最高敬語
最高敬語(さいこうけいご)とは、日本語における最上級の尊敬表現である。かつては、天皇・太上天皇(上皇)・太上法皇(法皇)・皇族のみならず、摂政・関白、征夷大将軍等高位の貴人や高僧にも用いられたが、明治時代以降は、主として天皇・皇族に対してのみ用いられるようになった。外交儀礼として外国の君主・皇族・王族についても天皇・皇族に準じ、その他国家元首他顕官について特有の表現を用いることがある。
概要
[編集]新聞・ラジオなどのメディアにおいては、太平洋戦争の頃まで広く用いられた。
戦後は一般的な敬語のうち最上級の表現に差し替えて報道されるようになった。しかし、公文書をはじめ公的に用いられる表現としては、戦後に使用されなくなった表現がある一方、依然として最高敬語が用いられる。ここには、主な最高敬語と対応する普通語を記載する。
二重・三重敬語から派生した固定表現や、主として漢文に根拠を持つ漢語などがある。古文において特定の語が現れたときに、その語の持つ性質によって、主語がなくとも誰の発言か解ることがある。
敬称
[編集]いずれも現任者にのみ添えられる(「昭和天皇陛下」とは言わない)。
- 陛下[天皇、太上天皇、三后(皇后、太皇太后、皇太后〈上皇后含む〉)および外国の国王[1][2]および三后[3]]
- 殿下(天皇・三后以外の皇族、王配[4]、公国・首長国の元首を含む外国の同等の王侯族[1][5])
- 台下(ローマ教皇[1][6])
- 猊下(枢機卿など[1])
以下は天皇・皇族に対してのみ使われる。
副詞
[編集]- 畏くも(「おそれ多い」の意)
動詞
[編集]- 遊ばされる(する)
- 有らせられる(居る 「いらっしゃる」の更に上位表現)
- おかせられる(於く)
- 賜う(する、与える 「給う」とも表記)
名詞
[編集]身体に関する語
[編集]宸儀 (天皇の身体、天皇自身)- 玉体・聖体(天皇の身体)
- 玉音(天皇の声)
- 玉歩(天皇の歩行)
- 玉顔・天顔・竜顔(天皇の顔)
- 宝算・聖寿(天皇の年齢)
- 叡慮・聖慮・宸慮(天皇の考え、意向)
- 宸意・宸旨(天皇の意向)
- 聖旨(天皇の考え、命令)
- 令旨・懿旨(三后の命令)
- 聖断・宸断(天皇の決断)
- 宸襟・宸念・軫念(天皇の精神状態、気持ち)
大御心 (天皇の心、考え)- 宸衷(天皇の心の内)
- 宸憂(天皇の悩み、心配)
- 不予・不豫(天皇の病気)
「宸」とは、天子・帝王関連のこと。
言動に関する語
[編集]行幸 (天皇の外出)[7][8]- 行啓(皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃の外出)[7]
- 行幸啓(天皇・皇后一緒の外出)[7]
- 御幸(上皇の外出)
- お成り(その他の皇族の外出)[7]
- 巡幸・宸遊・震遊(天皇の巡遊)
- 巡啓(皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃の巡遊)
- 還御・還幸(天皇・上皇が帰還すること)[7]
- 還啓(皇后・皇太后・皇太子・皇太子妃が帰還すること)[7]
- 還幸啓(行幸啓からの帰還)[7]
- ご帰還(その他の皇族の帰還)[7]
- ご会釈(天皇皇后が皇居勤労奉仕の参加者に直接、感謝の挨拶をする)
- 御親臨・親臨(天皇が自ら出向くこと)
出御 ・渡御(天皇の外出、又は目下の者の前に出向くこと、もしくは天皇・三后のお出まし)- 入御(天皇・三后がその場から退出すること、天皇・三后が内裏に入ること)
- 臨御(天皇がその場にいること)
- 御台臨・台臨(三后、皇族がいること)
- 進御(天皇・三后が進み出ること、天皇・三后のおでまし)
- 着御(天皇・三后が到着すること)
- 通御(天皇・三后が通ること)
- 昇御(天皇・三后が高御座、御帳台などに昇ること)
- 御発
輦 ・発輦(天皇が車等で出発すること) - 御駐輦・駐輦(天皇が行幸の途中、目的地以外で車を止めること)
- 「輦」とは天皇だけが乗る特製の輿のこと。
鹵簿 (行幸、行啓の行列のこと)- 御親謁・親謁 天皇の神宮、天皇陵への直接参拝)
- 御親拝・親拝(天皇の神社への直接参拝)
- 御拝(天皇が拝礼すること)
- 御親覧・御宸覧・御天覧・御上覧・御叡覧・御宸鑑・御宸鑒(天皇が見ること)
- 御台覧(天皇以外の皇族が見ること)
- 遷御(天皇・上皇・三后が引っ越すこと)
- 寝御(天皇・三后が寝ること)
- 渙発(天皇が詔・勅を広く国内外に示すこと)
- 崩御(天皇、上皇、三后[9]並びに外国の国王[10]及び三后の逝去に用いる)
- 薨御(皇太子の逝去に用いる)
- 薨去(天皇、上皇、三后、皇太子以外の皇族[11]及び王配を含む外国の王族[12]の逝去に用いる)
降誕 (皇族の出生)[注 1]- 親任式(天皇による官僚任命式典)
- 親授(天皇が勲章を直接手渡す)
その他
[編集]- 御真影(天皇の写真)
御 宇(天皇の治世 君が代)- 聖
駕 ・竜 駕(天皇が乗車する乗り物) 宸輿 (天皇の乗る輿 )- 玉輦(天皇・三后が乗車する乗り物)
鶴 駕(皇太子が乗車する乗り物)- 禁
闕 ・宸闕・宮闕・禁掖 ・宸掖(天皇の住居) - 紫宸(天皇の御殿、紫宸殿の語源)
- 玉座(天皇の座席)
- 皇謨・聖謨・皇猷・宸謨(天皇のはかりごと、施策)
- 宸翰・宸筆・宸章(天皇の書いた筆跡)
- 御製(天皇の詠んだ和歌)[13]
御歌 (皇后の詠んだ和歌)[13]- お歌(天皇皇后以外の皇族の詠んだ和歌)[13]
- 勅語・優諚・おことば(天皇の声明)
- 「おことば」が天皇の声明に対しても使われるようになったのは戦後以降。
- 勅命(天皇の名において下される行政命令)
- 勅令(天皇の名において直接施行される法律)
- 日本国憲法が施行された1947年5月以降は存在しない
御下 (天皇が食べた食事の残り)- 宸宴(天皇の催す酒宴)
- 御遊(天皇などが催す詩歌管弦の遊び)
- ご公務(天皇皇族の執務)
- ご学友(皇太子や皇族と級友になる事を特別に許された一般市民の子女 帝国憲法下では華族のみ)
- 御物(皇室の私有品になっている絵画、書跡、刀剣など)
接頭辞・接尾辞の「御(ぎょ)」
[編集]上記、名詞の例で多く見られるように、「御」を漢音で「ぎょ」と読み、行為や持物を表わす漢語の接頭辞又は動作(多くは移動)を表す漢語の接尾辞として用いる場合、その行為・動作の主体や持物の所有者は天皇またはこれに準ずる人のもの、すなわち最高敬語であることを示す。この用法は「御」に天下を統御する人を指す用法があり、それが名詞また動詞に付されたところから生じたものである[注 2]。最高敬語ではなく、一般的な敬語としては、「御」は呉音で「ご」、または訓を当てて「おん」「お」「み」などと読むものである。まれな例外として「御意」などがあるが、17世紀初頭に編纂された『ロドリゲス日本大文典』においても「助辞Go (御)の接続し得ない極めて僅な特定の語にのみ接続する」と言及されている[17]。最高敬語に関係する語で「御」を「ご」と読むものは明治以降に発生した用法がほとんどであり、もともと最高敬語であるものに重ねて冠したものも多い。
現代における使用
[編集]この法律は、天皇陛下が、昭和六十四年一月七日の御即位以来二十八年を超える長期にわたり、国事行為のほか、全国各地への御訪問、被災地のお見舞いをはじめとする象徴としての公的な御活動に精励してこられた中、八十三歳と御高齢になられ、今後これらの御活動を天皇として自ら続けられることが困難となることを深く案じておられること、これに対し、国民は、御高齢に至るまでこれらの御活動に精励されている天皇陛下を深く敬愛し、この天皇陛下のお気持ちを理解し、これに共感していること、さらに、皇嗣である皇太子殿下には、五十七歳となられ、これまで国事行為の臨時代行等の御公務に長期にわたり精勤されておられることという現下の状況に鑑み、皇室典範(昭和22年法律第3号)第4条の規定の特例として、天皇陛下の御退位及び皇嗣の御即位を実現するとともに、天皇陛下の御退位後の地位その他の御退位に伴い必要となる事項を定めるものとする。 — 天皇の退位等に関する皇室典範特例法(平成29年法律第63号)第1条
「御乗車になられましたら」のような多重敬語は、主に皇室に対してのみ使用されてきたものであるため、世間一般において使用される場合には過剰であると見做される場合がある。「日本語の乱れ」を参照。
脚注
[編集]注釈
[編集]出典
[編集]- ^ a b c d “各国の元首名等一覧表”. 外務省. 2020年4月11日閲覧。
- ^ “ウィレム・アレキサンダー・オランダ王国国王陛下及び同王妃陛下の来日”. 外務省. 2015年2月8日閲覧。
- ^ 「シハモニ国王陛下及びモニニアット皇太后陛下を御弔問」“外交青書・要人往来”. 外務省. 2015年2月8日閲覧。
- ^ “女王陛下及び王配殿下主催午餐会(英国女王陛下ご即位60周年記念)(ウィンザー城)”. 宮内庁. 2015年2月8日閲覧。
- ^ “ご昼餐(ヨルダン国王陛下,王弟ファイサル殿下,王妹ラーイヤ殿下及び王族ガーズィ殿下)(御所)”. 宮内庁. 2015年2月8日閲覧。
- ^ “ローマ法王フランシスコ台下の訪日”. 外務省. 2020年4月11日閲覧。
- ^ a b c d e f g h “お出ましに関する用語”. 宮内庁. 2015年2月8日閲覧。
- ^ “2011年2月14日 天皇皇后両陛下の行幸啓”. 国立国会図書館. 2015年2月8日閲覧。
- ^ “昭和天皇・香淳皇后”. 宮内庁. 2015年2月8日閲覧。
- ^ “アブドッラー・サウジアラビア王国国王崩御に際しての皇太子殿下及び福田政府特派大使の弔問”. 外務省. 2015年2月8日閲覧。
- ^ “平成26年6月8日 内閣総理大臣謹話(桂宮宜仁親王殿下薨去に際し)”. 首相官邸. 2015年2月8日閲覧。
- ^ “王太子ナーイフ殿下の薨去に関する野田内閣総理大臣の談話”. 外務省. 2015年2月8日閲覧。
- ^ a b c “皇室に伝わる文化 歌会始”. 宮内庁. 2021年5月12日閲覧。
- ^ “紀子さま ご懐妊とご出産”. NHK
- ^ 山王病院名誉病院長・堤治. “愛子さま20歳「ご誕生の瞬間」”. 文藝春秋. 2021年5月12日閲覧。
- ^ “悠仁さま、ご進学先の高校決まる 久子さま、女性作家の書展ご鑑賞”. 産経新聞皇室ウィークリー. (2022年2月18日)
- ^ 日本国語大辞典第二版編集委員会・小学館国語辞典編集部 編『日本国語大辞典』(第2版)小学館、2002年。
関連文献
[編集]- 藤樫準二『皇室敬語便覽』東京日日新聞社、1940年10月。
- 野尻一郎『皇室の儀制と敬語』新光閣、1942年10月。
- 中奥宏『皇室報道と「敬語」』三一書房〈三一新書〉、1994年7月。ISBN 4-380-94017-9。
- 國語問題協議會 編『皇室敬語』(覆刻版)横濱五十番館、2009年8月。ISBN 978-4-903375-43-4。
- 中澤伸弘『一般敬語と皇室敬語がわかる本』錦正社〈錦正社叢書7〉、2016年7月。ISBN 978-4-7646-0127-7。
- 中澤伸弘『令和の皇位継承:諸問題と課題』展転社、2020年9月。ISBN 978-4-88656-511-2。
- 中澤伸弘『神国の行方:令和の皇室問題』展転社、2023年4月。ISBN 978-4-88656-556-3。