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「キャンドル・イン・ザ・ウインド」の版間の差分

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[[イギリス]]では初日に65万8000枚、発売1週目に150万枚、6週間で540万枚を売り上げた<ref name=gu2000_120>イアン・カステロ=コルテス(編)、田中孝顕(日本語版監修)『ギネスブック 2000』騎虎書房、1999年、120頁。ISBN 4877715088</ref>。
[[イギリス]]では初日に65万8000枚、発売1週目に150万枚、6週間で540万枚を売り上げた<ref name=gu2000_120>イアン・カステロ=コルテス(編)、田中孝顕(日本語版監修)『ギネスブック 2000』騎虎書房、1999年、120頁。ISBN 4877715088</ref>。


[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では予約枚数870万枚<ref name=gu2000_120 />、初回出荷800万枚<ref name=zakzak970926>[http://web.archive.org/web/20000622072701/http://www.zakzak.co.jp/geino/n-September97/nws1305.html ダイアナ追悼歌が全国一斉発売]、ZAKZAK、1997年9月26日。([[インターネットアーカイブ]]のキャッシュ)</ref>。[[サウンドスキャン]]調べによる全米での1週間の売上枚数は340万枚に達し(さらにサウンドスキャンが集計できなかった売上が50万枚あるともいう)、[[ホイットニー・ヒューストン]]「[[オールウェイズ・ラヴ・ユー]]」が1992年に記録した63.2万枚を大きく上回った<ref>[http://web.archive.org/web/20000308120159/http://www.zakzak.co.jp/geino/n_October97/nws1340.html ダイアナ元妃CDがギネス記録へ]、ZAKZAK、1997年10月4日。</ref>。CDの生産能力が受注に追いつかないほどのヒットとなったため、発売元のA&Mレコードは一時期、CDの注文受付を中止していた<ref>[http://web.archive.org/web/20000530202404/http://www.zakzak.co.jp/geino/n_October97/nws1334.html ファン殺到! 米でダイアナ追悼CD注文中止]、ZAKZAK、1997年10月3日。</ref>。
[[アメリカ合衆国|アメリカ]]では予約枚数870万枚<ref name=gu2000_120 />、初回出荷800万枚<ref name=zakzak970926>[http://web.archive.org/web/20000622072701/http://www.zakzak.co.jp/geino/n-September97/nws1305.html ダイアナ追悼歌が全国一斉発売]、ZAKZAK、1997年9月26日。([[インターネットアーカイブ]]のキャッシュ)</ref>。[[サウンドスキャン]]調べによる全米での1週間の売上枚数は340万枚に達し(さらにサウンドスキャンが集計できなかった売上が50万枚あるともいう)、[[ホイットニー・ヒューストン]]「[[オールウェイズ・ラヴ・ユー]]」が1992年に記録した63.2万枚を大きく上回った<ref>[http://web.archive.org/web/20000308120159/http://www.zakzak.co.jp/geino/n_October97/nws1340.html ダイアナ元妃CDがギネス記録へ]、ZAKZAK、1997年10月4日。</ref>。CDの生産能力が受注に追いつかないほどのヒットとなったため、発売元のA&Mレコードは一時期、CDの注文受付を中止していた<ref>[http://web.archive.org/web/20000530202404/http://www.zakzak.co.jp/geino/n_October97/nws1334.html ファン殺到! 米でダイアナ追悼CD注文中止]、ZAKZAK、1997年10月3日。</ref>。
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[[日本]]では初回出荷30万枚<ref name=zakzak970926 />。日本の[[オリコンチャート|オリコン]]総合シングルチャートでは、[[セリーヌ・ディオン]] with [[クライズラー&カンパニー]]の「[[トゥ・ラヴ・ユー・モア]]」以来約1年9か月ぶりに、洋楽シングルでの1位を獲得。また、[[ダニエル・ブーン (歌手)|ダニエル・ブーン]]の「[[ビューティフル・サンデー]]」以来約21年6か月ぶりに、洋楽シングルでの初登場1位を獲得。オリコン洋楽シングルチャートでは1997年10月6日付から通算11週1位と1997年度の年間1位を獲得<ref>コンピレーション・アルバム『ナンバーワン90s ORICON ヒッツ』の[[ディスクジャケット|裏ジャケット]]。[http://www.sonymusic.co.jp/Music/International/Special/no1oriconhits/ ナンバーワン 70s 80s 90s オリコン・ヒッツ]も参照。</ref>。オリコン調べの初動推定売上枚数は18.4万枚を記録し、[[DREAMS COME TRUE]]の「[[WHEREVER YOU ARE]]」(オリコンでは洋楽シングル扱い)が1994年に記録した18.0万枚を上回った(純粋な洋楽シングルとしては[[ビリー・ヒューズ (音楽家)|ビリー・ヒューズ]]の「[[とどかぬ想い]]」が1991年に記録した7.9万枚が過去の記録)<ref>「洋楽シングル歴代初動売上げベスト10」『オリコン年鑑 1998年版』オリコン、1998年、8頁。(但し該当ページには[[ノンブル]]表記なし)</ref>。

2017年9月4日 (月) 16:57時点における版

マリリン・モンロー

キャンドル・イン・ザ・ウインド」(原題:Candle in the Wind)は、エルトン・ジョン楽曲、またはシングル。別題、「風の中の火のように(孤独な歌手、ノーマ・ジーン)」。

本項では、「キャンドル・イン・ザ・ウインド」のリメイクである「キャンドル・イン・ザ・ウインド 〜ダイアナ元英皇太子妃に捧ぐ」(キャンドル・イン・ザ・ウインド1997)についても解説する。

概要

マリリン・モンローへ捧げた曲である。

1973年にオリジナルバージョンがアルバム『黄昏のレンガ路』に収録される。1974年にシングル発売され、全英チャートで最高11位を記録。ただし、このときはアメリカでのシングル発売はなかった。このときの邦題は「風の中の火のように(孤独な歌手、ノーマ・ジーン)」。

1987年にオーストラリアでのライブ音源がアルバム『エルトン・スーパー・ライヴ 〜栄光のモニュメント〜』に収録され、同年にシングルとしても発売される。このときのシングルの邦題は「キャンドル・イン・ザ・ウインド」。全英チャートで最高5位。このバージョンはアメリカでもシングル発売され、Billboard Hot 100で最高6位を記録。

1997年リメイク版

「キャンドル・イン・ザ・ウインド 〜ダイアナ元英皇太子妃に捧ぐ」
エルトン・ジョンシングル
A面 ユー・ルック・トゥナイト
キャンドル・イン・ザ・ウインド1997
B面 ユー・キャン・メイク・ヒストリー (ヤング・アゲイン)
リリース
規格 シングル
ジャンル ポップス
レーベル ロケット・レコード
A&Mレコード
マーキュリー・ミュージックエンタテインメント日本
作詞・作曲 エルトン・ジョン
プロデュース ジョージ・マーティン
ゴールドディスク
チャート最高順位
  • 週間1位(オリコン
  • 1997年度年間52位(オリコン)
  • 1位(ビルボード
  • 1位(全英シングルチャート
  • エルトン・ジョン シングル 年表
    ライヴ・ライク・ホーシズ
    1996年
    キャンドル・イン・ザ・ウインド1997
    (1997年)
    リカヴァー・ユア・ソウル
    1998年
    テンプレートを表示

    キャンドル・イン・ザ・ウインド 〜ダイアナ元英皇太子妃に捧ぐ」(キャンドル・イン・ザ・ウインド ダイアナもとえいこうたいしひにささぐ、原題:Something About the Way You Look Tonight / Candle in the Wind 1997"(サムシング・アバウト・ザ・ウェイ・ユールック・トゥナイト / キャンドル・イン・ザ・ウインド1997))は、エルトン・ジョンが1997年に発表したシングル。

    概要

    ダイアナ元英皇太子妃への追悼シングル。上記のとおり、元々はマリリン・モンローへ捧げた曲であったが、バーニー・トゥーピンによって改作され、ダイアナへの追悼曲となった。

    ダイアナ元皇太子妃の葬儀

    1997年9月6日に行われたダイアナ元英皇太子妃の葬儀でエルトン・ジョンによって歌われ[1]、その後CD化が発表された[2]。以前から発売を予定していた「サムシング・アバウト・ザ・ウェイ・ユールック・トゥナイト」との両A面シングルとして発売された。

    イギリスでは初日に65万8000枚、発売1週目に150万枚、6週間で540万枚を売り上げた[3]

    アメリカでは予約枚数870万枚[3]、初回出荷800万枚[4]サウンドスキャン調べによる全米での1週間の売上枚数は340万枚に達し(さらにサウンドスキャンが集計できなかった売上が50万枚あるともいう)、ホイットニー・ヒューストンオールウェイズ・ラヴ・ユー」が1992年に記録した63.2万枚を大きく上回った[5]。CDの生産能力が受注に追いつかないほどのヒットとなったため、発売元のA&Mレコードは一時期、CDの注文受付を中止していた[6]

    日本では初回出荷30万枚[4]。日本のオリコン総合シングルチャートでは、セリーヌ・ディオン with クライズラー&カンパニーの「トゥ・ラヴ・ユー・モア」以来約1年9か月ぶりに、洋楽シングルでの1位を獲得。また、ダニエル・ブーンの「ビューティフル・サンデー」以来約21年6か月ぶりに、洋楽シングルでの初登場1位を獲得。オリコン洋楽シングルチャートでは1997年10月6日付から通算11週1位と1997年度の年間1位を獲得[7]。オリコン調べの初動推定売上枚数は18.4万枚を記録し、DREAMS COME TRUEの「WHEREVER YOU ARE」(オリコンでは洋楽シングル扱い)が1994年に記録した18.0万枚を上回った(純粋な洋楽シングルとしてはビリー・ヒューズの「とどかぬ想い」が1991年に記録した7.9万枚が過去の記録)[8]

    このバージョンはJASRACに「録音禁止著作物」として登録されており、新たな録音/出版は禁止されている。従って他に規定されたシングル/アルバム以外には収録されていない。2015年9月23日発売のコンピレーション・アルバム『ナンバーワン90s ORICON ヒッツ』に収録されたのも1973年版である。

    収録曲

    1. ユー・ルック・トゥナイト
    2. キャンドル・イン・ザ・ウインド1997
    3. ユー・キャン・メイク・ヒストリー (ヤング・アゲイン)

    カヴァー・ヴァージョン

    この楽曲は、様々なアーティストにカヴァーされている。以下に、主なものを記述する。

    脚注

    1. ^ ダイアナ葬儀ロンドンは涙一色、ZAKZAK、1997年9月6日。
    2. ^ 「ダイアナさん追悼歌」CD発売、ZAKZAK、1997年9月8日。
    3. ^ a b イアン・カステロ=コルテス(編)、田中孝顕(日本語版監修)『ギネスブック 2000』騎虎書房、1999年、120頁。ISBN 4877715088
    4. ^ a b ダイアナ追悼歌が全国一斉発売、ZAKZAK、1997年9月26日。(インターネットアーカイブのキャッシュ)
    5. ^ ダイアナ元妃CDがギネス記録へ、ZAKZAK、1997年10月4日。
    6. ^ ファン殺到! 米でダイアナ追悼CD注文中止、ZAKZAK、1997年10月3日。
    7. ^ コンピレーション・アルバム『ナンバーワン90s ORICON ヒッツ』の裏ジャケットナンバーワン 70s 80s 90s オリコン・ヒッツも参照。
    8. ^ 「洋楽シングル歴代初動売上げベスト10」『オリコン年鑑 1998年版』オリコン、1998年、8頁。(但し該当ページにはノンブル表記なし)