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2017年8月29日 (火) 00:25時点における版

ジャン=エリック・ベルニュ
ジャン=エリック・ベルニュ (2012年)
基本情報
フルネーム ジャン=エリック・セルジュ・レイモン・ベルニュ
略称表記 VER
国籍 フランスの旗 フランス
出身地 同・ヴァル=ドワーズ県
ポントワーズ
生年月日 (1990-04-25) 1990年4月25日(34歳)
F1での経歴
活動時期 2012-2014
過去の所属チーム '12-'14 トロ・ロッソ
車番 25
出走回数 58
優勝回数 0
表彰台(3位以内)回数 0
通算獲得ポイント 51
ポールポジション 0
ファステストラップ 0
初戦 2012年オーストラリアGP
最終戦 2014年アブダビGP
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ジャン=エリック・セルジュ・レイモン・ベルニュJean-Éric Serge Raymond Vergne, 1990年4月25日 - )は、フランス出身のレーシングドライバー

来歴

10歳の時にレースに参加し、2001年よりカートを始める。同年フランスで開催されたカートの地区大会でチャンピオンを獲得。翌年は連覇はならなかったものの準優勝を果たした。2004年にはフランスのロータックスマックスの125ccジュニアカテゴリで準優勝を果たす。 選手権で次点となった。 2005年にはカートのヨーロッパ選手権・ICAクラスにて準優勝を獲得した。 2006年にはレーシングカート競技の最高峰であるKF1世界選手権英語版ではランキング7位であった。この年限りでベルニュはカートから卒業し、フォーミュラ・ルノーにステップアップする。

2007年より、国内で開催される下位クラスのフォーミュラ・ルノー・キャンパスに出場。10回の表彰台中6度の優勝を果たしチャンピオンを獲得した。この活躍によってレッドブル・ジュニアチームに所属するようになり、フランス自動車競技連盟英語版フランス語版Fédération Française du Sport Automobile)にも所属することになった。

2008年はフランス国内のフォーミュラ・ルノー 2.0にて6度の優勝を果たしチャンピオンを獲得。また、ウェストヨーロッパカップでも3度の表彰台でランキング4位となった。 2009年も、フォーミュラ・ルノー2.0のヨーロッパ選手権に出場し19度の表彰台と9回の優勝を果たしたもののアルベルト・コスタに競り負け、ランキング2位に終わった。

2010年にイギリスF3にカーリン・モータースポーツから出場。11回のPPと20度の表彰台中11回の優勝を果たしチャンピオンとなった。また、フォーミュラ・ルノー3.5にも6戦出場。4度の表彰台中1回の優勝を果たした。 これらの功績が認められて、レッドブルF1マシンシミュレーターと、トロ・ロッソのジュニアドライバーテストに2日間参加する権利が与えられた。

2011年はフォーミュラ・ルノー3.5にフル参戦し、4回のPP獲得と9度の表彰台中5回の優勝を獲得しランキング2位となった。フォーミュラ・ルノー3.5の2011年シリーズ終了後、ダニエル・リチャルドが移籍して空いたF1トロ・ロッソのテストドライバーに就任。韓国GPアブダビGPブラジルGPの金曜フリー走行1回目にを出走し、レギュラードライバーであったセバスチャン・ブエミハイメ・アルグエルスアリらと遜色ないタイムで走行した。 11月にはレッドブルが日本GPでチャンピオンを獲得した車両であるレッドブル・RB7を運転する機会をアブダビのヤングドライバーテストで与えられ、フェラーリジュール・ビアンキマクラーレンゲイリー・パフェットらを抑え3日すべてファステストラップを記録し、ヤス・マリーナ・サーキットを1:40.188で周回した。

12月14日、同じくレッドブルのサポートを受けているダニエル・リチャルドと共に2012年のF1世界選手権においてレギュラードライバーに昇格した事が発表された[1]

F1

2012年

トロ・ロッソの育成プログラムとして、リチャルドとともに参戦。だがこの年のトロ・ロッソのマシンは競争力に欠け、新人のベルニュにとっては厳しい展開が続いた。開幕戦オーストラリアGP11位、第2戦マレーシアGPでは8位初ポイントとまずまずの出だしを見せるも、その後は特に予選でのパフォーマンス不足が目立ち、Q1落ちも多かった。第8戦ヨーロッパGPではケータハムヘイキ・コバライネンと不用意な幅寄せで接触しただけでなく、傷を負ったマシンで走行を続けパーツをコースに撒いた揚句リタイアに終わり、次戦イギリスGPでの10グリッド降格及び2万5,000ユーロ(約250万円)の罰金という厳罰が科せられた。

2013年

前年のシーズン途中、2013年もトロ・ロッソから参戦することが決定した。[2]第6戦カナダGPではこの年のチーム最高位となる6位でチェッカーを受けるなど序盤は奮戦したが、これ以降は1度も入賞できなかった。

2014年

リチャルドがトップチームのレッドブルに昇格し、後任の新人ダニール・クビアトが同僚になる。自己最多7度の入賞(決勝最高位は第14戦シンガポールGPの6位)を果たすなど獲得ポイントで後輩を圧倒したが、オフに1つ空席ができたレッドブルのドライバーにはクビアトの就任が早々に決定した上にベルニュはレギュラーシートを喪失してしまう。リチャルドのケースとは異なり、全体的な成績で自身に劣るクビアトが抜擢されたことにはチームへの感謝を述べつつも複雑な心境を覗かせた[3]

フォーミュラE

2014年をもってトロ・ロッソ放出が決まったベルニュだったが、12月9日にフォーミュラE第3戦プンタ・デル・エステePからアンドレッティ・フォーミュラEチームからフランク・モンタニーに代わって参戦することが決定した[4]

2014-15年シーズン

第3戦プンタ・デル・エステ大会ではデビュー戦ながらポール・ポジションを獲得する速さを見せたが、決勝ではフォーミュラE特有のエネルギー・マネジメントに苦しみ残り2周で電欠。第7戦モンテカルロ大会では多重クラッシュに巻き込まれファステストラップ狙いの走行を強いられる、第11戦ロンドンGP(2日目)では自身が振り分けられた予選3組目のみが豪雨により軒並み低調なタイムに留まるといった不運に見舞われることも多かったが、第6戦ロングビーチ大会でネルソン・ピケJr.と上位争いを演じ2位、第10戦ロンドン大会(1日目)でもセバスチャン・ブエミやジェローム・ダンブロシオを猛追し3位に滑り込むなど、随所に現役F1ドライバーとしての意地を見せた。序盤2戦に出場しなかったものの、ポールポジション3回・ファンブースト5連続獲得など記録を残し、フル参戦していないドライバーとしては最上位となる年間ランキング7位に食い込んだ。

2015-16年シーズン

ヴァージン・レーシングへ移籍。序盤は前年と比較して速さが見られず、チームメイトのサム・バードに遅れをとる展開が続く。それでも第7戦パリ大会では2位表彰台、第8戦ベルリン大会ではポールポジションを獲得し決勝も5位、第9戦ロンドン大会でも3位表彰台と後半は上り調子で好成績を残した。最終成績は56ポイントでランキング9位、4位に入ったバードに大きく離されたものの上位を維持している。ファンブーストは4レースで獲得し人気にも陰りは見えていない。

2016-17年シーズン

チーム・アグリを引き継いだ新興チーム・テチーターへ移籍[5]。開幕戦香港大会ではパワートレインの問題で9周目にピットインしたため、完走できなかった。第2戦マラケシュ大会では4番手スタートで一時2番手まで順位を上げたが、ドライブスルーペナルティを受け8位フィニッシュ。しかし第3戦・第4戦と連続で2位表彰台に乗り、4戦終了時点で一気にランキング4位に浮上した。その後も攻めた走りを見せ、表彰台かギリギリ入賞かリタイアという極端な結果が続いた。しかしながら終盤は調子が上がり、第9戦ニューヨークePrix(1日目)と第11戦モントリオールePrix(1日目)を2戦とも2位でフィニッシュし3位のチームメイト(ステファン・サラザン)と2度のダブル表彰台を獲得。続く最終戦モントリオールePrix(2日目)では予選5番手から快走し自身初の優勝をついに達成。ファンブーストは2回と減少したものの終わってみれば1勝と2位4回・入賞4回を記録して117ポイントを稼ぎ、ドライバーズランキングは5位。過去3シーズンにおける自己最高の成績を残した。またチームポイントもベルニュが全ポイントの75%を稼ぎ出して成績向上に貢献し、チームランキングは前年(チーム・アグリ)の8位から上昇し5位となった。

エピソード

  • フォーミュラEではデビュー戦からファンブーストを5連続で獲得しそれ以降もファンブーストの常連であったが、、2016-17シーズン第2戦終了時点において過去23戦のファンブーストの獲得回数が9回でセバスチャン・ブエミルーカス・ディ・グラッシと同率1位であることが報じられた[6]

レース戦績

フォーミュラ・ルノー 3.5

チーム 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 順位 ポイント
2010年 テック1・レーシング ALC1 ALC2 SPA1 SPA2 MON BRN1 BRN2 MAG1 MAG2 HUN1 HUN2 HOC1
11
HOC2
5
SIL1
1
SIL2
3
CAT1
3
CAT2
2
8位 53
2011年 カーリン・モータースポーツ ALC1
6
ALC2
7
SPA1
2
SPA2
1
MNZ1
2
MNZ2
1
MON
12
NÜR1
Ret
NÜR2
4
HUN1
1
HUN2
1
SIL1
12
SIL2
4
LEC1
1
LEC2
3
CAT1
2
CAT2
Ret
2位 232

F1

チーム シャシー 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 13 14 15 16 17 18 19 20 WDC ポイント
2011年 トロ・ロッソ STR6 AUS MAL CHN TUR ESP MON CAN EUR GBR GER HUN BEL ITA SIN JPN KOR
TD
IND ABU
TD
BRA
TD
- -
2012年 STR7 AUS
11
MAL
8
CHN
16
BHR
14
ESP
12
MON
12
CAN
15
EUR
Ret
GBR
14
GER
14
HUN
16
BEL
8
ITA
Ret
SIN
Ret
JPN
13
KOR
8
IND
15
ABU
12
USA
Ret
BRA
8
17位 16
2013年 STR8 AUS
12
MAL
10
CHN
12
BHR
Ret
ESP
Ret
MON
8
CAN
6
GBR
Ret
GER
Ret
HUN
12
BEL
12
ITA
Ret
SIN
14
KOR
18
JPN
12
IND
13
ABU
17
USA
16
BRA
15
15位 13
2014年 STR9 AUS
8
MAL
Ret
BHR
Ret
CHN
12
ESP
Ret
MON
Ret
CAN
8
AUT
Ret
GBR
10
GER
13
HUN
9
BEL
11
ITA
13
SIN
6
JPN
9
RUS
13
USA
10
BRA
13
ABU
12
13位 22

フォーミュラE

チーム 車両 1 2 3 4 5 6 7 8 9 10 11 12 順位 ポイント
2014年-2015年 アンドレッティ・オートスポーツ スパーク-ルノー・SRT 01E BEI PUT PDE
14+
BNA
6+
MIA
18+
LBH
2+
MON
Ret+
BER
7
MOS
4
LON
3
LON
16
7位 70
2015年-2016年 DS ヴァージン・レーシング スパーク-ヴァージン・DSV-01 BEI
12
PUT
Ret
PDE
7+
BNA
11+
MEX
16+
LBH
13
PAR
2+
BER
5
LON
3
LON
8
9位 56
2016年-2017年 テチーター・フォーミュラEチーム スパーク-ルノー・Z.E 16 HKG
Ret
MAR
8
BNA
2
MEX
2
MON
Ret
PAR
Ret
BER
8
BER
6
NYC
2+
NYC
8
MTL
2+
MTL
1
5位 117
  •  : リタイアだが、90%以上の距離を走行したため規定により完走扱い。
  • + : ファンブースト。

世界耐久選手権

チーム 使用車両 クラス 1 2 3 4 5 6 7 8 9 順位 ポイント
2017年 CEFC マノー・TRS・レーシング オレカ・07 LMP2 SIL
6
SPA
7
LMN
NÜR
MEX
COA
FSW
SHA
BHR
10位* 38*

ル・マン24時間レース

チーム コ・ドライバー クラス 周回 総合順位 クラス順位
2017年 中華人民共和国の旗 CEFC マノー・TRS・レーシング タイ王国の旗 タァ・グレイヴス
スイスの旗 ジョナサン・ハーシー
オレカ・07-ギブソン LMP2 360 7位 6位

脚注

外部リンク