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高子内親王

出典: フリー百科事典『ウィキペディア(Wikipedia)』
高子内親王
時代 平安時代初期 - 前期
生誕 不詳[1]
薨去 貞観8年6月16日866年7月31日
父母 父:仁明天皇、母:百済王永慶
兄弟 文徳天皇宗康親王光孝天皇時子内親王人康親王源多本康親王久子内親王高子内親王源冷国康親王常康親王貞登成康親王源光源覚源効
斎院 天長10年3月26日833年4月19日)- 嘉祥3年3月21日850年5月6日
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高子内親王(たかいこ[2] / こうしないしんのう)は、仁明天皇第12皇女。母は百済王永慶賀茂斎院

父である仁明天皇の即位にともない、天長元年(833年)3月26日、伊勢斎宮久子内親王と同時に斎院に卜定嘉祥3年(850年)3月21日に仁明天皇が崩御したことにより在任17年で退下。貞観8年(866年)6月16日、無品のまま没した。

脚注

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  1. ^ 天長8年(833年)以前
  2. ^ 高子内親王』 - コトバンク

参考文献

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