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「火の記憶」の版間の差分

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『'''火の記憶'''』(ひのきおく)は、[[松本清張]]の[[短編小説]]。『[[三田文学]]』1952年3月号に『'''記憶'''』のタイトルで掲載、のちに現在のタイトルに改題・改稿の上、『小説公園』1953年10月号に再掲載、1955年8月に短編集『悪魔にもとめる女』収録の1編として、[[鱒書房]](コバルト新書)より刊行された。
『'''火の記憶'''』(ひのきおく)は、[[松本清張]]の[[短編小説]]。『[[三田文学]]』1952年3月号に『'''記憶'''』のタイトルで掲載、のちに現在のタイトルに改題・改稿の上、『小説公園』1953年10月号に再掲載、1955年8月に短編集『悪魔にもとめる女』収録の1編として、[[鱒書房]](コバルト新書)より刊行された。


[[木々高太郎]]の勧めに応じて、『[[或る「小倉日記」伝|或る『小倉日記』伝]]』と同時期に書かれた作品<ref>清張は『[[西郷札 (小説)|西郷札]]』(1951年発表)掲載の『[[週刊朝日]]・春季特別号』を木々高太郎に送っているが、これに対する木々の返事は以下のようなものであったという。「雑誌お送り下すってありがたく拝読いたしました。大そう立派なものです。そのあと本格もの矢つぎ早やに書くことをおすすめいたします。発表誌なければ、小生が知人に話してもよろし。木々高太郎」。木々の返事を清張は以下のように受け取っている。「木々氏のいう「本格もの」とは推理小説の意味で、掲載誌に添えたわたしの木々氏への手紙は、このような小説でも推理小説になるでしょうかときいたのである。当時の木々氏は推理小説を文学のひろい領域の中に考え、たとえば[[森外]]の「かのように」といった作品まで推理小説の範疇に入れておられた」。以上『「西郷札」のころ』(週刊朝日増刊1971年4月5日号に掲載、のちに『松本清張全集』第34巻(1974年、[[文藝春秋]])、『実感的人生論』(2004年、[[中公文庫]])に収録)を参照。一般に、清張による推理作品の始めを1955年発表の『[[張込み]]』とするのが定説ではあるが、1952年発表の本作品を書くにあたって、清張はすでに以上のような認識を持っていた。</ref>。
[[木々高太郎]]の勧めに応じて、『[[或る「小倉日記」伝|或る『小倉日記』伝]]』と同時期に書かれた作品<ref>清張は『[[西郷札 (小説)|西郷札]]』(1951年発表)掲載の『[[週刊朝日]]・春季特別号』を木々高太郎に送っているが、これに対する木々の返事は以下のようなものであったという。「雑誌お送り下すってありがたく拝読いたしました。大そう立派なものです。そのあと本格もの矢つぎ早やに書くことをおすすめいたします。発表誌なければ、小生が知人に話してもよろし。木々高太郎」。木々の返事を清張は以下のように受け取っている。「木々氏のいう「本格もの」とは推理小説の意味で、掲載誌に添えたわたしの木々氏への手紙は、このような小説でも推理小説になるでしょうかときいたのである。当時の木々氏は推理小説を文学のひろい領域の中に考え、たとえば[[森外]]の「かのように」といった作品まで推理小説の範疇に入れておられた」。以上『「西郷札」のころ』(週刊朝日増刊1971年4月5日号に掲載、のちに『松本清張全集』第34巻(1974年、[[文藝春秋]])、『実感的人生論』(2004年、[[中公文庫]])に収録)を参照。一般に、清張による推理作品の始めを1955年発表の『[[張込み]]』とするのが定説ではあるが、1952年発表の本作品を書くにあたって、清張はすでに以上のような認識を持っていた。</ref>。


1961年・1978年にテレビドラマ化されている。
1961年・1978年にテレビドラマ化されている。

2020年6月18日 (木) 11:26時点における版

火の記憶』(ひのきおく)は、松本清張短編小説。『三田文学』1952年3月号に『記憶』のタイトルで掲載、のちに現在のタイトルに改題・改稿の上、『小説公園』1953年10月号に再掲載、1955年8月に短編集『悪魔にもとめる女』収録の1編として、鱒書房(コバルト新書)より刊行された。

木々高太郎の勧めに応じて、『或る『小倉日記』伝』と同時期に書かれた作品[1]

1961年・1978年にテレビドラマ化されている。

あらすじ

交際の末、頼子は高村泰雄と結婚することにした。ただ、泰雄の戸籍謄本に父失踪と書かれていたことが少し気にかかった。兄の貞一も事情を泰雄に訊いたが、それ程問題になることではない、として済んでいた。2年後、やっと話す決心になったという風で、泰雄は事情を頼子に打ち明ける。泰雄は「失踪」の真相を追跡しようとしていたのだった。だが…。

テレビドラマ

1961年版

1961年5月1日TBS系列の「ナショナル ゴールデン・アワー」枠(20:30-21:00)、「松本清張シリーズ・黒い断層」の1作として放映。

キャスト
スタッフ
TBS系列 ナショナルゴールデンアワー
(松本清張シリーズ・黒い断層)
前番組 番組名 次番組
青春の彷徨
(1961.4.24)
火の記憶
(1961.5.1)
反射
(1961.5.8 - 15)

1978年版

松本清張シリーズ
火の記憶
ジャンル テレビドラマ
原作 松本清張『火の記憶』
脚本 大野靖子
演出 和田勉
出演者 高岡健二
秋吉久美子ほか
製作
制作 NHK
放送
放送国・地域日本の旗 日本
放送期間1978年10月28日
放送時間20:00 - 21:10
放送枠土曜ドラマ (NHK)
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松本清張シリーズ・火の記憶」。1978年10月28日NHKの「土曜ドラマ」枠(20:00-21:10)にて放映。視聴率13.6%(ビデオリサーチ調べ、関東地区)。原作の松本清張が出演した。

キャスト
スタッフ
NHK 土曜ドラマ
前番組 番組名 次番組
松本清張シリーズ
火の記憶
(1978.10.28)
優しい時代 第2部
(1978.11.11 - 25)

脚注・出典

  1. ^ 清張は『西郷札』(1951年発表)掲載の『週刊朝日・春季特別号』を木々高太郎に送っているが、これに対する木々の返事は以下のようなものであったという。「雑誌お送り下すってありがたく拝読いたしました。大そう立派なものです。そのあと本格もの矢つぎ早やに書くことをおすすめいたします。発表誌なければ、小生が知人に話してもよろし。木々高太郎」。木々の返事を清張は以下のように受け取っている。「木々氏のいう「本格もの」とは推理小説の意味で、掲載誌に添えたわたしの木々氏への手紙は、このような小説でも推理小説になるでしょうかときいたのである。当時の木々氏は推理小説を文学のひろい領域の中に考え、たとえば森鷗外の「かのように」といった作品まで推理小説の範疇に入れておられた」。以上『「西郷札」のころ』(週刊朝日増刊1971年4月5日号に掲載、のちに『松本清張全集』第34巻(1974年、文藝春秋)、『実感的人生論』(2004年、中公文庫)に収録)を参照。一般に、清張による推理作品の始めを1955年発表の『張込み』とするのが定説ではあるが、1952年発表の本作品を書くにあたって、清張はすでに以上のような認識を持っていた。

外部リンク