「紀伊半島」の版間の差分
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2017年1月28日 (土) 02:06時点における版
紀伊半島(きいはんとう)は、本州中央部から南側の太平洋に突き出る、日本最大の半島である。名称は令制国の紀伊国に由来する[1]。
範囲
先端から付け根までの最も広範な範囲は愛知県西部(名古屋市南西部・飛島村・弥富市・蟹江町)・三重県(いなべ市北部と桑名市北部除く)・奈良県・和歌山県・大阪府中部以南(大阪市・東大阪市以南)の一帯(滋賀県南部や京都府南部の一部も含める説あり)となるが、通常は西南日本外帯にあたる紀ノ川と櫛田川を結ぶ中央構造線以南を指す。この場合は、三重県の伊勢志摩以南、奈良県の吉野地方、和歌山県の全域が該当する。
地理
太平洋に面し、西側は大阪湾・紀伊水道(瀬戸内海)を挟んで淡路島と四国に向かい、東側には熊野灘・伊勢湾(太平洋(フィリピン海))が広がる。北東部には志摩半島が付属する。中部以南の大部分が紀伊山地に属する外帯山地である。大台ヶ原、大峰山など最高域は奈良県にあるが、和歌山県、三重県側にも険しい山が多く、海岸にはほとんど平野部がない。
気候的には中南部沿岸が冬が温暖な南海型の太平洋側気候、北西部沿岸が一年を通して降水が少ない瀬戸内式気候、北東部沿岸が冬は寒さがあまり厳しくなく雨や雪が少ない東海・関東型の太平洋側気候、内陸部・山間部は寒暖の差が激しい内陸性気候(高野山など北部の山地では冬は雪も多い)で、特に南東部の熊野灘に沿った地域は、日本で最も年間降水量の多い地域である。植生は常緑広葉樹林が多く、林業などが行われており、高野竜神国定公園、吉野熊野国立公園などがある。複雑な海岸線は、リアス式海岸と呼ばれるもので、天然の良港を持つ。
地質
紀ノ川北岸沿いに中央構造線がはしり、地質的には、大部分を占める仏像構造線以南が四万十帯、以北に三波川帯、秩父帯、黒瀬川帯からなる。四万十帯は付加体であり北部ほど古く、紀伊半島北部が中生層、南部が第三紀層に属する。三重県松阪市飯高町月出の月出の中央構造線は、日本国の天然記念物に指定された大規模な中央構造線の露頭である[2][3][4]。和歌山県の白崎海岸には古生代末期の石灰岩層があるが、これは中生層に取り込まれたものであることが判明している。
なお、この地域の地質には火山の要素がほとんどなく、実際に火山は存在しない。他方、歴史の古い温泉がいくつもあり、これは珍しい組み合わせでもある。
生物的自然
本州最南端を含み、全体が南に突き出したこの地域は、本州でも特に温暖な地域であるが、同時に山が多く、複雑な地形と、降水量の多さも相まって、極めて豊富な生物相を持つ。この地域を分布の北限とするもの、あるいは南限とするものも多いが、主要分布域から離れてこの地域に隔離分布するものも数多い。また固有種や、所謂ソハヤキ要素と呼ばれる、この地域と四国、九州だけに分布する、という型も見られる。
植生
植生に関しては、暖帯域にあり、低地はほぼ照葉樹林である。海岸からある程度の内陸までは、スダジイ、コジイ、アラカシなどが優占する森林が見られることが多いが、これらの極相はタブ林であるとも言われる。内陸部ではカシ類の優占する森林となり、北部ではシラカシ、南部ではウラジロガシ、ツクバネガシなどが出現する。林床や谷間にはシダ植物の種数が多く、多様性が高い。これらの森林は標高1000m位まで伸び、上部ではアカガシが多くなる。また、モミ、ツガを交えることも多く、一部地域ではトガサワラが混じる。
標高1000m程度からブナやミズナラが出現し始め、落葉樹林となる。特に和歌山県の大塔山の山頂域のそれは、本州最南端のブナ林といわれる。
和歌山市出身で、後に田辺町(現在の田辺市)に約40年居住した南方熊楠は、粘菌をはじめとしたこの地域の豊かな植生に注目し、膨大な収集標本を残した。これは現在でも研究の対象となっている。
植物相
固有種や固有亜種は多く、往々にしてキシュウ・キイ・キノクニ・クマノなどの語を関した名前をつけられている。有名な採集地として高野山や那智滝近辺・大台ヶ原などもあり、これらの語を名に持つ種もまた多い。
- 紀伊半島にちなむ名を持つもの
- キイセンニンソウ・キノクニスズカケ・キイシモツケ・クマノミズキ・キイハナネコノメ・キシュウギク(ホソバノギクの別名)・キノクニシオギク・クマノギク・キシュウナキリスゲ・キノクニスゲ・キシュウスズメノヒエ・キイイトラッキョウ・キイジョウロウホトトギス・キイムヨウラン・キシュウチドリ(ヒナチドリの別名)・
動物相
ニホンオオカミは絶滅したと思われるが、この地域は最後まで生きのびた地域の一つである。極めて特異なのがワカヤマヤチネズミで、この類は日本に3種(亜種とも)あるが、いずれも局地的で、あとの二つは亜寒帯に属し、氷河期の遺存種と見られている。この種のみが大きくかけ離れて、しかもそう標高の高くない地域に産し、これは紀伊半島に見られる特異な分布の一つの典型である。
交通
地形的に、急峻な山岳が大部分を占めるため、交通の便はよくない。紀南地方に霊場として著名な熊野本宮大社があるため、古くから徒歩および船便が発達していたが、それらが使われなくなった後、それに代替する交通機関に乏しい。いわゆる熊野古道は山間尾根部を縦走しているが、現在的な交通手段ではこれらは利用しがたい。
現在の主要な幹線は海岸線沿いを通るもので、山間部では交通路の発達が悪い。内陸に入る道は、各河川沿いに入るものが多い。北部では中央構造線沿い運行通が発達し、その北ではやや山が少ないため、コースの自由度は高くなる。
鉄道は、新宮駅(新宮市)と亀山駅(亀山市)を境に西側がJR西日本、東側がJR東海のエリアとなっている。JRグループ(旧国鉄)の路線では名古屋駅(名古屋市)からJR難波駅(大阪市)までの内陸部で関西本線、関西本線に接続する亀山駅から和歌山市駅(和歌山市)までの海岸部で紀勢本線という2つの幹線が建設され、これに接続する参宮線・阪和線・大阪環状線・おおさか東線・関西空港線・桜井線・和歌山線・名松線、さらに第三セクターの伊勢鉄道に転換した伊勢線などがある。大阪や名古屋の近郊区間では普通・快速列車が比較的高頻度に運転され、紀勢本線では新宮以西で電化が行われ大阪方面への特急「くろしお」が運行され(阪和線経由)、紀伊勝浦駅(那智勝浦町)以東では非電化区間を経由して名古屋方面へ特急「ワイドビュー南紀」(伊勢鉄道・関西本線経由)が運行されている。しかし、特に中央構造線以南では一部の海岸沿いの地域を除くと人口希薄地帯が広がり、厳しい山岳地形にも阻まれて紀勢本線の全通は1959年(昭和34年)と、主要幹線の中では非常に遅かった。鉄道網は発達せず、特に十津川村などの奈良県南部は広大な鉄道空白地帯となっている。かつて国鉄五新線の建設計画があり、五条 - 城戸(旧西吉野村、現在は五條市)間の路盤建設工事は完成していたが、1960年代以降のモータリーゼーションの進行や国鉄の財政悪化などから工事は城戸で打ち切られ、完成した区間も沿線人口や輸送量が少ないことからレールの敷設や列車の運転は行われず、代わりに鉄道用路盤の上にバスが運転されるようになった。一方、関西本線は特に亀山-加茂(京都府木津川市)が非電化のまま残される状態にあるが、同線に沿って中央新幹線の建設計画が進められており、建設主体のJR東海はリニアモーターカー方式を想定し、計画では名古屋市-大阪市間の開業を2045年としている。将来は当地の事情が大きく変動する可能性がある。
又、概ね中央構造線以北では、大阪近郊~内陸部~名古屋近郊にかけて近畿日本鉄道(近鉄)、大阪市から和歌山市までの大阪湾岸で南海電鉄の2つの大手民鉄会社が路線網を拡げ、近郊輸送や観光輸送などを行っている。近鉄は名古屋-大阪の都市間輸送でも特急などが活用されている。両社に接続する形で阪堺電気軌道・泉北高速鉄道・水間鉄道・伊賀鉄道(近鉄から分離された子会社)などが営業しており、大阪市営地下鉄の一部も大阪市内の他、堺市内・東大阪市内・八尾市内や奈良県内に足を伸ばしている。
主な高速道路は、阪和自動車道、近畿自動車道、伊勢自動車道、新名神高速道路、紀勢自動車道、伊勢湾岸自動車道、東名阪自動車道、名阪国道、西名阪自動車道、堺泉北有料道路、阪神高速の環状線・湾岸線・淀川左岸線・堺線・松原線・大阪港線・東大阪線・西大阪線・大和川線、第二阪奈道路、関西空港自動車道、南阪奈道路、京奈和自動車道、名古屋高速の環状線・万場線などである。三重県北部や奈良県北部を経由して名古屋と大阪を結ぶ高速道路は既に完成し、工場誘致などの産業開発が進められているが、三重・和歌山両県を縦断する海岸沿いの路線の建設はまだ続けられ[5]、一部では新直轄方式の導入も決まっているが、全線完成の目処は立っていない。これは両県南部への工場誘致での不利材料となっている。
航空路では、北西部沖の大阪湾上には日本国内および海外からの西日本の玄関口である完全24時間営業空港の関西国際空港があり、和歌山市内へのアクセスも配慮されている。南西部には南紀白浜空港があり、東京の羽田空港との間で定期便が毎日運行されている。なお南紀白浜空港開港前の1960年代前半には水上飛行機(飛行艇)を使用した航空路線が存在し、日東航空が名古屋 - 志摩 - 串本 - 白浜 - 大阪および名古屋 - 勝浦 - 大阪(臨時便)を結ぶ「紀伊半島一周路線」を、中日本航空が名古屋 - 志摩 - 串本線を運航していた(名古屋・大阪以外は海上に発着)が1964年までに廃止された[6]。
港湾は伊勢湾や大阪湾で特に整備され、阪神港(大阪港、堺泉北港など)、和歌山港、和歌山下津港や三重県の四日市港、名古屋港は特定重要港湾に指定されて阪神工業地帯、四日市コンビナート等の化学工業地域の基盤となっている他、鳥羽港では伊勢湾の対岸になる渥美半島へ、和歌山港、和歌山下津港では紀伊水道の対岸になる徳島港、徳島小松島港へのフェリーが運航されている。一方、海岸沿いの各地域を巡る航路は紀勢本線の延長により廃止され、現在は志摩半島沿岸の離島との間で小規模な渡船が残る程度である。
観光地
古代ヤマト王権が紀伊半島中部を本拠地としたため、古代ヤマト王権と密接に関わって来た神社や、我が国の建国神話に関する人物を祭る神社が集中する。
- 主な神社仏閣(関連語、関連人物)
- 伊勢神宮(三種の神器)
- 伊雑宮
- 日前神宮・國懸神宮(日像鏡・日矛鏡)
- 熊野三山(八咫烏、神武天皇)
- 熱田神宮(三種の神器)
- 橿原神宮(神武天皇)
- 春日大社
- 東大寺(聖武天皇)
- 高野山
- 住吉大社
- 淡嶋神社
他方、古くからの温泉がいくつもあり、それらは熊野古道などとも関連が深い。また、白浜町は本州で一番南の温暖な地域として、昭和期には新婚旅行の名所でもあった。伊勢志摩地方は伊勢神宮に絡んでやはり重要な観光地であり、現在も多くの観光施設が集中している。
- 潮岬(本州最南端)
風土病
紀伊半島太平洋に面した地域(主に牟婁地方)には、明治以降、筋萎縮性側索硬化症(ALS)患者の有病率が非常に高いことが医学学会で指摘されるようになった。紀伊半島沿岸地域に固有な風土病として知られるようになった。一般に地名から「牟婁病」、「紀伊ALS」、「熊野ALS」等と呼称される。
この疾病の原因は、脳内の神経細胞とグリア細胞の中に、細胞骨格のタウ蛋白のリン酸化合物が多く蓄えられる異常な代謝によって引き起こされるとされている。その原因は解明されていない。
主な症状は、パーキンソン認知症複合(PDC)に萎縮性側索硬化症(ALS)、またはアルツハイマー型痴呆症が並行して進行する症例が大部分を占める。 発症初期は四肢筋萎縮による歩行・運動機能障害、パーキンソン症状、アルツハイマー型痴呆症の亢進による認知機能の障害、等であり、最終的にパーキンソン認知症複合(PDC)に筋萎縮性側索硬化症(ALS)の症状となる。 このように、複数の疾病の進行により脳の機能に損傷・萎縮を与え、運動能力及び認知機能喪失という致命的な打撃を与える。 発症から死亡にいたる生存期間が、ALS、PDC等の他地域の発症者より長い。また家族内発症が多いこと(遺伝病ではない)を特徴とする。
1960年代に疫学調査を行った結果、特に発症者が多い古座川・穂原地区では、筋萎縮性側索硬化症(ALS)有病率が、わが国の平均的な指標となる有病率に比較して100倍以上の高率でALS有病率が認められた。後年の調査では、対象地域の住民の減少にもかかわらず、患者数は増加したため、100倍から400倍となった。
また、これらの筋萎縮性側索硬化症(ALS)は、神経細胞である運動ニューロン変性に加えて、アルツハイマー神経原線維変化(NFT)が中枢神経に出現する特質から、ALSの有病率が世界第一位であったグアム島チャモロ人の類似した発症者の病態から「熊野ALS」と呼ばれている。
両地域とも、筋萎縮性側索硬化症(ALS)とアルツハイマー型痴呆症が同時に進行する特徴があるが、グアムの発病者は若年期から高い確率でアルツハイマー神経原線維変化(NFT)が出現するが、紀伊半島特定地域のALS患者が多くみられる地域の出現率は日本の健常者における出現率と同じである。(若年期からNFTの出現は日本では見られない。)
その後、グアム島におけるALS・PDCの多発は、特にALSの有病率の多発は、現在消滅したと言われている。グアム島は第二次世界大戦後にアメリカの領土となり、これを契機として戦前までの伝統的な食生活習慣や生活環境のアメリカ化が急速に進み、ALS・パーキンソン認知症複合(PDC)の多発も同時期に解消されたことから、一般的にこうした生活環境の変化が原因があったとされている。PDCについては、発症者多発は解消されたが、人口の増大、高齢化が進行していることもあり、発症者数は増加している。 日本も例外ではないが解消されていない。
1993年から同94年に疫学的調査を行い、1993年-4年調査時でも新たな発症者が出ており、筋萎縮性側索硬化症(ALS)よりも高い頻度でパーキンソン認知症複合(PDC parkinsonism-dementia complex)有病率が高いことが判明した。
穂原地区の全住民を対象にした調査は、前掲1969年、1986年に行われている。両者の調査では、住民数が減少しているにもかかわらず、有病者は増加していた。パーキンソン認知症複合(PDC)発症者が多いこと、筋萎縮性側索硬化症(ALS)発症者は少数で、PDCにALSを合併した患者が多く、単純に有病率で見ると、全ALS症は、10万人当たり240(1969年)から440(1986年)に増加していた。
筋萎縮性側索硬化症(ALS)発症率は1.1~2.5人/10万人/年、有病率は7~11人/10万人/年と推計されている。また家族にALS発症者のいる場合の発症率は約5%とされる。
関連項目
脚注
- ^ 紀伊国と伊勢国の一字を取ったという俗説は誤り。伊勢国は通常「勢」の字を取る(例:紀勢本線)。ちなみに通常「伊」の字を取るのは伊賀国。
- ^ 諏訪兼位・宮川邦彦・水谷総助・林田守生・大岩義治(1997)"紀伊半島中部,中央構造線の大露頭:月出露頭(三重県飯南郡飯高町月出ワサビ谷)"地質学雑誌(日本地質学会).103(11):XXXV-XXXVI.
- ^ 田中喜久雄. “伊勢湾台風で一部露出―月出の中央構造線露頭地”. 歴史の情報蔵. 三重県環境生活部文化振興課県史編さん班. 2016年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年4月18日閲覧。
- ^ “月出の中央構造線”. みんなで、守ろう!活かそう!三重の文化財 / 情報データベース. 三重県教育委員会事務局社会教育・文化財保護課. 2016年4月18日時点のオリジナルよりアーカイブ。2016年4月18日閲覧。
- ^ 2012年3月現在、西側(和歌山県)では南紀田辺インターチェンジ(田辺市)、東側では紀伊長島インターチェンジ(紀北町)以北が完成し、大阪や名古屋とつながっている。
- ^ 『日本のエアポート04 東海3空港』2011年11月、イカロス出版、pp.146-147
典拠
- 老年期認知症研究会 老年期認知症研究会誌第16巻 (2010年)
- 三重大学、厚生労働科学研究費補助金(難治性疾患等克服研究事業)ホームページ
- 一般社団法人 日本神経学会 紀伊 ALS/PDC 診断基準、重症度分類
- 和歌山県立医科大学ホームページ 多発地ALSの臨床的・病理学的特徴
- 公益財団法人 難病医学研究財団難病情報センター
- (遺伝と遺伝疾患)信州大学 医学部付属遺伝子診療部 遺伝医学の基礎知識