コンテンツにスキップ

英文维基 | 中文维基 | 日文维基 | 草榴社区

三冠ヘビー級王座

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
三冠ヘビー級選手権から転送)
三冠ヘビー級王座
詳細
現王者 デイビーボーイ・スミスJr.
獲得日 2024年11月4日
管理団体 全日本プロレス
創立 1989年4月18日
統計
最多保持者 諏訪魔
(8回)
初代王者 ジャンボ鶴田
(1989年4月18日)
最長保持者 三沢光晴
(705日)
最短所持者 テリー・ゴディ
(3日)
最年長 永田裕志
(54歳9か月)
最年少 安齊勇馬
(24歳10か月)

三冠ヘビー級王座(さんかんヘビーきゅうおうざ)は、全日本プロレスが管理、PWFが認定している王座。初期は三冠統一王座(さんかんとういつおうざ)と称していた。

概要

[編集]

PWFヘビー級王座インターナショナル・ヘビー級王座UNヘビー級王座の統一王座で、全日本プロレスを象徴する最も権威のある王座。

インターナショナル・ヘビー級王座は力道山が創設した日本プロレスに於いて、力道山とジャイアント馬場が保持し、UNヘビー級王座はアントニオ猪木坂口征二が保持してそれぞれ腰に巻いた歴史的なチャンピオンベルトである。日本プロレスが崩壊したことを受け、紆余曲折を経てインターナショナル・ヘビー級王座とUNヘビー級王座のベルトは全日本プロレスが受け継ぐ事となった。

一方、PWFヘビー級王座は馬場が全日本プロレスを旗揚げした際に、力道山(百田)家から初代インターナショナル・ヘビー級王座チャンピオンベルト(通称:力道山ベルト)の寄贈を受けたことを契機に、世界ヘビー級王座として新設されたもので、全日本プロレスのシンボル王座としてその名を高めた。これら歴史的経緯の異なる三つの各王座を、全日本プロレスでの管理上から一つにまとめた統一王座である。

王座統一後は、「三冠王座」と言うものの、三つの各王座それぞれで選手権試合が行われることはなく、新日本プロレスIWGP世界ヘビー級王座プロレスリング・ノアGHCヘビー級王座と同様に、全日本プロレスの象徴のタイトルとして位置づけられている。見方を変えれば一つの王座だとも言える(後述のようにのちに一本化されたベルトも製作)。

王座統一直後には、選手権試合宣言にて「NWAが認可し、PWFが認定する三冠統一選手権試合」としていたが、1990年代前半からは、NWAの衰退に伴い馬場がNWA第一副会長を辞任したことによって認可が解け、「PWFが認定する三冠ヘビー級選手権試合」に変更された。

三冠ヘビー級王者は三冠王者とも呼ばれ、加えて世界タッグ王座インターナショナル・タッグ王座PWF世界タッグ王座)も獲得した選手は「五冠王者」と呼ばれる。これは三冠ヘビー級王座のベルトが一本化された現在も変わらない[1][2]。ちなみに三冠ヘビー級王座と世界タッグ王座に加えて、三沢光晴1999年アジアタッグ王座[3]武藤敬司2001年IWGPタッグ王座を、青柳優馬2023年UNタッグ王座[4]それぞれさらに獲得し、「六冠王者」に輝いている。また、2005年小島聡が三冠ヘビー級王座とともに新日本プロレスの至宝であるIWGPヘビー級王座を獲得した際には、合わせて「四冠王者」と呼ばれていた[5]

なお、スタン・ハンセンは王座統一以前に三つの各王座を全て獲得している(ただし、UNヘビー級王座戴冠時はPWFヘビー級王座との二冠王者であった。また、王座統一後の三冠ヘビー級王座も獲得している。各王座をそれぞれ単独で全て獲得した選手はいない)。よって、初代三冠ヘビー級王者のジャンボ鶴田は、三つの各王座を全て獲得した選手としては史上2人目となる。

歴史

[編集]

三冠統一まで

[編集]

1988年3月9日横浜文化体育館大会で第26代UNヘビー級王者である天龍源一郎と、第12代PWFヘビー級王者であるスタン・ハンセンとの間で両王座のダブル選手権試合が行なわれた。その結果天龍が勝利し、UNヘビー級王座の防衛に成功するとともに第13代PWFヘビー級王者となり、二冠王者になった。以降、両王座は同一の王者が保持することになり、選手権試合が行なわれる際にも両王座が同時にかけられることになる。

4月15日大阪府立体育会館大会で第17代インターナショナル・ヘビー級王者であるブルーザー・ブロディと、UNヘビー級とPWFヘビー級の二冠王者である天龍との間で史上初の三冠ヘビー級王座統一戦が行われたが、両者リングアウトにより王座の統一は実現しなかった。

4月19日宮城県スポーツセンター大会でブロディを退けて第18代インターナショナル・ヘビー級王者となったジャンボ鶴田と、同年7月27日長野市民体育館大会で天龍を退けて第27代UNヘビー級と第14代PWFヘビー級の二冠王者となったハンセンとの間で、同年10月17日広島県立体育館大会にて2度目の王座統一戦が行われたが、引き分けで王座の統一は実現しなかった。

1989年4月16日後楽園ホール大会で再戦が行われたが、またしても決着はつかなかった。長く引っ張った挙句の不透明決着にファンが激怒し、会場が騒然となる事態にまで発展した(これがきっかけで、全日本プロレスの試合からリングアウト・反則決着が消えていくことになる)。

2日後の4月18日大田区体育館大会で鶴田とハンセンとの間で満を持して再々戦が行なわれた。ウエスタン・ラリアットを避けられロープに激突し、一瞬の隙ができたハンセンを、鶴田が片エビ固めで丸め込みフォール勝ち。かみ合わない試合展開で完全決着とは言えない勝利であったが、三つの王座を統一し、初代三冠ヘビー級王者となった鶴田は満面の笑みでファンに応えた。

以降、鶴田、ハンセン、天龍などの世代とプロレス四天王世代との抗争を中心に激闘を展開。プロレスリング・ノア設立に伴う選手大量離脱以降は、他団体所属選手とのタイトルマッチも行なわれるようになり、現在まで全日本プロレスの至宝として継承されている。

ベルト一本化

[編集]

2006年10月14日、チャンピオンベルトを管理する全日本プロレスが三本のベルトが老朽化したことなどを理由として、三冠ヘビー級王座のベルトを一本化した上で新調することを明らかにし、それまでの三本のベルトは10月29日の福岡大会後に回収して新しいベルトは2007年2月17日両国国技館大会でお披露目となる予定であったが、何らかの事情があってかこれが延期され現行の三本のベルトを使用し続けていた。1983年制定(当初はIWGPリーグ戦優勝者に授与)のIWGPヘビー級王座のベルトが既に4代目なのとは対照的に三冠ヘビー級王座の三本のベルトはレプリカを使用する場合が多いとはいえいずれも40 - 50年も更新されず経過していた。

2013年、全日本プロレスは8月25日に(三冠ヘビー級王座生誕の地でもある)東京・大田区総合体育館にて開催される諏訪魔潮崎豪の三冠ヘビー級選手権試合を最後に、三本のベルトを創業者の馬場家へ返還することを決定し[6]、8月25日の選手権試合で諏訪魔が防衛した翌日(8月26日)、改めて全日本プロレスから三冠ヘビー級王座のベルトを一本化して新製し、10月27日に開催された両国国技館大会にて新装したチャンピオンベルトを公開した[7]。なお今までの三本のベルトは修繕作業を行った後に馬場家に返還された[7]。新しいベルトは中央部分にPWFヘビー級王座(「GIANT BABA」の刻印は「TRIPLE CROWN」に変更)、その左右にインターナショナル・ヘビー級王座・UNヘビー級王座のバックルをモチーフとしたプレートが配置され、ベルト後部には初代三冠ヘビー級王者であるジャンボ鶴田の名前[8]が刻印されている。

一本化以降

[編集]

馬場家返還以降、個別のチャンピオンベルトを王者が着用することはなかったが、2019年2月19日のジャイアント馬場没後20年追善興行では第62代王者の宮原健斗が許可をもらい、三本のベルトを巻いて入場している(腰に巻いたのはUNヘビー級王座)[9]。また2021年には王者(当時)の諏訪魔がベルトを再度3本に分割する意向を示した[10]が、その後続報はなく立ち消えとなっている。

2021年6月26日、大田区総合体育館大会の選手権試合は、王者・諏訪魔の急病による返上にともない、当初挑戦者のジェイク・リーと挑戦に名乗りを上げた宮原・青柳優馬の三者で史上初の巴戦にて行われた。入場の際はジェイクがインターナショナル・ヘビー級王座、宮原がPWFヘビー級王座、青柳がUNヘビー級王座のベルトをそれぞれ巻いて入場し返還[11]、勝利したジェイクは新ベルトと三本の旧ベルトを同時に贈呈された[12]

歴代王者

[編集]
歴代 王者 戴冠
回数
防衛
回数
獲得日 獲得場所
備考(対戦相手)
初代 ジャンボ鶴田 1 1 1989年04月18日 大田区体育館
(スタン・ハンセン)[13]
第2代 天龍源一郎 1 2 1989年06月05日 日本武道館
第3代 ジャンボ鶴田 2 2 1989年10月11日 横浜文化体育館
第4代 テリー・ゴディ 1 0 1990年06月05日 千葉公園体育館
第5代 スタン・ハンセン 1 0 1990年06月08日 日本武道館
第6代 テリー・ゴディ 2 0 1990年07月17日 石川県産業展示館
王座返上
第7代 スタン・ハンセン 2 1 1990年07月27日 松戸運動公園体育館
(三沢光晴)
第8代 ジャンボ鶴田 3 3 1991年01月19日 松本市総合体育館
第9代 スタン・ハンセン 3 3 1992年01月28日 千葉公園体育館
第10代 三沢光晴 1 7 1992年08月22日 日本武道館
第11代 スティーブ・ウィリアムス 1 1 1994年07月28日 日本武道館
第12代 川田利明 1 1 1994年10月22日 日本武道館
第13代 スタン・ハンセン 4 0 1995年03月04日 日本武道館
第14代 三沢光晴 2 4 1995年05月26日 札幌中島スポーツセンター
第15代 田上明 1 1 1996年05月24日 札幌中島スポーツセンター
第16代 小橋健太 1 2 1996年07月24日 日本武道館
第17代 三沢光晴 3 8 1997年01月20日 大阪府立体育会館
第18代 川田利明 2 0 1998年05月01日 東京ドーム
第19代 小橋健太 2 2 1998年06月12日 日本武道館
第20代 三沢光晴 4 0 1998年10月31日 日本武道館
第21代 川田利明 3 0 1999年01月22日 大阪府立体育会館
王座返上
第22代 ベイダー 1 0 1999年03月06日 日本武道館
(田上明)
第23代 三沢光晴 5 2 1999年05月02日 東京ドーム
第24代 ベイダー 2 1 1999年10月30日 日本武道館
第25代 小橋健太 3 1 2000年02月27日 日本武道館
王座返上
第26代 天龍源一郎 2 1 2000年10月28日 日本武道館
(川田利明)
第27代 武藤敬司 1 4 2001年06月08日 日本武道館
第28代 川田利明 4 0 2002年02月24日 日本武道館
王座返上
第29代 天龍源一郎 3 1 2002年04月13日 日本武道館
(武藤敬司)
第30代 グレート・ムタ 1 1 2002年10月27日 日本武道館
第31代 橋本真也 1 2 2003年02月23日 日本武道館
王座返上[14]
第32代 川田利明 5 10 2003年09月06日 日本武道館
大谷晋二郎[15]
第33代 小島聡 1 8 2005年02月16日 国立代々木競技場第二体育館
第34代 太陽ケア 1 1 2006年07月03日 大田区体育館
第35代 鈴木みのる 1 5 2006年09月03日 札幌メディアパーク・スピカ
第36代 佐々木健介 1 2 2007年08月26日 両国国技館
第37代 諏訪魔 1 2 2008年04月29日 愛知県体育館
第38代 グレート・ムタ 2 1 2008年09月28日 横浜文化体育館
第39代 高山善廣 1 2 2009年03月14日 両国国技館
第40代 小島聡 2 1 2009年09月26日 横浜文化体育館
第41代 浜亮太 1 0 2010年03月21日 両国国技館
第42代 鈴木みのる 2 1 2010年05月02日 愛知県体育館
第43代 諏訪魔 2 5 2010年08月29日 両国国技館
第44代 秋山準 1 4 2011年10月23日 両国国技館
第45代 船木誠勝 1 4 2012年08月26日 大田区総合体育館
第46代 諏訪魔 3 2 2013年03月17日 両国国技館
第47代 1 4 2013年10月27日 両国国技館
王座返上[16]
第48代 大森隆男 1 0 2014年06月15日 後楽園ホール
(秋山準)[17]
第49代 諏訪魔 4 0 2014年06月29日 札幌テイセンホール
第50代 ジョー・ドーリング 1 3 2014年07月27日 後楽園ホール
第51代 潮崎豪 1 2 2015年01月03日 後楽園ホール
第52代 2 2 2015年05月21日 後楽園ホール
第53代 秋山準 2 0 2015年11月01日 青森県武道館
第54代 諏訪魔 5 0 2016年01月02日 後楽園ホール
王座返上[18]
第55代 宮原健斗 1 8 2016年02月12日 後楽園ホール
(ゼウス)[19]
第56代 石川修司 1 2 2017年05月21日 後楽園ホール
第57代 宮原健斗 2 0 2017年08月27日 両国国技館
第58代 諏訪魔 6 0 2017年10月09日 後楽園ホール
第59代 ジョー・ドーリング 2 3 2017年10月21日 横浜文化体育館
第60代 宮原健斗 3 2 2018年03月25日 さいたまスーパーアリーナコミュニティアリーナ
第61代 ゼウス 1 1 2018年07月29日 エディオンアリーナ大阪
第62代 宮原健斗 4 10 2018年10月21日 横浜文化体育館
第63代 諏訪魔 7 7 2020年03月23日 後楽園ホール
王座返上[20]
第64代 ジェイク・リー 1 3 2021年06月26日 大田区総合体育館
(宮原健斗、青柳優馬)[12]、王座返上[21]
第65代 宮原健斗 5 4 2022年01月23日 後楽園ホール
(本田竜輝)[22]
第66代 ジェイク・リー 2 0 2022年06月19日 大田区総合体育館
第67代 諏訪魔 8 0 2022年07月14日 後楽園ホール
第68代 宮原健斗 6 4 2022年09月18日 日本武道館
第69代 永田裕志 1 3 2023年02月19日 後楽園ホール
第70代 青柳優馬 1 5 2023年07月02日 後楽園ホール
第71代 中嶋勝彦 1 4 2023年11月05日 ホテルエミシア札幌
第72代 安齊勇馬 1 5 2024年03月30日 大田区総合体育館
第73代 青柳優馬 2 2 2024年08月17日 アリーナ立川立飛
第74代 デイビーボーイ・スミスJr. 1 2024年011月4日 ホテルエミシア札幌

主な記録

[編集]
  • 最多戴冠回数:8回[23]
    諏訪魔(第37・43・46・49・54・58・63・67代)
  • 最多連続防衛回数:10回[24]
    川田利明(第32代)
    宮原健斗(第62代)
  • 最多通算防衛回数:28回
    宮原健斗
  • 最長保持期間:705日
    三沢光晴(第10代)
  • 最短保持期間:3日
    テリー・ゴディ(第4代)
  • 最年長戴冠記録:54歳9か月[25]
    永田裕志(第69代)
  • 最年少戴冠記録:24歳10か月
    安齊勇馬(第72代)
  • デビュー最短戴冠記録:1年4か月[26]
    浜亮太(第41代)
  • デビュー最長戴冠記録:30年5か月[27]
    永田裕志(第69代)
  • 他団体選手の戴冠
    武藤敬司(新日本プロレス)(第27代)
    秋山準(プロレスリング・ノア)(第44代)
    橋本真也(プロレスリングZERO-ONE)(第31代)
    永田裕志(新日本プロレス)(第69代)

脚注

[編集]
  1. ^ 潮崎が5冠王&宮原が初の世界タッグ戴冠=全日本プロレス”. スポーツナビ (2015年5月7日). 2020年5月24日閲覧。
  2. ^ 諏訪魔が三冠ヘビー級王座の最多戴冠記録更新&五冠王達成!マスク着用の観衆に囲まれ「世界一清潔なプロレス」と笑顔”. バトル・ニュース (2020年3月24日). 2020年5月24日閲覧。
  3. ^ 追悼/三沢さん、史上初の6冠王者に - 格闘技ニュース : 日刊スポーツ”. nikkansports.com (2009年6月14日). 2020年5月28日閲覧。
  4. ^ 青柳優馬が永田裕志から三冠ヘビー級王座を奪取し夢の六冠王達成!鈴木みのるの愛弟子で全日本を背負う若手が挑戦表明!”. バトル・ニュース (2023年7月2日). 2023年11月6日閲覧。
  5. ^ 全日本の至宝 多くのスターを生み出した3冠ヘビー - プロレスの月曜日 - 相撲・格闘技コラム : 日刊スポーツ”. nikkansports.com (2020年5月11日). 2020年5月18日閲覧。
  6. ^ 東京スポーツ 2013年8月7日付最終面記事参照
  7. ^ a b 3冠の統一新ベルト10・27両国で披露 デイリースポーツ 2013年8月27日閲覧
  8. ^ 「TRIPLE CROWN(改行)CHAMPION(改行)JUMBO TSURUTA(改行)APR.18 1989」
  9. ^ ジャイアント馬場没後20年追善興行に猪木、初代タイガー、新間寿、坂口征二、ハンセンらが集結!76歳のマスカラスが空を舞い勝利!新日本vs全日本の全面対抗戦は全日本に軍配?!”. バトル・ニュース (2019年2月20日). 2019年2月20日閲覧。
  10. ^ “【全日本】諏訪魔が耕平を返り討ちにしV6達成“3冠解体だ””. 東京スポーツ (東京スポーツ新聞社). (2021年2月24日). https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/6531 2022年1月25日閲覧。 
  11. ^ “【全日本】26日大田区は宮原、ジェイク、青柳による史上初の3冠王座決定巴戦を開催!”. 東京スポーツ (東京スポーツ新聞社). (2021年6月22日). https://www.tokyo-sports.co.jp/articles/-/68300 2021年6月27日閲覧。 
  12. ^ a b “巴戦制しジェイク・リー第64代3冠王者「人生は挑戦」ベルト巻き仁王立ち”. 日刊スポーツ (日刊スポーツ新聞社). (2021年6月27日). https://www.nikkansports.com/battle/news/202106260001269.html 2021年6月27日閲覧。 
  13. ^ ジャンボ鶴田が史上初の三冠統一王者に!「オレはファンのために闘ってるんじゃない」【週刊プロレス昔話】 - BBMスポーツ 2022年3月12日
  14. ^ 川田利明と小川直也が初対決! 橋本真也は負傷欠場で三冠返上…【週刊プロレス昔話】 - BBMスポーツ 2022年11月27日
  15. ^ 川田利明が武藤敬司社長体制の全日本プロレスで三冠ヘビー級王者に!「これからがオレの王道です」【9月6日は何の日?/週刊プロレス】 - BBMスポーツ 2021年9月6日
  16. ^ 曙、体調不良で3冠王座返上 - 日刊スポーツ 2014年5月30日
  17. ^ 大森が悲願の3冠初戴冠 5度目の挑戦で - 東スポWEB 2014年6月16日
  18. ^ 3冠王者・諏訪魔 アキレス腱断裂で王座返上 - 東スポWEB 2016年1月12日
  19. ^ 史上最年少3冠!宮原の次なる目標は… - 東スポWEB 2016年2月13日
  20. ^ 【全日本】3冠王者の諏訪魔がコロナ陽性で王座を返上 26日大田区大会のV8戦は消滅 - 東スポWEB 2021年6月20日
  21. ^ 【全日本】3冠王者ジェイクが負傷で王座返上 1・2後楽園のアブ小とのV4戦消滅 - 東スポWEB 2021年12月28日
  22. ^ 【全日本】宮原健斗が新王者決定T制し3冠王座返り咲き V1戦でアブドーラ・小林迎撃へ - 東スポWEB 2022年1月24日
  23. ^ 【全日本】悪に染まった諏訪魔がジェイクを破り3冠奪取「VMが正義だ!てめえは地獄へ落ちろ」 - 東スポWEB 2022年7月14日
  24. ^ 【全日本】宮原が3冠王座V10で川田に並ぶ 諏訪魔「これ以上更新させるわけにはいかねえ」 - 東スポWEB 2020年2月12日
  25. ^ 【全日本】新日本の永田裕志が3冠ヘビー級王座獲得 史上5人目グランドスラム達成 - 日刊スポーツ 2023年2月19日
  26. ^ 元幕下・浜が史上最短で三冠王座獲得=全日本プロレス - スポーツナビ 2010年3月22日
  27. ^ 【全日本】聖地沸騰…永田が宮原破って三冠初戴冠、前人未到のダブルグランドスラム達成 - プロレス格闘技DX 2023年2月19日

外部リンク

[編集]