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山辺町

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
やまのべまち ウィキデータを編集
山辺町
安国寺山門
山辺町旗 山辺町章
日本の旗 日本
地方 東北地方
都道府県 山形県
東村山郡
市町村コード 06301-1
法人番号 8000020063011 ウィキデータを編集
面積 61.45km2
総人口 13,033[編集]
推計人口、2024年11月1日)
人口密度 212人/km2
隣接自治体 山形市南陽市西村山郡大江町朝日町東村山郡中山町西置賜郡白鷹町
町の木 キャラ木
町の花 リンドウ
町の鳥 オオタカ
山辺町役場
町長 安達春彦
所在地 990-0392
山形県東村山郡山辺町緑ヶ丘5番地
北緯38度17分21秒 東経140度15分44秒 / 北緯38.28914度 東経140.26222度 / 38.28914; 140.26222座標: 北緯38度17分21秒 東経140度15分44秒 / 北緯38.28914度 東経140.26222度 / 38.28914; 140.26222
外部リンク 公式ウェブサイト

山辺町位置図

― 市 / ― 町・村

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山辺町(やまのべまち)は、山形県のやや南東部に位置する、人口約1万3千人のニットをはじめとする伝統繊維産業や、「舞米豚」(まいまいとん)や「やまべ牛乳」などの畜産業で知られる[2][3]出羽国で唯一現存している安国寺がある。

地理

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町域の北東部は山形盆地の南西にあたる平地であり、役場や駅施設など中心市街地がある。また、須川を境に県庁所在地の山形市に隣接する。中部から南部は、大小の沼が点在する山間部であり、南端の白鷹山周辺には県民の森やキャンプ場などの施設がある。

行政

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歴史

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産業

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郵便局

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金融機関

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地域

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東部の平地部(山辺地区)には鉄道や国道が走り、町役場や町の主要産業施設が集中する。

中部には町役場中支所や中公民館があり、山辺町中心部とは主要地方道(山形朝日線)で結ばれる。西南部には町役場作谷沢支所や作谷沢公民館があり、山辺町中心部とは主要地方道(山形山辺線)で結ばれる。

また、地区名としては、中地区(中支所)と作谷沢地区(作谷沢支所)の他に、平地部には、大寺地区、相模地区、近江地区などがある。特に近江地区では、山形市と隣接しているため、ニュータウンの開発が進んでいる。また、2008年頃から緑ヶ丘ニュータウンの分譲が開始され、現在まで開発がすすんでいる。

人口は減少しながらも、世帯数は増え続けている。 空き家問題を解決するため、空き家バンク制度を行っており、誰も住んでいない家屋は、劣化が進みやすく倒壊の危険や防犯上の問題もある。その為使用予定がない空き家であれば、状態が良いうちに新しい利用者を探し、有効に活用するという取り組みである。

また、少子化対策として、高校生以下の医療費を無料化している。

人口

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山辺町と全国の年齢別人口分布(2005年) 山辺町の年齢・男女別人口分布(2005年)
紫色 ― 山辺町
緑色 ― 日本全国
青色 ― 男性
赤色 ― 女性
山辺町(に相当する地域)の人口の推移
1970年(昭和45年) 14,825人
1975年(昭和50年) 14,363人
1980年(昭和55年) 14,281人
1985年(昭和60年) 14,369人
1990年(平成2年) 15,016人
1995年(平成7年) 15,357人
2000年(平成12年) 15,512人
2005年(平成17年) 15,415人
2010年(平成22年) 15,139人
2015年(平成27年) 14,369人
2020年(令和2年) 13,725人
総務省統計局 国勢調査より

友好都市

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江戸時代後期、1836年(天保7年)、当時鎖国をしていた日本への開国を迫るための外国船がしばしば近海に現れるようになったことから、第9代水戸藩主徳川斉昭公の命により、海防(沿岸などを防備すること)を目的とした全国でも例のない城郭(城の周りの囲い)、助川海防城が日立市助川町に築かれました。

 その初代城主に任命されたのが、山辺町の山野辺城初代城主山野辺義忠公を祖とする水戸藩家老の職にあった第9代山野辺義観公で、その後11代義芸公までの3代にわたり城主を山野辺家が務めました。

 このように、本町と茨城県日立市は歴史的に深いつながりがあったことから住民交流が始まり、交流が契機となって平成16年5月7日に友好都市提携の調印を行いました。平成17年12月9日には「災害時相互応援協定」を締結しています。
山辺町公式サイト
山辺町民総合体育館

教育

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山辺高等学校
⠀⠀⠀

教育

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高等学校

中学校
小学校
社会教育
江戸時代の豪商の蔵を利用した資料館で、町の歴史資料、繊維、染物、織物関係資料が収蔵展示されている。

交通

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羽前山辺駅と駅前風景

鉄道路線

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東日本旅客鉄道(JR東日本)

バス路線

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  • 山交バス
  • 山辺町営バス(やまのべコミュニティバス)

町内をくまなく走るが特色として、畑谷農村婦人停留所から北垣停留所までの間の区間は、比較的交通量が少ないため、フリーストップ区間として停留所によらず乗り降りが可能となっている。運賃は一律100円。

道路

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空港

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観光ほか

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1600年慶長出羽合戦(長谷堂合戦)の戦場のひとつで、六十里越街道を進軍する上杉軍によって落城している。1601年山野辺義忠が1万9千石で入城し、四重の濠を持つ山野辺城と城下町を再建するが、1622年最上氏改易とともに廃棄された。
山野辺城跡におかれた白河藩の陣屋。御殿の玄関が移築され現存する。

  その名の通り、県民のレクリエーション健康増進のための公園として荒沼周辺が整備されている。体験学習施設やアスレチック遊具が備えられている[7]他、 スキー場[8]キャンプ場、昔ながらの生活が体験できる施設や、野外活動センター[9]などもある。

その名の通り、総計約15000のラベンダー畑やハスカップ畑などがあり、花の香りが楽しめる公園である。なおかつて催していた「ラベンダー祭」は、生育不良により終了した。

大蕨は、山辺町の中部(中地区)にある。
  • すだまり氷
シロップをかけたかき氷に、さらに酢醤油をかけて食する[11]
たこ焼きが串に刺して提供される[12]。1本120円前後と安価。
町内唯一の日帰り温泉施設[13]2つの源泉があり、打たせ湯露天風呂、圧注湯(ジャグジー)などがある。売店や食堂、やまのべ温泉市(直売所)が隣接。[14]

出身有名人

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安達 峰一郎 (1931年)
ポーツマス条約時の安達(手前の一番左)

現在の高楯地区に生まれた。国際司法裁判所長時代、正義と公正感が強かったため世界各国から尊敬されていた。また、1929(昭和4)年に、ハーグ市で対独賠償会議が開催され、仏国英国の意見が対立し戦争が心配されるまでに発展したとき、困り果てた両国から調停の依頼を受けた博士は、日本流の茶席に招いて和解させ、会議を成功に導いたという。そんな彼は1934(昭和9)年12月28日オランダにて心臓病が悪化し、死去した。翌年1月、オランダで国葬が開かれた。[15]

脚注

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  1. ^ 図典 日本の市町村章 p46
  2. ^ やまべ牛乳 オフィシャルサイト”. www.yamabemilk.com. 2024年3月1日閲覧。
  3. ^ 地方創生『高品質で町づくり』~伝統繊維産業は地域経済の活力剤”. 全国町村会 町村の取組 (2017年9月11日). 2022年10月7日閲覧。
  4. ^ 最後の四遺体も収容 山形県のガス爆発『朝日新聞』1978年(昭和53年)7月5日朝刊、13版、23面
  5. ^ 舞米豚 | 山形ピッグファーム”. pigfarm.co.jp. 2022年10月6日閲覧。
  6. ^ 友好都市 日立市 - 山辺町”. www.town.yamanobe.yamagata.jp. 2024年3月1日閲覧。
  7. ^ 山形県 県民の森 the forest of prefecture”. www.ymidori.or.jp. 2024年3月1日閲覧。
  8. ^ Thirano (2023年1月7日). “【山形オープン情報1/6~】山形市少年自然の家スキー場でゲレンデ一般開放(山辺町)”. やまがたぐらし. 2024年3月1日閲覧。
  9. ^ 山形市少年自然の家”. www.ymgt.ed.jp. 2024年3月1日閲覧。
  10. ^ 玉虫沼農村公園「かおりの広場」 - 山辺町”. www.town.yamanobe.yamagata.jp. 2024年3月1日閲覧。
  11. ^ すだまり氷(山辺町観光協会)
  12. ^ すみどやHome”. たこやきすみどや. 2022年10月6日閲覧。
  13. ^ 山辺温泉保養センター”. 2024年3月1日閲覧。
  14. ^ 山辺温泉保養センター-施設案内”. 2024年3月1日閲覧。
  15. ^ やまのべ人物伝 安達峰一郎 - 山辺町”. www.town.yamanobe.yamagata.jp. 2024年3月1日閲覧。

関連項目

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外部リンク

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