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「箕面市」の版間の差分

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|高橋竜馬
|高橋竜馬

2020年12月25日 (金) 08:31時点における版

みのおし ウィキデータを編集
箕面市
箕面市旗 箕面市章
箕面市旗 箕面市章
日本の旗 日本
地方 近畿地方
都道府県 大阪府
市町村コード 27220-5
法人番号 1000020272205 ウィキデータを編集
面積 47.90km2
総人口 137,746[編集]
推計人口、2024年10月1日)
人口密度 2,876人/km2
隣接自治体 池田市豊中市吹田市茨木市豊能郡豊能町
兵庫県川西市
市の木 イロハモミジ
市の花 ササユリ
市のキャラクター 滝ノ道ゆずる
箕面市役所
市長 原田亮
所在地 562-0003
大阪府箕面市西小路4丁目6番1号
北緯34度49分36.99秒 東経135度28分13.58秒 / 北緯34.8269417度 東経135.4704389度 / 34.8269417; 135.4704389座標: 北緯34度49分36.99秒 東経135度28分13.58秒 / 北緯34.8269417度 東経135.4704389度 / 34.8269417; 135.4704389
箕面市役所
外部リンク 公式ウェブサイト 

箕面市位置図

― 政令指定都市 / ― 市 / ― 町・村


地図
ウィキプロジェクト
箕面市中心部周辺の空中写真。1985年撮影の8枚を合成作成。国土交通省 国土地理院 地図・空中写真閲覧サービスの空中写真を基に作成。

箕面市(みのおし)は、大阪府北摂豊能地域に位置する

本項では発足時の名称である箕面村(みのおむら)、市制前の名称である箕面町(みのおちょう)についても述べる。

市は正式なローマ字表記を「Minoh city」としている[1]が、道路標識等では「Minō」や「Mino-o」などと表記されることもある(後述)。

地理

南部には住宅地が広がっており、市の人口のほとんどはこの南部に集まっている。大阪都市圏ベッドタウンとして発展してきた。

西南部は旧来の市街地・住宅地が広がり、市の東南部は新興住宅地が広がる。現在、国際文化公園都市彩都)の西部地区の開発が進められており、箕面市域側の開発は本格化している。なお、彩都粟生北および彩都粟生南4丁目~7丁目は、徒歩でも公式には部外者通行禁止となっている大阪大学箕面キャンパス(旧大阪外国語大学)内を通らない限り茨木市域を通過する必要がある事実上の飛び地となっていた。この状態は2016年1月の彩都トンネル開通で大阪府道4号と接続されたことにより、解消されている。

西南部には箕面川が南西方向に流れ、それに並行して阪急電鉄箕面線が走っている。中南部を千里川が西方向に、東南部を勝尾寺川が東方向に流れる。

中部から北部にかけては山間地で、箕面滝勝尾寺などの観光名所や箕面川ダムなどがあり、明治の森箕面国定公園として保全されている。

北部には、止々呂美(とどろみ)に集落があるが、市の南部とは山に阻まれているため地域的に一体とはなっていなかった。2007年5月30日に、止々呂美と箕面新都心を結ぶ箕面グリーンロード(箕面有料道路)が完成し、市の南部や、大阪都心へのアクセスが便利になった。また、これと連動して、水と緑の健康都市(箕面森町)の建設が進められており、2007年10月1日にまちびらきが行われた。

市域は、池田市豊中市吹田市茨木市豊能郡豊能町兵庫県川西市と接する。

歴史

古くから修験道の道場であった。勝尾寺瀧安寺延喜式大社である阿比太神社為那都比古神社などがある。また、西国街道が横断しており、瀬川には宿場がおかれた。1921年大正10年)には岸本汽船社長・岸本兼太郎によって箕面住宅地・(旧)箕面学園の開発が始まった。

年表

行政区画の変遷

  • 1889年明治22年)4月1日 - 町村制の施行により、豊島郡西小路村・牧落村・半町村・瀬川村・新稲村・平尾村・桜村の区域をもって箕面村が発足。大字西小路に村役場を設置。
  • 1896年(明治29年)4月1日 - 郡の統廃合により、所属郡が豊能郡に変更。
  • 1948年昭和23年)1月1日 - 町制を施行して箕面町となる。
  • 1948年(昭和23年)8月1日 - 豊能郡箕面町・萱野村止々呂美村が合併し、改めて箕面町が発足。
  • 1952年(昭和27年) - 大字平尾を箕面に改称。
  • 1956年(昭和31年)12月1日 - 三島郡豊川村を編入のうえ、市制を施行して箕面市となる。大阪府下24番目の市。
  • 1956年(昭和31年)12月25日 - 粟生岩阪・宿久庄・清水・道祖本のそれぞれ全域および粟生間谷・小野原のそれぞれ一部を茨木市に編入。
  • 1957年(昭和32年) - 茨木市粟生間谷を箕面市に再編入。
  • 1999年平成11年)2月1日 - 茨木市粟生岩阪の一部を箕面市に再編入。

行政の歴史

行政

市長

現職市長

  • 上島一彦(1期目)
  • 任期:2024年8月26日(予定)

歴代市長

氏名 就任年月日 退任年月日 備考
初-3 若林義孝 1956年4月29日 1965年7月31日 辞職
4-5 黒山宣雄 1965年9月12日 1973年9月11日
6-10 中井武兵衛 1973年9月12日 1993年9月11日
11-12 橋本卓 1993年9月12日 2000年7月31日 健康上の理由により辞職
13 梶田功 2000年8月27日 2004年8月26日
14 藤沢純一 2004年8月27日 2008年8月26日
15-17 倉田哲郎 2008年8月27日 2020年8月26日
18 上島一彦  2020年8月27日 2024年8月26日(予定) 現職

※歴代市長[2]

市役所等

  • 豊川支所
    • 箕面市施設再編プロジェクトにより、子育て支援センターを整備するとともに、巨大なプレイルームや食育カフェなど各種子育て支援機能を集約し、2013年4月を目途に東部地域の子育て拠点する構想がある。
  • 止々呂美支所(市職員が簡易郵便局業務も行う)
  • 箕面市立市民会館(グリーンホール)
  • みのお市民活動センター
  • 箕面市立病院
  • 箕面市立図書館
    • 中央図書館
    • 東図書館
    • 西南図書館
    • 萱野南図書館
    • 桜ヶ丘図書館
  • 箕面市立総合運動場
  • 聖苑(葬斎場)

警察

  • 粟生間谷交番
  • 小野原交番
  • 萱野交番
  • 桜井交番
  • 桜ケ丘交番
  • 瀬川交番
  • 船場交番
  • 如意谷交番
  • 牧落交番
  • 箕面駅前交番

消防・防災・救急救命

  • 箕面市消防署

姉妹都市・提携都市

日本国外

国際協力都市
1995年7月16日 協力都市提携
国際友好都市
2003年10月12日 友好都市提携

日本国内

提携都市
1997年3月27日 災害時相互応援協定締結

議会

市議会

  • 定数:23人[3]
  • 任期:4年
  • 議長:中井博幸(自由民主党)[4]
  • 副議長:武智秀生(大阪維新の会)[5]
所属党派 議席数 議員
大阪維新の会 6 尾﨑夏樹、神代繁近、武智秀生、堀江 優、桃山 悟、山根ひとみ
自由民主党 4 中井博幸、藤田貴支、船瀬泰孝、牧野芳治
公明党 3 岡沢 聡、楠 政則、田中真由美、
日本共産党 3 神田隆生、名手宏樹、村川真実
国民民主党 1 高橋竜馬
無所属 6 内海辰郷、大脇典子、川上加津子、中嶋三四郎、中西智子、増田京子

2020年8月31日現在

大阪府議会(箕面市・豊能郡選挙区)

  • 定数:2名[6]
  • 任期:2023年4月29日
氏名 会派名 当選回数 備考
上島一彦 大阪維新の会大阪府議会議員団 4
原田亮 自由民主党大阪府議会議員団 2

衆議院

議員名 党派名 当選回数 備考
原田憲治 自由民主党 4 選挙区
足立康史 日本維新の会 3 比例復活

人口

平成22年国勢調査より前回調査からの人口増減をみると、2.17%増の129,895人であり、増減率は府下43市町村6位、72行政区域中18位。

箕面市(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 57,414人
1975年(昭和50年) 79,621人
1980年(昭和55年) 104,112人
1985年(昭和60年) 114,770人
1990年(平成2年) 122,120人
1995年(平成7年) 127,542人
2000年(平成12年) 124,898人
2005年(平成17年) 127,135人
2010年(平成22年) 129,895人
2015年(平成27年) 133,411人
2020年(令和2年) 136,868人
総務省統計局 国勢調査より


住宅団地

  • 桜井 (55,000 坪、1911年(明治44年)-戸建住宅箕面有馬電気軌道、16〜30 戸、戦前住宅地開発による)
  • 桜ヶ丘 (50,000 坪、1922年(大正11年)-戸建住宅、箕面有馬電気軌道、25戸、戦前住宅地開発による)
  • 桜ヶ丘 (1936年(昭和11年)-戸建住宅、阪神急行電鉄、戦前住宅地開発による)
  • 箕面 (1934年(昭和9年)-戸建住宅、阪神急行電鉄、戦前住宅地開発による)
  • 箕面 (1.1ヘクタール、1972年(昭和47年)-1975年、戸建住宅、箕面市開発協会、40戸、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 箕面(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、大阪観光、250戸、2.2ヘクタール、1977年(昭和52年)-)
  • 箕面(箕面中部土地区画整理事業・公共団体施行、1008戸、29.4ヘクタール、1971年(昭和46年)-1976年)
  • 福井小野原 (8.3ヘクタール、1968年(昭和43年)-1969年、戸建住宅、宅地分譲、200戸、公社住宅、一団地の準造成による)
  • 外院 (13.1ヘクタール、1969年(昭和44年)-1977年、戸建住宅、兼松江商、285戸、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 粟生間谷 (7.5ヘクタール、252戸、1970年(昭和45年)-1973年、戸建住宅、有馬興業、民間宅地開発地、住造法による)
  • 粟生間谷 (1.0ヘクタール、23戸、1974年(昭和49年)-1977年、戸建住宅、有馬興業、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 粟生間谷 (26.7ヘクタール、722戸、1970年(昭和45年)-1979年、戸建住宅、阪急電鉄、民間宅地開発地、住造法による)
  • 粟生間谷 (1.0ヘクタール、27戸、1976年(昭和51年)-1978年、戸建住宅、阪急電鉄、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 粟生間谷 (2.9ヘクタール、80戸、1977年(昭和52年)-1979年、戸建住宅、阪急電鉄、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 粟生外院 (11.5ヘクタール、1968年(昭和43年)-1971年、戸建住宅、阪急電鉄、600戸、民間宅地開発地、住造法による)
  • 粟生外院(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、星和地所、220戸、1.2ヘクタール、1980年(昭和55年)- )
  • 新稲 (1.0ヘクタール、1971年(昭和46年)-1973年、戸建住宅、富士住研、78戸、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 半町 (1.5ヘクタール、1971年(昭和46年)-1972年、戸建住宅、日商岩井、708戸、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 粟生新家(民間宅地開発地・開発許可の戸建住宅、玉置産業、155戸、3.5ヘクタール、1973年(昭和48年)-1975年)
  • 西宿 (戸建住宅、2.3ヘクタール、1974年(昭和49年)-1977年、箕面市開発協会、90戸、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 稲(民間宅地開発地・開発許可の戸建住宅、西川建設、40戸、1.0ヘクタール、1970年(昭和45年)-1972年)
  • 稲 (戸建住宅92戸、1.1ヘクタール、1975年(昭和50年)-1977年、森本住宅、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 稲(土地区画整理事業、箕面市土地開発公社施行、86戸、2.5ヘクタール、1975年(昭和50年)-1976年)
  • 西坊島 (1.8ヘクタール、1976年(昭和51年)-1977年、戸建住宅、阪急不動産、95戸、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 今宮 (2.3ヘクタール、1981年(昭和56年)-1982年、戸建住宅、大倉建設、90戸、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 外院南 (6.5ヘクタール、1982年(昭和57年)-1986年、戸建住宅、阪急電鉄、163戸、民間宅地開発地、開発許可による)
  • 箕面小野原 (0.1ヘクタール、1983年(昭和58年)-、集合住宅と戸建混在、分譲、16戸、住宅供給公社住宅、住宅街区整備事業による)
  • 箕面府営住宅(公的一般の共同住宅、1中層の耐震型、272戸、2.1ヘクタール、1953年(昭和28年)- )
  • 箕面公社住宅(公的一般の共同住宅、中層の賃貸、440戸、3.1ヘクタール、1961年(昭和36年)-1963年)
  • 桜ヶ丘市営住宅1(公的一般の共同住宅、2中層の耐震型、24戸、0.2ヘクタール、1964年(昭和39年)- )
  • 桜ヶ丘市営住宅2(公的一般の共同住宅、2中層の耐震型、24戸、0.4ヘクタール、1987年(昭和62年)-1988年)
  • 牧落市営住宅(公的一般の共同住宅、高層賃貸、60戸、0.2ヘクタール、1968年(昭和43年)-1925年)
  • 船場繊維団地(土地区画整理事業・非住宅地の宅地開発、大阪船場繊維商卸団地組合施行、2,000戸、73.0ヘクタール、1968年(昭和43年)-1972年)
  • 如意谷市営住宅(公的一般の共同住宅、2中層の耐震型、24戸、0.2ヘクタール、1970年(昭和45年)-1973年)
  • 箕面如意谷公団住宅(公的一般の共同住宅、中層の分譲、610戸、7.9ヘクタール、1970年(昭和45年)-1972年)
  • 箕面粟生公団住宅(公的一般の共同住宅、低中高層の賃貸、2,349戸、19.1ヘクタール、1971年(昭和46年)-1987年)
  • 瀬川市営住宅(公的一般の共同住宅、1中層の耐震型、64戸、0.4ヘクタール、1971年(昭和46年)-1973年)
  • 新稲(民間宅地開発地・開発許可の戸建住宅、富士住研、78戸、1.0ヘクタール、1971年(昭和46年)-1973年)
  • 半町(民間宅地開発地・開発許可の戸建住宅、日商岩井、708戸、1.5ヘクタール、1971年(昭和46年)-1972年)
  • 西宿(民間宅地開発地・開発許可の戸建住宅、箕面市開発協会、90戸、2.3ヘクタール、1974年(昭和49年)-1977年)
  • 如意谷(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、大京観光、235戸、2.0ヘクタール、1974年(昭和49年)-1976年)
  • 北芝市営住宅(公的一般の共同住宅、2中層の耐震型、36戸、0.4ヘクタール、1975年(昭和50年)-1980年)
  • 西坊島(民間宅地開発地・開発許可の戸建住宅、阪急不動産、95戸、1.8ヘクタール、1976年(昭和51年)-1977年)
  • 芝(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、民間人個人、353戸、2.1ヘクタール、1977年(昭和52年)-1978年)
  • 西小路(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、有楽土地、240戸、1.9ヘクタール、1977年(昭和52年)-1978年)
  • 小野原(土地区画整理事業・公共団体施行、1,203戸、35.1ヘクタール、1977年(昭和52年)-1985年)
  • 小野原(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、阪急電鉄、508戸、20.7ヘクタール、1979年(昭和54年)-1986年)
  • 今宮(民間宅地開発地・開発許可の戸建住宅、大倉建設、90戸、2.3ヘクタール、1981年(昭和56年)-1982年)
  • 外院南(民間宅地開発地・開発許可の戸建住宅、阪急電鉄、163戸、6.5ヘクタール、1982年(昭和57年)-1986年)
  • 箕面小野原公社住宅(住宅街区整備事業、中層の分譲混在、16戸、0.1ヘクタール、1983年(昭和58年)- )
  • グリーンヒル東箕面(公団住宅、公的一般の共同住宅、中層の分譲、220戸、2.3ヘクタール、1983年(昭和58年)-1983年)
  • 小野原東公団住宅(区画で宅地分譲と低層分譲混在、1,040戸、30.5ヘクタール、1984年(昭和59年)-1988年)
  • 石丸(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、藤和不動産、226戸、4.4ヘクタール、1984年(昭和59年)-1985年)
  • 牧落(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、奥村ハウジング、270戸、2.7ヘクタール、1985年(昭和60年)-1986年)
  • 箕面桜府営住宅(公的一般の共同住宅、1・2中層の耐震型、54戸、0.7ヘクタール、1987年(昭和62年)- )
  • ルミナス箕面の森(公団住宅、公的一般の共同住宅、高層賃貸分、600戸、12.0ヘクタール、1987年(昭和62年)-1990年)
  • 萱野(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、日本航空、100戸、1.1ヘクタール、1988年(昭和63年)-1989年)
  • 萱野(萱野第2土地区画整理事業・公共団体施行、521戸、15.2ヘクタール、1977年(昭和52年)-1983年)
  • 萱野(萱野第1土地区画整理事業・公共団体施行、259戸、7.6ヘクタール、1983年(昭和58年)-1988年)
  • 川鉄ロイヤルヒルズ(民間宅地開発地・開発許可の共同住宅、川鉄商事、93戸、1.3ヘクタール、1988年(昭和63年)-1989年)

教育

小学校が13校、中学校が7校ある。敷地を共有しながらも学校としては別々だった止々呂美小・止々呂美中学校は2008年4月から大阪府で初めての施設一体型小中一貫校箕面市立止々呂美小中一貫校(とどろみの森学園)に改編された。また2011年4月には、彩都地区に施設一体型小中一貫校として箕面市立彩都の丘小学校・中学校(彩都の丘学園)が新設された。なお、箕面自由学園は敷地の殆どが豊中市宮山町にある(正門と講堂は箕面市桜井)。

経済

産業

金融機関

かつては三菱UFJ銀行の店舗(箕面支店)も存在していたが、現在は豊中市の千里中央支店内に移転し、旧支店はATMコーナーとして営業を継続。三井住友銀行の桜井出張所は池田市の石橋支店内に移転し、旧店舗はATMを残して営業を継続。

日本郵政グループ

日本郵便株式会社
  • 箕面郵便局(箕面) - 集配局。
  • 箕面如意谷(にょいだに)郵便局(坊島=ぼうのしま、ぼうじま)
  • 箕面瀬川郵便局(瀬川)
  • 箕面小野原郵便局(小野原東) ★
  • 箕面粟生外院(あおげいん)郵便局(粟生外院)
  • 箕面粟生間谷(あおまだに)郵便局(粟生間谷西) ★
  • 箕面新稲(にいな)郵便局(新稲)
  • 箕面桜ケ丘郵便局(新稲)
  • 箕面桜郵便局(桜)
  • 箕面桜井郵便局(桜井) ★
  • 箕面繊維団地内郵便局(船場東=せんばひがし)
  • 箕面西小路(にししょうじ)郵便局(西小路)
  • 止々呂美簡易郵便局(下止々呂美=しもとどろみ)
ゆうちょ銀行
  • 大阪支店 箕面出張所(箕面/箕面郵便局と併設)(ATMはホリデーサービス実施)
  • 大阪支店 コープ箕面中央店内出張所(坊島)(ATMのみ/ホリデーサービス実施)
  • 大阪支店 阪急オアシス箕面店内出張所(瀬川)(ATMのみ/ホリデーサービス実施)
その他、止々呂美簡易郵便局を除く各郵便局にATMが設置されており、★印の郵便局ではホリデーサービスを実施。

箕面市内の郵便番号は以下の通り。

  • 562-00xx」=後述以外の地域。箕面郵便局の集配担当。
  • 563-02xx」=上止々呂美、下止々呂美、森町(しんまち)北、森町中。豊能郵便局(豊能郡豊能町余野)の集配担当。

交通

箕面駅

古くから阪急電鉄箕面線1910年の開業当時は箕面有馬電気軌道)が大阪都心との交通を担っている。

一方、箕面市に接する豊中市に北大阪急行千里中央駅、吹田市に阪急電鉄千里線北千里駅があり、これらの駅から箕面市内との間は阪急バスが輸送を担っている。北大阪急行を終点の千里中央駅から箕面市の新都心として開発が進むかやの中央地区まで延伸させる計画があり、2008年に就任した倉田市長が熱心に活動をおこなっていた(北大阪急行電鉄#延伸計画を参照)。そして、2014年3月31日、延伸に向けた正式な事業化について大阪府・箕面市・北大阪急行電鉄・阪急電鉄の4者で基本的合意を締結し[7]、開業目標を2020年度とする北大阪急行線の延伸が実現へ向けて動き出した(後に開業目標を2023年度に変更)。延伸部には箕面市船場東3丁目(新船場北橋東詰付近)に箕面船場阪大前駅、かやの中央地区(西宿1丁目)に箕面萱野駅が設けられる予定。

また、大阪モノレール彩都線が、箕面市域の豊川地区、粟生間谷地区を通過する経路で国際文化公園都市彩都西駅)まで延長されている。大阪モノレールの駅は、箕面市域には作られていないが、柴原阪大前駅千里中央駅豊川駅彩都西駅などの駅では隣接した箕面市域からの利用客も多い。

鉄道

箕面市役所への最寄りは牧落駅で、市の中心駅は箕面駅である。前述の通り、現在は千里中央(豊中市)が終着駅である北大阪急行南北線の延伸が決定しており、箕面市に2つの新駅が設置される。そして、大阪モノレール彩都線が豊川 - 彩都西間で市内(彩都粟生南付近)を通るが、駅は設置されていない。

路線バス

道路

高速自動車国道

  • E1A 新名神高速道路

一般国道

主要府道

空港

隣接する市の豊中市池田市には大阪国際空港が立地し、箕面市も空港地元自治体の連合である大阪国際空港周辺都市対策協議会(10市協)に入っている。

名所旧跡・行事等

名所旧跡等

勝尾寺観音菩薩と多宝塔

行事

観光

  • 箕面駅阪急電鉄)から瀧安寺箕面滝にかけては観光地として発展している。大滝と川沿いの紅葉が観光の目玉であり、野生のニホンザルも有名である。
  • 阪急電鉄の観光開発などにより、古くから箕面公園が整備されてきた。箕面温泉(箕面温泉スパーガーデン)、箕面観光ホテルなどもある。なお、阪急電鉄は前身の箕面有馬電気軌道が1907年10月19日の創立に続く、1910年(明治43年)3月10日の開業に当たって、本線格の宝塚方面と同時に箕面線を開業するなど、箕面観光には相当力を入れてきた歴史がある。
  • 勝尾寺は、その名前の由来にもあるように、勝運祈願の寺として受験生などの参拝客を集めている。特に、正月三が日は大変な混雑を見せる。

箕面のサル

箕面滝付近に出没した野生のニホンザル

1954年大阪市立大学川村俊蔵教授が、ニホンザルの餌付けに成功したことからはじまる[9]1955年5月1日に野猿の「箕面山自然動物園」が開設され[9]、箕面の猿が有名になり、1956年12月28日には、都市部に最も近い野生のニホンザル群の生息地であるということで「箕面山ニホンザル生息地」が国指定の天然記念物として指定された[9][10]。その後、天然記念物指定当時90頭程度であった頭数も650頭以上に増加[9]。観光客の食べ物を奪い、市街地に出没して民家を荒らし、農作物被害が出るなどした。また、自然動物園で火災が発生したこともあり、1977年4月には箕面山自然動物園は閉鎖され、同年12月には箕面市の方針転換により自然へ還されることとなった。

現在は管理団体である箕面市教育委員会以外の者が餌付けを行うことは文化財保護法動物愛護法鳥獣保護法および市の条例(後述)により厳しく禁じられている。大阪大学の協力を得て、頭数規制のためサルを捕獲し、有害鳥獣としての駆除や動物実験での活用のほか、サルに避妊薬を投与するなどの野猿管理事業が展開されている。

餌やり禁止条例

野生本来の生態系を復元することを目的とした「箕面市サル餌やり禁止条例」が制定されている[11]、条例は2010年4月1日から施行された[10]

主に観光客による餌やりが頻繁に行われた結果、サルが過剰に人慣れしてしまい市街地などにも頻繁な出没によって人間との共生が可能な状況を逸脱していると考えられたことや、自然界と比較して高い栄養摂取が原因の一つとなり出産回数が増加し個体数が過剰となっていた。このため、観光客に対しては餌やりをしないよう協力を求めていたものの一部では守られず、避妊が検討されたものの手間を要することから、禁止措置が検討された[12][リンク切れ][9]。この条例では市の全域において、研究目的など一部の例外を除き野生の猿に餌をやることを禁止し、違反者に対しては勧告や禁止命令のほか1万円以下の過料を科すことができるとした。なお、過料については当初3千円で検討されていたが、パブリックコメントの意見を反映した金額となった[9]

もみじのてんぷら

紅葉の名所である箕面ならではの名物が、色づいたモミジの葉に甘い衣をつけて揚げた「もみじのてんぷら」である[13]。おみやげとして売られ、昔から親しまれている。およそ1300年前修験者の役行者が五香の滝に映える紅葉の美しさに心を動かされ、自然の風味を生かした天ぷらを作り、当地を訪れる人びとをもてなしたのが始まりという[13]

使用される葉はイロハモミジではなく、食用に栽培された一行寺楓の葉を1年以上塩漬けにして灰汁抜きをしたものである[13][14]

ニホンザルにあやかった煎餅「モンちゃんせんべい」もある[15][16]

地域にゆかりある著名人

名誉市民

出身著名人

人格形成期の全てを過ごした、生まれただけ、物心が付く前に転居して憶えてもいない(例:魚住りえ)、人格形成期の決して短くない一時期を過ごした地域の一つである(例:並河健木村拓哉)など、どれもこれもその人にとって「出身地」ではある。本節では、全ての出身者を区別せず一括掲載した上で、人格形成期中に当地域から転出した者に【転出】、当地域へ転入してきた者に【転入】の印を付けることで、容易に判別できるようにした。なお、印の無い人には、間違いなく転居歴の無い人のほか、正確に把握できない人も含まれる。

江戸時代以前の生まれ

明治生まれ

大正生まれ

昭和生まれ

生年不詳

平成生まれ

箕面市特命大使

箕面市にゆかりのある個人や団体に箕面市のPRを積極的に行ってもらうことを目的として、2010年(平成22年)4月に創設された制度に基づき、以下の人物・団体が任命されている。

地域出身者
地域出身者以外
  • 劇団「すずしろ」 - 箕面シニア演劇大使(2010年4月25日 - )。国内外で活躍する箕面発のシニア劇団。
  • 2代目 桂ざこば - 箕面文化大使(2010年7月30日 - )。一門会など落語公演を箕面市で多数開催。
  • ロックバンドセーリング」 - 箕面歌謡ロック大使(2010年7月30日 - )。箕面市で地域密着ライブを多数開催。
  • 末成映薫 - 箕面きたかぜゆめ大使(2010年8月29日 - )。毎年箕面市の子供たちとキッズシアターを公演。
  • 中田勝平 - 箕面和太鼓大使(2011年3月11日 - )。「北芝解放太鼓保存会 鼓吹」からプロ太鼓チーム「DRUM TAO」に入団。
  • PRESENCE OF MIND - 箕面の森の守りびと大使(2011年7月30日 - )。「箕面の森の音楽会」テーマ曲を作成。
  • 智内威雄 - 箕面左手のピアニスト大使(2012年6月9日 - )。「左手のアーカイブプロジェクト」で貴重な音楽作品を発掘・復興。

特記事項

ミスタードーナツ箕面ショップ
(ショップNo.0001)
  • 箕面駅の付近にはミスタードーナツ1号店が立地しており、看板などに示された「0001」の数字や店内のプレートが日本1号店であることを示している。1971年ダイエー箕面店の敷地内で店舗を開業した[18]が、2001年にはダイエー箕面店の閉店と跡地の再開発に伴い、1号店の店舗も解体された。閉店の際には周辺住民から1号店の復活を望む嘆願を多数寄せられたミスタードーナツ本部が復活を約束し、2004年からは跡地に建設されたマンションの1階で約束通りに営業を再開している[19]
  • 同市小野原にあるケンタッキーフライドチキン小野原店は、2015年にららぽーとEXPOCITY店(吹田市)が開店する[20]までは、日本のKFC店舗において唯一フライドチキンの食べ放題を実施している店舗であった。
  • 箕面市にある平尾鉱山2012年に発見された鉱物には、市名にちなんで箕面石 (Minohlite) という名称が付けられている。産地の平尾鉱山では、2006年により大きな行政区画である大阪府にちなんだ大阪石 (Osakaite) が発見されている。
  • 冒頭で述べたように、当市では「箕面」の公式ローマ字表記を「Minoh」としている。これは、「Minoo」だと外国人(特に英語圏)に「ミヌー」と誤読される可能性があるためである[21]。しかし、市内にある道路標識や施設の看板、駅名標などでは「箕面」のローマ字表記として「Minoh」、「Minoo」、「Mino」、「Minō」、「Mino-o」の5種類が混在して使用されており、表記の揺れが大きい[22]。なお、阪急電鉄箕面駅は「Mino-o」から「Minoh」に変更した。

市民活動

関連項目

脚注

注釈

  1. ^ 現職の活動歴は1999年(平成11年)からであるが、それ以前の経歴が異色の豊富さで、単純に生年を予想できない。ただ、昭和後期で間違いない。

出典

  1. ^ Multilingual - 箕面市
  2. ^ 平成30年度版(2018年度)市勢年鑑
  3. ^ 市議会のしくみ”. 箕面市議会. 2020年9月8日閲覧。
  4. ^ 議長・副議長紹介”. 箕面市議会. 2020年9月8日閲覧。
  5. ^ 箕面市議会議員名簿(五十音順) 令和2年8月29日現在”. 箕面市議会. 2020年8月31日閲覧。
  6. ^ 大阪府議会ホームページ - 議員定数について
  7. ^ 北大阪急行線の延伸に関する基本合意について (PDF) - 北大阪急行電鉄、2014年3月31日
  8. ^ 北大阪急行線延伸事業の開業目標の見直しについて - 箕面市地域創造部鉄道延伸室、2019年5月8日閲覧。
  9. ^ a b c d e f サルへの餌やりは過料1万円 大阪・箕面市が禁止条例 朝日新聞社、2009年9月25日付、2010年11月24日閲覧
  10. ^ a b 自然に返る箕面山のニホンザル”. ほくせつの生き物. 2020年11月28日閲覧。
  11. ^ 箕面市サル餌やり禁止条例(条例第五十号) - 箕面市(2009年9月30日付、2010年11月24日閲覧)
  12. ^ 箕面市サル餌やり禁止条例制定についてパブリックコメント実施結果) - 箕面市(2009年5月22日付、2010年3月1日更新、同年11月24日閲覧)
  13. ^ a b c もみじの天ぷらができるまで”. 箕面市観光協会. 2020年11月28日閲覧。
  14. ^ えっ、そんなのアリ!?「もみじの天ぷら」が紅葉スポット・箕面で食べられるらしい”. macaroni. 2020年11月28日閲覧。
  15. ^ モンちゃんせんべい - 箕面物語
  16. ^ 箕面で出会った、素朴で懐かしい猿のせんべい【甲斐みのりの「おやつの時間」】 - MYLOHAS
  17. ^ 劇団四季の坂本剛さんが表敬訪問”. 箕面ブログ. 箕面市 (2011年1月21日). 2018年1月9日閲覧。
  18. ^ 1970年代|ミスタードーナツの歴史|事業情報 - ミスタードーナツ
  19. ^ 2004年度(第43期)事業報告書2004年4月1日~2005年3月31日 (PDF) - ダスキン
  20. ^ 1970年の大阪万博にケンタッキーが日本初登場して45年!! その地に再び、ビュッフェスタイル&レストランタイプのメモリアル店舗を出店 KFC「ららぽーとEXPOCITY店」 11月19日グランドオープン! - 日本KFCホールディングス、2015年10月28日
  21. ^ 平成21年8月19日開催分意見概要 - 箕面市、2014年6月4日
  22. ^ 上森鉄也「基礎演習でのローマ字教育」(pdf)『教養センター紀要』第2号、流通科学大学、2012年7月、4頁、2015年6月3日閲覧 

外部リンク