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アラワク語族

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
アラワク語族
Arawakan
マイプレ諸語
Maipurean
話される地域南アメリカ、例外はエクアドルウルグアイチリ中央アメリカ。かつてはカリブ海地方でも話した。
言語系統アラワク語
祖語アラワク祖語英語版
下位言語
ISO 639-5awd
Glottologaraw1281[1]
南アメリカのマイプレ語族の言語(カリブ海と中央アメリカを除外)。淡い青=北マイプレ語族。濃い青=南マイプレ語族。それぞれの点は言語の現存する場所を表し、影付きの領域はかつて分布した場所。

アラワク語族(アラワクごぞく、スペイン語: Arahuacan : Arawakan family)またはアラワク諸語(アラワクしょご、ポルトガル語: Línguas aruaques, : Arawakan languages)とは、古代の南アメリカの先住民英語版先コロンブス期から話してきた数々の言語のこと。いわゆる新世界において最大の規模を誇る語族である。話者は中央アメリカに加えて、現在のバハマを含むカリブ海地域と、大西洋の大アンティル諸島小アンティル諸島に移住した。現在の南米諸国のほぼすべてにアラワク語族を話す人々が住んでいたとわかっている。ただしエクアドルウルグアイチリは例外である。

この言語群の中ではワユ語が最も大きく、ガリフナ語がこれに続く[2]。場合によってはマイプレ諸語(マイプレしょご、西: Maipuran, Maipureano, カタルーニャ語: Maipúre, : Maipurean, Maipuran)という括りが用いられることもあり、仮説上の大アラワク諸語系の他の語族との関連が考えられる。

名称

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フィリッポ・S・ギリイ(Filippo S. Gilii)は1782年、比較の基準として用いたベネズエラのマイプレ語にちなんで「マイプレ語」と名付けた。1世紀を経て改名されたときは、より重要な文化の要素であるアラワク語にちなんでいる。やがて「アラワク」Arawak という用語を当てるようになり、北アメリカ大陸出身の研究者が概念をさらに発展させて、大アラワク語英語版が提唱される。

その際に、中核語族に対してマイプレ諸語という名が復活した。

分布

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既に死語となったものも含めればアラワク諸語の話される地域はグアテマラベリーズホンジュラスニカラグアアンティル諸島仏領ギアナスリナムガイアナベネズエラコロンビアブラジルパラグアイアルゼンチンボリビアペルーと非常に広域にわたる[2]

歴史

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アラワクという語は16世紀の探検記に現れる[3]大アンティル諸島小アンティル諸島北部などに暮らしていたタイノ族(島嶼アラワク)の祖先は紀元前後の数百年の間にオリノコ川河口からカリブ海の島々に移住したと考えられている[4]が、アラワクという集団全体の歴史的な起源や移動に関しての定説はまだ確立されていない[3]。アラワクという集団は通常、地理的な観点から内陸アラワクと島嶼アラワクとに区別されるが、言語的な観点からしてもこの二者同士の差は大きい[3]

アラワク系、その中でも特にマイプレ系とされた言語に関する記録自体は18世紀後半から行われてきたものの、その大半は語彙の一覧表レベルにとどまり、個別言語について緻密な言語学的分析に基づいた研究が出るまでには1960年代を待たねばならなかった[5]。やがて1972年にはエスター・マッテソン(Esther Matteson[6])が17の言語からアラワク祖語英語版: proto-Arawakan)の再構を試みるようになる[7]。しかしテランス・カウフマン英語版はこれに対し、一方でマッテソンの研究内容を痛烈に批判した。アラワク語族ではないアラワ語族英語版ハラクムブット語英語版を含むことでようやく同源語や再構形が成り立つ点、パレシ語英語版、ワユ語、ガリフナ語のデータの引用が含まれる点、ごく一部の言語以外において証明されていない分節音英語版や形態の合成に基づいた再構である点、また認められていない超分節的屈折接頭辞が扱われている点を挙げている[2]。カウフマンはその他方、デイヴィッド・ペイン(David Payne)の研究について、当時は存在していたマイプレ諸語のほぼ全てを集めて音韻の再構を行い、分岐の道筋を追っていると紹介した上で、ペイン(1990)[8]で祖語由来と考えられる語彙に基づいた分類を行ったことは、「アラワク系の比較研究におけるきわめて大きなステップである」と評している[2]

分類

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分類は諸説あり、ノーブル(1965)[9]で提案されて以来、語族にアラワク(Arawakan)、語派にはマイプレ(Maipuran)を用いることが多くの研究者に受容されている[5]。カウフマン(1994)[10]は、現存するアラワク諸語はマイプレ言語系(: Maipurean stock)としてすでに定着している言語も含めて、全て下位分類を見直す必要性があるのではないかとし、「マイプレ」と「アラワク」という標記の区分は1994年時点の比較研究の段階では限界があるとしている。

ここではハマストローム(2016)[11]をベースとする。ラテン文字表記は特に脚注がない限り同左やルイス他(2015)[12]に、日本語名は細川(1988)[13]やカウフマン(2000)[2]などによる。

凡例:†は死語を表す。

Hammarström(2016)[11]では除かれているが、資料によってはイランシェ語英語版(Iranche、Irantxe)やカナマリ語英語版(Kanamarí, Canamari, Canamarí)、ハラクムブット語(ハラクンベット語 (Harákmbet))がアラワク語族に含まれるとしている場合もある[5]

文法

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アラワク系とされた言語の構造においては、接辞の付加による派生が主な特徴である。マイプレ語派とされた言語の大半は動詞の主語や名詞の所有者を表す人称接辞が一人称では接頭辞 nu-(あるいは n-) または接尾辞 -naを、二人称では接頭辞 pi-(あるいは p-) または 接尾辞 -bu をとる。この特徴を有する言語は Nu-Arawak と呼ばれ、アラワク祖語における形を継承したものと見做される[5]。これに対し、ワユ語やタイノ語、ロコノ語などの場合は一人称の接辞が t(V)- であるため Ta-Arawak という括りによって Nu-Arawak との区別が為される場合がある[16][5]#分類におけるカリブ海諸語に相当する区分は、たとえばカウフマン(2000)[2]では「TA・マイプレ下位語派」(: Ta-Maipurean sub-branch)、ルイス他(2015)[12] でも "Ta-Maipurean" として表されている[17]。以下は、アイヘンヴァルト[16]による共通アラワク語(: Common Arawak)における相互照応接辞(: cross-referencing affixes)という、人称絡みの接辞の一覧である。

他動詞の主語、動作自動詞の主語、所有者を表す接頭辞と目的語、
状態自動詞の主語を表す接尾辞
単数 複数
接頭辞 接尾辞 接頭辞 接尾辞
一人称 nu- もしくは ta- -na, -te wa- -wa
二人称 (p)i- -pi (h)i- -hi
三人称 非女性 ɾi-, i- -ɾi, -i na- -na
女性 thu-, ɾu- -thu, -ɾu, -u na- -na
「非人称」 pa- - -
仮の目的語や状態自動詞の主語
: dummy O/So
- -ni -
焦点が当てられない他動詞主語
または動作自動詞主語
i- /(a-か) - -

主語の人称は接頭辞で示される[5]

    レシガロ語[18]
no?mitú
{ no-[19] -a?mitú } 
1sg.sbj 食べる 
私は食べる
    pa?mitú
{ p-[19] -a?mitú } 
2sg.sbj 食べる 
君は食べる

一方、目的語の人称は接尾辞で示され、動詞派生接辞に後接する[5]

動詞の時制は接尾辞で示される[5]

名詞の複数も通常は接尾辞によって表示される[5]

    レシガロ語[20]
an̵ogímu
{ an̵oógí -mu
pl 
3頭以上の獏たち
    -n̵igíné
{ -n̵igí -né
pl 
3つ以上の顔

また、複数の形態素同士が連なる場合には母音が脱落したり母音調和が起こる言語も存在する[5]

脚注

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注釈

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  1. ^ a b カウフマン(1994)[10]では「非マイプレ・アラワク系、またはほとんど分っておらず分類できない言語」とされている。
  2. ^ a b カウフマン(2000)[2]では「ワウラ・メイナク語」(: Waurá-Meinaku language)扱いである。
  3. ^ ルイス他(2015)[12]はクレヴェルス(2007)[14]を引用して話者数を1人としている。
  4. ^ 細川(1988)[13]では「クリム語」(Kurrim)の別名の1つとして Corripaco が見られ、カウフマン(2000)[2]では「カル語(域)」(: Karu language (area))の下位区分として「イペカ・クリパコ方言群/(新生)語」(: Ipeka-Kurripako dialect group / emergent language)が置かれ、「クリム」(Kúrrim)は自称とされている。
  5. ^ 細川(1988)[13]では「クリム語」の別名として Baniwa や Issana、Maniba が挙げられ、カウフマン(2000)[2]では「カルタナ・バニワ方言群/(新生)語」(: Karútana-Baniwa dialect group / emergent language)が置かれている。
  6. ^ a b カウフマン(1994)[10]ではテレナ語の方言扱いとされている。
  7. ^ ルイス他(2015)[12]Campa にほぼ相当する(参照: カンパ語英語版)。
  8. ^ カウフマン(2000)[2]にはアシェニンカ新生語(: Asháninka language emergent language)アプルカヤリ方言が見られる。
  9. ^ カウフマン(2000)[2]にはアシェニンガ新生語アトゥシリ方言が見られる。
  10. ^ カウフマン(2000)[2]にはアシェニンガ新生語上ペレネ方言(Upper Perené)が見られる。
  11. ^ カウフマン(2000)[2]にはアシェニンガ新生語ピチス方言が見られる。
  12. ^ カウフマン(2000)[2]にはアシェニンガ新生語ウカヤリ方言が見られる。
  13. ^ カウフマン(2000)[2]にはマツィゲンガ新生語カキンテ方言が見られる。
  14. ^ カウフマン(2000)[2]にはマツィゲンガ新生語ノマツィゲンガ方言が見られる。
  15. ^ a b ルイス他(2015)[12]においては蔑称扱いとされている。

出典

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  1. ^ Hammarström, Harald; Forkel, Robert; Haspelmath, Martin et al., eds (2016). “Arawakan”. Glottolog 2.7. Jena: Max Planck Institute for the Science of Human History. http://glottolog.org/resource/languoid/id/araw1281 
  2. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u v w x y z aa ab ac ad ae af ag ah ai aj ak al am an ao ap aq ar as カウフマン 2000, pp. 41–88
  3. ^ a b c 原 2013, p. 48
  4. ^ 長谷川 2013, pp. 222–223
  5. ^ a b c d e f g h i j k l m n o p q r s t u 細川 1988, pp. 499–506
  6. ^ Matteson, Esther”. ci.nii.ac.jp. CiNii Books 著者. 2024年12月10日閲覧。
  7. ^ マッテソン 1972, Comparative studies in Amerindian languages
  8. ^ Payne 1990, Some widespread grammatical forms in South American languages
  9. ^ ノーブル 1965, Proto-Arawakan and Its Descendants
  10. ^ a b c Kaufman 1994, pp. 46–76
  11. ^ a b ハマストローム 2016
  12. ^ a b c d e ルイス他 2015, "Garifuna" [ガリフナ語]
  13. ^ a b c 細川 1988, pp. 499–506
  14. ^ Crevels 2007, pp. 103–196
  15. ^ Mihas, Elena (2014) (英語). Upper Perené Arawak narratives of history, landscape, and ritual. Recovering languages and literacies of the Americas. University of Nebraska Press. NCID BB23159085 ISBN 9780803245372
  16. ^ a b アイヘンヴァルト 2001, p. 172
  17. ^ Ta-Maipurean” (英語). TIPs. United Bible Societies. 2024年12月10日閲覧。
  18. ^ Allin, p. 126
  19. ^ a b アイヘンヴァルト 2001, p. 185
  20. ^ Allin, pp. 166, 167

参考文献

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主な執筆者、編者の順。
和書:

  • カウフマン, テランス 著、福井正子 訳「南アメリカの先住民語」、R・E・アシャー、クリストファー・マーズレイ 編『世界民族言語地図』土田滋、福井勝義 日本語版監修、東洋書林、2000年、41-88頁。 ISBN 4-88721-399-9
    • 原書 Kaufman, Terrence (1994). “The native languages of South America”. Atlas of the World's Languages. London: Routledge. pp. 46-76 
  • 長谷川悦夫「タイノ」『[新版]ラテンアメリカを知る事典』大貫良夫、落合一泰、国本伊代恒川惠市松下洋、福嶋正徳 監修、平凡社、2013年、222-223頁。 ISBN 978-4-582-12646-4
  • 原毅彦「アラワク」『[新版]ラテンアメリカを知る事典』大貫良夫、落合一泰、国本伊代、恒川惠市、松下洋、福嶋正徳 監修、平凡社、2013年、48頁。 ISBN 978-4-582-12646-4
  • 細川弘明「アラワク語族」『言語学大辞典』 第1巻、三省堂、1988年、499-506頁。 ISBN 4-385-15213-6

洋書:

関連文献

[編集]
  • Payne, David (1990). “Some widespread grammatical forms in South American languages”. In Payne, Doris L.. Amazonian Linguistics: Studies in Lowland South American Languages. Austin: University of Texas Press 

関連項目

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