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皇室典範

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
占領典範から転送)
皇室典範
日本国政府国章(準)
日本の法令
皇室のである菊花紋章
法令番号 昭和22年法律第3号
種類 憲法[1]
効力 現行法
成立 1946年12月24日
公布 1947年1月16日
施行 1947年5月3日
所管宮内府→)
宮内庁大臣官房→長官官房]
主な内容 皇位継承および摂政に関する事項を中心に皇室制度について定める
関連法令 日本国憲法
内閣法
旧皇室典範
天皇の退位等に関する皇室典範特例法
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皇室典範(こうしつてんぱん、昭和22年法律第3号)は、日本国憲法第2条および第5条に基づき、天皇皇位継承および摂政の設置、皇族の身分、天皇や皇族のや墓(皇室財産)、皇室会議など、皇室に関する事項を定めた日本法律[2]。単に典範(てんぱん)とも呼ばれる。

所管官庁は、宮内庁長官官房秘書課である。

1946年(昭和21年)11月3日の日本国憲法(昭和憲法)公布を受けて、同第100条、第2条および第5条に基づき、1947年(昭和22年)の最後の第92回帝国議会にて提案された一連の憲法附属法の制定手続の過程で枢密院の諮詢および帝国議会両院の協賛を経て制定され、1947年(昭和22年)5月3日、昭和憲法と同時に施行された[3]

大日本帝国憲法(明治憲法)下の皇室典範は法律ではなく家憲(=家訓)の扱いだったに対し、昭和憲法下の皇室典範は法律として定められ、立憲君主国における一般的な法律としての王位継承法となっている。

経緯

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「昭和22年1月16日法律第3号」の法令番号を持つ2020年(令和2年)現在の皇室典範は「法律」として1947年(昭和22年)1月16日に公布された。他の法律と同様にその改正は国会議決で行われることにより、皇室の制度そのものに国民の民意が国会を通じて関与することとなった。これは、制定当時、日本を占領していたGHQの強い意向によるものである[4]

改正を議論した政府の臨時法制調査会、第一部会第八回小委員会において、自身の公職追放を恐れてGHQ民政局へのアピールのために急進改革派に変節していた宮沢俊義[5][6]から新日本国憲法第十四条、法の下の平等に基づき内親王への皇位継承権と女帝と結婚する一般国民の皇族身分の取得、すなわち女性天皇女系天皇を認めることの要求があった[7]。しかし、これに対して現行の皇室典範を起草した高尾亮一は新日本国憲法第二条の「皇位の世襲」は第十四条に優先し、かつ「天皇の皇位」は第十四条の例外規定であると説明し、「世襲」という概念は様々であるが「皇位の世襲」についてはその伝統は男系であるとの説明を行い[8]、現行の皇室典範第一条の「皇位は皇統に属する男系の男子がこれを継承する」という条文が定められた[9]

またこの第八回小委員会では宮沢俊義、鈴木義雄(社会党)、杉村章三郎横田喜三郎らの宮沢グループとされる委員から天皇退位の規定についての意見が出された[10]。横田喜三郎は天皇は軍国主義の代表者であり、戦争の責任者であるから退位すべきという主張から退位条項の規定を主張していた[11]。宮沢俊義は天皇の自由意志を根拠としたが、起草者の高尾亮一は退位に伴い即位すべき皇長男子も自由意志にするのかと反論した。また本人の意思が偽装される可能性や天皇の責任の自覚の問題からも退位規定は不可であるとし、内閣法制局長官佐藤達夫らと相談し、退位については「非常の場合は」「特別立法」であることを示唆し、退位条項は置かないことと決せられた[12]

最後に宮沢グループはGHQの意向を受けて皇族会議を解体し、皇室会議を設置するよう要求してきた。高尾は抵抗したが、宮沢グループによる修正により皇室会議への天皇の出席は排除され、参加する皇族数も二名にまで激減せられ事実上「皇族会議」は解体され現行の「皇室会議」の形となった[13]

この皇室典範は日本国憲法施行の日と同日の1947年(昭和22年)5月3日に施行された。その前日(5月2日)、1889年明治22年)裁定の「旧皇室典範」並びに1907年(明治40年)および1918年大正7年)の「皇室典範増補」は廃止された(皇室典範及皇室典範增補廢止ノ件)。また、皇室令の法形式も廃止されている(皇室令及附属法令廃止ノ件(昭和22年皇室令第12号))。

改正

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構成

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以下の通りに構成されている。

主な内容

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旧・皇室典範との主な相違点

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  • 大日本帝国憲法第74条で、帝国議会の旧・皇室典範への不干渉と、旧・皇室典範の大日本帝国憲法への不干渉が定められていたことに基づき、旧・皇室典範は、大日本帝国憲法と対等な法という扱いであり、両者を合わせて「典憲」と称した。しかし、現行の皇室典範の位置づけは日本国憲法に基づく法律という形式である。したがって一般の法律と同じく国会の議決によって改正することができる。
  • 旧・典範が全12章62か条であるのに対し、現・典範は全5章37か条とかなり簡略化された。
  • 皇位継承資格、皇族の範囲は嫡男系嫡出(正室が生んだ子)のみ(第6条)。
  • 親王及び内親王とする皇族の範囲を4世から2世に狭め、3世以下を及び女王とした(第6条)。
  • 皇室令が廃止され、皇室祭祀令皇室儀制令皇室喪儀令など宮中祭祀儀礼に関する詳細な法令が無くなった。しかし2020年(令和2年)現在でも基本的には旧・皇室令に準じて実施されている。
  • 皇室の財政、財務に関する事項について皇室経済法に移った。
  • 太傅や、皇族に対する訴訟、懲戒規定、元号 [注釈 6]神器渡御に関する法令が無くなった。
  • 天皇を議長とし皇族で構成されていた従前の「皇族会議」は解体され、天皇は出席せずに内閣総理大臣を議長として司法立法行政の三権の長から各二名と皇族二名のみで構成される「皇室会議」が設置された[20]

国会議論

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国会議論において、憲法第2条憲法第14条の特別規定であり、皇室典範によって女性天皇が認められていないことは憲法違反ではないと確認されている(昭和39年3月13日、衆議院内閣委員会、宇佐美毅宮内庁長官答弁)[21]。また皇位につく資格は基本的人権に含まれておらず、同じく皇室典範が女性天皇を認めていないことは、女子差別撤廃条約に違反するものではないことも国会論議において確認済の議論である(昭和60年3月27日、参議院予算委員会、安倍晋太郎外務大臣答弁)[22]

関連条文

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皇室典範改正議論

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主に議論になる事柄。詳細は各項を参照。

脚注

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注釈
  1. ^ 2021年令和3年)現在、美智子がこの地位にある。
  2. ^ 2021年(令和3年)現在、秋篠宮文仁親王がこの地位にある。
  3. ^ 1890年明治23年)の大日本帝国憲法施行より前の、「一世一元の詔」が発布され、天皇1代で1元号一世一元の制)となった1868年慶応4年/明治元年)以降でも初で、文化14年(1817年)の光格天皇から仁孝天皇への譲位以来。
  4. ^ 皇太子および皇太孫」には、皇室典範特例法第5条の「皇嗣」も含まれる。2021年(令和3年)現在の皇嗣である秋篠宮文仁親王は、皇族の身分を離れることができない。
  5. ^ 内親王および女王
  6. ^ 昭和」も含めて元号の法的根拠が消失したものの、「元号法(昭和54年法律第43号)」が1979年(昭和54年)に成立したことにより、「平成」や「令和」など、「昭和」の後も改元が続いている。
出典
  1. ^ 皇室典範 - 国立国会図書館 日本法令索引
  2. ^ 大辞林 第三版
  3. ^ 皇室典範案会議録一覧 - 国立国会図書館、日本法令索引。
  4. ^ 笠原英彦皇室典範制定過程の再検討 : 皇位継承制度を中心に」『法學研究 : 法律・政治・社会』第83巻第12号、慶應義塾大学法学研究会、2010年12月、1-28頁、ISSN 03890538NAID 1200056620502021年7月1日閲覧 
  5. ^ 高尾栄司 2019, p. 218.
  6. ^ 高尾栄司 2019, p. 232.
  7. ^ 高尾栄司 2019, p. 224‐225.
  8. ^ 高尾栄司 2019, p. 226‐227.
  9. ^ 高尾栄司 2019, p. 228‐229.
  10. ^ 高尾栄司 2019, p. 231.
  11. ^ 高尾栄司 2019, p. 231‐234.
  12. ^ 高尾栄司 2019, p. 235‐239.
  13. ^ 高尾栄司 2019, p. 247‐249.
  14. ^ 天皇の退位等に関する皇室典範特例法 平成29年6月16日法律第63号 | 日本法令索引 - 国立国会図書館
  15. ^ 平成29年12月1日 内閣総理大臣の談話 | 平成29年 | 総理の指示・談話など | ニュース | 首相官邸ホームページ
  16. ^ 平成31年4月30日 退位礼正殿の儀 | 令和元年 | 総理の一日 | ニュース | 首相官邸ホームページ
  17. ^ 即位後朝見の儀の天皇陛下のおことば(令和元年5月1日) - 宮内庁
  18. ^ 即位礼正殿の儀の天皇陛下のおことば(令和元年10月22日) - 宮内庁
  19. ^ 東京新聞 <代替わり考 皇位の安定継承>(2)旧宮家男子の皇籍取得を 百地章(憲法学、日大名誉教授) 2020年5月18日 02時00分https://www.tokyo-np.co.jp/article/16775
  20. ^ 高尾栄司 2019, p. 245‐249.
  21. ^ 大原康男 1997, p. 37.
  22. ^ 大原康男 1997, p. 39.

関連文献

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関連項目

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外部リンク

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