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ミッキー・ロリッチ

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
ミッキー・ロリッチ
Mickey Lolich
タイガース時代(1975年)
基本情報
国籍 アメリカ合衆国の旗 アメリカ合衆国
出身地 オレゴン州ポートランド
生年月日 (1940-09-12) 1940年9月12日(84歳)
身長
体重
6' 1" =約185.4 cm
210 lb =約95.3 kg
選手情報
投球・打席 左投両打
ポジション 投手
プロ入り 1958年
初出場 1963年5月12日
最終出場 1979年9月23日
経歴(括弧内はプロチーム在籍年度)

マイケル・スティーブン・ロリッチMichael Stephen Lolich, 1940年9月12日 - )は、MLBの元プロ野球選手。ポジションは投手アメリカ合衆国オレゴン州ポートランド出身。

NPB南海ホークス近鉄バファローズでもプレイしたロン・ロリッチは従兄弟にあたる。

経歴

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デトロイト・タイガース

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1958年6月30日にデトロイト・タイガースと契約。1963年5月12日のクリーブランド・インディアンス戦でメジャーデビュー[1]。同年は5勝9敗、防御率3.55を記録。1964年は4月24日のミネソタ・ツインズ戦でメジャー初完封[2]8月18日ロサンゼルス・エンゼルス戦では2回以降無安打に抑えて3安打完封[3]、9月1日のシカゴ・ホワイトソックス戦では7回一死まで無安打に抑えて完封し[4]、そこから3試合連続完封を記録[2]するなど18勝9敗、防御率3.26、192奪三振、6完封の好成績を挙げる。

1965年は初の開幕投手を務め、15勝9敗、226奪三振を記録。

1966年は14勝を記録するが14敗を喫し、防御率4.77と不本意な成績に終わる。1967年は5月23日から10連敗を喫するが、9月22日からの3試合連続完封記録するなど8月・9月で9勝1敗、防御率1.31、5完封[5]と調子を上げ、チームの優勝争いの原動力となるが、ボストン・レッドソックスに1ゲーム差で敗れた。

1968年は8月・9月で10勝を挙げて17勝9敗、防御率3.19を記録し、チームのリーグ優勝に貢献。セントルイス・カージナルスとのワールドシリーズでは第2戦に先発して1失点完投勝利を挙げ、3回にレギュラーシーズンでも打ったことのない本塁打を放った[6]。第5戦では初回に3点を先行されるがその後立ち直って完投勝利。3勝3敗のタイで迎えた最終第7戦ではボブ・ギブソンと投げ合い、2度の牽制アウトでピンチを凌ぐなど[7]5安打1失点で完投し、チームは23年ぶりのワールドチャンピオンに輝いた。3勝・防御率1.67の活躍でシリーズMVPを受賞。「まさかギブソンに勝てるとは思わなかった」と語った[6]

1969年は5月7日から9連勝。5月23日のエンゼルス戦、6月9日のシアトル・パイロッツ戦でキャリアハイの16奪三振を記録する[8]など前半戦で13勝2敗、防御率2.70、151奪三振[9]の好成績で、自身初のオールスターゲームに選出される。後半戦は6勝に留まるが、キャリアワーストの122四球ながら19勝11敗、防御率3.14、サム・マクダウェルに次ぐリーグ2位の271奪三振を記録した。1970年は14勝、230奪三振の一方でリーグ最多の19敗を喫した。

1971年は前半戦で14勝を記録し、2年ぶりにオールスターゲームに選出され、8回から登板してロベルト・クレメンテに本塁打を浴びるもののセーブを記録した[10]。いずれもリーグ最多の25勝、308奪三振、29完投、376.0イニング、336被安打、45先発の成績で、最多勝利最多奪三振の二冠を獲得。しかしサイ・ヤング賞の投票ではヴァイダ・ブルーに次ぐ2位に終わった[11]1972年は前半戦17勝6敗、防御率2.39を記録し[12]、2年連続でオールスターゲームに選出される。後半戦は5勝に留まるが、22勝14敗、防御率2.50、250奪三振の成績でチームの地区優勝に貢献。オークランド・アスレチックスとのリーグチャンピオンシップシリーズでは第1戦に先発するが敗戦投手。第4戦では9回を1失点に抑えるも勝敗は付かず[13]、チームは2勝3敗で敗退した。サイ・ヤング賞の投票ではゲイロード・ペリーウィルバー・ウッドに次ぐ3位[14]

1973年は16勝15敗の成績。1974年は開幕から4連敗。その後は連勝と連敗を繰り返し[15]、リーグワーストの21敗、142自責点、38被本塁打と不本意だった。

1975年は後半戦で2勝12敗[16]と不振で12勝18敗に終わり、連続200奪三振も6年で途切れた。12月12日にラスティ・スタウブ他1選手との交換トレードで、ニューヨーク・メッツに移籍。

以後

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1976年は好投しながら援護がなく、防御率3.22ながら8勝13敗に留まる。1977年は登板がなくオフにフリーエージェントとなり、1978年2月2日にサンディエゴ・パドレスと契約。

同年はリリーフとして登板し、防御率1.56を記録。1979年は0勝2敗に終わって10月3日に解雇され、現役引退。

詳細情報

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年度別投手成績

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W
H
I
P
1963 DET 33 18 4 0 - 5 9 0 -- .357 620 144.1 145 13 56 1 5 103 8 2 64 57 3.55 1.39
1964 44 33 12 6 - 18 9 2 -- .667 949 232.0 196 26 64 0 5 192 7 0 88 84 3.26 1.12
1965 43 37 7 3 - 15 9 3 -- .625 1015 243.2 216 23 72 2 12 226 7 1 103 92 3.44 1.18
1966 40 33 5 1 - 14 14 2 -- .500 894 203.2 204 24 83 8 6 173 11 1 119 108 4.77 1.41
1967 31 30 11 6 - 14 13 0 -- .519 820 204.0 165 14 56 2 7 174 3 0 71 69 3.04 1.08
1968 39 32 8 4 - 17 9 1 -- .654 905 220.0 178 23 65 4 11 197 3 0 84 78 3.19 1.11
1969 37 36 15 1 - 19 11 1 -- .633 1172 280.2 214 22 122 10 14 271 14 1 111 98 3.14 1.20
1970 40 39 13 3 - 14 19 0 -- .424 1181 272.2 272 27 109 3 5 230 14 0 125 115 3.80 1.40
1971 45 45 29 4 - 25 14 0 -- .641 1538 376.0 336 36 92 2 7 308 7 0 133 122 2.92 1.14
1972 41 41 23 4 - 22 14 0 -- .611 1321 327.1 282 29 74 5 11 250 6 0 100 91 2.50 1.09
1973 42 42 17 3 - 16 15 0 -- .516 1286 308.0 315 35 79 7 5 214 12 0 143 131 3.82 1.28
1974 41 41 27 3 - 16 21 0 -- .432 1263 308.0 310 38 78 11 3 202 10 0 155 142 4.15 1.26
1975 32 32 19 1 - 12 18 0 -- .400 1016 240.2 260 19 64 5 0 139 7 0 119 111 3.78 1.35
1976 NYM 31 30 5 2 - 8 13 0 -- .381 797 192.2 184 14 52 1 0 120 11 2 83 69 3.22 1.23
1978 SD 20 2 0 0 - 2 1 1 -- .667 140 34.2 30 0 11 3 1 13 2 1 6 6 1.56 1.19
1979 27 5 0 0 - 0 2 0 -- .000 223 49.1 59 4 22 3 0 20 2 0 33 26 4.74 1.64
MLB:16年 586 496 195 41 - 217 191 10 -- .532 15140 3638.1 3366 347 1099 67 92 2832 124 8 1537 1390 3.44 1.23
  • 各年度の太字はリーグ最高

年度別守備成績

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投手(P)












1963 DET 33 4 22 3 1 .897
1964 44 7 28 3 0 .921
1965 43 11 27 5 2 .884
1966 40 4 21 3 1 .893
1967 31 10 22 3 1 .914
1968 39 5 26 3 0 .912
1969 37 5 41 4 1 .920
1970 40 9 46 2 1 .965
1971 45 9 40 1 2 .980
1972 41 4 32 2 2 .947
1973 42 11 40 1 3 .981
1974 41 9 29 2 1 .950
1975 32 2 32 0 0 1.000
1976 NYM 31 9 27 6 1 .857
1978 SD 20 1 6 0 0 1.000
1979 27 0 9 0 0 1.000
MLB 586 100 448 38 16 .935

タイトル

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表彰

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記録

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背番号

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  • 29(1963年 - 1976年、1978年 - 1979年)

脚注

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  1. ^ 1963 Pitching Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月2日閲覧。
  2. ^ a b 1964 Pitching Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月2日閲覧。
  3. ^ Aug 18, 1964, Angels at Tigers Box Score and Play by Play” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月2日閲覧。
  4. ^ Sep 1, 1964, Tigers at White Sox Box Score and Play by Play” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月2日閲覧。
  5. ^ 1967 Pitching Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月2日閲覧。
  6. ^ a b 蛭間豊章「比類なき「投手の年」を象徴した「快刀乱麻」の応酬」『メジャーリーグ「ワールドシリーズ伝説」』、ベースボールマガジン社、2001年、雑誌67672-91、52頁・53頁
  7. ^ 福島良一 歴代「豪腕投手」セレクション - ミッキー・ロリッチ『メジャーリーグ100年「記録」の達人。』ベースボールマガジン社、2002年、雑誌67673-04、78頁
  8. ^ 1969 Pitching Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月3日閲覧。
  9. ^ 1969 Pitching Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月3日閲覧。
  10. ^ Jul 13, 1971, NL All-Stars at AL All-Stars Play by Play and Box Score” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月3日閲覧。
  11. ^ AL Cy Young Voting” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月3日閲覧。
  12. ^ 1972 Pitching Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月3日閲覧。
  13. ^ Postseason Pitching Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月3日閲覧。
  14. ^ AL Cy Young Voting” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月3日閲覧。
  15. ^ 1974 Pitching Gamelogs” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月4日閲覧。
  16. ^ 1975 Pitching Splits” (英語). Baseball-Reference.com. 2013年5月4日閲覧。

外部リンク

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