行方市
なめがたし 行方市 | |||||
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| |||||
国 | 日本 | ||||
地方 | 関東地方 | ||||
都道府県 | 茨城県 | ||||
市町村コード | 08233-3 | ||||
法人番号 | 8000020082333 | ||||
面積 |
222.48km2 | ||||
総人口 |
29,901人 [編集] (推計人口、2024年11月1日) | ||||
人口密度 | 134人/km2 | ||||
隣接自治体 | 鹿嶋市、潮来市、かすみがうら市、鉾田市、小美玉市 | ||||
市の木 |
イチョウ(銀杏) (2006年12月1日制定) | ||||
市の花 |
ヤマユリ(山百合) (2006年12月1日制定) | ||||
市の鳥 |
シラサギ(白鷺) (2006年12月1日制定) | ||||
行方市役所 | |||||
市長 | 鈴木周也 | ||||
所在地 |
〒311-3892 茨城県行方市麻生1561番地9 北緯35度59分25.8秒 東経140度29分20.5秒 / 北緯35.990500度 東経140.489028度 | ||||
外部リンク | 公式ウェブサイト | ||||
特記事項 |
市役所所在地については 麻生庁舎の情報を掲載 | ||||
ウィキプロジェクト |
行方市(なめがたし)は、茨城県南東部の鹿行地域に位置する市である。2006年(平成18年)には鹿島アントラーズの広域ホームタウンに加わった。
地理
東京都心から約70km、県庁所在地の水戸市から約40kmに位置する。東は北浦、西は霞ヶ浦という二つの広い湖に挟まれ、東西の湖岸部分は低地、内陸部は標高30m前後の行方台地といわれる丘陵台地により形成されている。水戸市や土浦市から車で約1時間、石岡市や鹿嶋市からは約30分である。
市勢
- 面積:166.33 km2
- 人口:34,909人
- 男性:17,213人
- 女性:17,696人
- 世帯数:11,115世帯
- 人口密度:209.9名 = 行方市
| 画像 = Kasumigaura Fureai Land 05.jpg
| 画像の説明 = 霞ヶ浦ふれあいランド・虹の塔
| 市旗 =
| 市旗の説明 = 行方市旗
| 市章 =
| 市章の説明 = 行方市章
2005年(平成17年)9月2日制定
| 都道府県 = 茨城県
| コード = 08233-3
| 隣接自治体 = 鹿嶋市、潮来市、かすみがうら市、鉾田市、小美玉市
| 木 = イチョウ(銀杏)
(2006年12月1日制定)
| 花 = ヤマユリ(山百合)
(2006年12月1日制定)
| シンボル名 = 市の鳥
| 鳥など = シラサギ(白鷺)
(2006年12月1日制定)
| 郵便番号 = 311-3892
| 所在地 = 行方市麻生1561番地9
北緯35度59分25.8秒 東経140度29分20.5秒 / 北緯35.990500度 東経140.489028度
| 外部リンク = 公式ウェブサイト
| 位置画像 =
| 特記事項 = 市役所所在地については
麻生庁舎の情報を掲載
}}
行方市(なめがたし)は、茨城県南東部の鹿行地域に位置する市である。2006年(平成18年)には鹿島アントラーズの広域ホームタウンに加わった。
地理
東京都心から約70km、県庁所在地の水戸市から約40kmに位置する。東は北浦、西は霞ヶ浦という二つの広い湖に挟まれ、東西の湖岸部分は低地、内陸部は標高30m前後の行方台地といわれる丘陵台地により形成されている。水戸市や土浦市から車で約1時間、石岡市や鹿嶋市からは約30分である。
市勢
- 面積:166.33 km2
- 人口:34,909人
- 男性:17,213人
- 女性:17,696人
- 世帯数:11,115世帯
- 人口密度:209.88人/km2
(2010年8月1日時点)
隣接する自治体
- 潮来市
- 鉾田市
- 小美玉市
- かすみがうら市:霞ヶ浦(西浦)で隔たれているが、霞ヶ浦大橋(国道354号)によりつながっている。
- 鹿嶋市:北浦で隔たれているが、北浦大橋(県道186号)によりつながっている。
なお、稲敷市、美浦村とは道路(橋)ではつながっていないが、 霞ヶ浦上で境界を接している[1]。
歴史
年表
- ※(外部リンク)“市制施行10周年特集 行方市も10歳になりました!” (PDF). 公式ウェブサイト. 行方市 (2015年9月1日). 2018年2月25日閲覧。
行方市発足以前
- 1968年(昭和43年) - 鹿行大橋の開通。
- 1975年(昭和50年)4月1日 - 国道355号(千葉県佐原市 - 石岡市間)の制定。
- 1987年(昭和62年)3月3日 - 霞ヶ浦大橋の開通。
- 1993年(平成5年)4月1日 - 国道354号(群馬県館林市 - 大洋村)の制定。
- 1995年(平成7年)2月22日 - 北浦大橋の開通。
行方市発足以後
- 2005年(平成17年)9月2日 - 行方郡の麻生町・玉造町・北浦町が合体(新設合併)し、行方市が発足。
- 2007年(平成19年)4月1日 - 鹿島鉄道線が廃止。桃浦、八木蒔、浜、玉造町、榎本の各駅も廃駅となるが、玉造町駅のみバスターミナルとして敷地と名称が引き継がれる[2]。
- 2011年(平成23年)3月11日 ‐ 東日本大震災により震度6弱を観測。水道等のライフラインが壊滅的な被害を受けたうえに、旧北浦町と対岸の鉾田市を結ぶ国道354号の鹿行大橋が崩落した(新しい橋が2012年に開通)。
行政区域変遷
- 変遷の年表
行方市市域の変遷(年表) | ||
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年 | 月日 | 旧行方市市域に関連する行政区域変遷 |
1889年(明治22年) | 4月1日 | 町村制施行に伴い、以下の町村がそれぞれ発足。[3] |
1955年(昭和30年) | 1月1日 | 玉造町・手賀村・立花村・玉川村・現原村が合併し玉造町が発足。 |
3月31日 | 麻生町・太田村・大和村・小高村・行方村が合併し、麻生町が発足。 | |
4月1日 | 武田村・津澄村・要村が合併し、北浦村が発足。 | |
1997年(平成9年) | 10月1日 | 北浦村が町制施行し、北浦町となる。 |
2005年(平成17年) | 9月2日 | 麻生町・玉造町・北浦町が合併し行方市が発足。 |
- 変遷表
行方市市域の変遷表 | ||||||||
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1868年 以前 |
明治元年 - 明治22年 | 明治22年 4月1日 |
明治22年 - 昭和19年 | 昭和20年 - 昭和64年 | 平成元年 - 現在 | 現在 | ||
麻生村 | 麻生町 | 麻生町 | 昭和30年3月31日 麻生町 |
麻生町 | 平成17年9月2日 行方市 |
行方市 | ||
粗毛村 | ||||||||
富田村 | ||||||||
根小屋村 | 太田村 | 太田村 | ||||||
矢幡村 | ||||||||
石神村 | ||||||||
白浜村 | 大和村 | 大和村 | ||||||
杉平村 | ||||||||
籠田村 | ||||||||
宇崎村 | ||||||||
青沼村 | ||||||||
小牧村 | ||||||||
岡村 | ||||||||
蔵川村 | ||||||||
天掛村 | ||||||||
四鹿村 | ||||||||
板峰村 | ||||||||
新宮村 | ||||||||
橋門村 | 小高村 | 小高村 | ||||||
小高村 | ||||||||
井貝村 | ||||||||
南村 | ||||||||
島並村 | ||||||||
船子村 | 行方村 | 行方村 | ||||||
五町田村 | ||||||||
於下村 | ||||||||
行方村 | ||||||||
玉造村 | 玉造町 | 玉造町 | 昭和30年1月1日 玉造町 |
玉造町 | ||||
手賀村 | 手賀村 | 手賀村 | ||||||
羽生村 | 立花村 | 立花村 | ||||||
八木蒔村 | ||||||||
沖洲村 | ||||||||
浜村 | ||||||||
井上村 | 玉川村 | 玉川村 | ||||||
井沼村 | ||||||||
藤井村 | ||||||||
荒宿村 | ||||||||
捻木村 | 現原村 | 現原村 | ||||||
若海村 | ||||||||
芹沢村 | ||||||||
谷島村 | ||||||||
小貫村 | 武田村 | 武田村 | 昭和30年4月1日 北浦村 |
平成9年10月1日 町制 | ||||
次気村 | ||||||||
両宿村 | ||||||||
内宿村 | ||||||||
長野江村 | ||||||||
成田村 | ||||||||
帆津倉村 | 明治元年 三和村 | |||||||
金上村 | ||||||||
穴瀬村 | ||||||||
繁晶村 | 津澄村 | 津澄村 | ||||||
吉川村 | ||||||||
山田村 | ||||||||
中根村 | ||||||||
南高岡村 | 要村 | 要村 | ||||||
高岡村 | 北高岡村 | |||||||
小幡村 | ||||||||
行戸村 |
人口
行方市(に相当する地域)の人口の推移
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総務省統計局 国勢調査より |
市内に住んでいる人口のうち、3人に1人は65歳以上、8人に1人は80歳以上である。
行政
市長
当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
---|---|---|---|---|
当 | 15,703 | 坂本俊彦 | 無所属 | 新 |
10,400 | 横山忠市 | 無所属 | 新 |
当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
---|---|---|---|---|
当 | 12,221 | 伊藤孝一 | 無所属 | 新 |
12,187 | 坂本俊彦 | 無所属 | 現 |
当落 | 得票数 | 候補者 | 党派 | 市長歴 |
---|---|---|---|---|
当 | 12,044 | 鈴木周也 | 無所属 | 新 |
10,191 | 伊藤孝一 | 無所属 | 現 |
市議会
茨城県議会
2010年(平成22年)の県議選から、定数1の選挙区として実施。
衆議院
市役所庁舎
行方市は本所機能を分散させた分庁舎方式を採用する。各庁舎はそれぞれ旧町の町役場である。
- 麻生庁舎
- 〒311-3892 茨城県行方市麻生1561番地9
- 北浦庁舎
- 〒311-1792 茨城県行方市山田2564番地10
- 玉造庁舎
- 〒311-3512 茨城県行方市玉造甲404番地
エリア放送
行方市は、地上一般放送局の免許を取得しなめがたエリアテレビとしてエリア放送を実施している。ワンセグのみではなくフルセグとしても放送している。[5]
裁判所
経済
産業
霞ヶ浦では鯉の養殖が盛んである。
- 白浜漁港
- 麻生漁港
- 小高漁港
- 五町田漁港
- 荒宿漁港
- 手賀漁港
- 高須漁港
農業
上記の農産物が県銘柄産地に指定されている。
畜産業
商業
主なチェーン店は次の通りである。
- カインズモール
- ヤマダ電機テックランド行方店(閉店)
- ケーズデンキ行方店
- ベイシア玉造店
- モスバーガー
- サーティワンアイスクリーム
- 不二家
- セイミヤモール麻生店
- コメリ(麻生店・北浦店・玉造店)
- ヤックスドラッグ玉造店
- ウエルシア(行方玉造店・行方麻生店)
金融機関
- 常陽銀行 - 玉造支店、麻生支店(北浦支店併設)
- 水戸信用金庫 - 玉造支店
- 佐原信用金庫 - 麻生支店
- 筑波銀行 - 麻生支店
- なめがたしおさい農業協同組合 - 総務企画本部・営農経済本部、麻生支店、北浦支店、玉造支店
地域
教育
- 高等学校
- 小学校
- 行方市立麻生小学校
- 行方市立麻生東小学校
- 行方市立北浦小学校
- 行方市立玉造小学校
- 社会教育施設
- 茨城県立白浜少年自然の家
- レイクエコー(茨城県女性プラザ・鹿行生涯学習センター)
2016年までに小中学校の統廃合が行われ、特に小学校は19校から4校に集約された。
交通
鉄道
バス
麻生・行方地区では、一時期東京行高速バス以外の路線バスが全廃されていたが、その後市営バス・民間バスが再び運行されるようになった。
道路
名所・旧跡・観光スポット・イベント・グルメ
全般
旧麻生町
- あそう温泉白帆の湯 - 浴場からは霞ヶ浦、筑波山、富士山を望むことができる。
- 天王崎公園 - かつては湖水浴場として賑わう。
- サンセットフェスタIN天王崎 - 毎年8月に霞ヶ浦湖半の天王崎公園で、市内外の団体や個人から寄付を受けて開催されるイベントである。夕方からステージ上でのイベントが開催され、夜には湖上花火大会が開催される。打ち上げ数は毎年約5000発で、1万人前後が訪れる。
- 畑家住宅 - 麻生藩家老屋敷。市指定文化財。
- 麻生陣屋跡 - 現・麻生小学校敷地。
- どぶろく祭 - 春日神社の祭礼。どぶろくが振る舞われる。
- 馬出し祭 - 八坂神社の祭礼。
- 大麻神社祭礼 - 麻生市街地の祭礼。佐原型山車5台が曳き廻される。
- イルミネーションフェスティバル - 12月中旬頃から1月上旬頃までの17時から22時までメイン会場の麻生公民館と近くの商店街で開催される。約15万個の電球が使用されている。公民館にある約10mのヒマラヤスギにハート型のイルミネーションが飾られている。大晦日に限り、日没から日の出近くまで点灯されている。
- なめがたファーマーズヴィレッジ(農業テーマパーク)[8]
旧北浦町
- 山田祇園祭り - 山田地区の祭礼。佐原型山車1台が曳き廻される。
- 化蘇沼稲荷奉納相撲 - 武田地区にある化蘇沼稲荷神社で毎年8月25日に行われる祭礼。奉納相撲や、小学6年生女子児童による巫女舞が行われる。
- 山田ワンド・金上ワンド - 北浦に面した釣りの名所。鯉やタナゴ、ブラックバスなどを釣りに、関東地方から多くの釣り客が訪れる。
旧玉造町
- 霞ヶ浦ふれあいランド
- 道の駅たまつくり
- 高須崎公園
- 西蓮寺(さいれんじ)
- ふるさと山百合まつり - 毎年7月下旬に西蓮寺で開催される。行方市民によって山に植えられた2万本のヤマユリが見られる。見学料1人300円、高校生以下は無料。
- 大場家住宅 - 茨城県指定文化財[9]。大山守。
- 三昧塚古墳 - 行方市指定史跡[10]。出土品は国の重要文化財[11]。
- 大宮神社例大祭 - 玉造市街地の祭礼。お囃子は石岡系である。石岡型の山車が3台引き廻される。他にも幌獅子や子供御輿なども出る。
- 芹沢外記旧宅
- 鴨の宮 - 『常陸国風土記』由来の神社。
- 万葉の歌碑
- 玉清井
- 高須崎の一本松
- 玉造郷校
- 玉造城跡
- 手賀城跡
- ふるさとふれあいまつり - 例年8月の第一土曜日夕方頃より玉造の商店街で開催される。山車が総勢8台出る。
- 井上長者館跡 - 大字井上所在の遺跡。ただし地上表示物等はない。
地域にゆかりのある著名人
行方市の場合、地域出身者の出生地や出身地について、資料に「旧麻生町の生まれ」「旧玉造町出身」などとあっても、これがただちに現在地名の「行方市麻生」や「行方市玉造」に対応するとは限らない。それと言うのも、その資料が省略してしまっている本当の場所、すなわち、字レベルの詳細な地域名が現在住所に反映されている可能性が多分にあるがゆえに、特定できないからである。実例を挙げれば、出久根達郎は「行方郡北浦町」の生まれであると多くの資料で確かめられるが、だからと言って現在地名「行方市北浦」と比定するのは間違いであって、行方市の公式ウェブサイト上にある「旧北浦町成田地区出身[12]」という資料に基づき、現在地名「行方市成田」こそ比定されるべき場所である。一方で、永作博美は「行方郡麻生町」の生まれとされているが、市の公式ウェブサイトに「旧麻生町麻生地区出身[12]」とあることから、旧麻生町内の他のどこでもなく現在地名「行方市麻生」と比定できる。このような特定に不可欠な資料が確認できないものについては、本項では「現在の行方市旧○○町内」などと表記した。
名誉市民
行方市名誉市民条例は2005年(平成17年)9月2日に施行されているが、選定者はまだいない。
出身著名人
- 内田信也 - 1880年(明治13年)12月6日、現在の行方市旧麻生町内(当時の行方郡内)生まれ。出生地および東京府東京市神田区(現・東京都千代田区神田地区)育ち。実業家(三大船成金の一人)。政治家(宮城県知事、鉄道大臣、農商務大臣、農林大臣等)。【転出】※中学校と高校は共に東京の学校に通う。
- 花井忠 - 1894年(明治27年)12月3日、現在の行方市旧麻生町内(当時の行方郡内)生まれ。弁護士、検事(検事総長等)。
- 靉嘔 - 1931年(昭和6年)5月19日、現在の行方市旧玉造町内(当時の行方郡内、1955年以降の玉造町)生まれ。画家。
- 塙雲峰(はなわ うんぽう) - 1931年(昭和6年)、行方郡要村(1955年以降の北浦町要、現在の行方市要)生まれ[12]。書道家[12]。※なめがた大使(2011年 - )。[12]
- 香川京子 - 1931年(昭和6年)12月5日、東京都生まれ。育ちは、兵庫県芦屋、東京都、茨城県行方郡麻生町(現・行方市麻生)など複数箇所。女優。【転入/転出】※生まれてすぐに兵庫県芦屋へ転居し、小学校入学の1年前に東京へ戻るも、女学校に上がった年に茨城県下館へ疎開後、間もなく麻生町へ転居する。その後、終戦に伴って東京へ戻る。
- 栗原喜依子 - 1935年(昭和10年)、現在の行方市旧玉造町内(当時の行方郡内、1955年以降の玉造町)生まれ。画家(洋画家)。
- 坂本俊彦 - 1940年(昭和15年)9月3日生まれ。政治家(玉造町長、初代行方市長、ほか)。
- 箕輪光博(みのわ みつひろ) - 1942年(昭和17年)、行方郡大和(1955年以降の麻生町大和、現在の行方市旧大和地区)生まれ[12]。林政学者[12]。※なめがた大使(平成23年9月2日委嘱)。[12]
- 額賀福志郎 - 1944年(昭和19年)1月11日、行方郡小高村(1955年以降の麻生町小高、現在の行方市小高)生まれ。政治家(財務大臣等)。
- 出久根達郎 - 1944年(昭和19年)3月31日、行方郡成田村(1955年以降の北浦町成田[12]、現在の行方市成田)生まれ。出生地および東京都育ち。作家(小説家、随筆家)。【転出】※中学校卒業後、集団就職で上京し、東京都月島の古書店に就職する。※なめがた大使(2011年 - )。
- 小牧幹(こまき かん) - 1948年(昭和23年)、行方郡小高村(1955年以降の麻生町小高、現在の行方市小高)生まれ[12]。画家(洋画家)[12]。元・教諭[12]。※なめがた大使(2012年 - )。
- 塙敏(はなわ さとし) - 1950年(昭和25年)、行方郡要村(1955年以降の北浦町要、現在の行方市要)生まれ[12]。ハンドボール指導者(日本代表男子ハンドボールチーム・コーチ等)[12]。※なめがた大使(2011年 - )。
- 永作芳也 - 1955年(昭和30年)9月27日、行方郡麻生町(現・行方市旧麻生町内)生まれ。元・将棋棋士。
- 小林光恵 - 1960年(昭和35年)12月8日、行方郡玉造町甲地区[12](現・行方市玉造甲地区)生まれ。作家。※なめがた大使(2011年 - )。
- 永作博美 - 1970年(昭和45年)10月14日、行方郡麻生町麻生[12](現・行方市麻生)生まれ。女優、タレント、歌手。※なめがた大使(2011年 - )。
- 鈴木周也 - 1971年(昭和46年)9月14日、行方郡玉造町(現・行方市旧玉造町内)生まれ。政治家(第3代 行方市長 等)。実業家。
- 小澤英明 - 1974年(昭和49年)3月17日、行方郡北浦町津澄[12](現・行方市旧津澄地区)生まれ。サッカー指導者、元プロサッカー選手(Jリーグ所属)。※なめがた大使(2012年 - )。
- 根崎裕子 - 1982年(昭和57年)2月8日、行方郡玉造町(現・行方市旧玉造町内)生まれ。柔道家。
- 小室大地 - 1988年(昭和63年)6月28日生まれ。ハンドボール選手(日本ハンドボールリーグ所属)。
- 平成生まれ
- 生年不詳
地域にゆかりのある異邦人等
- 藤代範雄(ふじしろ のりお) - グラフィックデザイナー[12]。行方市玉造沖洲地区(かつての行方郡立花村沖須)でデザイン事務所を経営[12]。なめがた大使を務める(2012年 - )[12]。※写真から昭和生まれと推定。「なめがた大使」10名の行方市による解説で唯一「出身」と書かれていないため、地域出身者ではないと思われる。
大使
行方市は、2011年(平成23年)9月2日、地域の宣伝や情報発信等を担う「なめがた大使」を、地域にゆかりのある著名人に委嘱した[12]。このとき委嘱されたのは、小林光恵(作家)、出久根達郎(小説家)、永作博美(俳優)、塙雲峰(書道家)、塙敏(ハンドボール指導者)、箕輪光博(林政学者)の6名であった[12]。先の6名に加えて、明くる2012年(平成24年)9月2日には、小澤英明(サッカー選手)、小牧幹(画家)、奈良崎正明(歌手)、藤代範雄(グラフィックデザイナー)の4名が委嘱された[12]。
その他
- 日本の情報収集衛星(IGS) のデータ受信局のひとつが市内にある(旧北浦町)。
- 旧麻生町と旧玉造町の市外局番は0299[13]であるが、旧北浦町だけは隣接する鉾田市と同じ0291である。
- 行方市の 郵便物は、鉾田郵便局を経由して旧町ごとに玉造(旧玉造町)・北浦(旧北浦町)・麻生(旧麻生町)の各郵便局が集配している。
姉妹都市・提携都市
脚注
- ^ 30市町村区域図(霞ヶ浦・北浦境界入)茨城県、2018年10月16日閲覧。
- ^ ただし、関鉄グリーンバスによるバス停名は「玉造駅」。
- ^ 角川日本地名大辞典編纂委員会『角川日本地名大辞典 8 茨城県』、角川書店、1983年 ISBN 4040010809より
- ^ “行方市議会議員一般選挙情報(平成31年4月21日執行)”. 行方市. 2019年5月13日閲覧。
- ^ エリア放送一覧 電波技術協会
- ^ ラッキョウを軟白栽培したもので「エシャレット」は日本独自の商品名である。フランス料理などに使用される本物のエシャロットとは別物
- ^ 2011年3月11日から2012年4月25日にかけての期間は、東日本大震災の影響で通行止めであったが、現在は新橋が開通している。
- ^ なめがたファーマーズヴィレッジ(2018年10月16日閲覧)。
- ^ “大場家住宅(主屋1棟、表門1棟、通用門1棟、敷地2485.29㎡、附家相図等2枚)”. 茨城県教育委員会. 2020年11月1日閲覧。
- ^ “三昧塚古墳(市指定史跡)”. 行方市. 2020年11月1日閲覧。
- ^ “茨城県三昧塚古墳出土品”. 茨城県教育委員会. 2020年11月1日閲覧。
- ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y 行方市役所 政策秘書課. “なめがた大使”. 公式ウェブサイト. 行方市. 2018年2月24日閲覧。
- ^ ただし、旧麻生町は潮来MA、旧玉造町は石岡MAである。
関連項目
- 全国市町村一覧
- 茨城県の合併新市・新町一覧
- 行方郡 (茨城県)
- 南相馬市(福島県) - 小高町、鹿島町、原町市の合併協議において、相馬郡の旧名である行方郡からとった「行方市」が新市名候補に挙がったことがある。