2016年4月4日 (月) 04:17 (UTC) 追加。--タバコはマーダー会話2016年4月4日 (月) 05:22 (UTC)[返信]
(1)(2)について、タバコはマーダーさんは「「文章に組み入れやすい」が新たな基準だと申されますが、類似表現はあります。本文には「見つけやすい 読者にとって記事の中で見つけやすいもの(そして編集者にとって最も自然に他の記事にリンクできるもの)」また「他の記事の文中に登場する時にリンクしやすいような記事名をつけるためにも」とあります。」及び、「本文には「認知度が高い 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの」とあり、信頼できる情報源が組み合わさっていますし、最も一般的に使われているとは、認知度が高いの類似表現にあたります。」と、本文中に「類似表現」があることを説明されているだけで、なぜそれを冒頭部に抽出する必要性があるのかはまったく説明されていません。それだけでは、なぜ本文中に太字で記載されている「見つけやすい」ではなく「見つけやすく文章に組み入れやすい」なのか、「認知度が高い」ではなく「信頼できる情報源における認知度が高く」なのか、その必然性は理解できませんし、納得しろというのは無理な話です。また、(4)についても「認知度によっては一般名も選択肢となるでしょう。」を「認知度によっては通称も選択肢となるでしょう。」と変えたとしても、「認知度」と「通称」という語はそれぞれ別の節で用いられている語であって、両者を結びつけることは新たな脈絡を生み出すことになります。これについてもなぜ、「認知度」と「通称」という語を選び出して、この2語を結びつけたのか、その必然性は不明です。Wikipedia:説明責任によれば、「利用者は自身の編集について他の利用者に対し、説明責任を果たすことが望まれています。」とされていますので、新たに本文と異なる表現を用いる必然性を説明する責任は、本ガイドラインを編集しようとしているタバコはマーダーさんにあります。少なくともその責任が果たされない限り、タバコはマーダーさんのご提案に同意することはできません。なお、本件は2人で議論していても埒が明きそうもないので、Wikipedia:論争の解決#ステップ3: 第三者を交えて議論するで示唆されているようにWikipedia:コメント依頼で第三者のコメントを募ることも一案と思われます。合意形成を目指されるのであれば、是非ご検討ください。 --Arterialmaterial会話2016年4月10日 (日) 23:26 (UTC)[返信]
単に議論の進行が遅いだけですね。埒が明かないのではなくて、質問と説明が円滑になっていないため遅いのではないでしょうか。Wikipedia:論争の解決#ステップ2: 論争の相手と話し合うの非推奨の「ほとんど証拠を示さず反対意見を述べる」がなされ、説明行動が飛んでいるように思っているんですが。Wikipedia:合意形成にも理由を示して相手を説得するよう書いてありますがその部分ですね。
Wikipedia:ノートページのガイドライン#投稿の技術的慣習の改行をお願いします。また括弧が対応していないものもあるので『』を使っていただけると助かります。
(1)(2)「見つけやすい」でなく「見つけやすく文章に組み入れやすい」にする必然性と、「認知度が高い」でなく「信頼できる情報源における認知度が高く」にする必然性。
あなたの述べる「誤解を招かない要点抽出」として最も確実には、具体的に「認知度が高い」「見つけやすい」「曖昧でない」「簡潔」「首尾一貫している」とそのまま用いるのが適切ということで、変更する必然性が分からないと主張なさっています。それ以上の理由が分からないので、説明を求めていたわけです。
私は説明を行っていると思うんですが、この文書での「認知度が高い」は、「信頼できる情報源」が組み合わさっているため、Wikipedia:方針とガイドライン#内容には「別の文書に説明されることは冒頭で手短に言及」とあるため冒頭で言及したほうが良い。この文書の「見つけやすい」は冒頭に「リンクしやすいような記事名」と類似表現があるのでそれを反映している。という2点の説明は、私の説明3月26日07:11のものですが。「必然性が分からない」ということですね。
では、あなたの案でいいのではないでしょうか。
(3)が飛んでますが、別に私は強弁することなく譲歩していますが、あなたの案でいいんでしょうか?
(4) 「認知度によっては通称も選択肢となるでしょう」と変えても、なぜ「認知度」と「通称」という別の節の語を結びつけたのか必然性が不明。
本文通り正式名称節で『「記事名を付けるには」にある基準を考慮し』とその2つの節は結びついていますよね。「記事名を付けるには」節には、他の基準を犠牲とする必要がある場合には、信頼できる情報源における慣例を参考にしつつとあるので、例が認知度に沿って選択されているようで冒頭の説明がごちゃごちゃしそうだったので「認知度」としたわけです‘。例えば「基準に沿えば」などとしてもまったく構いません。--タバコはマーダー会話2016年4月12日 (火) 08:01 (UTC)[返信]

脱線した話題

コメントタバコはマーダーさんは、各方針文書、ガイドラインで「冒頭文」の追加を提案なさっています。それが「本文を見ない人に配慮することが必要なのだ」という発想にもとづいているのであれば、まずは包括的に「本文をみない人のために、各方針文書・ガイドラインに冒頭分を整備すること」を提案し、合意形成をしてはいかがでしょう。(これらの文書の改訂には「高いレベルの合意」が求められていますから、それ相応の告知が必要ですし、じゅうぶんな賛成意見が得られなければ「高いレベルの合意」は形成されていないとみて断念するという判断も必要です。)
「たしかに本文を読まない人のために冒頭文があったほうがいいね」と包括的な合意が形成されてから、個々の文案の検討に入るべきでしょう。
実際にはその後、個々の文案の妥当性で意見がわかれることはあるでしょう。私は「誤解を与えるような冒頭文なら無い方がいい」「きちんと本文を読まない人に、不適当な概要を与えるのは、かえって問題を大きくするだろう」と考えます。--柒月例祭会話2016年3月26日 (土) 05:52 (UTC)[返信]
情報 Wikipedia:ノートページのガイドライン#記事のノートページの使い方もありますので脱線した話題について、議論も続けますので見通しをよくするため、節とさせていただきます。--タバコはマーダー会話2016年3月26日 (土) 06:32 (UTC)[返信]
コメント Wikipedia:方針とガイドライン#位置づけにあるように、最善の方法であるガイドラインから、したがうべきとなった行動規範である方針であり、それを変更する場合には高いレベルの合意が求めらますから、
Wikipedia:方針とガイドライン#提案には、新しい方針の提案には新しい方針の提案に告知が必要なこと、Wikipedia:方針とガイドライン#内容の修正には大幅な修正には告知を行うことが記載されています。それ以外の修正には、必須ではないがノートでの提案がいいとありますね。つまり新たな大きな行動規範の提案には合意を形成するための告知が必要です。信頼できる情報源が不要ですとかそういう提案には告知が必要ということでしょう。
追記。「高いレベルの合意が求められていますから」というのはガイドラインであるWikipedia:合意形成の「方針とガイドラインに関する場合、他のページ以上に関与と合意に高い基準が期待されます。いずれの場合でもコミュニティに対して十分な告知が行われる場合のみ」のことでしょうか。この記述はガイドラインなので、告知周りに関しては方針であるWikipedia:方針とガイドラインの記述と矛盾します。この方針には「ガイドラインが方針と衝突する場合には、通常は方針を優先します」と書かれているので方針が優先されます。
また、方針等に書いてあることしか提案できないので先に合意を形成しようという趣旨でしょうか。方針では、冒頭に目的と対象範囲を書くことは定まっておりますし、それ以外の方針等に反していない部分については、そのような合意を取り付けることなく必要に応じてなされることかと思います。「告知」「先に合意を」の2点は㭍月例祭氏による独自ルールであり、特に告知については方針の不理解が背景にあるのではと思われます。--タバコはマーダー会話2016年3月26日 (土) 14:13 (UTC)[返信]
コメント。Wikipedia:方針とガイドライン#内容にある「方針の目的と対象範囲は、その文書の冒頭ではっきりと示してください。」は、率直に読み取れば、例えば現行の冒頭文に既にある「このページは記事に好ましい題名(タイトル)をつけるためのガイドラインです。」のようなこと(対象範囲=記事の題名、目的=好ましい題名の付け方を示す)を書けという意味であって、文書のかいつまんだ要点やまとめを示せ、という指示ではないと思いますよ。それは誤解か過剰解釈だと思います。--Yapparina会話2016年3月26日 (土) 22:02 (UTC)[返信]
コメント 私は「Wikipedia:方針とガイドライン#内容が要点やまとめを示せと書いている」とは主張してません。Wikipedia:ノートページのガイドライン#認められない行為におけるの上位3つの方法による意見表明をお願い致します。
またWikipedia:方針とガイドライン#内容では、「対象範囲」の語は記事名だけを指していないのではないですか。その対象範囲の説明から解釈できることは、Wikipedia:独自研究は載せないの冒頭のように、独自研究を避ける文書の対象範囲と出典を明記する文書の対象範囲が重複しているので、最小限に対象範囲をはっきりとさせている、というようなことです。

対象範囲を保ち、冗長さを避ける。 方針の目的と対象範囲は、その文書の冒頭ではっきりと示してください。 ある方針の対象範囲が別の方針のそれと一部が重複する場合には、冗長な部分は最小限にしてください。

同様に、Wikipedia:出典を明記するには、3つの要点で私には「冒頭で目的を書く」に思えるものが書かれています。Yapparina氏の言うように定まったものではないと思われます。
というよりはむしろ、方針やガイドラインにはっきりと反しているのでなければ、言い換えれば、そうしてはいけないという合意がないのあれば、解釈の範囲で行われることでしょう。積み重なれば、方針やガイドラインとなっていない段階の慣習となります。例えば継時的な変化など、他の文書を証拠に挙げれば、慣習となっているか否かが確認できます。
そうした見方でいけば、Template:文書の要旨テンプレートは、Wikipedia:方針とガイドラインに示されたものではないのですが、Wikipedia名前空間で70ほどのページからリンクされており、感覚として比較的最近の新しい文書で使われており、文書の要旨を示すことは継時的に慣習となっているものと思われます。--タバコはマーダー会話2016年3月27日 (日) 00:34 (UTC)[返信]
> 私は「Wikipedia:方針とガイドライン#内容が要点やまとめを示せと書いている」とは主張してません。
了解しました。私の誤解だったようです。
> 同様に、Wikipedia:出典を明記するには、3つの要点で私には「冒頭で目的を書く」に思えるものが書かれています。Yapparina氏の言うように定まったものではないと思われます。
はい同意します。目的と対象範囲の示し方にはいろんな書き方があると思います。
(文書の要旨を示すべきかどうかの一般論について)誤解を招く要素が無いならば、その文書の最も伝えたい点を要点として冒頭に示すのはとても大事なことだと思いますし、可能ならそうすべきだと思います。 しかし、誤解を招かない要点抽出が難しそうなら、WP:BLPのように"Zero information is preferred"だと思います。--Yapparina会話2016年3月27日 (日) 02:03 (UTC)[返信]
合意できましたようで、ありがとうございます。--タバコはマーダー会話2016年3月27日 (日) 03:02 (UTC)[返信]
合意の成立を歓迎するとともに、その内容に当方も同意いたします。これを踏まえて、上の節で当方の意見を述べましたのでご検討ください。 --Arterialmaterial会話2016年3月27日 (日) 22:26 (UTC)[返信]
下の節でのタバコはマーダーさんのご意見を踏まえると、どうやら私が考えていた「合意」とはかけ離れたものだったようなので、前言は撤回します。 --Arterialmaterial会話2016年4月3日 (日) 01:24 (UTC)[返信]

脱線した話題2:存命人物の伝記の「誤解を招く情報や虚偽情報は無いほうが望ましい」

Wikipedia:ノートページのガイドラインの「脱線しない」にあたるかと思い、議論を省略しました。どんどん話題も逸れるので、はっきりさせておこうかと思います。

Yapparina氏の言うよう「WP:BLPのように」とあるので、Wikipedia:存命人物の伝記を参照する必要があり、そこにはZero information is preferred to misleading or false information" の横に、日本語訳で「誤解を招く情報や虚偽情報は無いほうが望ましい」と書かれています。これ[1]は存命人物の記事では偏りのある記載は、特に否定的な記述では、要出典をつけるのではなく削除すべきであるということで、今回のケースは存命人物の伝記ではないので、まったくあてはまりません。

まあ、Wikipedia:存命人物の伝記 には従う必要はないのですが、脱線もしているので議論は行いませんでした。今回の例に当てはめれば、出典は既に本文に出ているとして要出典をつけることなく、その本文を出典として冒頭に記載するというような行動にあたるかと思います。--タバコはマーダー会話2016年3月28日 (月) 00:29 (UTC)[返信]

Yapparinaさんのコメントに対してこのようなご意見をお持ちだったにもかかわらず、それを事前に表明されることなく「合意できましたようで、ありがとうございます。」と書き込まれたということですか。そうすると、タバコはマーダーさんの「合意」に関する考え方は当方には全く理解不能であり、そのような方と議論しても真の「合意」が得られるのか危惧を抱かざるを得ないですね。
それはさておき、WP:BLPのみにこだわって縷々説明していただきましたが、本件についてそのようなコンテクストに拘泥する必要はまったくないのではないでしょうか。WP:BLPのコンテクストとは無関係に、冒頭部については、誤解を招かない要点抽出が難しいなら、そのような情報はない方が好ましいのは明らかです。タバコはマーダーさんも「まあ、Wikipedia:存命人物の伝記 には従う必要はないのですが」と書かれているので、実は気づかれている上で議論のための議論を展開されただけかもしれませんが… --Arterialmaterial会話2016年4月3日 (日) 01:24 (UTC)[返信]
コメント あなたが上で2016年3月27日22:26に仰った手順は、WP:BLPに一文も確認が取れないあなたの独自ルールから成り立っていたので、むしろ私の方が驚きました。WP:BLPの方針に何が書かれているかの確認をとったことは文脈から明らかです。--タバコはマーダー会話2016年4月4日 (月) 04:17 (UTC)[返信]
すでに申し上げた通り、「本件についてそのようなコンテクストに拘泥する必要はまったくない」と考えます。 --Arterialmaterial会話2016年4月10日 (日) 23:26 (UTC)[返信]

外国の地名(カタカナ)について

ノート:アフマダーバードで議論中なのですが、Wikipedia:記事名の付け方を示してもなお外国の地名(カタカナ)の記事名は「現地語表記にすべき」「現地呼称を優先」という意見が多数でています。私はこの考えはガイドラインに沿っていないと思うのですが、皆さんのご意見を頂きたくお願いいたします。もし、「日本語表記(カタカナ)が多数あった場合には現地語発音で一番近いものを優先すべき」という考えが大勢を占めるようでしたら(または、もうすでにそのような慣習が定着しているようでしたら)、領有権争いのある特殊な地名を除きWikipedia:記事名の付け方#地名にその旨書き加えようと思います。またそうでないのならそうでない旨を書き加えようと思います。--ロリ会話2016年5月25日 (水) 15:30 (UTC)[返信]

ガイドラインを変える必要はないと思います。
「現地語発音で一番近いものを優先すべき」という考え方は、これまでの議論ではむしろ否定されてきているように思います。用例に圧倒的な差がある場合に正確な現地発音の転写でごり押しされるようなことも多かった。現地語発音に近いものと、そこから離れたものがあって、それぞれ実際の用例として相当数が使われている時には、その他の諸条件も勘案して合意を探る。「アフマダーバード」にも、相当数の用例があり、Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるにはの要件は、それなりに満たしています。「日本語表記(カタカナ)が複数あった場合」には、それらの使用頻度を調査し、用いられている場所・分野や数を考慮しながら、「Wikipedia:記事名の付け方」を踏まえてその分野に詳しい人、関心のある人たちの同意により決める、ですね。それがよいと思いますし、今のガイドラインはそれを求めていると思います。--Ks aka 98会話2016年5月26日 (木) 06:26 (UTC)[返信]
コメントウィキペディアの古い時期に「本来の発音に近いカタカナにするべきだ」という風潮が(一部で)あったことは確かでしょう。それで議論が紛糾した例も多々あります。(例「メッカ」と「マッカ」ノート:メッカ/過去ログ1、「サラエボ」と「サラエヴォ」ノート:サラエヴォ/過去ログ1、「イスタンブール」と「イスタンブル」ノート:イスタンブル)。ジャンルを問わず、特別専門的な文献ではしばしば「通俗的なカナ表記ではなく発音に近いっぽい表記を好む著者」みたいな方がいます。もしかするとそれは一種の啓蒙思想なのかもしれません。「サンクトペテルブルク」と「レニングラード」のような差異の場合には時として記事主題そのものの違いや、政治的な思想が背景にあるかもしれませんが、「ロスアンジェルス」と「ロサンゼルス」ぐらいの場合には「表記ゆれにすぎない」とみていいと思います。そもそもどこまで攻めたって、外国語を正確にカタカナで書き表すことなんて不可能なんですし。
メッカやイスタンブールの例でもそうですが、どうもとりわけイスラム方面の記事群ではこの「発音主義」傾向が強かったような印象があります。もしかすると「西洋経由で入ってきたアラビアの固有名詞」を「直接アラビアの発音にあわせる」という考え方があって、もしかするとイスラム方面の学術界でもそういう風潮があって、専門的な文献では通俗的な「モハメット」ではなく「ムハンマド」を好むとか、そういうのはありそうです。同じ地名(人名)のカナ表記が分野によって慣習が違うというのもありますから、そこらへんの文献の選び方でも差は出るでしょう。
私は専門的な知識がないのでアレなんですけど、「モハメッド」と「ムハンマド」では背景の思想に差が出るんだということならば話はまた違ってくるのですが、単なる表記ゆれで、圧倒的な差がつくとまでは言えずにいずれもそれなりに文献的な裏付けがあるのであれば、リダイレクトで解決できるものはそれでいいじゃない、と思います。あとは冒頭に近いところで「名称」とかって節をつくって、多様な表記スタイルを列挙しておくことで、「なんでここに飛ばされてきたんだ?」という疑問が生じないようにする。(脱線しますが「モハメット([2])」ではムハンマド・イブン=アブドゥッラーフにたどり着けないんですね)
ノート:アフマダーバードを拝見しますと、「全く文献例がないけど発音に合わせる」という話ではなく、それなりに文献例がある候補が2つあって、さあどっちにしましょうという場面で「発音」を決め手にしているという感じです。「文献例の多寡に関わらず、現地語発音で一番近いものにしなければならない」という話ではないし、まさに「名称」節もあるし、それでいいんじゃないかなーと思います。
ついでに脱線すると、「現地語の発音」だって、人によって差異はあるでしょう。私は最近ある記事を翻訳しようとして、英語版で論争が起きているのを発見しました。「a history」か「an history」で編集合戦になり、揉めていたんです。日本の中学校で英語の教育を受けた私としては、こんなの「a」一択じゃないの?と思ったのですが、イングランド人が「a」か「an」で揉めているんです。「history」の「h」は発音しないから普通は「an」に決まってるだろう、って話で、それを裏付ける文献さえ示されている。これは驚きました。この記事ではほかにも発音記号と方言を巡って議論が起きています。--柒月例祭会話2016年5月26日 (木) 07:32 (UTC)[返信]
  • コメント ども。talk:アフマダーバードから引き続いての参加です。わたしが現地語表記を推すのは「正式名を用いる」と規定されているからです。アフマダーバードはアーメダバードと使用例がほぼ同数で, どちらがより優位だとすることはできず, ならば正式(現地語)名のアーメダバードアフマダーバード(一部を修正 eien20会話) 2016年5月26日 (木) 11:26 (UTC))が採用されるのがより好ましいと考えます。一切の例外なく現地語にするということは, 反対。ケースバイケースで判断すべきであり,わざわざガイドラインに「日本語表記(カタカナ)が多数あった場合には現地語発音で一番近いものを優先すべき」などと書く意義を見いだせず, ガイドラインの改定は反対。 --eien20会話2016年5月26日 (木) 09:38 (UTC)[返信]
Eien20さん、正式(現地語)名のアーメダバード、のところはアフマダーバードの間違いでは?--Rayaraya会話2016年5月26日 (木) 11:16 (UTC)[返信]
コメントWikipedia:記事名の付け方では、まず最初に「認知度が高い」「見つけやすい」「曖昧でない」「簡潔」「首尾一貫」という五原則が示されています。「WP:NC」は「Wikipedia:記事名の付け方」へのリンクであり、「正式名を用いる」へのリンクではありません。「正式」だけをとりあげるのではなく、5つの原則に適合するものを探すべきなのです。
その五つの大原則のもとで、たしかに「正式名称(WP:COMMONNAME)」という節がありますが、そこで例示されているのは専ら「略称ではなくフルネームで」という主旨です。5つの原則の「認知度」に鑑みて、「正式」ではない「東京タワー」や「レインボーブリッジ」が記事名になるようなことも明記されています。
また、「Common」の和訳についてはかねてから議論があり、「正式(Official)」ではなく「一般的な」と訳すべきだという意見があります(Wikipedia‐ノート:記事名の付け方#記事名の中立性、Common nameの日本語訳)。いずれにせよ、本案件のような自然地名は「オフィシャル(正式名)」という考え方にそぐわない。東京東京市東京都とか、ロンドンシティ・オブ・ロンドングレーター・ロンドンのような場合に初めて「正式」という考え方が適用できます。「正式な名称がない場合は日本語での適切な名称を採用」を援用すべきです。--柒月例祭会話2016年5月26日 (木) 15:24 (UTC)[返信]
そのうえで「アフマダーバード」がよい、という意見をおっしゃるのは構わないと思います。--柒月例祭会話2016年5月26日 (木) 17:14 (UTC)[返信]
返信 (User:㭍月例祭さん宛) 5つの柱は満たすことが望ましいと規定されていますが, 同時に正式名称は5つの柱に適合するようなものをつかうべきであると規定しています。もちろんどちらかが軽視されてはならず, またより重視されてもならず, 両方が満たされる名称が採用されることが最良なことだと考えます。本事例は, 利用実績が拮抗しているので, 正式名称(現地名)を採用すべきと申し上げています。何も文献での利用実績が全くないものを使うべきと申し上げているわけではないのです。またアフマダーバードはlargest city(en:Ahmedabad) であり, 正式名との考えにはそぐわなとの指摘には賛同できません。 --eien20会話2016年5月26日 (木) 17:27 (UTC)[返信]
コメント >私はこの考えはガイドライン(Wikipedia:記事名の付け方の)に沿っていないと思うのですが、皆さんのご意見を頂きたくお願いいたします。
との事で…
記事名の付け方「5本の柱」の解釈に関して、わたくしもつくづく考えさせられました。
去年のルターシュタット・アイスレーベンの議論(ノート:アイスレーベン/改名議論)で上がっていたのですが、
  • 記事名の付け方「認知度が高い、見つけやすい、曖昧でない、簡潔、首尾一貫している」に関しては、(例)モスクワ→マスクヴァー、ロサンゼルス→ロスアンジェルス、バンコク→クルンテープ、コペンハーゲン→ケベンハウン、ハンブルク→フライエ・ハンゼシュタット・ハンブルクのようにネット上、書籍上で用例数に圧倒的な差がある場合には有効。
  • それ以外は一概に外務省やら政府機関、ネットの用例数だけで決めるのではなく、その他の要素も踏まえたうえで総合的に判断する必要がある。
という考え方、基準に賛成です。ネットでの用例数が多い=ガイドラインに沿ってない、と考え、「5本の柱」をそのまま解釈・適用するのはいかがなものかとわたくしは考えます。
たとえば、今回の件。辞典類などでは拮抗している、発音にどちらかといえば忠実な専門書は現地呼称。グーグルの検索を一つかけてみてもアーメダバード128,000 件、アフマダーバード45,100 件。この場合は、「信頼できる情報源」がありこれを満たし、上の基準が有効、現地呼称が優先されるべきであると私は考えますし、反対されていた方々も同様と考えます。過去の議論であるデュイスブルグ→デュースブルグ、カブール→カーブル、バグダッド→バグダード、イスタンブール→イスタンブル(すべて外務省ではなく現地呼称の表記)でもこの基準が用いられている気がします。
それと、「日本語表記(カタカナ)が多数あった場合には現地語発音で一番近いものを優先すべき」なのか、という問いに関して。ロリさんは自身の提案に反対が集まったことに意外と驚いていられますが、私は先例を見る限りさして驚きませんでした。実際、地名をネット、外務省表記など政府表記かあるいは現地呼称かどうするかは毎年のように議論になり、事実上ある種慣例?のようなものになっている先例をもとに、去年のルターシュタット・アイスレーベンをはじめ判断されている場合が多いと思います(あくまでわたくしが見てきた中で)。今現在、カリカットを現地呼称コージコードあるいはコーリコードに改名しようという提案(ノート:カリカット)が上がっていますが、細かい部分はどうなるか不明ですけど、少なくとも現地呼称に近い表記にしようと帰結しています。
で、問題となるのは、書籍は少数であるが、ネット検索数が大多数といった場合や、書籍は少数であり、ネット検索数も少数といった場合とわたくしは考えます。去年もルターシュタット・アイスレーベンが激論になってました(わたくしは専門外なので静観してましたが)。今回の場合と違って書籍、ネット検索でもあまり出ないこともあって、政府機関、マスメディアの表記(アイスレーベン)か、あるいはマイナーな現地呼称表記(ルターシュタット・アイスレーベン)にするかでもめにもめて、投票にまで発展しました。ちなみこの時は投票で現地呼称が優先されました。
先のルターシュタット・アイスレーベンのように統一的な基準もなく長期にわたる争いが続き、皆さんの執筆に費やすべき貴重な時間を消耗するのは納得ゆきません。ルターシュタット・アイスレーベンのようなことが繰り返されるのは危惧する次第です。ここは皆さんと違うところですが、わたくしとしてはなにか統一的な基準が作成されてもよいかなと考えます。本当にこの地名に関する問題は難しいです。--Rayaraya会話2016年5月26日 (木) 11:16 (UTC)[返信]
ご意見ありがとうございます。㭍月例祭さんのご意見はなかなかうんちくがあり個人的には共感できる部分も多いです。また、皆さんのご意見は「現地発音でないものは圧倒的多数でない限り記事名にせず、現地発音の記事名を優先する」という趣旨のように感じました。Rayarayaさんのご経験では慣習的に記事名は現地発音になっているようですが、実際にほとんどの地名でそのようになっているのでしたら、合意が取れているということですからそれでもいいと思います。個人的には現地発音が一般にも専門的にも使用されるのが望ましいと考えていますが、数倍から数十倍も使用例がある名称を現地発音から離れているという理由で採用しないというのは少々抵抗があります。まあ皆さん同様のご意見でしたらそれに従いますが、それならそれで、Rayarayaもおっしゃてるように同じような議論で無駄な時間を費やさないようWikipedia:記事名の付け方#地名にそのような趣旨を載せるべきだと思います。
ただ、現地発音に近い名称を採用する場合に、それが複数あった場合どれを選択するのかという問題があります。それについては記事ごとに発音に詳しい人で議論するしかないと思うのですが、少なくとも現地語発音から離れていても採用する「圧倒的多数」の基準ぐらいは決めておくべきではないでしょうか。文字の雰囲気からすれば使用例がおおむね90%以上のような印象を受けますが、その点はどうなのでしょうか。--ロリ会話2016年5月26日 (木) 15:00 (UTC)[返信]
私は10倍以下程度なら特に問題ないかな、と思います。ですが、ルターシュタット・アイスレーベンの呼称調査の際、ルターシュタット・アイスレーベンとアイスレーベンの差はたぶん(彼らの調べた情報を見る限り)100倍以上の開きがあったと思えますし、どのぐらいの差をもって「圧倒的」とするのかはわたくしにはどうとも…判断しかねます。正直なところ、わたくしとしては100倍であればまだ許容できる範囲…とも考えますが、ただこのレベルになるとバンコク(クルンテープ)、コペンハーゲン(ケベンハウン)などの慣用名を上回る優越性が現地呼称には存在しないとする例が適用されるか、あるいはじっくり話し合いで解決という形になるのかな…?と思います。
ルターシュタット・アイスレーベンの記事名が「認知度が高い」「見つけやすい」「曖昧でない」「簡潔」「首尾一貫」という5つの柱に即していたのか?、と疑問に持つ方もおられますでしょうが、これに関しては8か月を超える長い議論の末、コミュニティでの10分の9を以て決められた記事名であるので私は支持します。ただ、「アイスレーベン」にすべきと主張されていたT6n8という方は「ガイドライン濫用および悪用」、「妨害的編集」、「コミュニティを疲弊させるユーザー」としてのち無期限ブロック[1]されています。決して彼を擁護するわけではありませんが、このような事態を招いたのもガイドラインに少々不備があったからでは?と勘繰りたくなります。
その後、調べたところ議論に参加された方々は再発防止のための慣例策定(プロジェクト‐ノート:ドイツ#記事名の慣例を定める事を提案します)に立ち上がっています。
この議論は見る中で実際、いくつか彼らに共感できるところもありました。議論に参加された一人、Asturio Cantabrioさんは「アイスレーベンの改名議論を通じて、独・仏・伊・西などの分野で活動しているウィキペディアン同士の連携の重要性を感じました。ゆくゆくはWikipedia:記事名の付け方を書き換えたり、より大きな分野(プロジェクト:ヨーロッパ?)でのルールにしたいと感じました。ドイツの記事を編集したことのない者の意見ですが、少しでも力になりたいです。」ともおっしゃられてましたが、わたくしも同感ですし、連携した情報共有は大切であると考えます。
わたくしとしてはルターシュタット・アイスレーベンの議論に参加された方からもご意見をいただきたい所ですね。あの議論に参加された方々が一番苦労されたと思いますので…--Rayaraya会話2016年5月29日 (日) 14:32 (UTC)[返信]
なるほど、10倍以下程度ですか。Wikipedia:記事名の付け方#地名にはそのあたりの目安も何も全く記されていませんので、ぜひとも必要な部分だと思います。ところでルターシュタット・アイスレーベンとアイスレーベンの議論は読んでませんが、これは同じ「記事名の付け方」でも今回のような発音の問題ではなく正式名称か否かのような問題だと思うのですが。--ロリ会話2016年5月30日 (月) 09:48 (UTC)[返信]
そうですね。あの件は少し本題からずれていたかもしれません。ですが、わたくしは「言質呼称や慣用を踏まえて地名表記に関してどうするのか」という点でを争っていた部分は本質的には一緒だな、考えましたので。あしからず。--Rayaraya会話2016年5月30日 (月) 13:42 (UTC)[返信]

コメント 改名案件は,地名とかの原音主義を否定するつもりはありませんが,日本語として慣用的に使われている表現があるかどうかをよく調べたうえで進めてほしいです。私としては,行き過ぎた原音主義には賛同できません。有名どころの地名は慣用的に使われている表現があるかどうかは,古い書籍になりますが教科書研究センターの『新地名表記の手引』とかも参考になるかなと(少なくとも発刊時点で慣用的に使われている地名表記には印が付いているので容易に確認できます)。慣用的に使われている地名表記があるのであれば,現時点では慣用表現を尊重するぐらいで良いかなと。今後の流れで慣用表現が変わっていけば,それに合わせて改名するぐらいにしておかないと,恐ろしく無駄なエネルギーを浪費するだけですから,慣用表現が変わるまであえて改名には手を付けないというのも検討しておくと良いかなと。地名案件ではないですが,九州平定あたりの改名議論は井戸端やコメント依頼やブロック依頼など様々なところに飛び火して,完全な終結までに2年半程時間を浪費する羽目になったという事例もあります(最初の改名から数えれば4年かかったとも言えますが)。--かげろん会話2016年5月30日 (月) 10:34 (UTC)[返信]

コメントありがとうございます。個人的には慣用表現を優先すべきだと思いますし、「記事名の付け方」の5つの基準を見る限りそうだと思うのですが、他の方の意見の多くは外国の地名(カタカナ)に関しては一般的に使われる名称が圧倒的でない限り現地発音を優先すべきで、慣習的にもそのようになっているとのことです。しかしWikipedia:記事名の付け方#地名の欄にはそのような説明が一切ありませんので、今後無駄な議論を避けるためも下記のような一文を付け加えようと思っています。
「日本以外の地名で、音読の違いによる日本語表記(カタカナ)の地名が複数ある場合は、現地の発音に近いものを優先します。ただし現地の発音から離れていても出典や一般の使用例が圧倒的に多いものはその表記を採用します。また現地の発音に最も近くても使用例が著しく少ないものは採用しません。」
「圧倒的」がどの程度を表すのかある程度の目安も必要だと思うのですが、目安を設けても調べた資料によってかなり変わってくるので具体的には書かず、最低限このくらいは必要だろうと思われる表現にとどめました。--ロリ会話2016年5月31日 (火) 17:51 (UTC)[返信]
ロリさんの文案ですが,「日本以外の地名で、音読の違いによる日本語表記(カタカナ)の地名が複数ある場合は、現地の発音に近いものを優先します。ただし現地の発音から離れていても出典や一般の使用例が圧倒的に多いものはその表記を採用します。また現地の発音に最も近くても使用例が著しく少ないものは採用しません。」というのは,あまりよろしくないかなと思います。
「日本以外の地名については,日本語として慣用的に使用されている表記の有無や信頼できる情報源からの使用例を検討し,日本語表記として最も認知度が高いものを採用してください。現地の発音に近い表記であっても,日本語表記として認知度が低いものは採用されません。」
ぐらいでいいのではないかなと。--かげろん会話2016年6月1日 (水) 03:03 (UTC)[返信]

コメントしばしば原音主義は「現地音=正式」という誤った考えから主張されます。外国地名の転写は、しかるべき機関が認定していないと「正式」にはならないのです。そして日本語での転写表記はこれ、と決めている国、自治体はまずありません。「正式名称」ルールは外国地名には適用できないのです。--Afaz会話2016年6月1日 (水) 04:31 (UTC)[返信]

コメント私もロリさんのご提案文には不賛成です。「オフィシャル/正式」・「コモン/一般的」の解釈の違いだとか、いろいろありますが、要するに「一般的かどうか」「発音との乖離はどうか」「実際の使用例の多寡」などを総合的に勘案して合意形成するものです。
しばしば「ガイドラインはこうだから(議論を行わずに)自動的にこれになるに決まってる」というように決めつけて「腕づくで解決しようとする」「一歩も譲らない」ことが論争を呼んでいます。
やるとしたら、外国語(人名、地名などの固有名詞など)をカタカナ転記するにあたっては、多様な表記方法のあいだで論争になることがあるので、根拠(歴史的な使用例、一般文献での使用例、学術界での使用例、分野ごとの使用例、発音など)を具体的に明らかにしつつ、さまざまな異論も考慮して合意形成しましょう。そのうえで、多様な表記スタイルについても記事の中で説明するといいでしょう 的な案内をするぐらいかなあと。
「こんな異表記もある」というような情報自体は記事の発展に寄与するものですが、どっちが優先だと言って「記事名」で論争するのはたいてい不毛です。リダイレクトだとかの機能もあるわけですし、「いろいろあります」「いろいろあるということにも配慮して」と案内するのでいいのでは。--柒月例祭会話2016年6月1日 (水) 05:23 (UTC)[返信]
コメント 基本的には「一般的かどうか」「実際の使用例の多寡」を重視して決めるべきだと思います。「発音との乖離はどうか」はあまり意識しない方がいいです。それを言い出すと色々変えないといけないところが出てきますよ(例:アモイ→シアメンみたいな感じで)。--かげろん会話2016年6月4日 (土) 06:28 (UTC)[返信]

コメント 失礼します。ここでの議論とも共通する部分が多いと思うのですが、改名議論が膠着したまま中断期間を挟んで1年以上経過しているグルジア→ジョージア(ノート)に関してもご意見をいただきたいと思います。 --サンシャイン劇場会話2016年6月1日 (水) 15:29 (UTC)[返信]

コメント 主にスリランカ方面の記事を編集しているものです。一点補足を。「現地語の発音」に合わせる件ですが、国によっては公用語が複数ある国も存在します。そうした国の場合「現地語の発音」でさえ一つとは限りません。ですので、画一的に現地語の発音を重視してしまうのも危険かと思います。
例えば、スリランカのジャフナは英語由来の表記ですが、公用語のシンハラ語に合わせると「ヤーパナヤ」、タミル語では「ヤールッパーナン」となるようです。幸いジャフナはほぼタミル人オンリーの町なので後者に合わせることができますが、東部などでは民族が混在している地域もあります。そうした地域ではどちらかに合わせることも簡単ではなく、英語準拠の方が中立的ということにさえなりかねません。
(国や州ではxx語が優勢だからそれに合わせればいいだろ…という考え方もあるかと思いますが、スリランカはそれが内戦の引き金となった国ですので、賛同いたしかねます。)
議論の際は上記のような点も念頭において頂ければと思います。--Honeplus会話2016年6月3日 (金) 12:39 (UTC)[返信]

コメント 先に挙げたノート:グルジアWP:COMMONNANEにおいて禁止されている別名の併記を例外的に認めて「ジョージア_(グルジア)」を採用すべきだと言う提案が行われています。個人的には例外を認める認めない以前に#ある記事の子記事を作る場合の「末尾に曖昧さ回避の括弧書きがある記事の子記事(カテゴリやテンプレートも含む)を作成するときは、括弧書きの後ろに細分化する語をそのまま追加すると、括弧書きが記事名の途中になってしまうため体裁が良くありません。このような記事名は採用せず、なるべく括弧を使わないように書き換えた記事名を採用してください。やむを得ず括弧書きを使うときは細分化する語を括弧書きの前に追加し、常に括弧書きを記事名の末尾に保つようにしてください」を全く考慮していない点からも反対ですが、よろしければご意見をお願いします。 --サンシャイン劇場会話2016年6月6日 (月) 03:23 (UTC)[返信]

いろいろご意見いただきましたが、歴史的経緯を検討するにせよ、どの民族の言葉を優先するのかにせよ、地名は数人のウィキペディアンの決めることではないと思うんですよ。記事名(地名)は日本語での各分野や一般での使用例数を元にどの名称を優先するかが決まってくると思っています。もちろん他の名称を否定するわけではありませんから、その名称は記事中で説明します。 現在のガイドラインを読むとそのように受け止められると思っていたのですが、地名の場合採用例数には関係なく10%程度の採用例しかない場合でもその地名を採用する場合があるようです。私の提案は、ガイドラインには誤解のないよう信頼できる情報源であっても採用例数は有力な決定材料ではないとの旨の説明が必要だということです。要するに地名を選定する場合は使用例数のような見地に寄らずあくまでもその地名に関心のあるウィキペディアンの議論によって決めるということをある程度明確にする必要があるということです。--ロリ会話2016年6月6日 (月) 14:29 (UTC)[返信]

一部改訂を提案します

改訂案1

「記事名を付けるには」のセクションには「認知度が高い - 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの。」という文があります。この文は、2009年12月22日 (火) 12:51にノートでの議論を経て、当時の英語版の「en:Wikipedia:Naming conventions#Deciding an article name」にあったRecognizable – Use names and terms most commonly used in reliable sources, and so most likely to be recognized, for the topic of the article.導入されたものです。ところで、この文の問題点として「最も一般的に」「最も著名である」というように「最も」(英語版ではmost)の語がつかわれている点があります。記事名の候補が複数あり、対象とする範囲の取り方により候補間の優劣が異なる場合、いずれの範囲が適切なものであるかを客観的に決定することは困難です。例:ノート:グルジア
一方、英語版ではその後改定が行われ。現在の該当する箇所の文はRecognizability – The title is a name or description of the subject that someone familiar with, although not necessarily an expert in, the subject area will recognize.と異なる表現になっており、この文には上で挙げた問題点はありません。そこで、最初に示した個所を現在の英語版を翻訳したもので置き換えることを提案します。下に、私が作成した訳文を示しますので、よろしくご検討ください。
「見分けがつく-記事名は対象領域に精通した者が見分けことができる主題の名称または説明である。ここでいう「対象領域に精通した者」はその分野の専門家である必要はない。」
訳文の説明:冒頭部分はrecognizabilityの形容詞形であるrecognizableの訳語です。文中に「主題の名称または説明」とあるのは、「グルジア」なら「名称」であるのに対して「グルジアの歴史」なら「説明」にあたるというようなかたちで区別しています。原文では「,」で挟まれているalthough not necessarily an expert inを別の文章にしています。ツバル会話2016年6月30日 (木) 09:07 (UTC)[返信]

反対 「対象領域に精通した者が見分けことができる主題の名称または説明である。」という説明では指示が曖昧で、方針文書を読んだ方がその意図を適切に汲み取るのは困難なのではないでしょうか?文章を見ただけでは、どのような記事でどのようなロジックでどのような記事名が選択されることを想定しているのかよくわかりません。方針文書はその言語版が積み重ねてきた経験の反映ですから、その言語版における様々な前提条件が共有されていないと、ただ方針文書の文面だけを翻訳してみてもその文書の意図するところを的確に把握するのは難しいかもしれません。それはともあれどのような方針運用が想定されているのかがよくわかりませんので、もしツバルさんの提案どおりに方針が変わったとすると、例えば俎上にあがっているグルジアの記事名をこの「見分けがつく」に照らし合わせた場合どのようなロジックでどのような記事名が適切だという結論に落ち着くことになるのかというところを具体的にご説明いただければと思います。--重陽会話2016年7月2日 (土) 02:19 (UTC)[返信]

返信 (重陽さん宛) 重陽さんは現在の「信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名であると考えられるもの。」が記事名の候補を絞り込むのに役立つとお考えなのだと思います。しかし、私は現在のノート:グルジアの状況を見て、現在のルールの存在が議論の妨害になっていると考えています。そう考えたことが、今回改定の提案をした動機です。現在のルールは「最も」という表現が用いられており、一見、いくつもの候補の中から一つを選ぶのに使えそうに思えます。しかし、実際にはどの範囲で「最も」を考えるかによって、どの候補が「最も」に該当するかが変わる場合があり、現在のノート:グルジアの状況がそれに該当します。私は、このルールが記事名の候補を一つに絞り込むのに使えないならこのルールを使うことを諦めればよいと思うのですが、現在、ノート:グルジアで認知度を巡って議論を行っている方々はそのようには考えておられないようです。私の提案を採用して「見分けがつく-・・・」に変更した場合にノート:グルジアでの議論がどうなるかということですが、現在記事名の候補としてあがっている「グルジア」、「ジョージア」etc.、「サカルトヴェロ」はいずれもこのルールに合致しています。ということは、このルールで記事名の候補を一つに絞り込むことはできないので、他のルールなどを使って考えるということになります。その際は、Wikipedia:記事名の付け方だけでなく、もっと広い範囲について考えることになると思います。 ところで、私の提案したルールには「対象領域に精通した者が見分けことができる」(原文はsomeone familiar with(, although not necessarily an expert in,) the subject area will recognize)という表現があって重陽さんはわかりにくいとお感じのようです。私は、この文章は、一般的な読者になじみのない名称であってもかまわないということだと解釈しています。例えば、耳の筋肉に「側頭耳介筋」というのがあるのですが、私はこの文章を書くために人間の筋肉の一覧を調べるまでこのような筋肉があることを知りませんでした。しかし、医師などの「対象領域に精通した者」であれば当然知っている名称だろうと思います。「ここでいう「対象領域に精通した者」はその分野の専門家である必要はない。」という文章もわかりにくい文章ではありますが、この文章は、逆説的ですが「その分野の専門家」が「対象領域に精通した者」に含まれるということを示しているともいえます。「必要はない」としているのは、記事名を決めるのにあたって専門家に相談して決める必要はないという意味合いだろうと思います。通常、新規の記事を書く編集者はその分野について一定の知識をもっているので、記事名については初稿作成者の判断に任せるという意味にとってもよいと思います。(翻訳記事の場合は初稿作成者がその分野について十分な知識を持っていない場合もありますが、その場合はGOOGLEなどでどのような記事名が適切かを調べるはずです。)なお、私は、「記事名を付けるには」の内容は新規の記事名を決めるための手引きであり、現在、ノート:グルジアで行われている改名の議論においてこれらのルールが使われているのは「準用」であって本来の使い道ではないと考えています。元々、「手引き」として作成されたものであることは、Wikipedia‐ノート:記事名の付け方/過去ログ10#英語版より「記事名を付けるには」の節を移入する提案での議論を見れば明らかですし、セクション名にも「付けるには」とあってそのことが表れています。(英語版のセクション名にもdecideとあってはっきり新規記事に関するルールであることが示されています)とはいうものの、他に改名のための基準として使えるルールがないので、改名の議論において「記事名を付けるには」のルールが準用されるのもやむをえないかなとも考えています。--ツバル会話2016年7月6日 (水) 13:09 (UTC)[返信]

反対 内容にかかわらず、グルジア問題の結論が出る以前のルール改定に反対します。ツバルさんがこの提案をされたのもグルジアの議論が念頭にあるものと思料いたしますが、昨年から延々と続いているグルジアに関する議論の前提である方針・ガイドラインが議論の進行中に変更されてしまうと、これを前提としたあらゆる議論の見直しが必要になり、かなり振り出しに近い位置からやり直すことになります。ですので、理由にかかわらず、グルジアの議論が決着するまでの間、ルールの変更は凍結していただきたく思います。また、私も含め多くの方はウィキペディアに一日中駐在できるわけではないので、リソースに限りがあることから、議論を拡大すればするほど議論の質が悪くなってしまい、将来的に多くの利用者・読者に負の効用をもたらすような決定が行われてしまいかねません。--nyaku会話2016年7月7日 (木) 10:36 (UTC)[返信]
コメント Nyakuさんは「これを前提としたあらゆる議論の見直しが必要になり、かなり振り出しに近い位置からやり直すことになります。」と書いておられますが、グルジアについての私の見解では、昨年から延々と続いているグルジアに関する議論の中で「認知度」の議論が何らかの合意や結論に向けて役だったことはなく、過去の議論についてもほとんど有用性はありません。現在の状況自体「振り出しに近い位置」であり、ルールの見直しをすることで議論が後退するわけではありません。かえって、新規の参加者により議論が進展する可能性が高いと考えます。Nyakuさんが「認知度」のルールの変更に反対しておられるのは、ご自身が2016年6月以降「認知度」のルールを根拠とした主張を多数書いておられ、それらの主張の見直しが必要になることを嫌われてのことにすぎません。--ツバル会話2016年7月9日 (土) 10:06 (UTC)[返信]
反対
  • 1. Wikipedia:ページの改名ページ名が記事名の付け方のガイドラインに沿っていないときとあることからも明らかなように、改名に対して本ガイドラインが準用どころか根幹になっていることは疑いようがありません(というか、WP:MOVEで決められているのはほとんど作業手順ですよね。改名理由ではなく)。
  • 2. 新規だろうが改名だろうが、本ガイドラインは作業の結果として新しくそのページに与えられるページ名を決める(decide)ためのものではないのですか(旧記事名を廃して新たな名前を付けることを「改名」と呼ぶのでは)。
  • 3. その過去ログですが2009年ですよね。過去版を見ればわかりますがその時点でこのページはガイドラインでした。ヘルプページならともかく、ガイドラインとして運用されている場所に導入された「手引き」には(ガイドラインレベルで)従う必要が生じます。つまり当時も今も記事名を決定する指標として見られているわけです。
  • 4. 例え英語版をベースに導入されたものでも導入以降の運用は各国語版独自のものですので、英語版が今どういう運用をしていようと関係はないでしょう。ツバルさんの指摘する問題点が一般化するほどのことでなければ現状のままで問題ないです。
  • 5. 一般論として現状の認知度主体の選定方法は読者視点で言えば理があります。WP:COMMONNAME(正式名称)で例示されている東京タワーなどの例のように、正式名称よりも認知度が高いケースを選ぶときに有用です(一般的な読者になじみのない正式名称である日本電波塔を優越する)。グルジアがこの点でもめているのは事実ですが、それをもって一般化するのは早計ではないでしょうか。
客観的に候補が選定できない状況(念のため言いますがグルジアのことを言っているのではなく、一般論の仮定ですよ)が現実にある中で、Wikipedia側が先んじて強引に決めてしまうと語弊が生じることもあります。{{暫定記事名}}というテンプレもありますし、認知度が安定しない対象に対しては安定するまで待つ(用例を貯める)ことも大切です。--ButuCC+Mtp 2016年7月8日 (金) 12:18 (UTC) 微修正--2016年7月8日 (金) 12:23 (UTC)[返信]
コメント ButuCCさんは「4.」「5.」で「一般化」「一般論」という言葉を使って、「グルジア」のような個別のケースとは別にルールがあるような表現をしておられますが、この考え方は個別の事例における問題点をルールに反映させて行くWikipediaのルール修正の考え方に反します。現にグルジアでは「認知度」のルールがトラブルの原因となっているので、それを解消することを優先させるべきです。Wikipedia:ルールすべてを無視しなさいを適用して、参加者の合意によりグルジアのケースには「認知度」を適用しないという解決策もありますが、「グルジア」のこれまでの経緯を見ると、参加者の間でそのような合意を形成するのは難しいように思います。改訂したルールがうまく働かない場合が今後出てくるかもしれませんが、そのときはそのときで元に戻すなり、第三のルールを検討するなりすればよいことです。--ツバル会話2016年7月9日 (土) 10:06 (UTC)[返信]
「例外のために基本ルールを変えるな」と言ったまでです。ツバルさんは「認知度が安定しない対象に対しては安定するまで待つ(用例を貯める)」事を頑なに拒否しますけど、それが編集者の怠慢である事に気が付きませんか。読者視点で言えば認知度は重要な要素であることは5で述べました。それに対し、ツバルさんの「議論が楽になる」という考えは編集者本位の考えです。--ButuCC+Mtp 2016年7月9日 (土) 10:48 (UTC)[返信]
返信 (ButuCCさん宛) 先のご意見についての質問です。先のご意見は、ButuCCさんは「グルジアは「Wikipedia:記事名の付け方」の例外である」と考えておられると受け取ってよろしいですか。ツバル会話2016年7月21日 (木) 09:00 (UTC)[返信]
…結局グルジアの件の延長戦ですかここは。私はツバルさんがグルジアの件を勝手に例外と考えていて、しかもその例外を正すために一般論まで弄ろうとしていると捉えています。私から言わせれば「認知度」ルールを弄らなくてもグルジアの件は収拾するから例外だろうがなかろうが本ガイドラインを弄らなくても解決できると思っているし、ツバルさんがそう思わないのは編集者の怠慢だと述べました(読者本位、編集者本位の話は無視ですか)。認知度にしても今後ジョージアの用例が蓄積されていくというのに、何を焦っているのかと。グルジアの件についてその辺りのスタンスはあっちの議論の最初期に述べました。それから意見を変えるなら私自身があっちで主張しますので、勝手に代弁されない様お願いします。
本件について、ツバルさんのここでの主張はグルジアありきであり、他の例まで考慮されていると思えないんですよ。私はグルジアの方で三信興業を引き合いに出し、一般論として最終的な会社の正式名より認知度による選定が優越するケースを出しました。特定の記事の話ではないこの場(方針・ガイドラインをどうするかという一般論の場)においてはそういうケースも考える必要があります。何のための規定なのかと言われればそういう記事のためにある規定であって、グルジアで揉めたからと言って有効に働くケースにまで影響を及ぼさないでもらいたいです。--ButuCC+Mtp 2016年7月21日 (木) 13:25 (UTC)[返信]
  • 返信 (ButuCCさん宛) 「私はツバルさんがグルジアの件を勝手に例外と考えていて、しかもその例外を正すために一般論まで弄ろうとしていると捉えています。」とのことですが、「勝手に」という表現を使っておられるということは、ButuCCさんがグルジアの件を例外と考えておられないことを示しています。あなた自身が例外と思っておられないのなら、グルジアの状況を根拠にして「Wikipedia:記事名の付け方」を改訂することは「例外のために基本ルールを変える」ことにはなりません。また、「例外のために基本ルールを変えるな」という主張はグルジアについての「例外だろうがなかろうが」とのお考えをわかりにくくするものなので書かれなかったほうがよかったと思います。「三信興業」などの件については、ここでの議論に関係するとお考えなら、あらためてきっちりした形で書かれるべきです。なお、私の提案に反対する理由としては現在のルールが有効である例を示すだけでは不十分で、現在のルールが有効であって提案したルールが他のルールと組み合わせても有効ではない例を挙げる必要があります。仮に三信興業の例が、提案したルールが有効ではない例であるとしても、こちらもグルジアと同様に一例であるにすぎません。あなたは「一般論」という表現を時々使われますが、多くの場合その中身は「例」を挙げておられるにすぎません。ツバル会話2016年7月22日 (金) 23:54 (UTC)[返信]
  • 補足説明です。一般論として、今回の提案は「見分けがつく」という観点を全面的に除外しようという提案ではありません。「見分けがつく」という観点が過度に重視されることによって他の観点が軽視されるという状況を改善しようとするものです。ツバル会話2016年7月22日 (金) 23:54 (UTC)[返信]
    • コメント - ちょっと分かりにくかったですね。そもそも改訂反対側の私はツバルさんの言う『認知度を除外すべき例外』など無いという立場です。だからツバルさんの質問には「ツバルさんが勝手に例外と考えている」と答えました。一方で私は「現状ルールでもグルジアは解決する」とも述べました(あっちの議論も現状、ツバルさん以外は認知度も加味した上で問題なく議事進行していますし)。三信興業にしろグルジアにしろ、現在のルールで対応可能なら現状維持で問題ないですよね。
    • ツバルさんは『「見分けがつく」という観点が過度に重視されることによって他の観点が軽視される』と仰いますが、私は逆ですね。『「見分けがつく」という観点が邪魔だから軽視しようとしている』ように見えます。正式名称=認知度のケースが多いから見落とされがちですが、正式名称が採用される記事名は同時に認知度という観点でも選ばれているわけです。それだけに、認知度が正式名称よりも重視される東京タワーのような「正式名称≠認知度」という事例を考慮して、「日本語話者の認知度」が正式名称と同程度に考慮されるべき要素になっているわけです。
    • これ以上は水掛け論になりそうですし、他の方からの賛否が無いと話が進みそうにありませんので、これで一段落のコメントとします(今後、返答や他の方の意見によって同意または異論があればコメントしますので、会話ページへの案内は無用です。ウォッチしてますので。)。--ButuCC+Mtp 2016年7月23日 (土) 01:03 (UTC)[返信]
返信 (ツバルさん宛) まず根本的な話として、百万を超える記事の大半は「認知度が高い」を含む現状のルールを総合的に勘案して何の問題もなく記事名が決定されているという事実があります。揉めに揉めている記事は酷く目立つので非常に重大な問題があるように見えてしまいますが、それはあくまでも百万分のいくつかに過ぎず、その一方でそれ以外の大多数の記事では争いなく目立たずすんなりと現行ルールに基いて記事名が決定されていっていることを見落としてはいけません。百万分のいくつかの問題を解決するために、何の問題も起こっていないその他の大半の記事にまで影響を与えるような根本のルール改定に手を出してしまうのは悪手であろうと思います。記事名で揉めるのはお互いに意見を尊重しあって妥協点を模索するというようなことができずに何が何でも自分の意見を押し通そうとする議論参加者の問題が一番大きいですよ。
「見分けがつく」の中身の方ですが、ガイドライン文書の内容を理解するのにそこまで意味内容を解きほぐして解釈する必要があるのでは、数多くのWikipedia参加者に内容を理解していただいた上で実践することが求められる方針・ガイドライン文書に掲載する文章としてはやはり難有りであるように思います。「見分けがつく」を「一般的な読者になじみのない名称であってもかまわないということだと解釈」するのであればストレートにそう書くべきですし、専門家云々も「逆説的に~ともいえる」というのであれば直接的にそう書くべきでしょう。元の英語版での運用や解釈はわかりませんが、ツバルさんの説明の範囲では「認知度が高い」と「見分けがつく」は相反する内容ではなく、一般的事項に対するものと専門分野に対するものという並列な内容であるように思えます。ツバルさんのお話をお伺いした範囲では、「見分けがつく」をルールに加えることよりも、「認知度が高い」をルールから外す事の方に力点があるように感じますが、両者が並列した内容になっていることを考えれば「認知度が高い」は除去せずそのままにした上で、専門分野における記事名の考え方として「見分けがつく」の考え方をもう少し噛み砕いた文面にして他の規定とのすりあわせをした上でガイドライン文書内に組み込むのが良いのではないかと感じました。--重陽会話2016年7月26日 (火) 22:31 (UTC)[返信]

改定案2

先日から出そうと思っていたのですが、ツバルさんが出されたこのタイミングで同時進行で議論した方がいいと思い同時提案とさせていただきます。先日、井戸端で音楽作品の正式名称に「」が着いている記事名はどのように名前をつければいいのかとWikipedia:井戸端/subj/楽曲などの記事で作品の正式名称に「」がついている際の記事名はいかにあるべきかを提出し、議論をしたところ3人ほどの方々が「「」がついたままでよい」という意見をくださいました。それに当たってガイドラインの文章に以下の様な変更を提案します。

WP:NC#ARTWORK

現在
小説・詩・映画・舞台・音楽・絵画などの芸術作品は、基本的に通常の記事と同様に扱う。日本以外の国の作品については邦題があればそれを用い、邦題がまだつけられておらず原題しか無い場合(この場合、後に邦題が付けられたらそれに移行する)、および邦題もまた外来語である場合にはWikipedia : 外来語表記法にならい、発音をカナで表記して記事名とする。日本の作品だがタイトルは外来語であるという場合も同様。記事名自体に「」や『』は付けない。
改定後案
小説・詩・映画・舞台・音楽・絵画などの芸術作品は、基本的に通常の記事と同様に扱う。日本以外の国の作品については邦題があればそれを用い、邦題がまだつけられておらず原題しか無い場合(この場合、後に邦題が付けられたらそれに移行する)、および邦題もまた外来語である場合にはWikipedia : 外来語表記法にならい、発音をカナで表記して記事名とする。日本の作品だがタイトルは外来語であるという場合も同様。記事名自体に「」や『』は付けない。ただし、正式名称に「」や『』が含まれる記事(『バッハの旋律を夜に聴いたせいです。』など)は例外とし、正式名称を用いる。

※下線部分は改訂箇所とし、本文には含めない。 --組曲師talk/ 履歴 2016年6月30日 (木) 09:32 (UTC)[返信]

* 反対 恐れ入りますが反対です。ウィキペディアはダンプデータが各所で利用されることがあるのですが、その命名法ですと括弧から始まる多くの記事が前方一致で五十音・アルファベット以外からの開始となり、利便性を大きく下げると思われます。括弧を記事内に含めなければ他の作品と区別できないような状況があるのならば理解できますが、単なる修飾として利用されている例が多いように思います。如何お考えでしょう。--nyaku会話2016年7月1日 (金) 16:14 (UTC)[返信]

    • コメント まずはひとつ訂正を。「本文には含めない」というのは書き誤りで下線そのものを含めないとのことです。「単なる修飾として」というNyaku|nyakuさんねコメントについては、「その単なる」とこちら側から思いがちの「」がついたタイトルであってもその製作者による深い背景などがある可能性があり、記事のタイトルに含めるには十分な理由となると考えております。また、jawpにそこまで多くの「」がついた記事が生成されることは恐らく無いでしょうから、。データダンプについては考慮に当たらないと思いますが。また、すでにいくつかの記事が実際に運用されているわけですから、大きな問題があればこのノートなどですでに規制すべきという意見は上がってるはずでしょう。 --組曲師talk/ 履歴 2016年7月1日 (金) 17:21 (UTC)[返信]
返信 お呼び立ていただきありがとうございます。えーとですね、作者に深い意図があった場合でも、記事名に「」を付ける以外の方法でそれを表現することは十分可能です。正式名称に機種依存文字や旧字体が使われている場合、記事名は標準的な字体を採用しつつ、記事の冒頭でそれを説明するという方法が採られています。むろん、これも記事の検索性を上げるためです。
また、「そこまで多くの記事に括弧がつかないのでダンプデータへの被害を考慮する必要がない」というのは、端的に申し上げてしまえば非論理的です。漢字2文字からなる小説のタイトルがここ数年で一気に流行したように、括弧をタイトルに含めることが一種のファッションとして流行することも大いに考えられます。また、規模が小さいものであれば考慮する必要がないのであれば、そういった記事についてルールを制定することの必要性も薄れてしまいます。方針やガイドラインは、いったん変更されれば以後半永久的にその影響が及ぶものです。論理的に想定できる問題なのですから、矮小化・過小評価してなかったことにするのではなく、建設的に解決策を考えていくべきかと思います。--nyaku会話2016年7月7日 (木) 01:42 (UTC)[返信]
質問 nyakuさんに確認ですが、方針の文言は「現行のままでいい」とお考えでしょうか。それとも、「『正式名称に括弧類が入る時でもあえて外す』ことを明記すべき」という立場でしょうか。--Jkr2255 2016年7月7日 (木) 03:38 (UTC)[返信]

UTC)

返信 本来は後者の立場ですが、現在はグルジアの議論でリソースがないため、あえてそちらの主張はいたしません。中途半端というご意見もおありでしょうが、私も生身の人間ですのでご理解願います。--nyaku会話2016年7月8日 (金) 15:03 (UTC)[返信]
質問 こちらからも質問です。このコメントよりも下に重陽さんがコメントを残しております。このコメントについてどうお考えになりますでしょうか?独自研究の範囲になる可能性や過剰な規制ではないか?といった井戸端などで出た意見を含めお聞かせください。--組曲師talk/ 履歴 2016年7月7日 (木) 03:47 (UTC)[返信]
返信 重陽さんのご意見に関しては、「括弧が単なる装飾かどうかということをWikipedia編集者が独自に判断することに意味はない」という点には完全に同意する(私の当初の主張を一部放棄する)のですが、「そのまま素直に括弧を含めた記事名にするのがいい」という結論は短絡的かと思います。私が現時点で記事名に括弧を入れることに反対するのは記事名に機種依存文字や旧字体、全角英数を入れることに反対するのとまったく同じ理由であって、百科事典としての体裁をまもるために必要だからなのです。できれば、賛成派の方には機種依存文字や旧字体との性質上の差異を示しつつ、百科事典としての検索性を損なわずに括弧を入れる方法や、仮に検索性を犠牲にするとしても、本文中のテンプレートではなく記事名として括弧を入れることの意義を今一度説明して頂きたく存じます。井戸端の議論に関しては、申し訳ありませんがあくまで別の議論でございますから、単に参照せよとするのではなく、ご自身のお言葉でここに呈示して下さいませんでしょうか。--nyaku会話2016年7月8日 (金) 15:03 (UTC)[返信]
Wikipedia:記事名の付け方#記事名の書式で記事名に使用可能な文字種について規定されており、現行ルールの範囲内で記事名に全角鍵括弧を用いることは認められています。文字としての性質上の差異としましては、機種依存文字はJIS X 0208の外字領域に含まれる文字ですから、Wikipedia:記事名の付け方#記事名に使用できる文字にある「罫線素片・私用領域の文字(いわゆる外字)を除いたJIS X 0208で規定されている文字。」という規定に反するため使用することが出来ません。旧字体はJIS X 0208には含まれませんから、先の規定に照らしてこちらも使用できません。一方で「」や『』はJIS X 0208で規定されている文字であるため記事名に利用可能です。Wikipedia:記事名の付け方#全角と半角でも、「日本語特有の句読点(、。)やカギ括弧(「」)、中黒(・)は全角を使用」とあり、鍵括弧の使用が明記されています。Nyakuさんが記事名に鍵括弧を入れることを反対されるというのであれば、それは現行の規定で記事名に使うことが認められている文字を使えなくするように現状変更を行うという話になってしまいます。現行のガイドラインは鍵括弧を記事名に「使用可」であるという大前提をまずは共有しましょう。--重陽会話2016年7月8日 (金) 16:17 (UTC)[返信]
そのことは存じ上げていますが、単に生身の人間としてのリソースの問題で、今この場で現状変更の議論を提起するつもりがないということです。上で既に述べております。しかし、現在下位規定として「記事名自体に「」や『』は付けない」が存在するわけですよね。私はこの規定を守っていこうと申しています。現状で記事名に原則括弧を利用しないことにより重大な不具合が生じていないにも関わらず、「記事名に括弧を含めるべき」と主張される理由をお聞かせ下さい。また、私はあくまで検索性の観点から反対しているにすぎないため、記事名の先頭以外における括弧には反対いたしません。--nyaku会話2016年7月8日 (金) 17:13 (UTC)[返信]

──────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────────── 生身の人間に対してはリダイレクトを作成することで十分な対処ができます。それであれば、「が検索時記事名の手前にくることはないでしょう。括弧が単なる装飾かどうかということをjawp編集者が独自に判断している現状こそが重大な問題と考えています。また、「重大な不具合がなければ文面を変えてはならない」という方針やガイドラインは自分の覚えている範囲ではどこにも書いてなかったはずです。自分は現行のガイドラインは鍵括弧を記事名に「使用可」である現状をしっかりとガイドラインに新たに反映するべきだと感じ、提案しています。 --組曲師talk/ 履歴 2016年7月9日 (土) 02:20 (UTC)[返信]

返信 なるほど、リダイレクトという手段を失念していました。その余の部分については色々異見がありますが、この際どうでもよろしいです。 賛成 に回らせていただきます。--nyaku会話2016年7月12日 (火) 01:59 (UTC)[返信]
  • 賛成 名称として括弧が含まれるならカッコつきの記事名とすべきでしょう。括弧が単なる装飾かどうかということをWikipedia編集者が独自に判断することに意味はなく、名称に括弧が含まれているならそのまま素直に括弧を含めた記事名にするのがいいと思います。そもそも井戸端の議論でアルトクールさんもおっしゃっていましたが、「記事名自体に「」や『』は付けない。」という現行ルールは日本語の慣例として作品名を括弧で括って表記する表記法に対して、作品であることを示す括弧は記事名に付けないということを表しているだけで、作品名そのものに括弧が含まれるようなものに対してまで記事名に括弧を付けることを排除するようなものではありません。現に作品名自体に括弧が含まれているものは現状でも括弧つきで記事名が付けられていることは、先の井戸端の議論で例示されているとおりです。何が何でも記事名に括弧を使ってはならないというのは誤解であるので、そのような誤解が生じないように方針文章を改めようというのが今回の組曲師さんの提案なのでは。今回の提案は現状追認であって現状変更ではありませんので、もし方針の改定が出来なかったとしても正式名称で括弧が含まれる記事の記事名に括弧を使うことが禁止されるわけではありません。--重陽会話2016年7月2日 (土) 01:31 (UTC)[返信]
  • 賛成 正式名称に括弧が含まれる記事は、括弧をつけるべきでしょう。--Afaz会話2016年7月4日 (月) 01:33 (UTC)[返信]
  • 賛成 --ツバル会話2016年7月6日 (水) 13:09 (UTC)[返信]
  • 賛成 - 井戸端や『バッハの旋律を』などで議論に参加してきた者です。改定案に関わるのは飽くまで正式名称に「」や『』が含まれる場合です。これはwiki発の造語・装飾でもありませんし、むしろ作者側が「そう読んで・書いてください」として付けているものですので、この改定案に賛成します。--FMmice (会話/履歴) 2016年7月8日 (金) 15:26 (UTC)[返信]

過去ログ化提案

#国際関係の記事名について - #「記事名を付けるには」と「正式名称」の節の改訂についてまでを過去ログ化することを提案します。既に終わっている案件と長期で放置されている議論ばかりですので。 --組曲師talk/ 履歴 2016年7月9日 (土) 02:38 (UTC)[返信]

冒頭の修正案は残しておいてください。--タバコはマーダー会話2016年7月9日 (土) 07:00 (UTC)[返信]
質問 では、#プロジェクト:キリスト教における記事名ガイドライン提案から派生提案からを対象にするということでよろしいでしょうか?--組曲師talk/ 履歴 2016年7月10日 (日) 10:15 (UTC)[返信]
コメント 最初の節ではなくて、#冒頭の修正案の方ではありませんかね?--FMmice (会話/履歴) 2016年7月10日 (日) 11:32 (UTC)[返信]
コメント なるほど、了解しました。その様に提案を変更します。 --組曲師talk/ 履歴 2016年7月10日 (日) 12:34 (UTC)[返信]

報告 過去ログ化しました。作業内容の確認をお願いします。本ページ差分過去ログページとの比較/過去ログの節名一覧 差分 --組曲師talk/ 履歴 2016年7月20日 (水) 04:00 (UTC)[返信]

各分野での慣例 節への医薬品名の記載

こんにちは。医薬品の分野では2008-9年にページ名の付け方について議論され、概ね合意されていた処ですが、ガイドラインとして文書化されていませんでしたので、先日、皆さんに見守って戴きながら発効させていただきました。つきましては、本「記事名の付け方」の「各分野での慣例」節の末尾又は“生物名”の後くらいに一言追加して、ガイドラインへのリンクを貼らせて戴きたいのですが、許可をいただけますでしょうか?9月末迄を目途にご意見を頂戴出来ますと幸いです。

追記内容ここから


医薬品名

  • 医薬品一般名(JAN)を基本とし、商品名・剤形(錠、注)は記事名とはしない。
  • JANから、塩、エステル、水和物等の修飾語を外す。
  • プロドラッグについては、特記事項が充実しており独立したページとして作成する事が相応しい場合にのみ作成する。

追記内容ここまで

--Utataneko(七比㐂乃貓)会話2016年9月6日 (火) 21:51 (UTC)[返信]

本文に追記致しました。--Utataneko(七比㐂乃貓)会話2016年10月2日 (日) 23:10 (UTC)[返信]

歴史上の日本人の人名について

利用者:古武会話 / 投稿記録さんという方が行われた記事名の改名([4])において、少々疑問が生じたため提議します。移動履歴を見ると分かるように、古武さんは人名において、「名字+名前」となっていた記事を、「名字+通称(+姓)+名前」に改名する例がいくつか見られます。事前の改名提案を行っていないのはそもそも問題ですが、このような「名字+通称(+姓)+名前」の記事名とするのが果たして正当なのかどうか、意見を募りたく思います。WP:NC#PERSONでは敬称・肩書をつけないとなっているだけで、このようなつけ方をしないとは記載されておりませんが、私個人としては、既存のほかの記事との兼ね合いを考えると不釣り合いであるように思われます。--松茸会話2016年12月4日 (日) 14:21 (UTC)[返信]

たしかに、改名提案を行わずに移動する行為は問題だと思います。古武さんにはその旨注意喚起しておくべきでしょう。
見出し語に通称を含むべきかどうかについては、日本人に限らず、字(あざな)を持つ中国人も類似ケースとして含んで考えられることと思います。すべてのケースを調べたわけでなく、また歴史上の中国人の記事名の付け方という記事を見つけられない状態で述べますが、wikipedia日本語版における歴史上の中国人の場合、記事名は「姓+名」とし、字は記事の冒頭で解説しているのが殆どのようです。例えば「諸葛亮」が正式な記事名で、「諸葛孔明」及び「諸葛亮孔明」は正式な記事名へのリダイレクトになっており、字については記事中の冒頭で「字は孔明」と記述しています。この記述法は、劉備関羽張飛曹操司馬懿など三国志関係ばかりでなく、李白杜甫といった人物でも同様で、日本では「姓+字」で広く知れ渡っている項羽も、記事名は本名の「項籍」としてあります。日本の歴史上の人物についても、この記述法を準用するのが妥当ではないかと考えます。--Nazox会話2016年12月5日 (月) 14:46 (UTC)[返信]
  • コメント 「本名」というのは、「諱」のことですね?では、「武田信玄」は「武田晴信」、「坂本龍馬」は「坂本直柔」ということになります。判断が分かれるのは、諱が確定していない「山鹿素行」などはどうするのか、明治初期に諱と字名を選択するタイミング前後で亡くなった場合はどうするのか、などですね(例えば、「大村益次郎」など。他にも適切な例があると思いますが)。--Susuka会話2016年12月5日 (月) 15:18 (UTC)[返信]

コメント改名提案に関する手続き上の不備の件は省きます。

  • WP:NC#PERSONは「記事名の書式」という節の一部であり、文書の意義としては表記スタイルの解説に留まります。そしてこの節はWP:NCの一部でして、記事名の付け方については一般的な規則としてのWP:CRITERIAに従うことになります。そこでは5つの「基準」が示されていますが、今回は特に次の3基準が重要になるでしょう。
*認知度が高い - 信頼できる情報源において最も一般的に使われており、その記事の内容を表すのに最も著名である
*見つけやすい - 読者にとって記事の中で見つけやすいもの(そして編集者にとって最も自然に他の記事からリンクできるもの)
*簡潔 - 短く、要点を突いているもの — Wikipedia:記事名の付け方#記事名を付けるには
  • そのうえで、あまり大風呂敷広げずに、実際に古武さんが関わった記事に限定して申し上げます。
  • そもそも人物記事5件のうち3件は出典ゼロです。記事名をどうこうする前に、まずは検証可能な情報源を示すことが必要です。
  • 出典がある2件は、いずれもコトバンク経由の『日本人名辞典+Plus』ですから、記事名を検討するのにうってつけの情報源です。で、その出典では「山本英早」「磯又右衛門」で記事になっています。
  • 山本民左衛門英早については改名前の「山本英早」が妥当でしょう。
  • 磯又右衛門柳関斎源正足は、『日本人名辞典+Plus』」と『日本大百科全書(ニッポニカ)』が揃って「磯又右衛門」ですから、改名前の磯正足磯又右衛門正足よりも「磯又右衛門」が適切だということになります。ただし(これはウィキペディア自体を情報源としているので本当は不適切なのですが、ひとまず早足で結論を述べるために途中を省略します)、どうやら天神真楊流宗家の代々の家元が「磯又右衛門」を襲名したということのようですから、「磯又右衛門」はそのことについての記事として、祖から5世までの記事を「磯又右衛門○○」または「磯又右衛門 (2世)」とかのような形式で曖昧さ回避をして記事化する、というのでもいいでしょうね。木村庄之助木村庄之助 (17代)の関係がその実例になります。とは言え、そこまで行き着くには、今のままでは出典が不足ですね。--柒月例祭会話2016年12月5日 (月) 15:26 (UTC)[返信]
  • コメント 㭍月例祭さんのご意見とほぼ同じですが、wikipediaが百科事典であることを鑑みれば、ひろく受け入れられている実績のある人名事典や辞典・辞書に掲載されている人物名に関しては、その大勢に準拠するという考え方もあるかと思います。「諱」「通称」の他、今まで人名記事では「松尾芭蕉」は本人は生前にこの姓名の組み合わせは名乗っていないという理由での改名提案もありましたし、同じく本人が名乗っていない「北条早雲」や、諱だけでなく苗字も含め実際には複数回改名している人物(上杉謙信等)もあります。巷間で一番有名であろう「黒田官兵衛」でなく「黒田孝高」が採用されている場合などもあり、他の方の例示からいっても本名・通称絡みの規則性によるルールは定めにくいところがあるように思われますので、専門研究分野などで使われている実績がある人名であれば、事典ベースが一番無難かと思います。--ジャムリン会話2016年12月5日 (月) 15:44 (UTC)[返信]
  • コメント初代磯又右衛門は、伝授巻や古文書をみても「磯又右衛門柳関斎源正足」か「磯又右衛門」のどちらかです。「磯正足」は未だかつて見たことがないですね。三代目からは明治時代に入り、普通に磯正〇と名乗っています。同じく山本民左衛門も自筆の資料を見る限りは「山本民左衛門英早」か「山本民左衛門」のどちらかですね。山本英早とは普通は言いません。また、戸塚彦介の場合も、どの文献を見ても「戸塚彦介」か「戸塚彦介英俊」と書いてあります。戸塚英俊とは言いません。他の二人も同じ理由です。--古武会話2016年12月6日 (火) 11:59 (UTC)[返信]
    • コメント 古文書や当時の史料だけに準拠するのではなく、ジャムリンさんのおっしゃるように事典等の一般書籍も基準として、総合的に判断するべきでしょう。個人的な知識だけで「見たことが無い」「~とは言わない」と判断するのはいかがなものでしょうか。「名字・通称・姓・諱」というような正式な名乗りというだけで記事名を決めると、近藤勇も「近藤勇藤原昌宜」にするような難解な事態になってしまいますし、Wikipediaは専門書ではないのですから記事名については分かりやすい「名字・諱」あるいは「名字・通称」が妥当でしょう。それで、今回の古武さんによる移動案件を簡単ながら調べてみましたので、参考までに挙げておきます。
この辺りを勘案しつつ、どの表記にしておくのが妥当か判断していくのが無難でしょう。--松茸会話2016年12月6日 (火) 13:50 (UTC)89[返信]
ウィキペディアの記事は二次資料を中心に書かれるべきであって(Wikipedia:信頼できる情報源#情報源)、記事名も同様であると考えられます。したがって、一次資料に基づいた記事名はふさわしくないと思います。--有足魚会話2016年12月8日 (木) 10:47 (UTC)[返信]

洋画・海外ドラマの邦題の「:」の使い方について

こんにちは。ひとつ質問があります。洋画・海外ドラマの邦題は公式サイト等では主題と副題の間にコロンがある場合には「:」と、全角コロンが使われていることが多々見られるのですが、それをWikipediaの記事名として「:」と、半角コロンを使う際に

1. 全角を半角にそのまま置き換える(例『スパイダーマン:ホームカミング』など)
2. 全角を半角に置き換え、Wikipedia:表記ガイド#コンマ・ピリオド・セミコロン・コロンにあるように空白を入れる(例『X-MEN: アポカリプス』など)

では、Wikipediaの記事名としては、どちらが正しいのでしょうか?--リースウェイン会話2016年12月15日 (木) 13:21 (UTC)[返信]

映画作品の場合はプロジェクト:映画#記事名にガイドラインがあり、結論から言いますと 1. がガイドラインに沿った命名法です。これは、全角・半角の使い分けや記事名の制約などの影響は受けるものの、基本的には「その作品の公開に直接関与している組織(配給会社など)が使用している表記」(公式表記)を記事名とし、余分な記号などは追加しない、というルールによるものです。ですので、公式表記が『X-MEN:アポカリプス』(全角コロン)であった場合、余分な空白を挿入している『X-MEN: アポカリプス』という表記はガイドライン違反ということになります。ただし、繰り返しになりますが、あくまで基本は公式表記を記事名とすることなので、もともとの公式表記がこのような空白が入った『X-MEN: アポカリプス』ないし『X-MEN: アポカリプス』なのであれば、現在の記事名は間違いではありません(公式表記を確認していませんので、実際にどちらが正しいのかはわかりませんが)。ご参考まで。--Yasu会話2016年12月17日 (土) 15:01 (UTC)[返信]